はてなキーワード: 厄介者とは
あえて「アレ」呼びする。
アレが一般人からしたら沖縄の基地反対運動してる人と同じくらい異常な存在に見えるのはわかる。
ただ、アレの気持ちは一応わかってほしいのだ。共感しなくていい、こういうことかと思ってくれればいい。
わざわざ単行本を買って裏表紙を見なければ気づないところにある「裏設定」みたいなものだ。
この裏表紙にこっそり描かれた設定が「作者と読者の特別なやりとり」のようなものだと感じる性質がある。
つまり「先生が読者向けに特別に書いてくれたサービス」だと思うのだ。
そのために単行本を買っているといってもよい。
多くの作家さんが、本編とはちょっとイメージの違う4コマを載せてたりするのも
ここが特殊な層のファンへのサービスであることはある程度は認識しているはずだ。
とはいえ、一般的な腐女子は「それはこっちの勝手な妄想である」ということはわかっている。
妄想を膨らませて身内で盛り上がる一方、それが妄想であるということはちゃんとわきまえている人が多い。
だからそこで解釈違いが起きた場合、残念ではあるが「ちぇー。ちょっと夢が壊れた」くらいで納得する。
アレはおそらくtwitterでフェミ活動とか浴びすぎてそっち方向に思考が偏っていたのだろう。
twitterでアクティブな腐女子はどうしてもフェミっぽい話を浴びやすい。
アニメオタクにおける作画厨と同じくらい、浅い腐女子ほど安易にフェミ解釈にとびつく。
そのため中にはそういう思考を多かれ少なかれ内面化してしまうものもいる。
なんせ、いまだにクローズドな世界だからね腐女子ワールドは…。
いろんな作品に触れるうちにそれだけではないということは学習する。
むしろtwitterで暴れているようなフェミっぽいことをいう腐女子は
最近はどうか知らないが、少なくとも私の年代では腐女子に縄張り意識も階級意識も非常に強かった。
そのためtwitterで暴れている人たちは腐女子としてオタクとしてレベルが低いが
なんとかしてカーストの上に行こうとしてフェミ言説に飛びついた人間が多い。
だいたいそういうことを言っている人間のイラストのレベルが低いのは決して偶然ではない。
一時期フェミニスト教授と組んで解説イラストを描いている人がいたが
仲間内では「お前のようなレベルの低いオタクが腐女子代表みたいな顔をするな」と言い合っていた。
身内についてあんまりいうのもなんだがちょっと陰湿なところあるよね。
このあたりはもう少し風通しがよくなると良いなとは考えている。
・ワートリの胸サイズ表記は裏表紙にこっそり描かれているもので強調したものではない。
・腐女子はフェミ的なことを言う人間ばかりではないのであれが腐女子の総意だと考えないでほしい
そうそう。今回の「アレ」はこんな感じの人なんです。
何か一つの表現が気に障ったら他の何もたのしめなくなっちゃう人ってのがいてね。
もうそれで頭いっぱいになっちゃって他に何も考えられなくなるの。
脳のメモリ容量が極端に少ないんだろうけどお気の毒だわね
ドラえもんのジャイアン、キテレツ大百科のブタゴリラ、パーマンのパーマン4号、タルるートくんの邪馬じゃば夫など。
ガキ大将キャラということで乱暴だけど、いざという時は頼りになる憎めない人物像。
しかし2020年代の漫画・アニメではガキ大将キャラはほとんど見なくなった。
現在のドラえもんのアニメではジャイアンが出てくるけど、周囲からはガキ大将というよりは「ガサツでうるさい容姿も非常に悪い厄介者」扱いされている。
20年前に描かれていたジャイアンは、こんな扱いはされていなかったと思う。
厄介で関わりたくない人間を見つけて、避けたい、と言う状況を念頭に置くとして、
ミュートてさ、「自分から相手が見えなくなる」のはいいけど、「相手から自分が見える」のは変わらないんだよね。
だから「厄介な人間から自分が観測・補足されて絡まれるリスク」は減ってないんですよ。
ブロックなら「自分から相手が見えなくなる」かつ「相手から自分が見えなくなる」んですよね~。
ただしキーワードやハッシュタグ検索ではブロックされてる・してる人のツイートもヒットすることもあるんですが、そいでプロフィール見に行くとブロックされてることが分かるんですけど。そこで逆ギレされるリスクはあるっちゃある。
シャドーバンとか検索漏れとか、ツイッターってイマイチ信頼性がなくってしばしば取りこぼすんですよねー。ブロックやミュートと無関係でツイートやら通知を取りこぼすことがよくあるんですけど。
「ブロックすると逆上されることがあるのでお勧めしません」っていうガイドをしてる人も一理あるのはわかるんですが、「自分のツイートを厄介者に観測されてしまう機会を減らすこと」と、「偶然ブロックに気づかれてキレられる」こと、そのリスクを天秤にかけてどっちが安全なんだろう?ってのはあるよね。ツイッターアルゴリズムが謎なので何とも言えない感じ。
アルファツイッタラーとか、ある程度有名な人間は、スクショやブログ引用等の様々なTwitter以外の手段で自分のツイートが流通してしまいがちなので、ブロックに気づかれてキレられるリスクは高くなるような気がする。
逆に言えば無名な人間はブロックのほうがリスクが低くできる…かも知れない。
厄介者の思考回路は推測が難しいんだけど、「有名人にブロックされるとムカつくが、無名人にブロックされても何も感じない」んじゃないかなあ。わからんけど
うちの自治会の回収は月一で、年末年始の掃除を考えると2月になりそうだなー
ていうか好きなときに捨てたいしってことで市のHPで調べました。(リサイクルショップも遠いのだ)
フレンドリーそうな、知己の地域拠点では古着の回収はしておらず、というか古着は各環境事務所でしか回収していませんでした。
しかし回収している拠点一覧には載っているものの、事務所自体の情報が問い合わせの電話番号とメールアドレスしかなく、回収方法も分からなかったので道の確認がてらお伺いに行ったわけです。
どことなく中小企業というか商工会というか、いやどちらも詳しくないですが昭和な匂いがする建物です。あきらかに一般人を対象としていない。
おそるおそるドアをくぐると、案内もなにもなく早速途方に暮れる。
右手側に胸までの壁とガラスで区切られ見渡せる事務室らしき部屋があるものの、はたして何をすればいいのやら。
恐る恐るすいませーんと声をかけ、奥からおっさん二人が出てきました。
閑話ですが私はこの「受付に誰もおらず通りがかりの声をかけられた人が応対する」仕組みがかなり苦手です。職員室とか会社の別部署とか。
明らかにメインの職務ではない余計なタスクを持ち込む厄介者になる感覚。いっせいに耳目が集まる羞恥心。結局応対してくれた人の分野ではなく他人に繋ぐあの空虚感。会社での電話の取次ぎも苦手で、明らかに自分宛でない電話を取り、互いに無意味な敬意込みの挨拶を送りあい結局取り次ぎ先でもう一度同じ挨拶をするであろう徒労感。かけるもとるのも苦痛です。
休題。
おっさん方をみた瞬間私は後悔しました。その雰囲気は明らかに「内輪の場に知らない人間が入ってきた」あの感覚です。ふらりと個人経営の居酒屋に入ってみたら常連らしき人たちから怪訝な目を差し向けられるアレです。「オマエダレ?ナニシニキタノ?」いや経験はないですけど。分かるでしょ?若い頃でも似た感じのこと起きるでしょ?
あれです。
ひとりのおっさんが面倒そうに「あーどうしました」と聞いてきてくれました。
ありがたがるべきなんでしょう。私は了見が狭いのでただただ後悔と萎縮の塊でした。あと身勝手な恨みが少し。
私もですね、年末の最終営業日になんか来るのも悪かったのですがね。通常の人員体制でないかもしれないですし最終日なんて来客少なく片付けとかに費やすところもあるでしょうとも。
でですね、ま、その、コミュ障の私がしどろもどろになりながらなんとか古着を回収できますか?HPを見てきたとお伝えしたわけです。
先方は個人?業務?(なんか違う言い回しだった)量は?と折々お尋ねになられました。なるほど見知らぬ個人が古着の回収についてたずねてもスッと一本道のフローに入らないものなのだなと感慨にふける…間もなくわちゃわちゃします。コミュ障ですからね。
なんとか捨て方を聞きにきただけということ。個人なので大量には出ないことを伝えようとしました。伝えられていない気もします。言いたいことも言えない、出力がなんだったかもおぼつかない人間でして。
ひとまず伝わったと思われるおっさんの返答は
「少量ずつ燃えるゴミに混ぜて」
でした。
あの時の絶望たるや…。筆舌に尽くし難いのは単純に力量不足です。
確かに私の地域はおそらく分別に厳しくありません。母親も時折燃えるゴミにマズそうなものを入れているのも承知しています。私も倣い燃えるゴミに混ぜる方法も頭によぎっていました。おそらく誰からもバレず責められない方法でしょう。
いやしかし、市のHPや分別方法の紙では地域回収と拠点回収が指示されており、それに従い拠点に持ち込んだ(持ち込んでない)人間に対して環境事務所の人間がルールを守らず分別せず捨てろと指示するとは。
もしかして環境事務所の職員ではなかったのか?建物内になんの案内もなく見かけた第一村人を職員だと思い込んでいただけで事情通のただの追い返したいだけのおっさんだったのか…?
私は当然コミュ障なのでそれ以上深い話はできず、いたたまれない空気から逃げるために「あー燃えるゴミに混ぜていいんですねーありがとうございましたー」と(気持ちの演出上)朗らかに謝辞を告げ事務所を後にしました。
当然、同時に回収しているであろう古紙については聞けるわけもなく。
ルールとはなんぞや。何のために守るのか。私が分別しなくてもそれで私が死ぬまでには困ることにはならないだろう。いや守るべきだろう。環境事務所ぞ?彼、環境事務所ぞ?腐るのは良くない。信号守ってる横で信号無視されるのいつもイラだってただろーもう好き勝手生きようぞ。ルールを破る人間全てを滅ぼす。てか全てのルール遵守なんて自分含めて一人もいないよね。そして私も消えよう。
そんな優等生的な丸尾くんと人類滅殺系ラスボスなメンタルをいったりきたりしていました。
ユニクロに古着回収ボックスあるらしいんだよなー。でもユニクロ製品限定らしい。燃えるゴミにするぐらいならこっちのルール破るほうがマシだよね!だとか。ライター捨てるつもりでガス抜き面倒に思ってたけどそのまま捨てよう。とか考えています。たぶんどっちもするんじゃないかな。ペットボトルのフタやキャップも分別しない。
誰かが、誰もがやってるゴミのルール破り。今まで私は(できる範囲で・気力があるなら)しないでおこうと思っていたけれど、なんのインセンティブもないと分かった。守ろうとするから守らないことにいらだつ。この「私がするからしないこと・人を嫌うストレス」があることは前々から分かっていた。分別もそうだったかと今回気づいただけ。気づいたならしない側に回るが精神衛生上、吉。囁くのよ、私の経験則が。
なんだ、そうだったのか。
帰路、もうひとつの目的地の地域センターへ赴いた。こちらは古着の回収をしていないが、環境事務所より近く蛍光灯や古紙も回収してくれるのだ。HPの上では。
場所の確認のため入ってみると、入り口すぐそばに全種類の回収ボックスが置いてあった。
ボックス最高!誰ともおしゃべりせずに入れて終わり!これだよこれ!
ちょっと中を覗いてみて、分別して捨ててくださいと書かれている蛍光灯の箱ごと捨ててあるのを確認して、もはや感が動じなくなった私をも確認して帰った。年明けに出しにこよう。
なお改めて市のHPを見ると大量持込は断る可能性がある旨、家庭で不要になったもののみが対象である旨が記されていた。きっとゴミ袋数袋とかだとOKで服1枚2枚とかはスルーなんでしょうね。もごもごしているコミュ障な自分にはまだまだ自己嫌悪している。
なぜなら
具体例を見てみよう
インタビューで同僚や知人に「優しくて努力家」「真面目で周囲に頼られる人」「〜のため一生懸命こなしていた惜しい人を亡くした」等ベタ褒めされている
ネットコメンテーター達には「働く意思を持っていた」「辛くても耐えていた」「苦しい状況から這いあがろうとしていた」等の高潔な人格と決めつけられ
「彼らと家族の無念を思うとやりきれない」と無念だったことにされている
しかしほとんどがリワークプログラムに行かないといけない状況だったメンヘラである
本人は「死にたい」「役立たず」「無能」「コミュ障」「希望を見出せない」等
周囲の人には「死んでほしい」「厄介者」等の想いがあった可能性は高い
「社会のお荷物」的な立場から「社会の役に立つ人材」へと変貌を遂げ社会に包摂されたのだ
以上