はてなキーワード: フロアとは
自宅のアパートのエレベーターがですね、ドアに透明部分が付いていて、フロアから箱が、箱からフロアが見えるタイプなのです。
自室のある階まで上がって行く途中、各フロアの様子が見えるワケですが、もし、怖いモノが見えたらイヤだなぁ…と。
死体とか転がってたらイヤ過ぎる。
…いや、死体だけならまだしも、一緒に殺人鬼が佇んでたら怖いなんてモンじゃない!
目が合った日にゃ、降りる際に 別の階のボタンをカムフラージュとして押して逃げねば!
そこまで頭回るかな!?
…いやいや、むしろ途中の階に居るよりも、エレベーターが着いた自室の階に居た方が怖くないか!?
ゆっくり停止するエレベーターの窓に、殺人鬼の顔。最悪の御対面。
必死に「閉」ボタンを連打するよね。相手側の「▽」ボタンとの連打合戦だよね。相手が「ハイパーオリンピック」の名手だったら困るよね。
…いやいやいや、到着した階に殺人鬼が居るんだったら、むしろ外の様子が見えないドアの方が怖いのか!?
心の準備が全く出来ないから。開く前に確認できないから。いきなりだから。
その上、相手側は 自分のフロアに来るのが分かるわけだから、待ち構えることが出来る。こっちが一方的に不利過ぎる。
開いた瞬間、グサーッだ。ジャストタイミングで、グサーッだ。相手が「ハイパーオリンピック」の名手だったら困るよね。
ああもう!透明関係ない!エレベーター自体怖い!!
……って、コレはエレベーターがどうとかじゃなくて、殺人鬼が怖いのか??
だって、エレベーター降りた後、自室のドアを開けたらグサーッでも怖いし。トイレのフタ開けたらグサーでも怖いし。
うん、殺人鬼怖い。
あと、「ハイパーオリンピック」怖い。
http://anond.hatelabo.jp/20111027120538
↑この元増田は美人だからトラブルに巻き込まれてるようだけど、そう言う系統じゃなくてもやたらと恋愛系のトラブルに巻き込まれる人っているよ。
ってな感じの女性なんだけど。
派遣で入って来て、でもって、元増田みたいに恋愛トラブルが拗れて辞めた。
相手は仕事一筋数十年で毎晩自社製品抱いて寝てるんじゃねえかと言うレベルの未婚独身中年部長で、彼女はいろいろがんばって断ったようだったんだが暴走。その部長、仕事=生活=人生みたいな、"私"のない人だったから、職場にまでそれを持ち込んで、見事に問題化。最終的に人事に相談して、社内の力関係がどう動いたのか、開発の人間を動かすわけにもいかないのか、彼女の所属部署を転換したけど結局辞めてしまったよ。
いろいろ相談に乗ったり気晴らしにつきあうとかはしたけど、俺も新入社員だったし、同じフロアだったけど課も違うし、せいぜい頼まれて彼女とその部長が二人っきりにならないように残業をつきあうとかその程度しかできず。最後の方はノイローゼみたいになってて大変そうだった。
会社は所属部署を変えたけど、結局所属する部署が変わってもやることは同じで、会議なんかでその部長とは顔を合わせないわけにはいかないんだけど、その部長はまだあきらめてなかったようでちょっかいを出してきていたらしい。さらに、彼女の場合、所属変更した先の部署には女性の同僚がいたらしいんだが、なんかその部長が妙な事を吹き込んでまわってたようで、女性の中でも陰湿ないやがらせにあったとかで………結局部署を変わってすぐに辞めてしまったよ。
一方部長は、この件が直接の引き金かはわからないけど、それから徐々に重要な仕事から外され、今は半分閑職の様な部署の責任者をやってる。だからというわけじゃないけど、うちの会社が極端に自浄能力がなかったと言う訳じゃないと思うし、その部長だって普段はそれほどおかしな人じゃない(と、思う)。
本人も年上の人に告白されてトラブルになった経験が多いって言ってたけど、それももててもててしょうがないって感じじゃなくて、ただただ困惑って感じだし、職場じゃ作業着の制服だし、私服だって普通だったし、誘ったりとかしている雰囲気もない。美人だって言う自覚もない。元増田みたいに芸能界に誘われたとか言う事は聞いた事もいし、美人であるという事で派遣されてきたんじゃなくて純粋に技術者派遣だったし。
で、彼女も元増田みたいにもうそう言うトラブルにあいたくないってんで、元々売れる技術があったんで、今はその派遣の会社も辞めて、フリーで仕事してる。
最近になってようやく聞いたんだが、前につとめてた会社も似たような経緯で、一方的に惚れられて、一方的に逆恨みされて辞めることになったりしてていたらしい。それで意を決して就職し直して、派遣されて慣れてきたころにまた同じようなトラブルになってとか言う事らしい。大学時代にも似たような事があったとか。
何が言いたいかというと、環境が特別な訳でもなければ、特別に派手な性格をしていると言うわけでもなくって、どうしてもそう言う星の巡りだとしか言いようがない人って確実にいると思うわけだよ。
朝5時 起床→6時半家を出る→電車→8時半今日の仕事場最寄の駅に着く
→バス便が遅いから歩いた方が早いと1.8km歩く→ベーカリーカフェ発見
→ランチ用のパンを購入した後、カフェブースでパンとコーヒーの朝食で
英国アンティークの内装や洋楽BGM、高級女性誌が充実してたので読んで楽しむ
今円高だからテーブルの上のミニフロアランプ安く輸入できないかな
家の内壁も白に塗りたい。ラベンダーを庭に植えて、ミニグラスに飾って洗面所におきたい
今度は評判のモーニングを食べたいなそんなことを考えながら過ごす
18時仕事が終わって21時に帰ったら、近所の人が手作りの鯵寿司をくれてたので美味しくいただきました。
テクノ・ハウス・トランス・エレクトロ・エレクトロニカ・アンビエント・ビッグビート・ポストロックと電子音楽も、今となってはジャズやロック並みに広範囲なジャンルになった。ただ、他のジャンルに比べると定義が結構曖昧で、結構誤用されていることが多い。ジャンル論争はあまり意味も意義もないけど、チラ裏的に定義してみる。
ちなみに書いている人は元テクノ少年のテクノ中年のシロウトなので、もっと詳しい人で「違う、そうじゃない」と思った人は、トラックバックなんかいただけるとありがたい。
電子音楽全てを包括する呼び方。ヘヴィ・メタルやパンクやオルタナティブを包括するのがロック、フリージャズやスウィングジャズやハードバップを包括するのがジャズなように、エレクトロニカもアンビエントもトランスも全部「テクノ」に含まれる、音楽の大ジャンルの一つである。
よくある批判(?)として「中田ヤスタカはテクノじゃない」「小室哲哉はテクノじゃない」と言われるが、あれも立派なテクノ(嫌いな人も多いだろうけど)。石野卓球は昔タモリの番組で、ユーロビートは日本独自のテクノだと解説していた。現代的な意味で「テクノ」として扱われるのは、ホアン・アトキンスやデリック・メイ、ケビン・サンダースの創設した「デトロイトテクノ」からの派生したもののみとする意見もあるが、そうなるとややこしくなるのと、世の中で「テクノ」と呼ばれているものが排除されてしまうので、あまりこの定義は意味が無いと思う。
デトロイトテクノと同じ時期にシカゴで生まれたダンスミュージック。リズムマシンとシンセを使い、フロアでかけるという意味ではデトロイトテクノと同じだが、キャッチーなメロディやピアノ音が特徴。ダフト・パンクやここ数年の中田ヤスタカ。テクノの下位ジャンルとして扱うか、一つの独立ジャンルとして扱うかは人によって異なる。
上記に上げたようにホアン・アトキンス、デリック・メイ、ケビン・サンダースがデトロイトで創設したジャンル。トランスに比べるとメロディラインが曖昧で、ストリングスやパッドを多用している。基本的にヴォーカルはない。テクノというと「白人・ヨーロッパ」のイメージを持つ人がいるが、元々デトロイトの黒人が始めた音楽である。
ハウスとテクノの混合…と言うとややこしいが、うねるようなシンセパッドの旋律と4つ打ちと叙情的なメロディアラインが特徴。100%踊るための音楽。時期や地域によって更に細分化された下位ジャンルがある。日本ではチャラいイメージがある。
音楽のいちジャンルと言うよりも音楽の一手法。同じ旋律をパターン化し繰り返す、音の動きを最小限に絞ったもの。久石譲のsummerとか坂本龍一の戦場のメリークリスマスなんかがそう。
これもテクノのいちジャンルと言うよりも、音楽の一手法と捉えたほうが良い。直訳すると「環境音楽」でカフェやサロン、美術館でかかっているような音楽。或いはクラブでチルアウト(落ち着かせる)させるための音楽。静かで緩やか。ブライアン・イーノ、細野晴臣、初期のエイフェックス・ツインなど。イージーリスニングと混同される場合もあるが、イージーリスニングと違い明確なメロディラインが無いのも特徴。
ハウスやデトロイトテクノよりもやや後に発生したジャンル。ハウス+テクノ+ファンクという形で成立。ポップでキャッチーなメロディで賑やかな感じ。
たった2文字加わるだけで全然違うジャンル。どちらかと言うとデトロイトテクノやアンビエントからの派生ジャンル。キャッチーなメロディラインがなく、音数が少なくシンプルな感じ。ヴォーカルがなくポップな部分が無いので初心者にはやや難解。アンビエントと違いビートはある。踊れない曲も多い。ただ、アメリカでは日本で言う「テクノ」的な扱いとなっている。
ロック+ヒップホップ+テクノ(ドラムンベースも加わる)。ドラムの代わりにリズムマシンを使い、ベースの代わりにシンセベースを使い、テクノっぽくてヴォーカルがある、踊れるようにしたロックと思えば良い。日本ではデジタルロックと呼ばれる(最近じゃ呼ばないか)。ケミカル・ブラザーズやアンダーワールドやプロディジーなんかがこれ。ロックの一ジャンルにするか、テクノの一ジャンルにするか人によって分かれる。
ブレイクビーツを170BPM前後の高速で繰り替えずリズムパターンに、低いベース音を合わせた音楽。トランス・ハウスなどがバスドラ4つ打ち(ドン・ドン・ドン・ドンと単純なリズム)にたいして、複雑なリズムパターンが特徴。
テクノ歌謡、シンセポップとも呼ぶ。電子楽器を使ったポップミュージック。キャッチーなメロディラインとヴォーカル。1980年代の小中学生や流行ったように、ポップで親しみやすいことが重要。そういう意味ではエレクトロに割と近い。YMO、クラフトワーク。Perfume。現在の「テクノ」とは違うとされるが、石野卓球やケン・イシイ、デリック・メイなんかは影響を公言している。
これこそ未だによく分からんジャンル。ポストロックのポストはポストモダンのポストと考えると分かりやすい。
こうして見ると、「踊れる」「踊れない」と、「分かりやすい」「難しい」の軸で分布図が作れる。
踊れる ↑ ドラムンベース | トランス ユーロビート デトロイトテクノ ハウス | エレクトロ ドリルンベース | |ビッグビート 難解←ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー→平易 | エレクトロニカ | テクノポップ アンビエント| | | | テクノ歌謡 ポストロック ↓ 踊れない
あとこのジャンルのミュージシャンは他ジャンルからの影響を受けやすかったり、時期によってまるっきり違うタイプの曲を作ったりするので、「○◯はビッグビートで、◯◯はハウスで…」といったものがない。
というわけで、電子音楽のサブジャンルの再定義をするつもりで、ジャンルで聴くのは無意味という結論に達してしまった。ジャンルと言うよりも手法といったほうが正しいのかもしれない。
余談だけど音楽ジャンル以上に、リスナーのイメージのほうが日本では大きいような気がする。
ハウス:オシャレ
トランス:チャラい
こんな感じ。
id:miruna じゃあお前が書けよ。この一言に尽きる。最初から『もっと詳しい人で「違う、そうじゃない」と思った人は、トラックバックなんかいただけるとありがたい。』って書いてるんだから、たった100字のブコメで評論家ごっこしてんじゃねえよ。ジャンルを問わずこういうクソヲタクがその分野を滅ぼす。
id:temtan ごめん、おれハードコアとか苦手とかなんだ。頼むから網羅したのを書いてくれないか?
id:yukibarashi 冨田勲以前とかまで遡るには俺の知識が足りなさすぎる。どちらかと言うと現代音楽史の領域に入ってしまう。
どこかの島?中洲(パリのシテのような)?仕事か、プライベートかわからない。いつか知りあいが日帰りでつれていってくれたAveiroからの帰り道に見た見知らぬ田舎?道沿いにある個人商店をのぞくと店員がスペイン語で喋っていて、ああ移民が多いから田舎か、と思う。
川の方にいくとぬかるみになっている。対岸はかなり近くて、むこうの声もきこえる。ぬかるみにはまりそうになって、パッとよけると、白鳥がそこで休んでいるのを見る。すぐそこに道があって車がぐんぐん通っていて、「この島は抜け道で、皆よくつかうのだな」と思う。
先の個人商店のわきはデパートになっている。入ると、なぜかバースデーケーキがショーウィンドウにならんでいる。母親と幼女がおめかしをしてその前を歩いている。へんなエレベーターがあって、それにのって上にいく。
上につくと、なぜか高所恐怖症になっていて、扉があいて人が入ってきても、外に出れない。よろめいて、エレベーターの籠にはなぜか柵がなく、ああ落ちる!と恐怖にかられるが、入ってきた人に助けられて外に出る。彼らは父母子の家族で、ふざけているその男の子の背中をポンッとたたく。
降りたフロアにはプロレス?かなんかの興行をやっているよう。トイレにはいると、イタズラされて分かりづらくなった男子用、女子用マークが入り口に。一人男性が間違えたのか、キャーっという声がきこえる。自分は慎重にはいるが、不安で周りの人が男かよくたしかめる。
トイレは、まるで駅のトイレかのように男子便器がずらっと並んでいて、やや不衛生。なぜかほとんどの便器が故障中で、テープがはられていて使えない。立って小便をする。
ここでトンデて、なぜか地下道のようなところを彼女と一緒に歩いている。彼女は「三月から中国に行くことになったんだよ、話してなかった?」という。全く知らなかったので動揺しつつ「一年間?」と聞くと「うん、一年間」と答えるので「僕もついてっちゃおかなっ」というと露骨に嫌な顔。ここで覚醒。
久々に長く、具体的な夢だった。
見た目の良さは度外視している。
本当にずぼらでめんどくさがり(しかも貧乏)だが、できるだけ清潔に便利に(そしてできれば健康に)暮らしたいという人向け。
そんなの今更目新しくねーよってことばかりだけど一応。
俺は、めんどくさがり屋だが、それ以上にパンクしやすい人間だ。
ゴミ、未実行の工程(畳む、拭く、しまう(直すってのは方言らしいです、すまん))などが貯まると、パンク、というかショートして何もできなくなり、どんどん散らかり汚くなっていく。
だからできるだけ、工程を減らしつつ、ひとつひとつの工程のハードルを低くしつつ、散らかりにくくすっきりした暮らし方を目指している。
■オサレじゃなくていいが、すっきりと清潔にしたい
■できるだけ自炊したい(俺は人工甘味料で腹を壊しやすい体質だし、カップラや弁当を食い過ぎるとニキビができるからな)
■↓意外ににめんどくさくないこと
金のある人はもちろん外食やなんかでもいいんだが、俺は如何せん金がない。
メンドクサイ→外食、ってできればいいんだが、それができない。
メンドクサイ→でも金無い→カップラーメンとか安い弁当→体調壊す、ってなっちゃうんで、
体に良い(マシ)なものを、いかにインスタント食品のように簡単に(できれば美味しく)食すか、という風に工夫している。
ご飯やスープを冷凍していれば、カップラーメンをたべるのと同じくらいの時間で、腹を満たすことができる。
■↓失敗した!!
■↓これから引っ越したり、新生活をはじめるやつに言いたいこと
続ける秘訣は在庫を切らさないこと、つまりはまとめ買い、かもしれない。
アルコールティッシュなんかも、
なくなる→詰め替えがない→買い忘れる→また買い忘れる→なんとなくヤル気失せる、
ってなっちゃうんで、クイックルワイパーとか、アルコールティッシュなんかは買いだめが良いです。
■追記(11/08/29)
もちろん何もかも習慣化してシステマチックに動くのが一番良いかもしれない。でもなかなかできない、ずぼらだから。でもできるだけ頑張ります。
服も何度もたたもうとしたんだが、
最初は調子よく畳む→忙しくなったりで畳めてない洗濯物がたまる→パンクする、ということの繰り返しになってしまう。
確かに俺はずぼらに見えないかもしれない。
でも俺はハウスダストアレルギーと弱い腹の持ち主なので、ある程度きれいにしておかないと、鼻水下痢お化けになってしまうのだよ。
その条件下でいかにサボるか、という風に生活していたら、こういう感じに落ち着いた。
実際俺は、一人暮らしを始めて2年くらいまでは、半年に1度くらい必要に迫られて大掃除をするだけ、六畳間が一杯になるほどゴミを貯め、食料を腐らせ、食器をカビさせ、洗い物のたまったシンクから腐敗臭をさせ、あらゆる粉類をこぼしまくり、出したものは出しっぱなし、服は床に山のようにぐちゃぐちゃに…という生活をしていたのさ。もちろん友達なんか呼べねぇ。生活の質も著しく悪い。台所がちらかって料理できないから、出来合いのものばかり食って腹を壊し、大事なモノもすぐなくす。毎日ホコリやカビのせいでかゆいし鼻水だらだら出るし。
これはそういう事態を改善するための最低限の習慣なんだよ。
そしてこれは、そんな俺にできる精一杯のことだ。はっきりいってこれ以上やることを増やすと、パンクして元の状態に戻ってしまうだろう。
まあ、ずぼらに思えないわな。真のずぼらのみなさん申し訳ない。
なんというか、別にホコリで痒くなったりしないし、腹も壊さないし、ニキビもできないし、ものをなくしたりしない人ならば、
掃除とか整理整頓とかしなくていいんじゃねーですかね。こういうのは必要に迫られてる人だけすれば良いというか。
俺も数年前までは、自分はそういうことが必要のない人種だと思っていたし。
でも、あまりにも常に鼻をずーずーやっていて目が充血、ひどい時には喉がピーピーなりだすので、
こりゃなんだろうと病院へ行ったら、ひどいハウスダスト(その他あらゆる花粉)のアレルギーだったことが判明したのですよ。
それで、抗ヒスタミン剤なんかを飲んでやりすごそうとするんだけども、眠くなったり、ホコリとかダニが多すぎて薬が効かなかったりやらで、
それに、脂漏性皮膚炎という皮膚の病気と、脂っぽいものと甘いものですぐにニキビだらけになる顔の持ち主なんで、
ところが、小さい頃から母に、
「出したものはしまいなさい!」「服を脱いだら洗濯機に入れるか畳みなさい!」「蓋を開けたらしめなさい!」「ものをこぼしたら拭きなさい!」「部屋を片付けなさい!」を、
家を出るまで言われ続け、1度もできたことのなかった俺なので、本当にできないんですよ。
「ふっ。本当のライフハッカーにゃ特別な道具なんていらねー。砂糖の袋なんか洗濯バサミでとめときゃいいんだよ」
とか思ってやってみるんですけど、その一手間「洗濯ばさみで袋を閉じる」ということが出来ず、開けたまま放置、湿気て塊だらけにした挙句、こぼす。
野菜食おうと思って野菜炒めとかつくるけど、思ったより野菜食えない割に手間かかるし美味しく作れないし、ですぐにやめる。
そんなかんじで試行錯誤してるうちに、いきついたような感じです。
こういうのが自然に、あるいはある程度の精神的負荷でできる人は羨ましいな。
昔会社の同期の女の子達にバレンタインデーチョコを貰って、ホワイトデーの頃には会社辞めてたことがあって、彼女にたきつけられてお返しを送ったことがある。
その作業がもう面倒くさくて面倒くさくて、途中百貨店フロアのトイレに入って頭抱え込んだり、あまりの面倒くささに叫び出しそうになったり、
血の滲むような思いをしてお返しを送った。
俺たぶん脳のどっかが欠落してるんだと思うんだよね。発達障害っぽい傾向が少しあるし、空気という概念を理解したのはリーマンになってからだった。
でも今も自然にやってるというよりは学習した知識に従ってるだけだし、空気読めてないっぽい行動をとってしまうことはしばしばあるな。
http://anond.hatelabo.jp/20090614035457
2年前に書いた日記を、見つけた。 そして、そうしてはいけないって、わかっていながら、でも読み返してしまった。
あの夜、二十代後半だと言った俺は、当然ながらあれから二年分だけ歳をとっており、それはつまり三十路を超えたとか超えないとか、まあそんなところなわけだが、結果、そうして歳を重ねた分だけ、あの時誓った「夢」に近づいているのかと言えば、そんなことはまったく無くて、今では、「やっぱり俺の人生はそんな風にできていないんだなあ」、とか、「人生は平和が一番ダヨねえ」、とか、そんな言い訳をするのが精一杯の良い歳こいたおっさんになっている。
へへへ。期待させてごめんね。あのとき熱くなっちゃってごめんね。とか思う。
いや別に誰もあんなの憶えちゃいないんだからいいんだけど。でも、俺が思い出しちゃったから、とりあえず俺はあんときの俺にはちゃんとあやまんないとな、と思って。
ははは、うわあ、カスだなあ俺。すんごい気い使いのカス。謝るって、それはただ「許し」が欲しいだけの今の俺のエゴだろが。ははは、まあ、まあいいや。加害者は俺で、被害者も俺だ。
んで、あれから二年の間だよ、そこで俺が何をしたか。について。だ。
あるいは、あの熱狂タイピングの夜が開けてその朝、俺がまず何をしたか、なんだけど。今さら言い訳しても仕方ないんだけど、もういいや。言うと、こうだ。俺は寝てた。はいはい最悪だなと。
でも、まあ、とにかく、現実は残酷だ。夢は夢だ。期待は裏切られる。想いは通じない。そんな風に考えるんだよ。これが世界のユージュアリー・ストーリーだって。そういうことだよ。みんな。まあ、みんなのことは知らないけどね。
とにかく、人間はそんな簡単には変わらない。ってのが俺の言い訳。それが泥酔した次の日ならなおさらだ。泥酔だったもん、あんとき。いやまじで。
俺は、その朝、一旦は朝の太陽の眩しさに目を覚ましたんだけど、でも駄目だったんです。つまりあまりにも泥酔していた前夜の熱狂のせいで、何もかもが億劫だったんです。夢は?って聞こえてきました。心の奥から、でも、俺は眠いから、仕方なかったんです、「夢は睡眠の中にこそあるもんだ。ファックオフ。寝ろ。どうせみんな死ぬんだ」って、自分と自分の中の修造に言い聞かせて、だから、それでもう一回寝たんです。「無理スンナよ俺。辛いときは休もうぜ。」って。そう俺の中の、修造じゃなくて、なんか気のいい奴っぽい奴、ユースケ・サンタマリアみたいな奴が言ったんです。そういう奴いるよね。なんか優しいのか見下してるのか、人の失態見てほくそ笑んでるのかわかんない奴。まあそれが俺の本質なんだけど。
とにかく、んでもってそんな俺の偽りだかなんだかの優しさみたいなもんに甘えた俺は、会社なんかも華麗に体調不良の有給消化ですわい。ってんで、電話一発休みます、すんませんってことにして、それはまあ別に罪悪感なんかないから、その後普通に昼まで寝て、起きて、うーん。とか思ってたなあ。いや、何か違うだろとか思って。
いや、会社を休んだことなんかは、どうってことないんです、マジで。年に一回、風邪引いたって言って休んで、それで誰かに迷惑かけたり、恨み買ったりするような、そんな半端な仕事も付き合いもしてないし、えっと、ラブ、アンド、ピース?だっけ?当時の俺ww それって要するに真面目にフランクに。なんだけど、まあ、それなりにちゃんと仕事やってたってことなんだけど。まあそんなことで仕事なんてどうでもよくって。
だからその日、俺が感じた違和感は、それじゃなくて、つまりは昨日のアレのことなんです。「夢」です。。俺の夢。きゃー、ああ、俺、言いたいこと言っちゃったなあ、ついに。言葉にしちゃったって思いました。まじで。どうなのよ俺。とか。
昼に近くの定食屋でミンチカツ定食(チョーうまい定食屋なんだなこれが)大盛り食べながら、真面目にそのことについて思いました。
でも、なんか駄目でした。もうこの先の思考書くのめんどくさくなっちゃったから結果だけ言うけど。
駄目でした。俺、駄目みたいです。なんかいろいろあって、あるいは何にも出来なくて、駄目でした。俺は俺を世界に認めさせることは出来ないんだって、思い知りました。はあ。だけど、でもちょっとは頑張ったんですけどね。でも結局、どっかで諦めちゃったんです。今思えばたった二年間だったのに、それなのに諦めちゃったんだなあって思います。でもそれが俺だったんです。ああ、なんか泣けるな。って、しっかり泣いたけどね。ちゃんと、かっこ悪く。ダサい感じに。
夢って、やりたいことやってくのって、それってまあぶっちゃけ才能だけど、
それにプラスして、本当に諦めないことだな、って。どこまでも意志だな、って。夢って結果だなって、行動だなって。はい。まあ当たり前なんだけどね。
でもまあ、なんか切ないです。だってあの日の夢を忘れたあと、あのエントリを読み返してしまうまでの、昨日までの俺の夢は、「明日の宝塚記念の三連複とること。」
ですから。なんすかそれ。平和にも程がありますよ俺。どうなんですか、ブエナですかルーラーですか。どっちなんですか。なんだかんだでドリーム→ハートビートとかなんじゃないですかって。そんなこと思ってましたよ。ああ、すげえ楽しいです。
なんて俺、だけど、だからって、あれから毎日、あきらめて、とか、いいかげんにとか、そういう風にしてたわけじゃないなって、思うんです。ちゃんとやってね、んで諦めたんです。
だからまあ、いいんじゃないかなって。これでやっと、諦められたんだ、ってね、逆に。
そのことを、ちゃんと諦められる程度には、お前頑張ったねって、言えるくらいはやったね。って思うから。
だから俺、あんときの俺、許してね、お前、才能はちょっとだけあったよ。だけど、やっぱりちょっとだけだったから。ちょっとだけの才能は、異常な努力を必要とするから。だから無理だわ。うん、まあ、だから、ごめん怒らないで。俺もできるだけやったんだから。まあ、風邪引いたら寝てたし、睡眠時間は最低6時間はとか、その程度の我侭言って、それを超える努力はしなかったけど、でも、それってお前もそうだよ。おまえは俺だし、まあいいじゃん。でもちゃんと今も生きてるよ。サラリーマンとしての俺は、お前は、来る日も来る日も万事好調だよ。だから、大丈夫だよ。でも、ごめんね。本当にごめん。
ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。
追記。2011.6.26 18:32
阪神競馬場、第52回宝塚記念、芝2200m。午後3時40分、俺は阪神競馬場メインステージ中央にいて、気だるい雨上がりの湿気と、会場の熱気の中で汗だらだら流しながらファンファーレを聞いていた。
3-7-8。俺の夢。ブエナが絡んでくることはわかっていたんだ。それからパドックですんげえいい感じだったハートビート。直前に雨が降って、うーん、こりゃどうなんだろ。ってなってから、まあいいや、わかんないからルーラーシップ。これだなと。
ものすごいハイペースでレースが立ち上がって、1,2がさらに3コーナーまでビュンビュン行ってた。会場が沸いた。中間タイムが表示されて、会場がさらに沸いた。早すぎる、なんだよこれ。こんなペースで持つわけないぜって、先頭集団は死んだなと思って、うへへ、俺はほくそえんだ。
どこにいるのかよくわかんないハートビート。だからこそいい。うしろでためとけ。まちがいない。とか思ってたんです。
直線に入って1番が終わった。会場から唸り声が聞こえた。だけど、アーネストリーがぜんぜん落ちない。すんげえの、ぜんぜん走るの。圧倒的だった、こんなの勝てない。6番人気ぐらいだったくせに。終わってみたらレコード叩き出しやがってんの。なんだよ、そんでブエナ。ちゃっかり2位だし。どうでもいいわい。
まったく駄目だな。
そのあとパドックで眞鍋かをりの全力疾走を見て、おいおい、がんばってんな同世代よ。とか思って、そんで悲しくなって帰った。
追記2。2011.6.27 18:46
くどいようだが、最期に一つだけ言わせてくれ。いや教えてくれ。誰でもいいから、正直に真実を教えて欲しい。
それは、「あの時、俺達の前を、谷間をぶるぶる揺らせながら駆け抜けた眞鍋かをりは、本当にノーブラだったのか?」
ということについてだ。
非常に重要な問題だ。俺は三階フロアから眺めていたからよく解らなかったんだ。たしかに谷間ははっきり見えた、
そして、それはまるでワガママに揺れていた。
だけど、それがノーブラなのか否か、それを見抜く術は俺には無かった。
ブログでは、たしかにローズキングダムが来たらその時はノーブラになる、という風にも読めるし、
あるいは、それとは別に、私今日のレース回顧はノーブラで出るわ!というワンダフルな告知ともとれる。
なあ、どっちなんだ。
気になって自分の夢に集中できない。
最初は、やりたいことが形になって、友達の輪が広がって、よい音楽にふれられる機会がふえて、憧れていたDJが自分のイベントにでてくれてとにかく楽しかった。
そのうち、色んなイベントにDJとして呼ばれる機会が増えてきた。
ノルマが付き纏い、自分のイベントの告知をしていかなくちゃいけなくて
来てくれたDJのイベントに遊びにいって一晩で何件もクラブをハシゴするようになった。
仕事も週末も忙しくて休むヒマがなかった。
一緒にイベントしている仲間内でも「告知をする人」と「ほとんどしない人」がでてきた。
あくま趣味なのでそこまできつく言う事もできずせめて自分が動いてるのを見て動く気になってほしいと思いながら動いた。
それでも動かない人は何かと理由をつけて動かなかった。
ふらふらで明け方、山手線寝過ごして何周もしながら何をやってるのかよくわからなくなった。
好きなことなのに疲れてしまった。
イベントのために音楽を買いイベントのためにイベントにいくひとが多いのかもしれない。
どんな有名な人を呼んでいてもそれは周りの友人達を惹きつけるためで
行けばそれなりに楽しめるけど、最後に残るものがみつからない。
音楽がずっと好きで、かっこいいプレイをしていたDJに憧れていただけなのに。
明け方のダンスフロアで生まれる不思議な一体感に憧れていただけなのに。
なにがしたいのかがわからなくなっている。
先週の月曜日、会社に着くと、空気が淀んでいて、ひどくカビ臭かった。そういえば、前日の日曜日、業者の人が、空調機のフィルタを掃除していた。フィルタの入れ替えなんかして、色々ひっくり返した結果、一時的にカビ臭くなったりしたのかな、と思った。
私の隣に、私の10年と少しの社会人歴の中でも、他の群を抜いて “仕事のできない” おじさんが座っている。どう群を抜いているかは、それだけで数エントリ書けるので、ここでは措く。ただ、そのおじさんは、“できない” に加え、日常的に臭いおじさんでもあった。体質的なものもあるんだろうとは思う。ただ、ムラがあることから、清潔に保つという基本的な努力も怠っているんだろうとも思う。
さて、席に着いて感じたその臭いの違和感の元は、隣のおじさんではないかという疑義は、一番最初に頭に浮かんだこと。ただ、その日の臭いは、かなりの広範囲で、且つ “カビ臭い” という類の臭いは、今までそのおじさんから感じたことはない。また、その臭いは一人の人間が出せる範囲を超えている(いや、自分の想像力をはるかに超えていた)と思ったので、やはり空調のせいだろう、と思うに至っていた。
同じフロアの別の作業室に入ると、そこでも臭いの話題が端々で聞かれ、みんな鼻をやられていた。「まあ、空調が不調だということは、それはフロア全体の影響になるだろう」 まだ私は、そんな風に思っていたのだが、その端々の会話の中にポツポツとそのおじさんの名前が入ってくる。
結局やはり、臭いの元はそのおじさんだった。別の作業室の人は、そのおじさんが入ってきたときに明らかに臭いがひどくなることから、おじさん自身の席の近くの人たちより早期に原因を突き止めていたようだ。
臭いに耐えられない人には本当にもう切実なようだった。ある女性の周りは、他で紛らわすべくいい香りがするもの総動員したせいで、デパートの化粧品売り場のような匂いになっていた。リセッシュみたいな消臭・除菌スプレーを買って、道すがら常に散布していた人も2,3名いた。特に深刻だと思ったのは、この現場は今は定時で上がれるような状態ではないにも拘らず、耐えられず早帰りしていた人も数名いて、進捗にすら影響を与えていた点。ある人は、テロだと吐き捨てるように言っていたが、とにかくヒドい状態だった。
私にとっても事態は面倒で、残念ながら私はチーム体制上そのおじさんの上長。自分の中では、臭いの元がそのおじさんだと認識したときから、今日は我慢して明日も継続するようだと手を打とう(帰れ/服着替えてこい/風呂に入ってこい/更に上の上長に手を打ってもらう..etc)と思っていた。でも、そんなヒドい状態になっているのに何もアクションを取らないという罪悪が、どんどん重くなってきている気もして、いたたまれない。また、ただでさえ “できない” だけあって、定期的に言うのも嫌なレベルの説教を繰り返さなければならない理不尽が納得いかないのに、この上、服着替えてこい/風呂入ってこい、なんて指示を出さなければいけない? 冗談じゃない。結局そのおじさんは、基本的な人間関係の構築にも失敗しているから、「またあいつか」と扱われ、耳打ちしてくれる人も持たず、後ろ指を指されるだけで。
翌日には、日常的な臭いに戻り、デパートの化粧品売り場の匂いも、リセッシュの散布もなくなった。私も、嫌な指示を出すことから免れた。ただ、あれから、自分につける香水の量が増えた。
一年生がつるんでて気持ちわりい。
あの内輪ノリみたいなの気持ち悪すぎ。
いまはつるんでて、そのうち社畜になって、与えられた仕事をこなして、22時までダラダラ残って、社内の友達とだけつるんでウダウダ愚痴いうんだろーな・・・
ってか、そっからはもう自分で新たな友達を作ったりはしない・・
今の飲み会が続くこともなかろう。
もう見え見え。
間違いないよ。
そしてそれがウチの会社の正に縮図
というか日本の縮図
あの閉塞感満開な飲み会に行くと帰りとかマジ時間返せよって思う。
それが、このクソみたいな残業社会や言われたことのクオリティは高いが、それ以外のそもそもその作業なんの為にってのがないクソ作業を増やしている。
そーいや、俺あのノリすげー嫌いだったの思い出した。300人ぐらいいる同期の大半があの内輪ノリ。反発したらえ?お前友達大事にしないの?とか行ってくる。クソ村社会。
草食系と言えば聞こえはよいが、クローズドな環境下をつくって、くそみたいな巻き込み事故に引き込む人たち。
同じフロアとなりの部もそんな感じ。
うだうだダベって22時に帰る。
絶対21時に帰れるんだけど断固22時まで勤務。
仲いいっていうなただのナァナァ
粛々と何をやっているのだろう・・・
こんにちは、分子生物学的恋愛論を専攻しているビオフェルミン嬢です。私は学会発表歴も論文もありませんしD6ですが、恋愛に関してはプロフェッショナル。今回は、モテるバイオ系女子力を磨くための4つの心得を皆さんにお教えしたいと思います。
1. あえて2〜3世代前のシークエンス解析結果を学会に持っていく
あえて2〜3世代前のシークエンス技法を使うようにしましょう。そしてポスター会場で好みの男がいたら話しかけ、わざとらしく自分のポスターを指していじってみましょう。そして「あ〜ん! この結果本当にマジでチョームカつくんですけどぉぉお〜!」と言って、男に「どうしたの?」と言わせましょう。言わせたらもう大成功。「DNAシークエンスとか詳しくなくてぇ〜! ずっとマクサム−ギルバート法使ってるんですけどぉ〜! 使いにくいんですぅ〜! ぷんぷくり〜ん(怒)」と言いましょう。だいたいの男は新しいシークエンサーを持ちたがる習性があるので、古かったとしても1世代前のシークエンサーを使っているはずです。
そこで男が「新しいシークエンサーにしないの?」と言ってくるはず(言ってこない空気が読めない男はその時点でガン無視OK)。そう言われたらあなたは「なんかなんかぁ〜! 最近次々世代シークエンサーが人気なんでしょー!? あれってどうなんですかぁ? 新しいの欲しいんですけど予算がなぁぁああい!! 私かわいそーなコ★」と返します。すると男は「次世代シークエンサーでしょ? 次々世代シークエンサーはまだ出てないよ。本当に良くわからないみたいだね。どんなのが欲しいの?」という話になって、次の休憩時間にふたりでメーカーブースめぐりのデートに行けるというわけです。あなたの女子力が高ければ、男が共同研究してくれるかも!?
「コミュ力あります!」とか「ジョブハンティング中!」などを表現するプライベート写真をスライドに入れると、フロアの男性研究者は「なんかこの子カワイイなぁ」や「雇ってあげたいかも」と思ってくれます。パワーポイント上では現実世界よりも成果が増幅されて相手に伝わるので、プライベート写真を多用することによって、男性はあなたを可憐で女の子らしいと勘違いしてくれるのです。そういうキャラクターにするとほぼ絶対にボスに嫌われますが気にしないようにしましょう。
3. とりあえず男の発表には「えー! なにそれ!? 知りたい知りたーい♪」と言っておく
学会などで男が話すことといえば自慢話や今後の計画の話ばかり。よって、座長にとってどうでもいい話ばかりです。でもそこで適当に「へぇーその結果が出ると何が嬉しいんですかぁ〜?」とか「よくわかんないですけどどこが新しいんですか」と返してしまうと、さすがの男も「この座長ダメだな」と気がついてしまいます。ダメ座長だとバレたら終わりです。そこは無意味にテンションをあげて、「えー! なにそれ!? 知りたい知りたーい♪」と言っておくのが正解。たとえ興味がない話題でも、テンションと積極性で質疑応答を乗り切りましょう。積極的に話を聞いてくれる座長に男は弱いのです。
いろいろと話を聞いたあと、「〇〇は〇〇で、〇〇が〇〇なんですね! 覚えたぞぉ! 転写転写!」とコメントすればパーフェクト。続けて頭に指をさしてくるくる回しつつ「キュンキュンキュン! キュンキュンキュン!」と言って、「どうしたの?」と男に言わせるのもアリ。そこで「私のクロマチンにエピジェネティック修飾によって記録しているのでありますっ☆」と言えば女子力アップ!
そこでまた男は「この子おもしろくてカワイイかも!?」と思ってくれます。私は学会発表歴も論文もありませんしD6ですが、こういうテクニックを使えば業績がない私のようなバカ女のほうがモテたりするのです。男は優越感に浸りたいですからね。
男と懇親会場に入ったら、真っ先にチーズやヨーグルトなどの微生物を使った料理を探して「あーん! 私これ食べられないんですよねぇ〜(悲)」と言いましょう。するとほぼ100パーセント「どうして? 嫌いなの?」と聞かれるので、「嫌いじゃないし食べたいけど食べられないんですっ><」と返答しましょう。ここでまた100パーセント「嫌いじゃないのにどうして食べられないの?」と聞かれるので、うつむいて3〜5秒ほど間をおいてからボソッとこう言います。「……だって、……だって、胃の中で微生物が死んじゃうじゃないですかぁっ! 細菌かわいそうですぅ! まだ細胞内小器官にもなってないのにぃぃ〜(悲)。腸内細菌叢すら形成できないんですよ……」と身を震わせて言うのです。
その瞬間、あなたの女子力がアップします。きっと男は「なんて優しいマーギュリスのようなコなんだろう! 絶対に共生してやるぞ! コイツは俺のミトコンドリアだ!」と心のなかで誓い、あなたに惚れ込むはずです。意中の男と付き合うことになったら、そんなことは忘れて好きなだけ発酵食品を食べて大丈夫です。「食べられないんじゃなかったっけ?」と言われたら「大丈夫になった」とか「慣れた」、「そんなこと言ってない」と言っておけばOKです。
Inspired by モテる女子力を磨くための4つの心得(http://youpouch.com/2011/04/26/162331/)
http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1558107.jpg
このシーンがすごく気になるんだ。
お母さんは、まどかの腕を掴んで引っ張り上げることもできた。
でも、それをしなかった。
この前の先生とお母さんの会話で、
「あの年頃の子供はね、ある日いきなり大人になっちゃったりするものよ」
「信じてあげるしかないわね」
って言われている。
腕をあげたけど、おろすしかなかった。
だってまどかに、「今でもそう信じてくれる? 私を正しいと思ってくれる?」
って言われたから。
お母さんだって、子育てに戸惑っているし、どうしていいかわからないから、そうするしかなかったんだ。
この日急に大人になったまどかは、大人になるために階段を下りていった。
この結末は、まどかの家族にとって、まどかを大切に思う人にとって、よかったんだろうか。
まどかのお母さんはあのとき腕をおろしたことで、まどかを永久に失った。
いつもそばにいるし、希望の持てる世を作ったし、もうまどかのいたあの世界は、最初からなかったことになったのかもしれないけど、それでもあの世界のまどかの家族は、まどかを失ったことに変わりはない。
あのままの世界で、まどかを引っ張り上げたら、何も変わらない世界だけど、今のままで生きいけたかもしれない。
いくら神になったって、多くの人を救ったって、ただ娘に幸せでいて欲しいと願った母の思いは、どうなるんだろう。
事情を話もしないのに信じてくれた母に、胸をはれる?
ねえ、まどか?
お母さんの信頼に応えられた?
母を悲しませても、自分の信じた正しいことをするのが、大人になるってこと?
自分の娘がまどかのような行動をしたなら、俺はずっと悲しみ続けると思う。
もちろん、娘を誇りに思うだろうけど、それは同時にとても悲しいことで、俺が望むこととは違う。
でも、そうやって、自分で決断して、親のいるフロアーから降りることが、大人になるってことなんだろう。
二度と戻ってくることがないとしても。
「そうは言っても気になるものはしょうがない」
「アレが存在することが、現在の我々と何らかの関係があることだけは確か…だから調査を行うことの何がいけないの?」
そう別に興味がないわけではない。ただ既に機械と体をなした祈り手たちの熾烈な抵抗を遮ってまで行うことなのだろうか。彼らはたとえ血と肉を失っても、魂に導かれるがままに働いている。何のために?分からない、でも意志がないなどと誰が言えようか?現にこうして逡巡する我々自体も行動という面で見れば彼らと違わないのだから。時折、烈火のごとく攻勢を見せたかと思えば、何かに迷い、口をつぐんだように無抵抗であることも珍しくない。
「調べること自体に反対はしない」と頼りなさげにつぶやく。
「でも、彼らの考え方にだって理由はあるんじゃないんのか?」
そうだ、確かに「考え方」といったカビの生えた概念は相応しくない。
とはいえ、結局、古い認識のままにいるこの自分と、彼らの間に何らかの親近感を見出してしまう。いつまでたってもこの仕事には慣れない。
明日は先遣隊が帰ってくる。彼らの報告待ちながら、この暗いフロアにいるのは奇妙な気分だ。
それにしても彼女の割り切り方はやはり人以上の何かの由縁なのだろうか。それとも彼女の方がより良く理解をしているのか。あの肉無き存在たちを。
両脇に提げた得物をテーブルにそっと置き、その切れ味を確かめる。いづれにせよ、入念な準備は必要なのだ。それは良く理解している。
意志、それは果てたものとしても残りつづけるのか。だとしたら、自分の意志がその肉体の延長として存在していることも怪しいのかもしれない。
「妙に慎重なところは長所として認めよう」彼女は上司でもないクセにいつも偉そうに話す。文句はないさ、仕事は仕事だ。
2011年2月初旬、はじめての妊娠がわかって、とてもうれしかった。
昨日、稽留流産の手術をした。まだ、気持ちの整理がついていないけれど、幸いに術後の痛みもほとんど無いので、記憶が確かなうちに記録する。
様々な方が経験を手記やブログとしてネットで公開されていて、それがおおきな助けになったので、自分も増田として一助になれればと思う。長文お許し下さい。
筆者、36歳、自宅で自由業。結婚10年目。夫は38歳、研究職。ふたりぐらし。
仕事が落ち着き、経済状況も安定してきたので赤ちゃんをむかえることに、2010年秋からとりくみはじめた。
基礎体温は2010年7月から記録をはじめた。葉酸は、1年ほど前から意識して摂取するようにしていた。
夫は頭の中が研究のことばかり。いつも帰宅が遅く、ごはん食べてそのまま泥のように眠るのが日常。
仕事を家にもちかえって、私がデータ整理を手伝いながら、夜半まで趣味とも仕事ともつかない作業をする日も多い。
そんなわけで、いままでかんばる回数は月に2回あればいいほうだった。
夫の妊娠についての知識は「排卵日にがんばれば命中する」というもので、
「顕微鏡でためしに自分の精子を観察したところ、活動も活発で数もいた」という自負がある。
私の周期は28日で、サイクルはわりあい正確、基礎体温もはっきり2層に分かれる変化をしていた。
基礎体温記録、周期の予測、予告などで、下記のサイトを有効活用させていただいた。
記録をまとめて印刷することもできるので、医師に妊娠の経緯を説明する時にとても便利だったし、「がんばる日」の予想もしやすい。
上記の通り、夫の妊娠に対する知識はかなりアバウトであったし、私もネットを使って本気で調べるまでは、知らない事が多かった。
挑戦して、3ヶ月くらいまでは、基礎体温から予測した「だいたいこの日が排卵日」という日を中心に一晩か二晩、がんばった。
夫が仕事でつかれていて、お願いした日に寝てしまったり、お酒を飲んでいい気持で忘れて寝てしまうこともあった。
年齢の事もあり、また自分に自信がなくなってきたので、不妊治療の事も真面目に調べた。
とてもお金がかかり、体への負担も大きい事が分かった。
20代で子供を産み、子供を小学生に育て上げてから、仕事をはじめた友人や、
私の20代には、経済的にも精神的にも余裕はなかったし、夫も自分の身を立てることで精一杯だった。
たいへんでも、親に援助をもとめても、もっとはやくに赤ちゃんをむかえることにすればよかったのかな……
冬になってから、もっと真剣になった。排卵日に関係なく、回数を増やした。それでも週に1度くらい?
妊娠しやすい体にしていくためには、普段から夫婦の接触が大事で、がんばる日が多いと、
お互いのホルモンが活発になって、生殖機能が活性化されていくらしい。科学的根拠は不明?
そして、妊娠しやすい期間の前に4日やすみの日をつくり、排卵日周辺に2日おき、または1日おきにがんばった。
カレンダーに「がんばる日」の印をつけて、多忙な夫が忘れないようにしてみたけど、それでも夫は忘れることがあった。
夫は、理性では、子供と私への気持から、その「予定」に前向きだったが、仕事の締切りや年末進行などで体力的にきつかったし、プレッシャーも感じていた。
私も強制して性交させるのはとても嫌だったので、時に喧嘩になることもあった。夫はいつも一方的に謝るばかりだった。
夫が最大限に努力してくれている事はよくわかっていたはずなのに、自分は焦って思いやりを忘れていた。
年末年始、大掃除もてきとうにして帰省をせず、はじめてふたりだけの大晦日とお正月をすごした。
いつもは組立てない炬燵を出してきて、パソコン並べて仕事しながら、お雑煮やおせちをたべてゆっくりした。
その甲斐もあって、1月のおわりにくるはずの月経が来ず、基礎体温も高いままだったので、
妊娠検査薬を使わずに、2月の初めに産婦人科にいった。病院は、近所の奥様がすすめる病院を選んだ。
子宮のなかに小さな黒いまるがうつっていた。なかみはまだ見えないけど、子宮外妊娠ではない事がわかりほっとした。
妊娠が確定して予定日を告げられてから そのママ に夫婦で登録し、
2月の半ばに2回目の検診にいった。
先生がカーテンをあけて、心臓が動いているのを見せてくれて「順調です」と言ってくれた。
黒い楕円の中で、ちいさい心臓がぱくぱく動いていて、思わず涙腺がゆるんだ。
赤ちゃんは週数のわりに少し小さかった。
調べると、後から追いついて大きくなったり、排卵日が遅かったりしていたために小さく見えたりするそうで、
あまり問題はないということだったけど、今思うと、その時のことがとても気になる。
つわりは、吐くようなつわりでなく、とにかく眠くて眠くて夜も早く眠くなり、昼寝で夕方まで寝てしまう事もあった。
つわりは人それぞれで、これで赤ちゃんの状態を推測する事はできないということだった。
回数を増やすようにがんばってから、夫が活性化したらしく、要求が増えたので、手などを用いて別の方法でお世話をした。
3月の初めに3度目の検診に行った。
この日に母子手帳の手続きができるはずで、その後に、しかるべき人々に報告しようと思っていた。
ちょうど夫の仕事が休みだったので、いっしょにうきうきしながら行った。
いつものように、エコーの検査をしてもらうと、時間がいつもより長く、先生が焦っているようだった。
何度も確認してみても、前回の検診から大きさもあまり変化していなくて、あんなに動いていた心臓のあたりがしんとしていた。
先生によれば、大きさからみて一週間前に心臓が止まってしまったそうだ。
稽留流産、といわれ、先生から説明を受けた。自分では一週間前に何の心当たりもなかった。
夫によれば、ちょうど一週間前から私が吐気でえづくことが増えたので、変化?と思っていたそうだ。
ネットで調べればいろいろ書いてあるので、細かい説明は避け、私個人の体験を記す。
丁寧な説明を受け、自分でもどうして良いかわからなかったけど、
とにかく、早めがよいということで、4日後に手術の日を予約した。
待合にいた夫を呼んで、小さな部屋で、助産師さんからより詳細な説明を受けた。
「わからないことや不安な事は何でも聞いて下さい」といわれたけど、何が不安なのか、何がわからないのかも見当がつかなかった。
あまりに突然の事で、夫婦して感情が固まってしまった。とにかく、私の母と夫の両親に報告した。
母が祖父の看病で家を離れられないため、義母が私の手術前から家に来てくれる事になった。
義母がくることに私はとても不安を感じていたが、案の定、相変わらず、無邪気に笑ってはしゃいでいたので、応対にひどくつかれた。
夫があとで「こんな時に笑うな」と言ってくれたので、助かった。
未婚の友人は、よく「夫を産んでくれたお姑さんに批判的になるのは変よ」と言うが、誰でも最初はそう思うのだ。
誰が好き好んで尊敬すべき立場の人に嫌な感情をいだくだろうか……それなりの経緯というものがあるのだ。
これを書いている今も、横で笑顔で孫がはやく欲しいなどと言っているが、赤ちゃんが亡くなった直後の無神経な発言に気分がささくれ立った。
前夜に話を戻すと、義母ひとりで付添いをするとはりきっていたが、頑なに拒み、夫ひとりについてきてくれるように頼んだ。
義母は多分いい人かもしれない。しかし、いい人がよいことをするわけではない。私は自分が我侭だと思ったが、あとでこの判断はよかったことがわかる。
海外で稽留流産をされた経験のある方の手記をネットで読んだ。その人は夫が激務でひとりで手術に行く事になったそうだ。
手術前夜からの入院で、夜中に耐えられずに泣いてしまったら、年配の看護師さんに抱きしめられて慰められ、
夫を病院に呼ぶようにすすめられ、夫が来てくれたのでとても助かった、と書かれていた。
手術前夜は、飲食禁止だったが、家で留守番をする義母と付添の夫のお昼に炊き込みご飯でおむすびをつくり、
病院に持っていく分と帰宅後の安静時に飲むための番茶をたくさん煮出して、空のペットボトルにつめ、
夫は、手術の前夜も仕事を家に持ち帰っていた。年度末の仕事がギリギリで、とても忙しい時期だ。
そういうわけで、夫は、赤ちゃんがいた実感も、赤ちゃんが亡くなった実感も薄く、私も事務的に手術の仕度をするだけで、
何が起こってどうなるのか、わからなかった。ただ、ネットで様々な人が書かれた手記や質問の応答などを読んで、
「こういうことがある」のがわかり、ふたりで「痛いことはたくさんあるようだけど、いちばんつらいのは赤ちゃんだから、耐えよう」と思った。
当日、3月7日朝9時、夫と直接、産婦人科病棟のナースステーションに行き、書類を出して手続きをした。
病院には自家用車で行った。服装は、お腹をゆるく保護する妊婦用のやわらかい部屋着のズボン、Tシャツ、パジャマの上着、フリースの長いコートで、
家に帰ったらそのまま寝られる服装で行った。手記をみると電車で行き帰りする人もいて術後は歩いて移動できるようだけど、楽にできるならその方がいいと思った。
ナプキンをつけてから、担当医とは別の当直の先生が、子宮口を開く処置をしてくれた。
赤ちゃんは最後の検診の時と変わらず、動いておらず、形も少しいびつになってしまったように見えた。
この処置はとても痛いという手記が多いが、私の場合は、それほど痛くなかった。痛覚が鈍いのかも知れない。
それから点滴で輸液をし、午前中の外来が終わるまで病室で安静にしていた。
午後になり、手術着に着替え、点滴をつけたまま、手術する部屋へ歩いていった。夫は病室で待機。
多分、分娩とおなじ場所だと思う。途中の廊下で元気な赤ちゃんの声がたくさん聞こえた。
担当医の先生が手術の道具を調えていて、天井には大きなライトがあったり、
計器をつながれたり、看護師さんがてばやく準備を整えはじめたので、急に怖くなった。
台の足の部分が開かれて持ち上がり、足にカバーをかけられて、足首を固定された。
肩に麻酔を効きやすくする筋肉注射を打たれた。これが全ての経過の中で最も痛く、
思わず呼吸が大きくなり、その痛みが引かないうちに、アイマスクをつけられ、看護師さんに点滴を刺している手を胸を載せられると、
先生の「麻酔を入れたら、手術を始めます。子宮口に詰めた消毒綿をとります。はい麻酔を…」というとこで、
器具の冷たい感触があって、下腹部が激しく痛くなったと感じたら、麻酔が効きはじめ、突然、幻覚が始まった。
事前に「意識はうっすらとあって、声が聞こえるくらい。眠くなったら寝て下さい」といわれていた。
しかし、私は意識はしっかりあったと思う。ただ外とつながっていないだけで。
もし、赤ちゃんが次に何処かに生まれることができるなら、できるだけ暖かくて自然がいっぱいあるとこへいけるといいなと考えて、出張した時に見た熱帯の森を手術中はイメージしていようと思い、痛みをこらえて、その木々の茂る風景をイメージしてみた。
だけど、アイマスクで暗いはずの視界が急に明るくなって、上からレゴブロックの白いのみたいな小さなものがザーッと落ちてきて、自分の体がとても小さくなってしまったように感じた。痛みも体がある感じも消え、白と灰色と黒の格子みたいのがある空間の底にいて、格子がうねりながら昇っていった。うねった隙間から、キミドリとピンクの光がでてきて、渦を巻いてまるくなってくっついたり離れたりして激しく動いていた。私は自分の家や猫のいる温かい感じがあるとこへもどりたい気がしたけど、仕事や、大学のころに勉強していた事、その意味が、バラバラに浮かんできて、消えていって、その間、気持ちいいテクノみたいな音楽(フロアに流れるかすかなオルゴールの環境音がアップテンポに聞こえた?)がずっと流れていた。格子の四角がだんだん大きくなってきて、その合間にフラッシュバックみたく家にいて西日が当たる暖かい感じが懐しく浮かんできて、そして、キミドリとピンクの光がうすれ、シューッシューッと機械が動く音が聞こえて、視界がもやもやした暗い灰色になって、人の話す声がなんとなく聞こえてきた。
しばらくして、アイマスクがはずされた。目を開けようとしても薄くしか開かず、まだ視界がぼやけていて、遠くから声が聞こえた。
「お腹はいたくないですか?」 「わかりません」と答えたと思う。
顔を横にして時計を見てみたら、20分くらいしかすぎていなかったのがぼんやり見えた。
ご主人を呼んできます、と看護師さんが出て行き、夫が来て手を握ってくれた。
すごく暖かい感じがして、涙が出てきた。夫も泣いていた。
麻酔がしっかり醒めるまで、一時間ほど、その場所でそのまま2人でいた。
時折、看護師さんが来て出血を確認していった。
いつの間にかパンツを履かされていて、看護師さんがナプキンを交換してくれた。
持参したナプキンのうち未使用の2コをとり、交換したナプキンと今着けたばかりのナプキンの空袋を持って、計量にいった。
重さの差から出血の量を計測しているのだろう。種類を混ぜて持ってこなくてよかった。
なので、手術の日に持参するナプキンは全部を同じ種類のものにしておくとよいと思う。
麻酔が醒めてくると、点滴の支柱と夫に支えられて、歩いて病室にもどった。不思議とどこも痛くなかった。
病室でズボンをはいて横になり、点滴がはずされると、遅い昼食がでた。
夫も昼食をとっていなかったので、いっしょに食事をした。
夫は前日まで、「手術してる間にちょっと外でごはん食べてくるから、おむすびいらないよ」と言うほど、
手術の時にどうするか何も知らなかったし、手術の間は待機しているようにと説明された事も忘れていた。
私は飲み物をのんでおかずを少し食べてみたが、点滴のせいかお腹がすいていないので、勿体ないけどほとんど残してしまった。
夫は「自分がここにいるべきだし、おむすびとお茶を持ってきてよかった」と言った。
薬がでて、会計が終わると、手術着を脱いで、帰る仕度をした。このときも、お腹は全く痛くなかった。
看護師さんが手術前に、担当医の先生は手術がはやいと言っていたが、きっと処置が上手だったのだろう。
子宮を収縮させる薬を飲むとお腹が痛くなるというが、薬をちゃんと飲んでいる1日後も痛みはほとんどない。
来週に検診があって、また病院にいく。
元気になったら、赤ちゃんのことをおぼえておけるように、地元で名木の桜の保護をしている会から苗木を分けてもらって、実家の土地のいい場所に植えようと思う。
その木がもっと時間が経って大きくなって花をたくさん咲かせたら、それとは知らなくても、いろいろな人が見に来てくれると思う。
・次の月経以降の周期に、「妊娠したい 私はこれで妊娠しました」 を参考に、排卵検査薬を使って、排卵と基礎体温変化の様子を観察し、今後に役立てる。
こういうことがあると嫌なので親戚にいうときは電話局の中みたいな機械関連の仕事をしています。
といっている。
親戚でも付き合いたくない種類の人だとPCと聞くと「安く買える」とか思われるとクレクレや無償ヘルプデスクを要求されて嫌なので、
「会社からの支給品しか使わない・プライベートで買うときは大手家電量販店のPCフロア担当者に聞いて買う」
しか言わない。
この辺りをお母様やお父様に言っておいた方がいいよ。
(会社の守秘義務もあるし、全然違う会社のの内容だから変なこといえないっていった方がいいよ。眼科医に水虫治療させる様なものだって。)
文末になったけど法事お疲れさん。
昨日、本当に好きで好きで、行きつけにしていた居酒屋に行った。
食べログにもぐるなびにも載っていない、カウンターを含めても15席の、隠れ家みたいなところだった。
年が明けて初めて。3ヶ月ぶりに訪れた。
そしたら、何だかとても残念になっていた。
店内の壁を埋め尽くしていたメニューは、小さい黒板1つに収まっていた。
黒板のメニューも、手間をかけないで出来るものばかりだ。
前に来たときに美味しかったのを頼んだら、「今は黒板のしかやっていなんで」だそう。
日本酒を注文すると、以前は升+コップで出ていたのが、少し大きめなコップに注がれるだけだ。
原因はすぐに分かった。
調理に集中していた店主が、注文を取ったり、お酒を注いだり、お会計もやっている。
メニューが縮小したり、手間のかからない料理ばかりになるのも当然だろう。
料理は美味しいし、メニュー表に載っているものだけってのも普通と言えば普通。
ただ、これまで、このお店で味わってきた"+α"がなくなったことがショックだった。
来週、予約してた分でもう1度行くけど、その後はしばらく行かない。
のれそれ楽しみにしてたんだけどな。
短時間で大きく変わるのだ。
新しいお店を探しに行こう。
他部署の人間で、1歳年下の後輩。交際3年程だ。
普段、陽子の所属する部署と僕らの部署の人間は直接顔を合わせることはあまりない。
とある大きなプロジェクトのメンバーとしてたまたま僕と陽子がそれぞれ選抜され、2ヶ月間ほど協力しあい問題を解決しているうちに僕らは親しくなった。
僕は同僚に言うのが気恥ずかしくて黙っていたのだ。
自分で言うのもおかしいけど、僕は全然イケメンじゃない。中肉中背・顔もブサイクでもないと思うけど、外見的な特徴としては中の中レベルだと思ってる。オシャレセンスとやらもあまり自慢できない。
一方、陽子はそれなりに目立つ存在なのだ。清楚系美人で、僕と同期の野郎たちにも人気だった。
そんな僕と陽子が付き合ってる事を皆に言うのはちょっと恥ずかしかったのだ。社内のとある人間から猛烈アピールをうけていた陽子は、彼への牽制もこめて皆にオープンにしようと提案してきたのが1年半ほど前。
いまでは周知の事実となっており、ときたま冷やかされるものの、ありがたいことに会社の方々には好意的に受け取って頂いているようだ。
そんな僕と彼女の話。
仕事はそれなりに満足してる。残業も多いけど、この不景気にしては恵まれた職場環境だと感謝したいくらいだ。
仕事はバリバリ良く出来て、面倒見も良くて部下からの信頼も厚い。男の僕から見てもイケメン。
仕事に対しては厳しくて、僕もきついダメだしをしょっちゅうもらうけど、嫌いな人ではない。
既婚者で幼稚園に通うお子さんがいるらしい。以前、自宅に招待して頂いた際に紹介していただいた奥さんも可愛かった。
そんな上司(『桜井』:仮名)から先月、僕の携帯にメールが届いた。
メールを受信したのは深夜のこと。朝、目が覚めてメールを確認した時は意味がわからなかった。
寝ぼけた頭がその瞬間冴えてきて、不安な気持ちに包まれたのを覚えている。
(『夢』って?『キスしたこと』って?陽子と桜井課長がキスしたの?)
(『4L』って、社内のあの場所?)
うちの会社では社員用の個室がいくつか用意されていて、空室ならば申請などせずに自由に使える。
1人用の部屋もあれば、10人くらい入れる部屋もあって、一人で集中したい時に予備校の自習室のような使い方をしたり、社員同士のちょっとした打ち合わせに使用している。
『4L』ってのはその部屋の名称の一つ。
もちろん「送り先間違ってませんか?」なんて返信もできず、混乱した頭のまま会社へ。
「今日どんな顔して桜井課長と会えばいいんだよ」と思いつつも、上司がいつも通り接してきたので不思議と僕も動揺を見せることなく仕事を終えた。
仕事終わってから陽子と外食。当然、メールのことは気になってたけど、誤解かもしれないと思って触れられない。
おそらく陽子に送るメールを僕に誤って送ってしまったのだろう。
これも仮名だけど、
ってな感じで、僕らは苗字が似てるんだ。一文字目の漢字が一緒。おそらく携帯のアドレス帳では上下に並んでるんだと思う。
気にはなるけど、陽子には聞いちゃいけない質問だと思った。そして聞く勇気もなかった。
もちろん彼女を信じたいし、誤解だと思いたいので、「これは『江田さん』という同じ名字の別人だ」とか考えるけど、『4L』なんて単語が出てる以上そんな楽観的な考えもできずに出てくるのは悪い想像ばっかり。
高校生でもあるまいし、もし本当だとしてもキスくらいなら許してやれといわれた。
そういうもんなのだろう。
信頼してるなら彼女に直接聞いてみればいい、とも言われたけど、僕はもし真実だった時のことを考えると怖かった。
10日間ほど進展もなく過ぎていった。
週末は陽子とデートした。二人でいる時はメールのことなんか意識することもなく楽しかった。
平日は悶々としたまま普通に仕事をした。それほど仕事量の多かった週ではないのに何故か毎日疲れた。
このまま、事はウヤムヤでもいいやと思っていた。
金曜の夜、少しだけ残業した。フロアには桜井課長と僕ともう一人同僚が残っていた。
帰り際、桜井課長が僕らをご飯に誘った。同僚は予定があるようで丁寧にお断りしてた。
狙うこともなく課長と僕は二人でご飯を食べに行くことになった。
部署の人間と昼食を一緒にとることはよくある。課長と昼食を二人きりで食べに行くこともしばしば。しかし夕食を二人で食べたのは過去数えられるほどしかない。
最初は仕事の会話だったけど、お酒が入ってからはお互いくだらない雑談だった。その日は一つ仕事をやりきった達成感もあって、楽しい時間だった。例のメールの件は聞く気もなかった。
僕はアルコールにそれほど強いわけではない。程良く酔っ払ってきた。ほろ酔いの気持ちいい気分の中で自然と口から言葉が出てた。
「かちょー、ちょっと前に僕にまちがってメールおくってきましたよねー。江田さんとキスしたんですかー?」
酔ってなければ絶対に面と向かって言えないことだった。
さっきまで笑ってた課長が真顔になってた。
僕もそんな課長の顔を見て、酔いが醒めた。血の気が引いた。
「ちょっとトイレ行ってくるから待っててくれ」課長が一言つぶやいて席をたった。
・僕が陽子と付き合ってるのを知りながら、卑怯なことをして申し訳ない。
・無理やりキスしたわけではないが、僕のリードでキスをしてしまった。江田さんは悪くない。
僕は黙って話を聞いていた。
謝罪と説明が終わってから「彼女へは僕から直接話をしたいので今日のことは伝えないで欲しい」と言った。
課長のことは許すことができませんが正直に話してくれたことには感謝します、僕はこのことはこの場をもって忘れようと思うので、仕事は今まで通りの関係でお願いしますと伝えた。
課長は謝罪の言葉を繰り返し、頭を下げたままだった。こうして途中まで楽しかった夕食は終わった。
許してしまう雰囲気だったのか?罵倒して殴ればよかったのかもしれないけど、僕はなぜかカッコ付けた。
もっともカッコ悪いのは僕だった。
・打合せしているうちに変な雰囲気になって、ついキスされてしまった。
・拒絶するべきだったのに、なぜか断らなかった。本当にごめんなさい。
・桜井さんとはそれきりで、社内でもふたりきりにはなってない。
・僕には申し訳なくて言えなかった。
・愛してるのは僕だけだ。
僕は陽子に別れを伝えた。
陽子は涙ながらに謝罪し、許してもらえるまで待たせてほしいと言った。
僕は待ってても無駄かもしれないと伝えた。
うまく整理できなんだけど、
話をしてくれなかった彼女への怒り > 不甲斐ない自分への怒り > 彼女にキスをした上司への怒り
ってな順番なんだと思う。
彼女が僕に伝えなかったのは、僕に対する優しさなのかもしれない。
黙っていたほうがいいこともある。心配させたくないという心遣いかもしれない。
分かっているけど、僕はそれを素直に受け入れるほど心が広くなかった。
僕は子供なんだと思う。
課長から僕へのダメ出しは少しだけ減ったような気もするが、事件前と関係は大して変わっていない。
彼女とは社内で普通に挨拶くらいはするけど、プライベートで会うことはなくなった。
「本当にごめんなさい。もう一度お話をしていただけますか?元の関係にはもどることができないと思いますが、もう一度チャンスを下さい」
僕はすぐ返信した。
「ごめんなさい」
ここに書いたのは文章にすることで心の整理をつけられるかと思ったから。
そして、今回の最大の収穫は自分の心の狭さがよくわかったこと。
メールの送信先には気をつけてください。
皆さんはこれくらいなら許してあげられるよね?
チャンスを与えてあげられるよね?