はてなキーワード: 自己啓発本とは
課題をやる気が出ない。
これができないと留年の可能性があるが、やろうと思ってPCに向かい、課題のデータを開いたとたんに緊張感というか、不安というか、嫌悪感というか、なんか苦しい気持ちがこみ上げてきて、とたんにネットサーフィンに逃げてしまう。自己啓発(笑)系の本を読んで、実行してみた時期もあった。しかし、今となってはそれらを実行するやる気も起きない。明日こそやるぞ!と思ってとりあえず寝てみても、次の日は結局何かするわけでもなくだらだらと過ごすだけだ。いったい何が原因だというのか?昔は原因を紙に書き出して考えたこともあったが、今は原因を考えるやる気すらない。
僕の友人には課題をなんでも期日までにこなすやつがいる。興味のある課題でもない課題でも早めにやらなきゃ気が済まないという。あと、課題が終わった後のご褒美を設定すると課題を終わらす気になるとか言い出す。まるで自己啓発本にでてくるような文言だ。
ご褒美を設定したところで今の課題が嫌なのには変わりないから、そのご褒美を先に堪能してしまいそうにならないのか?と僕は尋ねた。しかし彼はならないらしい。意味がわからない。これはもう性格の問題か。
今日の僕もしばらくしたらあきらめて眠りにつくだろう。
そして今日と同じように朝を迎え、とりあえずPCの電源を入れ、また課題から逃げるのだろう。
うあー。
相手は成功者だし、俺はゴミクズだし、しかも理屈でも反論できないし、でもこんなん実行できないし、
正しいとも思えないし、でも間違いだといいきれないし、とか悶々としながら読んでた。
そういえば、もしドラ読んでる時も割とそんな感じだた。
福島なんとかさんとかもそうだけれど物語形式の自己啓発本とか、なんなんだよこいつなんなんだよって思ってしまう。
言ってることは間違いじゃないんだけれど、なんというか、しょうがないんだけれどあまりにも・・・うーん。
なんというかなんというか違うんだよーって叫びたくなるような本を読んだ時に、
つい感情的に否定しようとして、それができなくて、言いくるめられるような感触を味わうことが多かった。
それで納得できるような本を探してはモヤモヤするという悪循環を続けていた。
とある本のレビューでこういうのがあって、これはしっくりきた。
本の内容は、癒されるには都合のよい本である。
ただなにかすっきりしない。いきなり来た布団のセールスを聞かされているようで、内容は良いのに腹の具合が悪くなる気分だ。これはあくまで個人的な感じ方の問題だが、同じように感じる人はいると思う。こういう時は「間に合ってます」とはっきりというべきだろう。
これが本当に幸せをもたらす流れだと常日頃思う
あ、そうかと思った。
私は押し売りとか弱いというか、目の前の良い事にふらふらとなびいて抵抗できなくなるとか
とにかく意思が弱いのだな、と。 意思が弱い段階で、あんまりすごい話とか聞いてもダメだな。
もうここで意志強くする本とか読むんじゃなくて、とりあえずもうちょい自分を理解してまず日常をうまく過ごせるようにしよう。
志を持ちたい、なんてどこにも書いてなかったし、やはり、あなたは他人の評価とか漠然とした幸せとか世間の流れの中で何を信じたらいいのかわからないまま人に言われるがまま自分の立ち位置を計って右往左往しているだけのように見えます。
それもおそらく、あなたが自分で言っているように何をしていいかわからないから、よく分からない幸せ像を追っかけての行動なんでしょう。
あなたの聞きたかったアドバイスなんて私は知りませんし、私はただあの文面に対して、世間一般の価値観に縛られただけの中身が無い人生だなあ、と感想を漏らしただけで。
あなたが言う文面の理解なんてものも、良かったら教えてくださいよ。どんな内容ですか?どういう答えをあなたが求めていたのかも面白いですね。
私はトラックバックもブクマも何も読んでないので、貼ってくれたら助かります。
むしろ結婚に有利なのは料理とかやりくり等の女磨き(?)だと思って、其れをしてきたんですけど、
それが「お前何も出来てない」みたいに元彼に言われたので、ああ教養も必要なんですね、私何もわかってなかったです、的外れでした、貴方にだけ就職しろしろ言ってごめんなさいね。私何もしてないのにね。と思ったんです。
で、教養をどうやって身に付けよう、周りの尊敬する人を見てみよう、ああみんな高学歴や、勉強したら何であの人達輝いてるんか(志持ってるんか)わかるかも、と思って模索してるんです。
資格や大学、勉強が結婚や就職に有利っていう話は、実務的な面で言っているのではなくて、相手を探す上で有利なステージに上がれるという意味です。
だって、あなたは年収と肩書きと学歴と教養がある人と結婚したいんでしょう?でも、そんな人に今の自分は相手にされないから、そのステージに上がりたい。そういう意味で勉強や貯金をしてたのかと思ってました。有利というより最低条件でしょうか。
仕事に関しては、確かに就職した事がない人間が、他人に対しては自分が知りもしない就職をしろしろ言うのはおかしいですね。そんなに人に言うなら自分ですればいいじゃんって、誰でも思います。自分がやりもしない出来もしない知りもしない事を他人に強いるのは最低ですよね。自分を棚にあげて、まさにおまえが言うな、です。でも、就職自体にはなんの価値も無いと思いますから「就職したことないくせに偉そうなこと言うな」っていう言い草はバカみたいだと思います。就職したぐらいで偉そうな事言うなと思います。
あと、就職と教養も対極にありますよ。日本企業のほとんどの就職は、大学教育を活かす場ではありませんから。
教養教養っておっしゃるけど、あなたは教養を何だとお考えですか。少なくともファッションではないですし、より良い相手と知り合うための道具でもありません。
私は教養とは、何かの分野で世の中を良くしたいと思う時に前提として最低限知っておきたいこと、身に着けておきたいこと、だと思います。教養ってのはあくまで基礎であって、土台でしかありません。
例えば、私は経済学部でしたが、学部生ならアダムスミスの国富論を読んだ事無い人はモグリだと言われました。ほかに学部生なら大抵誰でもマックスウェーバーやケインズは読みますし、社会学やる人はデュルケーム読まない人はいないと思いますし、政治思想を学ぶならバークを読むとか、勉強する上ではそういった古典の理論や仮説を知っている事、それが用いられてきた、解明されてきた、覆されてきた歴史を知っている事、それらについて知っているだけでなく自分の意見を持っている事、が前提になります。勉強しない大学生はいくらでもいますけど、そんな人たちでさえそれぞれの概要ぐらいは知ってました。でないと単位も取れないしゼミも選べないし卒論なんて書けないから。
教養とは、今を考える上で、過去の人類の歴史と教訓であり遺産だと考えます。
あなたはただ高学歴の人がカッコ良くて真似がしたくて教養を得たいようですが、 確かにそれも入り口としては大切な事かもしれません。否定はしません。でも本当は教養なんて物事を考える上での土台でしかなく、手段にすらなりません。ましてやそれ自体が目的だなんて。どうかその域を脱して、どうぞあなたに見合った学問なり芸能なり文化が見つかり、教養が土台となる事を祈るばかりです。あなたは一般教養のことをおっしゃってるかもしれませんが、専門的か一般的かの違いで基本的には同じです。ただの基礎です。自己啓発本で教養は得られませんよ。
正直gdgdになっちゃった。やっぱり好きな作家さんのことは上手にかけないのでタイトル取り下げ。増田の中で埋もれてしまえー。
<書評 まじめの罠>
正しいことを言っている。でも役に立たない。
「誰に向けて書いているのか」を全く意識していない結果としてこういう作品ができるのだ、という見本。
占い本と大して変わらんというか、誰でも心当たりがあることについて、薄く解決策を指摘するだけ。
いかにタバコが健康に悪くて、ソーシャルゲームよりも世の中には役に立つことがいっぱいあるかを語る本でしかない。
テレビの出すぎで絞りがぬるくなったのかも知れませんが、
この程度の内容、勝間さんが書く必要があったんでしょうか?
「年収10倍」シリーズは読者として想定されているのが向上心のある人でした。
ウルトラクイズのように「年収10倍になりたいかー」というと「おー」とかえしてくれるのりの良い人達です。
こういう人相手なら、ミッションを与えたり、改善すべき点を指摘すれば、そのとおり行動するでしょう。
本の内容よりも、そういう人の集まりに着目し、そこに適切なメッセージを送るということができたため
本を売りたい作者にとっても、読者にとってもよい本になったのだと思っています。
思います、というか、これは勝間さん自身がラジオで言ってたことですね。
「本の内容よりマーケティングに5倍力を入れています」という当時の発言は批判も多かったですが、
作者も読者も出版社もみんなハッピーな結果となる点でとてもよい考えだったと思います。
(ただし、これが唯一の応えではないと思うと言うか、こういう考え方もある、程度のものなのに
こうしなきゃダメだ、って煽ってたあたりはちょっといらっとしましたが)
この本では、真面目の罠にはまった人について、例えばこういう表現を使っています。
まじめの罠にはまった人は、既に出来上がった決まりを疑うことをしません。
言い換えれば、問題設定能力がないとも言えるでしょう。
しかし、ここまでわかっていているのに、その後に続くのは
「いかにこれが間違いであるか」と「ではなにが正しいのか」という説明だけです。
これで読んだ人が変われるとは思えない。
誰か罠にひっかけた人がいて、ひっかかった人間は間抜けかもしれないけど被害者ポジションでしょう。
ところがこの本だと、罠にかけたのもかかったのも自分。その責任も自分。
罠にかかっているという状態は責められるべきで、いますぐ自分で何とかしなさいとなってしまう。
これだと罠にハマっている人の追い打ちにはなっても、助けにはならないような気がするんですよ。
タイトルが「まじめの罠にはまらないように~はまったらもう手遅れ~」ならともかく、
すでにはまってる人かすれば落とし穴の上から叩くようなこの内容はちょっとひどいんじゃないかと。
この本は間違ったことは何も書いてません。正しいことだけが書いてると思います。
思うに、この本には「なぜこの人達はそういう状態になったのか」という部分の分析がザルです。
というか、分析になってません。この部分で自分語りを始めてしまいます。
「私も真面目の罠にはまってました。それはこういう理由でした。それを私はこういうふうに抜け出しました。
だからあなたの理由もこうなんです。そしてあなたもこうすれば抜け出せます」
香山リカの「根拠の薄い決め付け」論法よりは多少ましかも知れませんが、
勝間さんのいう「私の理由」は、全然一般的なものとは思えません。
ここで描かれている勝間さんの状態は
ある程度自己分析の道具もフレームワークも持っていて客観的にはある程度問題を認識していたが
なにより、組織の性質も特殊ですし、そのあと彼女は独立した状態で立て直しを図っています。
それで「貴方も私と同じです」と言われても全くこころに響くものがありません。
これも勝間さんがラジオで言っていた「自分の過去を晒すことによって共感を得る」という手法は、
上昇方向ならいいんです。でも、「できない理由」では多分だめなんです。
結果として、この本は最初の特徴説明の部分までは自分の事かな、と思って読み進めるのですが、
「理由」の所で乖離してしまいます。自分のことを理解して語ってくれているように感じられないのです。
ちゃんと「理由」が共感できてるかどうかというのは印象が警察の取調と良い町医者の診断くらい違います。
この手の本で必要なのは、自分のことを吐き出すことだと思います。
自己啓発本の著者のもとには多くの共感のメッセージが届くらしいです。
自分は独りじゃないとか、自分を理解してくれる人がいると感じられることが必要だからだと思います。
自己啓発本の読者って、勝間さんがいかに正しいか、正しかったかを読みたいのではなくて、
自分がどんなに苦しかったかとか、自分はどんなに成長を望んでいるかをりかいしてほしいのだと思うんですよ。
おそらく「年収10倍シリーズ」においては、そういうことがあったのではないかとおもいますが、この本だとちょっとなぁ・・・。
そもそも完璧主義をやめよう、という趣旨で書かれた本で役に立つ本を見たことがない
要するに「失敗を恐れずチャレンジしよう」って言う類の本。
失敗するのが当たり前、失敗は成功の母、失敗することで成長する。どんどん失敗しよう。
・・・うん。わかってるけど。なぜそれでも失敗を嫌うのでしょうね。
もしかして「失敗にも良いことがあるってことがわかってないほどバカだから」とでも思っている?
みんな、頭じゃ理解してるよね。そんでも怖いんだよね。
それをどうやって克服したか。
この1点に絞って、勝間さんの自分語りだけじゃなく、もっといろんな声を集めたりして掘り下げてみて欲しい。
せっかくビジネス番組を持って、いろんな人にインタビューしたりしてるわけだから、いくらでもネタは在るだろうに。
なぜ自分のことしか語らないのか。自分だけで完結できるからか。
今回の本は、作り方からして「つながる力」とかでご自身が書いてたことに反しているような気がします。
勝間さんが、自分語りだけにとどまらずにいろんな人と一緒に語り合う中で、一つのテーマを掘り下げて作った本が読みたい。
批判する人はこんだけたくさん書けるんだから、逆の「こんなにすごい人」をたくさん紹介した本を読みたい。
教育産業に従事していると「本当の~力」という言葉を使いたがる人を多く見かける。
なんでもかんでも「~力」という言葉を使い出した元祖は、日本では齋藤孝だと思う。
ただ漠然とした人徳やらコミュニケーションという概念にたいして、ひとつの切り口を紹介しよう、という試みだったように思う。
彼の「教育力」などの本は今読んでも名著だと思うのでぜひ読んでみて欲しい。
ところが、この「軸」「評価基準」を自分で設定して持論を展開するというのは実にお手軽かつ効果が大きかったのだろう。
その後の自己啓発本や教育産業における大きなブームになった。今でも続いている。
「本当の・・・力」を身につければ幸せになれる。成功できる。成功できないのは「・・・力」が足りないからである。
そうやってシステムの問題を個人の能力の問題に還元し、社会の責任を個人の責任に置き換えてみせることで世界を単純化するという手法は、
不安から何らかの指針を求める人間に対して絶大な「力」を発揮した。
自分の手の届く範囲に単純なカタチで問題や責任が降りてきたほうが、遠くで複雑な問題について考えるよりも楽だからだ。
それ以上に、アイデンティティの問題がある。
人間は基本的に自分と他人を差別化することで自分というものを確かめずにはいられない。
そういう時この「・・・力」というのはとても優秀な差別のための道具になる。
自分にその能力があればベストだし、その能力がないやつに負のレッテルを貼るのでもいい。
とにかく何とかして、自分というものを確立したい。しかもできれば正しい存在として。
こういう言葉を使いたがる人間は、もちろんビジネスとしてやってる面もあるのだろうけれど、
本当に社会の中で鬱屈を抱えていて、自分を正当化する必要性が強い人なのかも知れない。
4 ・・・力の功罪
もちろん個人的に「・・・力」を設定してそれを向上させようとすること自体は悪いことではない。
しかし「個人利用は自由だが、商業利用には制限」と言いたくなるような現象がよく起きる。
なぜか「・・・力」という言葉を設定してそれを使う人は、かならずビジネスか宗教チックになる。
1つか2つの「・・・力」によって人間を測り、問題を定義しようとするのでたいていおかしなことになる。
もちろんアメリカでもこういうのは在るのだけれど、向こうの人は合理的だ。
たいてい6~12、多い時には30くらいの指標を持つのだがなぁ
http://anond.hatelabo.jp/20110823184754
おもろいっしょ。
今回私は自己啓発本何も考えずにすっ飛ばしながら読んでみたのだけど、
http://anond.hatelabo.jp/20110823183941
http://anond.hatelabo.jp/20110823182930
http://anond.hatelabo.jp/20110823182511
http://anond.hatelabo.jp/20110823181030
http://anond.hatelabo.jp/20110823173926
http://anond.hatelabo.jp/20110823155144
うんまぁなんというか、どれもこれも似たようなことを言ってるよね。
正直もう飽きてきた。飽きずに読み続けられるヒトって、どういう所がたのしいのだろうか?
それとも私がノウハウ系に興味なさすぎるのだろうか?うーむ
追加しました。
http://anond.hatelabo.jp/20110823191323
男性向けの自己啓発本は、「マインドマップ的読書感想文」に代表されるように、肉食的なガツガツしたやつとモテ系が多い。キャリアアップや成長曲線が前提。
女性向けはどっちかというとスピリチュアルであったり、今を楽しく生きるとか身体を健康に保つとか、若い状態をキープする横ばいの曲線が基本。
男性と違って20歳あたりからすでに老いを恐れ、その対策を強いられる女性の感性からしたら当たり前やね。とにかく人生計画とは無縁。
一時期勝間和代が、この女性の傾向に対してリベラルな存在として立ち上がったけど、やっぱり長続きしなかった印象。
どだい、自分のキャリアのためなら離婚も辞さず、くらいの覚悟がないと、長期的な人生計画、キャリア計画を維持することが女性には難しい。
肉食系と言われる人たちでもせいぜい和田裕美とか佐藤なんちゃらさんくらいがちょうどいいレベルのようだ。
ちなみに、これは一般的な女性向けの話で、昔から勝間さんのようなスーパーウーマンというのは一定数存在する。
彼女たちはもともと「名誉男性」と言われるように男性以上に男性的なので、女性向け自己啓発書など必要としていない。
・私がわたしになれる本
・人間関係がうまくいく本
・鏡の法則・スピリチュアル系(江原じゃなくてバシャールみたいなやつ)
などなど。こういうのを眺めて憧れを抱くのが基本。
7つの習慣は…
例えば、人の生活を長い目で見たときには、
自己啓発本は 人生を飛躍的に変えそうなウケのいい小話を適当に列挙してるだけ。
列挙してるだけ。
などという都合のいい方法はないと言っているし、
「新しい物の見方」や「気付く事」がアレやコレやと含まれているから。
そういうのが僕らの視野を広げて思考の幅を広げてくれる
なぜ視野を広げ、思考の幅を広げる必要があるのかという、
自己啓発本は 読むのに頭を使う必要がなく、
この本は読んだだけでは役には立たず、
頭も体も心も使って実践し、「習慣」にしなければ価値はないと言い、
本の各所にエクササイズを付けている。
孔子、老子、仏陀、デカルト、フランクリンなどが実践した生き方と基本は同じ。
徳を身につけるということだ。
そういう自己啓発本をあれもこれもと読まなくても、
面白ければなんでもいいよ。
自己啓発本好きだけどなぁ。
同じジャンルの自己啓発本を3冊くらい読むと、いろんな考え方がある事が手っ取り早く実感できて気が楽になるよ。
普通の本だと、同じ作家の本を何冊も続けて読んだりして考え方がすごく偏る事が多いので、手軽な自己啓発本も好きだな。
自己啓発本には、普通の本にはなかなか書いてない、敢えて言うまでもない当り前の事がよく書いてあるので、常識のない自分には勉強になるってのもある。
人生を半分くらい投げたらロックンロールな気分は消えて、酩酊したいような気分で、でも別に学校行きたいなんて思うわけもなくて、ああ最後までなんかちょっと違う感じだったよなとか思いながら、最初から最後まで医学生ぽくないって言われたこと思い出しながら、なんとなく憂鬱な気分で、でも留年してくそ暇な時間を過ごしているときにおれは別に暇だとか退屈だとか感じていなくて確かいつもこんな感じだったよなって思う。わけわからない気分。勉強するつもりで買った本は全然頭に入らなくて、いやレトリックの本はなんとなくあたまのなかで形にはなったんだけど特に文章としてまとめられるような感じじゃなくて、なんにもわからなくなっちまった。憂鬱な気分を抑えるために外に出て歩いて、いつも思い出すのは運動好きな体育教師が心を病んで辞職したこと。結局運動は健康になるし憂鬱な気分を吹き飛ばすけれども、一時しのぎのものにすぎなくて、最低な今日。時々凄くはかどる日があるけど今日はぜんぜんそんな日じゃなくって、何がどうなのか僕はわからなくて人生の何にも向いていないような気がする。こうやってひきこもってへんてこな文章を書いて永遠に無視され続けるんだって、もちろん保坂和志が書いたように小説がそういう感情を負の側面に持っていくということは確実にあって、覗き込む心が覗き返してきてそのせいで頭が痛くなり心が暗くなり心配事があふれだす。自己啓発本読んで片付けようとした部屋は相変わらず汚いままで、明日になったら全部捨てようとかそんなことを思う。捨てよう捨てようと考えてずっと捨てられないのは僕の部屋がいろいろな余計なもので溢れているせいで、殆どのものは捨ててしまえるのになって思う。だけどおれはぜんぜんすててこなかった。そういう事なんだと思う。永遠に読むことのないであろうドイツ語のプリントやルーズリーフやビニール袋を捨てることが出来なくて、いい加減に捨ててしまわなければと思う。僕はものに囲まれすぎた。こいつらが思考をごちゃごちゃにする、なんてことはなくて、いや、ないのかどうかはわからないが、相互作用でどっちがどっちというわけではないのだろう。いずれにせよおれはとても物を片付けるのが苦手だから物は少ないほうがいい。有名なコピペの鉄道模型を捨てられて、殆ど全てを捨ててしまった夫のように、スーツケース一枚だけの荷物にしてしまえばいいのだ。父は僕にボランティアにいくのはどうだろうと思った。たしかにそれは納得出来ることだったが、ボランティアはボランティアを求めているのであって、おれの更生を求めているわけではない。できればシェアハウスでどうにかこうにか生きたい。思い出した、昔のこと。長距離走でおれは結構得意だったから前の方走っていて、後ろのヤンキーがぜーはーいいながらスピードをあげてきて、苦しそうな顔をしながら走って粘ってくるのがすっごいつらくなって、おれは走るのが辛くなった、別にペースをあげたからとかそういう話じゃなくて、なんだか泣きたくなってしまったのだ。それでおれはちょっとだけペースを落として、彼の声が聞こえないところまで下がったら、おれはこのまま頑張り抜こうとかいう気持ちが無くなってしまった。別に同情しようというのではない。ただそれがおれにとってはつらかったのだ。同じことが今も起こっている。年上の再受験生がひいこら言って、生活かかっていて、そんな中でおれはなんだか嫌になってしまって、そういう競争を強いるしくみが・・・。もちろんこれは軟弱なのかも知れない、真っ先に潰されるのかも知れない。そして長距離走のときみたいに、おれはどんどん転げ落ちていくのかも知れない。
起きてしまった過去は変える事はできませんが、その過去の受け取り方は変えられる事ができます。
(知らない方は本屋で確認してみてはどうですか?ぐぐってもでてきますよ)
以前「3週間続ければ一生が変わる」と言う本が売れました。
これは「3週間続けば習慣になる、習慣になったら一生続く」という理論です。
さて原発の事故が起きてもう1ヶ月経ちました。3週間以上です。
つまりこの危機の状態に慣れてしまい、これが習慣になってしまったのです。
習慣や現状を変更する事は簡単ではありません。
しかし人間の心はこの不安定を安定させようとして試行錯誤します。
その結果が
「事故の対応をよくやってるから、事故が起きてからの1ヶ月も実は怖くなかったんじゃないか」
という考えになります。
自分が安心するために「原発対応をよくやっている」と思いたいのです。
つまり何が言いたいかと言うと「原発対応をよくやっていると感じる人」は、人生に置いて幸せを感じ易いというとても幸せな人なんです。
言い変えるとどんな環境でも適応できてしますドMの素質を持った人でしょうか。
これが悪いと言うのでも良いというつもりはありません。
1.
足りないのは時間ではなくて頭。
俺らが生きているのは今であって
1,2、3秒前は過去であって
未来だって必ず来るとは限らない
さあ、今を楽しもうぜ
(過去を思うことは今を楽しむことに入らないのか?)
考えるだけ無駄だよ
悩んでる間に死ぬかもしれないんだぜ
2.
大抵の夢希望願いは叶えてはくれないし
キミがどんなに努力したってキミは絶対に変われない
(あたりまえだろ。何を言っているんだ)
(自己啓発セミナーを『努力』と言われてもアホかとしか言えない)
極端に考えればもっと分かりやすい
キミは特別な存在ではないんだよ
(それらの人を同列に語る時点でダメなんだよ。個別に見ていない)
「だって60億分の1なんだぜ俺が俺である確率は
それに親父の精子の数だけ分母が増えて…
だから俺は特別な人間なんだ!!!」
とか真顔で言われたら、ああなんて不幸なんだ、としか思えない
60億もいる奇跡なんだから
生まれてきた時点でキミの奇跡は終わりです
落ち着こう
と悟ったゴリラはその瞬間に死ぬだろうか
「あんな小さな檻に入れられている
他の動物よりはマシ」ってね
3.
そんなもんどっかに捨ててちゃえよ
「そうありたい」と願うことは一転
「そうなってない」という今にとって
これ以上ないストレスになる
幸せになるために最もいらないものだ
(そりゃお前さんが目標に向かって最短距離だと思う行動をしていないからだろう)
時間軸のズレか生じていて
それが結局マンネリを生むから
これも心の負債だ
世界はキミに寛容ではない
(忍耐力が足りないんじゃねえの?)
「努力している人がみな成功するわけではないが
成功している人はみな努力している」
この世には努力しなくても成功する人ばっかりなんだ
生まれて瞬間それを達成している人がいる
そういう人を「運がいい」と世間は呼ぶ
(運がよい以外に何があるんだ?)
違うんだよ、よく考えろ
「運がいい」ことこそが全てなんだ
努力しても運が良くなるわけじゃない
全部全部捨てちゃえ
(あほか)
ということをキミは体感しているのに
なぜ生きていく上で必要なお金を稼ぐということ
思ってしまうんだい
(え、自分の仕事にプロだという自覚がないの?邪魔な奴だ。真剣に仕事をする。仕事のことだけ考える。これだけできりゃその時点でプロだろ。あほくさ)
4.
キミは貴重な今を犠牲にしている
(今を楽しむ。全力で取り組む。だから夢が叶う。)
どうするつもり?夢が叶う前に死んだら
明日だってくるかわからないんだ
(常に全力なら後悔はしない)
そしたら将来のための
やめようぜ、今を犠牲にするの
もっと楽しいことしようぜ
今夜はぱーりーだぜ
(きっとそれじゃ楽しめないよ)
5.
幸せっていつ感じるんだろうかって
今しかないじゃんか
今が楽しければいいじゃんか
将来のことで悩むなんてアホかよ
太く長く生きようぜ
(まったくその通りだ)
お金を持っている奴が勝てるように仕組まれた
(燃えるね)
でもゴールは幸せらしい
幸せってなんだい?なんだと思う?
それはキミが人より不幸ではないということだよ
だからその基準も尺度もキミ次第なのさ
絶対的な幸せなんかないんだ
(味覚障害とか不感症か?)
世界平和って
「世界中の人々が一斉に不幸になること」
って知ってる人が少ないんだよ
キミも分かるだろ
今すぐ天国に行く確実な方法は
今すぐ死ぬことなんだよ
(そう思うなら死ねば?)
6.
それでも努力するキミへ
キミが勝てない相手はキミがいるから勝ってるんだよ
キミも今の場所にいるのは誰かに勝っているからだよ
誰かしらがどこかしらで泣いているんだ
(俺は負けることも嫌いじゃないが)
キミも誰かの犠牲の上に立ってそこにいるんだから
(うん)
7.
ただ所詮推敲されてない文章は
書くことに意味があって
もしかしなくてもキミが読んでいるこの文は
俺の思考の整理の副産物つまり死骸
だから人に会って話を聞かなきゃダメなんだ
(死骸の方が一方的に食えるから俺は好きだけど)
いいかい
キミの見ている世界は多分
キミが思っているよりも残酷で
そこで生き延びるにはコツがいる
そのコツを教えてくれるのは誰だろう
今のキミにはわからないだろう
けど
そしたらちょっと
生きてみようって思えるんじゃないかな
いいかい
キミは特別な存在じゃないんだよ
(特別の定義からはじめろよ)
8.
そして全ての
「夢を語る」なんかクソ喰らえ
(微笑ましいじゃないか。どうしてそう邪険にする)
乗っている船の状態も知らないキミが
見ている夢はそう、本物の夢でしかないのだから
まずは今を分析することが
キミがすべきことじゃないのかい
(じゃあしろよ。いますぐにだ。三秒で分析しろ)
キミはバカにもなりきれないよ
馬鹿にされたっていいだろう。周りの目なんて必要以上に気にするな。
無駄な努力でもいい。むしろ無駄な努力も良い。無駄な努力をしてこなかった人間も、その人間を好きになる人間にも関わりたくない。自分で自分を嫌うような人間にはなりたくない。