上とか下じゃなくて、そもそも分かれてないんです。いわゆる開発者が設計・実装・テストまで全部やります。日本みたいに上流のSIerがいて、下請けのプログラマーがこきつかわれる・・・みたいな構図にはなってません。
役所のルールに則って手続きや書類作れば速やかに処理してくれるけど、まさか窮状を嘆いたり相談して何もしてくれなかったなんて言ってないよね?
せいぜい自立支援医療か、所得が発生しなかったがゆえの所得税の免除、医療費の還付を受けたくらい。
公務員の対応に思い出せば思い出すほど殺気しか湧いてこない。どうしろというのか。
以上のことから、精神疾患の労働災害なんて本人が死んでから、遺族がするものと認識している。
生きるのが苦しい。
手は打てるだけウチました。
というものがあります。すなわち、パワハラによる精神疾患で労災申請ができなければ、二度目は不利になります。
事実上、二度目はないのです。なぜ骨折などの物理的なものには認められることはあるでしょうね。でも精神疾患にはひどく冷たい。
だから、死んだほうがマシ。
連続で書くー
ネットで「最近これこれに興味あるんです、この話詳しく知ってたり、オススメある方、教えてくれたら嬉しいです!」って書くよりも
「最近これこれ話題だけどつまんなくね?アレアレの方が絶対おもしれーし、勝てる要素あるなら言ってみろよwww」
みたいな感じで書いた方が意見もらえたりするじゃん?するの?しらんけど。
後者みたいな書き方したことねえなあ、印象悪いじゃん、ついったーとかのさ、ところじゃさ。
俺は出来ないよ
近頃家でもPCいらなくて、タブレットで充分だなと思う事が頻繁にあり、
どうした、最近ここに来てなんか書き過ぎじゃないのか。今年に入って2回め?3回め?まあそんなことはいい
俺は煙草吸わないけど、別にタバコ休憩行く人見てもなんとも思わねえ
他人がサボって給料もらってようが何しようがかんけえねえよなあ
おれはやってんのにあいつはやってない!って考え、わからんでもないしわかるしまあ分かるよ
俺は残業してるのにアイツは残業しない!まあわかるよ、わかるけどわかんねえよ
やーまあ結局何が言いたいかって、そんな他人のこと気にしてるのって無駄だわ
どうでもいいっすよ、他人が何しようがさ
いや俺がチョー上の立場であーこりゃ不公平だわってなんか指示したり決め事したりするってんなら話は別だけどさ
別にこのことだけじゃないんだけどさ、なーんか他人と比較してばっかだねーって話多いっすね
優越感っての?アレも同じー
他人と比べて上だ下だの
比較してばっか
好きだねえ、そういう話、みんなさ
まあみんなじゃねえけどさ
その金を使って企業がエンジニアの奪い合いをしてるので給料が高くなる。
そういう性格ならちょっと手を出してみたくなることはいくらでもあるし(ホントにいくらでもある)、
最低でも一定期間はそれを楽しめる上にそのたびに世界観が広がるので
そんなつまらんことにはならんと思う
自分は器用貧乏であるという自覚がここ数年なんとなくある。自分で器用とか言うのか、というのはあるが、しかしそうなんとなくそう思ってしまう。逆に、どうせ何者にもなれないのであれば器用貧乏であるということをせめてもの誇れるアイデンティティにしようと思って過ごしているのかもしれない。
自分は今大学3年で、いわゆる情報系の学部に所属している。機械みたいなのは小さい頃から好きだったし、中学や高校のころからなんとなくプログラミングの真似事のようなこともしていたので、まあ自然な流れだと思う。といっても、高校の最後のほうでも、2chのパソコンの大先生コピペ(Windows Serverのポート番号がどうたらみたいなアレ)の意味を正しく理解できてない程度だったけど。
それでもって、大学に入ってからは以前よりもプログラムを書いたりすることも増え、先輩から紹介してもらったアルバイトとかもやりつつ、一応なんとかそういう職種に就けそうというところまでにはなったと自負はしている。
ところで、昔からずっと自分は熱しやすく冷めやすいタイプ、もしくは飽きっぽい性格だと思っていて、そんな感じなので中途半端にいろいろな趣味に手を出しては有耶無耶にしてきた。当時はニコニコ動画の音MADが自分の周りでそこそこ流行っていたりしたこともあったり、パソコンはまあまあ得意なほうだったので、それを使って何かを作ってみたい、みたいなことを思い、動画とか音楽とかに中途半端に手を出しては挫折していた。
今でもその時の経験が微妙に役に立つこともあるけど、そのころから何かをがっつりやってる人間にはそれらで敵うことはまずないだろうし、万事がそんな感じなので、漠然と自分の将来が不安になることがたびたびある。今自分が就活するとして、スキルに支払ってくれる対価や、楽しんでやれる仕事かどうかという観点で職種を選ぶならプログラムを書く仕事になるのだろうと思っている。それでも、超複雑なアルゴリズムを駆使したプログラムを書けるとか、そういうことはないなあ、という感じもしている。もちろん、今から勉強してやっていけばいい、というのはあるだろうが、いやしかしその間に奴らはもっと先に行っているに違いない、みたいな気持ちになってしまう。最近流行りのディープラーニングや量子コンピュータとか、もっとよくわからない何かが滅茶苦茶発展した先には自分の居場所はあるのか、みたいなことを想像して、意味もなく辛くなったりしてしまう。
この話に特にオチはなくて、最近は開き直って本当に居場所がなくなったら死ねばいいかという風に思っている。とはいえ、そういうメンタリティで過ごしていると実際にそうなったときに困ってしまう、というのは大学生活(留年した)の間で学んだことの一つでもあるので、どうしたものかということを考えている。どうしたものでしょうか。
詳しい人はみんなそう言ってますね。
まったく気が乗らない相手とデートするという謎行為を年一回くらいの頻度でなぜかやってしまうんだけど、
それはそれはまったく気が乗らないから直前まで行きたぁぁくないぃぃぃぃよぉぉぉぉぉぉってなる。
で、今なっている。そもそもなぜ気が乗らない相手を誘うのかって話ではある。根は深い。
テキスト売るってことだけなら電子書籍の各メーカーのフォーマットに縛られないほうが楽。
ほんと開発コストだけで死ぬので、出版点数の多い大手か、コストをコストだと思わなくてもすむ個人単位でしかできない。
中途半端に配布ファイルを生成できるようなシステム作っちゃうと年がら年中アップデートして検証してで、完全にコストのほうが勝ってしまう。
当たり前だよね、余ってる社内人材(終身雇用だと思ってる高級なひとたち)はシステム開発、百歩譲って開発のマネジメントでさえもできないんだから、現在の会社の維持コストにまるっと電子書籍制作コストがアドオンなんだもんね。
あとAmazon横暴すぎるのでもう応対したくない。