はてなキーワード: はこだまとは
ジブリ公式のTwitterが流れてきて、(カヘッカヘッとかいうやつ)気になってみに行った
冒頭あたり 主人公のキャラデザ良い、火事のところの走るところの作画が良すぎる、ゲタ脱ぐところの表現が流石
疎開から 家豪邸すぎ、背景めちゃ良い、老婆たち7人の小人みたい、隠れてたもう1人いる?おじいさんが別のとこにいただけかな、母の妹腹触らせるのちょっとひく
森の館気になる、アオサギなにのメタファー?、冒険はじまりそう→思ってたよりなかなか始まらない
おばあヒロインなの?ついてくるのわろ
あっちの世界の描写良い、背景や家の中流石ジブリ、海や木の感じ最高
学…死す…みたいな文、考察しがいありそう
わらわらはこだまみたい、かわいさ狙いすぎ感ある
ヒミ、あいみょん棒すぎ声高すぎびみょう…
鳥たちとか産屋とかメタファー多すぎ、大叔父全てがメタファーすぎ
世界の背景雰囲気は最高だけど…バタバタして結局戻って来れてよかったね急すぎエンド…米津の曲は合ってるけどあんま印象に残らない
まとめ
主人公と背景や作画のジブリ感を味わえたのはよかった、ストーリーは無いようなもの、いろんな考察や感想をみるために映画をみたんだとおもう
児嶋「ええー!?何言ってんだおまえー!!」
児嶋「知らないよそんなこと!いちいち報告するんじゃないよ!!」
渡部「何怒ってんだよ、お前ものぞみくらい乗ったことあるだろ?」
児嶋「いやねえええよ一度も!!乗れるわけねーだろ俺が!!ってそんな正直言えばそりゃ乗ってみてーよ!!」
渡部「何だよ、乗りたいなら乗ればいいじゃん、金はあるんだからさー?」
渡部「そうだよ?ま、場所にもよるけどな、例えば横浜なら近いから3000円くらいだし」
児嶋「えええ!?3000円!?安すぎない!?お前大丈夫なのそれで!?」
渡部「うん、大体そんなもんだろ」
児嶋「ええええええ!!??」
渡部「あそうだ、何だったら予約しとこーか?」
児嶋「えー!?いいよ何かこええよ!!」
児嶋「充分安いよ!3000円なら!」
渡部「あー、今空いてねーわ、予約いっぱいだわ」
児嶋「ええー!?何言ってんだおまえー!!」
児嶋「知らないよそんなこと!いちいち報告するんじゃないよ!!」
渡部「何怒ってんだよ、お前ものぞみくらい乗ったことあるだろ?」
児嶋「いやねえええよ一度も!!乗れるわけねーだろ俺が!!ってそんな正直言えばそりゃ乗ってみてーよ!!」
渡部「何だよ、乗りたいなら乗ればいいじゃん、金はあるんだからさー?」
渡部「そうだよ?ま、場所にもよるけどな、例えば横浜なら近いから3000円くらいだし」
児嶋「えええ!?3000円!?安すぎない!?お前大丈夫なのそれで!?」
渡部「うん、大体そんなもんだろ」
児嶋「ええええええ!!??」
渡部「あそうだ、何だったら予約しとこーか?」
児嶋「えー!?いいよ何かこええよ!!」
児嶋「充分安いよ!3000円なら!」
渡部「あー、今空いてねーわ、予約いっぱいだわ」
児嶋「予約でいっぱい!?そんなみんなのぞみに乗ってんの!?」
これ好き。
ガチ恋勢はファンですらない───とまでいってしまうのは厳しすぎるしアイドルでも芸能人でもお水のお姉さんでも何でもいいけど、応援活動を続けているうちに"本物"の恋愛感情に至ってしまうことってあると思うしそれは生理的な現象だ。
私見だがファンを定義するなら応援活動をしている人のこと。さらに補足すると外に開いた応援活動をしている人のことだと思ってる。「ファン」とは言葉の意味では「好きだ」という意識だけでも成立するみたいだけど、例えばお金を落とすだとか素晴らしさを発信するとか外に開いた応援でなければ推しに対して意味がないというか還元されないと思う。在宅や自己満足で完結していることが悪とは言わないが、推しの活躍や幸せを望むのならどれだけ間接的にせよ何らかの形で世界に対して発信していくべきだ。いつまでもいると思うな親と推し。好きを発信してけ。
だけど───ガチ恋イキリだけはするんじゃねえ。
そもそも芸能人など特別なカテゴリ内にいる人とそれを囲む人たちの接点はその人の"活動"を通してでしか得られないものだ。"仕事"といった方が分かりやすいかもしれないがそれは絶望的な言葉の響きだな。
例えばSNS上や接近イベント等においてそういう距離感を超えた領域でのやり取りや、私信を与えられてしまったと勘違いしてしまった時にこそガチ恋に"至って"しまうのだと思うけど、それはどうしようもなく"活動"の一環に過ぎない、システムの一環に過ぎない。推しが一ファンに対して"本物"の愛を与えてくれたとしてもそれはファンとしてのあなたに対するものなので、それを享受する限りあなたはファンの領域から脱することは出来ない。
芸能人がファンに対して私人としてのやりとりをすることは前提としてあり得ないにも関わらず、個人的な私信に躍起になってしまったファンの応援活動は破綻していく。ガチ恋が行き着くのは推しが売れること・人気者になることよりも自分だけのものになることに固執することに他ならない。自己顕示欲に溺れていく君は推しにとってどんな存在だ?
ガチ恋自体が駄目なわけじゃないしそれは生理現象だと冒頭で書いた。要は周りの人や本人にまで届く勢いでガチ恋をイキることが醜悪な自己陶酔であり呪詛なのだ。もっと対象を広めて言うと、コンテンツ等に対して自分の好き度合いや知識量・愛の重さでマウントをとりたがる奴らはもれなくガチ恋同様の危うさを兼ね備えているよ。
ガチ恋をそっと胸の内に秘めさせたり身内でちょっとふざけてイキるくらいは人生の彩りになると思うけど、その重さを本人や周りの人間に押し付けイキり散らすようになったらそれはもう呪いだ。相手の気持ちより自己の気持ちを優先する自己陶酔だ。推しが羽ばたいていくことより重さで縛り付けることを選ぶのか。冒頭で述べた応援活動とは対極的な内に閉じていく活動だ。
ガチ恋を豪語しイキっているお前が好きなのは例えば"アイドル"であってもその人そのもではない。アイドルを愛したつもりになっているのかもしれないがその人自身を愛する以前にその人そのものを目にする機会すら存在しないのだ。そういう奴こそ推しの全てが好き、全てを受け入れられるとか抜かすのだろけどそんなものは人間の営みではない。神か??いやいやいやいやまてまてまてまて控えめに言ってウンコだ、聖母マリアの乳でもしゃぶってろ。まず人間になるところからはじめよう。猿は人間になり文明を発展させてからはじめて偶像を崇拝するのだ。
ガチ恋オタクが他界する時の呪詛の言葉は「裏切られた、理想と違った」だ。
理想と違う所があった?当たり前だそれが人間だ、それが人生だ、お前が好きだったのは理想の偶像でしかなくはじめから人間など見てはいなかった、理想を抱いて溺死しろ。
そんなガチ恋呪詛イキりのオタクが日々生まれタタリ神に落ちる現実が恐い。黙れ小僧、お前に人を愛せるか。人を愛せないお前が主人公になれるわけないだろ。「もののけ姫」でいう遠くから石を投げてるだけの猩々(チンパンみたいなヤツ)ポジションだ。ファンなら慎ましく推しを輝かせ、導け。俺たちはこだまだ。サンがどれだけ魅力的で可愛くても俺たちはアシタカにはなれない。自分が100分の1、10000000万分の1の存在であることを認めろ。スクリーン越しの映像から自分の手元に視線を戻さない限り自分の物語ははじまらねぇぞ。将棋指してる場合じゃねえ。
推しが結婚した時はファン一同でおめでとうを伝えればいいと思う、そしてそっと泣くべきなんだ。個人名義では出したくないな、その重さは呪いになる。
私は名探偵コナンが好きだ。
生まれて初めて自分のお小遣いで買った漫画は小学一年生の時に買った名探偵コナンの9巻だった。スケボーに乗っているコナン君が表紙の9巻をワクワクしながら本屋のレジに持って行ったことを今でも鮮明に覚えている。
そこから徐々にコミックスを集め、今ではスーパーダイジェストブック含め全巻コミックスと電子版両方持っている。
好きなエピソードは探偵甲子園、好きなOPEDはdestinyとAs the dew と愛は暗闇の中でとmysterious、好きなキャラはベルモット。
劇場版も探偵たちの鎮魂歌から毎年公開日に必ず劇場で見ている。
好きな劇場版作品は瞳の中の暗殺者を筆頭に、一作目である時計仕掛けの摩天楼から七作目までの迷宮の十字路に至るまでのこだま監督の作品。
正直、こだま監督作品が好きなのは自分が懐古厨であり思い出補正がかかっているからだと思っていたが、今作ゼロの執行人を見て明確にこだま監督作品が好きな理由が分かった。
あらかじめ言うと、ゼロの執行人は個人的な感想ではあるがここ数年の中でトップクラスに面白かった。
その理由に、もともと私自身刑事モノが好きというのもあるが、ストレスなく鑑賞できたのが一番大きかったように思う。
と言うのも、水平線上の陰謀以降の山本監督と静野監督の作品は起こる事件やアクションのためにキャラクターが都合よく動かされているような気がしていてならなかった。
結果、多少なり観客のヘイトを集め、私自身ストレスに感じていた。
このキャラこんなに後先考えない行動するっけ? また鈴木財閥の資本が入った建築物が舞台?(これはこだま監督時代にもあったが…) などなど。
こだま監督作品にはそうしたキャラクター性を無視した無理な展開が山本監督や静野監督ほど多くない。
そしてそれは今作にも通じるところがある。
今作は安室透というキャラクターがクローズアップされた分、一番活躍の場が与えられたのはコナン君と安室透だがそれ以外のキャラクターも等しく見せ場があった。
真実は一つでも正義はそれぞれのテーマに伴い意図が掴めない、見ていてストレスになるような展開が無かった。
犯人の動機も整合性があったし、明らかに作品の空気に合わないゲスト声優のキャスティングも無かった。
今作を見て、こだま監督の作品が好きな理由がはっきり分かったし、22作品目にして私が大好きな劇場版名探偵コナンが戻ってきたという感覚が素直に嬉しかった。
児嶋「何言ってんだおまえー!!」
渡部「いや、聞いてくれよ、のぞみだとスゲー早くイケるんだよ」
児嶋「知らないよそんなこと!いちいち報告するんじゃないよ!!」
渡部「いやーでものぞみは本当いいわー、今6人で乗ってるんだけど」
児嶋「6人!!??」
児嶋「お前どんだけ変態なんだよ!!」
渡部「なんだよ…た……って…」
児嶋「え、何!?聞こえないよ?」
児嶋「コラーーー!!そういう生々しい事言うなー!!」
渡部「なんだよそんなに怒って~。たまに乗るくらいいいだろ?あ、さては嫉妬か?」
児嶋「そりゃするよ!!」
渡部「じゃあお前も乗る?」
児嶋「いいのかよ!!??」
渡部「そりゃいいだろー。あ、でも金はお前が払えよ?」
児嶋「お前最低だな!!」
渡部「なんでだよ、当たり前だろ?」
児嶋「…で、いくらなんだよ?」
渡部「え?」
渡部「そうだなーイクところにもよるけど…」
児嶋「!!」(イクところ?顔とか…ナカか…!?)
児嶋「お得すぎるだろ!!」
渡部「だろー?どうだ?乗りたくなるだろ?」
児嶋(スゲー乗りたいけど…ダメだろ…相方の奥さんだぞ…?ここは心を鬼にして…)
児嶋「いや、やめとくよ!ていうかお前本当に最低だな!!!」
渡部「なんだよやっぱり怒ってるのか?わかったよ、これからはこだまにするよ」
児嶋「児嶋だよ!!!」
終