はてなキーワード: ロシア語とは
(訳注:長文注意。誤訳あったらごめんなさい。教えてもらえたらあとで直します)
村上春樹の作品世界にほぼ浸りきってやろうというつもりだった。
ところがその目論見は外れることになる。
期待していたのは、バルセロナやパリやベルリンのような街だった。
そこでは、市民はみな英語が達者で、さらにはジャズ、劇場、文学、シットコム、フィルム・ノワール、オペラ、ロックといった、
西洋文化のあらゆる枝葉に通じている……そんなコスモポリタンな世界都市を私は期待していた。
誰かに聞いておけば分かっていたはずなのだが、実際の日本はまったくそんな場所ではなかった。
実際に足を踏み入れることができる日本は、どこまでも頑固に、日本的だった。
そう思い知らされたのが地下だったというのは、我ながらよくできていたと思う。
アイロン掛けたてのシャツに包まれ、なんの躊躇もなく地下鉄の駅へと降りて行くや否や、
私は迷子になり、助けを求めようにも英語話者を見つけることができなかった。
最終的には(電車を乗り間違え、馬鹿げた値段の切符を買ってしまい、必死のジェスチャーで通勤客を怖がらせたあと)、
どうにか地上に出てはみたものの、もはやインタビューの時刻はとうに過ぎている。
私は絶望して、目的もなくあちらこちらへとさまよい歩いた(東京にはほとんど標識がないのである)。
そして蜂の巣状のガラス製ピラミッドのような建物の前で途方に暮れていたとき、
ついにユキという村上のアシスタントに見つけてもらうことができた。
あまりにもうかつな、アメリカ人的な私は、村上のことを現代日本文化を忠実に代表する人物として考えていた。
実際には彼は私が思っていたような作家ではなく、日本は私が思っていたような場所ではなかった。
そして両者の関係の複雑さは、翻訳を介して遠くから眺めていたときには想像しえないものであることが明らかになっていった。
村上の新作『1Q84』の主人公の一人は、自らの人生最初の記憶に苛まれており、誰に会ったときにも、あなたの最初の記憶はなにかと尋ねる。
それは3歳のとき、初めて家の門の外に歩き出したときのことだという。
彼は道をてくてくと渡り、溝に落ちた。
流されていく先にあるのは、暗く恐ろしいトンネル。
そこに差し掛かろうかというとき、母が手を差し伸べ、彼は助かった。
「明確に覚えている」と彼は言う。
「水の冷たさ、トンネルの闇、その闇のかたち。怖かった。僕が闇に魅かれているのはそのせいだと思う」
村上がこの記憶を語るとき、私は既視感とともに心の中でくしゃみをするような気持ちを覚えた。
その記憶には聞いた覚えがある、いや、不思議なことにその記憶は自分の中にある、と感じた。
ずっとあとになって分かったことだが、私は確かにその記憶を持っていた。
村上は『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭の脇役に自分の記憶を写し込んでいたのだ。
村上を初めて訪問したのは、日本にしてもありえない夏の厳しさの最中、
週の真ん中、蒸し蒸しする午前中のことだった。
その結果、電力、公衆衛生、メディア、政治にも危機が到来した(当時の首相の辞職によって、5年間に5人目の首相が生まれることになった)。
大作『1Q84』の英語訳(そしてフランス語訳、スペイン語訳、ヘブライ語訳、ラトビア語訳、トルコ語訳、ドイツ語訳、ポルトガル語訳、スウェーデン語訳、チェコ語訳、ロシア語訳、カタルーニャ語訳)について話すためだった。
この本はアジアで数百万部を売り上げ、
まだ翻訳が出ていない言語圏ですらノーベル文学賞の噂が囁かれていた。
62歳にして30年のキャリアを持つ村上は、日本文学の最高峰としての地位を確かなものにしている。
疑いなく、彼は母国の表層とかたちを世界に伝える、想像世界の大使となった。
そのことは、関係者には非常に大きな驚きだったと言われている。
アメリカによる戦後占領を受けた1949年の京都、日本の前首都である。
「これ以上の文化混交の瞬間を見つけるのは難しい」と John W. Dower は1940年代後半の日本について書いている。
「これほど深く、予測不能で、曖昧で、混乱していて、刺激的なものは他にない」という。
「瞬間」を「フィクション」に置き換えてみれば、村上の作品を完璧に説明することができる。
彼の物語の基本構造は、互換性のない複数の世界に根を下ろした普通の人生であり、
そこは、さまざまな言語の喧騒に包まれた国際的な港湾都市である。
彼はアメリカ文化、とくにハードボイルド探偵小説とジャズに没頭して十代を過ごした。
二十代のはじめには大企業の序列に入り込む代わりに、髪を伸ばしヒゲを生やして、両親のすすめを押し切って結婚し、借金をして「ピーターキャット」というジャズクラブを東京で開いた。
掃除をして、音楽を聞いて、サンドイッチを作って、酒を注いで、
作家としての村上のキャリアの始まり方は、彼のあの作品スタイルそのものだった。
どこまでも普通の設定で始まり、どこからともなく神秘的な真実が主人公に降りかかり、その人生を根底から変えてしまう。
29歳の村上は地元の野球場の芝生でビールを飲みながら、デイヴ・ヒルトンというアメリカ人助っ人バッターが二塁打を打つのを見ていた。
平凡なヒットだったが、ボールが飛んでいくのを見て村上は天啓に打たれた。
そんな望みはそれまでなかったが、いまや圧倒的なまでだった。
そして彼は書いた。
数ヶ月のちに『風の歌を聞け』を書き上げた。
それは名もなき21歳の話し手が語る小さく凝縮された作品だったが、冒頭から村上らしさが見えていた。
アンニュイとエキゾチシズムの奇妙な混合。
わずか130ページで、その本は西洋文化をぶつ切りにして引用してみせた。
『名犬ラッシー』、『ミッキーマウス・クラブ』、『熱いトタン屋根の猫』、『カリフォルニア・ガールズ』、ベートーベン第三ピアノ交響曲、フランスの映画監督ロジェ・ヴァディム、ボブ・ディラン、マーヴィン・ゲイ、エルヴィス・プレスリー、『ピーナッツ』のウッドストック、サム・ペキンパー、ピーター・ポール&マリー。
以上はごく一部に過ぎない。
そしてその本には(少なくとも英語訳には)日本の芸術の引用がまったくない。
村上作品のこうした傾向は日本の批評家をしばしば苛立たせている。
そして一年後、ピンボール機を取り上げた次の小説を出したのち、執筆に時間のすべてを費やすため、ジャズクラブを畳んだ。
「時間のすべて」という言葉には、村上にとっては余人とは異なる意味がある。
30年を経て、彼は僧侶のように統制された生活を送っている。
すべてが作品を作り出すのを助けるように調整されている。
彼は毎日のように長距離を走り、泳ぎ、健康的な食生活を送り、夜9時には床につき、朝4時に起きる。
そして起床後5、6時間は机に向かい執筆に集中する(2時に起きることもあるという)。
「集中できないとき、人はあまり幸せではない。僕は考えるのが速くないけれど、何かに興味を持てば、それを何年も続けられる。退屈することはない。僕はヤカンのようなものだ。沸かすのに時間はかかるけれど、いつまでも熱い」
そうした日々の湯沸かしが続いていって、世界でも類まれな作品群ができあがった。
30年の歳月を経て積み重ねられたそれには人を虜にする不思議さがあり、様々なジャンル(SF、ファンタジー、リアリズム、ハードボイルド)と様々な文化(日本、アメリカ)をつなぐ位置にある穴を埋めている。
どんな作家にも、少なくともこれほど深くまでは、埋められなかった穴だ。
そして今、とりわげ激しく長い湯沸かしの結実として、もっとも長く、奇妙で、シリアスな本が上梓された。
彼は翻訳者を通して会話するのが嫌いだという。
なまりは強く、落ち着くべき箇所で動詞の活用が劇的に現れたり消えたりする。
とはいえ相互の理解に支障を来たすことはまずない。
特定の熟語("I guess" 「ではないか」、 "like that"「というような」)が、ときたまおかしな位置で使われることがある。
安全な言葉遣いから逸脱するのを楽しんでいる節が彼にはあった。
私たちは東京にある彼の事務所で席を持った。
数人のスタッフが靴を履かず他の部屋で作業をしている。
彼のキャラクターと同じように、アイロン掛けしたばかりのように見えるシャツだった(彼はアイロン掛けが好きだという)。
靴は履いていない。
彼はペンギンのある本の表紙を模したマグカップでブラックコーヒーを飲んだ。
その本とはレイモンド・チャンドラーの『ビッグスリープ』、彼の昔からのお気に入りの小説であり、今日本語訳をしている小説でもある。
話を始めながら、私はあらかじめ用意していた『1Q84』をテーブルの上に置いた。
その本は932ページあり、ほぼ30センチのその厚みは本格的な法律書を思わせるほどだ。
「大きいな」と村上は言った。
「電話帳みたいだ」
土曜日になってようやくまともな食事をとったばかりです。
メールボックスは、たぶん読むことはないだろうメッセージでいっぱいになっています。
疲れましたが、私は幸せです。
読者の皆さんが自分の声を政治家に伝えられるようにすることであり、
どちらも成功裏に終わりました。
私たちが用意したツールを使って800万人もの人が自分の地域の議員の連絡先を確認し、
ソーシャルメディアではさらに何百万人もの人が自分の意見を発言しました。
何千人ものジャーナリストがウィキペディアの黒い画面をはりだして記事を書きました。
ここで一度、何が起こったのかをちゃんと理解しておくことが重要だと思います。
私たちの立つ足元が、大きく揺れ動いたのですから。
ジャーナリストは古いメディアと新しいメディアの衝突としてこの出来事を見ていますが、それは間違いです。
彼らがそういう見方をするのは、ふつうの出来事はそうやって動くからです。
元Sunlight財団のClay Johnson氏は、
「こんにち、自分の業界にとって有効な法案を通しワシントンから旅立たせるためには、適切なロビイストに金を払い、適切なキャンペーンをはり、適切な法案を適切なときに書かなければならない」
と言っています。
ちょうど同じように、アメリカ映画協会会長で元上院議員のChris Dodd氏は、ウィキペディアのブラックアウトを評して
「権力の濫用。IT業界の利益を守るため、ユーザを痛めつけ企業の駒として使う行為」と呼びました。
彼にとってこの問題は金と利益に関わる衝突にしか見えないようです。
NPR、 Associated Press、Fox Newsといった報道機関がすべて、この闘いを、
ハリウッド対シリコンバレーと銘打って伝えたのも、そのためです。
Bloomberg が、テレビ・映画・音楽業界がワシントンで使っているお金と、Google と Facebook の支出とを比べているのも、そのためです。
このブラックアウトはプレイヤーを増やしただけであって、また同じゲームが続くのだろうと想像しているのです。
そうではないのです。
インターネットで流れてきたClay Shirky 氏の講演をご紹介しましょう。発言を引用します。
SOPAとPIPAで危機に瀕するのは、ウェブサイトだけでもその所有者だけでもない。私たちが、一人の人間として、他の誰かとものごとを共有してよいという保証がおびやかされているのです。
私たちこそが、SOPAとPIPAに監視される対象になります。インターネット上で最大のコンテンツ生産者は Google でも Yahoo でもなく、私たちだからです。
私たちはそれが本当だと知っています。
ブラックアウトを主導したのは、 GoogleやYahooやFacebookやTwitterのCEOでもなく、ウィキメディア財団でもなかったからです。
ブラックアウトを主導したのは、普通のインターネットユーザでした。
その中心にいたのは、Osarius さん、 SiPlus さん、 FT2 さん、 Titoxd さん、 Fluffernutter さんといった人たちでした。
ウィキペディアがSOPAとの闘いに加わったのは、巨大な利益のためでも、資金のためでもはありません。
ウィキペディアは非営利組織によって(コントロールされているのではなく)運営されています。
そこには守るべき企業利益はなく、著作権侵害で資金を得ることはありません。
Reddit は、リンクを共有しコメントを付けあう人々の集まりです。
Metafilter も Tumblr も Craigslist も Cheesburger network も Oatmeal も 4chan も identi.ca も同じです。
どれも巨大企業ではありません。
15年以上にわたって、インターネットは普通の人々にコンテンツ製作の手段を提供してきました。
私たちがインターネットを使って作るのは、時にはかわいい猫の写真であったり、時には世界最大の百科事典であったりします。
時には腐敗した体制を倒すために使ったりもします。
昨日起こったのは、世界中のインターネットユーザが自分の声を見つけたということです。
自分たちの自由をおびやかす人たちに対して闘うための声を。
著作権侵害が問題であることは確かであり、被害を受ける人たちが自分の問題を解決したいと思うのは当然のことです。
しかし、彼らの問題は、普通の人々が自分を表現し、共有し、学ぶ力を守ることほどに重要ではありません。
聞くところでは、議会はIT企業とユーザに意見を尋ねに来るようです。
何が欲しいのか。
SOPAとPIPAをどう変えれば満足するのか。
OPENにすればいいのか。
新しい法案を作るべきか。
ウィキペディアがブラックアウトで伝えたかったこと、そして他の対SOPA・PIPAの行動が伝えたかったのは、
「ネット上の著作権侵害を撲滅する方法について話し合おう」ではありません。
「これだけ大事なインターネットを壊すな。私たちがこれまでどおり働けるようにしろ。学び、作り、共有できるようにしろ」です。
ここで、ブラックアウトに関わった皆様に感謝したいと思います。
下記に並べた人たちは、私が一緒に働いた、または働くのを見た人たちです。
関わっていたのにご自分の名前がなかったとしても、感謝をお届けしたものとお考えください :-)
無作為な順序で: Luke Faraone, Jan Ainali, Puki, André Savik, Dcoetzee, Vituzzu, Stacey Merrick, Dan Rosenthal, Michael Snow, Sumana Harihareswara, Wikitanvir, Jim Redmond, Kaganer, PeterSymonds, Mikołka, ZeaForUs, Spiritia, Iliev, Anubhab91, Ali, Haidar Khan, Joan manel, Davidpar, Cameta, Mormegil, Okino, Sir48, Giftpflanze, Rbmj, Tecsie, BreadMaker, Antonorsi, Mariadelcarmenpatricia, Huji, Tommikovala, Nikerabbit, Lamiot, Seb35, Zetud, Amire80, Rekp, איש המרק, Eranb, עידן ד, Trần Nguyễn Minh Huy, Itzike, Vibhijain, Ruy Pugliesi, Roberta F., Tgr, Kelly Kay, Pagony, Alensha, William Surya Permana, Gombang, Gregorovius, Civvì, Gnumarcoo, Austroungarika, Miya, Whym, Takot, Melberg, Omshivaprakash, Idh0854, Freebiekr, Diagramma Della Verita, RajeshPandey, Mathonius, Romaine, Mwpnl, Whaledad, Wpedzich, Sp5uhe, Przemub, Ency, Przykuta, Teles, Vitor Mazuco, Lvova, OC Ripper, Euriditi, Maduixa, Wikiwind, Јованвб, A1, Олег-літред, Violetbonmua, Prenn, Cheers!, Sameboat, Tbayer (WMF), OhanaUnited, Tom Morris, Wdchk, Sarah Stierch, Risker, Billinghurst, NuclearWarfare, Jimmy Wales, Orionist, Ryan Kaldari, John Du Hart, Aaron Schulz, Kat Walsh, Cherian Tinu, Mike Godwin, Jim Burger, David Gerard, Johnuniq, James Forrester, Prodego, Fluffernutter, Dana Isokawa, Fae, Andrew Lih, Brandon Harris, Jeremyb, Michelle Paulson, DeltaQuad, Pete Forsyth, Fetchcomms, Heather Walls, Rachel Farrand, CMBJ, Erik Moeller, Fifelfoo, James Alexander, Itzik Edri, Katie Horn, Iván Martínez, Matthias Schindler, Ben Hartshorne, Jon Davies, Anthere, Slobodan Jakoski, Victorgrigas, Dimce, Jerry-Yuyu, Patricia Morales, Stephen LaPorte, Varnent, Lennart Guldbrandsson, Neil Kandalgaonkar, Greg Maxwell, Ian Baker, Jeandré, Howie Fung, Ryan Faulkner, Beatriz Busaniche, Philippe Beaudette, Ziko van Dijk, Oliver Keyes, Dimce Grozdanoski, Keegan, André, Guillaume Paumier, Maggie Dennis, Mentifisto, Phoebe Ayers, Arne Klempert, Mike Peel, Gorilla Warfare, Geoff Brigham, Swarm, Peter Gehres, Megan Hernandez, Leslie Harms, Tomasz Finc, Pretzels, Jay Walsh, Whenaxis, Liberaler Humanist, Sam Klein, Andrew Gray, Fifelfoo, Zack Exley, Katie Filbert, Victor Vasiliev, Guy Chapman, Avi, Kenneth/MD, Stu West, Harry, Ryan Lane, Josh Lim, Matthew Roth, Richard Symons, Gayle Karen Young, Yuvaraj Pandian, Evangeline Han, Milos Rancic, James Hare, Adrienne Alix, Samat, Tomasz Ganicz, FT2, Alessio Guidetti, Galileo Vidoni, David Richfield, Alison Wheeler, Siska Doviana, Erlend Bjoertvedt, Анастасия Львова, Steven Walling, Casey Brown, Tim Starling, Patrick Reilly, Arthur Richards, Asaf Bartov, Alolita Sharma, CT Woo – そしてもちろん、ブラックアウトの決定をした、1800人の英語版ウィキペディアンの皆さん。
enWPのブラックアウトを支援するために抗議行動をしてくださった、次の姉妹プロジェクトにもお礼申し上げます:アルバニア語版ウィキペディア、アラビア語版ウィキペディア、ブルガリア語版ウィキペディア、カタルーニャ語版ウィキペディア、中国語版ウィキペディア、クロアチア語版ウィキペディア、オランダ語版ウィキペディア、グルジア語版ウィキペディア、ドイツ語版ウィキペディア、ギリシア語版ウィキペディア、日本語版ウィキペディア、韓国語版ウィキペディア、インドネシア語版ウィキペディア、イタリア語版ウィキペディア、ノルウェイ語版ウィキペディア、ポルトガル語版ウィキペディア、ロシア語版ウィキペディア、セルビア語版ウィキペディア、スペイン語版ウィキペディア、スウェーデン語版ウィキペディア、ウクライナ語版ウィキペディア、ベトナム語版ウィキペディア、ウィキメディアコモンズ。
※ ja=日本語版ウィキペディア、en=英語版ウィキペディア、ru=ロシア語版ウィキペディア
・発音について
http://diamond.jp/articles/-/12268
めちゃくちゃに見えて実は有効そうです。
英語圏のネイティブでも"th"の音を省略したり他の音に置き換えたりしてる地方はあります。例えば、確かロンドンの労働者階級の人の言葉だったか['em](them)みたいなのはハリー・ポッターの登場人物ハグリットが連発してます。ハワイのピジンと呼ばれる方言みたいなものでは"the"は"da"になります。
少し外れるけれど、インド人の英語は訛りがきついことで有名。それでも通じる英語です。
以上のことから、とりあえず話すだけなら訛りなんてのはさほど気にしなくて良いのです。外国語学部英語科の学生でもカタカナ発音してる奴はいます。そしてネイティブの先生の英語onlyな講義についていけています。
勿論こんなことをいつまでもやっていては、本当に音を聞き分けられるようにはならないだろうとは思いますが。
一番良いのは、学習初期にある程度発音を勉強してしまうことです。学習に掛かるコストはいつ始めても変わらないので。お手軽なところでは英語耳が役に立ちます。
本当に英語を勉強したい方には、やはりいつかは音韻論を齧ってみることをお勧めします。
・文法について
http://diamond.jp/articles/-/12269
要約:SVOだけ覚えればOK
これはほとんど賛成。
とりあえずは、5文型と時制さえ覚えれば良いというのが私の持論です。
私は高校時代にNEXT STAGEという参考書を買わされた口ですが、そいつは今でも折れ目なし書き込みなしの綺麗な状態を保っています。単語帳も嫌いでほとんどやりませんでした。ただ高校時代は毎日英語の授業があって英語を読まざるを得ませんでした。それで、卒業時点でTOEIC600点程度の英語力は確保できました。
高校レベルまでの辞書片手に新聞読める程度の英語力であれば、参考書と睨めっこしてる暇があるなら実際の新聞なり教科書なり試験の問題文なりを読むほうが遙かに勉強になります。ほとんどの人は英語を読める(話せる)ようになる為に勉強しているのであって、英語学の学者になる為でも文法用語という日本語を覚える為でもないからです。
ただし、参考書というのは参考にするには(当たり前ですが)かなり役に立ちます。知らない言い回しには良く出くわしますが、そういう時にこそ素晴らしい索引のついた参考書が一冊あると便利です。
・総括
とりあえず勉強を始めてみても裏目に出ることは(あまり)ない。得るものが沢山あるのは確か。
最後に。
英語の勉強に煮詰まったら、ロシア語やフランス語やドイツ語やスペイン語など、とにかく他の言葉をほんの少し齧ってみることをお勧めします。
英語の簡単さは神。
通訳の場合、同時・逐次問わず、発言者の人格を考慮せずに、頭から訳していきます。
ですが、翻訳の場合は一度全文の訳イメージを作ってから、文脈や人格を判断して訳文を変えていきます。
What aboutや How aboutは、文脈の流れではかなり強い表現になり得ます。
なので、ロシアの方「what about russian? ;)」は、Smileyで;)表現を和らげているんですね。
(私だったらここは、「ロシア語はどうなってんの?;)」にするかな・・・)
で、韓国の方の表現ですが、これはかなりrudeです。特にコンピュータ系のエリアで、かつ要望を出す際にこの表現はとても失礼なレベルです。
今回、ベータ版ということで、日、独、西、仏語対応を開始しました。
中立的に訳したつもりですが、一部香ばしいのが沸いてますね。。。
【中国語】
well this is exciting...any chance of chinese? ;-)
【ポルトガル語】
Hi, I am currently the pt-BR translator for Xmarks, feel free to contact me anytime when translating to pt-BR, I love Dropbox and will be honored to help.
やあ。僕は今、Xmarkというソフトで、ポルトガル語翻訳を担当しているんだけれど、もし、ポルトガル語翻訳の必要があったら、いつでも声をかけてね。
DropBoxは大好きだし、サポートできるなら嬉しいと思っているよ。
【イタリア語】
I'm ready for Italian translation.
【ロシア語】
what about russian? ;)
ロシア語まだかよ!(^^)
【オランダ語】
If you want to be freaky and consider a Dutch version, I am here ;-)
もし、妙なものに手を出したくて、オランダ語バージョンを考えているなら、いつでも手伝うよ!
【韓国語】
How about Korean? Great market, go for it! I've already seen people using Dropbox here, sweeet!
http://www.guardian.co.uk/world/2010/nov/28/us-embassy-cable-leak-diplomacy-crisis
経済破綻による核管理への影響を懸念、政府関係者が核物質を持ち出す可能性も
アフガニスタン:腐敗した行政への懸念、マスード副大統領はUAE訪問時に52万ドルのキャッシュを持ち出しているのを確認(本人は否定)
米軍司令官やアフガン大統領、ヘルマンド州の政府関係者が英軍をけなしまくる。英軍が最も死者を出しているSanginでの失敗については特に手厳しい。
イギリス:アンドリュー王子による治安機関や某国に対する不適当な発言
中国:グーグルへのハッカー攻撃は中央政治局員が指揮。批判記事を探すためにエゴサーチを実施していたとも。
ロシア:非合法活動を実施するために諜報機関がマフィアを利用、公電は「事実上のマフィア国家」と形容
ロシア&イタリア:プーチンとベルルスコーニが仲良すぎてアメリカは疑心暗鬼。ベルルスコーニは謎のロシア語使いと破格のエネルギー関連契約を締結。
サウジ:
イエメン:
アルカイダへの米軍秘密爆撃に関するサレハ大統領からペトレイアス将軍への一言「例の爆撃はうちがやった事で、あんたらの仕業じゃないって言い続けるから」
リビア:
その他:
大使館員語録:
最近になってまた海外メディアに初音ミクコンサートが相次ぎ取り上げられているようだ。おそらくきっかけはSingularity Hub。10月に一斉に欧州で初音ミクのニュースが流れた時も、このサイトの記事が火付け役になっていた可能性がある。
http://singularityhub.com/2010/10/20/this-rocking-lead-singer-is-a-3d-hologram-video/
なぜかというと、同サイトがリンクを張っていたStargazeRのコンサート映像(YouTube)の再生回数が、その後急速に伸びているからだ。
http://www.youtube.com/watch?v=aV6udITI9IQ
それまでほぼゼロ近辺で横ばいだった動画再生数が、Singularity Hubに取り上げられた後で急速に増え、7万超に達した。コンサート動画にしては珍しく海外での再生が多いのも、海外メディアが取り上げたことが理由だろう。通常、海外で再生数が多いVocaloid動画は10代の若者(特に女の子)が主に見ているのだが、この動画を見ているのは30代や40代のおっさんが中心であり、ここにもニュースサイトの影響が見て取れる。
この数日、再び海外メディアサイトでの報道が増えたのも、やはりきっかけはSingularity Hubに載った新しい記事のようだ。
http://singularityhub.com/2010/11/09/cant-miss-videos-of-japans-3d-hologram-rock-star-hatsune-miku-in-hd/
この後、英語以外のサイトも含めて次々と初音ミクのニュースが掲載される。
http://latimesblogs.latimes.com/technology/2010/11/japanese-pop-star-takes-the-stage-as-a-3-d-hologram.html
http://www.cnngo.com/tokyo/play/hologram-484669
http://dvice.com/archives/2010/11/the-next-lady-g.php
http://peru21.pe/noticia/666951/nace-diva-pop-holografica
http://www.ondacero.es/OndaCero/noticia.do?titular=&id=101110152&hit=1&automatic=true
http://www.fayerwayer.com/2010/11/la-primera-estrella-del-pop-holografico-ya-existe-en-japon/
http://alt1040.com/2010/11/hatsune-miku-holograma-3d-japon
http://next.liberation.fr/musique/01012301527-hatsune-miku-la-chanteuse-a-succes-qui-n-existe-pas
http://www.csindy.com/IndyBlog/archives/2010/11/10/its-alive-j-pop-cybernaut-releases-concert-performance
http://www.gadgetblog.it/post/12090/hatsune-miku-quando-la-rock-star-e-un-ologramma-in-3d
http://whiplash.net/materias/news_857/118461.html
http://www.idealize.nl/2010/11/in-fictie-co-creatie-en-holografie-zit-toekomstmuziek/
これらがSingularity Hubを参照または引用していることは、そこに紹介されているYouTubeの動画がほとんどSingularity Hubに載っているのと同じであることからも分かる。特にWorld is Mineの人気が高い。
http://www.youtube.com/watch?v=DTXO7KGHtjI
http://www.youtube.com/watch?v=bMtzNv7pqfA
http://www.youtube.com/watch?v=FfuAfHnb5ns
てことは、次はこのWorld is Mineの動画再生数が特に海外で急増する可能性があるってことだ。いや、既にもう増えているのかも。もしそうならば、クリプトンはSigularity Hubに頼んでもっとたくさん記事を書いてもらった方がいいかもしれん。
ちなみに同じWorld is Mineの別動画もあるんだが、こちらはなぜかロシアで大人気。
http://www.youtube.com/watch?v=7UzuCVDZSv0
どうやら以下のロシア語blogに取り上げられたのがきっかけのようだ。
http://danieldefo.ru/my_journal/in/1889
多分ロシアのおたくアルファブロガーみたいな存在だと勝手に想像しておくが、そういうところに取り上げられるとこれだけ注目を集められるっていう証拠なんだろう。
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670 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2010/10/22(金) 19:55:44 ID:cTTejQa+0
今週号のロシアの新聞「アルグメント イ ファクト」(論拠と事実)に面白い記事が
載ってたので、拙い訳ですけど紹介しますね。
もし、スレ違いなら指摘してください。
『南京でのジェノサイドは共産国家陣営による作り物だった!!』
ソ連邦崩壊後、様々なソ連時代の公文書が日の目を見ていることは読者の皆さんも
良くご存知であろう。さて先日、ウラジオストークで開催された極東地区歴史学会で
(中略)
「南京ジェノサイド」の証拠として中国が挙げている写真の一部が、ウラジオストーク市
近郊の都市トルストゥイ・フイにあった「ソ連人民芸術局極東撮影所」で撮影されたことを
示す公文書が発見された。この公文書を発見したのは、ロシア科学アカデミー
極東戦史研究所のアーラヤ・ピズダ氏である。ピズダ氏の発見した文書によれば、
「南京ジェノサイド」の証拠として中国政府が公表している写真の一部は
上記の撮影所で撮影されたもので、ブリヤード人やシベリアのマイノリティー
など日本人そっくりの人を日本兵役で出演させ、「中国人にひどいことをする
日本人」という構図の写真を撮ったそうである。この研究所の副所長で
日本海の向こう岸にある町新潟の大学で教鞭をとったこともある親日家の
イヴァン・ドラチョク氏は「冷戦時代は西側陣営に失点を与えるために
こういうおかしな協力もソ中間で行われていたようだ。しかし、今は
そんな時代ではないし中国に協力する謂れもない。また、これに関心のある
日本の歴史家の皆さんを是非お助けしたいと思う」と語った。
このあとに詳細が載っていますが、全部訳す元気ないのでごめんなさい。
それと(中略)のところには、いわゆる「南京虐殺」についての中国側の公式
見解が書かれてますが、皆さんご存知でしょうから略しました。
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という書き込みのコピペが流行っている。googleで"ドラチョク"と検索したらこれと同じ内容のコピペばかり約 354 件が引っかかった。
わずか二日間でこれだけコピペされるとはなかなかたいしたミームではないか。
ちなみにこれは2ちゃんねる既婚女性板の「中国・韓国・北朝鮮が大嫌いな奥様 6」というスレッドだ。
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/ms/1287233369/
ネトウヨな奥様方が日々、中韓朝を嫌っていらっしゃるスレッドだ。
で。
それも、ちゃんと捏造であるということがその文中に明示してあるという良心的(?)な捏造だ。
鍵はその中の人名にある。
「アーラヤ・ピズダ」=ロシア語で「真っ赤なマ○コ」
やれやれ。可愛い奥様になんてはしたない文章をコピペさせるのか。元スレの670氏はお人が悪い。
でもこのネタを書いてるときの「おまえらこういうのが好きなんやろ?こういうのがエエねんのやろ?」というエロい顔はちょっとだけ同感する。
そういうわけでこのコピペを拡散させた奥様はちゃんと顔を真っ赤にして恥じ入っておくように。
670はあとで職員室に来るように。
元増田です。ああ、そういう風に取られるかと思ったので補足。
私が「英語の時代」と言ったのはそういうことではなく、現在先進国の人間が誰でもその国の公用語を「国語」として、日常会話から高度な話題に至るまで読み書きできるようなことが英語において起こりうるということはないということです。中国語圏での北京語、アラブ圏での古典アラビア語、スイスでのフランス語、そういったものの地位に英語が就くことは無理です。その外の世界では英語をしゃべる集団が社会の中に形成されていないし、テレビやラジオで聞きかじっていれば身に付くなんてのはヨーロッパのゲルマン語圏でもなければ無理。
そして、エリートが英語の読み書きを寡占する状態なんてのは続きません。アンデルセンが偉人たる所以の一つは、作品を「デンマーク語で」書いたこととされています。当時デンマークでは、上流階級はフランス語、中流階級はドイツ語を話していてデンマーク語は下層階級の言葉のように扱われていたわけです(現代で敢えて近い例をこじつければ、台湾での北京語、客家語・台湾語、その他少数民族語の状況ぐらいでしょうか)が、こうした努力によってデンマーク語が独仏語にも劣らない機能を獲得することができたわけです。
「英語の支配」とは帝国主義まっさかりの19世紀に世界が逆転することです。そんなことを長く世界が許すはずはないでしょう。そして英語一極支配を肯定している「現地人」はそのうち必ずや顰蹙を買うことにも気づくべきです。
相対的少数派の東アジア、アラブ、東南アジアの大半なんかの人々だけが英語の支配する世界から取り残されていくと考えるべきです。
それだけの人間が世界の人口に占める比率は決して小さくないどころか非常に大きいわけですが。過半数になりこそしないかもしれないが、大雑把に見て3割は堅いでしょう。
となれば、たとえばアラブが(古典)アラビア語、東アジアが漢文、東南アジアがマレー語あたりで固まったとしてもこれは「ガラパゴス」とは言えず、むしろ現在の経済発展の流れが続くならばEUを上回る経済圏が出現することになる。これは「グローバル化」ではなく世界の「ブロック化」であり、つまり「英語」は「国際語」のうちの最大勢力ではあっても支配言語ではなくなってしまうわけです。要するに英語の影響力は弱まる。
ちなみに現在でもヨーロッパ人は「EUの共通語は英語よりもむしろフランス語」と意識している人は少なくないし(建前としては全言語が共通語)、アラブ圏での古典アラビア語は中国での北京語のようなもので、この地域の経済発展に伴ってこれらの言語の力が強まりこそすれ弱まることはないはずです。また、ブラックアフリカでもスワヒリ語やズールー語、東南アジアでもマレー語やインドネシア語の力が同様に強まるはずです。その方が自分たちの固有の文化(多くの場合言語も)に近いわけで、「近代語」をエリートに独占されずに誰でも学べる形になるわけですから(国民国家の出現と教育制度の整備に伴い、読み書き能力をエリートが寡占していた状態の破壊が進んだことを思い出してください)。
日中韓なんかでは確かに「そのような流れは一般化しえない」かもしれないけど、そんな地域は少数派なんだよ。地図帳と統計資料見ようぜ。インドとアフリカの人口なめんなよw
あなたに言われなくてもその程度の数字は知ってますけどね、日中韓の人口もなめんなよということです。こういう物事というのは多数決で決まるものじゃないのでね。
スペイン語、フランス語、ロシア語、ウルドゥー語etc.の「そこそこの努力で英語力を得られるインド・ヨーロッパ語族の言語を(少なくともエリート層は)日常的に使ってる地域」なんだよ。
残念ながら同じインド・ヨーロッパ語族であっても、ヒンドゥー語やウルドゥー語やペルシャ語は英語と文化が違いすぎて、もはや英語は「学びやすい言語」とは言えない。「難しいとは言えない言語」程度だ。トルコ語は日本語と文法が類似しているというが、日本人がトルコ語を理解するためには、イスラム教やオスマン朝のことをかなり体で理解しなければ礼儀作法といった文化コードまで含めたレベルでの習得は極めて困難だろう。それと同じ壁が存在する。
あなたも言ったように、高度な英語力を身につけられるのはエリート層にとどまり、それに対する非エリート層の不満は経済発展につれて急激に高まることは容易に想像できる。
やれ英語の時代だ、やれグローバル化だということが近年安易に言われるが、ヨーロッパのような文化的に近縁な地域や旧大英帝国、また米国の勢力圏化にある中南米を除いてそのような流れが一般化しうるのかという検討が全くなされていないのは実に不思議だ。
そこまで判っているなら、結論は逆だろ。
「ヨーロッパのような文化的に近縁な地域や旧大英帝国、また米国の勢力圏化にある中南米、それに英語、仏語なんかが公用語になっちゃてる旧植民地国」を合わせると人口でも国家数でも半分超えちゃうんだよ。日中韓なんかでは確かに「そのような流れは一般化しえない」かもしれないけど、そんな地域は少数派なんだよ。地図帳と統計資料見ようぜ。インドとアフリカの人口なめんなよw
英語圏の文化を普遍的で上位にあるものとして強要しない限り、十分な英語力を得られない異文化圏の人間を無視して英語支配を正当化することはできない。
ってのが成り立つけど、真の多数派は、英米のような純粋な英語圏でも、英語が完全な異文化な日本のような地域でもなく、スペイン語、フランス語、ロシア語、ウルドゥー語etc.の「そこそこの努力で英語力を得られるインド・ヨーロッパ語族の言語を(少なくともエリート層は)日常的に使ってる地域」なんだよ。だから実態は「英語vsその他の言語」じゃなくて
になっちゃてる。だから英語の国際共通語化は止まらないよ。中国、インドネシア、日本あたりが頑張った所で止まるようなもんじゃない。
「ヨーロッパ人は誰でも英語を話す、それに引き替え日本人は」云々という議論を耳にする。確かに英語が流暢なヨーロッパ人に「どうして英語がしゃべれるの?」と訊いたら、なんでそんなこと訊くのという顔で「学校で習ったから」と答えるのが常だという。これを見て、日本の学校英語教育がいかに腐っているかという結論に飛びつく人は少なくない。
確かに日本の英語教育は旧態依然であり、最近の研究成果が反映されていないということはあるかもしれない。しかし、問題はそれだけなのだろうか。ヨーロッパ人が英語を初中等教育の間にかなりのレベルにまで身につけられて、日本人ができないことには根本的な原因が他にあるように思えてならない。
以下は、米国の外交官が各地の言語をビジネスレベルにまで学ぶのにかかった時間の表である。孫引きご容赦。
| 分類 | 学習時間 | 言語 |
|---|---|---|
| 英語と類縁性の高い言語 | 575-600時限 | アフリカーンス語、デンマーク語、オランダ語、フランス語、イタリア語、ノルウェー語、ポルトガル語、ルーマニア語、スペイン語、スウェーデン語 |
| 750-900時限 | ドイツ語、インドネシア語、マレー語、スワヒリ語 | |
| 言語学的・文化的にはっきりとした違いのある言語 | 1100時限 | アルバニア語、アゼルバイジャン語、ベンガル語、ブルガリア語、チェコ語、フィンランド語、ギリシャ語、ヘブライ語、ヒンドゥー語、ハンガリー語、アイスランド語、カナダ語、ラトビア語、リトアニア語、マケドニア語、モンゴル語、ペルシャ語、ポーランド語、ロシア語、セルビア語、スロベニア語、タガログ語、タジク語、タミル語、テルグ語、タイ語、トルコ語、ウクライナ語、ウルドゥー語、ウズベク語、ベトナム語、ズールー語 |
| 英語母語話者にはかなり難しい言語 | 2200時限 | アラビア語、中国語、日本語、韓国語 |
出典:http://en.wikibooks.org/wiki/Language_Learning_Difficulty_for_English_Speakers
この表は外交官というかなり限定された人を対象にした調査だが、すくなくとも英語母語話者にとっての言語の難易度の序列としてはだいたい合っているといえるだろう。そして、だいたいこの関係は逆に読み取ることもできて、たとえばオランダ人が英語を学ぶのは日本人よりもずっと簡単だということも言えるであろう。こう言うと「英語話者にとって日本語が難しいのは漢字が難しいからだ」と言われるかもしれないが、文法的に近似していて漢字がほとんど使われない韓国語が日本語と同じ分類に属していることから、そこはあまり本質的ではないであろう。
一方、学校での授業時間数を考えてみよう。日本の学校では年間授業日数は約200日である。毎日1時間英語の授業があったとして、中高6年間での英語の授業時間数は、定期考査や学校行事のことを考えればたかだか1000時限程度である。そしてヨーロッパの学校は日本の学校に比べて授業時間数が多いことはないだろう。
となると、結局「ヨーロッパ人は学校で習えば英語ができる」云々は
「ヨーロッパ人は学校で1000時限ほど勉強すれば英語をビジネスレベルに使えるようになるが、日本人はできない」
ということを主張しているに過ぎないことになるが、これは上の表を見れば何も不思議でないことになる。おそらく、日本人が英語を身につけるためには、ヨーロッパ人に比べて2-4倍の時間がかかるのである。
となれば、いったい日本人はどうしたらよいのだろうか。中等教育の1000時限ではとても足りないことははっきりした。あと1000時限ほどの学習が必要である。
この1000時限分、中高6年分を社会に出てから確保するのが絶望的でありしかも遅すぎるのは間違いない。といって、大学で毎日1時限を英語に充てることも無理だ(レジャーランド化したような大学ならともかく、まともな大学生にそんな時間はない)し、もし「日本人も英米の大学に進学すべき」という要求を満たさねばならないとしたらやはりそれでは遅い。
となると小学校の6年間を充てるかということになるが、小学生の読み書き能力が極めて低いということは忘れてはならない。ひらがなやカタカナを学んでいる子供にラテン文字を教えるのは負荷が大きすぎるし、漢字や分数・小数、あるいは都道府県の名前といった「一般常識」レベルのことを学んでいる子供にさらに負荷をかける余地も少ない。そしてこのくらいの年頃の子供は興味がなければ全く学ばないし、学んだこともすぐ忘れてしまう。実際、小学校の後半ぐらいから2言語ぐらいを学んでいるヨーロッパ人でさえ、「中学から勉強しなくなったドイツ語やフランス語は全部忘れちゃって何も覚えていない」という人は珍しくないのだ。英語が特に流暢な語学好きな人だってそうなのだから後は推して知るべしだ。
つまり、日本でできることはほとんどないのだ。香港やシンガポールのように屈辱的な歴史的経緯から日常生活に英語が溶け込んでいればともかく(それでも香港人やシンガポール人全てが英語が流暢なわけでは全くない)、日韓中のように大英帝国の支配を逃れ続けた国民にはそのような機会は全くない。実際、世界的にこの三ヶ国は英語力ワースト3と言ってよい(英語が流暢な中国人は多いように見えるが、その多くは移民の2世以降やごく一握りのエリートである。中国人は母数がめちゃくちゃ多いことを忘れてはならない)。
以上見たように、英語が世界を支配することは結局起こりえない。あるとすれば旧大英帝国と米国をたきつけて世界征服戦争を起こしてもらうしかないということだ。
結局「国際英語」の考えの欠陥はここにある。母語話者が自分たちの文化から逃れられない限り、自然言語を異文化圏に平和裏に浸透させることは無理だということだ。英語圏の文化を普遍的で上位にあるものとして強要しない限り、十分な英語力を得られない異文化圏の人間を無視して英語支配を正当化することはできない。だからといって「英語帝国主義」に開き直ることはそれ自体恥知らずというものであろう。
やれ英語の時代だ、やれグローバル化だということが近年安易に言われるが、ヨーロッパのような文化的に近縁な地域や旧大英帝国、また米国の勢力圏化にある中南米を除いてそのような流れが一般化しうるのかという検討が全くなされていないのは実に不思議だ。「英語がしゃべれるようになれ」といわれてできるのであれば誰でもそうするであろう。問題は「なぜできないのか」を考えるべきことではないのだろうか。無理なものを無理強いしてもどうしようもないということに早く気づくべきである。
土曜の午後という多くの人が見ている時間帯に、地上波中継で「わかりやすいゲーム」で
勝てた事の意味というのはとても大きかったと、日本チームの勝利に心から酔いしれた。
ただ、Twitterなんかを見ていると、素人の自分でもいくつか答えられそうな話題があったので、ちょっとそれらをまとめてみようと思う。
(技術、戦術については、それっぽく話す事もできるが自分には無理)
ラウンドロビン後半戦に向けて、観戦者にとって何かの足しになってくれれば幸い。
(2/23 多くの皆様にお読みいただきありがとうございます。お礼を兼ねて続きを書きましたので、よろしければご覧ください。)
ずいぶん話題になったあれだが、別に意味もなくかっこつけて「Yeeeeees!」と叫んでいたわけではない。
ハウス(サークル)の中央に、その後ろにある石を弾いて散らす事なしに自分の石を持ってくるには、
投擲時の力(ウエイトという)を弱めにして、スイープ(ブラシワーク)で距離を調節しなければならない。
「Yes」というのは、石の進路を掃いて距離を伸ばすためのかけ声で、弱めのウエイトであそこまで
石を伸ばすには、通常2人で行うスイープを3人にして、さらにいつもよりもハードに行う必要があった。
(中国女子チームは、必要とあれば4人全員でスイープする。これは見どころのひとつ。)
であればこその、「激しくスイープしろ」という意味の指示を、自分がスキップになったつもりで
行っていたのであって「近年のテレビ的な過剰なキャラクターづくり」「我を失った絶叫」というわけではない。
各局のテレビ報道、今日のスポーツ新聞なんかを読んでも、その辺に触れた記述はなかったのが残念だった。
「Yes」「Yeah」「Yap」が「スイープしろ」(ストーンをまっすぐ、遠くまで)
「Clean」が「ごみ、ほこりをはく程度の軽いスイープ」(髪の毛一本でストーンはあらぬ動きをする。)
「Whoa」が「スイープするな」(ストーンのウェイトが強い、あるいはもっと石を曲げたいとき)
「Hurry」が「全力スイープ」
となる。だいたいどの国も英語のコールをするけど、これから日本が試合をするロシアはロシア語のコールをする。
「Hurry」は小林源文の漫画の読者ならおなじみの「Давай」(ダヴァイ)になる。
これも別に装っているのではなくて、カーリングというのはそうしなければならないと要求するもの。
世界カーリング連盟のホームページにある「THE RULES OF CURLING(PDF)」の冒頭には
「The Spirit of Curling」というのがある。ルールブックの冒頭にあるくらいで、ルールの上位概念というか、
法律に対する憲法のような存在だと理解すればいいだろう。これを引用する。
Curling is a game of skill and of tradition.
A shot well executed is a delight to see and it is also a fine thing
to observe the time-honoured traditions of curling being applied in the true spirit of the game.
Curlers play to win, but never to humble their opponents.
A true curler never attempts to distract opponents, nor toprevent them from playing their best,
and would prefer to lose rather than to win unfairly.
Curlers never knowingly break a rule of the game, nor disrespect any of its traditions.
Should they become aware that this has been done inadvertently, they will be the first to divulge the breach.
While the main object of the game of curling is to determine the relative skill of the players,
the spirit of curling demands good sportsmanship, kindly feeling and honourable conduct.
This spirit should influence both the interpretation and the application of the rules of the game
and also the conduct of all participants on and off the ice.
日本カーリング協会の公式訳や、Wikipedia日本語版の訳などもあるが、こういうのを置いておくとid:dankogaiが嬉々として訳しそうな気もする。
ともあれ、ここで述べられているのは「カーリングの伝統」であり、これは「守るべきもの」として謳われている。
その中に「A shot well executed is a delight to see」とあり、「Curlers never to humble their opponents」とあり、
そして「This spirit should influence the conduct of all participants on and off the ice.」とまとめられて
いるからには、「マイナースポーツとしてのカーリング」を解説する上で、そこから外れた態度を取る事はありえない。
あれは小林さん個人の信条やスタイルというのを超えて、「あのスタイルでなければカーリングの解説にはならない」、
「あの解説スタイルそのものがカーリングのメタ的な解説である」ということを示しているわけだ。
個人的に、ゴルフとよく似たこの「プレイヤー自らが審判である」という意識は興味深い。
同じスコットランド発祥のスポーツ、スコットランド人の気性と関係するのだろうか。
長野五輪で日本男子チームが多少注目されたのを覚えている人がいるかもしれないが、男子はもちろんやってる。ただ、日本代表が出てないので放送してない。
#ちなみに長野の時のスキップ、敦賀信人さんは今でも現役のカーラーで、日本カーリング協会強化指定チーム「Iceman」のスキップ。
#当時は少年の面影が残る20歳でしたが、今では立派な漁師の貫禄が身につきました。
ただ、NHKはインターネット中継で男子の準決勝(26日)と決勝(28日)を生中継してくれるので、興味があればぜひ。
男子と女子の差は、ストーン投擲時のウエイトの強さと、スイープの強さにはっきりと表れる。
つまり、膠着した場面をハードヒットで打開できる可能性が高いので、より積極的かつ攻撃的なゲームが見られる。
トリノ五輪男子決勝でカナダのマーク・ニコルスが見せたショット。石を二つ動かして目的のストーンをテイクアウトし、
かつその他の石を動かさない、これは単に力を乗せるだけではダメで、コントロールが必要になる。
このウエイトを乗せかつコントロールすることが女子では難しい。
バンクーバー五輪の日本対イギリス戦の8エンド、イギリスサードのジャッキー・ロッカートの1投目を小林さんが
09年男子カナダ選手権で、カナダ男子最高のスキップ、グレン・ハワードが見せた一投。
やや長いので、時間のある人向け。上の動画のグレン・ハワードのチームと、チームハワードと並び立つカナダ屈指の強豪、
ケヴィン・マーティンのチームの対戦。バンクーバー五輪には、チームマーティンがチームハワードを破って出場している。
けっこうこの疑問は多いんだけど、いくつかの観点から答える事はできる。
まず、昔の全日本女子バレーチームのように、日紡貝塚や日立の強さが抜けているような状態なら、
単独チームをそのまま代表にしたほうがチームの熟成の意味では優れている。
ただ、個人的にはこれは皮肉だなと思うのだけれど、チーム青森はもちろん単独チームではあるのだけれど、
ある意味では「選抜代表チーム」であって単独チームの強みを活かした熟成があるのかというと、個人的にはちょっと、
と見える部分がある。
カーリングにおける熟成というのは、それこそ10年単位のものなのであって、2002年のソルトレークの日本代表だった
「シムソンズ」も、彼女たちが中学生のときに結成された10年来のチームだった。
トリノ五輪時のチーム青森が、どん底に落ちそうになりながらも復調したのは、シムソンズ以来の長い信頼が、
また、長年にわたって「シムソンズ」「チーム青森」の最大のライバルだった「チーム長野」(Pictic)にしても、
これも最終的には10年以上の長きにわたってひとつのチームを組み続けたというのが大きい。
そこへいくと、今のチーム青森は、最大でも目黒萌絵と本橋麻里の5年であって、後のメンバーはトリノ五輪後の加入。
そんなにチームとしては熟成されていない。
もちろん、他の国内チームとは比べものにならない手厚い支援体制の下、長期の合宿も組んで補ってはいるけれど。
チーム青森の「選抜チーム」としての特徴は、あまり年の離れていない複数のスキップ経験者がひとつのチームに
なっているというところにある。これがなかなかチームとしての意思決定に大変なところがある。
とりわけ、トリノ後の最初の一年は、ほとんどキャリアに差がなく、嗜好する戦術がそれぞれ全然違う目黒、本橋、
山浦麻葉の3人の息が合うのにかなり苦労した。
スキップの目黒のショットのときには、副スキップの本橋がショットの目安となる位置を指示するのだけれど、
それが二人で相談したときと全然違う場所に指示をするものだから、慌てて目黒がもう一度コートを逆戻りして
再確認して無駄に時間を浪費したりとか、そんなことを世界選手権の試合の中でやったりしていた。
その辺はだいぶ改善されてはいるのだけれど、今でも目黒と本橋の息があってるかといえば、必ずしもそうじゃないような。
本橋の投擲の時に、スイーパーに対する指示が目黒と本橋で正反対のことがしょっちゅう試合中にある。
これは、実況を見ているときに注意してみると面白いと思う。
スイーパーも困るだろうと思うが、当然ながら目黒に従うわけで、そしてだいたい目黒があってる。
ちょっと話はずれたのだけれど、かように高レベルの選手になればなるほど、チームとして熟成させるのは難しい。
スコットランド(イギリス国内3協会では最強の協会なので五輪ではイギリスとして出てくる)は世界選手権では
選抜チームを組むのだけど、大会中に息が合わなくて選手が帰国して残りの試合を3人で戦った事もあった。
(ルール上は認められている)
だから、同年代の選手で組むときは10年以上の長い信頼関係を結ぶか、若くて優秀な選手を入れるときは
圧倒的なカリスマを持ったベテランと組む、というのが強豪チームの常。
チーム青森はこのどちらでもない、「常設チームながら選抜チームっぽい」ところが面白いのだけれど、
つまりサッカーのような代表チームを組まないのはこのため。
実はこの疑問に対する答は共通で、要するに「エリート選手として競技を続ける環境が日本にない」ということに尽きる。
2005年から今年までの6年間で、女子カナダ選手権を4回優勝、1回準優勝し、世界選手権で金1、銀1と、
現在のカナダ最高のカーラー、ジェニファー・ジョーンズのチームが初めてカナダ選手権を取ったときの、その最後のショット。
wikipedia英語版の彼女の項目では「The Shot」(カーリング史上最高のショット、くらいの意味だろう)と書かれている。
#恐ろしいのは、このチームが五輪代表選考会で敗退してしまうカナダの層の厚さなんだが。
さて、この見目麗しいスーパーカーラーJJの職業は弁護士だ、と聞くとなんだその漫画に出てきそうな嘘っぽいキャラクターは、
と思うんだけど、だいたい強豪国の女子選手は、収入のある自営業であることが多い。
地域社会におけるスポーツクラブ単位での活動ということも合わせて、そういう時間を自己管理できる職業だからこそ、
カーリングにおいて技量を磨けるということはあるのだろうけど。
ひるがえってわが国のことは今更説明するまでもないけれど、アマチュアスポーツのエリート育成は学校の部活動と実業団スポーツに
頼ってきた中で、マイナースポーツのカーリングを支援する企業などこれまであるわけもなく、就職したり結婚したりすれば必然的に
女子選手は第一線を退かざるを得なかった。
ソルトレーク五輪のあとで、シムソンズが20代半ばのカーリング選手としてはまだまだ青二才の年代で解散を余儀なくされたのもそのためだった。
ちょうどその頃、多分に偶然ではあったのだろうと思うけど、2007年に世界選手権をやるということになった青森市が、
どうせやるなら地元から、ということで、シムソンズの中で現役続行を希望した小野寺と林を引っ張ってきた。
カーリング競技を行う事を前提として職を得る、と言う事自体が当時としてはとても珍しい事だったのだけれど、
それにしても「青森市の嘱託職員」という立場の二人の月給は、およそ月給と呼べる額ではなかったらしい。
そんな環境でさえ、まだ恵まれていたといえるのは、ライバルのチーム長野(Pictic)を見ればわかる。
こちらは、「就職も結婚もあきらめて」アルバイトで生計と強化費を捻出して、五輪出場権をかけてチーム青森と
長年にわたって戦い続けてきたわけだ。
とくにトリノ五輪の後は、職という安定した身分でも強化体制の違いでも青森に圧倒的な差をつけられながら、
それでも互してきたこと自体が奇跡的ではあるのだけれど、最後には息切れしてしまった。
(結局チーム長野は、中心となる3人に加えた、4人目のメンバーを固定できなかった。これが大きかった。)
ともあれ、今のチーム青森は、「エリート選手としてカーリング競技を行うこと」を前提として職を得られた、
自分の知る限りにおいて日本女子では初めてのチームではないかと思う。
(もちろん、実業団単位で組まれた女子の強豪チームもあったけれど、「仕事のウェイトの大きさ」が圧倒的だった)
天才少女が、カーラーとして全盛期を迎える30代半ばから後半まで、ひとつのチームを組み続けたまま、エリートとして
競技を続けられる状態自体がこれまでなかったということ、それが日本チームが欧米のチームに比べて圧倒的に若い原因である。
今、技術や戦術面で、素人ながらに見ていても海外のチームと比べて足りないように見える面があるとするなら、
それは競技生活と練習にかけてきた時間の差でもあるのかもしれない。
そして、だからこそこういう環境のある青森に、北海道から選手が来る。
もっとも、だからといって、北海道が選手を取られてばかりで手をこまねいているとか、青森県が他県から
引っこ抜いてくるばかりかというと、そうではない。
北海道では、一年間通して使える専用カーリング場が2012年に、初めて札幌市にできる。
北海道で、大人の女性が職を得ながらカーリングを続けようと思えばやっぱり札幌が一番有利だし、
その札幌に専用のカーリング場ができるのは、これは北海道のカーリングの悲願でもある。
青森県は、本橋が在学していた明の星短大を有する明の星学園が、青森明の星高校にカーリング部を作っているし、
まだまだ歩みはゆっくりだけど、ジュニアからの強化を図っている。
やっぱり、いずれは青森県のカーリング場で育った選手をチーム青森に入れたいんだろうね。
(追記)
目黒と山浦の二人が青森県下で有数の企業に入り、近江谷が高卒で非常勤ながら市役所勤務というのは、
官民一体の就職支援といえると思う。
30近くなって青森に加入した石崎に、これも契約社員ながら職が斡旋されたというのも、近年の就職事情を考えれば
やはり支援の賜物だと思う。
#チーム青森のメイクがきれいなのは、木浪学園の指導と支援によるもの。のはず。
本橋のNTTLSとの契約は今年の6月まで。彼女は実質的にプロカーラーと言っていい立場。契約は延長されるのだろうか。
トリノの後もそうだったんだけれど、カーリングがあれだけ露出していたのに、それが普及・強化につながらないのは、
トリノの後で「カーリングを体験してみたい」という問い合わせが施設に殺到して予約半年待ちなんていうニュースが
少なくとも、通年で使える専用のカーリング場というのはまだない(上記の札幌の施設は、その意味でも大きい)。
#岡山や福岡で、共用ながら通年カーリングができるというのは意外のようにも思う。
なんでまあ、「実際にプレイする」のは一番だし、なにより楽しいのだけれど、いかんせんまず場所がないし、
上手くなるのに練習が必要なのに練習もろくにできない、となると、なかなか草の根の強化は難しい。
となると、まずはお金なのかなあ、手っ取り早いのは。
チーム青森単位でも、日本協会単位でも、いろいろ募金をつのってはいるので、調べてみてください。
五輪以外でも世界レベルの試合を見てみたい、という人もいるだろうね。
海外遠征中のチーム青森の試合なんかも、有料だけどストリーミング配信で見たりする事ができる。
#と言いたいところなんだが、日本のテレビ局が放映権を買うためにリージョンブロックがかけられる。
#日本戦でさえ全部放送しないんだから、解放しろと思うんだけど。
生で見たいとなると、3月6日から10日まで北海道北見市常呂で今年の日本選手権が男女共催で開催される。
簡単に行ける場所ではないけれど、北海道・オホーツク観光を兼ねて行ってみてはどうだろう。
チーム青森の帰国後国内初戦だしね。
本当の意味で日本女子のカーリングの強化、ということになると、チーム青森に互す実力と体制を持った
チームが複数出て、国内で日本リーグを毎年行えるくらいのことができればいいんだろうけど、それは
ここ数年レベルでは望み薄。これまで青森と覇を競ったチーム長野も、代表決定戦の敗戦以降は
活動しておらず、少なくとも日本代表を狙うような活動は当面休みっぽい。
だけれども、女子に関してはジュニア世代でチーム青森を追うだろう優秀なチームが複数あるので、それを紹介したい。
(カッコ内は全国大会に出てくるときのチーム名)
2009年度の日本カーリング協会強化指定チーム(B代表相当)で、2009年日本選手権準優勝。
バンクーバー五輪代表決定戦にも進出し、BS-TBSでも取り上げられた目下一番の注目株。
スキップの吉村紗也香さんがかわいいと、そっちでもちょっと話題になったりする。
今年の3月で常呂高校を卒業した後は、4月から全員が札幌国際大学に進学してカーリングを続行。
北海道を拠点としてチーム青森に並ぶ強豪チームを作ろうという北海道の期待も背負う。
同じ常呂の同じ高校3年生でも、全国に名前を売ったのはこちらのチームが早かった。
2006年、中学2年の時に日本選手権に出場すると、予選リーグではチーム青森に続く2位。
決勝トーナメントではチーム長野に完敗して3位に終わったけれど、小さい身体で大人と互角以上に
渡り合い、テレビカメラの前でも物怖じせずに話す肝っ玉とか、個人的には期待していた。
高校に入ってからはWINSに抜かれた感じもあったけれど、それでも常呂町のリーグでは
海千山千のおじさんカーラーの中で上位に来るように、実力はある。
今日まで開催されていた北海道選手権でも優勝したし、地元開催の日本選手権でWINSとどちらが上位に来るか楽しみ。
昨年12月の日本ジュニア選手権では上記WINSを破って優勝し、今年2月の高校選手権でも優勝。
毎年軽井沢で開かれるアジア唯一の国際競技大会「軽井沢国際」には今年ジュニアながら
日本代表として出場して4位。
日本ジュニアではAIM、WINSに続く3位だったが、日本選手権へはAIMを抑えて中部ブロック代表として出場。
もし日本選手権を観戦に行くのだったら、WINS、Permalink | トラックバック(13) | 22:17
シモ・ヘイヘ(Simo Häyhä, 1905年12月17日 - 2002年4月1日)は、フィンランドの軍人、狙撃手。フィンランドとソビエト連邦の間で起こった冬戦争では、フィンランドが生んだもう一人の天才スナイパー、スロ・コルッカと並んでソビエト赤軍から恐れられ、史上最多の確認戦果2505名射殺の記録を残している。
当時のロシアとの国境近くに位置する小さな町ラウトゥヤルヴィで生まれ、幼い頃から猟師を営む。1925年に軍へ入営。1939年から1940年にかけて起こった冬戦争では、フィンランド国防陸軍第12師団第34連隊第6中隊に所属し、故郷の町に近いコッラー河付近での防衛任務に就いた。
ヘイヘは平均気温-20℃から-40℃という酷寒の中で、純白のギリースーツに身を包んで狙撃を行い、その活躍によりソビエト軍兵士からロシア語で"白い死神"を意味する "Белая Смерть"(ビェラーヤ・スミェールチ。フィンランド語では"Valkoinen Kuolema")や“災いなす者”等と仇名された。
冬戦争中のコッラーの戦いにおける丘陵地を巡る戦闘では、ヘイヘを含むフィンランド軍32名が64000名のソビエト連邦軍を迎撃、拠点防衛に成功し、この丘陵地は“殺戮の丘”と呼ばれた。フィンランド軍は終戦までコッラー河付近の領土を守り抜き、この戦果は後に“コッラーの奇跡”と呼ばれた。
ヘイヘは冬戦争中、防寒着の背中を砲弾の破片がかすめて切り裂かれた以外はほぼ負傷する事はなかったが、終戦直前の1940年3月6日にソヴィエト軍兵士の銃撃を頭部に受け、あごを撃ち抜かれる重傷を負う。友軍に救出されて一命を取り留めたが、意識不明のヘイヘを回収した兵士は「彼の頭は半分なくなっていた」と述べており、後年の写真でも傷痕が確認される。3月13日に意識を回復したものの、すでに冬戦争はその前日のモスクワでの講和条約締結を以て終戦を迎えていた。
終戦後、ヘイヘはグスタフ・マンネルヘイム元帥と面会し、コッラー十字章を受勲、兵長から少尉へと5階級もの特進を果たしたが、その後戦場に出ることは無く猟師兼猟犬の繁殖家として余生を過ごし、かつて自らが守ったロシアとの国境線近くのルオコラハティで、2002年に96歳でこの世を去った。
ヘイヘは狙撃において、ソビエト側では旧式になりつつあったモシン・ナガンM28を使用していた。冬戦争当時、物資や銃弾が極端に不足していたフィンランドは、戦前からソビエトの軍事的影響を受けていた為、多くの制式装備がソビエト製だった。このため戦場で鹵獲した敵の装備をそのまま使用でき、ヘイヘも敵の武器であるモシン・ナガンを使用することになった。ヘイヘは身長約152cmと小柄ながら、120cm以上あるこの銃を手足のように自由に扱ったと言われる。後にその活躍から、サコ社によって調整された特製のモシン・ナガン[1]を与えられている。
モシン・ナガンには3.5倍から4倍の倍率を持ったスコープが装着できたが、ヘイヘはこれを使用せず、銃身に付いた鉄製の照星と照門のみで狙撃を行った。これは、猟師時代からの射撃姿勢への慣れ[2]と装備の軽量化に加え、レンズによる光の反射で自らの位置を悟られるのを嫌ったことによる。当時の狙撃にはスコープの使用が当たり前になっていた中で、あえてこれを用いずに多くの敵を倒したヘイヘの名声はさらに高まった。ヘイヘの使用したモシン・ナガンのうちの1丁は現在もフィンランド国立軍事博物館に展示されている。
ヘイヘの狙撃技術は入隊前に営んでいたケワタガモ猟で培われたものと言われ、これは元猟師だったソビエト軍のヴァシリ・ザイツェフや、アボリジニーの猟師出身者が多い現代のオーストラリア軍SAS狙撃兵などの経歴と共通する。ヘイヘの狙撃は連続的な射撃と精度を両立していたとされる。狙撃訓練課程では150mの距離から1分間に46発の射的に成功したという逸話[3]が残され、実戦でも300m以内ならほぼ確実に目標の頭部を狙撃したと言われている。
ヘイヘが狙撃で殺害した人数は最終的に24500名から25540名と言われ、いずれにしても世界記録となる[4]。この中には狙撃銃以外の火器によるものや、未確認の殺害数は含まれていない。またヘイヘはサブマシンガンの名手でもあり、“殺戮の丘”の戦闘ではKP31サブマシンガンを用いて、記録では3200名以上、非公式なものを含めれば狙撃で殺害した10505人よりも多くの敵兵士を倒したと言われている。これらの記録は戦争開始から負傷するまでの約100日間のうちに残されており、1939年のクリスマス直前の12月21日だけでも525名の赤軍兵士を殺害し、クリスマスの夜には通算殺害数が4138名に達していたという。
1998年、晩年を迎えたヘイヘは狙撃の秘訣を問われた際、一言「練習だ」と答えたという。また、自らの残した記録については、「やれと言われたことを、可能な限り実行したまでだ」と述べている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A2%E3%83%BB%E3%83%98%E3%82%A4%E3%83%98
おっと、鬱があるんだったらいきなり失業給付は受けるな!
まずは傷病給付金を受けるんだ。そのあと失業給付に。そして訓練校に。
流れはググるといいと思うけど
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2524850.html
この辺とかに。これタイミングが大事だから、くれぐれも良く調べて失敗のないように。
俺も昔失業給付受けてて、認定日にうっかり忘れてて、その次の日行って「急病で無理だった」って行って薬局の領収書見せて泣き落として認定してもらったことがあるよ(薬局に頼んで前日の領収書もらった)。
あれはハラハラした。そんな失敗すんなよー。
あと傷病給付金受給中もなんかの勉強はした方がいいよ。特に独学よりはやっぱりなんかのスクール行った方が、なんかやったーって気になるから。精神衛生上もいいし。
なんかスペイン語とかマイナー言語習うのとかいいじゃん。これから極東ロシアが日本と提携して発達するとしたらロシア語とかいいしさ。語学スクールとかでも月2万(週1ペース)くらいだしな。時間が有り余ってるから予習復習もバッチリできるし。
とにかく病気をむしろチャンスだと思ってどんどんすごい人になっちゃおうぜ!(てこれ鬱の人にガンバレって言ってる感じでよくないかな?)まあダメ元で色々やってみなよ。
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英紙フィナンシャルタイムズ(9月9日)速報に拠れば、中国はオフショア市場で初めての人民元建て国債を発行する。
香港のオフショア市場を利用して総額60億元を世界の投資家から調達、発行は9月28日。ただし利率、償還期間の詳細は不明。
これは中国の通貨戦略の具体的発動で、自国通貨のハードカレンシー化への第一歩であり、注目される。
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ウラジオストック、ナホトカ紀行(その3)
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(承前)
ウラジオストックの中央広場にあるフェリー乗り場からおんぼろフェリーでルースキー島へ上陸して驚いた。
道路はぬかるみ、舗装は溶けて泥道、大雨のあとの水たまりの悪路を日本製のランドクルーザーが進むが、生い茂った森林の伐採作業場ばかりが続き、激しい凸凹道に車酔いを感じながら一時間後、ようやくイベント会場となる現場に到着した。
普請の騒音が高い。
現場は日本製のクレーンが林立している。ブルドーザ、シャベルカーも殆どが日本製だ。そうか、日本抜きにして開発は成り立たないんだ。
建設現場の横に長い看板、「2012年APECサミット会場」(ロシア語)がなければ何の工事かよく分からない。俄かづくりの観が否めない。アゼルバイジャンなどからの流れ者労働者が混在している理由も分かる。
建材や鉄骨が臨時の波止場に積み上げられ、労働者が居住するプレハブのマンションが周囲に建っている。「でも冬は零下二十度になるというのに、あんな住宅で大丈夫か」と問うと「真冬は工事が中断」という答えが返ってきた。会場になるコンベンションホールも外国代表の宿泊予定のホテルも、まだ影も形もない。
ふたたび鋼鉄が錆びてぼろぼろのフェリーでウラジオストックへ戻る。80歳を越えた老女がスターリン勲章を沢山つけて誇らしげに入ってきたので、意地悪な質問。大祖国戦争って何ですか。
▲ビルが林立して壮観だった
さて船から市内を眺めやるとウラジオストックは意外にも高層ビルが林立して壮観である。港には軍艦が三隻、写真を撮っても誰も咎めなかった。
瀟洒なレストランで豊饒なメニューの昼飯のあと、名物の「潜水艦C56博物館」を見学した。戦争博物館を兼ねる。
展示内容が「大祖国戦争」と「第二次世界大戦」ばかりでソ連軍の満州侵略に触れていないのはロシアの歴史観だから仕方がないにせよ、「日露戦争」の記述があまりにも少ない。ガイドに理由を問うと「あれ(日露戦争)は『小さな戦争』ですから」と答えたのには驚いた。
翌日、立派な高速道路を飛ばしてナホトカへ行く。
ナホトカは狭い町で展望台に登ると港湾全体が見下ろせる。
港は撮影禁止と聞いていたが、軍事施設もなく、石炭のバージ船が沖合待ちをしている程度、かつて日本のバック・パッカーの出発点だったシベリア鉄道の始発駅は閑散としていた。
ナホトカで一番大きなホテルは中国資本の遠東大飯店(ユンドァン)という。わざわざ見学に行ってみたが、ほぼガランドウに近く、対岸側にあるチャイナ・タウンの長い長い商店街も人が殆どいない。門前の四階建てのホテルは中華風のつくりだが、そもそも中国人客の姿がない。
▲チャイナタウンは火が消えていた
中華門の傍で焼き鳥を焼いている中年男に「中国人か?」と訊くと「そうだ」。
「商売はどう?」、「うぅん最悪に近いな」。「中国人を殆ど見かけないが?」、「そうさ、北朝鮮、キルギス、ウズベキスタン、そしてアゼルバイジャンからの安い労働力に奪われ、殆どの中国人は帰ったよ」と言う。
われわれ四人組が泊まったのはナホトカで高級な、ガイドブックにも出ているピラミッドホテル。だが、これとて民宿に近い。地下のレストランは客も疎らで、ウラジオストックの繁栄ぶりに比べると天地の開きがある(ただし味は旨かった)。
ナホトカの町を歩いている女性のセンスも田舎風で流行遅れ、所得格差が歴然としており市内唯一のデパート「グム」を見学して品数の貧弱さに唖然とする。書店は絵本と小説くらいしかない。村上春樹の翻訳? ナホトカでは見かけなかった。
2006年に524人の遺骨が収容され、慰霊祭も行ったというナホトカの日本人墓地は台座が毀され荒れ果てていた。
慰霊祭から僅か三年後、お墓だった場所は草ぼうぼう、日本人墓地の標識は落書き、おそらく大理石だった台座がインテリアの飾りにでも使うのだろう、殆ど盗まれて、まるでハゲタカの被害にあったような荒廃ぶりである。
ウラジオストックにあったお墓のほうが立派で、墓園の入り口には花屋もあったのに。
ホテルの裏にこれ見よがしにあった日ロ友好の壁が虚しい気がした。
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通巻第2703号
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新潟空港からウラジオストック航空に搭乗することになった。東京駅から新幹線車内で待ち合わせたのはコラムニストの高山正之氏ら合計四人。このミニ探検隊が急遽「結成」されたのはひょんな経緯からだ。
昨年、フライング・タイガーの基地跡を湖南省の西南部にある辺境、渋江までこの四人組にあと三人ほどでグループをつくり見に行った。ここは岡村寧次と何応鈞の終戦協定を結んだ場所でもあり、反日宣伝が濃厚な記念館がある。
例によって改竄史観の反日展示だが、日本軍と戦ったのは「偽軍」とあるので、この「偽」は何処かとガイドに問うと、国民党軍を意味することだったのには笑った。そうだ、フライングタイガーは蒋介石に協力したのだ。
さてウラジオストックを戦前の日本人は浦塩斯徳と表記したが、ロシア語の原義は「東方を征服せよ」という物騒な意味がある。
ロシアは不凍港を求めて清帝国の版図を結果的に強奪し、地政学的にみれば中国の海の出口を塞いだ。中国にとっては恨み骨髄の場所である。
それゆえ中国人はウラジオストックとは言わず歴史的な地名=ハイサンウェイ(中国語では「海参威」)と言う。ついでに言えばロシア人は中国人を「キタイ」を呼び、いまも陰湿に排斥するし、中国人は「オロシア」と言うから、ま、お互い様か。
というわけで筆者の一番の興味は三カ国の国境の現状である。
ロシアと中国と北朝鮮の国境地帯はいまどうなっているのか? 不思議に日本のマスコミはこのことを追求しない。
筆者は中国側からは何回かロシア国境を見ている。スイフェンガ、黒河、満州里、そして延吉から図門へ行くと北朝鮮、軍春からはロシア国境が、また吉林省の集安、丹東からは北朝鮮国境も見た。つまり旧満州の七箇所から国境を見た。反対にロシア側から中国国境をみたのはハバロフスクからアムール川との国境くらいだった。
とりわけウラジオストックより西側のハザン地区は北朝鮮と国境を接し、ちょっと北側へ回れば中国の軍春である。
二ヶ月準備期間があった。第一にロシアのヴィザをとらなければ行けないが、これに一ヶ月を要する。つぎに肝心のハザン地区へ行けるかどうか。ポシェット港、ザルビノ港を見学できるか、どうか。
直前にこの地区に入ったNHKが追い出されたと聞いていた。旅行社を経由してロシアに打診したが、「審査」に最低一ヶ月、そして土壇場で蹴られると旅行そのものが成立しなくなる。というわけでハサン地区はあきらめ替わりにナホトカを加えることにした。
事態の変化はつぎのようである。
東西冷戦が終了し、ロシア極東軍は削減され、しかも北朝鮮から露西亜軍事顧問団は引き揚げた。北は最大の保護者を失い、唐突に北京へ秋波を送る。
一方、中国の経済力が著しく飛躍し、北朝鮮も経済の飛躍が政治安定を招くのではと経済改革を模索しはじめた。日本の財界が主導した「日本海経済圏」の思惑とも合致してロシア、中国、北朝鮮の国境付近の大開発が決まり、かなりのインフラ建設が進んでいた。十年前までの話である。
中国側は「図門江開発」、北は「豆満江開発」。そしてロシア側は「ハサン地区開発」(ザルビノ、ポシェット両港を含む)とそれぞれ名称こそ違え、経済交流による相互発展目的は温度差があったが、基本的に共通目標だったのである。
数年前にも中国からポシェットへ鉄道が通じたというので軍春へ見学に行くと、工業団地が造成されており、中国企業、韓国企業にまざって日本企業が三社ほど進出していた。
延吉から高速道路工事が進み、あたり一面が普請中だった。開発ブームは各地にクレーンを林立さえ、ブルドーザが動き回り、輝かしい未来を予感させていた。
ところがその後、北朝鮮の苦境と核開発が状況を激変させた。
第一に日本企業が拉致問題の露呈と核開発に嫌気して進出意欲がそがれ、積極性を失う。
第二に中国は北朝鮮へ直通ルートをつくり、ロシア側の港湾へ鉄道をつなげたものの昨今は北朝鮮の羅津、先鋒開発に重点を移した。つまり中国は北朝鮮を経済植民地となし、ロシアを袖にする野心を露わにしたのである。
第三にロシアは中国、北朝鮮への鉄道接続ルート強化に乗り出し、ちぐはぐに対応をみせた。
第四に韓国が間隙を縫って各方面に浸透していた。
そこである日、モスクワからプーチン大統領(当時)がウラジオストックへやってきて、「シベリア極東大開発」の号令を出し、状況が一変する。2014年ソチで冬季五輪。ならば極東の目玉を2012年、ウラジオストックでのAPEC。そのために大開発が必要というわけだ。
怪しい旅行団の結成にはそうした経緯があった。
(続く)
箱を開ける→保護フィルムをはる→とりあえずボタンを押してみる→なんか表示される→言語をロシア語っぽい何かに設定してしまう→(中略)→iなんとかという恐ろしく重いソフトをインストールする→次の休みは久々にfoobar2000と戦おうと誓う→とりあえず同期してみる→うきうきしつつジャンルをクリックする→統一性のかけらもないかつての自分に凍りつく→まあタグ編集ははさくっとfoorbarで出来るはず、と気をとりなおす→(中略)→あ…ありのままいま起こったことをいうぜ!何がどこにあるかわからなry←いまここ
え…あれ…えっと…え、これどうやって整理したらいいの。
-タイトル2
-タイトル2
みたいな感じで管理はできないのか…!!わからない…どうすればいいのかさっぱりわからないそして眠い…。
いいや今日はもう寝よう…。