はてなキーワード: バキバキとは
10年以上、不眠に悩まされてきた。
だが腰痛を起こしたのをきっかけに、整体に通うになったら、眠れるようになってきた。
整体師に聞いてみると、体ががちがちで自律神経が休まらない体だったそうだ。
つまりこんな感じ。
体が凝る(1)
↓
自律神経が休まらない
↓
副交感神経が働かない
↓
眠れない/眠りが浅い(※)
↓
体が休まらない
↓
肩が凝り体がだるくなる(2)
↓
(1)~(2)の負のスパイラルに陥る
↓
やる気がなくなる
↓
何もかもが嫌になる
↓
心の病なんじゃないかと思い始める
↓
鬱になる
↓
自分は眠れないと思い込む
↓
何をしても眠れなくなる
↓
もうダメだ
睡眠剤は、眠れない/眠りが浅い(※)を対処療法的に解消するだけの物でしかない(のではなかろうか)。
だから(※)が解消されても、そもそもの原因である「副交感神経が働かない」という部分の解消にはなっていない。
したがって睡眠剤の服用は一時しのぎにはなっても、根本的な原因は解消されず、不眠が治らなかったのではないかと思う。
(自律神経失調症にしても、心の入れ物である体の不具合が治らなければ、どれだけ薬で対処しても、根本解決にはならないような。
一方整体に通うことによって、体の凝りがほぐされ、自律神経の動きが回復し、副交感神経も働くようになったことで、不眠が解消されたように思う。
ということで、不眠とか鬱って、心の病と思われてるけど、そもそもの原因って本当にそこなんだろうか、と疑い始めてる自分がいる。
精神が参ってしまう根本原因は、必ずしも心や気持ちといった曖昧模糊としたものではなく、
「身体の不調」という物理的な原因であることが多いのではないだろうか。
色々くよくよ悩むことが多いと思うけれど、そういうときって睡眠不足だったりしない?
それに気持ちが重くなるときって、大体、肩が凝ってたり、体がだるかったり、首が痛かったり、頭が重たかったり。
ということは、逆に考えれば、「ちゃんと眠れて」「体が快調」であれば、気持ちも軽くなって前向きになれるってことではないだろうか。
もちろんそれだけではないかもしれない。
でも、もし不眠だったり、気持ちがダウンしてしまったら、まずは身体の不調を解消することを考えてみてはどうだろう。
簡単なところでは、ストレッチして全身の筋肉をほぐしたり、全身をマッサージしたりつぼを押してみたり。誰かに頼んで肩を揉んだもらうとか。
スーパー銭湯とかいって、大きな湯船に使って、体をリラックスさせるとか。
ただ、ほんとに深刻なら、多少の出費は覚悟しても評判のいい整体院を探して、通院してみることオススメする。
体バキバキやる系ではなく、体の奥の筋肉をじっくりとほぐしてくれるようなところがいいかも。
ここまでしてもダメなら(上記以外にも寝具など睡眠環境の改善も見直したほうがいいかも)、
初めて精神科や心療内科にいって、薬を処方してもらうとかでもいいのではなかろうか。
何より「薬に頼る」ことの後ろめたさ、敗北感は、結構心に響く。
なのに、眠れないから、欝っぽい、ということで、すぐに心の問題としてそちらに頼ってしまう人が多い気がする。
そして根本的な解決にいたらず、どんどん深みにはまっていく人が。
現に自分もそれになりかけてた。
テレビやモニタ、携帯電話など、目の疲れや肩が凝りやすい環境に囲まれる人が多いと思う。
最近「不眠」「鬱」で悩む人が増えているのも、実はそこなんじゃないかと。
彼女は、すごくうれしそうに、少し照れながらそのことについて話してた。
普段、彼氏なんていらない!みたいなことを言ってた子だったので、そのキャラの変わり様に
殺されそうになった。
今まで、気になる子に元々彼氏がいたケースはよくあったものの、
片思い中の子に彼氏ができたケースは初めてで、本当に打ちのめされたなぁ。
告白して振られるならまだある程度自分に納得がいったかもしれないけど、
まさか勝負する前にゲームセットとは。
たまに連絡を取り合う仲で、数回二人で食事に行った。
お互い話もはずむし、相手からも「今度~を食べに行こうよ!」と提案されることもあった。
(これは話の流れで出てきただけで、実際に行ったわけではなく、まぁこれからもないんだろうなぁ。)
連絡を取り合う中、彼女からのメールが明らかに好意的になってきた。
(食事の前日に「明日は楽しみです」みたいな連絡来たり。)
このまま仲良くなっていけば、ゆくゆくは付き合えるんじゃないかと期待してしまった。
そこで、今までそこまで意識してなかった明確な下心と、付き合った経験がないことの
焦りが出てきてしまった。
彼女が自分のことを好きという前提でモノを考えてしまい、彼女が俺からの誘いを
待ってるんじゃないかと過剰に考えてしまったわけだ。
そこで、しつこく誘ってしまい、彼女を引かせてしまった。
(このことは第一回フラグバキバキ事件として自分史に刻まれました。)
彼女を引かせておよそ1週間後、その子は今の彼氏と付き合い始めたそうな。
俺の余裕のなさに呆れてしまい、今の彼氏のほうに気持ちが向いたのか、
それとも元々彼氏のほうが気になっていて、俺はあくまでも仲の良い男友達だったのか。
本当のことはわからないけど、少なくとも俺の行動は褒められるものではなかった。
もっと浮き足立たずに冷静になるべきだった。
焦りがなくても、彼女は今の彼氏と付き合ってたかもしれないけどさ。
これから彼女は彼氏と仲良くやって、一緒にご飯を食べて、遊びに行って、
ときどきセックスをするだろう。
なんでその相手が俺じゃないんだろう。
なんで俺じゃダメなんだろう。
悔しいなぁ。
彼女が幸せならそれでいいという境地にはたぶん辿り着けないだろうなぁ。
俺は、女の子に愛された経験がなければ恥ずかしい自分をさらけ出された経験もない。
これから先もないんじゃないかという不安にいつも襲われる。
無駄に女の子と付き合える自信だけがあって、そのための手段や気遣いが足りてないから。
でも、とりあえず今回の件で、焦る気持ちはだいたい抑えたほうがいいことを
学べたから良かったとは思う。
好きな人が好きになってくれる、その状況がやってくるときがいつの日か
必ずやってくる。そう思い込んで、強く思い込んで生きていかないと。
なんだかんだで彼女と話すのは好きなので(未練と言われても否定はしない)
グループで遊びに誘ったりしてしまうんだろうなぁ。
でも、彼女がセックスしてる姿を想像しながら「最近彼氏とはどう?」とかそういう話を振る
そのことにあえて触れず、当たり障りもないことを聞く自分にも吐き気がする。
少し気持ちが落ち着くまで時間が欲しい
線香に火をつける。毎日香だ。
それを尿道に突っ込む。
そして中でバキバキ折る。
できれば、今年中にやりたい。
あと半年しかない。焦る。
もちろん、他人の尿道でだ。
夢は手帳に書けと言った。
だからオレは言われたとおりにした。
もうひとつの夢は、
ヤクルトをコップいっぱい飲むことだ。
いつも、もう一本飲みたい、と感じている。
だが二本目に手をつけたとき、オレはいつも後悔する。
これも手帳に書いた。
オレは言われたとおりにした。
だから夢は叶う。
いまから楽しみだ。もう寝る。
酒はおそろしい毒。ドラッグ。犯罪と事故を呼び起こす社会の癌。
年末年始や歓送迎会ではオーバードーズ、いわゆる急性アルコール中毒で毎年3万人が死亡している。
飲み会などにおける上の立場からのパワハラ・アルハラ・飲酒強要での健康被害、死亡事故も問題視されている。
酒を飲むとまず咽頭・食道がやられる。食道静脈瘤や咽頭がんなど。
「酒焼け」とよくいうだろう、あれが出たらもう赤信号。
そして次に当然ながら胃が多大なダメージを受ける。
その先の小腸や大腸も以下同文、消化器系は漏れなく壊滅。
アルコールが運ばれる循環器系はもちろんやられる、血管バキバキで脳血栓できまくりで脳卒中の最大要因。
「休肝日」という言葉があるくらい皆さんご存知の通り、アルコール分解の主役である肝臓はもうボッコボコになる。
最終的な分解を受け持つ筋肉もやられ、深刻な場合は慢性的な震えや痙攣・運動障害をひき起こす。
そしてアルコールで最も甚大な影響を受けるのが、酒の麻痺効果のターゲットである脳・神経系。
飲酒常習者は脳が萎縮し、非飲酒者に比べ痴呆が10年速く進行する。
慢性アル中患者は脳血流やグルコース代謝が低下し判断力などの高次機能が破壊され、反社会的行動を起こしやすくなる。
さらに膵臓のランゲルハンス島もやられて糖尿病になる。膵炎の半数はアルコール性。
もちろん腎臓もやられるし、アルコール性心筋症は心筋梗塞の最大要因。
それだけじゃない、免疫力が著しく低下するためエイズや肝炎などあらゆる感染症にかかりやすくなり、
酒による肥満はありとあらゆる成人病を加速させ、さまざまな合併症をひき起こす。
さらに言えば、酒の上の暴行や傷害や殺人や強姦など、様々な犯罪の間接要因でもあり、
昨今ようやく少し認識が改まりつつある飲酒運転被害ももちろん酒の害のひとつ。
まさに百害あって一利なし。
万病の素。
あらゆる悪の根源。
経済的にも社会的にも、恐ろしく多大な損失を生む、まさに悪魔のドラッグ。
それが酒。
今日もリアルで尊敬のかけらも受けてないだろう増田のようなアルハラ中高年が
PCとゲームと漫画があれば、それなりに楽しく一生過ごせるものだと思ってた。
会社に入ってからも、土日は殆どゲームで時間を潰す日々だった。
給料でカメラを買ったり、PCのパーツを買えたり、漫画を買ったり。
社会人になって真っ当な「お金があるオタク」になると思ってた。
最初の年の冬に、スノーボードに誘われた。
無縁だと思ったけど、折角誘われたので行ってみた。
今ではワンシーズン15回はかならず行っている。
陽水くらいしか聞いたことない自分には殆どわからない音楽ばかりだった。
でも、真夏の太陽の下で数万人がうごめく野外ライブは新鮮だった。
終わってから、出演アーティストのアルバムを買ったり借りたりし、覚えた。
翌年からは、どのアーティストを順番に回るか考えながらフェスに参加した。
ライブにも行くようになった。陽水のコンサートくらいしか行ったことなかったのに。
マラソンにも参加した。
最初は10kmだった。同期で駅伝にも参加した。
カンボジアでハーフマラソンも走った。東京マラソンでフルも走った。
毎年フルマラソンに参加するほどになった。
記録はあんまり良くないけど。
ロードバイクもはじめた。
佐渡で210kmを走ってきた。雨の中だったけど面白かった。
疾走感が堪らない競技。他では得られない。
山に登りはじめた。
ついでに、山も走ってみた。トレイルラン。
あんなに辛い事はもうホントに無いんじゃないかと思う競技だった。
知識とお金を貯めて、冬山にも行ってみたい。
冬山にいったら、バックカントリーにも挑戦したい。
海にも潜ってみた。
そんなに潜れないけど、そんなに泳げないけど、海を見るのは楽しかった。
深く潜れればもっと楽しいんだろうけど。息が続かないんだよな。
ウェイクボードもやってみた。
スノーボードに似ているけど、ちょっと違う競技。
かろうじてジャンプできる程度。ウェイクを飛べたら面白いんだろうな。
まぁ、まだしばらくは引っ張られるだけでいいのかもしれない。
ゴルフもやってみた。
…これはまぁ、そんなにはまらなくても、適度に迷惑かけない程度でいいのかな。
ゴルフというより、仲間とラウンドしているのが楽しい競技なのかもしれない。
8年間。
色々やった気がする。22歳で会社に入って、今年30歳。
学生時代に手を出さなかった事に、片っ端から手を出したような。
漫画とゲームとPCしかなかった様な人間が、こんなに色々やるなんて。
ゲームは殆どやらなくなった。
殆どのゲームを売ってしまった。PS3は持っているけど、殆ど電源を入れてない。
FF13も買わなかった。やる時間がないし、体験版ですら苦痛だったから。
でも、もうそろそろいいかなと思った。iMacでも買って落ち着こうかな。
あとはiPhoneがあればいいや。
漫画は相変わらず読むけど、月20冊とかは買わなくなった。
2000冊近くあった漫画も、かなり処分した。でも1000冊はあるかな。
これもどうしよう。ホントにお気に入りだけ残せばいいのかな。
でも、もうそろそろいいかな。
学生時代に引きこもりオタク的な生活をして、アウトドア的な楽しみをしなかったけど。
20代で十分過ぎるほど、取り戻した気がする。
もうそろそろいいかな。
一生涯やる趣味というものを、この中から決めてもいいかもしれない。
楽しいことなら何でもやりたい。
笑える場所なら何処へでもいく。
やらなきゃなんも始まらないんだ。
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1303084.html
亡くなった著名人に対してそうウェブ上で弔意を表する人たちに、前々からなんとなしにひっかかりをおぼえていた。
「お悔やみ」は本来的には、故人の遺族などの関係者に対して「申し上げられる」ものだ。社交辞令的な側面を除けば、そこには人の死という最上級の悲しみを他者と共有し、辛さを分かち合うことで、明日への活力を得るための一助とする目的が存在する。なんとか彼の屍を乗り越えていこう。おじいちゃん最期になんていってたの? 生きろ、ってことさ。
ではウェブ上でお悔やみを述べる人々は「ワールドワイドなネットワークでディープなサドネスをシェアすれば、よりサフィシエンシーに富んだアロケイションを実践できるライフハック」でもキめようとしてるのだろうか? おそらく違う。ある種の人々にとってはウェブという葬式には不自由な場で唯一打てるの弔電であるし、別のある種の人々にとってはライフロギングの一環にすぎないだろう。そして、また別のある種の人々にとっては「本気で悲しんでる人」になるための入り口を作り出す儀式でもある。
訃報が大きなニュースとして扱われるのは各種著名人の中でも俳優、歌手、芸人などなどアーティストの場合が一番多い。ニュー速やはてなの場合はオタ寄りの人間が多いためか、漫画家や声優も比較的反響がデカい。こういった人々はアウトプットしたものが他に比べて我々の生活に入り込みやすい。あるいは、能動的に手に入れる場合の(精神的・物理的)コストが非常に安く上がる。だから、ファンならずとも「思い出してみれば、(作品を)見たこと、聞いたことがあるよね……」という気分に陥る。 仮想的な個人関係が構築される。そうなるともう「知人」だ。知ってる人が死ねば悲しい。当然の感情だ。だから、お悔やみを申し上げる。当然の論理だ。
これは「悲しんでるフリ」なのか? 否だろう。少なくとも、結果的には「本気で悲しむ」ことになるのだ。そういう結果に行き着いてしまうシステムができあがっている。そう、悲しみを指数関数的に増幅させるプロセスが。
著名人の死には思い出補正のほかにもうひとつ、故人の個人情報(しゃれじゃないよ!)、即ち通常の葬式における「彼/彼女とのおもひで パブリック版」がメディアによって無償提供される。追悼記事の体裁をとった故人の交友関係、裏事情、履歴学歴出身出自家柄家族構成年収バイオグラフィーその他諸々が暴露される。作品が繰り返し繰り返し某のりピーバキバキDJプレイ動画並にテレビでリピート再生される。掲示板でまことしやかに故人の美談が語られる。雑誌で特集が組まれ、いかに素晴らしい足跡、業績を残したかが取りざたされる。そして、ブログで「○○に関する個人的な思いデ」なる記事がアップされてエントリ執筆者に<わたし>の代入がはかられる。かくして公人としての彼/彼女の情報と私人としての彼/彼女の情報を手に入れることで、それぞれの中で実際と感情的にはさほど変わらない擬似友人関係が手に入る。リアルと違うのは<わたし>と故人をそれぞれとりまく人間たちがまるごと欠落してることだ。まぁなんて十年前に流行ったライトノベルみたいなんでしょう。君はそれで十分なんだろう。電波はどこからでも届く時代なのだし。
だから、画面上の「お悔やみ申し上げます」はいびつに響くのだ。単に遺族を知らないのあれば、自分の周囲から作者を知る人物を探し出して共有すればいい。それこそネットでは腐るほど見つかる。が、それではダメなのだ。上記のプロセスを経て構築された太くて強固な一本のみから成る関係は非常に閉鎖的で、誰の干渉もゆるさない。その上、線でつながれた二人のうち一人はもの言わぬ屍なのだから、もうほとんど俺 is world.だ。
臼井義人のような行方不明の場合は、この故人情報の提供が前倒しで行われている。(世間一般的には)一部の人にしか知られてなかった「まつざか先生の恋人爆死エピソード」やら、新宗教に関連した家庭内不和の噂やらがばらまかられ、『クレヨンしんちゃん』がベースとなった映画がピックアップされる。作品について語ったインタビューやら本やらが紹介される。そもそもがアニメのお陰で幼児~30代に絶大な知名度を誇る漫画の作者だけに、人々は自分の中の『クレしん』体験を持っている。我々はその記憶をつぶさに思い出の中から発掘し、あたためるだけの時間を時間を与えられる。今までまったく知りもしなかった作者をよき隣人よき友人として捉える様になり、ついにはこうのたまいだす。
「私の人生において『クレしん』はドラえもんとならんで人格形成に強烈に作用したいわばバイブルです。ええ、今でも大ファンですとも。ワシは臼井義人が育てた! しかし今の子供はかわいそうですね。ドラえもんとしんちゃんを同じ曜日に楽しめないとは!」(楽しめる)
既に世間は膨れあがっちまった悲しみではちきれんばかりになっている。今日に至り、「遺体発見!……か?」というニュースがダメを押した。今更後戻りはできない。「なんかの間違いであってほしい」「俺は信じないぞ」。これらは通常、死者に用いられる言葉だ。
人は自分本位ないきものだ。いわんや、(推定)死体と<わたし>としかいない閉じた、花火すらない部屋の中にあっては。死体の前についた(推定)が外れた時、ようやく理想的な関係が得られる。なぜ理想的なのか。安心できるからだ。なぜ安心できるのか。安定しているのだ。構成要素が自分しかいないから。ということは必然的に訃報からはじまる一連のシークエンス主人公はその人自身、ということなる。主人公は人の死を嘆き悲しむのだから人生という本のワンシーンとして、美しくならないはずがない。
画面越しに行われる弔いはその人の体内で循環し続けて決して放散されないのであって、つまるところ内面の問題なのだ。そこに臼井義人の親族や関係者が介在する余地などまったくない。だからこそ、人はどこまでも残酷になれる。決して、自覚することなく。
あなたは悲しむ準備はできましたか? 悼む用意は充分ですか?
私は……臼井さんが五体満足これ無事にお戻りになることを祈ってます。
「あーもう、ほんとどうすりゃいいんだっつーの、マジでこれ」
「そんなん○○するしかないだろ」
って言われて腹が立つのは、共感して欲しいからというよりも、「んなこたわかってんだよ」って気持ちがあるからだと思う。
と、今日「あーもうどうすりゃいいんだよ、車泥まみれだしどっかの家のゴミが駐車場に大量に流れ込んでるっつーの」って言ってたら「そんなん洗車するしかないだろ。ゴミも処理するしかないだろ」とか言ってきた奴がいて、それでムカっときたから思ったんだけど。それにしても昨日の豪雨本当うぜー。
何かに悩んでいる人は、解決策を知らないのではなく、最良の解決策を面倒でしたくないだけだ
と、森博嗣が「臨機応変・変問自在」という新書の中で答えていたが、これを切に今日感じたね。
いや誠にその通り。
「そんなん○○するしかないだろ」「○○すれば?」とか言われて腹立つのは、「共感してくれればそれでいいんだ」ってよりも(それもあるのかもしれないが)、「いや、んなこた分かってんだよ。だけどそれがめんどくてやりたくねーから言ってんだよ」って思うからだと思う。つーか考えてみ。別にすぐ簡単にやれるような解決策があるんだったら、ぶっちゃけとっくにやってるわけでさ。
「ゴミがそこにおちてるけど、どうしよう」なんていわないわけじゃん。拾ってゴミ箱にぽいといれればいいだけだから。
解決策、というより、「するべきこと」といった方がいいかもしれない。「するべきこと」なんて分かってるんだ、本人が一番。言われなくたってよ。でも「どうしよう」って言ってるときはそれがとてつもない労力がかかるものだったりとてつもなく金がかかったりして一筋縄じゃいかねーから、「できればやりたくない。でも解決のためにはやらなきゃいけない」というジレンマに陥って「マジうぜえ、どうすんべ」となるわけで。言うなればこのときの「どうすればいい」っていうのは、単純に解決法を尋ねてるんじゃなくて、「するべきことはこうだと分かってるんだ。でもあまりに金or労力がかかるからやってらんねーんだ。なんかどっちもかからないいい方法ってねーかなあ」的な意味なんだよな。そこに「金or労力がかかる、俺がとっくに思いついてる案」を、したり顔で「すれば?」とか言われると「UZEEEE!!んなこたお前に言われなくても分かってるっつーの!」ってなるわけだ。
非モテだってそうなわけじゃん。「するべきこと」は、皆分かってる訳だろ?そのままじゃモテない現状がある以上、それでもモテたいなら、なんか着飾ったり、会話テク磨いたり、そうするっきゃないのは分かってるわけじゃん。何らかの努力をしなきゃいけないってのは皆多分分かってるんだよ。でも、そうせずに、ずっと「マジどーしよ、モテねー」って言ってるのは、「それが面倒くさい(面倒くさいっていうとなんだけど、労力がかかる、金がかかる、とかそういうことをまとめた言葉だと思ってくれ)」からなわけだよ。で、「非モテはこうすればいいんだぜ」っていうモテからのエントリに非モテが「うっせー!」って食いつくのも、「んなこた分かってんだ。分かってるけど…めんどいんだよ!問題はそこなんだ!」っていう思いがあるわけだろ。
「モテたい。でもするべきことをするのは面倒。でもモテたい」というジレンマに悩まされてるから「どうしようモテない」とか言うわけでな。(注:ここでは別にモテたい非モテだけを問題にしている。その他の非モテはまた別問題。ついでに「面倒とかいってる場合か」とかいうのもまた別問題。言いたい気持ちは分かるが)
「するべきことがわからない」ことで悩んでる人は実はあんまりいないと思う。皆本当は分かってるんだよ。どうすべきか。ただその「面倒な作業」にとりかかる気合がないんだよ。それは考えてみれば当たり前の話で、悩むようなトラブルが起きてる時点で、既に普段より気力が下がった状態なんだから、その上「面倒な解決策」をしなきゃいけないってなるともうテンションバキバキに下がるのは当然の話でさ。まあだから何せよって言いたいわけじゃなくてただなんでムっとするのか分かったってだけ。よく、愚痴はくやつは、共感を求めてるからアドバイスするとよくないんだって言うけど、そういうこっちゃないんだよ(まあ広い意味で言えば合ってるっちゃ合ってるけど、まとめ方が大雑把過ぎる。問題はそこじゃないんだな)。
匿名上だと忌憚なき素晴らしい意見が聞ける!と思っていた時期が俺にもありました
でもそれは幻想です
意見の皮を被った攻撃しかありません。
そんな俺自身、他人の書き込みに対し似たようなことをやっています。
ここじゃまともな返答は得られないし、無責任に他人をあおりっぱなしにして後はほったらかしな人間しかいません。
ちょっと思いあがったような印象のエントリ(このエントリのような)には、容赦なく書き込みをした者に対し辛らつなコメントをするのが常です。スルーは出来ないというより皆「しない」のです。なぜなら他人をそうやってさり気無く意見を言うという形を装いバキバキに叩くというのが皆のやりたいことだからです。スルーなんて持っての他なのです。皆はそうしていいサンドバッグはないか、と増田を探し回ります。「内藤はケンカとしては負けてる」はい、サンドバッグ、発見です。ボコボコです。フルボッコです。真っ当な意見の、正義の名の下に、一人を言葉でボコボコにするというのは大変気持ちがいいですね、皆さん。釣りっぽくても決してスルーなんて致しません。それこそが目的なのにスルーなんかするはずがありません。
基本的にそういう所なのです。
忌憚なき素晴らしい意見など幻想ですが、時にまだその幻想を夢見ている人がいるようなので、言っておきますね。リアルで言ったほうが、よっぽどいいですよ。ネットは基本的にまともな話はできません。基本的にVIPのようなものです。
うーーーーーだめなんだよ、確かに俺も寝取られみてーなもんだけどさ、どう考えても恨めないもん。
俺も悪いし。要は振られるだけの男だったということだし。
全然恨めないよ…俺今ならどんな酷いことされても許すし懇願してよりを戻してもらう。
何があっても全然いいよ。なんにもいらないから俺の彼女を生き返らせてくれ。代わりなんていらないよ…。そんなフラグこっちから願い下げだよ…バキバキだよ…。
インターネットは実名ブロガーが発信する質の高い情報のみで構成されているべきだよ。(一般的おぐりん)
インターネットでは思ったままを書きたいけど実名だといろいろ危険なので匿名がいいよ。(一般的インターネット利用者)
どんなくだらない情報でもネットに載せるべきだよ、質の高い情報が欲しけりゃ検索して持っていきなよ。(一般的Google教信者)
もはやこのidこそが魂の名前、真実の名前なのである!(一般的はてな村民)
万引きしてアタック25でカンニングしてエアロバキバキにしてオタクってきんもー☆(一般的mixi利用者・炎上派)
中学の時に好きだったあの人。いまなにしてるんだろう。彼の名前で検索してみようかしら。(一般的mixi利用者・ロマンス派)
いかにも実名っぽく装ってプロフも添えてあるけど全てでっちあげです。(一般的出会い系サイト利用者)
私の前では、いかなる人物であっても実名を隠せない…!(一般的スーパーハッカー)
あれ、なんか途中から方向性が…。
BOOK OFFで、岡田斗司夫がテレビブロスで連載していた「オタクの迷い道」の文庫をふと買った。
懐かしいなあと思いつつ。
そしたら、後でネットで公開していることを知った。ギャー!
・・・まあいいや。語り下ろしの対談がついていたから(負け惜しみ)
で、本題。
下記の引用に出てくる「シンクロCHAT」の疑似ライブ感の面白さって、ニコニコ動画の起源みたいなものだなあと思った。
昔から、こんなことしていたのだなと。
それだけです。
http://www.netcity.or.jp/OTAKU/okada/library/priodical/mayoimichi/TVBROS5.html
「椎名へきるは、へきる星から来たんですよ」とぼくは教えられた。
「へきる星は神奈川県にあるんです」「えっ?!」「だから、へきるファンは、神奈川県へ行く時は、へきる星に言ってくると言うんですよ」
やっぱり、へきるファンは壊れている。
しかも、ちょうどいい具合に壊れている。
この前、名古屋で会ったファンも、少し前までは、熱が冷めてきていたのに、新曲「目を覚ませ、男なら」を聞いてしまった。「もし私がさらわれたら、必ず助けに来て。どこまでも追ってきて」という歌詞で、椎名へきる自身の作詞だ。その曲を毎日毎日、何回も聞いていると、だんだん「やっぱりファンをやめちゃダメだ。もっと応援しなきゃ」という気になってくる。あれは尊師のテープですよ、と彼は力説した。
CDを何回もきくのは、まだ初期症状だ。現在は、パソコン通信という悪魔のツールで、みんなの心はバキバキに壊されている。
へきるファンたち(つまりへきらーの方々)はインターネットやパソコン通信で毎日、何百件という書き込みを読んだり書いたりしている。毎日、そんなにたくさんのへきる情報を、浴びるのだ。世界で大事なことは、椎名へきるに関することだけという確信に至っても不思議ではない。
中でも、一番凄いのは、シンクロCHAT(チャット)だ。CHATというのは、パソコン通信の一種で、書いた文章がそのまま、即時に、みんなで読めるように表示されるシステムだ。だから、書き文字で会話が出来る。電子会議室が、みんなで見られる電子交換日記なら、CHATとは、電子井戸端会議だ。もちろんネットとつなぎっぱなしになるので、電話代や接続料がものすごく高くつく。が、それでもハマる人が多い悪魔のシステムなのだ。
椎名へきる会議室では、シンクロCHATというのが、流行っているらしい。
まず、予め、シンクロCHATを始める日時とアルバム名を決める。その時間前になると、ものすごい数の参加者が、CHAT部屋に入ってくる。で、3.2.1の合図の書き込みで、一斉に各自、自宅でCDをプレイする。これで、全国で何百人ものへきるファンが、同時に同じ曲を聞き始めるのだ。
この音楽に合わせて、コールを入れる。つまりコンサートと同じタイミングで「LOVELYへきる!」と、打ち込む。入力した瞬間、同時に入力された何百行もの「LOVELYへきる!」が表示される。画面上を流れ続ける何百行ものLOVELYへきる。目眩がする光景だ。
映画「シャイニング」で、狂った主人公がタイプライターでうち続ける同じ文章よりも、衝撃的だろう。
へきるファンだけでなく、声優ファンの会議室では、どこもシンクロCHATが盛んだそうだ。みんな、いい具合に壊れているなぁ。