はてなキーワード: 心の風邪とは
当方、完解経験あり。
鬱病の原因はキャパシティを越える恒常的なストレス状態だから、
直すにはまず十分に休息して、病気に罹るほど疲弊した神経を回復させないとどうしようもない。
だから、病気に罹る原因(自分の・あるいは環境の)を取り除かなければ、
何度でも再発する。うつ病の再発率が高いのはそのせい。
精神病薬って、それこそ統失みたいなガチのどうしようもない状況には有用なんだろうけど、
「心の風邪」であるところの鬱については、それこそ自殺の恐れがある中~重度鬱を除外すれば
「治った」と錯覚させて根治を難しくする効果しかない気がするんだけど、
薬には「その場しのぎ」以上の効果はない、ということを患者に知らせずに
薬を出し続ける精神科医には問題があるんじゃないかと思ってる。
SSRIなんて一見覿面にきくけど、実際のところ精神エネルギーの前借りみたいなもので、
ぱっと見の症状は減っても、服用を止めたら確実に(より酷くなって)ぶり返すのに。
とりあえず、患者の立場からは、薬じゃ鬱は治らないことは肝に銘じたほうがいいと思う。
薬で症状が軽減したからといって普段通りの負荷を掛けるのは厳禁。
薬は「直ったような状態」を作り出しているだけで、根本的な問題は一切解決していないから。
まずは十分に休養を取って、脳をギリギリ健康な状態まで回復させる。
次に、生活習慣や神経症的な性格を改善して、あるいは環境を変えて、再発を予防する。
そして、鬱症状は消えても、長年無茶させられた自律神経と神経は大体不安定になっているので、
その辺のバランスを改善する。これは継続的な運動や、生活習慣の改善が有効。
完治にはアホみたいな時間と自助努力、それに周囲の理解を要するけど、
そこを確保できなかったら薬と病院と一生のお付き合いになる、と思ったほうがいいよ。
でも、多分これ読んだ人は「ふーん。だから?」って思うでしょうねぇ。
うん。それはそれで間違ってないんですよ。
ていうか、面と向かって誰かに同じ事を言っても、同じような反応が返ってくるんですよ。
うつ病が蔓延しまくっている現状、誰だって知り合いの一人や二人はうつ病に掛かっていてもおかしくないから、「うつ病です」なんて言われても、別に驚かないんですね。
驚かないのは、それはありがたいのはありがたいんですよ。大げさに驚かれても、対処に困りますから。
あとは、「うつ病は心の風邪」ってのが広まっているってのもあるんでしょうね。
「風邪みたいなもんなんだ」と思うと。風邪なら、そんな大したことないなと思えるんでしょう。
んでもね。実際にうつ病にかかっている人間からすると、うつ病は風邪どころではないです。
風邪の場合でも、そっから重症化したり、最悪死んだりする可能性もなくはないけれど、でも大抵の場合は数日寝れば治りますよね。
でもね。うつ病は数日寝たくらいじゃ治んないんですよ。数日寝ただけで治るとしたら、それはうつ病じゃなくて、単に気分が憂鬱なだけ。
うつ病は症状としてはこの気分が憂鬱ってのに近いというのも、病気に関わってない人に誤解されやすい点かもしれない。憂鬱になる病気なのね、と理解してしまう。
それは間違ってはないんだよ。憂鬱になる病気なんだよ。でもね、それがずーっと続くんだよ。何日も。何ヶ月も。何年も。
私の場合で、この病気になってもう3年です。良くはなってきているけれど、それでも落ち込むことも多いです。
自分でも、こんな自分が嫌です。だから自殺したくもなります。今のところはしなくて済んでいるけど。
だらだら書いてきて結局何が言いたいかっていうと、あなたが誰かから「うつ病です」ってカミングアウトされたら、軽く流すんじゃなくて、もうちょっと重く受け止めてあげて欲しいってこと。少なくとも、風邪程度の病気ではないということを知っておいて欲しい。
でも、だからって何かして欲しいというわけではないんですよ。家族や親友とかで無い限り、出来ることなんて何も無いに等しいから。
ただ単に、それなりに重く受け止めてくれると嬉しいかなと、現役のメンヘラは思うんです。もちろん、別の考えの人も居るとは思うけど。
「うつは心の風邪です、投薬と休養で治ります」
そう信じて決められた通りに通院して
服薬して
もう6年たった。
働きたかったけど会社から見捨てられて
会社を辞めることになった。
無職になって二年目。
いくら副作用を我慢して服薬しても治らない。
家から出る気力もない、布団から起き上がる気力もない、
なにもできずに辛い、眠れなくて辛いって言っても
処方薬も変更されない。
見た目沈静していればどうでもいいのだろう。
働いて自活できるようにが目標ではなく
生活保護や福祉に頼って生きていければそれでいいような様子だ。
病院なんていかなければよかったのかな。
あのとき飛び降りるなり首吊るなりしておけば
こんなに苦しまなくて済んだのに。
人文的アプローチに偏りすぎて口をあんぐりと開けざるをえない。
たとえば大鬱病は完全に「心の風邪」と呼べるものであって、投薬が必須だよ。
思索する時は知識も増やした方がいい。
でも、「ああ、風邪ね、お大事に」で終わらせて欲しくない!と本人が思う(アクションする)、もしくはアクションを強要するから引くんじゃないかな?
本当に鬱病の本人が「鬱病は心の風邪」って思って自分自身や周りに接することができるなら、引かないと思う。
なら、鬱病なんかにならないよ!と返されるかもしれないけれど、
それは鬱病を風邪って考えてはいけない、という答えになってしまうと思うんだ。
でも、個人的には鬱病ってひとくくりにすべきじゃないと思うけどね。
鬱病に対してのタブー!って、一口に言うけど、あれを全部ヒステリックに守ってたら、それこそ鬱の伝染になりかねない。
きっと誰も引かないよ。
多分、安全圏から攻撃できるからじゃないか?
鬱の人みたいにそもそも相手が反論する元気がないときってさ
ちょっと強気に暴言はいても、こっちは安全なんだよね。
仕事でくたくたの奴が愚痴はいて、それに対して「それじゃ甘いよ」「甘えるな」とか言うのも、同じ構図でさ。
相手はカンタンには反論できない。→ということはこっちは安全。
そんなアマい状況があると、人ってついつい、良心がユルくなっちゃって、暴言はいちゃうってことあるんじゃないかな
勿論、「馬鹿!」「氏ねよ!」なんていう、あからさまな暴言は吐けないよ?非難が来るし、それは普通に酷い言葉だから、自分自身も誤魔化せないし、相手から容易に反論くらっちゃうから、全然安全じゃないからね。
でも、鬱の人に「甘えてるんじゃないの?」なんていうのは、(まあ最近でこそ認知され始めてきたとはいえ)一見、なんとなく、「キツめの正論をはいてるだけ」に見えるからね。暴言はくこっちは安全になる。向こうは無防備で、こっちはパンチし放題。そういう「アマい」状況になると、人間の良心ブレーキって甘くなる。ように思う。
俺も鬱になったことあるし、鬱の人に甘えてるとがんばれとかアホか氏ね、と思うし、仕事で残業の愚痴言ってる人に「甘えるな」とか言ってる奴みると「社畜氏ね!」って思うけど、
それでも「そういう状況」になると、ちょっとだけぐらつく。良心が。ちょっとつついてやっても、相手は何も言えない、という甘美さに、惑わされそうになる。
つまり、かごの中にはいってちょろちょろしてるハムスターを、ちょっと小突いてしまいたくなる感じっつーのかな。
ハムスターには何もできないじゃん。エサを食べようと、餌場にむかったハムスターの前で、エサ箱を上に持ち上げちゃう、みたいな。
大袈裟に言えば、神みたいな感じになるわけよ。「こいつがこれから傷つくも傷つかないも、俺次第」という状況だから。
俺がちゃんと良心を働かせて黙っていれば目の前の鬱病患者は何も傷つかない。勿論そっちのほうがいいに決まっているが、ちょいと口を滑らせるだけで、目の前のこいつは落ち込む。
大袈裟に言えば(二度目だな)相手の心臓を握ってる気分。しかもどうしようが、俺には非難が来ない。安全圏。
心が枯れた、可哀想な奴ほど、その甘美なシチュエーションに誘われてしまう。
サンドバッグが目の前にある、あなたはイライラしています、さてどうしますか、みたいな状況だから。
で、今の日本人ってのは皆多かれ少なかれ病んでて、いわゆる「理性的な人」ってのは思った以上に少ない。
イライラしてるところに、サンドバッグ発見。オッシャー!オラオラ!「甘えるな」パンチ!!!「皆苦労してるんだ」キック!!!「心の風邪なんて、言い訳だよ」後ろ回し蹴り!!!!フー、スッキリ☆
っていうね。
A「同僚が風邪ひいて長く休んでるよ」
B「へー」
A「仕事が増えて大変だよー」
B「大変だねー」
A「前々から調子悪くて、休めって言ってたんだけどね」
B「うつ病を差別するなんて酷い!!!貴方はうつを何も分かってない!
ざっと読んだけど、
残りの8割くらいは「私はうつです」「うつでした」
などの、闘病告白日記。
…案外オープンなんだなぁと驚く。
更にうつ派の日記を読むと
「うつは誰でもなる病気」「うつを問題視するな」「だれも解ってくれない…」
から始まり、言い方は悪いが「周りが悪い」と言ってる日記も大多数。
確かに、うつは誰にでもなる病気だと思うし
環境が悪く、心無い対応をされて鬱になった方には、心底同情する。
しかし、それ以上に
「こんなに、可哀想な自分を、なぜ周りは解ってくれない」
と言った臭いがプンプンするのだ。
「誰でもなる病気」と言いながら「自分を特別扱いしろ」と言わんばかりの日記に
「声の大きいうつ患者」の性だと思ったのでした。
元増田。「うつ病は心の風邪」っていうのが、「誰でも起きる可能性があります」宣伝フレーズだってことは分かるんだけど、「風邪」っていう言葉は「数日で治る、すぐ治る」っていう誤解を与えやすい。とにかく、「うつ病」っていうのは、とにかく時間を惜しまずじっくり取り組むべき病気なのに、そこを誤解させて広めてしまうと、むしろ逆効果なのでは?と、すら思える。
癌だって、多少遺伝はあるものの「誰にでも起きる可能性はある」ってことはみんな知っているんだから、「誰にでも起きる可能性がある」ってことを言いたいだけなら、むしろ実態に近い「癌」の方がいいと思う。生活に与える影響は、それぐらいでかい。それに、癌が不治の病だなんて今、みんな思ってないでしょ。良性腫瘍なら手術で直せる。
「心の風邪」ってのは、誰にでも起こりうるものですよという認識を広めるための宣伝フレーズだろ。
風邪という喩えは宣伝効果が高い。正確にどちらに近いかが重要なのではないと思うけど。
癌ってまだまだ絶望感の強いフレーズだしな。実際は医療の発展でだいぶ治る病気になってきてるとはいえ。
宣伝的に不適切なんじゃないか?
うつ病は「心の風邪」と言われるが、この言い方がかえって、「うつ病」に対する誤解を招いてしまっているように思う。そこで、提案する。
うつ病を「心の風邪」と呼ぶのはやめて、「心の癌」と呼ぶことにしよう。「風邪」よりも「癌」の方が、遥かに「うつ病」の実体に合っているからだ。
提案理由:以下の4点において、うつ病は、「風邪」よりも「癌」に近いと思われるため。
1・回復までの期間
「風邪」といわれたら、数日かどんなに長くても一週間あれば治ると思われている。
一方、「うつ病」は、治るまでに数ヶ月~数年かかる。まず、風邪よりずっと長期にわたる病気だと思わなければならない。「癌」の方が、むしろ適切な治療法さえあれば、回復までの期間が短いぐらいだと思う。
2・頻度(珍しさ)
うつ病が「心の風邪」と呼ばれている理由の一つが、この、発生頻度。珍しい病気ではないことを強調するために、「風邪」と呼んだのだろう。
だが、うつ病の生涯有病率(一生の間に一回はかかる確率)は10%程度。つまり、9割の人は、「うつ病」とは無縁で生きていけるということだ。一方、風邪と無縁な人というのは、まずいないことから、常識的に考えて、風邪の生涯有病率は90%を越えているのではなかろうか。
一方の「癌」は、風邪と比べたら、明らかに「誰でもかかる病気」ではない。つまり、明らかに風邪ほどには生涯有病率が高くない。「癌」の生涯有病率の値は、良性腫瘍・悪性腫瘍の区別や体の部位などによって、かなり値が変動すると思うが、風邪よりは「うつ病」のそれに近い値になるはずである。
3・働けるかどうか
多少病気があろうが、普通に働くことができれば生活への影響は小さいし、給料を払う側の企業としても安心していられる。
「うつ病」は、基本的に、半年~数年、働くことができないと考えてよい。
「風邪」は、よっぽどのことがない限り、生産性は落ちるものの病気になりながらでも働くことが可能である。また、仮に肺炎などを引き起こして入院するとしても、最大でも数ヶ月程度のものだろう。
「癌」は、軽度の場合を除き、病気になりながらでも働くことが可能ではないと考えられる。
以上より、生活への影響を考えた場合、「うつ病」は「風邪」よりも「癌」の方が近い。
4・死亡する可能性
「風邪」で死亡する可能性は、ほとんどないと言ってよい。
「癌」は、明らかに「風邪」よりは死亡する可能性が高い。
メンヘル気味の高学歴男子がネットで吹き上がるためのツールとしてしか機能しない昨今の左翼思想とは何なのだろうか?
そんなことをはてサと呼ばれる人たちのブログを読んでいると感じないではいられない。観測範囲をもっと広くとれば、左翼思想というのがそんなものではないことがわかるのだが。
はてサで多少健康的な社会生活送ってるらしいのって、id:inumashとid:mojimojiくらいでしょ。id:hokusyuとかid:tikani_nemuru_Mとかid:toledとかid:y_arimとか、どうみても正気じゃないじゃん。
別に一般的にメンヘが悪いとは言わない。心の風邪みたいなもんでしょ、という意見がもっともだと思う。でも、大は村上春樹、橋下徹から、小は零細ウヨブロガーから地方のしょぼい大学講師まで、限りなく電波に近い晦渋な文章で煽り気味に難癖つけていくさまは、インフルエンザにかかっているのにマスクなしで山手線に一日中乗り続けてるようなもんでしょ。メンヘになることは悪くないけど、メンヘが他人に攻撃的になることの免罪符にはならないというのは、当たり前なんじゃないか。
自分は、うつ病ではないが、うつ病が辛いのと、自分じゃ解決するのは難しいなー、というのは理解できる一般人。
ものすごい簡単に言うと、本人は「心が弱い」のを自覚していて、ものすごい一生懸命直そうと努力しているんだけど、
その努力自体が、さらに心を弱くしてしまっている状態。
→「こことこことこことここを直さなきゃ!」と列挙
→直したはずなのに出来なかったり、他の直す点がいくらでも見つかったりする。
直そうと努力しているので、他人から見ると挙動不審になったり、自信がなさそうに見える。
ということの繰り返し。
あと、純粋に病気としてみても、よくいわれる「心の風邪」というのは間違った表現だと思う。「かかる人が多い」という点が同じなだけ。
まず、長さが圧倒的に違う。風邪だったら数日か、長引いても一週間ぐらいで治るけど、うつ病は治るのに半年とか一年とか普通にかかる。症状自体がたいしたことなくても、それだけ長く続く病気ってそうそうないから、「1年病気だとどんな状態になるか」ということ自体が理解できない。
それから、「体調管理していないのが悪い」っていうためには、「体調管理していれば避けられる病気」じゃないといけないよね。
でも、統計でみると、うつ病は、風邪よりもずっと遺伝で決まる部分が大きい。つまり、親がうつ病だと、子供がうつ病になる確率が高くなる、そういう遺伝病でもある。遺伝なら、体調管理では防げない。
例えば、若年ハゲとかも遺伝だが、「若年ハゲになったのは頭の洗い方が悪いからだ」っていうのは、いくらなんでもひどいだろ?
特に躁うつ病は遺伝の割合が強くて、年齢・職業・性別に関係なく、患者の90%以上が20代のうちに発病している。
これだけ見ても、周りの環境とか本人の性格とか関係なく、かかることがあるってわかる。
自分の周りにも、大学時代、それまで明るくて問題ない奴だったのが突然うつ病になった奴がいる。
単に甘えているだけの奴がいるのも確かだし、同情できないような患者もいることは確かだが、
私のだんなもよく幻覚見えるらしいよ!でも元気に生きてるよ!
彼いわく「自律神経を鍛えれば、自由に幻覚が見えるようになる」らしい。
けどもちろん信じてません。
つか心配なら早く病院行っとけばいいのに。
心の風邪も早めになおそ!
http://anond.hatelabo.jp/20070128091948
脳が風邪をひく、という喩えがしっくり来る病態があるのは広く知られるところ。例えば恋人が急死した人が食事も摂れず眠ることも出来ないような、心因反応と呼ばれる状態などは一過性の病態であり、厳密には疾患と呼ぶことすら出来ない。うつ病にしても、適切な処置をとれば次第次第に治っていく事が殆どなので風邪に喩えることが出来そうだ。重症例の場合も、肺炎と同じぐらいの治癒率は期待できるからそれほど怖いものではない。
ここまでは上手い喩えだと思う。
問題は、脳の風邪とか心の風邪とか喩えられるものの他に、心の肺結核、心の喘息、脳の塵肺などに喩えられる病態や疾患が混じっていることだ。風邪のごとく、しっかり休んでいればほぼ確実に治る疾患もあれば、肺結核や塵肺に喩えたくなる疾患も混じっている。世間で「脳の風邪」「心の風邪」と呼ばれているもののなかには、(ちょうど世間で風邪と間違えられてとんでもない疾患が混じっているのと同様に)容易ならざるものが混じっていることが、たまにあるようにみえる。