はてなキーワード: 直接民主主義とは
判っていてあえて、とも思うのですが。
「意思決定の手法として対話を最善と考える」のは、あくまで「代議制民主主義」
代議制民主主義においては「多数決は糞」でいいのですが、直接民主主義の理念に
おいては、「多数決」について、そこに一般意思を認める、少なくとも「話し合い」
知っていて「民主主義」とその一部の一派でしかない「代議制民主主義」との区別を
あえて曖昧にして書く誤魔化しをしているように見えるのですが・・・
ついでに橋本氏はキャリアからすると不自然なのですが、法学のプロであっても
政治学については素人であって、本当に政治学については疎い可能性があると
思います。橋本氏は過去に「首相公選制と大統領制を混同していて、首相公選制の
主張のつもりで大統領制を唱えて、後に用語混同に気付き訂正した」などという
政治学の基礎を知っていればありえない間違いを冒したこともあります。
この泉は、ごく一部のお金持ち、金融機関、そして政治家などの特権階級の人々のみに独占されています。
国債は政府が発行します。これにより、政府は債務が発生しています。その額、1000兆円超。
1000兆円の国債に対し、償還されたときに支払われる金利はいくらか?年利1%だとしたら年間10兆円。
支払われる10兆円のお金、これ、当然購入した債権者に支払われています。
つまり日本は、今後も右肩上がりに成長するという大前提の元、どんどんお金を作り出しています。
そして作り出したお金は、ごく一部の特権階級の人々に自動分配されていきます。
けっきょくのところ、国際的な信用を元にしてどんどん政府に借金させて、その金利をかすめ取っている人たちがいるということです。
これがなぜ破綻しないのか。
それは、バブル期に大痛手を追った金融機関が結託して、絶対に破綻しない、お金を無限増殖させる仕組みを作る共謀者だからです。
金融機関は、自分たちが破綻しない限り債権を売り浴びせたりはしません。なぜなら勝手にお金を生み出す仕組みだからです。
もしどこかの金融機関が破綻しそうになったら、必ず政府は「借金してでも」その金融機関を救済します。
政府は財政削減などと言いながら、絶対に支出を減らすことはありません。
このお金を生み出す仕組みは、借金の額が多いほど、生み出す金利も大きいからです。
国民の監視の目が厳しくなっているため、パフォーマンスとして事業仕分けをしたり、公共事業を減らしたりしますが、一方で理由をつけて支出を増やし続けます。
「政府」という組織には、その借金に責任を持つ人は誰もいません。
どんなに「政府」が借金しても、「借金取りに追われる人」というのはいません。
財政赤字が膨らんでも、債務者と債権者が結託している限り、その債務は単なる見せかけに過ぎません。そしてその巨額な債務に対し「実際の金利」は支払われ続けます。
「国の借金が危機的状況」とか「国民一人あたりの借金額がウン万円」とかいうのは全部嘘っぱちです。
実際は国債という名の紙切れを元にして金利を掠めとる詐欺行為が堂々と行われているのです。
本来であれば無駄な借金を減らし、余剰資産は国力の増強に投資すべきなのに、それをぜず、子ども手当、高校無償化、被災地復興、高速無料化、原子力発電などなど、
「政府が主導しなくてもいい」社会活動に巨額投資して、日本の国力を奪っていってます。
それを主導しているのは誰か。
仮想敵国、中国や韓国、ではありません。もしかしたらそうかもしれないけど、直接的には「強欲な国内金融機関や投資家」です。
彼らは国に借金させることを推進して、自分の利益にしています。
そのために政治家を利用しています。政治家はとにかくお金を遣うことに邁進しています。
日本はしばらくは破綻しないけど、これが続くと、おそらくは大きく衰退します。
お金持ちはますます富みますが、一般市民は蔑ろにされ、政治に対する当事者感覚を失い、愚痴っぽく不満ばかり言う烏合の衆に成り下がります。
まずは主導者たる行政府が「お金に執着しなくなる」必要があります。
また、金融機関は、国債の金利だけじゃなく、自律した経営力を身に付けていく必要があります。
そして我々国民は、今以上に監視の目を強化する必要があります。そして直接民主主義の活動を強化していく必要があります。
政府に対して国民が「お客さん」状態ではいけません。政府は我々の代表であり、代弁者ですから、おかしなことを言う奴、する奴は徹底的に排除して、民意を反映させる努力をしなければいけません。
国民みんなで主体的に作り上げていくことができる、もっと自律した社会というのを求めれば、それはきっと叶います。
その時には、「永久にお金が溢れ続ける泉」のようなファンタジーではなく、みんなが物語の主人公になり得る、素晴らしい社会が実現できるはずです。
・憲法は権力の暴走を止めるためにできた(中世イギリス)。作らせたのは議会(という名の業界圧力団体。女子供と貧乏人は入れない)
・民主主義は、愚民どもが王様の資産を食いつぶす制度だとしてずっと忌み嫌われていた(ちょっと前のアカと名まえは反対だが実質同じ扱い)
・民主主義には直接制と間接制がある
・民主主義がプラスイメージに変わったのはアメリカがフロンティア開拓で「経済的に成功」して、国を大義名分でうごかしてから。議会(という名の商工会みたいなヤツ)にはやはり女子供はいない。経済団体。
・直接民主主義は昔のギリシャ、スイス、新しいところではEUの加盟投票、アメリカ大統領選挙(票のごまかし多発)。あまりうまく機能していないのは間接制とどっちこっちいわん程度。アメリカのも、イラン戦争からこっち軍国主義の兆し(石油系圧力団体がやらせた)、結局古代ギリシャと今まで、数が力なのは同じことか
・名まえと大義名分はどうあれ、戦争や暴力は経済システムに打撃を与える。戦争が技術を発展させるってのは、核ができるまでの話。戦争でレアメタルを絞られたらコンピューターの1つさえ作れないんじゃね。日本今BIOSつくってないし。
・中国支配したいならフツーに有り金で中国株買えばいいじゃん。株主だから経営に口出しさせろ、ちっとはマシな企業人、国際人になれっていってやれ。
どこまでがごり押しでどこまでがそうでないかはかだって個々人の解釈なんかで幅が出るケースが多いし、TPO(ry
たいていの場合自分と違う意見が通る場合はごり押しとレッテル貼られてるだけと思う。
署名やデモどころか選挙で信任されてる与党が法案採決するだけでもごり押しだって言う人いるんだからね。
ごり押しと呼ばれるものは民主主義でないとすると一部にでも「俺様は納得しない」と思われたら全部非民主的だって事になる。まあ彼らは本気でそう思ってるのかも知れんけど。
全部直接民主主義でやってないだけでしょ。国民投票とか署名やってるところはいくらでもある。日本でも憲法の中に書いてある。民主主義だからといって選挙や議員を通さないと駄目ってわけじゃないだろといいたかったんよ。政治運動だって法律の中に書いてない運動は駄目ってわけでもないはず。
そもそも法律自体の解釈に幅があって行政と司法で違ったり、裁判所間でも判決変わったりするのに、基準があるからどこまでが法律自体の問題か明確な線引き可能とも思えないけど。
一回くらい、他人のために国のために自分に何が出来るのか考えろって話をしたかっただけ。
ただ、さまざまな問題において批判されるべきなのは上の人間ばかりじゃない。
そのとおり。末端を責めるのはおかしくはないよね。
別に朝鮮人でもいいだろ。
引用するのは良いんだが、いちいち文脈をバラバラにして揚げ足を取るなよ。
制度として定められた手続きを踏まず、集団の力で要求を通そうとするならそれは強訴だ。
何でもかんでも署名を集めればいいってもんじゃない。
それこそが民主主義の本質だろ。
確かにそういう一面はある。しかしあるべき姿かと言われたら違うだろう?
それに直接民主主義なんか言葉だけの制度だ。現代国家で直接民主制とってるところなんか無いぞ。
そっちこそ直接選挙制と混同してないか?
どこまでが裁量による問題でどこまでが法律自体の問題かだって個々人の解釈なんかで幅が出るケースが多いし、TPOでも変わるんだから、お門違いともいえないだろう。
一部に関しては具体例を挙げなかった俺が悪かった。
量刑は刑法で上限が決まってるので、感情的に納得いかなくても裁判官はどうしようもない。上限以上の刑を課すことは出来ないから。
無戸籍児に旅券を与えろって話にしても、行政に対してメチャクチャ言いすぎだろ。
行政は目いっぱいゆるい裁量してるじゃないか。なのに「姓が違うのは嫌」とか、そもそも親がいい加減な事したからこんな事になってんだろ。
そこら辺を全部棚に上げて、「私たちは不正と戦います」みたいな顔されても納得いかない。
もちろん子供に罪は無いけどね。
あと、「どこまでが法律自体の問題か」っていうのは明確に基準があるので解釈やTPOで変わったりしない。
末端を責める前に立法の問題とするのはコンビニや外食店の店員の接客が悪いからといっていちいち株主総会で役員を糾弾するのと変わらない。
ところでヒトラーを選んだドイツ人やブッシュを選んだアメリカ人というのは賢人なんだろうか。
日本国憲法第15条では「選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない」と書いてある。責任を問いたいなら、末端の国民を責める前にまずは憲法自体を問題視すべきなんじゃないかな。
何が言いたいのかわからない。
俺は責めてるんじゃない。
自分たちがやったことは棚に上げて国が悪い、私たちは被害者って言ってる奴らに怒りを表明しているんだ。
そしていつ俺が日本人より外国人のほうが賢いなんて言ったよ?賢人なんて居るわけ無いだろ。なにが「ところで」だ。
法的責任を問われないからと言って、一国民としてのモラルを忘れていいってことじゃない。
一回くらい、他人のために国のために自分に何が出来るのか考えろって話をしたかっただけ。
庶民様には受けが悪いことくらい分かってるよ。
ただ、さまざまな問題において批判されるべきなのは上の人間ばかりじゃない。
http://anond.hatelabo.jp/20070505110904
それこそが民主主義の本質だろ。あなたは代議制とか三権分立とか立憲主義とか法の支配と民主主義を混同してるんでは?
直接民主主義というのがあるように民主主義だからといって間接じゃないといけないと言うわけじゃない。
しかしだ、問題が役所の裁量を超えたところ、つまり法律自体にある場合に
人数を頼んで役所に押しかけて「なんで我々の要求が通らないのだ」と喚くのは文字通りお門違いなのである。
どこまでが裁量による問題でどこまでが法律自体の問題かだって個々人の解釈なんかで幅が出るケースが多いし、TPOでも変わるんだから、お門違いともいえないだろう。
ところが国民は往々にして末端を責める。それでは事は動かないばかりか、立法府が定めた以上のことを行政や司法に求めるのは
自らの主権をないがしろにしていることと変わらない。
末端を責める前に立法の問題とするのはコンビニや外食店の店員の接客が悪いからといっていちいち株主総会で役員を糾弾するのと変わらない。
ところでヒトラーを選んだドイツ人やブッシュを選んだアメリカ人というのは賢人なんだろうか。
与えられたものの価値を知りもせず、囃し立てられるままに踊り、文句ばかりを垂れ流しながら責任は取らない。
日本国憲法第15条では「選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない」と書いてある。責任を問いたいなら、末端の国民を責める前にまずは憲法自体を問題視すべきなんじゃないかな。