はてなキーワード: 江頭2:50とは
オリーブの首飾りの「風評被害」について、いろいろと盛り上がっているけど、(https://anond.hatelabo.jp/20171012190403 とか anond:20171013062716)
そもそも、マジックと結びついていなければ、日本であの曲がこれほどまでにポピュラーにはなっていないだろう。
この曲をマジックのBGMに使い始めたのは、現在、日本奇術協会の名誉会長である松旭斎すみえ師匠だが、たまたまカーラジオで流れていた曲が自分の舞台にあっているのではないかと思いBGMにつかってみたところ、あまりにも評判がいいので定着し、ほかの奇術師もどんどん使い始めたのだという。
昭和50年代の話だ。
以来、完全に「手品師のテーマ」として定着し、40年近くがたっても、その結びつきは色あせることがない。それは、あの曲があまりにもマッチしていたから。
作曲者の意図とは違うのかもしれないが、もはや「江頭2:50と布袋寅泰の『スリル』」みたいな、唯一無二、不即不離の選曲というしかない。
師匠は、この曲のポテンシャルを引き出したのであって、もし師匠とこの曲が出会っていなかったら、ポール・モーリアの音楽なんて、日本では昭和の遺物として忘れ去られてしまったはずだ。
「イージー・リスニング」なんてジャンルがあったことすら、もはや中年以上の人間しか覚えていないのだから。
師匠の舞台は、10年くらい前に鈴本演芸場でみたきりだが、その時もこの音楽が定着する経緯についてはネタにしていた。
なにしろ、あの曲のイントロが流れるだけで、「ああ、これからマジックが始まるぞ」という期待感に客席がつつまれ、師匠が登場して花束の一つでもだすだけで、会場は沸くのである。
ミーム・・・人の思想、物語がミームならば、アニメや漫画もまたミームの一つか。正確には情報が、だけど。
創作家達の脳内で育ったミームの集合体がメディアを通して我らの脳に入り、受け入れやすいか否かで繁殖率を広げる。哲学も技術も、言語も誇りも。全て心とはミームの集合体だ。肉体がgene(遺伝子)の乗り物であり、設計された城であり、集合体であるのと同じように。
ミームの存在を知ると、全てが単一の物としてではなく、構造的かつ集合的な物として見えてくるな。これが悟りか・・・? まさに東洋哲学、道教や仏教的精神と似たような物を感じる。全ては寄せ集まり、拡散し、蠢き合う「波」だ。この世とはまさしく海のような物かもしれない。
我らが祖先、原始的生物から「波」はどんどん大きくなり、波同士ぶつかり合い、同調し、ある波は消えてある波は興る。そして最後は静まっていく・・・嵐の後に必ず平穏が来るように、生の後に必ず死が来るように。
だが水という本質は変わっていない。我らもまた同様だ。全て等質の物が集まり、蠢き、形をとり、風に吹かれて消えていく。
物質が集まって体を造り、やがて死に、禽獣草木に食われ、同化して大きな波となり、糞となって土に還るこの摂理もまた、寄せ集めの一過性の物なのだろう。
心もまた同様だ。生まれた時に人はgeneからmeme(ミーム)を生み、惜しげもなく周囲に与え、さらにmemeを他から与えられ、geneから生み出された心はmemeによって形成されていき、memeが集まって自我となり、誇りとなり、思想となり、哲学となり、留まる事なく変化し続け、人に与えに与えた所で消えていく。
ここで、だ。
俺達の心=ミームの集合体、アニメや漫画の物語&世界観=ミームの集合体
ΩΩΩ
「いいか・・・今流行りの進撃の巨人とかで前線に立ってる強者並びに漫画・アニメの住人は・・・」
だがそうとしか考えられない。何故彼らは余りにも人間的な仕草をするのだろうか? そう!我々と同じ先祖を持っているからに違いないのである!
気付かなかったか!?何故ミカサがあんなに可愛いのか!? 小泉元首相の郵政民営化に違和感を感じた事は? ナチスの軍服があそこまでかっこいい理由は?
俺たちは侵略されているんだよ!クトゥルフの意思を継いだイカ娘、いや!ありとあらゆる二次キャラに若者は魅了され、やがて二次キャラそのものとなるのだ!
自我は掻き消え、彼女らのミームで全ては満たされてしまうんだよォーーーッ!
こんな所にいられるか!俺は部屋で寝るぞ!
で、利用者は無人本屋のドアを電子マネーで開錠し、利用者は蔵書を探索する。
(普段は電気も通っていないが、開錠した段階で電気が点いてICタグなども作動)
思い通りの本を見つけたら、セルフ決済を行って、無人本屋を出る。
というか、デポジット制にしておいて、
「入店時に10,000円を差引いて、
1,000円の本を持ち出した場合は、差額9,000円を電子マネーに入金する、
何も買わない(=何も持ち出さない)場合は、10,000円を返金する」
或いは、会員制、ないし入場料制にしてもいい。
「1日中鉄道本を読みふけって、結果買わなかったら、入場料の500円だけ取られる、
買い物したなら本の代金も取られる」という感じ。
以前なら、
「多摩ニュータウンの片隅にあるような本屋に行こうにも、そもそも道に迷う」
というのがあったが、幸いなことにナビシステムが発達してきたから、
その点の懸念も払拭される。
以上は「本」で例示したが、ほかにも「コレクターグッズ」とか「フィギュア」とか
「同人誌」とか「前衛芸術品」とかでも、このような無人店舗が成り立つかもしれない。
要は、電子マネーを使った入退店管理、ICタグを使った決済を応用すれば、
無人店舗が開ける、ということ。
そして、
「お目当て品を買いに行くのなら、交通費も厭わない」というマニア心理があれば、
神保町のような店舗集積がなくても、マニアの方が無人店舗に行くんじゃないか、という仮説。
この案のキッカケは、江頭2:50が、
「いわき市に救援物資届けたついでに、福島第一に潜入試みた」というルポ本を著し、
それを見て「いわき市まで買いに行きたい」というはてブコメントが多数あったため、
「ならば、ブックツーリズムが成立する余地があるんじゃないか」と直感した次第。
境港市(水木しげる出身地)ならオバケ・妖怪に関する古本・漫画・同人誌を集積して無人店舗展開すればいいし、
新潟市(水島新司出身地)なら野球に関する古本・漫画・同人誌を集積して無人店舗展開すればいいし、
北九州市(松本零士出身地)ならSF漫画・古本・同人誌を集積して無人店舗展開する、
そうすれば立派なブックツーリズムだ。
彼らがダメだとは言わないが、果たして大規模な街作りに対して、どれだけのノウハウ、知見があるのか、
甚だ疑問である。
実際、今後「2,000戸の街作り」とか「1万戸の街作り」とかが現実となるわけで、
そういうノウハウを一番有しているのは三菱地所等の大手デベロッパー社員である。
大手デベロッパーで、こういう「街作り」の経験がある総合職の人材は、
1社内に20~30人はいる。
日本全国のデベロッパーを合わせれば、100人以上はいるだろう。
しかし、国交省が、そういうデベロッパーに、ノウハウと人材の提供を求めた、というハナシは
まだ自分の所には聞こえてこない。
まあ国交省は「それどころじゃない」ということかもしれない。
むしろ嘆かわしいのは、自分の周りの開発経験者(街作りのことを、業界では「開発」という)が、
この震災&復興を「まるで他人事」のように「評論家然」でいることだ。
自分はデベロッパー内でも傍流で、開発業務には殆ど従事経験ないのだが、そのような自分ですら、
デベロッパーのプロパーが復興がよそ事なのは、理由はカンタンだ、「カネにならない」と思っているし、
せいぜい仙台位しか拠点を有してないので、石巻とか釜石の復興、となると
「拠点もないし、そもそもカネにならないから・・・」と無視を決め込むのである。
しかし、カネを出さないまでも、ノウハウの提供程度は出来るのではないか?
例えば、都内某所にデベロッパー総合職100人が日曜日に集まって、1日潰してブレーンストーミングする、
その程度のことはできるだろう。
というか、その程度のことができないのであれば、この社会にデベロッパーの存在価値はない。
一番問題なのは、「ブレーンストーミングする能力があるにもかかわらず、能力を出し惜しみしている」ことである。
勝谷は、「原発事故の真因は東電社員が誤操作したせいであり、その社員は当日郡山に遁走した」と
愚にも付かぬ評論を行っている。
一方、江頭は「アコムに借金して」風評被害のいわき市に救援トラックを走らせた。
「恥をかかないスマートな方法」と、「恥ずかしいが効果抜群な方法」の2案を書いておく。
1.スマートな方法
憲法18条(苦役禁止)その他に反する」として
「自分が裁判員候補者の地位にないことを確認する」地位確認訴訟を提起する。
・・・常識的には裁判員制度は憲法18条違反なのは明白なんだが、
裁判員原理主義に凝り固まった地裁・高裁・最高裁は、あなたの訴えを棄却するハズである。
じゃあ、「裁判員候補者じゃない地位の確認訴訟」は意味がないのか?
決してそんなことはない。
「裁判員候補者じゃない地位の確認訴訟」を提起している裁判員候補者を、
裁判員に選んでしまった場合、その裁判の「正統性」に疑義が付くことになる。
それこそ、「裁判員の地位を否認している人物が参加した裁判は無効だ」として、
ということで、「地位確認訴訟を提起するような人物」を裁判員に加えることは、
「裁判結果の正統性を揺るがす」羽目に陥りかねないので、実際には検察ないし弁護側が
「この人物は裁判員に相応しくない」と忌避請求を出すものと思われる。
なおかつ、ほぼ100%忌避できる。
その方法とは、「江頭2:50」のように、男性なら海パン一丁、
「貧乏なので服は持っていない。服を持っていないことが罪なのか?」と反撃することである。
裁判所も、ムリヤリ服を着させることは出来ない。
そして、「ハダカの裁判員なんかに裁かれたくない」と被告人も遺族も感じるのはごく自然だから、
江頭2:50な裁判員は、ほぼ確実に検察・弁護側双方から「忌避請求」されるだろう。
「1.」の方法を取るか「2.」の方法を取るか、あなた次第。