要するに連中ってさ、『男はみんなオオカミである』という偏見めいた発想で、痴漢を起こした奴らの責任を無関係な男(可能なら全員)におっかぶせようとしてるんだよな
冗談じゃない
なんで、見ず知らずの誰かが行った犯罪の帳尻を取らされるために、満員電車の混み具合が1割り増しになる状況をオレが耐える話になるんだ?
連中だって、どっかの女詐欺師が痴漢えん罪で男から金をせしめたり、あるいは女の体を武器に男から保険金を巻き上げた責任を取れみたいな話をされれば困惑するだろ?
それでもさ、
『そうは言いますけど、本当に困ってるんです、助けてください!』って頭を下げて頼むなら、それを耐えるのもやぶさかじゃないさ
でも、それは贖罪ではなくあくまでも困った人への救済だからな?
なんで救済される側が『助けられるのは当たり前』なんて顔して偉そうにしてるんだ? 筋が違うだろ。
変えたい具体的な行動があるなら、その行動に至った原因や代替案を考えるべきじゃん。
普通にそれ考えてたらもっと具体的な方法が出てくるはずなので、宗教って発想はナンセンス。
あ、もし既にやってても変われないんだとしたら、さっさと開き直ってもっと楽に生きなよ。人生楽しもうぜ。
本当に変わりたいならまずは朝まで飲んだり遊んでくれる人付き合いの形について考えるべき。
ってのは重複しているので、正確には「違和感を覚える」「違和を感じる」と書くのが正しいみたいだけど、「違和感を覚える」「違和を感じる」は常套句な感じがして気が進まない。だけど、そう書くより方法がないので「違和感を覚える」「違和を感じる」とついつい書いてしまう。
結婚する前から本人の発達障害は気付いてたんだが、結婚してから徐々にひどくなっていった。付き合ってる頃は40%くらいの露出度だったと思う。
この程度なら協力してカバーしていけると思っていた。私の想像力が足りなかった。
結婚前に発達障害のパートナーになることで経験する苦労の100%を知っていたら、絶対結婚しなかった。
わたしはうたプリが好きで、でもある時期しんどくなってしまって離れてしまった。それでもうたプリは続いていて、大好きな四ノ宮那月くんは今もみんなの前で歌って踊って、誰かの彼氏なんだろう。わたし1人離れても、たいした傷じゃないんだなと思っていた。コンテンツはそういうものだと思っていたのだ。たった1人の注ぎ込んだお金、時間は小さなもので、別の人が埋めてくれるような穴なんだろうなと。
逆に、応援していたものが終わることなんて、生きてきて何回も経験した。漫画だったり小説だったり、ドラマもそう。好きなスポーツ選手の引退、バンドの解散もあった。
全部わたしの手の届かないところで起こってて、どこか他人事のような気がして、悲しいと思いつつ何日か経てば忘れてしまって、また時間が経って「そうそう、応援してたんだよね」とか言える思い出になっていた。
長期出張で心が本当にボロボロになった時にアニメを見てハマって、アプリも始め、手を出したことのなかった若手俳優さんの応援も始めていた。ハマって約一年。この一年が長いのか短いのかわからないけど、とにかく働いて得たお金を注ぎ込んでいた。元気をたくさんもらって、頑張ろうと何回も立ち上がる勇気をもらっていた。バンドのライブにしか行ったことのなかったわたしが生まれて初めてペンライトを買って、それを振って応援した。ファンレターも初めてちゃんと書いた。ドリフェスに起用されてる、俳優さんを見るために舞台のチケットを初めて自分でとって、観劇に行った。初めてだらけだったけど、本当に生きている実感があった。出不精で人見知りのわたしが、こんなに人のいる場所に出て、たくさんお話ができる人もできて、夢みたいだなんて思ってた。握手とか行脚とか、今はいけないけど、勇気が出たら行きたいと思っていた、むしろ今年のささやかな目標にしていた。
でもドリフェスは終わるらしい。
全く心が動いていない。
状況が飲み込めていない。
知りたくない。
なにが足りなかったんだろうとしか思えない。
コンテンツは永続的なものじゃないことは知ってるはずだった。アプリのアクティブユーザーが少ないこととか、ツアーの席が埋まらなかったこととか、思い当たる節は沢山あって、でもわたしなりに沢山応援していたつもりだった。わたしの応援じゃ、足りなかったのだろうか。
うたプリから離れた時、誰かが埋めてくれたような小さな応援じゃ、ドリフェスというコンテンツは支えきれなかったんだろうか。
特番は観ていない。
いい知らせではないだろう。
がんばれ…がんばれ…がんばれ…
高校時代、彼はいわゆるスクールカースト上位のキラキラ男子で、私はブスで厭世家でスクールカースト規格外のやべーやつだった。(今と比べたら)ある程度の自信を持っていたから、あまり悩まず(今と比べたら、であって当時はだいぶ悩んでいるつもりだった)生きられたけど、今考えると本当にやばかった。高校卒業して4年近く経つけれど、未だに半分くらい記憶がなくて、たまにフラッシュバックしてとてつもない羞恥心に苛まれることがある。
今考えると、自分が高校に馴染めないことを理解していて、どうにかして他人に存在を認めてもらいたくて奇行に走っていたのだと思う。学校でペ〇ローションをぶちまけたり、男女問わずセクハラしたり、マジョリティに対する暴言を吐いたり。敢えて人が嫌がることをするつもりはなく、理性のリミッターをぶっ壊して脊髄反射でやりたいことだけやって生きていたのだと思う。練習が面倒になって高校の部活は休部したまま卒業したし、授業も出たり出なかったりで適当にこなして、友達もあまり作らなかった。
高校を卒業して、浪人して、大学生になって、留年もして、それなりに社会経験を積んだし、自分のことをそれなりに理解できるようになった。結局のところ他人に興味がなく、人付き合いが著しく苦手だったこと、それ故に自分は異質だと薄々感じていたこと、それを自覚することを恐れていたことがすべての原因だったのだと思う。気付いてしまえばなんだそんなことかと思えるのだが、自分はどの状態で安定なのかを探る8年間はとてもしんどかった。14歳の時に引きこもりと不登校になって、15で諦め、16でリミッターをぶっ壊して18から軌道修正を始めて、もう22歳になってしまった。喪失感もなくはないが、20代前半で気付いてよかった、就活に入る前に気付けてよかったという安堵の気持ちの方が強い。普通の人はもうこの段階をこなしているのかと思うと本当に尊敬できる。
後輩がうちのサークルにいることは3ヶ月くらい前に知ったから私は心の準備ができていたけど、後輩はめちゃくちゃびっくりしたらしく、開口一番「え、まじで〇〇さんですか?え、同姓同名とかじゃなくて?」と言われた。二言目は「変わりましたね」だった。
そりゃそうだろう。眼鏡をコンタクトにしたし、化粧だって覚えたし、ちゃんと自分の体型に合う服を着るようになった。適度な露出も必要なことを知った。それなりの処世術も、飲み会のノリもコールも身につけた。異性に舐められない接し方も知っている。自分の精神状態すら把握できなかったあの頃とは違うに決まっている。
今まで培ったスキルを駆使してテンションを無理矢理上げて、嫌いな飲み会のノリで飲んで飲まされているところにそれだ。
駄目押しは「でも芯は変わってないですよね。」
泣くわ。
その日はあまり話せなかったので後日改めてご飯を食べたのだが、後輩自体はとても良い子で、ぶっ飛んでいた高校時代の私のことを理解できないなりに気に入っていたらしい。ほとんど話したことがなかったから知らなかった。また、自分と真逆のタイプの人間と話すことで自分を見つめ直せた。自信がない理由も分かったし、人に嫌われやすい理由も分かった。
最近は割と自分に素直に生きられていると思う。必要以上に他人との関わりを持たないし、昔よりは好きな服を着られているし、鏡を見るのが憂鬱でないし、普通であろうとするために頑張らなくて済んでいる。自分を抑圧していないから変な反発もなく、少し変わった人だと思われている。それでいい。
人が好きではないけど、わざわざ嫌われることをしなくてもいいし、好かれる努力もしなくていい。進んで自己開示はしない。嫌いなことに気を遣ってストレスを溜めない。それでいいんじゃないかな。