はてなキーワード: 母の日とは
http://anond.hatelabo.jp/20111107124425の者です。
いいんじゃない、家族や恋人に普段「愛してる」って言わない文化の中にいるんだもの。
ノンクリスチャンにとっては、父の日や母の日、恋人の日のようなものなんでしょう
クリスチャンの中にもそういう商業主義的な雰囲気をひややかに見てる人がいるけど、
人間関係のためのいいきっかけにでもなれば全然問題ない、むしろ素晴らしいと思ってます。
…でも休日や「○○の日」の由来はちょっと学んでほしいけど(笑)。
聖バレンタインがなぜ聖人になったか知ってる人が少ないのは正直寂しい。
本当は家族や友人への愛情表現が特別なものではなくなればいいんだけど…
やっぱり心の中を見せるのが恥ずかしいんでしょうか。それは、相手を信じてない証拠だと思ってます。
世の中荒んでるなーとため息出ちゃいます。
アニメ『へうげもの』のOPを吉幾三が歌っていることは既に有名だが、その曲を「クロマニヨン」が
作曲・編曲していたことはあまり知られてない。で、このバンドのメンバーの一人が大麻で逮捕されたことで
『へうげもの』のOP曲「Bowl Man」が収録されているアルバム「乙」を予約しようとしたら販売中止になってるし
、それならば「着うた」で購入しようとしたら、「着うた」サイトからも消えてるし。
この国絶対おかしいよ。
音楽でご飯食べてる人達が、薬物で逮捕されるとTVやCDやインターネットから歌の存在がかき消されるって
怖い。逮捕されて刑罰受けてそれでおしまいにせずに、社会的に「正義」の大義名分の下に私刑にしてる
ようなものじゃないか。
「犯罪者が歌う歌がどうのこうの」ってドヤ顔でクレームがつけてくる人達が煩わしいから
文句言われる前に「自粛」するわけ?
文句つけてくる人達がいたら「だったらあなた達は買わないで結構です」と言えばすむ話。
あ~あ、「Bowl Man」もう聴けなくなっちゃうのか。がくり。
CD買うつもりだったお金でナルミのティーカップもう1客買おうかな。
人気が高くて繊細なデザインのノリタケを買うか、藍色の果実と葉の絵付けとカップのデザインが絶妙な
ナルミを買おうか30分迷って、ナルミのティーカップを母の日用プレゼントに1客買ってきた。見てたら
私も同じデザインのがもう1客欲しくてたまらなくなってきたけど、「同じ物は二回買わない」って心に
決めてる。別のを買おう。
売られてる食器をぼんやり眺めていて、気に入ったデザインに近づくと
「青系」
「食器が軽い」
「デザインがもさっとしていない」
「粋」
「絵付けが繊細」
テレビで風評被害を受けている地域の野菜でもネット通販だと適性価格で売られている
と報道されていたので、どんなもんかと思い自分なりに検索してみました。
(当方増田を書くのが初めてなので空気読めない子だったらごめんなさい。)
http://www.oisix.com/CategoryX.707.215.htm#LMenuL215
福島県産のお米と茨城・千葉を原産とした野菜が40点ほど売られていました。
レタスが1玉・お米が2kからと手ごろな量と値段で売られていて、一人暮らしや少人数家
庭でも手を出しやすそうな感じです。
http://otodoke-marche.com/?page_id=148#MIYAGINO
これは数種類の野菜の詰め合わせがダンボールで毎週or臨週で配送される形式。
S・M・Lサイズがあって小さいものは1000円台から買うことができます。
「みやぎの野菜物語」は宮城県産のやさいの詰め合わせになってるみたいです。
少量で配送してくれるので一人暮らしの方でも、少人数家庭でも消費しやすいと思います。
http://www.ja-town.com/shop/f/f0/
農産品といえばJA。
http://www.nihonmatsu-farm.com/
キュウリ・たまねぎなどの野菜やみそなどの特産品を買うことができます。
http://www.purefarm.jp/index.html
葉物やお米を買うことができます。
お米・野菜・今旬のイチゴなどのフルーツを中心に福島の農協で扱っている商品を買うことが
できます。
ネット直販限定の「がんばるぱっく」という特産品を詰め合わせたお手ごろ価格の支援メニュ
ーがありました。
三元豚や和牛・地鶏、それらを使った加工品、地元の素材を使ったスイーツ、南部鉄器などの
加工品まで東北で生産されたありとあらゆる特産品を買うことができます。
こんなときこそ、普段は買えない東北の名産品を買ってもいいかもしれませんね。
「沿岸でがんばっている生産者さん達」というページがあって直接津波被災地で頑張っている
福島県の会津地方で生産されたジャム・味味噌などの加工品、かりんとうなどのなつかしめの
右側の「食べて・飲んで・使って」から。
手軽かも。加工品中心。
http://event.rakuten.co.jp/area/special/tohoku/?l-id=area_map_top_02
種類もたくさんあっていい感じです。
調べきれてないのですが、楽天なら農家直販の店舗があるかもしれません。
また上記は2011年4月26日現在の情報をもとに記述しました。
農家直販で購入すると量が多いこともありますが、職場で分け合ったり近所の方々でシェア
することで解決できると思います。
一応断っておくけど、ホモセックスで失ったのでなく、女性相手…ただしヘルスin五反田で失いました。期待して開いた人、すいません。
で、何があったかと言いますと…ちょっと前からになるけど、俺が会社に入って半月過ぎたあたりで送別会があって、そこでうっかり口を滑らせてホモだと公言してしまったのだ。厳密に言えばバイセクシャルだが、まあ女性はほとんど見てないからホモでいい。
その場でもすごく盛り上がって、みんな酒が入っていたのもあって、かなりの事態となった。体育会系でないから、服脱いでなんやかんやはなかったけど、抱きついたりなんだりはあった。ちなみに俺はお酒が飲めないので、完全シラフです。
(周りが)酔ってた勢いからか、それから一ヶ月半ずっとなんもなく過ごしてきたんだけど、先日決起飲みがあってネタがぶり返される。
まずい、これはまずい。席には自分の会社の人ではなく、他の会社に所属する人や、すごいキャリアの持ち主もいる。対して俺は入社して2ヶ月ちょい。そんなのが1時間くらい?話の中心を持って行ってしまったのだから…。
もう、すごいコッテリ絞られた。なんでかとか、どういう男が好きなのとか、女性はどうなのとか、まあかなり詳細に。俺のホモ情報は、これで社外にも広まってしまったのであった。なんということだ。
前回「会社の中ではSさん(♂)が好みかな」とか話してたから、そっちでもすごい話が発展する…や、ハッテンじゃないよ。
しかし、話はそれでは終わらない。二次会もあったわけだが、そこで悲劇が起きる。ホモであることから「童貞なの?」と聞かれる。もちろん童貞であるので、即答。案外、信じられないみたいな感じ。もうちょっと髪型とか気使えばいいんじゃない、とかいう話も。いや、俺さ、女性にもてるような外見も性格もしてないから無理よ。
「女性と付き合う気はない。」「ホモだけど、ホモセックスする気もない。プラトニックにいく。最悪いってBまで。」
そんな濃い話で盛り上がっていたら、こんな言葉が
「今からヘルス行って、男と女どっちがいいか決めようじゃないか。金は俺が出すから。」
これが全ての元凶となった。無論、思ってもない機会だが、ヘルスで童貞捨てるのはどうも気に入らない。他にもいろいろ複雑な要員はあるのだけど、かなり悩んだ。が、ここからさらに事態は悪化する。なんと、隣の席のカップルが介入してきたのだ。
「いや、おもしろそうな話してるな、って」
彼女さんは寝ているんですか?話聞かれないでいいんですか?やったー!
ばっちり聞いているじゃないですか!やだー!(参考→http://news4vip.livedoor.biz/archives/51341262.html )
もうここからは、避けられようのない選択を迫られた。ヘスルで満足できなかったら、さっき書いたSさんとバター塗ってお楽しみしようとかなんとか。隣の彼女さんも「いっちゃいなよ」って。それにしてもこの女性、ノリノリである。
それで手を重ねて「いくぞーーー!!!」「「「「おーーー!!!」」」」
スポーツの試合するならまだしも、これ今からヘルスですよ?夜のスポーツじゃだめじゃない。しかもね、この日は日付が変わって5月9日、つまり母の日である。そんな日にヘスル行って童貞捨てるとかなんということだ。ヘルス嬢が母じゃないんだよおおおおおおおおおおおお!!
てなわけで、五反田のヘルスに。同じ会社の、その場では一番の上司がヘルスを検索している…なんか俺、すごいことさせてしまっているのか?がくぶる
が、そう簡単にお目当ての店が見つかるわけもないので適当に入店。女の子を選ぶ。そこで横やり
「この子初めてだから、リードしてあげて」
その店員の女の子含め、ハイタッチを全員として待合室へ。あ、ちなみにですが、その場に来た全員が女の子選んでプレイしました。
雑居ビルの地下にあり、プレイルームは一畳半くらい。後ろに鏡、入り口はカーテン。とても簡素な部屋であった。こんなところに来たのは初めてだったから「へー、こんなところなんだ」と知識としてため込む。まあ、ピンからキリまであるからどうとも言えないんだけど…。とにかく、自分の行ったところは、そんな一発済ますことを重点に置いたようなところでした。
数分待って呼ばれる。女の子と対面。写真で選んだわけだが、実物との誤差とか、そんなの気にしてる場合じゃない。焦点は定まらず、どうしたらいいのかさっぱりなのだ。事前に「リードしてあげて」と指定が入ったせいもあってか、ちゃんと優しくしてくれた。シャワー浴びて上半身と足、おしり、そしてちんこ洗われるのは、ある意味屈辱的な感じがした。あ、ちゃんとちんこはたちました。
シャワーを浴びたら部屋へ。仰向けになるよう支持され横になる。(体が)硬くなってるのがまんまで分かるため
「怖くないよ」
と、中国語なまりで言われる。いや、怖いというかなんというか…複雑。
上半身から足までを舐められ、話に聞いた超自然にコンドームをつける動作を体験。フェラチオをすると同時にいつの間にかゴムがついてるというアレ。ホントに自然なんだな、つけられた感じがしなかったぜ…と思ってられる状況ではない事態にあっという間に直面し…
昨夜はお楽しみでしたね
これ以上詳細に書いたら、精神衛生上よくないと思うのでカット。そもそも、ここってこんなにストレートに書いていいところだっけか?まあ、削除されればそのときはそのとき。
40分1万円のコースだったけど、10分で終わった。口で1分半持っただけでも奇跡と思っていい。あっという間に終わって退室、店を出る。
その店の客引きの女の子に「どうだった?」とすごく興味津々に聞かれた。やめて、俺のHPはゼロよ!
そんなわけで、童貞から素人童貞になったわけで…捨てたと言うよりは失ったに近い感じだったけど、こんなことがあった。しかも母の日に。
しかしながら、ヘルスの女性店員さん、なんかこうなあ…ヘルシングのベルナドット隊長が言ってたような「かわいそうな目」ってのがちょっと分かった気がした。中国人の、ちょっと片言の日本語と、あと店長かな?すごく怒りながら怒鳴ってる男性に「またまたご冗談を」と、対応しているところとか…そっちの方面の、面白い体験は出来たと思う。
営業スマイルと内心との間にある、精一杯の優しさというのかな。そんなものを感じた気がした。そっけないんだけど、全力っていうような。なんかかわいそうだな、とか思った。
「案外はまるんじゃないの」とか言われたが、自分としてはあのような感じは勘弁だ。おそらく2度と行くことはないだろう。
人の心とか、他人のこととか、そういうのを読むのはとても苦手だし、俺は空気が読めない人間だ。だが、今回ばかりは、精神的にやられてしまった。実際、数日食欲不振と頭痛に悩まされている。
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途中から話が変な方向に向いて、とても読みにくいと思うが、経験談としてここに残しておく。拙い文章で、主題とかそんなのがよくわからない分ですいません。
「あなたはおかしいんだ。それを自覚したほうがいい」
という元上司の発言が頭の中をぐるぐるとまわっている。
飲みの席ならともかく、素面でも言われますかそうですか。
そのあと飲み会には行きたくなくなった。
おかしいって言われながら、へらへらできなくなったから。
そのあとあまりにも思考がぐるぐるしすぎて、結局会社を辞めた。
第二新卒と呼ばれる存在に自分がなると思ってなかった。ちょっと困った。
おかしいのだろうか。結果的におかしいのだろう。心的負担で、こんな時勢に会社辞めちゃったし。
でも、少し落ち着いてきたので、社会復帰をしたいと考えている。
落ち着いたといっても、前職のことを意識的に忘れようとしているだけだ。
求人を探す。ITは何となく怖い。でも、ほかの業界を知らないしなあ。
派遣で食いつなぐのもありなのだろうか。
わからないなあ。
もういっそ、本当におかしいのなら死んでしまいたい。
ごめんなさい。おかしくて。
どうやって生きていけばいいのかわからない。
次でもおかしいって言われてしまうのかな。
それがとても怖い。
ふと思うのは百人に一人ということは結構な割合で存在するわけで、
社内にもほかに居たってことなのだろうか。
まあ、珍しいという単位が百人に一人だったのだろう。実際の感覚では社内では自分くらいのものだったに違いない。
なんで増田にこんな事を書こうと思ったんだろう。
やっぱりおかしいのかもしれない。
でも、頑張らないとなあ。
頑張らないと。
昔からなんとなく、私のことはかわいくないんだろうなと思ってたけど、やっぱりなあ。って。
弟がいるんだけども、学生の頃は一般的に言うヤンキーで万引きで捕まったり公共物破損して捕まったり。でも親的には昔から弟のほうがかわいいみたい。で、子供心に私は、どうして弟のほうが好かれるのか分からなくって、良い子になろうと勤めて、勉強もがんばって進学校に進んだし、問題も起こさず過ごしてきたわけ。でも、それは努力で解消される問題じゃなかったんだなあ。実家にかえったときに親の晩酌に付き合っててさ、「私は昔から、あんたより弟君のほうが頭いいって思ってた。努力しなかったからあんまり実にならなかったけど、本当は頭のいい子なんだよ」って母親に言われた私はどういうリアクションを取ればいいのか。
わかるなぁ。。何事もなく「いいコ」に育った子よりも、迷惑かけて苦労させられた子のほうが、思い入れが強くなるって。あるんだよね。切ないことに。すごく理不尽なんだけど。何度も山を乗り越えるって、そういうことだから。親の愛情って、絶対に平等にはなりえないよなぁ。
結局、ヤンキーになったり万引きしたりっていうのは、誰かの注目を集めたくてやっているわけで。彼の行動によって、親の注目がまんまと彼に集まるという構造。
ある意味、増田は親から見れば「安心してほっとける存在」なんだと思う。そして、弟君は「いまでも、いつまでも心配で仕方ない存在」なんだよね。子供からすれば、等しく注目してもらいたいものだけどさ。
一度時間をとってもらって、母親に対して思うところを(子供の頃まで遡って)全部伝えてみるのもいいかもしれないよ。
それにしても、増田は親想いのいい子供だねぇ。俺なんて、年に2度。母の日と誕生日に電話するぐらいだったよ。母が亡くなってもうじき5年経つけど、増田のようにマメに連絡してればよかったなぁって思うことがよくある。
母よ、あなたが居なければ私はこの世に存在していない。そのことについては感謝しよう。
『生んでくれてありがとう』
だが、それとこれとは別の問題だ。
あなたが「愛情である」と主張してきた“それ”は、単なる「エゴイズムの発露」ではなかったのか?
“子供には学歴や勉強の事で不自由はさせたくない”と言い続けていた実母の本音は、
「優秀な子供の母親というポジションを獲得する事で、夫や姑への対抗手段にしたかった」
そういうことでしかなく、またそういう人物である。
まぁ、大体そんなところだろうと予想していたけどね?先日鎌掛けて聞き出してみたら全くその通りだったので、内心大笑いしてしまったのは( *´ノд`)ナイショ
実母は中卒。高校へ行けなかったんじゃなくて、貧乏だったから中卒で働かなければならなかった人。早くに両親を亡くしてて、歳の離れた兄サマに養ってもらう事に耐え切れなくて、迷惑かけてることに我慢できなくて集団就職した人。
決して愚鈍な人間ではないよ。偏屈親父な亡夫が残した、“他の人にはわかりにくいメモの山”を読み解きながら一人で果樹園を続けていることからも、「充分な教育の機会に恵まれさえすれば、相当な人物となったのではないか?」とも思えるんだけどね。
中卒のために“学歴が無い”“勉強ができない”ことで苛められ続けていたらしい。結婚後も、大学院卒で看護婦長だった姑から“嫁としてふさわしくない”などと相当にやられていたことを考えれば、同情の余地はある。大卒で教師崩れな親父は、どうもそういう機微の分からない人だったようだから尚更だろう。
確かに同情の余地はあるんだけど、息子の“脳障害・発達障害”を見落として、精神の暗闇をさまよう地獄の半生に叩き込んでくれたことには変わりはない。見落としたと言うよりもそんなことには関心が無かったんだよな?
いまさら泣いて土下座されたところで、毎日のように「死線を彷徨う」ような有様を強いられ続け、無かった事にしたいくらいに屈辱まみれだった数十年をやり直せるはずも無いし。
自分が“生きていていい”ことを実感するのに、“他者を言いなりにする必要がある”のは、列記とした精神病なんだよ。
たとえば、病名“代理ミュンヒハウゼン症候群”
自覚のあるなしは関係しないし、むしろ自覚があることの方が稀。
重ねて問おう、「母」を名乗るひとたちへ。
あなた方が「愛情である」と主張して止まない“それ”は、本当に『エゴイズムではない』言い切れるのだろうか?
何のことはない。精神的に健全でない人たちが、心理的に不健康な人間を作って、こころを病んだ人間たちが音頭を取っているから、不健全な世の中になっていくのではないのかな?
何処かで読んだような文章だと思った人、それ書いたのたぶんオイラだから。
父からメール。母の病状が思わしくないので一度帰ってこいとのこと。といっても命に関わる状況ではない。母の病気は慢性的なものでこれといった治療法も見つからず、大量の投薬にも関わらず発熱と体力の低下が続くというものだが今のところ通院治療のみ。先の見えなさに凹んでいるらしい。昨日、送った花が届いたと電話をかけてきたときは愚痴っぽくはあったがいつもの調子だと思ったんだけど。父は顔を見せてやれというので、まあ来週ぐらいには帰ろうかと思う。
もし自分が母の状況に置かれたとして、病状が良くなるでもないのに母の顔を見たいと思うだろうか、と考える自分の冷酷さにぞっとした。そんな時に見たい顔が思い浮かばない。こんな冷酷な娘でも顔を見れば元気がでるというのだろうか。
・同僚の女の子にバレンタインのお返しにヘアトリートメントセット
セックスがしたいと懇願していた者です。
24日は2年記念だったので、調子に乗って帰りにケーキを買い、彼の好物を作りたくてたらふく食材を買ってきた。
もちろん食材が冷蔵庫に入りきらないので部屋を涼しくして妥協。
彼は帰宅時間が遅いので、時間がある。ということで、A3に手書きで2年記念レポートを作ってみた。(デザイン関係に携わっているのでそこそこなものができる)
「いつもありがとう。転職して今は大変かもしれないけど、一緒に頑張ろうね。」などなど。
2人の半裸写真付き。良い素材の色紙のおかげでそこそこに仕上がった。
このレポートはもちろん洋服ダンスに隠しておく。喜んでくれるかな、とにやにや。
そして料理を作り終える頃、彼帰宅。いつもよりちょっとだけ贅沢な料理に
すげー!!の嵐。喜んでくれているみたいだ。
だがしかし、ここで彼氏が冷蔵庫を開けてケーキを見つけてしまうという失態。もう。
まあいいか。
いただきまーす!の合図でお互い同時にお味噌汁をすする。
どれを食べても「おいしいおいしい!!」で、すごーく喜んでいる。私もその顔を見て喜ぶ。喜の連鎖だ。
食べ終わったところでケーキ登場。箱を開けるとメッセージプレート付き。
彼氏大喜び。
しかし、私がいれてもらったメッセージは
「祝 2 年」
実物を見ないと威力が伝わらないが、レベルとしてはケーキの真ん中に「日 本」が書かれたぐらいの威力。
真ん中に輝く祝2年。おしゃれなケーキが台無し。むしろださい。
しかし笑いながらも、おいしいねとニコニコ食べる彼。ナイス祝2年。祝2年マジック。
そんな彼を横目にトイレにいった振りをして洋服ダンスからアレを取り出す。
なんとなく恥ずかしい気持ちで彼のところへ行き、
「‥○○くん‥あの、これ、作っちゃった」
と渡す自分。(そのときに思ったこと『まるで母の日に手紙書いて照れながら渡す子供だな』)
それを受け取った彼、もう見る見るうちに目がウルウル。いえーい喜んでくれた〜というよりも、思った以上の反応だったのでこちらもびっくり。
だって彼のうれし泣きなんてそう見れないんだぜ。
そして彼が最初に言った言葉。
「俺、なんも用意してなくてごめんな‥」
ううううえええええええーーーーーーー。
そんなこと気にしないで喜んでくれたら嬉しいのに‥
「いやぁなんかごめんな‥」
ううん。気にしないでよ。
「‥そうだ!○○ちゃんのために、今日俺なんでもする!なにかある?願い事とか、何して遊びたいとか。」
えっっっ?いいの?
「うん、なんかある?」
え〜、なんだろう‥うーん‥
「何でも聞くよ!」
えー、じゃあ‥
コメントくれた方に報告。
8月7日、三人暮らしと言うタイトルで匿名ダイヤリーを書いた。
日本時間8月8日午前0時に小規模ブラックホールが誕生すると言う記事を読んだからだ。
その記事によると、実験に失敗すれば地球が飲み込まれてしまう恐れがあると。
「地球最後の日になるのなら」そう思って書き始めたのだ。
何人もの方が「なぜ息子と書かないのか」と疑問を持たれたようだ。
私自身、過去には呼び名に拘っていた時期もあるし、この子が自分の子ならどんなにいいかと何度も考えたことがある。
けれども所在がわからないとは言え、あの子には実の母親がいる。母親と暮らした記憶もある。
自分なりに精一杯やって来たけれど、母と呼ばれる資格があるだろうか。
何より息子と呼ぶことにより、あの子に余計なプレッシャーを与えることにはならないだろうか。
何の迷いも無く息子と呼べたら、母と呼んでもらえたら、どんなに幸せだろうと思ったものだ。
しかし、徐々にそんな思いを巡らすことは少なくなった。
あの子は夫をおじさんと呼び、私をガチャ子と呼ぶ。ガチャピンに似ているからだそうだ。
「ただいま」と帰って来るあの子をおじさんとガチャ子は「おかえり」と迎える。
一緒にご飯を食べてテレビを見て、ぷよぷよの対決をしてガチャ子が負ける。
それを見ておじさんが「また負けた」と笑う。これが我が家だ。
「母ちゃんって呼んでもいいんだよ」って言ってみようか。
笑って誤魔化されるか、聞こえないふりをされるかのどちらかだろう。だけど、これも我が家。
地球最後の日に最初で最後の「わが子自慢」のつもりだった。
よそのお母さん達のように愚痴の混じったわが子自慢をしてみたかった。
あの子から私に向けられた「母の日」と言う言葉を聞いた喜びを形にしたかった。
うちの息子はね、とても手が掛かったけどこんなに優しくていい子に育ったの。
誰かに聞いて欲しかった。
表現力のなさで少なからず誤解を与える文章になってしまったけれど。
結局、地球は消滅しなかったし、私はこうして言い訳を書いている。
人生とは、思い通りにいかないものですぞ。
その男の子が我が家にやって来たのは、今から10年以上も前のこと。
親戚中でたらい回しにされ、行き場の無くなってしまった子。話しかけても返事もせず、正直「可愛げのない子」だと思った。
だけれど、我が家で預かるのは一週間の約束。それをやり過ごせばどうにかなると思った。
しかし、約束の一週間を過ぎても男の子を預かるはめになってしまった。
私の夫が勝手に「今日からうちで面倒見る」と一人で決めてしまったのだ。妻である私に何の相談もなく。
その当時、私と夫はいわゆる新婚。これから自分たちの子供を持とうと考えていた時だった。
当然、私は怒った。なぜ勝手に決めてしまうのか。自分たちの生活はどうなるのか。
親戚の子とは言え、その子には祖父母もいる。なぜ我が家で預かる必要があるのか。
私が何を言おうと夫は意見を変えない。
半ば強引に始まった三人暮らしだった。
学校で問題を起こし、家でも何かと反抗的で笑顔を見せてくれない男の子との先の見えない毎日。
何度も夫と喧嘩し、何回も何十回も「もうだめだ」と思った。
離婚だって何度も考えた。けれども、やっぱり私は夫が好きで離婚なんてできるはずがなかった。
三人暮らしが始まってどのくらい経った頃だろう。
男の子と夫が一緒に釣りに行くようになった。徐々に私とも話をしてくれるようになった。
それからは、一緒にゲームをしたり、冗談を言い合ったり、買い物したり、旅行したり。
たまに喧嘩をして気まずくなったこともあったけれど、おおむね良好だったように思う。
小さかった男の子は、あっと言う間に私と夫の身長を追い抜いた。
大学進学時に一人暮らしを始め、我が家には年に数回帰って来る。
ご飯を食べに来たり、夫と一緒に釣りに行ったり。私は、あの頃と同じようにお弁当を作って二人を見送る。
一緒に行かないのは、男同士の間に割り込んではいけないような気がするから。
ついこの間までランドセルを背負っていたような気がするのに、今では毎日スーツを着て働いている。
うれしいけれど、寂しい。けれども、誇らしくもある。そんな複雑な気分。
先月のことだった。いつもなら連絡してからうちに来るその子が、突然帰って来た。
今までにないことだったので、一瞬でいろんなことが頭を駆け巡った。
「どうしたの?」やっと出た一言だった。
男の子は、「こっちに来て」と外を指さす。
わけもわからず、慌てて追うとそこには子犬を抱えた夫が立っていた。
「ボーナスと貯金とおじさん(私の夫)にも助けてもらって買ったんだ」と、男の子が笑う。
そして「遅れちゃったけど、母の日のプレゼント」と、照れくさそうにまた笑った。
私がずっと柴犬を飼いたいと言っていたことをおぼえていてくれてのプレゼント。
私達夫婦は実子には恵まれなかったので、母の日は感謝する日であり、感謝される日が来るとは思いもしなかった。
何度か学校で母の日の手紙や絵を書(描)かされたことがあったようだが、私に渡してくれたことはなかったし。
何が何だか分からなくなってご近所の目も気にせず、家の前で号泣。
慌てた二人に家の中に連れていかれた。
今までは、こちらがメールをしても2回に1回程度しか返って来なかったのに、今では毎回返信メールが届く。
あこがれの柴犬との暮らしも最高だけれど、何より男の子とメールのやりとりが増えたのがうれしい。
この柴犬の目、どこか男の子に似ている気もする。そこがまたうれしい。
夫は「似てないよ」と笑うけれど。
「自殺」とは、人が自らの命を絶つことである。それは惰性的に生きている中で起きるものではなく、確実にその人間が自分で自分の命を絶つ決意をしなければ起きえない出来事である。早くもものすごいスピードで世間から忘れられ始めているが、某アナウンサーが自ら命を絶って以来、彼女が自殺を決意するに至った決め手は何であったのかを考え続けている。私は普段死にたいと思うようなことはほとんどないが、仕事に疲れ、たくさん飲んだ帰り道、酔っぱらったぼやーっとした頭の中で、このまま死んでしまってもいいなぁ程度には思ったことがある。下世話な好奇心と思われるかもしれないが、なぜそれをはっきりと決意し、そして実行したのかを知りたいと思う。引き込まれないように、注意しながら。
私は精神科医でも何でもない。これからの記述がすべて後付の理屈であるといわれればそれまでかもしれない。しかし、彼女がどんな道を歩み、どういった気持ちで暗い夜のクルマの中で練炭に火をつけたのか。それを想像し少しでも理解しようという試みは、全くの無駄ではないだろうという希望で記していく。陰謀説は今の所明確な根拠がないため取り扱わないこととし、ブログの記述を追う事で彼女の思考をトレースしてみるという試みである。
初めての兆候らしきものは、4月14日付の記述にある「家では集中力が持たず、お気に入りの場所に移動。」という記述ではないかと思われる。それまではどちらかというと「ハレ」についての記述が多かったこのブログに、初めて「ケガレ」寄りの記述が現れた日である。なにかしらの影の要素が彼女の心の中に生まれた。そのときは、生きる中では必ずあるよくある不安の一つであったはずだ。
4月26日付の記述には、番組の取材で出会った人々から「私は生きる幸せ、パワーをいただきました。」と記している。もらったと言うことは、その時点の彼女にはそういったものが足りていなかったという事である。前回の記述で生まれた小さな影の要素が、彼女の中で静かに育ち始めていたのが分かる。
5月12日、現在その日の記述は削除されているが、彼女は次のような内容を記している。「母の日に私は悪魔になってしまいました。産んでくれた母に、生きている意味を聞いてしまいました。母の涙が、私の涙がとまりません。母の涙が耳の奥で響いているのです」この記述については様々な憶測が流れているが、どういった心境の時に人はこういった文章を書くのかという視点で考えてみたい。
「悪魔」とは「悪」の象徴であり、ここで大切なことは「人間ではなくなってしまっている」ということであろう。そういった人間の倫理観から外れた行為を彼女が行ったか、あるいはだれかにされたのか。それが何であるかはここでは邪推しないが、それによって彼女は「生きる意味」を失ったと感じたのであろう。4月中盤からあった懸念が、悪い方向で具現化した。しかし、この時点では彼女はそれを言葉に出来ている。そして、ブログという他者へのコミュニケーションも行っており、完全に閉じてはいない。おそらくはこの時点で死を意識はしても決意はしていないだろう。
一日間を開けた5月14日付では、「すみません」というタイトルでブログの一次休止を報告している。「あまりにも沢山の方に心配をかけるということで、元気になるまで、皆さんとこうしてお話をするのを休憩させていただきます。」という文面から察するに、5月12日のブログがユーザや関係者の間で話題となり、事務所関係者と話し合いを持ったのであろう。「本望ではないのが、残念です。。。でも私は本当に皆さんに助けていただいています。」という言葉からは、彼女がまだ他者とのつながりを放棄していないことが伺える。そのため、同日付で休止を取りやめている。
5月16日付の「みなさんに感謝の気持ちと元気になりました。と報告したく、書かせていただきました。」という記述からいったん快方に向かうも、8日前の5月17日付で「うーん 体がまだ元気!といかないようです。」と波が激しいことが伺える。そして死の6日前、5月19日付の「おはようの挨拶したくて…おはよう」、5日前の5月20日付の「こうしてメイクをして仕事の準備をして移動しない空間にいると取り残されている感じ」と再び沈みはじめ、4日前に迫った5月21日付の「言葉が…でてこないので、今日は書くのをやめようと思います。」という記述で、遂に彼女の側から他者へのコミュニケーションを発することが困難になった事が伺える。
同日夜、彼女は徒然草の一節を引いている。「花は盛りに、つきはくまなきをのみ見るものかはとかいへるは、いかにぞや。」これは、花は盛りの時だけ、月は曇りなく輝いているだけを見るものであろうか、いやそうではない、という意味で、以降に日々の些細なことこそが生きることであると説き、生きることと隣り合わせである死というものを考えずに生きることは愚かであると結んでいる。
本来は死を意識することで日々を懸命に生きることの大切さを伝えている歌であるが、おそらく彼女はそういった解釈はしていないであろう。確かに紙一重ではあるが、日々の儚いことも美しいという側面だけをとらえ、自信が儚く散りゆくこともまたそんなに悪いことではなかろうととらえたのではあるまいか。
明けた5月22日、死の3日前の記述には「昔は本を読んだりお茶をしたり、ぽーとしたり。楽しかったのに…今はせつないです。豪華なホテルのロビーで優雅に幸せそうにしている方々を眺めてながら、移りゆく景色に胸がきゅーとしめつけられます。」とこれまでと同じ日常であるのに彼女の認識が180度変わってしまったことを綴っている。移りゆく日常の中で、自分だけがどんどんおいて行かれているような感覚。おそらくこの時点で、未来に対するどんな些細な希望も失われていたのではないかと推測される。そして死の前日の5月24日付、同日行われるイベントの告知が最後の更新となる。
彼女は家の近くにある車に用意しておいた練炭を積み込み、煙が漏れないよう中から慎重に目張りを行った。そして七輪に火をつけ、クルマのシートに横たわる。それから全身が酸欠状態となり意識を失うまでには、どれくらいの時間がかかったのであろうか。そして彼女はその間、何を考えていたのであろうか。
以上のプロセスを振り返ると、心の中の不安が解消せぬまま最悪の現実が起こり、他社への救いを求めながらも絶望と希望を繰り返しながら孤立していき、最終的に自ら死を決意していく彼女の姿が見えてくる。私自身の印象としては、最後のブログの更新をした時点では、彼女は死を決意していなかったのではないかと考えている。
最悪な状況が起こった母の日の記述の直後は、彼女は確かに生きていた。人は、絶望を感じたときに死ぬのではなく、希望がなくなったと感じたときに死を決意するのであろう。絶望の中で彼女は希望を探したが、彼女にぴたりと合うものはどこにもなかった。大きさや形は異なっても、周りの人間がみんな持っているそれを失ってしまった時、ここは自分の居場所ではないと感じて、違う世界に行ってしまったのかもしれない。その世界にはきっと何かがある。それを最後の希望として。
自ら命を絶った人のブログをトレースしたため、どうしても自殺を肯定しているようにとらえられたなら、そこははっきりと否定しておく。人は自分であろうが他者であろうが、命の連鎖を止めてはいけない。その理由はそれぞれが自分自身で考えて結論を出すべき事であるので、ここでは触れない。
人間とは、他者との関係性の中でのみ生きられるものである。関係性の中でのみ具現化されるものである。しかし、人は、その人に見えているすべての世界を救うことは出来ない。アフリカの貧困も、日々新聞に載る事件や事故でなくなった方々も、我々一人ひとりには救うことは出来ない。だが、ごく近しい周りの人々なら救えるかもしれない。この駄文がその一助になれたら幸いである。
ニュースをみて身内の事を思い出した。
> 「母の日」の翌日、5月12日には、「母の日に私は悪魔になってしまいました。産んで
> くれた母に、生きている意味を聞いてしまいました。母の涙が、私の涙がとまりません。
> 母の涙が耳の奥で響いているのです」と記していた。
弟が昨年の6月に、川田さんとおなじ、ちょうど29歳でなくなったのだけれど、
母親が言うには、自殺する少し前に「おかあさん、どうして僕を産んだの」ときいたそうだ。
子供のようになって、そして、赤ちゃんのようになって、そして、霧雨が一日中降り続ける
ある日、そっと家を出て自動車の牽引ロープで首を吊って死んだ。
そんな質問をした時の弟はどんな気分だったのだろうか、と考えたことはあったけれど、
その質問を突きつけられた時の母親の気持ちというのを想像したことが
なかった。
男である自分にはは想像がむりかなともおもうけれど、自分がうんだ子供が自殺する
ときの母親の気もちを想像できたから、その人は「悪魔になった」と書いたのかなと
おもった。
弟が亡くなった次の日に、僕が実家についたとき、
照明も付ける気が起きない暗い家の中で弟が寝ていて、父親が子供のように泣いていた。
でも、弟にワイシャツを着せて首にネクタイを巻いてくれたのは父親だそうだ。
痛々しい痕を見せなくして、きよらかな寝顔にするために。
雨上がりの「その場所」をそっと訪れたとき、小さな山の一番上にあるその公園が、
兄も、ぼくも弟も育ったこの街中をみわたせるその場所が、まるで天国のような清浄な
場所に思えたのを思い出した。
プレゼントすることについて認識が変わることがあったので書いてみる。
やっと世間標準になっただけなんで、すでに世間標準の人は読み飛ばせばいいよ。
プレゼントするってのは相手に媚びてるような気がして、俺はいままでほとんどしたことなかった。彼女にすら高価なものなんてあげたことは一度もない。
ものをあげて気を引くっていう取引に見えたし、そうすることで自分の気持ちがつまらないものになるような気がしていた。
でも、身内に節目のお祝いでプレゼントしたら、いつになく素直に喜ばれた。そのリアクションに俺はショックをうけた。あげたものは、手帳。今後こういうの必要になるからと、お祝いと実用をかねての選択だ。
まあその、身内というのは妹なんだが、彼女にとって俺はうざい存在で、俺が覚えている限り今回みたいに感謝されたことはない。
考察は後述するとして、俺のことを書く。
俺の育った家庭はごく普通だが、家族イベントは流す家庭だった。
長男の俺が物心つくころには両親の結婚記念日は忘れ去られていたし、父の日や母の日といったイベントも完全にスルー。俺はそれが普通だと思って育った。テレビ番組で家族イベントについてのエピソードを見てもどこか白々しい話に見えていた。それでも家族は成立していたし、仲のいい家族だった(今現在も)。友人の家族イベントに対する熱心さをはじめて見た時は、むしろ引いたくらいだ。
そんな家庭で育ったためか、俺は中学高校大学で彼女ができても、感情表現を押し殺した付き合いをするようになる。
告白は自分からしない。嫉妬は隠し通す。付き合ってても好きと言わない。手は繋ぐしセックスもするけど、別れるときもつらいとかさびしいとか、感情的なことは一切言わず、しょうがないとしか言わない。
彼女の誕生日には、外食しておめでとう言って、セックスする。プレゼントもするにはしたが、指輪とかそういうのはあげたことはない。指輪は結婚相手にしかあげないという自分ルールを10代から適用してるからだ。
自分でも恐ろしいくらいのガキっぷりだが、それでも成立すると思ってた。なんせうちの家庭がそんなんだったから。
そんな俺だけど、妹にはいろいろやってきたと思っていた。経緯がややこしいから割愛するけど、妹が大学にいけたのも俺の協力があってこそだし(経済的な意味で)、普段からもっと感謝されてもいいかなと思ってた。でも実際は、それについて感謝されたことはない。
なのに今回、手帳をプレゼントしただけで感謝された。値段は数千円だ。
最初はその素直な感謝っぷりにびっくりした。戸惑った。注文から送るまで、全然手間もかかってない。何でだろうと思った。
しばらくして、仮説を立てた。
プレゼントを贈ることは、今まで考えてたような物と気持ちの取り引きじゃなくて、気持ちを伝えるプロトコルなんじゃないか。
気持ちってのも情報だ。自分はあなたを大事に思っています、という情報を伝えるのがプレゼントを贈ることなんじゃないだろうか。
シンプルな気持ちですら、実はかなり高度な情報で、気持ち同士で情報交換することはほぼ無理。熟練者同士でないとできない。
だからその気持ちを、下位プロトコルであるプレゼントに託す。プレゼントに気持ちが乗っかる。相手に届く。
だからこそプレゼントは値段じゃなくて気持ちって言われるんじゃないか。
ここではたと気付いた。すっげー普通のことじゃん、と。
こう考えると素直にプレゼントできそうな気がしてきた。
彼女ができるたびに指輪をあげていた友人が、なんかかっこよく見えてきた。あいつは気持ちが多いんじゃなくて、そのときの自分の気持ちの表現として指輪を選んでいたのかもしれない。
妹に手帳をあげたっていうきっかけでやっと気付いた。長かった俺の冬の時代。
だらだら長文になったけど、最後はこれで締める
明日指輪買ってくる!.