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2012-02-06

巨乳存在自体が暴力

目の前に巨乳女性がいたら、ジロジロ見てはいけないと思っていながら、本能的につい視線を向けてしまう。

次の瞬間、「胸ばかり見ていたら変態だ、セクハラだと言われても申し開きできない」と思い、不自然視線を背ける。

もうこの時点で胸よりも「どうすれば自分変態だと思われないか」ということに意識が集中している。

本能レベルでは見たい。しかし、見続けたら変態烙印を押されて社会的抹殺されてしまう。

巨乳女性なんて今時珍しくもない。こんなことで社会的地位を失ってたまるか。

もう頭の中は、自分が「本能制御できないケダモノ」と認定される恐怖でいっぱいだ。

巨乳視線を向けることは、犬がエサを眼の前にして涎を垂らすのと同じくらいの本能だ。

もし犬が涎を垂らすたびに電気ショックを与えられて罰せられていたら、犬はエサを見るだけで恐怖を感じるようになるだろう。

それと同じレベルで、私は巨乳に対して恐怖している。自分巨乳に対する本能に恐怖している。



巨乳女性が胸元の開いた服を着たり、ピッチリした服を着ることは自由な権利として認められている。

着たいものを着るのは確かに自由だ。誰もそれを咎める権利なんてない。

だが、それを凝視することがセクハラだと言われた場合、我々に自分を守る手段はどれほどあるのだろうか?

他人を突然、社会的地位転落の恐怖に陥れるのは暴力ではないのか?無差別テロと言うべきじゃないか

2010-10-16

http://anond.hatelabo.jp/20101016124054

ブンなぐりゃいいじゃん?

辛いの苦しいの病気だの言ってるヤツが出来るならそうしなよ。それで何かが変わるならそーしたらいいよ。

そして病人として病人ライフを全うして病人として死ぬならそれがいいじゃん。

そんなもん個人の考え方だよ、自由にすりゃいいじゃないか。一生自分病人認識しながら生きるっつーのも一つの考え方じゃないの?おれは願い下げだけど。


まぁ、躁鬱には後天性もあるって説もあるから実際「病気」の人もいるんでね?

たださあ、俺は明らかに遺伝性の躁鬱なわけよ。

もー、電気ショック療法までやって治らんわけよ。脳みそがそういう作りなわけよ。

一生これにお付き合いして生きていくうえで、それが「病気」だって捉え方は絶望的だよね。

なにより「病気」と思って付き合うよりは、自分パーソナリティとして把握して適宜コントロールすべきだよね。

一人の人間として真っ当に生きたいと願うなら、自分は病の中にあると考えてはやってけない。

自分はそーいうものだから、傾向と対策をしながら生きていく。そういう風に考えないとやれないでしょ。

だって治らないんだから。

苦しい苦しい言うのは簡単で、大事なのはそれからどうするかじゃないのかねぇ。

何度も言うけど、苦しいなんて当たり前。別に押し付ける気もない。ビョーニンとしていきたいならそうすればいい。

でも、対応次第は「個性レベルまで引き下げられることもあるよ、それはそれでいいもんだよと俺は言いたいだけで。

個性レベルまでなんとか対応してこうぜ!と言ってるわけで。

あなたはそーじゃなくて、病人として遇してもらいたいんでしょ。それでいいじゃん。そうやって生きていけよ。

所詮は認識の問題なんだから。

2010-03-29

精神外科手術が実現しますように。

メンヘラだけど俺が死んだら脳を分析してどこがおかしかったのか調べてみたい。絶対一つや二つ足りない部分があると思う。

俺が生きている間には無理だろうけどね。医学進歩して脳の足りない部分、異常な部分も補えるようになってくれるといいな。

今の段階じゃ「経験上効くことになっている薬」か「脳への電気ショック」か「脳の一部を丸ごと丸ごと切り取る手術」くらいしかできないからなぁ。

知能・人格精神病などなど自由に扱えるようになるよ。

例えば

「うちの子知的障害があったんだけど最近はいい補助回路ができたから普通の子と同じ学校勉強できるらしいの」

最近幻聴がひどくて病院に行ったら統合失調症初期のようなので入院して悪いところを切ってきます。」「統合失調症も一昔前まで大変な病気だったらしいな。まぁゆっくり休んでこい。」

最近明るくなったね。どうかしたの?」「××クリニックの日帰り入院プラン前頭葉のほうをちょっとね」

みたいな会話を交わせるような世の中になってほしい。

不幸な人々が少しでも減りますように。

2010-03-09

非実在青少年」の規制、成立した方がいいんじゃないかな…

きっかけはここを読んだから

幼い娼婦だった私へ から一部抜粋 ソマリー・マム (著) /文藝春秋

http://www.rainbow.gr.jp/ukifune/somalymam.html

一番グサッときたのはここ

>‥‥その後、殴ったり、タバコの火で火傷させたり、爪をはがすようになった。いまはもっと残酷になっている。目立つところに痣(あざ)をつくるのを避けて、かわりに頭に釘を打ち込むのだ。信じられないことだが、証拠写真もある。少女を縛って電気ショックを与える。死んでゆく子もかなりの数にのぼっている。ニーク・ルオンでは、下水路のなかに少女たちが縛られているのをわたしたちが見つけた。こうした変化は、斡旋人やその他の多くの男が夢中で見ている中国ビデオの影響によるのかもしれない。この手のビデオには、あからさまなサディズムによる拷問のシーンが多い。しがないオーナーたちはこうした映画の虜になってしまい、同じシーンを再現しようとする。誰にも邪魔立てされずにできるのだ。




中国ビデオ」とあるけれでも、日本ビデオマンガ同人もあっちこっちの海外サイトうpしまくられてるし

今後見られる可能性は充分あるな、と思ったので


これはね、仮に非実在青少年規制が成立されても何の解決にもつながらないってことは重々わかってますよ

規制したところで違法うpは無くならないし、無限コピーされてくし、そもそもその国の治安の問題だし


ただ、日本オタクたちが現実妄想の区別がちゃんとつけられる良心的な人間だったとしても

世界には、妄想の赴くままに実在青少年を傷つけられる人が居て

傷つけられても、殺されても、誰にも気に取られない実在青少年が居るんだ、ていう事実に大変ショックを受けたんです


日本オタクカルチャーは良くも悪くも世界に広がってる

もし大好きな日本マンガアニメ同人がきっかけで本当に殺されちゃう子供が居たとしたら…と、思うと…ね…

被害妄想過ぎかな…

2009-07-25

http://anond.hatelabo.jp/20090725123158

銀歯がない場合は電気ショックが起こらないので、虫歯のない子供ならたいしたことはないかと。

2009-07-01

中国人の17%が精神異常と衝撃の報告

もし本当なら二億四千万人がメンタル・ディスオーダー(精神障害)となる。

ヘラルドトリビューン紙にでた、その記事はあまりに小さく見逃すところだった。

6月17日付け同紙は「中国では成人の17%が精神障害を煩っており、従来の報告で中国精神患者は1%からせいぜい9%とされた(1984-2004年の調査)が、これらの数字をはるかに凌駕する脅威のデータが飛び出した」。

コロンビア大学北京山東浙江省青海甘粛省精神病医師らが協力し合い、実に16000名の精神科医が、63000人の住民に面接調査したものを『LANCET』誌がまとめた(同誌は世界四大医学雑誌のひとつ)。

http://www3.kmu.ac.jp/medicine2/topics/lancet.html

この調査はロックフェラー財団などの支援で国連WHOが財政支援をなした本格的調査である。

地方患者の多くは精神病院に行ったことも精神科医にかかったこともなく、僅かに8%が診察を受けたことがあると答えた。

患者は、とくに地方に多く、強度のアルコール依存症、酒乱が40歳以上の婦人にもみられる。ただし、調査では近年の都市移住者のメンタルイルネスに関して詳しい報告がない。

中国では文革前後、とくに共産党幹部で失脚した階層精神障害が頻出し、華国鋒治療したという説がひろく信じられた。

中国の有名な精神科医で米国研修留学にでて、一年後に台湾亡命した張文和氏を亡命先を尋ねてインタビューしたことがある。

医師は「精神病の原因はメランコリー猜疑心が二大要素。だから文革のようなショックが尾を引く」と言い出した。

そのうえで「中国では精神病棟は設備が劣悪なうえ、鍼灸漢方治療していた。米国では電気ショック療法が広く用いられ、これを中国式と併用した臨床実験で有効な治療結果が多かった」と語った(詳細は講談社『現代』に掲載後、拙著中国の悲劇』天山文庫に所載)。

にわかには信じがたい数字だが、WHOの調査結果であるだけに留意するべきデータである。

2009-01-19

無力と放棄態度を、スカタン上司調教され、そして再び以下ループ、か。

コピペ 学習された無力感

http://anond.hatelabo.jp/20090118162245

この話と、

なぜ怒鳴りつけたのでしょうか?

http://d.hatena.ne.jp/repon/20090118/p1

この話は、すごく近い位置関係にあるんだろうなと、思った。

これを数週間続けるうちに犬は「自分は無能で何をやってもムダだ」という感覚が植え付けられ、

そのうち 電気ショックを受けてももがかなくなり、ひたすら衝撃をガマンするだけになった』

これを心理学では「学習された無力感」と言う。

こういう、「訳のわからない感情の起伏」ばかりを体験させられると、人は防衛反応でどんどん感覚を鈍らせていきます。

「考えてもしょせん答えはない」ことに気づいてしまうからです。

そして、段々とものを考えられなくなります。

2009-01-18

コピペ 学習された無力感

966 名前:優しい名無しさん[sage] 投稿日:2008/12/20(土) 12:29:23 ID:AiKiE0c+

学習された無力感」というのがある

『犬を縛り付けておいて、電気ショックを与え続ける。

最初のうち、犬は必死で もがくが縛られている為に電気ショックから逃れる事が出来ない。

これを数週間続けるうちに犬は「自分は無能で何をやってもムダだ」という感覚が植え付けられ、

そのうち 電気ショックを受けてももがかなくなり、ひたすら衝撃をガマンするだけになった』

これを心理学では「学習された無力感」と言う。

『極度の無気力状態に陥った事が確認された後、セリグマンは犬の縄をほどいて

逃げられるようにしてやったがそれでも犬は黙って電気ショックを与えられるがままで

逃げだそうとはしなかった。努力をムダだと信じ込んでしまった為「逃げる」という選択肢を失ってしまった。

そしてセリグマンは犬を抱き上げたり押したりして 電気ショックを受けない所まで動かしてやり「逃げれば助かる」

という事を再度 学習させた後、再び元の場所に戻し電気ショックを与えた。

犬は逃げれば痛くないと 判ったはずなのにやはり動こうとはしなかった。

一度無気力状態になった犬はさっき痛くなかったのは誰かが助けてくれたせいで、

自分では何も出来ないと信じていたのだ』

これは人でも同じ。「あれをしてはいけないこれをしてはいけない」と言われ続けた人間は消極的な性格になる。

そういう育て方をしたにも関らず、気力を奪われた我が子の怠惰な生活を見て

「あんた彼も出来ないの?」「友達居ないの?」「兄弟姉妹は結婚してるのにw」

「いい加減あんた働きなさいよ!」「毎日毎日ぐうたらして!何かする気が起きないの!」

と、臆面もなくこの手の発言を繰り出す。

親とは実に無責任存在である。

2008-12-09

何回死んでんだよ

父親は長年の高血圧高脂血症により、心臓がかなり駄目になり、

6年前の正月明けに心不全入院

その直後、一度目の心臓停止→電気ショック蘇生

それから確か10ヶ月位以上入院してたが、

その間に、二度目の心臓停止→電気ショック蘇生

それから4年位経って、このままじゃラチがあかないと言うことで、

心臓弁膜症手術をした

その後一年半位経つんだけど、まぁ調子は良かった

先週の土曜日、昼間にいきなり倒れてた

「なんかモノの上げ下ろしをした際にふらっと来た」

と言ってた、ただしきりに

「こないだ新しく貰った薬があわない気がする」

と言ってたので、

「じゃあ週明け(火曜日がその医者担当らしい)に医者にそう言ってきたら?」

と言ってすました

日曜の夜、俺が外から帰ってきた時、父親と顔合わした

父親は家の奥に歩いてきながら、

「なんか…変だ」

とか言ってた、

そのちょっとしたあと、いきなりドタッって多分ブッ倒れただろう音がしたので、

そこに行ってみたら、思った通り父親が倒れてた

息はしてるけど、呼びかけても反応無いし、躰が弛緩して息がいびき状になってたので、

「もしかして脳の血管でも切れた?昨日はその前兆?」と思い、

すぐに119番した

正直119番にはこれまで何度も呼んでて気が引けたんだけど、

土曜の倒れた時と違って意識無い感じ(目も半開きで全く反応無いし)だったし、

とにかくやばそうと思ってかけた

んで救急隊の人がすぐ来て担架に乗せてった

母親病院まで同行することにして、俺は家に残った

救急車が出てこうかという時、

向かいの家のおばさんが出てきたので、しばらく話をしてた

しかし、結構話してるのに、全然救急車が出てかない

「なんかあったんすか?」

とか聞こうかなと思ったけど、邪魔しちゃ悪いかと思って待ってたら、

3〓5分位(実際はもっとあったかも)してから走ってった

病院に着いた位の時間になったので母親電話したら、

ICUだから切るね」と言われた

つかICU直行はこの6年間にすでに4〓5回目なんで、別段何ともなく思った

3時間位して母親が帰ってきて(ここら辺のこともすでに何度も経験した)

「なんとか意識戻ったよ」と言ってたので、

その日は寝た

月曜の夜になって母親病院に連れてって、

その帰り道母親が、

大分元気になって、私が19:30になったから帰るね、って言ったのにベラベラ喋ってきてた、

 昨日救急車の中では心肺停止してたのに、ずいぶん元気になったもんだね。」

…それで昨日中々救急車出てかなかったのかよ

救急隊の人が酸素吸入と心臓マッサージして息吹き返したよ」

…なに?また死んでたの?

「2〓3分死んでた気がする」

…3回目じゃなかったっけ?死ぬの

「やー、救急隊の人さすがだよね」

というか、ショックでその事(救急車内で心肺停止を)日曜帰ってきた時に俺に言い忘れたんだろうけど、もっと早く言えよ

あと、やっぱり新しく貰った薬が不整脈とかを逆に引き起こしてたらしい、

医者が「合わなかったねー」とか言ってたそうだ

しかし、俺がドタッって音に気付かず、救急車呼ぶのが30分でも遅れてたら、

父親死んでたんだろうな〓、変な所で悪運が強いな、と思った

2008-11-23

http://anond.hatelabo.jp/20081123133519

そこで一番いいのは制裁装置の導入ですよ。

機械に制裁させれば度数が客観的にわかる。

一番軽いのがくすぐり、一番重いのが電気ショックとして、程度に合わせて懲罰装置送りにすればいい。

そして装置を使ったら教師にはそれを報告書にして報告させる。それに使用理由と制裁レベルを記入し、事後承諾を受ければいい。

制裁理由とレベルには事前に取り決めがある(ある程度幅を持たせて。例えば校内恐喝:制裁レベル5〜8みたいに)。

2008-10-05

http://www.earthfield.net/new/life.htm

恋愛日常編)

◎なにも悪いことしてない人

自分以外の誰かのために一生懸命頑張って、自分を置き忘れていませんか?

自分にも価値を認めないと支えきれずに潰れてしまいます。

自分自身も周囲のものも大切にして、活かす道を探りましょう。


◎「いいひと」

自分のことを「普通、どちらかと言うといい人」と思っている人の中には、「どうでもいい」人がいます。様々なものを見捨ててしまっているが故に「気になることや問題はあまり何もありません。」と言います。

過渡期の現在、本当に良い人なら当たり障りのない人生は過ごしません。常に自分と周囲のための改善を図っていくことでしょう。時には困難もあるかもしれませんが、実りの多い人生となるでしょう。せっかく生まれてきたのですからライブ楽しみましょう。演る側にまわりましょう。


◎優しい?人

自分のことを「優しい」と評価する人のなかには、弱い人や易しい人もいます。気を使い、相手の強引さに負けやすく、自分の弱さの為に何かを譲ったり我慢をしたりする人です。

真の優しさとは強く、時には相手にも自分にも厳しいものです。 優しく、気高く、そして誇り高く在りなさい。

もう一踏ん張り、そしてもう一踏ん張り、譲らないことをトレーニングしましょう。


◎「頭ではわかっているんだけど・・・・」と言う人

理解が浅いか、深層では矛盾した考えを有しているか、思考と感覚や感情等との統合がとれていません。矛盾点がないかもう一度考え直しましょう。自分を棚上げせず、普遍性や立場が代わった場合等他のケースではどうか見直してみましょう。感情や感覚に合わせてみましょう。----自分では、あるいは周囲の人に聞いても、どうしても解決に繋がらなければ、本当は知らないのです。何かが根本的に間違っています。 諦めて、エネルギーワーク等をお受け下さい。


◎全てを許せと教えられた人

全てを許すなら、自分の素直な反応も許しましょう。怒るべき時には怒りましょう。

反応を止めることはエネルギ−の流れを止めることであり、無理を生じて破綻を来します。

自分の自然な反応を許さず他の「全てを許す」というのは「見放している」というのと同じことです。

自分という存在さえ見捨ててしまっています。自分を許さずに世界を許すことはできません。

自分の為に過去を赦し様々な未来を許可すると自分と世界が緩くなります。


◎「してもらうのが当然」の人

「してもらうのが当然」なら「してあげるのが当然」でなくてはなりません。

してあげるのを嫌がると流れが止まり運が尽きます。もらう以上にあげるぐらいが良好です。


◎同じを求める人

あなたと相手が同じになると流れが止まり、お互いの芽を摘むことになります。

活かすとは変異を認めることにあるのです。自分と異なる点も大事にしましょう。


◎傷ついた人

感情面で傷ついたり気に障るのは、そこに感情障壁があるからです。

あなたがバリアーを張っていて、そこに何かが触れたからなのです。

痛いだけのバリアーをはずしましょう。そうすると心の傷も一緒になくなります。


◎自信のない人

自信のエネルギーポイントは胸にあります。

うつむかずに顎を引き、肩を張らずに胸を張りましょう。そして自分のできたことを思い出しましょう。

周囲の人のできたことばかり思い出される人は、そこにあなたのサポートがあったことを思い出しましょう。

自分が何者かを思い出したら、自分の望む方向に粘り強く進みましょう。

その歩む行為があなたの自信となります。


◎暗い人

人や何かのために行動して褒められたり成果が出ると明るくなります。

褒められないのは、

 足りないか

 相手を間違えているか

 あなたの「人を測ったり責める気持ち」>「人に感謝や嬉しいの気持ち」だからです。


節操のない人

節操のない人は真実に届きません。尻軽にあちこち飛び歩いていると大事なものさえ見過ごしてしまいます。おいしそうなものばかりつまみ食いするのではなく、一つ一つをよく噛み締めましょう。そうすると人生が実りあるものとなります。


◎他人の応援ばかりする人

あなたと応援している相手との方向が同じとは限りません。むしろ人はそれぞれ別の存在です。

あなたにもできます! 自分のために自分の力を発揮しましょう。自分を応援しましょう。


◎他人のせいにする人

「あの人がこう言ったから。」等と自分の行動を他人のせいにする人は、その成果や喜びも自分のものとはできません。それでは奴隷「ひとでなし」と同じです。

やりたくないときは、断固「否!」を通しましょう。自分の意志でやりましょう。自分の責任でやりましょう。

自分のやる気でやった時に、達成感が生まれるのです。つまんない人生とサヨナラしましょう。


◎期待に沿えなかった人

期待に沿う必要はありません。期待は重石です。あなたに重石を載せるような人の言うことを聞く必要はありません。

あなたがやりたいだけできたなら、それでいいのです。


◎迷惑をかけてはいけないと教えられた人

迷惑はかかるものです。「迷惑をかけてはいけない」を厳密にすると生きていけません。そして「これぐらいなら許される」というものでもありません。ですからむしろ自分がどれだけ他の存在に迷惑をかけているのか意識して正確に測りましょう。同時に御返しについても測りましょう。その量が多いということは、自分を活かし他人を活かしているということです。


◎恩返しできなかった人

受け取ってもらえなかったり、いなくなってしまったり、そのとき自分に力が無かったり。悔やんでも悔やみ切れず自分を責めてしまう人は、恩を下に返しましょう。そうして人類は良い行為を続け増やしてきたのです。「私も昔してもらったから・・・」というあなたに助けられる人は、どれほど多いことでしょう。


◎どうしたらいいか判らない人

どうしたら良いかは、調べ、考え、尋ねれば分かります。その先は自身の実践と試行錯誤の繰り返しです。

「兵は巧遅より拙速を尊ぶ」とも云います。実践し、経験し、やり直しましょう。前進あるのみです。


◎気遣いの多い人

気遣いが多いのは、人や問題を深いところで捉えず、表面的に取り繕うことばかりを繰り返しているからです。

気遣いは、「人に嫌われたくない」「責められたくない」「仲間はずれ村八分にされたくない」という恐怖心から発しています。

恐怖心から発する行動に、愛はありません。愛は深く強く、障害をものともしない、すべてを生かす力です。

目を逸らさず人や問題を直視しましょう。根本的な問題解決を図りましょう。ときには手を出さず見守ることをトレーニングしましょう。


◎「気遣いがない!」と怒る人

自分の機嫌が悪いのを八つ当たりしていませんか? 本当は気遣いは必要ありません。

愛があれば良いのです。


自己中心的な人

自己中心的な人には中心がありません。自己の望みを知らず空洞の円の周囲をグルグル廻っています。そのため満足を知らず、感謝助け合い意味が解らないので怒り、勝手な振る舞いをします。

自分の望みや満足を問い直しましょう。作戦を捨てて一直線にそれに向かい、人のありがたさを知りましょう。適当生き方なんて辞めてしまいましょう。


◎なぜか時間に遅れる人

できない約束やしたくない約束を重ねてきたのかもしれません。自分の中で「守らなくちゃいけない」と「縛られるのは嫌だ」がケンカしています。気遣いや「いい顔をしたい」等は捨てましょう。やりたいことだけ約束しましょう。そして約束は「しなくちゃいけない」義務ではなく、その時になったら「やってもいい」許可だと受け取りましょう。


憂鬱な人

あれもこれもと望み過ぎです。自己矛盾や嘘、言い訳や無理矢理がありますから、諦めましょう。

やれることからこつこつやって、自分の出来を愉しみましょう。


◎待ちくたびれた人

あなたは実際の時が来る前に想像イメージトレーニングを行い、同時に生命エネルギーも使い果たしてしまいました。

エネルギーを使い果たした状態ではイメージ通りに行くはずがありません。

想像するのを止めましょう。その時間は何か他の愉しみに使いましょう。

現実世界の変化は多様ですから、「うまくやろう」という考えは捨てて、臨機応変に世界と自分の変化を楽しみましょう。


◎意地や見栄を張る人

意地や見栄を張るのは、立場を失うのが怖いからです。でもその立場は砂上の楼閣です。

維持するために出費がかさみ崩れ落ちてゆくでしょう。

本当に守りたい何かのために恐怖を乗り越え最適な立場に移りましょう。全てを失う前にカミングアウトしましょう。


プライドの高い人

人間関係上下関係だけで捉えていませんか?

いつも「あいつの方が上だ、悔しい。」「自分の方が上だ、ふふん。」「みんな、間違っているよ。」なんてやっていると疲れてきますし周囲の人も離れていきます。良いアドバイスももらえなくなりますし、アドバイスされると傷つけられたような気分になって真っ当に受け止められないでしょう。

本当は世界は開かれている協力関係にあります。横つながりの助け合い世界です。

素直に「できないの。」「お願いね。」「ありがとう。」って言えるようになりましょう。

心を開きましょう。


プライドと自負心

プライド(pride)は「群れ」です。プライドの高い人は、時に周りの評価に振り回されます。

また、自負心の強い人は、自分で自分に負わせた重荷に耐えかね潰されることがあります。

目指すところは同じです。自分を大切に。周りも大切に。


◎優劣にこだわる人

こだわり過ぎると自分と相手との間に壁をつくり、自分を閉じ込め孤立させます。

囚われず視野を広く持って人それぞれ条件が異なることを知り、自分と相手お互い各々の「素敵!」を見い出しましょう。


◎一番になれば認められる、と思った人

できるかどうかと、他人が認めるかどうかは別です。例を挙げれば、歌が上手だからといって歌手になって有名になるとは限りません。他人が認めるとか有名になるというのは、その「一番」とか「できる」とは別のもので、努力の方向性が異なります。考え直しましょう。


◎他人が羨ましい人

あなたはその人の人生の素敵なシーンだけを見ています。

人はそのポジションにつく為に様々なものを支払い、いる為に条件を科しています。あなたにとってマイナスと思われるそれら全てを引き受ける覚悟があるか、自分に問うことです。そして覚悟があるならそれに向かって行動しましょう。


◎兄弟姉妹間の嫉妬について

親や兄弟姉妹と比べるのは辞めて全人類と較べなさい。兄弟姉妹がどうかではなく、自分の内側に答えを問いなさい。

その時あなたは独立した存在となれるでしょう。


◎父の教え

我が父は私にこう教えました。「ぼくは人生は円のようなものだと思う。生まれたところを中心に円を描き、その円から次の人がまた円を描く。」

父母を競争相手のように感じている人は、間違いです。そもそも発進点が違うからです。 どのような円を描くかが大事です。


◎二番目に多くある問題

セカンドはトップとよく比べられ、自分でも比べます。比べるときに、人は物や行動や他人の評価を物差しにすることがよくありますが、間違いです。物質化した結果を比べている限り、セカンドはオリジナルに成れません。大事なのは優れた結果を生み出した考え方です。セカンドやコピーであることを悩む人は先ず「比べる」ということを止めてみましょう。結果を真似て超えようとするのではなく、考え方を学び自分で練ってみましょう。


◎張り合う人

周りと同じでないと不安なくせに、横の人より優れていたいというのは、自己矛盾です。自分を見直し抜け出しましょう。


◎1番にしがみつく人の問題

「OOのトップ」とか「スーパーOO」とか呼ばれる人のなかには、そのポジションにしがみつこうとしている人がいます。このような人は後ろから迫ってくる人のことが気になって実力が発揮できません。ネガティブキャンペーンなど内部抗争に気をとられているうちに外圧に潰されます。今までのように前を向いて走りましょう。次を目指しましょう。身に合わなくなったポジションなぞ、置き去りにしましょう。


◎ひがんでいる人

ひがんでいる人は、心に壁があって目からも耳からもマイナスしか入りません。心にプラスが残りません。ですから、周囲の人がいくら褒めた言葉や仕草を与えても気持ちが通じません。結果として本人は「認められていない、認められたい」と思いますし、何かモノをもらったりしても「普段認められていないんだから、これぐらいもらっても当然よっ!」ぐらいに受け止めてしまって感謝が生じません。周囲の人にとっては「やりがいのない人」となります。

ゆがんだ目で見ても物事はまっすぐ視えません。「あいつばっかり良い目にあって」「自分ばっかり損をして」と感じる人の問題は本人にあります。先ず自分のひずみを直しましょう。見直しましょう。あなたの思っている以上に世界は正当にできています。


イライラしている人

あなたはエネルギ−と時間を浪費しています。疲れてイライラして周囲へ当たるのは、既にエネルギー不足を起こしているからです。良い仕事はできません。眠りましょう。

そして自分のエネルギーがどこで浪費されているのか検索しましょう。


◎諦めきれない人

「あきらめる」とは明らかであると知ることです。「諦めたけれど・・・」なんて「〜けれど」がつくようでは未練です。ちゃんと痛手を味わいましょう。

「もし〜だったら」などと逃げないで、その時点のあなたではどうしようもなかったと思い知りましょう。

何かを学んだら自分を許して時に任せることを知り、過去の事は澄ませて、今のあなたにできることをしましょう。


◎手放せない人

「さようなら。」も愛の表現のひとつです。あなたは知っています。

言い訳は止めましょう。あなたと相手のために勇敢に行動しましょう。

そのあとには、自由や平安、新しいチャンスが待っています。


完璧を求める人

「極める」という言葉があります。この世界は変化し続けています。ですから際(きわ)までは突き詰めることができますが、そこには行けません。行ったと思った瞬間にはそこが変化しているからです。完璧とはあり得ないことだと知っておくことです。

求めても得ることができないと知ることが差取りです。


コントロールしたい人

あなたと誰かは別存在です。ですから完全なコントロールは不可能です。あなたがコントロールしようとするほど相手は反発を感じます。あなたもその作業のために自由を失い、やがて破局します。

縛るものは縛られます。相手を自由にし、自分も自由に生きましょう。


◎すぐに見捨てる人

誰かを見捨てたり何かを見放すと、その時はスッキリ良い気分になります。でもそれは自分の可能性を捨てているのと同じです。いつかの可能性の為に見守りましょう。


◎過ぎてしまう人

幸せなとき」で終わるかは切り上げるタイミングです。

時を過ぎると過放電を起こして「疲れた」で終わってしまいます。


◎すぐに助けを乞う人

人は自分ができたことに誇りや喜びを感じるのに、あなたはそのチャンスを逃しています。

自分でやってみましょう。もうちょっとがんばりましょう。壁を越えましょう。

するとだんだん楽しくなってきます。活きてるって感じます。


◎逃げてばかりいる人

問題の多くは自分が引き起こしています。自分からは逃げ切れません。観念して問題解決を図りましょう。


◎逃げることに罪悪感を感じる人

状況に危険を感じているなら、できるだけのことをしましょう。

できるだけのことをして、それでもどうしようもなかったら

あなた一人でも逃げましょう。共倒れや全滅だけは避けましょう。

振り返らずに安全圏へ全速力で進んで、そこからできることをしましょう。

中にいてできなかったことでも、外からならできるかもしれません。


◎思い出に浸ってばかりいる人

過去存在を求める人に未来の席はありません。思い出にふけるのをやめましょう。

未来を視ましょう。今を生きましょう。


◎閉じこもって助けを求めない人

この世界は開放系で成り立っています。自分独りでできることには限界があります。

中でどうしてもできないことなら、外に助けを求めましょう。

閉じこもってフリーズしたりグルグル回っていても問題解決に繋がりません。

閉鎖系や物理限界について学んだら、「有難う」って開放系に切り替えましょう。


◎守ろうとする人

「何か(だけ)を守ろう」とすればするほど、視線は内側を向き、閉じた壁は厚く狭くなり

外は敵だらけとなり、守ろうとしていたものさえ犠牲にして小さくすり潰していきます。

守ることは諦めましょう。閉じた円に先はありません。閉鎖系概念は生かすには矛盾なのです。

手放しましょう。開放系に切り替え、全てを活かす道を採りましょう。


◎「済みません。」しか言えない人

自分を閉ざした考え方のために「相手から奪っている自分」を感じて「済まない」と思うのですが、済まないでは澄みません。心に借金を重ねて濁っていきます。

借金してしまった分はとっとと返してしまいましょう。払いきれない分は「ご免なさい」と免じてもらいましょう。 自分を開いて「ありがとう。うれしいっ!」と感謝と共に元気エネルギ−を相手に上げましょう。


◎自分を責めてばかりいる人

「わたしのせいだ。」なんて自分を責めるだけでは問題解決になりません。また、できないことで自分を責めても仕方ありません。何故それが起きたのか客観的に考えましょう。自分と他人の責任を区別しましょう。再発防止の為に具体的に何が可能か列挙し行動しましょう。ニ度と同じ失敗はくり返さないと知れば、そのことは済まし、自分を澄ましましょう。


◎悪者探しをする人

誰かのせいにしても問題が解決するとは限りません。それが正当とも限りません。親兄弟や周囲の人のせいにしてもあなたは救われません。犯人捜しと問題解決は別です。自分を救うことも考えましょう。


◎「みんなが悪い」と言う人

最も悪いのは、あなたです。みんなに嫌われて当然です。他人のせいにばかりするのは止めましょう。不満タラタラ言いながら「自分にはできない」等の言い逃れをしたり弱者のフリをして助けを求めるのは止めて、自分で行動しましょう。


◎許せない人

本当に相手が悪いのでしょうか。問題の多くは自分が引き起こし、結果を受け止めたのも自分です。

同じことを許す人と許せない人がいます。「許せない」と感じるのは、感情のトラブルなのです。

考えた結果「許さない」という時は、自由や生存等を確保するという理由がついているはずです。何故許せないのか、何故そうなったのかを考えましょう。


復讐を考えている人

逆恨みは論外ですし、報復合戦は問題解決に繋がりません。しかし、理不尽なことをされたのでしたら、復讐は当然です。きっちり片をつけましょう。徹底的にやりましょう。

ただ、もっと賢いのはやられそうになった時にやることです。「正当防衛」なんて言葉もあります。そしてもっと良いのは、やられないことです。「君子危うきに近寄らず」と云います。

また、復讐を果たしたからといってあなたの喪失感や傷が癒えるとも限りません。ですから自分自身の救済も考えておいて下さい。何故それが起きたのかを考査して再発防止運動を行うのも良いでしょう。


◎いつも身構えている人

見境のないファイティングポーズは周囲の緊張を生み、無益な戦いを引き起こし共倒れの原因となります。戦うばかりが能ではありません。共存の道を探りましょう。自分が賢いことを証明しましょう。


◎闘わざるを得ない人

「殺るか殺られるか」という問題解決思考方法は難易度として易しいですが損害も大きなものになります。戦わずに済むが良いです。しかし闘わざるを得ない時は言い訳を考えずさっさと勝って終わらせましょう。


◎我慢している人

あなたの気持は漏れ出ています。溢れてしまっています。いくら笑顔をつくってみても口で何と言おうとも、気持は必ず伝わります。怒りを我慢しているのに周囲の人から「怒りっぽい人」と評価され、何も言っていないのに「言いたいことを言う人」「好き嫌いが激しい人」と言われるのは、全部ばれてしまっているからです。ばれてしまっているのに我慢する必要はありません。自分を出すことです。そして隠すのではなく何故隠さなければならないような自分なのかを考え、解決策を図ることです。


◎期待する人

期待とは自己表現欲求の他人への転嫁です。自分のやりたいことを自分でやり切っていないから欲求不満となって他人の肩に載るのです。

自分をやりましょう。自分でやりましょう。他人は別の存在で、期待通りになっても自分に真の満足感は来ないと知りましょう。自分で切りをつけましょう。


◎心配する人

あなたのネガティブなエネルギ−が状況を更に悪化させています。心配しても良い事はありません。現状を丸ごと承認し、改善のための自分の努力意識を向けましょう。


八つ当たりする人

自分の大切なものを傷つけています。怒りを出してはならないと言っているのではありません。怒って当然の時はあります。その時に怒りましょう。その相手に怒りましょう。我慢しているから溜まって本来向かうべきではない方向に殺すエネルギーが向かうのです。出すべき時に出しましょう。


コントロールのために怒る人

怒りは時として相手をコントロールするために発せられます。怒った時は相手の生命エネルギーを得ていい気になるのですが、他人のエネルギーは長持ちせず、すぐイライラします。不当に怒られた側は次の誰かに八つ当たりするか、予防または反撃を考えるでしょう。他人に依存するのは止めましょう。自分の内側から生命をくみ上げましょう。自分で自分を活かしましょう。


「ありがとう」と言えない人

気の強い人や自尊心の強い人の中には、上手に「ありがとう」と言えない人がいます。

「ありがとう」と言うのが自分の欠点や過失を認めるような気がするらしいのですが、

「有り難い」というのは、人間物理限界を知りそれを認めることのできる心の強い人が感じる感情ですので、

恥ずかしがらずに素直に表現すると良いと思います。


感謝を受け取れない人

餌付きの釣り針でない限り、感謝は素直に受け取りましょう。

そのほうが相手も楽になります。「当然のことをしたまでだ。」なんて肩肘張らないで

あなたは意外にいいことをしたのです。自分のしたことの価値を認めて

相手と一緒によろこびましょう。するともっと一緒に楽しく生きられます。


◎「感謝の気持が通じない」と言う人

感謝は自分がしたら済むのです。感謝の見返りを求めるのはやめましょう。


感謝とは

ニコニコニコ。「うれしいな。」「よかったね。」「ありがとう。」など

内から生命エネルギーが湧く感情や言葉

何かをもらうから交換に感謝するのではありません。

もらっていることに気付くと出る良い気持ちが感謝です。"I am Lucky!!"ってね。

良い気がしない時は、手放してみましょう。なくなると価値がわかります。


◎わかってもらえない人

まず自分や相手の事を理解しましょう。自分の矛盾点を見つけて解除し、自分をスッキリさせましょう。

相手の許容性等も把握しましょう。そして明確な意志を伝えましょう。


◎「何を考えているか分らない人」

情報不足であったり思考能力が足りない可能性と、価値観や思考プロセスが異なっていてあなたの理解外の可能性があります。情報や考え方を伝えましょう。また、理解外を許しましょう。


◎誰とでも仲良くしたい人

無理があります。負荷があなたやあなたの大事な人にかかっています。大事な人とそうではない人を区別しましょう。

人は各々異なっています。全員に好かれるなんて不可能です。嫌な顔を隠しながらお付き合いするのは止めましょう。

群れていたからといって助かるとは限りません。大きな船でも沈む時は沈むのです。良い人とだけお付き合いしましょう。


◎なぜ、嫌いなんでしょう?

「あの人とは付き合いたくない。」という人がいたとします。

その人があなたを傷つける人なら嫌いで当然です。でもそれ以外の理由なら、なぜかと自分に聞いてみる価値があります。

また、その人はあなただけを傷つけるのでしょうか? それとも誰にでもそのような態度をとるのでしょうか? もしあなただけに酷い態度をとるようなら、そこには何か理由がありそうです。周りの誰もがあなたを傷つける態度をとるなら、あなたに問題があるのかもしれません。

理由や問題を検索し、問題解決行動を採りましょう


◎「駄目」や「嫌い」の多い人

「嫌い」「駄目」が多い人はこの世界を楽しめません。その多くは思考制限による感情のトラブルです。産まれてから現在に至るまで家族や狭い社会からプログラミングされてきた結果です。自分で組み込んだものもあるでしょう。よく世界を観ましょう。世界は自由で様々な形で存在しています。自分の制限プログラミングをはずしましょう。


◎ジミー坊やと白ねずみの

心理学では有名なお話です。

ジミー坊やは白ねずみと遊ぶのが大好きでした。優しいおじいさんも好きでした。

ところがある人が、坊やが白ねずみと遊ぶたびに坊やに電気ショックを加えました。

幾度か繰り返されるうちに坊やは白ねずみが嫌いになりました。それだけでなく坊やはおじいさんも嫌いになりました。

おじいさんの長く白いひげが白ねずみに似ていたからです。

ひどい話ですが、似たようなことは誰にでもありうる話です。

例えば、子供の頃苦手だった誰かと同じ名前の人に対して、別人だと解っているのに何故か緊張してしまう等も、このパターンです。

(実際は、本人が気づかない処で混同などが起きていることが多くあります。)

このような制限プログラミングをはずすお手伝いをアースフィールドでしています。


◎奪い過ぎている人

何でも見境なく「私が」「私に」と言う人は、他の誰かのチャンスを奪っているだけでなく、自分の本当に欲しいものさえ見失ったり得る機会を逸したりします。

人には容量があると知りましょう。手を引くことを学習しましょう。そうすると人生が綺麗に流れて、今まで知らなかった世界が広がってきます。苦労していたのが莫迦みたいに思えてきます。


◎信じて裏切られた人

「信じる」とは不安を紛らす等のために現状を思い込みにより認識することです。ですから信じた様にならなくても不思議ないのです。人は変化し言葉は完全ではありません。人や言葉を信じるのではなく自分の目や感覚を信じましょう。予想通りにならなければ自分が間違っていたのです。自分にチェックをかけ直しましょう。


言葉に囚われている人

言葉は事物やイメージを切り取ったものです。その切り取り方は人や状況により異なります。全く同じというのは有り得ないのです。切り取る対象自体が異なる場合もあります。言葉は完全ではないと知りなさい。そして人により状況により言い方や受け止め方を変えましょう。


◎相手に合わす為や支配のために会話する人

その関係は長続きせず、あなたは会話をするのが嫌になるでしょう。会話はエネルギ−の奪い合いの為にあるのではなく、何かを理解し伝えるためにあるのです。無理な会話を止め、知りたい時や教えたい時だけ言葉を使いましょう。


◎不安の裏返しでしゃべる人

物凄くよく喋る人のなかには、自分の不安を覆い隠そうとしている人もいます。内容に殆ど意味はありません。聞く側としては、真面目に言葉を受け止める必要はありません。

自分が不安で喋っていることに気が付いた人は、一人のときに何故何に不安を感じているのか考え、解消しましょう。


◎黙っている人

言葉は完全ではありませんが、言わないと通じないこともあります。言うべきことを言わないと状況はあなたの望まない方向に行くかもしれません。

言いましょう。何を言えば良いのかわからない時は、相手の言葉意味を受け止められていない時です。

解るまでその場で問い質しましょう。


◎「見ザル言ワザル聞カザル」という人

ヒトのすることではありません。自分に関することは、ちゃんと見聞しましょう。言うべきことは言いましょう。自由と権利を取り戻しましょう。


◎言わずにやってしまう人

言わずに人の分まで何でもやってしまう人は、その人の行動するチャンスを奪っています。

問題点があるなら言いましょう。言っても伝わらなければ本人が気付くまで待ちましょう。

その間に、自分が何故それに不満を感じたのか自分の内側の答えも求めましょう。


言うばかりでしない人

あなたは自分の行動能力を失っていきます。自分のすべきことはしましょう。

誰がやっても良いことは手の空いている限り手を出しましょう。手を出して

自分の手で何かができると楽しくなり、あなたの行動能力もあがっていきます。


愚痴を言う人

愚痴を言う」という行為は、相手から生命エネルギーを奪う行為です。

自分は気持よくなりますが、相手は疲れてしまいます。相手に縁を切られても仕方ありません。

また自分が気持よくなるのも一時だけです。問題解決しないので、すぐに不満が溜まり同じことを言いたくなります。

問題解決の為の行動を起こしましょう。愚痴を言わないのも解決法の1つです。


◎恩を仇で返す人

何かをしてもらったり教えてもらった時に、文句を言ったりけちをつけたり愚痴を言うなど礼を失する人は、やがて相手にされなくなります。

お礼だけ言いましょう。何か言ってしまいそうなら頭を下げるだけにしましょう。

ためになったり嬉しかったら感謝も捧げましょう。


◎恩を義理で返す人

恩返しは、感謝と「やりたい」気持でするものです。「半返しにしておくかぁ。」などと金額で測ったり義理で返す人は、恩返しではなく好意に対して取引で応じているのです。礼を失する行為はやめましょう。自分の気持を大切にしましょう。


◎他人の意見占い等に頼りすぎる人

自分の感覚や自由意思を尊重しましょう。あなたの道はあなたの足元にあります。


◎話を進められない人

「考えてみます。」と話を持って帰った後、否定的な考えばかり浮かんだり二度三度と同じ相談をするようなら自分を疑ってみるべきです。誰かに相談して「考えてみます。」等で話を濁しているようでは、あなたの本気が疑われます。本気で問題解決したいなら具体的な部分までその場で話を詰めて、即行動しましょう。


◎愛想笑いをする人

自分に嘘をついています。口は笑っていても声や目は別のメッセージを伝えます。

他人に合わせて笑ったり怒ったりしていると自分の感情を見失います。

自分に正直になりましょう。心の底から笑えるようになりましょう。


愚痴をよく聞く人

愚痴は悪口です。それはあなたの意識を汚します。

あなたに愚痴を言うのは聞きそうな態度だからです。信頼しているからではありません。その人はあなたの悪口を別の人に言うでしょう。何の解決にもなりません。「私に愚痴を言わないで!」と硬く断りましょう。態度で示しましょう。改めれば問題解決法を考えてあげましょう。


◎相談される人

愚痴を言うかわりに人の意見を聞くタイプもいます。

「何々についてはどうでしょう?」と聞いて、ふんふんと頷きながらよく人の話を聞く。

でも実行しないし変化もない。何度でも同じことについて聞く。

聞かれている側は最初は気持が好いのですが度重なると疲れてきます。

自分のアドバイスを再検討するか、相手を再評価するか、時期が来ています。


◎何でも疑ってかかる人

それは期待が裏切られるんじゃないかという恐怖心から来ます。人は時に自己存在さえ疑います。しかし自分まで否定すると何も分らなくなります。ベストは制限のない思考をベースとした体験を積み上げることです。疑うなら行動しないことです。じーっと見てるんです。そして何か「分かった!」と感じた時か欲求が自分の中から起きた時に、その分だけ行動します。余計なことはしません。その分だけです。そしてまた結果やら何やらをじーっと観察するんです。疑うだけでなく「確認」という結果を出していくんです。そうして繰り返しているとだんだん自分と世界のことが解ってきます。そうするとだんだん生きているのが楽しくなってきます。


◎「石橋を叩いて渡る」人

100%はあり得ません。石橋でも壊れる時は壊れるのです。自分で叩き壊しておいて「この橋は危険だった。叩いてみて良かった。」と言うのは止めましょう。

その石橋を叩いて試している年月の間に次の橋が崩壊しているかもしれません。

石橋とわかっているならさ

2008-08-22

月間100万PV超のボクちゃんが人が集まるブログの秘訣を語っちゃうよ

ブログアクセスを増やしたい? okok、その気持ちは十分理解できる。だからブログアクセス数を増やす秘訣を教えちゃおう。ホントは自分のブログで書いてもいいんだけど、素の言葉で書きなぐりたいから増田で書く。誤字脱字見つけても黙っといてくれよな!同意できる奴だけ次読んでくれ。


内容を絞る

あれもこれも書いてねーか?

お前の日記経済ニュースなんか聞きたくねーんだよ。

日記なら日記だけ、コピペならコピペだけ、ニュースならニュースだけ、レビューならレビューだけ。特化したブログを書け。

あれもこれも趣味が被る奴なんていねーし、他の趣味邪魔なんだよ、邪魔。もっかい言うぞ、邪魔だ。

どうしても複数かきたきゃプラモデルミニ四駆とか、株と不動産とか、おしべとめしべみたいに関連するジャンルにしろ。でも裏でshare使ってますなんて放言してる人間著作権論について正しいこと言ってても誰もついてこねーぞ!


コメント欄はつけろ

荒らしウザイ?そんなもんほっとけよ!

俺ら日本人だぜ、悪口言ってなんぼの人種。人と人とのネチネチした交流がないと生きていけねーんだよ。

コメント欄がないとブロガーと気軽に会話できねーだろ?コメント欄は用意しとけ


読者のために書け

お前のブログアクセス集めたいんだろ?じゃあ読者のためにかけ

お前の、お前による、読者のためのブログだ。最後はお前のためじゃねーんだよ、分かったか。

「ウププ、これ面白いギャグだ。載せちまおう」なんてくだらないのは書くな。それはつまらない。

読者のためを思ってかけ、どんな情報があると嬉しいか、どんなネタが欲しそうか、リサーチしろ。てめえの我は消せよ!


口調は統一しろ

口語文語報道文体、まあなんでもいいけど口調は統一しろ。でも最後に「にょ」とか「なの」とかはつけるなキモイ。尻の毛むしりとるぞ。

一人称も私とかボクとか俺とか自分とかにしろ。おいらとかわしとか小生とか拒否反応おこしちまうよ。先生、心配停止です!よし、電気ショックだ。


ベタベタ広告はるな

うぜーーーーーーーーーんだよ。ブログが大きくなると記事広告お願いしますって企業からお願いがくる。あんまベタベタはるな。

せいぜいトップバナー(728x90)、サイドレクタングル(250x250)、記事下(250x250)ぐらいだ。ベタベタ張ってるとリンクが外に逃げるんだよ、人増えればそのうち金も増えるからべたべたはってんじゃねーぞ


関連記事にリンクはれ

おめーのブログに似たような話題の記事があるだろうが。それ、引っ張って来い

似たような話題だったらついつい読んじまうんだよ。他人のブログ広告クリックされるより自分の記事クリックされた方が嬉しいだろうが。5件用意しろ。それより上でも下でもダメだ。


他の似たようなブログに顔だせ

似たようなブログあんだろーが、それに顔出してコメント残せ。ついでに自分のブログへのリンクも残してけ

似たようなブログだから読者層は被ってる。その読者を俺にもよこせっつってひっぱってこれるんだよ、ついでにそのブロガーも読者になってくれるかもしんねーぞ。人と人との交流は大切にしろ。


他のブログきにすんな

「クソ、俺の方が先にこのネタ書いたのにあんな有名なだけのとこがブクマ一杯されやがって・・・」

↑この発想YA★ME★RO★。何も生み出さねー、チョー無意味だ。分かるか?チョー無意味なんだよ。

他のブログ気にしてる暇があるならそのネタ、その有名ブログの記事に負けてねーかどうか自分でチェックしろ。負けてたら書き直しだ、分かったか?ギガうんちゃらとか記事内容悲惨だから修正してやる!って感じで修正してやってもいいぞ。


毎日更新しろ

毎日だ。いいな?毎日決まった時間更新しろ。

毎日はダルい?別に毎日書かなくてもいいんだよ。1日に7本書いてそれを毎朝9時にアップとかでもいいんだよ。そうすりゃ書くのは1日で更新は毎日になんだろ。更新続けてねーと人は離れてくんだよ。


つかれた

つかれたから続きはまた今度!


つづき

つづきだよ!

http://anond.hatelabo.jp/20080825105846

2007-12-06

リア充ケーススタディとして(自己分析もかねて)

 なぁ、もう12月だってな。早くない?

 周りはクリスマスきれいなイルミネーションが光ってるけど、なんか、ぜんぜんクリスマスって感覚がないのよね。

 誤解してもらったら困るので言っとくけど、これぜんぜん僻みとかそんなんじゃなくって、もう1年終わってまうって言うことが素直に実感できひんのよね。

 何で今年こんなに1年過ぎるのが早かったんだろーな。なんか知らんねんけど暇をもてあます時間が多かったなーという気分になってしまう俺。別に暇ではなかったのによ。それなりに用事もあったはずだぜ?

 東京インターン行ったりとか、海外に行ったりとか、クラブに通いつめたりとか、夏フェス行ったりとか、ここでは詳しく言えないがとにかくいろんな場所に行っていろんな景色といろんな人には会ってきたはずなんだぜ?サークル合宿にも言ったぜ?学校行く時間はちょっとは減ったかもしれないけど単位落とさない程度には出席もしてるし、ちゃんと知り合いにも会うんだぜ?今年は、内容的にはこれ以上ないくらい充実してる。

 なんかもっと、満腹感を感じてもいいはずなのよ。それがなぜか、いろいろやった感を感じることができない。何かが足りない。もっと言えばやり遂げた感が無い。なぜなんだぜ?

 

 まぁなぜかって、そんなことはとっくにわかってるんだけどさ。要するにどういう場においても当事者感がまったく無いのよね。つまり、自分が中心になって何か巻き込んでやったったぞー!感が無いのよ。常に傍観者なわけ。傍観。みんなが仲よさげに楽しんでいるのをちょっと遠巻きに眺めてるだけなのさ。そういう性分なんだろうかね。完璧にどっぷりそのコミュニティーにつからずに((時には1対1でも))、片足だけ入れておいて、反対側の片足でいつでもほかの面白いことを探している状態っていうか。ひどいよ俺。プライベートで人なんてめったに誘わんからね。誘われたり、それこそちゃんとした行事とかなら行くけど、行ったら行ったで結局中途半端に楽しんで終わる。片足だけしか入れてないから。だから、全員初対面とかだとものすごい気楽になる。いつもの1.3倍くらいは饒舌になる。まぁその初対面の集団でも結局みんなが仲良くなり始めると傍観者になってしまうんだけどね。周りから助けてもらうことも頼られることも無い代わりに、自分からも(よっぽどじゃない限り)助けないし頼らない傾向が強い。

 別に悪気はあるようで、無いのよ。なんか、どっぷりそのコミュニティにつかっちゃうと自分の視野とか価値観とかをいたずらに狭めてしまわないかな、っていう強迫観念みたいなのがあるわけ。あとは、逆に自分が傷つけられるのが怖いんだと思うわ。やみくもに動いてかっこ悪くてきまずい思いするぐらいならむしろ動かないほうが身のためだ、って思ってしまう。だからといって行動力が無いわけではないんだけどね。一人でならどこまでもバイクで行ける気がする。この前の夏休みインターンの時は、休日になると東京を1日4時間はひたすら歩いていた。ぜんぜん苦じゃなかった。誰の気を遣わなくてもいいから。

 プライドが高いのだろうか。実際は全然そんな自覚無くて、逆に俺ってだめだなーって思うほうが多いんやけどね。ハリネズミのジレンマってこういうことを言うのかな。でも、よく考えてみたらわかることなんだけど、そのコミュニティ、集団に深くかかわらないことにはその集団の当事者になれないのは当たり前の話なわけでね。俺はそこにジレンマを抱えている。わいわいすること自体は大好きだから、輪の中に入ってわいわいやりたいんだけど、入りすぎることも恐れる。いったんわいわいできない空気を感じ取ると、必要以上に自主規制をかけてしまうのよ。ひねくれてるのかなぁ俺。だから、俺は広く浅い付き合いしかできないんだよって自分で思ってるからな。自覚してる。ただいったん自分でそう思い始めると余計にその性分に磨きをかけることにつながるわけで以下無限ループ

 そうして俺の周りには中途半端に仲のいい友達と中途半端に仲の悪い友達がたくさん、そりゃもうたくさんできましたとさ。

 なんとなく話がそれたので戻すが、とにかく今年という年がなんとなく足早に過ぎていったのはそういうような理由からなんだろうと思う。当事者感を味わうためには自分の行動を改めなくてはいけない。多分このままだと俺は何をやっても充実できない気がする。まぁそれは言いすぎだけど。来年から治すぞって言ってすぐに治るもんでもないと思う。この性分はおそらく高校からの積み重ねであり、生きにくい世の中を生きるためのその時々の自分なりの処世術としてその時代その時代に作用してきたから。じゃあどうするんだよ。このままでいいのか。またジレンマ。

 なんだか今までの悲しい出来事がぶっ飛んでしまうくらいに悲しい事が起こらないかな。それか逆に、めちゃめちゃ幸せすぎてバク転して骨折るくらいのいい事が起こらないかな。どっちにしても、よっぽど衝撃的な、ことがないと俺はだめになる。そういう電気ショック的な衝撃が無いと俺は生き返れない。でまぁ、そうやって考えのどつぼにはまると呼び込んでしまうのは前者のほうであってね。悲しいことなんていくらでも容易に想像つくのに、思い切りいいことって想像できひんくない?

 そんな淡白で虚無的な気分でいっぱい。

 非リア充かといわれれば微妙なところで、人によっては「十分な生活じゃないか!」って思うかもしれないけど、俺にとっては何かが足りないんだよ。

 追記:http://anond.hatelabo.jp/shibuyan730/20071126自己分析のための大学生活伝2.0を書いたのは俺。併せて読んだら俺のことが6割ぐらいはわかります、って誰も知りたくないっつうのね。

 追記:増田の自分のエントリブクマしたいんだけどばれちゃいそうだから悩む><

2007-11-08

ウェブ時代をゆく」を読んだら憂鬱な気分になった

今日、「ウェブ時代をゆく」を読んできた。本の内容は納得できる部分がほとんどだったが、読んでてだんだん憂鬱になってきた。

なぜなら、自分がこれから生きていく上でのビジョンが全く見えないことに気付いたからだ。

4年前に読んだらきっとやる気が出てきただろう。しかし今の自分には逆効果だ。4年前の自分には希望があった。しかし今の自分にはない。

以前はなりたい自分というものがあった。4年前はちょうど趣味OSS活動をやっていて、その関係で友人も何人か出来た。いつかは有名になろうという目標があった。実際、作ったソフトはそこそこ名を知られるものになった。仕事でそれが認められることはなかったが、仕事に充実感はあった。

しかし2年前から全てがダメになった。

原因ははっきりしている。何度も失敗を繰り返したり、人に裏切られたりしたからだ。リアルだけではなくネットでも。それまで人に裏切られたことのない自分は混乱した。そのためにblogは閉鎖し、ノイローゼになって休職する羽目になった。幸いにも今は病気の方はほぼ回復し、会社復職して仕事の方も以前と同じくらいのパフォーマンスは出るようになっている。blogも再度立ち上げ直して細々と続けている。

しかし、今は何かやろうとすると自分の心が自分に対してブレーキをかけてしまう。何か没頭することに対して怯えてしまっている。自分の考えや本心を空かすことがなくなった。他の人と接するときは気丈に振る舞っているので誰も気付かない。常に仮面を被り続けている。友人とも会うことがほとんどなくなった。自分なんかと会っても何も楽しいことなどないという考えがよぎってしまう。転職も考えたことがある。しかし希望が持てない自分に居場所があるのだろうかという考えがよぎってしまう。そういう考えはやめようと頭では分かっててもだ。

学習された無力感という言葉がある。検索すると、縛り付けた犬に電気ショックを与え続けるという実験についての話が見つかる。自分の今の状態はこれに近いのだろうと考えている。

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