はてなキーワード: サリーちゃんとは
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夕方普通に流せるよね、っていう意見は僕もそう思うんだけど、ちょっと引っかかるところもあったりする。
それは、イカ娘が「見やすすぎる」感じがする点なのだ。
藤子アニメとかアッコちゃんやサリーちゃんみたいなああいうアニメって、ちょっと胃が痛くなるような展開とか妙に説教じみた話があって、あー、見たくないなーって思うようなことがあったような気がするんだけど、イカ娘にあんまりそういうのってないような気がする。たとえば、あっこちゃんともこちゃんが喧嘩する的な展開とか、頭が良くなくても元気ならばそれでいい的な結論とか。
そもそも、ああいうのが「夕方アニメ」に必須な物かっていう話にはなると思うんだけど、ともかく、今回アニメ化された分ではそういうのって無かったように思えるし、イカ娘の設定的に容易に行き着きそうな「海の環境を守ろう」的な結論にたどり着くような話は作られそうに無いように思える。
ところで、この「見やすすぎる」感じというのを僕が最初に感じたのは、「カードキャプターさくら」を見たときだ。この作品でさくらと知世は終止仲が良い。知世のコスにこんなの着れるかー!とか切れたりしない。その他に、この子達絶対泥遊びとかしないよなーとか。いや、それはどうでもいいんだけど、萌えアニメってそういう部分があってイカ娘も確実にそこにのってるんじゃないかな、とか。
ともかく、うまくまとめられないけど、これを書いているうちに年を越してしまってもうビール飲んで寝たいのでこれで投稿しちゃうことにする。あけましておめでとうございます。
魔法使いサリーのよし子ちゃんやひみつのアッコちゃんのモコちゃんが妙に貧乏くさいのは視聴者の女の子にお話の中の居場所を作ってあげるためじゃないか、と思った。
主人公は方やお姫様で方やお父さんが船長さん(だよね?)な良家の育ちという華やかな設定で、憧れの存在ではあるけど自分とあまりに境遇が違うため、ここに同一感を求めるのはなかなか難しいものがある。
で、登場するのが友達のよし子ちゃんやモコちゃん。自分とあまり変わらない境遇の女の子が憧れの存在とお付き合いしてくれるのだ。しかも、その境遇の差をあまり意識させずに。視聴者の女の子はこのポジションからお話の中に入っていけばいいのだ。
で、これをかなり意識的に取り入れたのがカードキャプターさくらの知世ちゃんなんじゃないかと思う。
主人公のさくらちゃんの家はお父さんが大学教授、家は割と立派そうな一戸建てではあるが、一億総中流な世の中であまりそういう事を意識する女の子は居ないだろう。何もしなくても主人公と同化できる。
じゃあ、知世ちゃんはなぜ存在するか。それは「大きいお友達」の居場所を作る為である。作中、オタ趣味全開で主人公に迫る知世ちゃんのことを「ちょっと変」と評しはするけど、基本的にいつも良い関係。サリーちゃんやアッコちゃんでは良くあった主人公とケンカするエピソードも無く、拒絶した事は作中一度も無い。この異様なまでの慎重さは、かなり意識的にやっているといわざるをえない。