はてなキーワード: 経営学部とは
でまあ、結論としては君は働いたことない学生なんだろうけど、
取り敢えずどっかに就職して働いてみると、日本企業全体に蔓延する病理の深さがすぐ分かるよ。
ぶっちゃけ、君程度が思いつくような事はみんな思いついてるし、君より遥かに能力と実行力のある人が
とっくの昔に実際に行動に移しているんだよ。
その結果が現状であるということをまず肌で理解しなければならない。
その上で、ではどうしたらいいのか、と考えなければ全く意味がない。
もっとこうしたら良くなるのに!とか口で言うだけの立場になりたいなら、
経営学部あたりの教員になる必要があるね。ポジション取れないと思うけど。
すげー分かりやすく言うと、村で1個1万円pcを買うのがやっとの貧困途上国に行って、
「ITの力を使えば皆さんの生活は格段に改善します!まずはCore i7とGeForce GTX680を積んだ汎用PC100台用意してグリッドを構成し…」とか言い出す頭の悪い似非コンサル()とやってる事が完全に同じ。
勘違いしないで欲しいのは、俺は君を叩くことを目的としてるわけじゃないってこと。
誰しも、若い頃はそうやって非現実的な綺麗な世界での理想論を信じて現実に不満を感じるものだ。
その後、現実のダーティさやどうしようもなさに絶望するイベントが待っているわけだが、
殆どの奴はそこで諦めて物言わぬ社会の奴隷になることを選択するんだよ。
絶望を味わった後でも最初の思いを忘れずに考え続けられる人間が増えるのは素晴らしいことだ。
・学問するために大学に行くってのは、授業やゼミに出て勉強を教えてもらうのとは違う。学問するってのは自分で問いを立てて解く(特に、その学問が科学であるなら、因果関係の仮説を立てて検証する)ことで、勉強を教えてもらうってのは、答えがある問いの解き方や答えを習うことだから。
・経営学部にいて、将来ふつうに企業へ就職したい増田の場合は、大学にいる間に学問したいなら、実は大学の授業ではなくて、大学の外でバイトや仕事に精を出した方が良いかも。そうすれば解きたい問いが見つかるかもしらん。経営学の問いは顧客や企業のところにあるので。
・授業やゼミが面白いと感じられるケースは、その授業やゼミの内容が自分の関心とレベルにマッチしていて、かつ、教授のサービス精神が旺盛な場合に限られる。10個に1個もあれば上等。
地方の私立文系大学経営学部の2年生なんだけど、何のために大学に通っているのかわからなくなってきた。
全部が全部そうじゃないとは思うけど、とりあえず今まで受けてきた講義で面白かったり、興味を引くような講義には出会えてない。
うちの学部は2年生からゼミが必修で、俺は就職率が最も高いと紹介されたゼミを選んだ。正直に言うと将来なりたい職業とか今のところは思い浮かばなかったから、なんとなく就職率が高いというだけの理由で選んでしまった。
で、そのゼミでやってることと言えば、SPIの勉強とか、何らかの文章を書く練習が主だったりする。他にも発表とかあるけど、それはテキストの指定された範囲をまとめたことをみんなの前で話すだけで、人前で話すことに慣れるためにやってることだと思う。
文章を書く練習は何かテーマ(日本の製品を売るためにはどうするか、とか)を与えられて書くわけだけど、俺が結構必死で考えて書いても教授はその内容については何も言わない(他のゼミ生も言われない)。
教授はそのテーマについてどう考えているのか、言ってはくれないものなのだろうか?
結局、大学は就職のためだけに行ってる、行かされているようなものだ。いや、「お前大学に行く意味わかってるじゃん」って言われたらそうなんだけど、でも、大学って学問をするところじゃないのか、と俺は思うんだ。就職のためだけに行くのなんておかしいんじゃないのか?
偏差値が高い大学ではどうなんだろうか。うちがお世辞にも高いとは言えないような偏差値の大学だから就活のことばっかり言われるのか。
うーん、俺はどちらかというと一律に評価しようとしている、という面で入試と同じタイプかな、と思ってる。
だから企業の側が「社会はこれまでと違います」と主張することにも違和感がある。
大学にいつでも入れるような土壌があればAOも推薦も価値はないと思う。大学内部に競争力があれば飽きた人も講義についていけない人もやめざるを得ないから、入試する意味も殆ど無くなると考えている。
アカデミックに考えると、数学科から考古学とか、言語学とか、夢が広がりまくりで、たまらんのですよ。
そういう分野に強い人間が少なすぎる気がするし。
ねー。