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はてなキーワード: フリーソフトウェアとは

2010-08-01

http://anond.hatelabo.jp/20100801120037

単純にフリー素材の「フリー」の意味があやふやなんだろうな

オープンソース界隈でもフリーソフトウェアと言わずにオープンソースと言えとか言っているし

こういう絵とかではクリエイティブ・コモンズライセンスした方がいいってことか

2010-02-19

http://anond.hatelabo.jp/20100219183408

Windowsサイトでは紹介するソフトフリーソフトでなければならないみたいな

フリーソフトウェアってのはな・・・

2010-01-11

http://anond.hatelabo.jp/20100111022720

gccって知ってる?昔は数万もしたコンパイラを今では無料大企業でも使ってる。

フリーソフトウェアって知ってる?以下同文。

世の中には面白い人がたくさんいて、1円でも安く売るという事を目的にしてしまうようなバカがたまに出る。

安く売れれば、みんなが買える。それは、みんなの幸せである。みんなが幸せなら僕も幸せだとね。

他方、生産性が上がって、コストが下がっているに、安く売らないのは悪である。悪は潰しても良い、どんどん、安く売ろう的な発想。

MicrosoftOSを有償で売っているがLinuxは無償みたいな流れや、MSは悪だから、安いソフトバンバン作って、MS潰そうぜ的流れもこの一派。

他方、政府主導の自由競争社会もこれに協力する。

つまり、必要だから値下げするのではなくて、

値下げできるなら、限界まで値下げする。利益とか知らん。最低限あればよい。的な考え方によって、値段は下がっていく。

 

逆に言うなら、必要な資本は残すとして、値下げできるのに、値下げしない理由って、個人のや企業の悪徳以外に何か有るのだろうか?

2008-11-16

一律給付金のいい使い方思いついた

アソー君への嫌がらせとして、みんなでミンスに献金すればいいんじゃまいか?

まぁそれは冗談としても、アソー君の一律給付金に文句言ってる奴等は、辞退とかせず、次の世代のための寄付とかすればいいと思うよ。俺はいつもお世話になっているフリーソフトウェアの団体に寄付予定。

2008-11-05

「GFDLからCCへの切り替えを認める」GFDL 1.3 FAQ 無責任

「GFDLからCCへの切り替えを認める」GFDL 1.3 がリリースされたので、とりあえず訳した。

ライセンス本体は読んでもわけが分からないので、公式FAQだけ。

フリーソフトウェア財団Gnu Free Documentation License バージョン 1.3 を2001年11月3日リリースしました

このFAQは我々がこのライセンスの新バージョンリリースした理由に関して考えられる質問に答え、FDLv2 との関係を説明するものです。

より詳しいリソースはFDL 1.3 のライセンスページにあります。

Q. なぜFDLのマイナーバージョンリリースしたのか?

A. 昨年末Wikipediaプロジェクトを統括するウィキメディア財団から、FDLを更新してウィキペディアなどのFDLを使っているウィキCC-BY-SA 3.0 を使えるようにしてほしい、との要請がありました。

FDL 2.0リリースは準備できていなかったので、中間的なものとしてこのリリースを行いました。今回のバージョンは、ウィキメディア財団の要望にこたえるためのものです。

Q. FDL 2.0 についてのこれまでの作業は FDL 1.3 にどれくらい関係しているのか?

A. FDL 2.0 向けに提案されていたいくつかの事項をFDL 1.3 に盛り込みましたが、関係がある部分に限っています。

FDL 2.0 に向けた我々の目的はこのリリースに影響されません。

Q. FDL 1.3 で何が変わったのか?

A. 主な変更は、11節の追加です。

この条項により、今回のバージョンライセンスリリースされた素材は、CC-BY-SA 3.0 の規定のもとで利用できるようになっています。

具体的にどの素材がそのようにライセンスできるかについては、下記の質問をご覧ください。

この変更のために、1節に新しい定義を追加しました。

GPDv3 が行った変更も、いくつか借りています。

一つ目として、ライセンス違反した場合それが停止されるという9節において、違反が取り除かれれば自動的に権利が回復されるという条項を追加しました。

二つ目として、ライセンサーが自分の作品が将来のFDLでライセンス可能かどうかを選ぶことができるように、10節を変更しました。

Q. どのような原理で変更したのか?

A. 11節を追加したのは、ウィキペディアのようなウィキが、FDLで保護された(FDL-covered)作品CC-BY-SA 3.0で使えるようにするためです。

ウィキメディア財団はこの選択肢を選ぶことを希望しており、新しい条項はそのための筋道となります。

通常、この種のライセンスに関する意思決定は個々の作品著作権者によって行われます。ですが、ウィキペディアは多くの著作権者を抱えているため、プロジェクトは代替手段を必要としていました。我々は彼らと協力してその手段を提供したのです。

それ以外の変更は加えることが容易な細部の改良であり、GPLv3 において広く受け入れられ、このライセンスが基本的に許可しているものと要求しているものを変えるものではありません。

Q. 厳密にはどのような素材がCC-BY-SA 3.0 でライセンスされるのか?

A. FDLで保護された (FDL-covered) 作品CC-BY-SA 3.0 でライセンスされるためには、下記の条件が守られていなければなりません。

ウィキペディアに追加されたのが2008年11月1日以前であり、FDLで保護された素材は、上記の条件を満たしています。

Q. 11節にある2つの日時がある目的は?どうしてこの日付を選んだのか?

A. 11節は、ライセンシーに対して2つの締切り日を課しています。

第一に、もともと公開ウィキ以外の場所で公開された作品の場合、CC-BY-SA 3.0 でそれを使うためには、2008年11月1日以前にそれがウィキに追加されている必要があります。

FDLでリリースされた全ての作品に対してこの許可を与える意図は我々にありません。

FDL素材をウィキに追加しそれをCC-BY-SAで利用しようというようなシステムの悪用 (gaming the system) を許す意図もありません。

過去の日付をこの締切り日として選ぶことで、曖昧性なくそれを予防することができます。

第二に、この許可は2009年8月1日以降には無効になります。

二つのライセンス間での切り替えを一般的に許す意図はありません。

それぞれのウィキコミュニティが意思決定をし、どちらのライセンスを使いたいかを選び、固定することが期待されています。

この締切り日はそのような結論を保証すると同時に、ウィキの管理者に十分な意思決定の時間を与えています。

Q. FDL 2.0 への計画は?

A. このメジャーバージョンへの変更に関して、今もコメントを受け付けています。

現在のFDL 2.0ドラフトでは、8(b) 節がウィキでの再ライセンスを許す条項です。

1.3 の11節がこれを提供したため、FDL 2.0 では不要になります。

ですが、ドラフトに提案されているその他の変更に関しては、次のバージョンの候補として有効であり、議論の対象となっています。

2007-12-18

なぜプログラマーニートになるのか?

0.はじめに

僕のまわりにはプログラマをやめてニートになる人が続出している。さまざまな事情はある。しかし、それは主にウェブのせいじゃないだろうか。

1.ネット中毒

もはやネットで読める内容には限度がなくなった。活字中毒ネット中毒は悪化の一途をたどり、文字を読んでいないと禁断症状を生じるまでにいたった。つねに活字を読んでいないと不安でたまらないため、外出も仕事も寝ることすらままならない人間になってしまう。

これがネット中毒である。

wikipediaさえ読んでいれば欲求が充足されてしまうため、もはや他の事をする気力を失ってしまうのだ。2008年wikipediaを読みきろうとして死んだものは3667人を数えた。流行語大賞は「wiki死」であった。

2.仕事がつまらなくなった

技術進歩とともにプログラミングは確実に簡単になっている。生半可な技術による差異化は難しくなり、「高速道路の先の渋滞」に巻き込まれ、競争が激化するようになった。

産業構造が成熟し、仕事完璧さや人間性や安定性が求められるようになり、もともと人間のクズのようなプログラマたちはもはや仕事をすることができなくなった。お山の大将であることだけが彼らの生きる道であったのだ。しかし、もはやローカル小山存在しない。

昔であれば英語が読めてプログラムが書ければ、街の秀才くらいにはなれただろう。しかし、いまやそんなものは最底辺労働者にも価しない。勤勉で健康で快活で従順でなければ最底辺労働者にも価しないのだ。

グローバル化の進展は、とくにパッケージソフトフリーソフトウェア流通促進につながり、ソフトウェア発表ないし発売してアテンションを得るには、国際的にトップレベル仕事をする必要が生じるようになった。

そうして、生き延びるには受託で同じようなウェブシステムを延々と作り続けることが増えた。単調な疲れる仕事に、心を打ち砕いて働くには、生粋プログラマたちは怠惰で傲慢すぎる。

3.仕事以外の人生もつまらなくなった

ウェブをみると、上には上がいることがすぐわかってしまう。知識でも知性でも趣味でも教養でも人間性でも個性でも、上には上がいることがわかってしまう。自分がどんなにありふれた人間なのかがわかってしまう。

ウェブをみると、下にはもっともっと落ちていけることがすぐわかってしまう。いや、多くは語らないけど。

自分と同じような能力人間が、どうしようもない愚痴をいって、同じようなことを考え、朝から夜中まで努力をしつづけて、冴えない生活を送っている日記を読む。皆ががんばればがんばるほど、どんどん苦しくなっていることに気づく。

それすらもままならず、落ちていく大勢の人がいる。

4.セカイ系 (用法あってるかな??)

比べるものが無茶なのかもしれない。

かたやGoogle連中博士レベルの知識を駆使し、億万長者となるものたち。

かたや成功や結婚どころか生活すら危ぶまれる人間

それを比べて「シリコンバレーへ打って出ろ」、「好きを貫け」などという言葉絶望を生むしかない。

しかし、それしかないのだ。肥大した自我と、悪化した労働現場のはざまで、日常に希望を持つことができないのだから。

5.結論

ウェブ仕事私生活の両面において競争と虚無感を加速させ、人心を荒廃に追い込む。

競争を逃れるためにオンリーワンを志向すれば、誰も顧客のいないフロンティアに到達してしまう。

とにかく日本から逃げるしかない。全力で逃げるしかない。死なないで生きよう! 途上国といえど、ビザを取るのは難しいかもしれないが、なにか方法はあるはずだ。世界のどこかで、きっと生きていける。おいしい食べ物とあふれる日光、平凡な幸せがきっと待っているはずだ!

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