はてなキーワード: 平民とは
http://anond.hatelabo.jp/20111027120538
この人の苦労は何なんだろう?と考えてみたら
常識的な人間が我が儘だったり勝手だったりする人間に苦しめられる図式みたいなものなのかなと思った
気が強い美人とかかな?
と考えてみたら
そういう人は、大抵シードされた状況にいる事が多く、平民男性が関われないという場合も多いなと思った
こういう事に反応が多い増田って、結局これなのかな?
http://anond.hatelabo.jp/20071209013512
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元増田の方も書いてた、事務職に、何の力も後ろ盾も無い人が行くと、時には危ない場合もあるって事なのかな
事務職って言う言い方は範囲広すぎだけど
会社が一般職OLをどういう存在としてるかって事もわかって怖いな
これだったら、お水の方が良いと、社員に思われてしまう会社って・・・・
これが一つじゃなく、多いと言うのも怖いな
なんで興味がないかって言うと、「今の日本」では誰が総理大臣になろうが何も変わらんと思っているからです。
なんで「今の日本」っていう言い方してるかというと、私は今の国の状態ってのが別に政治家のせいだとは思ってないからです。
※ ※ ※
私は人間って生き物は基本「自分が一番かわいい生き物」だと思ってます。それは政治家も国民も変わりません。
で、政治家ってのはうかつな言葉を発したり、キャバクラ行ったところをマスコミに写真とられたりしたらめちゃくちゃ叩かれますよね。
要するに揚げ足とられるし、監視されてるしで、非常に不自由なんですねあのエラい人達は。
あなた、自分の言うことすぐ揚げ足とったり、キャバクラいったら文句言うヤツと友達になれますか?
別に法律違反してるわけじゃないのに、ちょっと刺激的なこと言ったらグダグダ言われ、仙人のような行動を強要してくるヤツ。
オレならそんなヤツ絶対友達なれません。むしろ超うぜえと思う。てめえはオレの親かこのボケがってなるよ。
自分らは平民だから何したって何言ったって自由だけど、お前らは国のリーダーなんだから聖人君子でいやがれっていう存在。
当然ヘタな事言ったら揚げ足とられるから言葉を選びまくるよね。だから政治家の会見って「あー」とか「おー」とか言いながら、
なんか当たり障りのないこといって「まことに遺憾であります」とかで終わるのばっかでしょ。
気付いたかな? 政治家がめっちゃ口汚く過激な発言するときって、決まって今やってる不信任案の討論みたいに「対象が特定の
政治家あるいは政党」に限定してるとき、つまり自分らの身内に対してだけなのよ。
すごいでしょ今日の管首相への言い草とか、下町の酒場でこんな言いあいしたら絶対殴り合いになりそうな勢いよ。
ぶっちゃけこの過激な討論そのものが、オレには政治家の世論をえるために自分らをいかにも人間くさくみせるパフォーマンスにしか
見えないのよね。こんだけ身内には罵詈雑言吐けるのにそれ以外ではいつもあーとかうーとか言ってるわけだから。
つまり政治家は国民のためにうんぬんなんて最初から考えちゃいないと思うのよ。
なんで自分のことは棚に上げて要求ばっかりしてくるヤツのために何かしなくちゃならんのよ。あなただったらそんなヤツのために働くか?
だからオレは政治に興味がない。その一番の理由は政治家と国民がお互いにお互いをどうでもよくしちゃってるから。
じゃあどうすりゃよくなるのか。これははっきりいって「国民側」が基本意識を変えなくちゃいけないと思う。
別に過激なこと言ったっていいじゃない、ちゃんと言ったことを実行してくれるなら。
別にキャバクラ行ったっていいじゃない、ちゃんと仕事してくれるなら。
日本をうまく操縦してくれるなら、些細なことはどうだっていい。離陸してまだ安定しないうちからケチつけてすぐ辞職だなんだと騒ぐから、
国はいつまでたっても安定しないんだよ。それはなんちゃない、国民意識がそういう風になっちゃってるからだと思う。
政治家だって人間なんよ。国民と同じ。彼らだってオレら平民と同じように無責任なこと言いたいし、ハメはずして遊びたいんだよ本当は。
オレもお前も 私もあなたも 吾輩も貴様も わらわもそなたも 皆同じ人間なんだってば。
その辺をまず国民が理解した上で、くだらないことにこだわる前に「やるべきことをやっているかどうか」にのみ注目するようになれば、
おのずと政治家も国民に心を開いて政治と国民が本当の意味で一体となって国をよくすることができるでしょう。
そういう態勢が今の日本じゃ望むべくもないから興味がわいてこないってわけなのですね。
今の日本じゃ、本当に変えたいと思ったら自分が超エラくなって自分で国を変える力を持つしかないもの。
でもそんなん無理だから、オレは国に対してなんも求めない。自分で変えようって努力もできねえのに、要求ばっかするのはカッコ悪いと
思うから。もちろん税金たくさんとられたら、「日本め!」とか思うこともあるけど、しょうがないよね国民なんだから。
もし今の国に文句があるならさ、お前が変えてみせれよ。それができねえなら、黙れ。
それもできないなら、国民意識を変えていくために、政治と国民を本当の意味で一体化させるためには何をすればいいか考えようよ。
まあ今回書いたのはあくまでオレ個人がそう思ってるってだけなんで、そんなわけねえだろアホか死ねとかいろいろあると思います。
とりあえず今の政治討論とかいつ見ても劇団ひまわりにしか見えん。
誰かこういうの得意な人、本当の意味で国がよくなるためにはどうすればいいのか語ってくれw
http://kkmmg.at.webry.info/201012/article_11.html
「強盗したお金で御社の車を買ったと犯人は言っていますが、どう思いますか?」という意見に対してトヨタ従業員の人が
な ん と も 思 い ま せ ん
とか言ったら、やっぱマズイよなーというはなし。
その従業員の人は100%悪くないのにね。
でも意見している人は
「大変不幸な事件が起こり、犯人が当社の車を購入したことは残念です」
例えば従業員の人が、全然車の製造とは関係ない関連会社に勤めてる人だったとしても。
ブログ運営してる人も「トヨタの従業員です」って言うなら、自社関連のネタが出てきたら徹底抗戦するか、
理不尽でもなんとなく頭を下げるかどっちかすると思う。
徹底抗戦なんかしたら、下手すれば身元が割れて会社にいられなくなったりするからふつーはできない。
「集められた税金は、すべて全国民のために使い、私も一公僕として精一杯勤めております」
くらい言っとけばですむ問題だっていうのに、ただでさえ公務員に風向きが悪い状況であるにも関わらず、
さらに貧乏人どもの納税でおれらの給料まかなえるとでも思ってるのか
ともとれるような発言しちゃってるのは、公務員は企業イメージとか無縁だし、無邪気に自分が思ってること言っても安定してるっていうもあるし、
と言っていながら、
大人しいのになんか印象として一クセある服装してたり。「目立ちたくないならユニクロでジャストサイズのシャツとスカート買えばいいのに。白と黒で」って余計なお世話なことを思ったりしてた。
と言う矛盾。
まぁ、個性的だけとおしゃれじゃないと。言いたいんだろうが。
そんな辺り。
日本と言う国は、他国と比較した場合に異常なほど無彩色に近い色の表現名が多い。
江戸時代に平民に無彩色が推奨されていた時期があるからなんだが、わずかな違いで名前が違う。
黒ですら、黒、漆黒、濡羽色、少しでも色が付くと紅黒、黒緑、烏羽色などと呼ばれる。
そんな国のアートが、無彩色に近いどどめ色とか、豊富にある和彩色で表現されていても何も驚く事は無いと思う。
なぜ「キモい」ことはいけないのか?
理解できないから。
理解できないから、危険かどうかが分からない。
というか、理解できないものは危険な事が多いから避けたいと思うのは当たり前。
海外のblogで初音ミクについて熱い(長い)文章を書き込んでいるのを見かけたので試しに翻訳してみた。無断翻訳なので匿名で。urlは以下の通り。
http://deliciouscakeproject.wordpress.com/2010/09/20/hatsune-miku-and-the-magic-of-make-believe/
=====以下翻訳=====
そこにはバルトロメオ・クリストフォリって名前のすげえヤツがいた。こいつの得意技は楽器を作ることだった。何でも作ったわけじゃない。当時はひどく弱々しいちっこいもので、しょぼい羽柄が並んだ弦を引っかいて金属的なチャリチャリした音を出すもの、つまり鍵盤楽器を作っていた。いわゆる「バロック・ミュージック」ってヤツだ。クリストフォリが音楽技師として、また機械技師としてやったのは、弦を異なる強さで叩くハンマーを使った仕組みづくりで、それによって演奏家は小さい音(ピアノ)や大きな音(フォルテ)で演奏できるようになった。だもんで皆それをイタリア語でピアノフォルテと呼んだ。もちろん、今ではお前も俺もそして誰もがクリストフォリの発明品をピアノと呼んでいる。
イタリアはピアノを発明することによって、日本が初音ミクを発明するための扉を開いた。
***
俺は今、ここサン・フランシスコの150席しかない小さな映画館で、秋のアイドル公演を待っている。チケットが完売した「39[ミク][[Sankyu!]] Giving Day」コンサートの上演を見るために、愚かな時間の無駄遣いをする連中が集まっている。コンサートじゃ電子的に創造されたポップアイドルつまり緑の髪をした女神が、ゼップ東京のコンサート会場で生演奏するバンドにあわせて踊り歌っている様子がスクリーンに映し出されている。それはまるで、一部はライブなんだが、本当はそうではなく、「本物」のボーカロイド・コンサートでお目にかかれるのに近いものだった。言ってみればゴリラズを見に行くのとそれほど違いはない。伴奏は本物のミュージシャンが作り出しているが、客が見ているのはいわば巧妙なごまかしの表層であり、音楽に命を持たせるために使われる動くペルソナだ。これがミクの魔法である。それは見せかけの魔法だ。
***
クリストフォリがピアノを発明した頃、J・S・バッハは平均律クラヴィーア曲集を書いた。そこでは要するに鍵盤楽器の各音程間で一通り数学的な調整をすれば、突然どのような調号でも十分演奏できるようになるということが言われている。言い換えれば、何か妙なことをしようとした際にいつも調子はずれの音を出すのではなく、初心者から中級までのピアノの生徒がやらかす糞を抑えるような5フラットとか7シャープとかそういったことが完全にできるようになる。これによって18世紀の鍵盤楽器は初めて、いちいちくそったれな調律をしなおすことなく新しい楽想を試すことができる原始的なワークステーションとなった。
数十年後、ようやくピアノの価格が下がり十分なほど生産できるようになったことで、それは非常識なほどの大金持ちだけの特別な楽器ではなくなった。代わりにそれは有名な王族たちのような常識的な程度の金持ちが購入できるものとなり、彼らは好んで地元の作曲家を雇い自分たち(とその客)を楽しませるために音楽を書かせた。こうした作曲家の一人があのヴォルフガング・A・モーツァルトであり、彼の特別な才能は主に下ネタと女性の音楽生徒に対する性欲の面で発揮された。もちろん鍵盤楽器からふざけた音を引き出す才能もあり、その短い人生の間にモーツァルトは最も好きな楽器をピアノに決定した。彼が書いた27のピアノ協奏曲(本当に素晴らしいのは最後の10曲ほど。アニメのシリーズのようにモーツァルトのレパートリーは後半になるほど良くなった)は、単に協奏曲の形態にとって画期的な礎石となっただけでなく、ピアノ音楽の基礎を築いた。モーツァルトの協奏曲はこう言っているようなものだ。「これこそピアノにできることだ! ピアノだけでなく、オーケストラと一緒でもいい! まさか今更ハープシコードに戻ろうってんじゃなかろうな?!」
モーツァルトより後の時代の人間は皆彼に同意した。ひとたび音量の大小を調整できる鍵盤楽器を手に入れてしまえば、弱々しいチャリチャリした機械になぞ戻れっこない。これが230年ほど前の出来事だ。ミクへの道は一日にして成らず。
***
ミクの公演にやって来たファンの男女はいろんな連中の寄せ集めだ。彼らの5分の1ほどは当然ながらボーカロイドのコスプレをしている。何人かはケミカルライトまで持ち込んでいる。コンサートは全長1080ピクセルの巨大なスクリーンで始まり、全劇場用サウンド・システムが炸裂し、観衆は最初はためらいがちに見ていたが、最初のいくつかの歌の後は雰囲気が盛り上がってきた。彼らはスクリーンの中の群衆と一緒にリズムに合わせてケミカルライトを振り、曲が変わると歓声を上げ、各ナンバーが終わると拍手をした。単なる録音と録画じゃねえか、などというたわ言は知ったこっちゃない。理論的にはゼップ東京の群衆だって同じように録画を見ていたんだ。本当に「ライブ」で演奏される音楽など、現代においてはクラシックのオーケストラと民族音楽の演奏くらいしかないし、それにシンフォニー・ホールですら今日ではマイクが使われている。誰もが電子的な助けを借りて音楽を聴いている。ひとたび電子機器を楽器として受け入れることを覚えてしまえば、ミクを愛するのは簡単だ。彼女がモーツァルトの魔笛のアリアを歌っている動画を聞いてみよう。
http://www.youtube.com/watch?v=gr9fbQzNpqA
***
19世紀欧州で、もしお前がピアノの演奏ができない作曲家だったとしたら、お前は存在していなかっただろう。それはもはや単に大小の音量で演奏できる楽器にとどまらず、巨大な和音構造物であり、多音パッセージワークであり、一人の演奏家の手で「あらゆる音符を見ることができる」ものとなっていた。もしピアノがなければきっと「2人のバイオリニストとビオラ及びチェロ奏者各1人をかき集めて旋律が上手く行くかどうか調べにゃならん」てなことが起きていただろう。そしてもちろんチェリストは、ある音符について「どぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅん」と演奏するようお前が何度も何度も何度もお願いするのにうんざりして1時間後にはそこを立ち去ったことだろう。
少なくともピアノがあれば、お前の小さな指以外に迷惑をかけることなく「どぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅん」とやることができる。
かくして1800年代においてピアノは中心的な作曲道具となった。そして同時に社会の中産階級が暇と屑な時間を持つところまで進化し、そしてもし彼らがスポーツやゲームを発明しなければ、彼らは音楽その他を演奏したいと望み、そんでもって家に持ち込むためピアノを注文できるようになった。欧州だけでなく日本でも、少なくともウィリアム・ペリーが彼らを開国して西洋化が始まった後には、同じことが生じた。基本的にピアノは文明化の証と見なされ、そして有名な山葉寅楠ってヤツがイケてる連中のため日本製ピアノを作り始めた。
19世紀末と20世紀は音楽制作にとって黄金時代だった。楽譜を買って他人の歌を演奏する方法で「音楽を作る」こともできたし、あるいは作曲と理論について十分に学び自分の曲を創造するというやり方で「音楽を作る」こともできた。そうした取り組みの多くはピアノの周辺で起きた。ピアニストが力を得た。鍵盤があれば、お前はスターになることができた。
そして、とんでもないことが起きた。
***
ミクだけじゃない。巡音ルカとリンとレンも公演に出てきたぜ! 全ボーカロイドのパーティだ。彼らの異なる声質と、ミクと組む様々なやり方は、見事な音の見本集になっている。他のキャラクターが登場するのを見た観客たちは熱狂している。異なるシンセサイザー・プログラムのマスコットに過ぎないにもかかわらず、彼らはまるで我々の友であり家族であるかのようだ。ようつべとニコ動を使って彼らを我が家へ招待しよう。彼らの声を我らの生活のサントラにしよう。電子的に作られたアニメキャラが本当のミュージシャンになれるのかって? おk、ならお前に聞いてみよう。魂のない箱がお前の周囲の空気を震わせているけど、それは本当の音楽なのかい?
***
それこそが実際に起きたとんでもないことだ。録音された音楽。録音された音楽こそ、音楽史の中で起きた最悪の出来事だ。
ひとたび蓄音機を、ラジオを、レコードプレイヤーを、カセットプレイヤーを、CDプレイヤーを持ってしまえば、音楽を楽しむのに「音楽を作る」必要はない。コンサートホールのチケットを手に入れる必要もない。単に座って、電気を使った箱にお前を楽しませればいい。ピアノは専門家のための道具に成り下がった。それは淑女が結婚に必要な才能を覚えるためのものに、あるいは子供が(1)それを憎んでいることに気づく(2)両親が子供に才能があることに気づいてプレッシャーを積み上げ始める――まで稽古を受けるものとなった。もし(2)の現象が起きたなら、最後にはピアノを本当の演奏楽器あるいは作曲用の道具として使うようになるだろう。しかしそれはもはや「音楽制作」の中心にはない。
さらに悪いことにロックがギターをポピュラーにしてしまった。ギターが人気になり、ピアノは役立たずとなった。お前が鍵盤楽器を学ぶのは、ビートルズにしてくれるものを持てずバッハやベートーベンにしがみつくしかないある種の意気地なしだからだ。誰が決めたルールか知らねえが最低だ。10代のころ、俺はピアノを使ってランキング上位40の曲を弾けたおかげで女の子たちに「いくらか」いい印象を与えられた。けど、結局はクラスの野郎どものうちその曲をギターで弾けるヤツがいつも勝ちやがった。くそったれ。
だがここで思い出してくれ。俺は、イタリアがピアノを発明したことが日本の初音ミク発明への扉を開いたと言ってきただろ? ピアノは21世紀に飛び込むときに今一度変革に見舞われたんだ。
http://www.youtube.com/watch?v=-7EAQJStWso
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もし音楽を生み出す小さな電気の箱が「本物」であるなら、録音済みのコンサートに向かって「アンコール! アンコール! アンコール!」と叫ぶのは極めて正常だ。その音楽はお前を感動させたんじゃないのか? もっと聞きたいと思わないのか? というわけで映画館の観衆はもっともっとと叫び、そして彼らはアンコールを聞けることが分かっていた。なぜならそういう風に録音されていたから。ミクが公演を終わらせるため最後の舞台に出てきた時、もう一度鑑賞力のある人々から歓声が上がった。それは人工的なものだが、とことん楽しむため我々はそれを本物だと見なした。まるでドン・コッブが[ネタバレ注意!!]インセプションのラストで回転するコマから歩み去るかのように。ミクは夢のような存在だ。サウンド・エンジニアとCGアーティストと音楽家が作り上げた美しい夢であり、決して卒業することも年を取ることもスキャンダルを起こすことも業界から追放されることも惑星上から姿を消すこともない完璧なアイドルだ。彼女は実際、いくつもの「映像」を持っている。我々は皆、この音楽的見せかけの共犯者だ。過去の聴衆がモーツァルトのオペラを、ガーシュウィンのミュージカルを、あるいはかのすさまじいレ・ミゼラブルを本物であると信じたように。我々は十分深く信じられるようになるまで偽りの世界を本物だと信じるふりをする。その世界を感じるまで、見せかけの魔法を感じられるようになるまで。
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真空管からトランジスタを経て迷宮のような電子回路まで。もしピアノの鍵盤が「あらゆる音符を見る」ことのできるインターフェイスだとしたら、それは作曲家に最も未来を感じさせるインターフェイスだ。そして我々にはシンセサイザー・キーボードとMIDIコントローラーとワークステーションの世界が与えられており、そこでは遂にピアノが単なる「楽想を試す場所」から超越した。ちょっとした波形の調整によって、ハンマーと弦の機構に制限されることなくこれらの楽想を正確に響かせることができる。新しい音を作り上げることもできる。楽想の断片を記録し、他の楽想をその上に並べて電子キーボードを個人的な架空のオーケストラに仕立てることもできる。ピアノはピアノを超えた。それは作曲家の手の延長どころか、作曲家の心の延長となったのだ。
一つだけ欠けているものがあった。声だ。
そして、ご存知の通り、日本は日本であり、彼らはやってのけた。彼らは人工物を誰よりも巧みに操った。彼らは本物の料理だと見栄えが悪くなるからという理由でプラスチック製の小さな食品サンプルを作った。本物の労働者は間違いを犯しがちだから製造ライン用のロボットを作った。本物の音楽家を家に入れるのは大変だから編曲家のために電子キーボードを作った。そして、人間の声を合成する技術が十分に発達した時、そしてそれが人工音声のためのペルソナを創造するというアイデアと衝突した時、ミクが見せかけの音楽における21世紀のスーパースターになるのは当然のことだった。
中にはボーカロイドというアイデアが音楽家の全てを破壊するという人もいるだろう。全ての仕事をソフトウエアがやってくれるのに、誰が人間を必要とするんだ? 俺が思うに、ボーカロイドってのは偉大なる民主化の旗手であり、音楽家のために沢山の扉を開いてくれるカギなんだ。過去において、もしお前が作曲家、編曲家あるいはプロデューサーになりたければ、まず自分の曲を書いてそれから演奏家を探し見つけ出すしかなかった。何しろお前の傑作に生命を吹き込みたければ、5人編成のバンド、20人編成のオーケストラ、そして3オクターブ半の音域を持つ歌い手がいないとどうしようもなかったのだから。マジ悲惨。だがミクがいれば誰もが作曲家になれる。誰もが自宅のスタジオで曲を作り、正しい機材があれば、電子機器を使った完全なポピュラーソングを生み出せる。ボーカロイドは音楽家の仕事を奪うわけじゃない。それまでミュージシャンには決してなれないと思っていた人々の中からミュージシャンを作り出すんだ。動画投稿サイトで毎日そうしたことが起こっているし、こうしたコンサートではそれまで決して聞いたことのないような人々が突然電子王国の宮廷音楽家になれる。非常識なほどの大金持ちだった王家の人々の手にあった手製の楽器から、平民たちの手に握られた緑の髪の女神へ。それがこの大きな3世紀の違いだ。
何であれ多くの人々が音楽を作ることは、単に大人しく聞いているだけよりもいいことだと俺は信じる。俺は魔法を、ボーカロイドを、ミクを信じている。
=====以上翻訳終了=====
誤訳は当然あると思う。でも面倒なので修正はしない。
結婚できるかなあ。24で結婚したいと思ってるから、あと2年。
結婚は人生の墓場なんていうけど、やっぱり避けて通っちゃいけない所だと思う。
赤の他人と同居して、他人を理解して、受け入れて、生活していく。
間違いなく大変。でも、その困難を知って乗り越えてこそ一人前だと思うんだよ。
それに大変なだけじゃなくて、良い事だってある。家庭が作れる。
私が育ったのは両親が作った家庭。いつでも帰れる安心できる場所。
私はそこから独立して、今度は自分で家庭を作りたい。自分で最高に過しやすい安心できる場所を作りたい。
そして、頼れる人が欲しい。親はいずれいなくなってしまうんだし。
そしたら私もその人に頼られても大丈夫なように、シッカリ自立しないとね。
子供…は、まだ欲しいとは思わないな。友達を見てると幸せそうだから、いたらいいなとは思う。
でもまだきちんと躾けられる自信がない。
そのためにはまず相手だ。結婚相手がいないと何も始まらない。
婚活して探せばいいのかな。
だーれかー!
人の話をちゃんと聞けて、偏食じゃなくて
私の代わりに蜘蛛を退治してくれて、怒りっぽくなくて
仕事をしてるときがカッコイイ、一緒にTVゲームしてくれる人いませんか!?
私、接客でバイトできるくらいのそこそこの器量ですし
頭も中くらいですし、家柄も平民で悪くないです!
私口数少ないので、おしゃべりな人大歓迎です!
あとBカップで黒髪ロング(毛先巻いてるんでストレートじゃないけど!)の処女です!
結婚してくださいー!!
うーん…やっぱり不安だなあ。
年末に近づくにつれて、
飲み会が増えてくる。
同年代が多い飲み会になると必ず、
そこにいる女性が「いい男いない?」という
話をし始める。
男4、女1、みたいな飲み会でそういう話題になると、
面と向かってまるで「お前らは眼中にねえ」と
言われているかのようで、男どもは苦笑するしか
ないのだけれど、どんな飲み会でも
だいたいこういう話がでるので、
アラサー女子には「出会いの質」が
非常に重要なのだろう。
でも僕から見たら、そういうことを言っている
1は男性諸氏ならたいてい遭遇したことがあるだろう。
ある程度稼ぎもありつつ、おしゃれな人」
みたいなことを平気で言う。
(残念ながら、そんな人はもう売り切れてますから!)
「有名店のディナーをおごってくれて楽しかったのに、
「手料理が食べたいっていうから作ってあげたのに、
『ごちそうさん』ってそのまま。皿ぐらい洗えよって感じ」
(確かに・・・)
応えられない男が多数なのも確か。
待っていても、街を歩いているのはたいがい平民なので、
そういう人はたいてい、男性が好意を持って近寄ってきたときも、
「条件100パーセントじゃないけど、まぁ付き合ってやるか」
という「上から目線」が初期設定になり、
必死なときほど、プライドを捨てて、
下から下から行くほうが良い結果が出やすいのだが、
そのあたりは女のプライドが許さないのかも。
2は、出会いたいのに「待ち」になっていることから
くる。
出会いを求める人はたいてい、コンパを開こうとする。
たとえば3対3の合コン。けっこう面白かった。
1人の人と気が合った。で、「次もまた何人かで飲み会しよう」
となったとする。
そうなったら、前回と別メンバー、かつ面白い友達を
集めなきゃいけない。そうなったときに、次にどんな
ポジションが見つけられる人選。難しい。
でも、それが面白くできれば、
ということになって、出会いの機会は増える。
◆
誘って」という話をする。で、友達が「今度の金曜日空いてる?」
と誘ってきて、OKなときにコンパに呼ばれる。
このときも、「コンパに誘ってくれる友達」が何人いるかということが
チャンスの数を増やす。
今はコンパの例を出したけれど、これは
遊びでもなんでもおんなじだ。
出会いのチャンスを増やすには、
同性の友達を増やす必要があるのだ。
自分を誘ってくれるのはほとんど同性。
女性の場合は単独行動をしないから、
誰かから何かに誘われたら必ず
「一緒に行ってくれる人」を探す。
だからこそ、「声をかけてくれる同性の友達」を
増やすことで、出会いのチャンスが広がるという理屈。
そこを理解せずに、
異性の友達をどれだけ増やそうとしても、
その労力は報われない。
男から見たら、
「出会いを求めてるらしいから○○さん紹介するよ」みたいに、
1人の女性を友達に紹介することはまずない。
だって、その子がかわいかったら「誰にも教えたくない」し、
(紹介した人にとって)かわいくなかったら
「なんでお前はハズレを紹介するんだ」
ってなる。
あるいは、「ケータイ教えてよ!」みたいに女性にガンガン来られると
逆に引いてしまう。
そんなわけでとにかく、同性の友達を増やしてみるといいと思う。
いつかはピンと来る人に出会える。
2-2
どんなに出会いが少ない人でも、まったく男性と会わずに
毎日を過ごしている人は少ないと思う。
たとえば「職場にいい人いないの?」とか聞くと、
違う。まずその発想が違う。
別に目の前にいる人そのものと付き合ったり
見定めてポイする必要はないのだ。
パッと見てさえないヤツでも、イケメンが友達に
いたりするのだ。
だから、その人だけを見て「ありかなしか」判断するのではなく、
その人を経由して、誰かと出会えないかを考えてみるといい。
「今度バーベキューしようかって言ってるから、
誰か友達連れてきて。できれば会社以外の人で」
という風に頼めば、男は嫌がりながらもだいたいつれてくる。
そうやって、「つないで」「広げて」いくことで、
出会いの数は広がる。
イケメンじゃないから、話が下手だから興味もないし
関心もない、みたいに切り離すと、出会いの絶対数は確実に減る。
おせっかいかもしれないが、
いつもそんなことを話してみたりする。
ただ労組は採用でのコネはあんまりないね。日教組なんかは採用でのコネがあるあると言われてたけど、ちょっと前に問題になった大分県の問題なんか事件当初はきっと日教組だきっと日教組だと言われてたら蓋を開けて出てきたのは自民の県議がずらりでどっとはらいでマスコミ箝口令、みたいなことになったし。労組は自分の定年までの身を守るので精一杯だろう
まあ政権行ったり来たりしてるうちは政治家のコネ万能みたいなことはある程度避けられるんじゃないかな
だからといって、採用枠試験1コネ3が試験4になったりはせずに単に試験1になるんだろうけど。これがせめて試験2になれば平民にも少しは門戸が開かれるのかねぇ