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2019-05-10

稚内の魅力

北海道道北の、人口希薄地帯の北の果てに位置する街。

宗谷線原野みたいなところばかり延々と走った果てに、街が見えてくる感覚は、何度乗っても魅了される。

 

人口は3万と少し、都会の感覚からすると少ないが、道北という地にあっては大都会である

市域は広いが、市街地がまとまっており、天然のコンパクトシティとなっている。

そのせいか路線バスの本数がやけに多く、メインルートは1時間に3~4本くらいある。

 

最も近い市である名寄までは150kmくらいあるから、「隣町で買物」なんて気軽にできるわけもなく、人口のわりには市内の商業施設が充実している。

孤立都市物流上の問題があるのか、コンビニ大手3社はいずれも未進出で、セイコーマートしかない。

その一方、市内には映画館があり、大学がある。

港があり、空港もある。

高速道路は通じていないが、光速憧路がある。

日帰りで来られるような場所ではないから、ホテルも多い。

 

そして、日本最北端の地「宗谷岬」がある。

北方領土の方が北にあるのは触れてはいけないお約束だ。

2018-08-26

歌の意味がとつぜん分かった話

昨日は何となく古い歌を歌いたい気分だったので、記憶の中から色々掘り起こして口ずさんでたんだ。

子供の頃に聞いた演歌とか童謡とか、そんなのをさ。

でさ、宗谷岬っていう歌あるじゃん流氷とけて♪ 春風吹いて♪ ってやつ。

あれも思い出したから歌ったの。別に特に好きな歌では全然なかった。ただ授業かなんかで教わって覚えてたってだけ。

しろ子供の頃は、歌詞もどーってことないし曲も冴えないし、つまんねー歌だなーと思ってた(歌作った人ごめんなさい)

 

ところが、昨日ものすごく久しぶりに声に出して歌ってみたらさ。突然、あの歌に込められたものが分かった気がしたんだよ。タイトル回収ね。

冬の厳しい北の岬で、春の訪れをはっきりと感じて、何が起きているでもないけどウキウキしてしまう。そんな気持ち

こんなこと、歌詞見れば分かる人は一発で分かるだろうし、国語問題で「この作者の心理を答えよ」って聞かれればたぶんそれなりに回答できると思う。

 

でもそういう理屈じゃなくて、何だろう。歌ってたら俺自身が、春の海岸散歩してウキウキしているような気持ちになったんだ。

それどころか、何か知らんけど泣けてきた。

春が来てうれしい気持ちと(来てないけど)、長年分からずにいて、分からないってことを自分自身気付いてさえいなかったことが、

年月が経ったっていうだけの理由で不意に分かるようになったっていう感動が、混ざっちゃって。

 

年とるってすげーな、と思った。

あと、歌ってすげーな、とも思った。

そんだけです。オチなし。

2018-08-15

サマータイムに賛成してる人の中でパリロンドン宗谷岬より北にあることを知ってる人間ってどのぐらいいるんだろう。

2007-10-08

音と自転車

バイク寿司を宅配するバイトを二年弱やっていた。時間の経つのが早くて接客も面白く、稼ぎがいいから長く続けたけれど、苦痛に感じることも少なからずあった。一つは、自分の運転するバイクエンジンが発する騒音がひどく耳障りだったこと。一つは、厨房店長iPodから流れる音楽がひどく耳障りだったこと。これらに比べれば寒風に曝された指先がかじかむことや豪雨で雨合羽の中にまで浸水することなんかは些細で、というより、音を掻き消してくれる雨や風をむしろ好んでいた。

年に一度の長い旅行は、いずれも音から遁れることが第一の目的だった。一昨年の夏、東京から自転車太平洋沿いに西へ向かい、福岡から南下して鹿児島、さらに沖縄本島へ。最南端の喜屋武岬にたどり着いたとき、軽トラック屋台ラジカセから大音量の音楽を発しているのをみて死にたくなり、そのあと安宿で一週間ほど寝込んだ。夏休みが明けて大学に戻ると、授業中の教室内は喋り声に充ちていて哀しかった。試しに投書などしてみたけれど改善されないので出席するのを止め、語学単位を落とした。通学で利用するJRの車内放送に耐えられず、大学近くに安い部屋を借り、一人暮らしの静けさの中で心穏やかに過ごした。

昨年の夏、東京から自転車日本海沿いに北へ向かい、新潟青森札幌を経由して、最北端へ向かった。宗谷岬にたどり着いたとき、記念碑に据えられたスピーカーから演歌エンドレスで流れていたけれど、その事実を予め知っていたためにさほど落込むことはなく、そのかわりに感動も何もなかった。砂浜に張ったテントの周りで夜半過ぎまで打上げ花火をしている若人たちに何かを訴える気力もなく、逃げるように走り続けていたら北海道を一周してしまい、ぐったりして東京に帰った。夏休みが明けて大学に戻ると、講義中の教室内は変わらず喋り声に充ちていて、試しに投書などしてみたけれど教授曰く「君達は子供じゃないのだから子供にするような注意はしない」とのことで、つまり何も変わらなかったので出席を止め、単位を落とした。大学に通うことが阿呆らしくなって通信教育に切り替えた。

今年の夏、生活と自転車に書いた通り、北極圏を走ってきて、完全な無音の空間に初めて出会った。自分の周囲三キロ以内に自動車が近付いてくると、あ、人が来た、と判るくらいの静けさだった。クロクマの親子に会いたくないけれど会ってしまったとき、彼らは物音一つ立てなかった。走っているとき、または自転車押して歩いているとき、ふと自分の足音さえ耳障りに思い、足を止めた。足音が止むことによって今まで自分が歩いていたことを知り、砂利を一歩一歩踏みしめて歩く音を聴くことで、再び歩き始めたことを知覚した、と思った。日本iPod音楽を聴きながら歩いているときには自分の足音を聴くことはない。音楽なんか要らないと思った。

北緯七十一度の小さな空港で久方ぶりに聴いた音楽スティービー・ワンダー太陽のあたる場所』だった。ちょうど十年前に初めて触れた洋楽が彼の歌だったことから、ひどく懐かしい思いに浸り、音楽はあってもいいと思い直した。飛行機を三つ乗り継いで日本に帰ると、危惧していたほどの喧騒はなく、今年こそは旅行後の鬱と無縁で過ごせる、と期待していたんだけどな。

帰国後に始めたバイトの店内で流れる有線放送に耐えられなかった。……音から逃げるに触発されて書き始めたのだけど、続きは後日。

参考リンク

Stevie Wonder "A Place in the Sun" http://jp.youtube.com/watch?v=ExGvrl3t3rc&v3

 
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