はてなキーワード: 銀行員とは
「一周忌のため島根の実家に帰りますのでおとうさんが心配」→お父さんに電話してあげて
わたしは義理の父が大嫌い。生理的に大嫌い。絶対に世話などしたくないと思ってる。
でも、これは私の義務だから、指定の時間に指定の電話を入れる。
すごく腹が立った。
怒りを静めるために普段飲まないビールを飲んでみる。そして自己嫌悪。自己嫌悪している自分に更に自己嫌悪。
誰かと関わりあうということは、誰かの世話をすること。
いつからそうなったのだろう?
絆って何?誰かの世話をすること?孤独じゃ駄目なんだろうか?
私は孤独が好き。誰にも甘えなくてすむならそうしたいし、誰にも甘えられたくない。
でも、そう思っていることが甘えだってわかってる。
でも、テレビの人たちが言う絆って結局お年寄りのための言葉でしょ?団地で孤独死を若者がなんとかしろっていうことでしょ?
地震で津波来て、仮設住宅で孤独に暮らしているお年寄りの世話をしましょう、ということでしょ?
わたしはそんな人間関係いらない。そんなものが絆なら私は絆なんていらない。絆は気持ちが悪い。
団地で、仮設住宅で孤独死して何が悪い?もともと死にそうなのに、ずっと監視しておくのが絆なの?
でも、私は明日死ぬかもしれないし、99まで生きるかなんてわかんない。生きているのは今。
生きるって戦争だ。何かを大事にしたければ何かをすてていけばいい。
何かを捨てることは、残酷にみえる。だからクズな国営放送は金切り声で「絆」「絆」と叫びたがる。
すごく優秀な人間で、実直な銀行員で、沢山のお金を稼ぎ、社会的な立場は申し分なく人望もあった。社会にとっても死んで欲しくない人間の範疇に入っていた。
多分親は自分が代わりに死ねばよかったと思うだろうし、私も私が死んだ方がはるかにマシなことだと思った。
でも、彼が死んだことで私の何かがめざめた。
死んだら終わり。今、やることをやる。生きることは戦争。運命は気にしない。今私がやりたいことを、誰に後ろ指さされてもやる。無縁仏上等。
たとえ誰かの世話をしても、見返りなんてほしくないし求めたくもない。立派な人間なんて認められるよりは自分は自分に正直でいたい。
問題は変わらない。
あるブログに書き込みかけて承認待ちになっている長文がある、それを入れようかと思ったけど、それはちょっとやめる。
その方は、啓蒙的と言うか割と理屈が通用するところにいらっしゃる方のようで、そのような事も書けるのだろうなと思った。
こういう問題を考える時、現実との兼ね合いという問題が出てくるような気がする。
現実との兼ね合いって、理想が比較的通用する世界というか階層(ほんとはあっちゃいけないのかもしれないけど、人間は平等なのだからw)と、そうでなく現実にまみれた階層
うまく説明できないけど、地域性もあったりするかもしれないし、一概には言えないと思うけど
いや、言葉が悪すぎる、なんて言えばいいんだろ???
その前に、ストックホルム症候群というのを、ご存知だろうか?
ぐぐってみればすぐわかると思うけど、ストックホルムの銀行が強盗に襲われて、立て篭もりなどあって、犯人たちと銀行員が接触があったら、銀行員が犯人たちを庇うような心理状態に陥ってしまったというようなエピソード。
これは、特殊な環境下での特殊な心理として、片付けられてるけど、実はそうでもないんじゃないかと思う事がある。
生存を希求する本能や生存を第一義に考える心理の表れとして、特殊な環境下で生き延びるために、そのような心理状態に陥ったのだ、という事になってる。
通常の言葉で言うと近いのは、強い者におもねる様な心理、だろう。それがもっと強烈に本人たちさえ意識できないような状態で起こった、という事だと思う。
このような犯罪者を好意的に見るような事には、特殊な環境でなければ陥らない、というのも本当だろう。
しかし、人間の中に、生きのびるためには強い者におもねりたいという心理や、本能のようなものが入っているからそうなるのだろう。
そういう心理は、ストックホルムの銀行内だけじゃなく、常日頃から日常的に活用されているような気がする。
勝てば官軍とか、金や権力のある人や、社会的地位がある人が、《エライ人》のように見えたり、VIPって感じに見えたり
あぁ、思い出した、こういう言い方は?
「人は生活を守ってくれるものを、庇う考え方をする」とか「人は倫理より欲望を優先させる生き物」
ある程度教育を受けて理屈に合った事をやってれば良い人と、プロ奴隷みたいに生きなきゃいけない人
何の力も学もない庶民は、その場面場面での強い力みたいなものを、無意識に読んでしまうんじゃなかろうか。
親についても、批判について、すごく話がややこしくなってるのは、ある種の人々にとっては、親というものに対する子供の側からの批判というのが、現実的な力対(VS)力や立場ない状態での理想みたいに見えて、それでごにょごにょ思うんじゃないだろうか?(色々なケースがあるから全部自分に置き換えなくて良いと思うんだけど、なぜか書いてる人がすごく思いいれてた)
自分の中で、ストックホルム症候群のような状況ではないから、それほど顕著ではない矛盾みたいなものに、何となく気付いてしまいそうな刺激だから、エマージェンシーシグナルみたいなものが体内を駆け巡るみたいな
ちょっと違うかな
あるブログに(はてなじゃない)書こうとして承認待ちなのは、里親批判に里親のエゴの部分を指摘すると、里親側から反発がありブログ上で議論が白熱して、里親側も○さんに敵意丸出しですね、とか書いていた過去のエントリのやり取りを見たところ。
里親と言っても、露骨な虐待をしてる人ではなく、里親全部を非難される事に反発を感じていたり、里親志望の人たちで、里親志望の人にきつい批判をブログ主がしたら、別の里親だった人が敵意丸出しと書いていたというところでした。
それを見て思ったのは、エゴのない愛情はないので、身内のエゴだと許されるが、里親だとそうも行かないのだなぁという事でした。
里親は公費が給付されているし、一般の養育里親には実親に虐待された人が託されるわけではないし、実親と暮らすまでの間、託される場合もあるから、そりゃ身内と一緒にしてはいけないんだけど
そう思ったのでした。
身内のエゴでも、本当はおかしいんだけど、そういえばなぜなんだろう?と考えたら
里親制度がおかしいという事は本当は実親制度もおかしいのだろう。(理想を言ったり、神経質な見方をすれば)
おかしいけれども、エゴが身内だという事で、限度にもよるだろうけど、ものすごい暴力とかはっきりと虐待がわかるような状態じゃないと、かなりの部分馴れ合いのうちに、なあなあで済まされて行ってるんだろうなぁと思いました。
理想的な愛情を持つ親もいるでしょう、冷静な親もいるでしょう。余裕がある親もいるでしょう。
しかし、現実との闘いで傷ついた親たちには、なかなかその余裕がなかったりする現実というのもあるのかもしれないと思いました。
http://d.hatena.ne.jp/miyakichi/20110810/p1
漫画の話で、しかも20年前の日本人サラリーマンを戯画化したものなんですが、
今でも「日本人の男」の中にはこういう感覚あるんじゃないかと思う。
男は銀行員で、ワーカホリック。めったに家に帰らず、子供が病気の時ですら仕事。
女はそれでも男のことを愛していて、男を支えようと努力し、孤独にも耐える。
このあたりまでは日本人だアメリカ人だってのはあんまり関係ないところらしい。
男は妻を愛しているのだが、それを言葉にしない。「言わなくても愛し合っていれば伝わるはずだ」というのが彼の主張。
女は一度も男から愛の言葉を投げかけてもらえず、男の愛を信じる事に困難を感じる。
それどころか、男は家に仕事仲間を招いたときに、日本人独特の「謙遜」を使う。
「きれいな奥さんが家で待っていてくれるなんて羨ましい」という仲間に対して
「いやぁ、妻はがさつなもんで、自分一人のほうが心が休まりますよ」と返す。もちろん本心ではない。
だが、日本人のしきたりを知らない女は「私は必要とされていないどころか邪魔者扱いされている」ととらえてしまう。
そして、夫に対して「私に悪い所があるなら直すから話して」と言っても「そんなものはない」と相手にしてもらえない。
妻は自分が、もはや夫に相手にしてもらえないほど愛情が薄いのか、と感じてしまう。尊厳の破壊。
また他の時には男は妻に対して「おまえは怒るとこわい」というのを表現するときに、鬼がツノを生やすポーズを取る。
妻はこれを「デーモン呼ばわりされた」と受け取る。
よくわからんけど、アメリカの上流階級では「虐待」とか「家庭内暴力」としてみられるらしい。
結果として、妻は夫の愛情を感じられないどころか悪魔呼ばわりされ、人格をズタズタにされて麻薬に走る。
そして、後に回復した妻は、夫に対して多額の慰謝料を要求し、裁判所がそれを認める。
男は一生かかっても払いきれない額を、コニュニケーションの不一致の代償として背負わされることに成る。
日本じゃ考えられないよね。
お互いの性別のことをあまりにも知らなさすぎ。
どっちが悪いってんじゃなくてとにかくどっちもわかってない。伝えもしない。
ただ自分は悪くない、相手はもっと自分を尊重し、理解すべきってそればっかり。
よく女は被害者だっていうけど、無責任という点では女のほうがひどいってことも指摘しておきたい。
理解するのめんどくさいからレズに走る女の人は実に賢いと思う。
そのかわり男女のめんどくさい点に関わることから遠ざかってる以上、わかった口きかないで欲しいけど。
いつもいつもいつも思う。
偉っそうに、はてなで男と女の問題語ってる奴ってのは所詮極東の島国の小さな常識の是非を語ってるに過ぎないって。
たまにアメリカの文献持ちだして日本の批判してる奴も、あれ絶対向こうの国の良い所しか見ないでいってるよね。馬鹿らしい。
だから、こういう意見を書いてるやつらはそんなに現状が不満ならアメリカにでもいけといいたい。
そんで男は訴えられて賠償金を背負い、女は旦那に撃ち殺されればいいよ。
男女論って感情論が多い。
モテなくて女性であるメリットを享受できなかったからフェミニストになった女性、
専業主婦って敵が多いね。俺は養える学歴でも立場でもないけど。
それお前の個人的な感情でしょ、と言いたくなる。
けっきょく自分と波長が合う人間と出会えたら最高で、社会も国家も国籍もどうでもいいもんだ。
自分の所為で誰かが自殺することになったとしても心は痛まない。
自分が裁かれる立場にはなりたくないから直接他人に危害は加えない。
他人のために何で俺が犠牲にならなければならないんだ。
左翼な人は自分が権力闘争の負け組になったからマイノリティをダシにして再起を図ってるだけだし、
右翼な人は自分の生活がヤバいのはあいつらのせいだ、国民は団結してついでに私の生活を救ってくれって言ってるようにしか見えないし、
だってバブル景気とか経済が潤ってた時は日本の社会がどうとか誰かが北朝鮮に拉致されようがお前らどうでもよかったじゃん。
景気が悪くなって稼げなくなったから国防だ外国人参政権だ言い出すご都合主義が笑えるよ。
社会問題になったのは自分が同じ危険に巻き込まれたくないからで、被害者の名前を覚えてる奴なんかいないだろ?
酒とツマミを口にしながらこの間の20代銀行員の自殺生中継を見ていた奴いるだろ?
俺は生き残るけど俺と俺の身内以外は死んでもいい。
絶対に俺は生き残ってやる。
バブル経済最後の頃、Sラン大学を卒業した。大学時代、サークルでイベント企画とかしていた関係でマスコミを志望していたが全滅。結局某端くれの都銀(当時はこういうカテゴリーがあった)に就職した。自分なりに頑張って仕事をしたつもりだったが、社風が合わなかったのか俺がウンコだったのか、やることなすこと全てが裏目に出て、会社から完全に浮いてしまい、鬱病になって1年で退職した。
その後、Ⅰ種国家公務員試験を受けて官庁訪問しまくって、なんとか1箇所だけ引っかかり、今は某省職員として働いている。
「Sラン卒、キャリア官僚、非童貞」って書くと、一般的にはギリギリ勝ち組、中の上くらいの扱いなんだろうか。
でも、全然そう思えないん。むしろ、不幸のどん底にいるような気がしてならない。
この前、Ustで自殺した人がいたけど、彼は現役銀行員だっけ。俺と似たような感じだったのかもしれない。
まず、仕事のきつさの割に給料が少ない。もうすぐ40歳だというのに、額面45万、手取り30万台だ(これでも一応課長補佐である)。残業はほとんどサービス。季節によっては役所で朝焼けを見ない日はない。ってか今頃がそうなんだけど。今日この時間に家にいられるのが奇跡。役所のロッカーには汗まみれのワイシャツと下着が腐臭を放ちながら溜まっている。しかも給与は、毎年、定期昇給分くらいカットされるので、全く増えない。
これでも恵まれてる、とお前らは言うかもしれないが、民間企業に就職した友人は軒並み60万~100万。司法浪人くずれの予備校講師でさえ、手取り50万は超えている。俺は一応それなりの大学を出て、それなりに難関の公務員試験を受かったはずなのに、なぜこうなるんだ。
第二に、仕事がつまらない。何かを企画したり制作したりするクリエイティブなプロセスは全て有識者に丸投げ。役人がすることといったら、ひたすら利害集団との調整と国会議員への根回しとその結果を法律の条文にすることだ。しかも、議員根回しと条文作りには無意味なルールが山程あって、しかも民主党が政治主導とか言ってややこしい調整ごとだけやらずに残してくれているので手間だけはかかる。
第三に、転職が無理。資格もない、職歴は1年でやめた銀行と公務員だけ、留学こそしているけれど、もう少しで40歳、という条件では、このご時世まともな転職はほぼ不可能であると思う。なんだかんだ言って、墓場のような今の職場で飼い殺されるのが、現時点では最もマシな選択なのだ。
こんなはずではなかった。民間に就職した友人は、会社幹部候補の有力若手として業界に名を馳せる存在だったり、労働組合の委員長だったり。学者になった友人は、グーグルで名前を検索しても数万件のヒットがある。起業した友人は、事業が軌道に乗ってきて会うたびに表情が輝いている。外資に行った友人は、資産5億円を余裕で越え、都内の立派なマンションを資産運用と称して買った。
そこまでエリートになれないとしても、もうちょっとマシな人生はなかったのだろうか、と考えてしまう。自殺して一からやりなおせるなら自殺したい。
どこで間違ってしまったのだろう。国立文系を選んだ時点? マスコミを志望した時点? 都銀辞めてしまった時点?
他人に相談しても「キャリア官僚なんて恵まれてるんだから、贅沢言うな」としか言われないので増田で愚痴らせてもらった。この死ぬまで続く絶望から逃れる方法はあるのだろうか。
旧就職氷河期最後の頃、Bラン大学を卒業した。大学時代、サークルで映画を撮ったりしていた関係でマスコミを志望していたが全滅。結局某中小企業に就職した。自分なりに頑張って仕事をしたつもりだったが、社風が合わなかったのか俺がウンコだったのか、やることなすこと全てが裏目に出て、会社から完全に浮いてしまい、鬱病になって1年で退職した。
その後、公務員試験を受けまくって、なんとか1箇所だけ引っかかり、今は都道府県庁職員として働いている。
「Bラン卒、公務員、非童貞」って書くと、一般的にはギリギリ勝ち組、中の上くらいの扱いなんだろうか。
でも、全然そう思えないん。むしろ、不幸のどん底にいるような気がしてならない。
この前、Ustで自殺した人がいたけど、彼はBラン卒の銀行員だっけ。俺と似たような感じだったのかもしれない。
まず、給料が少ない。もうすぐ30歳だというのに、額面22万、手取り17万台だ(これでも一応都会である)。残業は全てサービス。毎年、定期昇給分くらい給与カットされるので、全く増えない。
これでも恵まれてる、とお前らは言うかもしれないが、民間企業に就職した友人は軒並み30万越え始めている。高卒で介護やってる幼なじみでさえ、手取り20万は超えている。俺は一応それなりの大学を出て、それなりに難関の公務員試験を受かったはずなのに、なぜこうなるんだ。
第二に、仕事がつまらない。何かを企画したり制作したりするクリエイティブなプロセスは全て業者に丸投げ。職員がすることといったら、ひたすら書類を作るだけだ。しかも、書類作りには無意味なルールが山程あって、無意味なのに遵守しなければならないので手間だけはかかる。
第三に、転職が無理。資格もない、職歴は1年でやめた中小と公務員だけ、大学は私立文系、もう少しで30歳、という条件では、このご時世まともな転職はほぼ不可能であると思う。なんだかんだ言って、墓場のような今の職場で飼い殺されるのが、現時点では最もマシな選択なのだ。
こんなはずではなかった。民間に就職した友人は、億単位の金が動くプロジェクトを任されたり、海外を飛び回ったりしている。起業した友人は、事業が軌道に乗ってきて会うたびに表情が輝いている。外資に行った友人は、年収1千万を余裕で越え、都内の立派なマンションを買った。
そこまでエリートになれないとしても、もうちょっとマシな人生はなかったのだろうか、と考えてしまう。自殺して一からやりなおせるなら自殺したい。
どこで間違ってしまったのだろう。私立文系を選んだ時点? マスコミを志望した時点? 中小企業辞めてしまった時点?
他人に相談しても「公務員なんて恵まれてるんだから、贅沢言うな」としか言われないので増田で愚痴らせてもらった。この死ぬまで続く絶望から逃れる方法はあるのだろうか。
復縁したいと思っていた元カノに新しい彼氏ができたことを知って辛いとか、
酒飲みながら弱音や愚痴を聞いてやったりしたよ。
好きな女の子も居ないようだし。
欲しい対象に具体性がなく、得るための行動もしていない。
結果、得られなくて、辛い?
よくわからない。
その友達?はありもしない欲求を満たさないといけないと思ってて
でも具体的な欲求がないから行動もボンヤリした事になって
結果が出ないで苦しんでいる。
確かに愚物と言える。
ただ、そのありもしない欲求について
それを満たせと言う圧力が社会には多いにあるんだよ。
彼氏とか彼女がいないのを「あまり欲求がないから」では済ませてくれず
「負け組」だとか「怠けてる」とか「勇気がない」とか問い詰めてくる。
これは物凄く根深くて、
あらゆる抑圧や強制や主流価値観の押し付けを憎むはてな村民ですら
こと恋愛ネタになると頑とした主流派側説教魔になる者がほとんど。
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元増田が友人?を不思議に思う感覚はとてもまっとうだと思うよ。
世の中が元増田のような感覚と態度であったら友人?もおかしな事になってなかった。
このあいだ首を吊ってしまった24歳銀行員も
取り付かれたようにナンパをして、しかし継続した相手が出来ないことを気に病んでた。
どう見ても「それをやりたいから」「楽しいから」やっているようではなかった。
死の50分前に泥酔しながら「いくらナンパしても彼女出来なかったし」と泣いてる彼は
欲しかったものが手に入らなかったというような欲の涙を流しているのではなく
ときどきふっとやりばのない怒りが静かに湧き上がってきてどうしようもなくなることがあります。
焦点の定まらない分散した怒りで、かつ家庭内のプライベートな問題なので家族以外誰にも打ち明けられません。
文章をまとめるのが大変下手なので、非常に読みにくい長文になることをお許しください。ちょっとした短編小説くらい長いです。もちろん小説の足元にも及ばないほど読みづらくつまらないです。
最初にはっきり言っておくと、私の家族、主に祖母に対する愚痴です。読んでいて気持ちのいい文章ではありません。
ほぼ事実を書いていますが、特定されて困るようなことは変えたりぼかしたりしています。
それでもよければ、聞いてください。
私のうちは父・母・私・妹の4人家族です。
ものすごく仲が良いわけではないし、多少の家庭内事件などもありましたが、おそらく一般的な核家族家庭だと思います。
母方の祖父母と、父方の祖父はすでに他界しています。
父方の祖母は存命ですが、祖父が亡くなったのがもう15年以上前なので、それからずっと父の実家でひとりで生活していました。
父は3人兄弟の次男で、長男と三男はどちらも独身、かつ実家から離れた地域で暮らしています。
うちは父の実家から車で数十分ほど離れたところにあるので、祖父がいた頃からほぼ毎週末車で出かけるのが習慣化していました。
またほかの兄弟が遠方にいるので、墓参りや何かあった時の対処はすべてうちの父がやっていました。(祖父の葬式の際の喪主もうちの父)
幼い頃はそれを特に不思議には思っていませんでした。ただ、少なからず父に負担がかかっていることは薄々感じとっていましたが…
(母方の家族の話は関係ないので書きません)
私が高2の冬か、春になるくらいの頃だったと思います。祖母が転んで足を骨折しました。
その頃祖母はひとり暮らしなので、足を骨折した状態では日常生活に支障が出ます。治るまでうちに一緒に住むことになりました。
一時的なことですが、その間の部屋の割り当てが問題になります。
うちは一見ごく普通の2階建ての一軒家。しかし少し間取りが特殊で部屋数が少なく、ダイニングを兼ねた居間を除くと部屋と呼べるものは5部屋+1部屋しかありません。
2階が父の趣味部屋・父の寝室・母の寝室で、1階が居間と奥座敷、奥座敷と障子で仕切られたフローリングの部屋、その部屋の奥に、後から増築した離れ(物置状態)、となっています。
物置と書きましたが、離れはそれなりに広く、裏口から入るとすぐなので妹が自室として使っていました。
そして、奥座敷とフローリング合わせて12畳ほど?が実質私の居住スペースでした。
(小さい頃は2階の現父の寝室が子供部屋で現母の寝室が父母の寝室だったのだが諸事情によりこのようになってしまいました。別に父母の不和によるものではないはず…)
子供部屋ではベッドを使用していましたが、部屋と一緒に父のものと化してしまったので、私は普段座敷に布団を敷いて寝ていました。
祖母が座敷を使うことになるので、その間私は座敷ではなくフローリングの方で寝ることにしました。
薄情だと思われるかもしれませんが、私は祖母と本当にそりが合わないので一緒の部屋に寝ることなど考えられませんでした。
障子で仕切られただけの物音も明かりもダダ漏れの空間に一緒にいることすら嫌でした。
しかも奥の離れや座敷へ行くために通らなくてはならないところなので、部屋というよりは広い廊下のような空間です。プライベートなどとてもじゃないですがありません。
しかし何か月間かの辛抱だと思い我慢することにしました。
前置きが長くなってしまいましたが本題に入ります。
先にも書いたとおり、祖母が骨折したのは私が「高2の冬~春頃」の話です。
祖母はおよそ1年弱うちに滞在しました。
私が高3の冬までです。
高3の冬と言えば一番大事な時期。いくらマイペースな私といえど焦りには勝てず、根を詰めて勉強していました。
何もなくても、受験が近づいてくるだけでストレスが溜まる不安定な時期です。
そんなとき、先述の理由のために、私が自分ひとりだけになれる空間は家にはありませんでした。
妹が離れに行くたびに私の部屋を通ります。
座敷に行くために祖母が私の部屋を通ります。
私に用があるわけではないから、ノックなんてしません。
それは仕方ないのだと思おうとしました。
しかし、私にとって一番ストレスになっていたことは、祖母の存在それ自体でした。
祖母を邪険に思うなんて最低な人間だと思う方が多いと思います。
でも私は我慢できなかったんです。
夜中にぶつぶつと独り言のようにいろいろなこと(後述)を私に話しかけ続け、私が「もう寝たいから静かにして」と頼んでもやめてくれません。
むしゃくしゃすること(たいてい母との確執)があると、奇声を発し、ものにあたる(ベルトで何かを叩いたり)。
私に対し、母を鬼嫁と言い、またものを盗まれた、この家はとんでもない家だ、早く帰りたい、などとまくし立てます。(後述)
あまりの言い草に、私も少々かっとなりやすいところがあるので勢いで言い返してしまうと、
・あんなに『かわいがってやった』のに恩をあだで返すつもりか
・あの鬼嫁に似たのか。情けない。
・さては何か言われたのか。だから私にそんな口をきくのか。
しまいには
・孫にこんなことを言われるなんて、もう死んでしまいたい
こうです。
私も言い過ぎたなと思うことはありましたが、祖母の方が明らかに暴言を吐いているのです。
聴きたくないから黙ってほしいだけなのに、そう言うと「なぜ被害者の私が黙らなければならないのか」「言いたいことを言って何が悪い」と、聴く側の私の気持ちなど考えてくれません。
ちなみに、母の悪口は私が小学生のころからずっと愚痴られ続けてきました。
また、祖母が私に言ってくることは、母の悪口以外だと大体
・東京の大学になど行くものではない。地元の大学に進学して家から通うのが一番 ←私の意見(行きたい学部など)は考えていない
・私の就職について(公務員か銀行員、もしくは祖母御用達のデパートでなければ認めない) ←私が希望する職業など無視
・父が就職する際、祖父が反対して、採用されていたのに泣く泣く違う職についたという話 ←父をかわいそうだったという割には私をコントロールしようとしている。矛盾しないの?
・学生の男に引っかかってはいけない。働くようになってから結婚できる男を探せ。 ←話はわかるがまだ未成年なのにそんなに生々しいことを言われて気持ち悪い(19まで男女交際経験なしでした)
・お隣の国(お察しください)の悪口 ←昔(戦時中?)一緒に働いていたときよくない人が多かったらしい
・ご近所さんの悪口(わたしの家と、父の実家のご近所さんの悪口。庭の花を盗まれた、服を盗まれた、など)
でした。
私は人の悪口などを言うのも聞かされるのも好きではないので、このようなことを延々と話しかけてこられて精神的になかば参ってしまい、祖母が本当に嫌いになってしまいました。
言い返すと祖母が逆上するだけなので、無視をして布団にもぐりこんでも、布団を剥がしてまで話しかけ、それでも無言で抵抗していると孫にこんな風に扱われるとはなんてひどいあんまりだ、私は死にたくなった、の無限ループです。
しかも高3の冬です。ほぼ毎日それが続いたので、今思うとノイローゼになりかけていた気がします。
私は再三、祖母と隣の部屋で寝るのはいやだと言ったのですが、家族と言えど(母ですら)わかってくれる人はおらず、部屋はそのままでした。
年が明けると足が治っていた祖母はとりあえず家に戻っていったので、祖母が原因かはわかりませんが、センター試験の日に私は謎の胃腸炎を発症し、毎休憩のたびににお手洗いに駆け込んで戻しながらも(汚い話ですみません)受験はしましたが結果は散々でした。
幸いなことに、志望は私立だったのでなんとかなりました。
それにしてもよく発狂しなかったと自分をほめてやりたいくらいです。
しかし、祖母との関係が、今の私の厭世的な性格を作り上げた原因となっていることは間違いありません。
すみません。まだ終わりじゃないんです。
長い飽きたという方はこれ以上お読みにならなくて結構です。
祖母についてもう少し詳しく書きます。重複してしまうところもありますがご容赦下さい。
先に、私が祖母を嫌いになったと述べましたが、受験前のこのできごとが原因で嫌いになったわけではありません。
これも先述しましたが、私が小学生の時から、母の悪口や近所の方の悪口を聞かされ続け、また親切の押し売りをされたためです。
祖母は私の母ともそりが合わず、お互いに毛嫌いしていました。
父と母はお見合い結婚、しかも晩婚です。家庭環境が違いすぎたこともありますが、祖母は母を育ちの悪い、性格の悪い鬼嫁と見下している節がありました。
母が結婚後も家庭に入らなかったことも原因の一つかもしれません。専業主婦だった祖母からしてみれば、父よりも帰りが遅く、夕飯を父に作らせている(実際には父は喜んで料理しています)母には不満がたくさんあったのでしょう。
一方の母も、いい大人の父をいつまでも子供のように過剰にかまう祖母の愚痴をいつも言っていました。
私から見ても少し異常なほど祖母は息子たちに過保護なのです。(40、50の大人に対してです…。)
それで、お互い相手のことをよく思っていないことは明白なのですが、表だっては言い合わず、二人とも私に対して互いの愚痴を言ってくるのです。
おそらく妹も同じだったはずです。しかし妹は要領がいいのか、淡白なところがあるためか、性格がいいのか、あしらい方がうまいのです。
私であればつい言い返してしまうところを、実にうまく受け流していました。
なんというか、正義漢ぶるつもりはないのですが、性格がきついとか、私自身を悪く言われるだけならばまだ抑えようもあるのですが、そんなときは必ず母のことも悪く言うのです。
祖母は痴呆とまではいかないのですが、結構昔から忘れっぽいというか、すぐにものをなくしたりしていました。
大体祖母が自分で置いた場所を忘れるからなのですが、祖母はそれを母のせいにするのです。
母が盗んだと言うのです。
私はマザコンではありませんしむしろ反抗期は母によくつっかかっていましたが、こればかりは母側に同情してしまいます。
これが母に対する集中攻撃であれば(実質そうなのは変わりありませんが)まだ問題は小さい範囲で済んでいたかもしれませんが。
祖母は祖母の家の近所の人との関係も最悪なものにしてしまっていたのです。
かなり前から、近所の誰々さんに何々を盗まれたとか、あげく留守中に家に入られてお気に入りの服を盗まれたとか言っていました。
そして、あまりうるさいので父は祖母の家の玄関と勝手口に監視カメラをつけました。
泥棒が映ったことはありません。
祖母は、私たち家族(というのも嫌ですが)に対してそう喚くだけではなく、夜中に窓を開けて泥棒ー!と叫んで警察沙汰になったり、近所の方の家へ行って、おたくの息子は泥棒だ、というようなことを言っていたらしいのです。
実は私はよく知らないのですが、他にもその地域にいられなくなるようなことをしたそうです。
いろいろなことが積み重なり、骨折が治ってまた一人で暮らしていた祖母は、再びうちにくることになりました。
今度は、前とは違います。半永久的にいることになります。
そしてあいかわらず以前と同じように母(酷い時にはついに父まで)を盗人扱いし、近所の人の悪口をわざと外で言ったりしているそうです。
私はすでに進学した時点で家を出ましたが、そのおかげで帰省するのが大嫌いになってしまいました。
『親切の押し売り』についてですが、
両親が共働きなため、手がかからなくなってくると私と妹は割とほったらかされて育ちました。
もっとも、幼い頃は祖母が毎日うちに来て面倒を見てくれており、それは感謝しているのですが、とにかく祖母は異常に過保護というか、かまってくるのです。
小さい頃から、なにか行事のたびに服を買ってきてはそれを着せてくれたり(それ以外の選択肢はない)していたのですが、物心つくようになってくると私は自分で選んだものしか着たくないと思うようになりました。
しかし祖母が(こう言っては悪いですが)勝手に購入してきた服を、このような言い方はしたくありませんが押し付けてくるのです。
祖母からしてみれば親切というか孫をかまいたいだけなのかもしれませんが、はっきりいって迷惑です。
祖母は買い物依存症といってもよく、服だけではなくバッグと帽子、それに靴は数えきれないほど持っていました。
祖父がそれなりに地位のある人間だったため、祖父が亡くなってからも年金があるので高級品も簡単に買えるらしいのです。
そして、何を勘違いしているのか、自分が着ようと思って買った服などを、自分には派手だから、などという理由で私に着させようとしたりします。
ミセス用の服を着られるわけはありませんし、着たくもありません。ですがいらないと言うと「なんで」なのです。
それ以上にひどいことに、洗ってはありますが明らかに着用後の下着類を送ってきたりするのです。
自分が何歳だと思っているのでしょうか。自分が着用した下着を、孫ならば身に着けると思っているのでしょうか。
また祖母は買い付けの百貨店以外は「安物だからよくない」と決めつけ、私に服を買ってやるというときはそこでしか買いません。
年2回ほど、セール?のようなものがあって、そのときに必ず私や妹に「服を買ってやる」というのです。
それはとてもありがたいのですが、いつも大量に購入した服を送りつけてくるのです。
服って自分のセンスと、サイズってものがあるじゃないですか…。合わなかったら着たくないですよね?
それが昔からずっとなのです。さすがに毎年口をすっぱくして言い続けてきたので、最近では「一緒に行って買ってやる」に変わったのですが…
それでもその時期に帰省できるとは限りませんし、まず大体にして一緒にいるのが苦痛です。
祖母は店員の前で簡単に「安物」「品が悪い」などと言うのです。(ちなみに少し話がそれますが、祖母は今まで自分が買ったものの値段をほぼすべて覚えており、このバッグはいつどこで○万円で買った、このスカートはいくら…というようにいちいち教えてきます。私はそれが本当に不気味です。私が安物のコートなんかを着ていると、ものすごい目で見られるんです。)
祖母に、いらない、と言うと、なんでと言われ逆上されます。
なぜと言われても、服くらい自分で自由に選びたいのだといっても通じません。
そしていい加減に頭にきて私が切れると、また「あんなに可愛がってやったのに」です。
そんな風に恩を着せられるような、そんな愛はいりません。
すぐに「私はお前のためを思って」「私は世界で一番お前を大事に思ってるからこう言うんだ、だから言うことを聞け」と言います。
もう頭がおかしくなりそうです。
今までずっと冗談くさくしか言えませんでしたが、この際父にはっきり言ってやりたいです。
あなたの母親は頭がおかしい。と。
いくら痴呆が進んでいるからといって、自分の母親だからといって、自分の家に引き取って面倒を見ようと思えるのでしょうか。
ある意味尊敬しますが、母や私が受けてきた精神的苦痛は、祖母が家にいる限りずっと続くのです。
父の兄弟はたまに様子を見に来たりしますが、祖母を引き取ろうとはしません。
父はこんなに近くで、こんなに祖母に尽くしているのに、祖母はそんな父を(いつもではありませんが)「親不孝者」呼ばわりしたことさえありますし、たまにきてはまとまったお金を置いていくだけの、父の兄弟の方がかわいいようです。
何年も何年もうちと祖母の家を車で往復し続けてきた父よりもです。
私はそんな父のこともひどく哀れでなりません。
友人がいないわけではありませんが、友人にこんなことは言えません。
自分の祖母の悪口を言うなんて嫌な人間だとしか思われないと思います。
でもまだ実際ここに書いていない(書けない)ことがまだ山のようにあります。
私は故郷が好きなので、帰りたくないわけではないんです。
でも、家には祖母がいると思うと…
そんな風にみんなが苦痛を負いながら、むりしてうちで面倒を見る意味ってあるのでしょうか。
入院させてしまった方がいいんじゃない、という言葉が、何度私の口から出かかったことか。
でも父にそんなことをとても言えませんでした。
もしかしてこんな家庭はよくあるんでしょうか。
私のような思いをしている方は実はたくさんいるんでしょうか。
今はとにかく、帰省するのに気分が重いです…。
このような長文&駄文をもしもここまで読んでくださった方がいましたら、お礼を申し上げます。
ご気分を害された方がいましたらお詫びします。
これだけ書くのに、気づけば3時間も経っていました。
疲れましたが、ほんの少しだけ何か気が楽になったような気もします。ありがとうございました。
私が会社を辞めた理由は、同僚の女の子の一言がきっかけだった。
「育児休暇とれるのに、利用しないなんて勿体ないよね。休暇終わったら辞めちゃおうかな。」
私が居た会社は結構大手企業の子会社で、福利厚生はかなり立派だった。
制度自体はすばらしいと思うし、これが社員が出産するきっかけになればいいと思っていた。
元々その女の子は「利用できるものは利用しなきゃ損」というスタンスの子で、
銀行員の彼との結婚から出産まで、見事とも言える段取りとステップで同僚から一歩抜きん出ていた。
たまに強欲ともとれる言動があることもあり、私は正直すぎる彼女をちょっと苦手に思っていた。
友人主催のイベントに彼女も招かれていたので久しぶりに会って少し話した。
利用できるものは何でも利用しなきゃ。
暇なときは友達のお店でアルバイトしてたりしたんだよ。
会社に戻る気ないんだよねー。
育児休暇取れるから辞めなかったんだ。
そういった内容の話を得意げにしていたと思う。
何のために会社で働いているんだろう、そう思った。
当時私は人一倍稼いでいたし、グループ内では稼ぎ頭のほうだった。
一人がどれくらい稼がないといけないか、そういうことを考えながらやっていた。
私はこの子を食わすために働いているのか、と、その時漠然とそう思った。
会社ってそういうものなのだ。
勿論育児休暇をとるのにまわりに恐縮する必要なんてないし、
堂々と子育てをしてほしいと思う。
ただ、副業禁止の会社で、休暇前から就業時間中にアルバイト先のチラシを作り、
制度を利用した後は辞めると公言されて、さすがにあきれてしまった。
現場に復帰して欲しいが故の休暇じゃないのだろうか。
ただ、せめてそういうことは黙っておいてほしかった。
ああ、やっぱり会社ってそういうものなのか。
利用した方が勝ちなのだ。
アメリカなんかでは、一般的に銀行員は融資を求めてきた人(この場合でいう若者だぁな)と面接して、根掘り葉掘り質問して、貸すか貸さないか決める。銀行もリスクを背負うけど、
日本の場合は融資を求めてきた人の能力だの人柄関係なく、担保があるかどうかで決める、と言われている。
銀行はリスクとりたくないのよ、という一般論が流布されている。
だからアメリカの場合、ケースによっては(一蓮托生のケがあるから)商売のやり方にもアドバイスをすることがあるけど、
日本の場合はリストラだの資産売却だの、金銭的な部門に口を出して命令をすることが多い。
んで日本で若者の起業が少ないのは、上記のような現実を知っている親とか周囲が止めるんだよ。
勝間なんかは「そんな障害をはね除けて起業するガッツが必要!」と煽るから無責任だと言われている。
アメリカの場合、アップルのようなちょっとした機械をベースに起業して大きく育てるとか会社を他の会社に売って儲けることをよく聞く。
【福岡】全身にアザの3歳女児死亡 21歳義父を逮捕 「おねしょやおもらしをするので腹が立った。腹をけったり、顔をたたいたりした」
ttp://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1266859459/
133 :名無しさん@十周年 :2010/02/23(火) 08:11:37 ID:9TK4HWJU0(4)
児童相談所の職員って職務怠慢。
里親登録しているんだけど、本当に香具師らの怠慢さ、バカさかげん
子供がいない、ボランティアの人たちには、子供を委託しない、または障害児童を
委託する。
ある人が、なぜ虐待された子供たちが心の拠り所になる里親を委託しないのか?
と質問したことがある。
児童相談所の回答…
「三度の御飯を出し、可愛がる里親だと
子供が実親(虐待親)の元に帰りたがらない、里親を親と思ってしまう」とさ。
当然、子供は、虐待親と同程度の愛情と食事と会話のない生活で大人にならなければならない。
子どもの人生を弄んでいる。あいつらは、バチ絶対に当たると思う。
他にも、訴えたいこと沢山すぎるほどある。
152 :名無しさん@十周年 :sage :2010/02/23(火) 08:47:32 (p)ID:bwv30k1g0(3)
»133
酷いな、それ。
よく2chで「殺すくらいなら私にくれ」というレスを見るが、本当に子供が欲しくて、
でも授からないんだろうなぁとは思っていたけど、里親になるのもそんなに大変なんだ。
実親に虐待されたり相手にされなかったりして施設に預けられて
挙句にそんな里親に渡されるくらいなら、最初から赤ちゃんポストに入れられて
特別養子縁組とかで誰かの子供を欲しがっている夫婦実子として育てられた方が絶対幸せだわ。
232 :名無しさん@十周年 :2010/02/23(火) 12:01:16 ID:9TK4HWJU0(4)
»152
ホントだよ。
だから里親ができない施設の子供たちは、施設から年齢で追い出されると
この不況下であること、全く家庭・法律・巷に起きてる犯罪が理解できないから
自分も10年里親登録してるけど、本来なら里子に来るはずだった男児が
児童施設の職員の怠慢で2年放置され(忘れてたとさっ)子供は、期待が裏切られたから
職員が、子供を面会させたときは取り返しのつかない道に入ってしまいその子供は養育できなかった。
美辞麗句だけ言ってるけど本当は悪魔見たいな女職員(主婦・子持ち)が多い。
女独自の嫉み・嫉みがあるので、この家に行きたいって誰もが思う子無し家庭には
ワザと渡さないよ。
登録認定されたばかりの金目当ての汚い汚い婆さんに「明日、委託児童と合わせますね」と
言った職員はニヤリと陰で笑ってたの自分はしっかり見ちゃったぞ。
あれは、どー見てもワザとだな。
236 :名無しさん@十周年 :2010/02/23(火) 12:12:09 ID:9TK4HWJU0(4)
»234
自分が特権使って「神」になったつもりだろうな。
だから、自分は児童相談所と研修後ごとに文句を言い喧嘩してる。
(当然、香具師らに嫌われているので委託はされない)
247 :名無しさん@十周年 :sage :2010/02/23(火) 12:48:11 (p)ID:bwv30k1g0(3)
»236
レス読んでてゾッとした。妬み僻みなんてものもあるのか。性格悪いな。
福祉のシステムが悪いというより職員本人の資質の問題なんだろうね。
人の一生を左右させるだけの力を持ってるんだから、本当にすごい特権だよな。
248 :名無しさん@十周年 :2010/02/23(火) 12:58:58 ID:9TK4HWJU0(4)
»247
本当にひどいから再レスするが
実は、実親ばかりか「委託里親の里子に対する虐待も多い」んだな。
なぜ、児童相談所は虐待するような里親に子供を何度も委託するんだ?
なんで、里親の調査・身辺調査をしっかりしないんだ?」と
質問したことがある。
児童相談所の回答:
これからも皆さん、里親募集キャンペーンお願いします」っとよ。
金目当ての香具師らに他人の子供が愛せるわけないのに児童相談所の香具師らは
金目当ての香具師らの方は文句を言わないので委託する。
自分はフェアな判断・実感を持てたのか知りたいので増田で書いてみる。
こつこつ小銭を貯めて、1年でどれぐらい貯まったかってやるのを楽しみにしてます。
毎日帰宅して気づいた時に財布の100,500円以外の硬貨を箱に貯めていく感じです。
で、毎年年が明けた1月にそれを銀行に持っていきます。
やっと銀行に行くタイミングができたので、それで今日行ってきました。
わくわくしながら!
たぶんこつこつ貯金する人はみんなこの瞬間が好きなはずです。
メインバンクが三菱東京UFJ銀行、サブバンクを三井住友銀行にしているんですが、
これに根拠はないのですが、たぶん最初なんとなく持ってったのが住友だったんだと思います。
これを数年続けています。
ちなみになぜUFJがメインかと言うと、単純に最大手だからってだけです。
特に行員のサービスを評価した、とかそういうのではないです。
しかし銀行を選ぶ際の基準ってそうないのではないかって思います。
私は以前、国内大手の証券会社に勤めていましたが(Nではない)、
営業しててもやっぱりその会社の「規模」で根拠無く取引している人が多かったです。
まあでも正直自分の勤めていた会社にしても、他社とどう違うの?って聞かれると詰まりますが・・。
実際すごい細かい点であるんですけどね。
毎年、三井住友銀行では窓口で預け入れをお願いしたら、
箱いっぱいの硬貨をじゃらじゃらーっと機械にかけて計算してくれていました。
んで数分したら集計結果を教えてくれて、あとは普通に預け入れの手続きを完了。
なんのストレスも手間もなく、店が空いてる時は10分か15分ぐらいでOKでした。
今日もそういう流れを期待して行ったんですね。
あ、なんでUFJだったかというと、単純に住友のカードを忘れたからです。
私:「すいません、預け入れをお願いします」
窓:「あ、はいお預け入れですね、ありがとうございます」
私:「硬貨のみで、すごいいっぱいあるんですが・・」
かばんの箱を取り出す
窓:「硬貨ですね、かしこまりましたぁ」
私:「すいません多くて・・」
窓:「いえいえ、大丈夫ですよ。ご入金の金額はおいくらですか?」
私:「え?」
窓:「あ、お預け入れされる金額のことです」
私:「えとーー、全額入金してほしいんですけど」(一部とかかと思って)
窓:「いえ、ですから合計おいくらご持参されているのかと・・・」
私:「え、これ、僕が数えるんですか??(汗)」
窓:「はいぃ。。」
私:「これ全部一枚一枚ですか??!(・・んなわけ)」
窓:「ええ、そうですね。」
私:「あの、窓口での預け入れだったら、こう、機械でざーーっとってできないんですか?(汗)」
窓:「あぁ、以前はあちらのATM機のコーナーにあったんですけれど今はなくなりまして・・」
私:「でも窓口だったらできるんじゃないかと思って窓口にきたんですけれど・・・」
窓:「こちらではちょっと・・あの、お預け入れでしたらATM機で・・」
私:「(めちゃんこあるんだけど・・と思いながら)あぁーーっと、硬貨を・・ですよね?」
窓:「そうですねえ、一度に扱える数に制限がございますので何回かに分けて頂いてですね」
私:「(えーーめんどくせーなぁ)あ、はい、そうなんですね、わかりました、じゃあそうします」
窓:「申し訳ございません」
私:「いえ、ありがとうございましたぁ。」
というやりとりの後、ATMへと向かいました。
ド平日の真っ昼間なのですぐに順番が回ってきました。
いつものようにATMを操作。
【預け入れ】→【硬貨のみ】を選択で、硬貨を投入。
最初は右奥の硬貨ボックスみたいなとこが、がーっと開いてじゃらじゃら流し込めるのかと思っていた。
ATMで硬貨の預け入れとかをしたことなかったので。
そしたら自販機のように硬貨を細長い穴に入れていかなくてはならない・・。
「おいおい、これってめちゃくちゃめんどくさいんじゃ・・?」
比較的穴に幅があり、一気にじゃらじゃらじゃらーっと入れることはできるものの、
それこそ結構な量があったので、なかなか進まないんですね。
こちらもあんまり時間がないし(その後すぐに予定があった)、効率的にやろうと、
ある程度硬貨を溜めてから入金しようとしていました。
そしたら手続きを進めないと時限性で「最初からやりなおして」の声で初期画面に戻ってしまう。
しかたなく、こまめに入金していくことに。
しかし入金すること3回目で、いきなり取り扱い中止になってしまう。
おいおいまじかよ、と思っていたら行員が来て、
「ご迷惑をおかけいたします、少々お待ちください」
と言って裏へ回って機械をいじりだした。
で、いったいどれぐらいかかるんだろう・・?
そもそもATMに回された時点で少し腹がたっていた。
まず、銀行ATMの利用者として、あまりATMで長居したくないという心理が働く。
これも誰にでもあることだと思います。
今回の場合だと
・整理のおじさんの目が気になるし、
・数があると言えど、利用者が多いATMをずっと占有する罪悪感、
・あとじゃらじゃらーーっと音がするから結構恥ずかしい。
そしてATMが止まる。
これって銀行では普通の対応なのかな?なんて疑問もちらほら出てくる。
「いや、おれが間違ってんじゃないだろ」とか、
「あーでもきっとこれがマニュアル通りで、硬貨を大量に持ってくるおれが悪いのかな」とか。
でもよく考えたら缶詰の貯金箱とかあるし、そういう人ってどうやって入金すんだ?って思い、
やっぱ私は正当な預け入れ方法(窓口でケリをつける)を希望したはずだ!と確信したり。。
約10分ほど(体感では15分ぐらい)待ち、ようやく行員が出てきた。
行員:「おまたせしました、○○さま、ご入金した金額はおわかりですか?」(その時に入れた硬貨の量)
私:「(わかるわけないので)いえ、わかりません」
行員:「そうですよね・・、ではこちらお返しいたします」
と、出てきた硬貨とキャッシュカードを返してくれる。
硬貨預け入れ再開。
今度は慎重にと、さらに小分けにして入金。
ここからはATMも順調に動いてくれました。(たぶん硬貨入れがからっぽになったんでしょう)
だいたい15回ぐらい手続きをしたと思います。
この時点で30分以上経過したと思います。
っていうかATMの復旧作業中に10分ぐらい待ってたんですが、
とにかく人の目が気になるし。
まあ意識しなくてもいいですけどね。
それにしても、なぜ窓口で対応してくれなかったのか、という点が気になります。
ATMが無いと、当然手続きを全て人の手でやることになります。
誰でもわかることですが、人件費がかかります。
しかし、今回の件にしても、
・行員がATMの硬貨がいっぱいになるので抜き取る手間と、
・私がATMを長く使うことで他の利用者が待たなくてはならない
というコストがかかります。
これは企業として正しい対応なのでしょうか。
窓口で対応したらいいのじゃ?という考えに素人としてはなります。
実際、毎年行っている住友ではそうしてくれます。
すぐに終わります。
今回のように、「もうUFJは嫌だなあ」ということにもなりません。
結局、どうにも腑に落ちなかった一件でした。
ちなみにどれぐらいの硬貨を入金したのか計算してみました。
まず入金総額が7047円でした。
硬貨の枚数ですが、だいたいの感覚で、50円と10円、5円・1円がそれぞれ3分の1ずつぐらいです。
この条件で計算すると、硬貨の合計が336枚になります。
50円=112x50=5600円
10円=112x10=1120円
5円= 56x 5= 336円
1円= 56x 1= 56円
合計= 7056円
だいたい入金額とニアリーです。
実際336枚の硬貨をATMに入金するというのは、どうなんでしょうか?
もし銀行員の方がいたら教えていただきたいのですが・・。
例えば何枚以上なら窓口、以下ならATMへ誘導する、みたいなマニュアルはあるのでしょうか?
それとも、銀行の中でもUFJの中でもこの大阪の東北部のH支店だけなのでしょうか?
それにしても、あまり気持ちの良い対応ではなかったなぁと思います。
この増田にしても、最低限の文章的演出以外は、実際を極力再現しています。
果たして私はフェアな行動をとって、フェアな感覚でUFJのサービスに不満を持ったのでしょうか・・。
小銭をこつこつ貯金する。
こうした習慣を持つ人は全国に相当数いると思います。
それが貯まった子供はきっと親と一緒に口座を開設して預け入れるでしょう。
私もそうですが、小さい頃母親に開設してもらった口座がまずはメインバンクになりました。
長年使い続けています。
何が言いたいかというと、銀行にしては本当に少しの金額についてのことですが、
全国でこうした「小さな入金」が非常に多くあるということで、
それが将来的に銀行にとって無視できない影響力を持つということです。
私が住むH市にはメガバンクや地銀・信金など多くの銀行があります。
今思えば三井住友銀行での窓口対応は気持ちいいものでした。
最初こんな小口のしかも硬貨ばかりのめんどくさい客は嫌だろうなーと思っていました。
しかしいざ窓口へ行くと、そんな表情ひとつせず(まあ接客ですからね)、対応してくれました。
公正を期すために言いますが、今日のUFJの窓口の対応も、接客自体は良かったです。
係の女性はとてもにこやかでいて、きちんとした口調で対応してくれました。
私が不満に思ったのは、手続きの流れとしての対応です。
しかし、私の最寄りのUFJ銀行の支店が今後ATMでしか硬貨を入金できないのなら、
少なくとも住友を贔屓にしていくことになると思います。
金融機関は銀行だけでなく、各業界ともにそういった信用や評判が大切です。
もし今回の件のような対応がUFJの真意ではないのなら、
改善を検討して欲しいなあと思います。
女が一生のうち穿くパンツは、年齢とともにどう変遷してゆくか。さまざまな職業の女を10人とか20人くらい集めて、それぞれの女が穿いてきたパンツをある程度長期間にわたって追いかけた写真集はないものか。
さえない事務員の女、厳格そうな教師、小太りで愛想の良さそうな調理師、美形の銀行員、ちょっと田舎臭い豆腐屋の女主人、普通の女のパンツ歴史を追いかけてみたい。
小学校1年生のころから始まり、中学・高校と背伸びしたくなる時期のパンツ。恋人ができたころにはパンツはどんなものに変わるのか。
あるいは一生独身の女のパンツは?中年期になっても、性的魅力を引き出すこんなパンツを穿いているのか!などと感嘆するのだ。
もしそうした写真集があるのならぜひ見てみたい。ないなら、つくっていただきたい。
写真はできれば、パンツ姿でおさまっているのがよい。無理なら、パンツだけの写真でもよし。
ああ、どうしてパンツはこんなにも魅惑的なんだろう。
4億記載「忘れていた」石川議員、不自然な供述
小沢一郎・民主党幹事長の資金管理団体「陸山会」の土地購入を巡る政治資金規正法違反事件で、同会の事務担当者だった石川知裕衆院議員(36)に対する東京地検特捜部の事情聴取が続いている。
土地代金に充てた4億円を同会の銀行口座に分散入金するなど複雑な資金移動を一手に行いながら、政治資金収支報告書への記載は「忘れていた」と供述するなど、石川議員の説明には不自然な点が多い。特捜部は矛盾をただしながら、巨額の不記載に至る経緯の解明を進めているとみられる。
これまで特捜部による石川議員の任意の聴取は、昨年12月27日と今月13日、14日の3回行われた。
石川議員は、同会が2004年10月に東京都世田谷区の土地を約3億4000万円で購入する際、代金に充てる現金4億円を同会に入金しながら、同年分の収支報告書に収入として記載していなかった疑いが持たれている。
石川議員は不記載の事実は認めたものの、その理由については「忘れていただけです」と供述。また、4億円の入金を行う際は、1000万~5000万円程度に小分けして、複数の口座に分散する複雑な行動をとっていたが、これに関しては、「一度に持っていったら、銀行員が驚くと思った」などと話している。
土地代金に充てた4億円について、石川議員は「小沢先生に資金繰りを相談し、現金で受け取った」と明かした。ただ、その資金の性格をただされると、「タンス預金だった」などと供述した。一方、国会議員の所得公開によると、04年までの10年間の小沢氏の収入は計約3億5500万円だった。
石川議員が土地代金の支払い手続きを行った直後、同会は4億円の定期預金を組み、それを担保に銀行から小沢氏名義で同額の融資を受けていた。当初、同会は読売新聞の取材などに、この融資の資金を土地代金に充てたと説明しており、特捜部は定期預金と融資が簿外の現金で土地を購入したことを隠す工作だったとの見方を強めている。
石川議員はこの融資について「必要はなかった」としているものの、なぜ、融資を受けたかに関しては「思わず借りてしまった」と説明している。
よくよく考えたら、この石川議員ってまだ36歳なんだろ。俺らより一回り程度しか変わらない。その程度の人生経験の持ち主が、海千山千の特捜に対抗できるわきゃねえわな。