稀にだけど、飲食店で席が離れていても聞こえるくらい激しく盛大に、クッチャニッチャする人を見かけるんだけど、ああいう人って取引先との会食やらデートやら絶対に無理でしょ。どうやって社会生活をおくっているのか不思議でならない。
https://www.asahi.com/articles/DA3S13469934.html
https://www.asahi.com/articles/ASL4V5G1BL4VUTIL02X.html
学校長らは、自治体がおこなった災害時の被害想定も疑い、独自の危機管理マニュアルをつくり、実践して、子どもを守らなければならない――
大川小は、市がつくったハザードマップでは津波の浸水予想区域の外にあった。高裁は、たとえそうであっても、学校はその信頼性を検討し、津波を想定した避難計画を立てるべきだったと指摘。市の教育委員会も指導を怠ったと結論づけた。
高裁判決にあるように「ハザードマップの信頼性を疑ってまで避難計画をつくれ」、となったら、学校だけの問題じゃ済まなくないか?
だって、いざというとき、地域住民も行政のハザードマップに書かれた避難場所を信じて、学校に避難してきてしまうわけだから。
実際、地震直後、50名ほど住民が学校に集まってきているよね。
もしかりに、高裁のいうように、学校が自治体防災担当が示すハザードマップおかしんじゃね?といって学校が独自の避難マニュアルつくってたとしたら、一体どうやって自治体の防災担当と学校は協力するの?
住民は学校に避難しに来る一方、学校は児童連れて別の場所に逃げますが何か?ってことにならない?
そんなことを想像しただけでも、この問題が学校だけの問題じゃないと気がつくはずですが、高裁の方々はもう石頭だな!
多分、第二審に至る経緯としては、第一審は、現場の教職員だけに責任押し付けるの、あんまりだな、ということから、組織としてどうなのよ、というところから始まっているんだと思う。だから、現場の先生方の過失だけではなく、学校の事前防災・防災体制に問題があった、という結論に持っていくストーリーを考えようとしたんだろう。
でも、そこで高裁は、学校組織としてのあるべき理想的な能力を過大に見積もってしまったんじゃない?
ハザードマップ信頼性疑うって、そんなに専門知識もなく簡単にできるの?それぞれの学校がやるべきことなの?
市のハザードマップで大川小は津波の浸水想定区域外だったが、「校長らは市からの情報も、独自の立場から批判的に検討することが要請されていた」として、立地条件などを考慮すれば津波被害が予想できたと述べた。
学校独自に検討しろっていうのがおかしいのに加えて、求められる能力高すぎない?
児童を全力で守るっていう妄想を胸にいただいて高邁な理想を掲げすぎてない?
そんなことが出来るほど、国や自治体は防災に関して教職員研修やっていたの?当時?
というか、そのハザードマップの再検討って、むしろ県の防災担当がやるべきことじゃない?
ハザードマップがその当時の科学的知見に沿って見直されていれば済む話だったんじゃないの?
市は国や県の想定をもとに避難計画をマップに落とし込むのが責務だったんじゃない?
そうやって国や県、市の役割について交通整理をしておかないと、何を根拠に計画作っていいいかわからなくなるじゃない。
計画のすべての根拠となるリスク分析は、国や県の責任でやってくれよ。
そう考えだすと、次の上告審のテーマは、第二審で学校や市の教育委員会だけに責任押し付けたのあんまりだから、
事前防災や学校危機管理計画推進の監督指導・人材育成を怠った国の責任追及だってことになるの?
じゃあ、どうすれば、ということだが。
・避難計画は、行政の知見を前提とし、区域外で災害発生したときの責任はその場の防災管理者の責任ではないことを明確にする。
・学校が行政のハザードマップ疑うときは行政・保護者・住民でリスクコミュニケーションをする
・保護者も避難計画づくりに参画させてフィードバックをもらう。念書をもらえという冷ややかなやり方は責任回避と受け取られるから注意しつつ。
これだけを最低限、しっかりやっておけば、いざ犠牲者がでたとしても「先生のいうことを聞いていたのに」という被害者感情を多少は和らげることができる。
私の伯父伯母はよくうちを「実家」とみなして里帰りして来たけど伯父伯母は母方の祖父の先妻の子なので祖父の後妻であるうちの祖母とは血の繋がらない他人同士だった。
うちは父が結婚を機に分家して建てた家で、祖母は嫁入りしてきた母にくっついて来た、祖母本人曰く「居候」の身の上。
そんなわけで縁もゆかりも無い家に伯父伯母はしばしば里帰りして来たが、家族の誰もそれを変だとは思っておらず、実家とか家族とかの定義がゆるゆるのまま楽しく暮らしていたっていう。
私が直接的に関わって嫌だった話ではなく、SNSやブログのコメント欄を見てて思うこと
すぐに「バカじゃねーの?」
終いに「話しててもキリがないので、さようなら」と、ただ汚すだけ汚して、帰ってく迷惑な人たち(Twitterでよく見ます)
一言目に「はじめまして」とネット上だとしても挨拶、その後に「〇〇さんの言っていることを理解したつもりです。その上で個人的には〜〜」と続ければ、例え内容は批判されていたとしても、発言者の心を疲弊させずに済むと思う。そして何よりどちらも傷つかない。
そして、発言者もついたコメントが意味分からん且つ批判的だったとしても「ご意見ありがとうございます」から、始めればいいのに……
(時に、丁寧に意見を伝えているのに、発言者の方がぶっきらぼうに返してくる時もある)
なぜ、少し、相手のことを思いやれないのだろう。ここ増田(?)でもよく見かける。
インターネットの向こうには人間がいる、なんて小中向けのインターネット教室みたいなことを言うつもりはなかったけど、つまりはそういうこと。次元が違えど、人と人が言葉を交わしてるってことはコミュニケーションであって、「ボール投げますよ」の声かけなくボールがすっ飛んできたら当たって痛いよね、って分かってない人多くない?って話でした。
んで、話を聞いていてふと思ったのだが
以前ホッテントリした機械室で事務仕事させられて入院した人https://anond.hatelabo.jp/20180403154941って
Q;どんな症状がでますか?
A;ジクロルボスは、吸入、経皮、経口によって中毒症状がでますが、特に吸入による中毒に注意が必要です。有機リン系農薬による中毒症状としてコリンエステラーゼ活性阻害による症状を示します。
軽症;倦怠感、頭痛、めまい、胸部圧迫感、吐き気、嘔吐、多量の発汗、下痢、腹痛、軽い瞳孔の収縮など
中程度の症状;(軽症の症状に加えて)瞳孔の収縮、けいれん、歩行困難、言語障害、除脈など
重症;瞳孔の収縮、意識混濁、全身けいれん、血圧上昇、失禁など
http://www.eiken.pref.kanagawa.jp/008_topics/files/topics_081016.htm
実家とは自分が生まれ育った家であり、今も家族が住んでいる場所ではないだろうか。仮に実家がそのままでも別の家族が住んでいるなら実家とは呼ばないはずだ。
話は変わるが、私は夜12時前のド深夜に客間の大掃除をしている。明日も仕事なので、朝5時には起床しないと間に合わない。
それでも、明日までには客間を片付けなければならない。
明日には東京から、我が叔父上が「実家に」帰って来られるからだ。
彼の「実家」の話をしよう。
彼の両親は既に「実家」にはいない。死んでいる訳ではないが、どちらも要介護で施設の世話になっている。
私や母にとって彼は他人だ。(私は一応血の繋がりがある近親者ではあるが、オリンピック開催期間より短く、トリノの次はロンドンぐらいの間隔で帰ってくる人間に親しみを感じるほどの交流が持てない)
私自身だとどう感じるだろう?
兄弟が結婚して家庭を持ち実家に住んでいる。もう両親もいないのに、兄弟の家に実家として帰ることが出来るだろうか。
いや、無理だろ
ど〜考えてもその状況だと私はそこんちの家族じゃない。
うだうだ理屈をこねくり回したが、最終的に言いたいことは、深夜に明日帰るとか連絡してきやがってこのタコ!ホウレンソウは素早くしろ、私の何倍社会人やってんだ!!という二言に集約される。ここは既にアンタの実家じゃねぇ。
今日結婚式行ったけど、幸せオーラに浄化されていく自分がいて泣いた
ご祝儀要員だとしても、呼んでくれてよかったよ
だって、身内のとちがって、俺以外の人と俺接点ないもん
でも、良かったもん、じゃあいいじゃん
まあ、二次会は帰りましたけどね、あとはよろしくやってください
読点、打ちすぎだろ、どう考えても。
https://anond.hatelabo.jp/20180430000114
を書いた増田だけど
「ヘテロセクシャルが世の常識でありそれが普通の人でありそれ以外は異常な変態」
と言う認識が、仮に完全に消えうせたら
「T」の中の、異性装だけ求めて身体を変える事までは求めない人たちについても
徒歩通勤のワイ高みの見物