はてなキーワード: 波平とは
磯野波平の酒ぐせ
久しぶりに、サザエさんを見ていて思ったのですが、磯野波平をはじめ、男性キャラクターの登場人物の酒ぐせがひどいように感じます。
・アル中のように、いつも酒ばかり飲んでいる
・適量でやめられず、フネさんに酒を持ってこさせる
・べろんべろんに酔って帰宅する
成人男性であっても、お酒を飲まなかったり、家では晩酌をしない人もいます。いい年した社会的地位のある人が、べろんべろんになるまで飲まないし、フネさんに迷惑をかけるのも問題がある飲み方のような気がします。
確かに酒癖悪いですよね。
記憶にあるのは、宿題があるからといって逃げようとするカツオを、
『まぁ、いいじゃないの、カツオ君』といって無理やり引き止めて、
酒の相手(飲ませてはいないけど)をさせるべろべろな場面。
『お父さんは昼と夜では言うことが違う。』と言われると、
『何時、わしの言うことが違った!』と怒る。
弔い問答 その2
ttp://indai.blog.ocn.ne.jp/osorezan/2010/03/post_82b7.html
南 もっと問題なのは、おそらく『クレヨンしんちゃん』以降には家族マンガはでませんよ。だってここから先、一人しかいないもの。あれは大変な問題なんです。
家族マンガというのは、およそ三十年間近く『サザエさん』が独壇場だったんですよ。ところがその後、一九九〇年代に『ちびまる子ちゃん』が出たんですよ。この二つの決定的な違いは、じいさんの存在感なんです。波平さんと舟さんは家長としての存在感を持っていますが、『ちびまる子ちゃん』のじいさんは、からかわれる道化みたいな役になっています。でもまだ一応三世代なんです。事実上、核家族ですが。
ところが次の『クレヨンしんちゃん』が団地住まいの三十歳前後の夫婦に、五歳の手に負えない息子がいるという完全な核家族。ここから先に家族はいないですよ。
『サザエさん』には構造的に非常に優れたところがあって、あのマンガは、日本人が必ずどこかに自分を位置づけることが出来る。そのポイントは、マスオさんです。マスオさんは婿ではない、フグ田なんだから。だけど、あたかも婿であるかのように振舞っている。ということは、婿入りした男は全部そこに引っかかっている。『サザエさん』には、じいさん、ばあさん、親子関係、兄弟関係もあるが、実は叔父や姪と甥の関係もある。タラちゃんは弟じゃない。すると日本の家族構造として必要な要素が、全部そこで見えるようになっているんです。これはもうないんですよ。そして『クレヨンしんちゃん』の先はない。
『サザエさん』に対応していたのが、日本仏教の伝統的な教団で、おそらく事実上の核家族である『ちびまる子ちゃん』と『クレヨンしんちゃん』の世代に対応したのが、たぶん創価学会や立正佼成会などの新宗教ですよ。
その後、家族がなくなったところ、つまり単身者みたいなところに、もろにコミットしてきたのがオウム以降です。オウムの特徴的なのは「出家」と言うでしょう。鎌倉時代以来初めて、日本の宗教者が出家ということを真っ向から言った特異な例なんです。
私はオウム問題を、未だに完全に処理出来ていないんです。とても重要な問題で、日本の仏教は逃げまくっていると思いますからね。「オウムは仏教じゃない」と言っただけではダメなんです。「仏教じゃない」とは言いがたい側面があるから、ちゃんと処理しないといけない。
しかも特徴的なのは、「出家」を言った指導者が、出家者じゃないというのが日本的なんです。麻原は在家修行者です。人を出家させても、彼は結婚して、子供をつくっている。非常に日本的なんです。一方、同時に出た「幸福の科学」というのは、全国統一神理学試験というのを教師の選抜にやっていたんです。あれは共通一次テストがモデルです。学生みたいな人間を信者に想定している。つまり学生とは何か。家族を持たない世帯者ですよ。
デブが嫌い過ぎる。デブと言うか、所謂「巨」レベルのデブな訳だが。
今まで関わってきた巨にロクなのがいなかった。特に女の巨。
今悩みの種の巨(26歳♂彼女いない歴=年齢、童貞、3ケタ近い巨、天パ波平禿げ、すきっ歯、デカ目で目の下隈っぽいから東南アジア系の犯罪者みたいな顔つき)
も、最初は巨には珍しい色々とわきまえた巨だと思ってた。
ところが、食事やなんやかんやに付き合ううちに、こいつの本性がだんだんわかってきた。
もの凄い気分屋だった。
以前、奴が知らない土地の駅で待ち合わせた事がある。
複雑と言う程ではないけど、改札を出てから待ち合わせ場所までちょっと距離がある駅の構造、
「改札を出て目の前にエスカレーターがあるから、それに乗って上まで上がってそのまま道なりに行けば、待ち合わせ場所に出る。
注意してほしいのが、エスカレーターに乗らず横の道を行くと駅の反対側に出てしまうから、絶対にそっちには行かないで、
とにかく改札を出たらエスカレーターに乗ってほしい」。
こっちがわざわざ出向いて、訳を問い詰めたら「だってこっち行きたい気分だったんだもん」と一言。
その時、デブがデブたる所以を思い知った。我慢できないのだ。自己管理が出来ないのだ。だからあそこまで醜く太る。
食欲と性欲は比例するのか、そのデブは下ネタもよく話す。はっきり言ってキモい。
そして自分は見た目明らかに負け組要素しか無いのに、街中で見る女の子によくケチをつける(あいつは足が太い、あいつはブスの癖に露出度が高い、等)
挙句の果てには面食い。そして構ってちゃん。(おっさんも混ぜてよ~、等と若い子に混じっていくのをよく見る。キモいと言うかきめぇ)
終わり過ぎ。
少し前まで、知人の女の子がこのデブにストーキングまがいの事をされて、本気で怖がってキモがってた。
勿論全員が全員そうじゃない事ぐらいは解る。
太っていても穏やかで優しい人、有能な人等世界中には沢山いるんだろう。
どうして、私の周りのデブはロクでもないのばっかりなんだろう。
…ここまで書いて読み返してみて、私がいかにこの気分屋デブが嫌いなのか、滲み出ている悪意でよく解ったw
その親父がよりにもよって
ハゲた頭のてっぺんに皮膚病をこさえ
あかーくなったハゲ頭のてっぺんを
薬でテカテカさせていて
あまりに気の毒だったので
「おとーさん、皮膚病のときとか怪我の時には薬塗ったあとラップを貼るといいよ」
と教えてあげたのだが
その時、あまり具体的に脳内ビジュアルを作らないようにしたのはいうまでもない
ところがそのあと母親が
「馬鹿だねお前、お父さんの頭にラップ貼ったとこ考えてみなさいよ」
などと余計かつ全ての禿頭人を敵に回すようなことをいったおかげで
一瞬にして爆笑をこらえなければならない羽目になった
とりあえず 父に謝ったほうがいいのか それともなかったことにするか 謝るならどうしたらいいんだろう。
発想を変えろ。禿をかっこわるいと考えるんじゃなくて、お前が彼をかっこいい禿に改造するんだ。
かっこいい禿の条件: