はてなキーワード: ガラスペンとは
出張中、ちょっと文具関連の用事があって、次の予定まで時間があったので、東急ハンズは行ったことがあるのだが、行ったことのなかった世界堂に行ってみた。知ってる人はよく知っているだろうが、私はネットのニュースでどこかの支店が閉店したというニュースをうっすら覚えている程度だ。今調べたが「額縁や絵画はもちろん、画材・デザイン用品・文具などを豊富に取り揃えています。」というチェーン店。(確かに額縁は他の文具店と違って力が入っていた。)
ぶらぶらと店内を歩く。油絵具やアクリル絵具、パレット、パステル、水彩色鉛筆、ガラスペン、羽ペン、色とりどりの筆ペン、マーカー、サインペン、キャンバス、スケッチブック、模造紙、…
ペインティングナイフ(パレットナイフ)プラスチック製もあるのか! 使い捨てというのも合理的だ。
ふと目についたのが「スクリーントーン」。令和の時代にもまだ売っているとは。原稿用紙にしっかり転写するためのヘラのようなものも何種類も打っている。近くにはペンとペン軸がある。「Gペン」「丸ペン」「スクールペン」 タチカワ、ニッコー、ゼブラ
「スクールペン」。知識として触れたことはあったが単語として目にしたのは何年ぶりだろうか。
さまざまなパッケージでペン先が売っている。丸ペン3本セット、Gペン10本セット、100本セット、3種類のペン先セット、ペン軸とセット…
つけペンがあれば当然インクもある。「まんが用墨汁」という商品名をみて思わずにっこりしてしまう。ラベル付け替えただけでしょうね。
まんが用原稿用紙なんてものもあった。雲形定規、吹き出し用定規(?)
まんが用のセットボックスもある。小学生向けかな。無印(スタンダード)にデラックス。タイプ2。何が入ってるんだろ。
自分でもまんがを描こうと思った少年少女は多かったのではないか。わたしがこどもだった当時は(今は知らない)毎号投稿作募集と紹介のページがあって、デビュー、金賞・佳作などのランキングと講評、それにまんがの描き方が数ページ載っていた、ような気がする。〇〇先生は墨汁を使っています。◎◎先生は丸ペンで描いています。ケント紙を使うのが一般的ですが、△△先生は画用紙を使っています。のような情報も載っていた。もちろんまんがの描き方だけの単行書もあった。
そんな頃のことを懐かしく思い出した。しかし、全体的に何とも言えない黄昏感が漂っていた。ほぼ無客だったし。
欠品があったのは売れて売れてしかたがないというよりは、補充がないという感じで(先入観か)、充実した品ぞろえは売れ残りという表現が近いのかもしれなかった。現実に、書籍のコーナーには色あせた1990年代の参考書も並んでいた。
私の祖母は趣味で日本画をやっていた。増田の多くが知らないであろう、ほとんどが見たことがないであろう岩絵の具が何種類も彼女の家にはあった。ガラス瓶に入ったそれはとてもきれいだったのを覚えている。少女のころに日本画で身を立てたいと思ったことも少しはあったのかもしれないが、そこまでの才能か、熱意かがなかったのか、時代が悪かったのか、もちろんプロではなかった。
世界堂で見た、さまざまなアナログまんがの道具・材料。生き残りをかけて手を広げたであろう商品につく〇割引セールの文字。
おそらく、回転のいい商品はごく一部なんだろう。多色ボールペンを並べても、大型文房具店で買う人の方が多そうだし、最近はカラーのマーカーも100円ショップで多色展開しているという(必ず全色そろっているというアドバンテージは専門店にはあるだろうが)。毎年電動消しゴムを買う人がそうそういるとも思えない。
完全に滅亡することはないかもしれない。だがコンピュータでなく、世界堂でなければ手に入らない道具や材料を使う行為は、美大生を除けば、日本画のようにごく少数の人が続ける稀な趣味になっていき、世界堂の支店はだんだんと減っていく。
そんな未来。
ネットに出ていた広告の万年筆のデザインが気に入って、色違いを二本買った。やっぱり美しくて見ているとうっとりする。しかし、ズボラ人間だからいったん使い出したら管理したり洗浄したりする作業が発生するんだよなーと思って使う踏ん切りがつかない。
今日、部屋の掃除中に万年筆を眺めて見たらブルーブラックのインクカートリッジが入っていることがわかり、インクを買わなくてもすぐに万年筆が使える状況になっていることに気づいて驚いた
でも、普段使いしてるペンがあって、これまた書きやすくてヘビー使いしてるんだよな。速乾性があって、機能的で色んな場面で助けてもらってるし、手紙を書くときはほとんどそのお気に入りのペンをつかうしまつ。ペン先の細さ別に複数使いこなしてる。惚れ込みすぎ。
インク沼ゆーても、最近のSARASAとか見てたら万年筆のインクじゃなくても綺麗な色が出るペンはたくさんあるんだなーなんて考える。万年筆のインクだけが、やたらおしゃれなエモい名前がついてるけど、そこらへんのペンだって、インクの綺麗さは負けちゃいない
ラメペンも最近のは綺麗な色が出てるし、万年筆はラメインクに弱い。ガラスペンがラメインクに強いらしいけど、これまた管理がめんどくさい。
ひいい、いつになったら万年筆使うんだい。せっかく買ったのに
いとことの会話は平和だ。
お互い一人っ子だったこともあいまり喧嘩することなく仲良く遊んできた。
どら焼きが残り一個だったとき、半分こしよーと二人で割っておいしいねぇとにこにこしながら食べていた。四人兄弟で育った母は小学生と幼稚園生なのに平和すぎて驚いたと言っていた。
いとことの体格差がひどかった。
四歳差であるはずなのに同じ120のパジャマを着ていたことをおぼえてる。今じゃ40cmも違う。
どれだけ大きくても 、四歳下。中身は幼稚園生なのでまだまだ甘えたの時期
ねぇね!抱っこして!といいながら自分よりデカイいとこがにっこにこしながら飛んできたのを覚えてる。骨折れるかと思った。
「知ってるか!きりんの鳴き声きっりーーんって言うんだぜ!」と変なことを教えたこともあった。
少しビビりで後ろをついてきたり、横並びで遊んだりかわいいかわいい弟だった。
全力で遊んで山に繰り出して農作業する私とは反対に室内で遊ぶことを好み構造がどうなってるかわからない折り紙をきっちりしっかりと折っていた。山で遊ぶときは私が教え、折り紙で遊ぶときはいとこが教えてくれた。
ふたり揃ってわりと有名な頭のいいところに進学したが、部活にだけ明け暮れてた私は専門学校に転がり落ちてしまった。それを悔やむわけでは全くないが祖母がうちの孫はふたり揃ってすごいんだぞーと言わなくなったことだけが少し悲しい。叩き上げで平社員からトップにおどりでた人の話ばかりするのが悲しい。残念だったなと同情して励ましてくれるのが悲しい。残念だとは思っていないのに悲しい。悲しいというか単純にメンタルがごりっごりに削れる。
いとこは進学先よく知らないこともあいまって私の卒業時には独学とは思えないほど達筆な字で祝いの書を書いてくれた。私と違って頭も良くて手先が器用でものすごく芸達者なのだ。きっと優しいから知っていたとしても祝ってくれただろう。
お礼に誕生日にガラスペンで書いたお手紙をおくったら喜んでくれた。いとこのように字が綺麗なわけではないけど便箋三枚びっしりこころを込めて書いたから許してもらおう。
母方の親戚同士が不仲になるのもみてきた。その不仲に巻き込まれることもあった。すごく辛かった。だから、でき損ないなねぇねでも不仲になることなくにこにこしながら半分こしてくれたらうれしい。
それでもきっと来年も「じゃーねー!ばいばーい!またあそぼうね!!」と十何年も続けた別れの挨拶をして大きく手をふりながら実家をあとにするのだ。
http://anond.hatelabo.jp/20151117174656
ブコメが興味深かったので。オススメしているしていないに関係なく、筆記具っぽいコメントをピックアップしてみました。ちゃんとコメントした人の意図通りの検索結果になるかは未確認。ボールペン、万年筆で分けようかと思ったけど面倒だったのでこれで完成ということで。ミスってたらごめんなさい。