はてなキーワード: 愛国心とは
国がどうなろうと後の世代が苦しもうが知ったこっちゃない、自分の利益だけが大事なんだという利己主義者だ。
年金を受け取るのは保険料を収めた正当な対価だなんて言う言い訳は詭弁でしかない。
法で定められた制度に従ってるだけだから何も悪く無いと言うのなら、議員年金の優遇も何一つ問題が無いということになる。
国家と国民に大きな負債を強いる歪んだ制度はそもそも出発点から間違っていたことを認めて改めて行く必要がある。
間違いを認めずに思考停止のままズルズルと問題を引き伸ばして来てしまったから、その歪みが年金に対する社会不安として現在と将来に大きくのしかかって来てしまっている。
ついでに、親の年金で生活するようなニートに至っては売国奴を通り越して国賊だぞ
日本の将来を思う愛国心があるなら親には年金の受け取りを放棄させろ。
そして代わりに親の生活は自分が働いて支えてやれ。
ラックスマン来航(大黒屋光太夫が同行)時に、幕府は慌てて直接蝦夷の国境警備を行おうとする。
さらに最上徳内・近藤重蔵らの調査により、北方警備の怠慢・アイヌ人虐待などの不祥事が明らかになり
松前藩は直轄領にされ、さらに翌年函館奉行の預りとなり、20年あまり藩を召し上げられることになった
※とはいっても、この間にアイヌ人は人口が2割以上減少するなど、それ以上に悲惨な境遇だった)
※今まで騒乱が起こったレザーノフ時も、ゴローニン事件(この時高田屋嘉兵衛がロシアに行く)も、どちらも幕府直轄時代の騒動。
その後返還がかなって34年経ち、去年ようやく松前城の新築が完成したばかりだったが
この松前城はいきなり時代遅れだったりしてどうしようもないので幕府が直接統治して国防拠点としようとする。
「樺太が日露雑居となり函館開港となれば待つ前には荷が重い」という理由で松前藩から土地没収)
(松前藩の言い分としては、幕府にしたって外国船上陸のさいにろくな対応ができていなかったし
そもそも松前藩が十分に対応出来なかったのは、対応の権限が松前藩にない上、情報すらよこさなかった幕府の怠慢が原因であるし、
今まで騒乱が起こったレザーノフ時も、ゴローニン事件(高田屋嘉兵衛)も、どちらも幕府直轄時代の騒動なのだが、そんな道理が通じる幕府ではない)
実際は、函館開港が大きな利権になること、その他蝦夷地に寄港する船舶からの租税徴収権などに目を付けられた形。
松前藩は領土返還、通行税回復を幕府に願い続けたがかなわず明治維新を迎える。
勤勉実直な父と、陽気な母の性格、さらにとびきりの好奇心を受け継ぐ?
(福沢諭吉の命名の所以は清国の法律書「上諭条例」から一文字とっている)
下士身分であったゆえ、身分の壁に悩む。諭吉も父を見て封建社会を憎むようになる。
父は諭吉が2歳になる前に病死。その後福沢一家は中津藩に戻るも福沢一家は言語・風習の違いから疎外されたりもする。
(父の死後も母が常に父の偉さを子供たちに話し続けたため、父の教えは強く受け継がれる)
幼い頃は、家事手伝いや内職をして過ごし、内職名人として有名に。
少年になってから親戚の中村家の養子に(跡継ぎが耐えないための保険にすぎず中村家に養ってもらったわけではない)
中津藩では儒学のみならず「鉄砲とそろばん」の教育にも力を入れていたため諭吉も儒学のみならず算術に大いに才能を発揮する。
子供の頃の諭吉の夢は「日本一のお金持ちになって好きなだけお金を使いたい」であった。
諭吉は西洋文明に出会う前からかなりの合理精神の持ち主であった。
14~15まで一切本を読んだことがなく、当時としては勉強を始めるのが非常に遅かったが
白石塾に入門した時身分制度の障害にぶちあたり、なにくそと死に物狂いで勉強。あっという間にトップに。
しかし能力で抜きん出ても認めぬ身分制度になおさら嫌気が刺していたところで、中津藩にも黒船来襲。
18の時に砲術訓練の名目で長崎行きを志願し、中津を離れ、長崎ではじめて蘭学に出会う。
クリミア戦争は兵站補給、爆薬、衛生学の3つで革命をもたらしたとされる。
ロシアはノーベルの父エマニエル=ノーベルにより機雷を発明したり戦力的には奮闘したが、
産業革命により鉄道輸送を実現したイギリス・フランスとくらべて長期戦において不利を取り敗れる。
アレクサンドル2世は、国家の経済を中世以来の農奴制に依存してきたため産業革命が遅れ
クリミア戦争の敗北を招いたことを大反省し、農奴解放例を打ち出す。
大改革の過渡期には様々な矛盾が一気に吹き出すもので、逆に一揆・反乱・独立運動が続々と起こり
それらの打開策のため皇帝は軍事力を強め、国外戦を起こすにいたり、大改革は、大混乱へと突入していく・・・。
(日本も時間の余裕さえあれば、こういうことを経験できただろうということもできるし
逆に時間の余裕がなかったために、ロシアのような悲惨な流血時間や長い内乱をある程度避けれたと考えるべきか)
現代の愛国心というのが観念的な薄っぺらいものであるのに対し、
間宮林蔵は、この時代の誰よりも日本全土を自分の目と足で実際に把握し抜いた。
さらにロシア船が日本沿岸を海賊のように荒らし回った時に、択捉島で直接砲火を浴びつつ応戦するという経験までした。
ここまでくると、日本という領土に敬意を示さず土足で日本に上がりこむ外国人に激しい怒りを燃やすようになった
(しかし、土地のありがたさを知らず軽んじる人たちにはそう感じなかったのかな?そこまで考えてたらきりないか)
#その他#
昔生きていた人たちが、この本の中では今も生きてる。そう感じられる。これはスゴイことですよ!(安彦良和)
子供の頃から「こういう漫画を誰か描いてくれないかなあ」と、本気でずっと思っていました。そうしたら、ズバリみなもと先生が描き始めて下さいました。「よし!」とばかりに読み始め、「こりゃなかなか終わらないだろうな嬉しいな読みでがあるなあ」と思っていたら、本当に終わらなくて、もうずっと読み続けられて嬉しいことこの上なしです。いつまでも描き続けてください。ちなみに、小学生の頃みなもと先生のキャラをソラで描けるのは、クラスで僕だけでした(京極夏彦)
こういうこと言っちゃう奴って、アイコク病にかかってんのは悪いニッポンジンだけで、
海外の国に移住したらそこではそんなこと求められたりは絶対しないとか思ってんだろうか。
馬鹿じゃね?
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1679541.html
http://sinseihikikomori.blogspot.com/2011/11/google.html
Sexy Zoneも、Not yetも流行ってないし、会話ですらその単語を聞いたことがない。
多分、会話にそれらの単語を出すときには説明が必要となるだろう。
それは別に流行ってない訳じゃなくて、そういったのに興味がある奴が俺の周りにいないだけだ。知り合いのツイッターで話題になってないだけだ。
結局流行ってるもの、常識とされてるもの、普通とされてるものが、それぞれのクラスターで違うってだけの話だ。
俺は去年帰郷して兄弟と会話したときにRadioheadとか宇多丸とかいう単語自体が通じないことに軽く衝撃を受けたが
そういったことはありふれてる。ちょっとくらい前に話題になった「サイコ2割問題」とそう変わらない話だ。
だから、テレビで「~が流行ってるんですよ」とか聞いても、そりゃどっかで流行ってるのかもしんないなと毎回思う。
ほんとに流行ってんのか知りたくなったら、データをどっかからググって調べるくらいすればいい。
思ったより流行ってたり、流行ってなかったり、意外な層に流行ってたり、やっぱり流行ってなかったりする。
ここ最近、韓国関連のことが流行ってますよとテレビで流れると、脊髄反射のかのように毎回ネットでは反発が起きる。
「そんなの流行ってない!」だとか「そんなの普通じゃない!」とか「そんなの常識ってことにするな!」とか。
で、これはマスコミに対するネットからの批判意識として、3%くらいは評価・共感できるものかもしれないが、97%くらいはうんざりする。
「流行ってますよなんてそもそも謳うからいけないんだ!」なんて言うのかもしれないけど
逆に、結局この人達はマスコミが担っていた「普通」や「流行」や「常識」に対する信頼を持っていた人たちなのかもしれないという気がする。
オーソリティに対する信頼とでもいうべきだろうか。
「普通」も「流行」も「常識」も、クラスターによって違うということがもはや「常識」だってことはちょっとネットを眺めれば分かるだろう。
それに従って、「普通」も「流行」も「常識」も壊れてしまった。
マスコミ、メディアが担保していた共同体幻想みたいなもの、一億総クラスター幻想がそれらを作り上げていたし、それが崩壊してしまったのだから。
じゃあ何がマスコミを殺したのだろう。
一億総中流的なものから格差社会という流れもあるが、当然ネットがマスコミを殺した。
つながりあえる環境、「真実」を知れる環境、簡単に島宇宙を形成できる環境、それが可視化される環境がマスコミを殺した。
かくして、「普通」も「流行」も「常識」も「真実」も、クラスター別に存在することになった。
それに人間は耐えられるだろうか。
「ほんとう」の「普通」も「流行」も「常識」も「真実」も存在しないことに耐えられるだろうか。
だから、クラスター別に存在する「普通」や「流行」や「常識」や「真実」を「ほんとう」のことと信じて生きることになる。
ニーチェは「神は死んだ」といった。
「お前たちに言ってやろう。我々が神を殺したのだ─お前たちと俺が。我々はみんな神の殺害者だ」と。
「我々が信じていた真・善・美なる価値基準や権威を根底において担保していたものは、滅びてしまったのだ」と。
日本人からしたら、「で?www最初から死んでるしwwwつか日本には八百万いるしねwww」ぐらいのもんで
なんで、そんなことに大騒ぎしたのか分からないところがある。
だけど、「メディア・マスコミが死んだ」というのはそれくらいの衝撃が日本人にとってはある。
その影響がじわじわと色んなところで見える。
「みんな」が思ってる一つだけ存在する「普通」や「流行」や「常識」が死んだ。
お前が言ってる「みんな」って「普通」って「流行」って「常識」って何だよってことになる。
それこそ一神教から八百万の神への改宗という衝撃が実は起こったんだということがじわじわとわかってくるだろうと思う。
その過程では、クラスター別に存在する「普通」や「流行」や「常識」や「真実」を「ほんとう」のことと信じることにしたり、
そのクラスターにおける「真実」を盲信して他のクラスターを攻撃したり、クラスター別に違うモードを使い分けたり、
クラスターの中で、あるいは他クラスター同士で「ほんとう」を定めるために対話したり、クラスターを彷徨ったり、
反動として、確固としたオーソリティや序列や権威を求めて、何かに忠誠的になったり、他者に攻撃的になったり
すべてのクラスターに通じるものとして「ほんとう」のことを提唱したりすることが、日常的なこととなるだろうし、すでになりつつある。
表面上は、まとめブログによって、youtubeの再生回数によって、徐々に「大衆」における「普通」や「流行」は担保されていくことになる気はするが
その根底では、価値観を担保していたものの崩壊が徐々に起こっている。
スピリチュアルでも、自己啓発でも、ノマドでも、愛国心でも、ライフハックでも人生の指針となってくれるものを求めている。
これらの価値観でも、宗教でもなんでもそうだが、人生の指針となってくれる価値観を求める欲望は消せないし、否定すべきでない。
すべての価値観をクールじゃないと否定したあとに待っているのは、ニヒリズムか退廃と決まっている。
「ほんとう」の価値観を求めて、匿名のコメントで殴りあうことがこれからもネット上では続くだろう。
それは価値観の衝突とも呼べるかもしれないし、対話とも呼べるのかもしれない。
小泉純一郎、竹中平蔵、中川秀直、森喜朗、河野太郎、片山さつき、野田佳彦、前原誠司、細野豪志、福山哲郎、古賀茂明、玄葉光一郎、岡田克也、藤井裕久、仙谷由人、渡辺喜美、江田憲司、橋下徹、中田宏、御手洗冨士夫、新浪剛史、米倉弘昌、奥田碩、柳井正、孫正義、渡邉恒雄、渡邉美樹、高尾剛正、ホリエモン、池田信夫、藤沢数希、東浩紀、Chikirin、小飼弾、大西宏、馬場正博、飯田泰之、伊藤元重、大田弘子、芹沢一也、荻上チキ、山崎元、ビートたけし、田原総一朗、池上彰、辛坊治郎、三宅久之、宮台真司、高野孟、藤巻健史、平沢勝栄、山本一太、江沢民、習近平、盧武鉉、李明博
経団連、みんなの党、大阪維新の会、民主党、自民党、公明党、はてな民
TPP推進、原発反対、小さな政府、ベーシックインカム、法人税引き下げ、消費税増税、新自由主義、嫌韓中、親米
グローバリズム、弱肉強食、自由競争、平成の開国、規制撤廃、市場開放、老害、坂本龍馬、民営化、市場原理、自己責任、ガラパゴス、構造改革、官から民へ
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TPP反対、憲法9条撤廃、自給率アップ、嫌韓中、原発推進、保守
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役所に行ったら若い公務員が爺さんに文句付けられてた。
なんでも税金が上がったのが気に入らないらしい。
爺さんは「お前らが好き勝手やったのをなんで市民に押し付けるんだ!」
みたいなことを若い公務員に大声で怒鳴りつけていた。まあ爺さんの気持ちも分からんでもない。
むしろその若い公務員はまだ20代前半といった感じ。むしろ国政に好き勝手やられた側だ。
逆にその爺さんはもう60か70歳。
国政と自分を切り離しているが、
おいおい、好き勝手やったのはお前の世代が選挙や学校で競争して選んだエリート層じゃないか。
むしろお前もバブルだの何だののおこぼれに預かって、好き勝手やったんじゃないのかい?
今回の民主党代表選だが、なんと3人も日本新党出身の政治家がいる。
90年代の「新党バブル」の頃に熊本県知事だった細川護煕によって立ち上げられた政党。当時は自民党・社会党などの既存政党に対する不信感が強く(今と変わらない)、選挙の度に勢力を拡大(まるでどこかの党みたいだ)。宮澤内閣の「嘘つき解散」により実施された第40回総選挙では35議席を獲得。武村正義の新党さきがけとともにキャスティングボートを握り、当初は分派により党制退潮した自民党と連立する予定だったが、細川が小沢一郎により総理大臣に担ぎ出され非自民非共産連立政権が誕生することとなる。
争点だった小選挙区比例代表並立制を実現させると、政権は目標を失い突如として「消費税を廃止し国民福祉税7%を導入」を連立与党の合意を得ないままぶち上げる。これにより連求心力を失い、更に細川の佐川急便からの借入金問題や、小沢一郎と武村正義の対立などもあり連立与党は分裂。263日で細川内閣は総辞職することとなる。
つまり政権ブン投げの元祖は、17年前の日本新党細川護煕首相が元祖というわけだ。
ご存知「政界渡り鳥」。所属政党の数では鳩山邦夫に及ばないものの、日本新党、新進党、自由党、保守党、自民党と「その時に調子がいい政党」を渡り歩き、細川護熙、小沢一郎、二階俊博、小泉純一郎、安倍晋三、中川秀直とその時の調子がいい権力者に取り入る。2009年の総選挙では幸福実現党/幸福の科学に選挙応援を依頼するも小選挙区落選。twitterでの発言がすごい。国会議員というよりもネット右翼のような発言。
名古屋市長。2009年に衆院議員を辞し名古屋市長選へ。住民税10%減税などをぶち上げるも、市議会と対立しさらには民主党とも対立するようになる。「市民に是非を問う」との理由で任期途中で市長を辞し、自らが先導した市議会リコール選挙に合わせて市長選に再び立候補し当選。その後リコールされた市議選にも自ら率いる「減税日本」から41名擁立し28名当選する。第一党はとれたものの過半数に届かず、自ら仕掛けた政局騒動により民主党とも対立している。更にほとんど政治経験のない「素人集団」の減税日本もまともな政党として機能していない状態である。「中京都構想」「減税」「議員定数削減・議員定数カット」「歳出改革」など派手に政策をアピールするが具体性はなく、市役所に丸投げ状態である。
元横浜市長。高秀秀信4選を阻止し市政の若返りをアピールし衆院議員を辞して市長選立候補。当初は箱物行政の転換、市立大学改革、住基ネットの任意参加など「改革派」のイメージで無難に市政を回していたが、2期目に「横浜開国博」を開くも入場者は伸び悩み巨額の負債をかかえて失敗、任期途中で市政を投げ出す形で辞任。市長辞任後は新党ブームにのり「日本創新党」を結成し参院選に立候補するも落選。近年は産経新聞への国防関連の寄稿など右旋回しつつ有る。また、高岡蒼甫の韓流にかんする発言に同調するなどしている。
元杉並区長。杉並区長時代は石原伸晃を支援する。2010年に中田宏と共に日本創新党を結成し参院選に出馬するも落選。区長時代からチャンネル桜に番組を持っており、維新政党・新風から推薦も受けている。
目立つ政治家だけ並べてみたが、この他にも荒井聡(キャミソール)、小沢鋭仁(中韓から電力輸入発言)、渡辺浩一郎(会派離脱騒動)など、とにかくひどい政治家ばかりだ。共通する特徴として
やはり、新党バブルに出てきたということでその程度なのだろう。そんな人達を総理大臣にしてはいけない。
枝野幸男という大物を忘れてたが、上に上げた面々と比べるとはるかにまともに見えるのは気のせいだろうか。
さきがけは…
うーん、鳩菅があんまりにも目立ちすぎて結構地味な印象。途中で新党日本から先に上げた前原・枝野・キャミソール荒井・電力輸入小沢が合流。
オウム事件で村井氏を刺したのは、除(ジョ)という"右翼"だったな。
戦争で日本軍の要職だった韓国・朝鮮の人は、祖国に戻れなくてアイデンティティを天皇家への忠誠で保っている。
帰れば同朋にひどい目に遭うどころか、大韓民国の法律で財産没収されちゃったりするらしいじゃん。
あとは、済州島の人たち。
済州島の人たちは、朝鮮本国から差別を受けてきた歴史があり、自主的に日本列島へ越してきた人たちも多い。
(このタイプの人たちは手に職つけてるから、右翼活動なんかしてない人がほとんどだろう)
というケースは、関係者から直接聞いた話および、とある公民館のビデオがソース。信じるか否かは勝手だ。
今、韓国朝鮮で暮らす連中は、反日の意思を表明することで社会に認められてる面もあるのだろう。
他国を嫌うのはお互いに勝手だが、まあともかく情けないのは日本の教育界とメディア関係の連中だよ。
近代歴史も知らず・社会一般も知らずにインテリぶってるやつが本当に多いよな、2chよりいっそう閉鎖的に思える、はてブ。
俺はチラ裏用途で便利に使わせてもらってるけどね。
国を愛するのはよいが、熱狂的なナショナリズムはたいていの場合ファシズムを伴うから嫌いだ。
自分たちを同じように愛し、同じようにやり、同じような反応をしなくてはいけないように言ってくるのが気持ち悪い。
そもそもからして、その地位に必要な共同体への義務さえ果たせば、そんなことを他人に強制されるいわれなどないはずなのに。
彼らはまるで、学校でヒステリックに叫んでいた女学級委員長のようだ。
なんでまた、学校時代のような度を逸した共同意識への強制を叫ばれなくちゃいけないのか。
なにより気にくわないのが、みんな一緒じゃなくちゃいけないという意識だ。
普段の時には、そっちから一緒になるのを拒否してはぶっておいて、そんなことを言い出す。
そちらから手を払っておきながら、手を繋いでない奴がいるとか言い出す喜色悪さ。
その話は置いておいても、最近のナショナリズムというのは、バカにする文化から来ているような気がしてしまう。
愛していると言うよりも、寄っかかっている。
だいたいからして、最近の日本人は中国人化、韓国人化が進んでいるように見える。
中国人や韓国人が帰化した日本人が増えたという事じゃなくて、日本人が三国人化してる。
ちょっと前までは中国韓国人しかやってなかったことを、カウンターとでも言うかのように、同じようなことをして返している。
将来を考えないただ叫ぶだけの浅薄な愛国心。薄っぺらい自尊心。
貧民のような守銭奴根性。村農民出のような強制する共同体主義。
昔は脱亜して入欧しようとしてたのに、わざわざアジア式に染まっていって、なんの得があるのか。
ネトウヨ批判してる中高年は、そもそもネトウヨがなぜネトウヨになるに至ったかという過程を理解していない気がする。
そこで僕がわざわざ昔ネトウヨにかぶれたルートを示して、なぜ人間がネトウヨになるかを明らかにする。
そしてその後いかに今のネトウヨが気持ち悪い存在であるかも明らかにする。
多分4,5年くらい前になるんだと思う。
当時windowsMEユーザーで、中3か高1くらいだった余は一日六時間くらいネットをやっていた。
アングラ気分を味わうために書きこんでみるだけで、大して入り浸るようなことはなかった。
しかし歴史が好きだった小生は、いつしか「テッサ先生の補習授業」とか、そういうサイトを見るようになった。
http://iroiro.alualu.jp/sekaisi/tessa/Sekaisi01.html
具体的な流れは覚えていないが、ここら辺で「南京大虐殺は捏造である」という主張をするサイトに行き当たった。
ちょうど当時『嫌韓流』が出版されるなど、ネット上で反中反韓ムーブメントがまさに勃興している時期であった。
そもそも学校で左翼教師に出会わなかった小生は、南京大虐殺を知ったのはこれが最初であった。
(典型的なネトウヨルートである、2chのν速入り浸ってるうちにネトウヨ化ではない点に注意)
高一くらいがピークであっただろう。
日本を貶めて、中国・韓国を賛美するような記事を見ると胸がムカムカしたものである。
例の「資源がなくて戦争でボロ負けして領土が狭い日本が世界二位の経済力を得たのは奇跡」みたいなことを
長々と書いたコピペを読んで、自分の胸の中の愛国心が洗われるような思いがしたものである。
外国人参政権が実現すれば地方は乗っ取られると思っていたし、民主党は売国政党だと思っていた。
(今では2chでネトウヨに対して「独島は韓国の領土だよね(´・ω・`)」「日本は中国にごめんなさいしないといけないよね(´・ω・`)」とか煽ってるけど)
感情は薄れていったが、消えることはなかった。
最初は反発があったが、話してみると、むしろ日本人よりも真面目で、
というより日本人大学生のチャラチャラしたクソっぷりと比べたら、断然僕は彼らの方が「良い奴」だと感じた。
事ここにいたって、ネトウヨの言う「日本人は素晴らしい! 韓国人中国人は劣っている!」という主張が、完全に間違いだと気づいた。
そういう訳で今ではすっかりネトウヨに対して冷ややかになっている。
別に左に鞍替えした訳ではないけれども、ネトウヨの主張はあまりに薄っぺらい。
僕が「染まった」時期のネトウヨは、
「在日は追い出せ」
という、まあ排他的で偏っているにせよ、一応「論理的な主張」はしていたと思う。
今のネトウヨ。
「ウジテレビは韓国人使いすぎ!」(←テレビ見ないんじゃなかったのか?)
「花王不買運動しよう!」(←日本企業にダメージ与えてどーすんの?)
「KARAとか少女時代とかきめーしw整形乙」(←そういえば「朝鮮人=ブサイク」っていう設定だったねネトウヨの中では・・・)
もうさ、「ファビョる」って表現はむしろネトウヨのためにあるんじゃないの?
なんかもう理屈じゃないんだよね。
ネトウヨって。
韓国とか中国とかが感情的に嫌いで嫌いで仕方なくて、そのために現実や理屈の方をねじまげちゃうレベルに達してる。
多分この記事書いても、ネトウヨは「ああ在日か」「ブサヨさん乙」「キムチくせーんだよ」みたいな反応しかでてこないと思う。
ただ右左に関係なく、まともな頭を持ってる人だったら、この記事に書いてある内容はわかってくれると思う。
皆薄々感じてるだろ?
ネトウヨがどんどん気持ち悪くなってて、頭も悪くなってるって。
韓流をユニクロや通販番組に例えたビジネス的な側面からの説明を目にするようになる一方で
兼ねてからあった韓国・マスコミに対する反感もネット上で盛り上がっている。
でもここでしたい話は「いつものあれ」ではないもっとこんがらがった話だ。
「愛国・反日」でも「ビジネス的に成り立つから」でもない話だ。
アイデンティティの不安から震災と三島由紀夫の舞台をきっかけに愛国心に拠り所を見つけた中で
2chでありがちな韓国陰謀論を信じ、感情が高ぶったという単純な話、「いつものあれ」だなと個人的には受け止めていた。
しかしながら、色々考えてみると、これはもっと深い問題だ。
つまり単なる嫌韓の吹き上がりでも、背後に反日組織がいるのでもない、
費用対効果とか、嫌なら見なきゃいいとかではない、もっと複雑な話を含んでる。
この話は様々な要因が組み合わさっているため、一言で言えないような話だ。
だからこそ、陰謀論にもとびつきたくもなるし、「いつものあれ」と言いたくもなるかもしれない。
だけど、それだけの話でもない。
論点をあえて挙げようとすれば
グローバリズム・自由市場経済・コンテンツと文化政策・資本主義・大手メディア・スポンサー・広告代理店利益主義批判
日本コンテンツの制作能力の低下・韓国コンテンツ(音楽・ドラマ・映画)の分野におけるそれぞれの価値
商品とナショナリティの関係(コンテンツとそれ以外の製品、あるいは韓国の国家政策)
日本の指針・自己存在のアイデンティティの不安・社会的流動化・歴史問題・ナショナリズム・ネットの議論、などなど
様々な要因が混在している、一筋縄ではいかない話だ。
だから一方が一方を批判したとしても、それぞれが抱えている論点が喰い違っているし、一生噛み合いそうにない。
それと同時に、この問題は現在の世界を捉える上で、格好のケーススタディでもあるような気がしている。
amazonで本買って、windowsのPCで、スタバに立ち寄って、マックで飯喰って、BOSEのイヤホンで洋楽聴きながら、iPhoneでtwitterを眺めてることに対して
アメリカを批判する人に出会ったことがないし、ほとんどの人はたぶんグローバリゼーションオールオッケーで
Tシャツは中国製で、ジーパンはベトナム製の生活で、それは安くてめちゃくちゃ快適で、その快適さを無くしてまで守るべき価値はあるか、みたいな話。
そうなってくると、そもそも日本という国は何の価値を目指しているのか、何の理念に基づいているのかとかいう話。
グローバル化で国内の雇用が失われるとしてそれを保護すべきか、農業は、コンテンツは、車は、それを分ける差は。
コンテンツは文化政策として、自由市場に制約をかけるべきだというのなら、それはどの程度まで、何をもって制約をするのか、誰がそれを補償するのかとか。
あるいは、言うべきは「韓流ブームは捏造なのに、なぜそれを流すのか」ではなく
「採算が取れるくらいは流行っているからといって、外国のコンテンツばかり流していいのか」であるかもしれないし
それを真剣に考えるなら、ソフトパワーとしてのアニメ含む日本文化輸出の国家戦略とのダブスタはどうすんのとかいう話。
嫌韓の思想に吸収されているある部分の人たちは、嘘を流して自分たちを搾取しようとする広告代理店や権益や情報を一人占めするマスコミに対する反感であったり
自分たちの守るべき価値が脅かされているという流動性の増す社会に対する不安を感じている。
これは反グローバリゼーション・反メディア企業といった欧米によく見られる左翼思想につながりうるようなものでもある。
しかし、反グローバリゼーションや反マスコミメディアといった思想を持つ人たちの受け皿として、日本の左翼は機能しておらず
結果として嫌韓・あるいは保守という形に収まるというねじれ現象があったりもする。
http://matsuo-tadasu.ptu.jp/yougo_uyosayo.html
のっかかってるものを自覚しなきゃならない。
グローバリゼーションと聞いて、ふーんと思うだけで、のっかかっている。
メイドインチャイナとアメリカ企業が与えてくれる快適さと安さにのっかって
コンテンツがグローバリゼーションしはじめれば、それを否定する論理も肯定する論理も貧弱だ。
グローバリゼーションだけじゃなくて、快適だから依存してるあれやこれに対する論理がこれから先も通用するかどうか。
グローバリズムという点だけでも、そもそもここで論じきれる話じゃないけど、議論すべきことはもっとある。
「いつものあれ、そんだけの話」じゃない話をもっと聞きたい。
フジテレビの韓流推しがすごいことになっている。私的には、あれはとにかく否定した方が良いと感じる。「幼稚な批判カッコ悪い」「嫌なら見るな」という論では済まない。なぜならば「電波は国民の財産」であり、民間企業であろうと公共性を持たなければならない。
「公共性とは何か?」。それは「共通の利益」「共有財産(公共財)の維持管理」「共有する規範(常識)の創出」「共通の関心事(ニュース)などの伝播」などが挙げられる。このことから、フジテレビが行っているのは、明らかにサブリミナル的に韓流を押しつけるという「恣意」と「自己都合」によるものだ。我々国民全体が「共通」として韓流を全面に推したいというのであれば、話は別だ。しかし、そんな話は聞いたことがない。あればご一報お願いしたい。
そして何が一番の問題かというと、それは今後起こりかねない「事実の捏造」だ。サブリミナル的に韓流推しが成功した場合、その次はCMやドラマで前面的に韓流を推すだろう。そしてCMの内容やドラマの内容は韓国が良しとする、日本とは異なった歴史や思想ということも十分に有り得る。
内容や時代背景、文化は日本そのものだが、核の部分は韓国の思想ということが有り得るのだ。ドラマやアニメで流れた情報が、現実に起こった歴史と勘違いする人もいる。実際はストーリーを盛り上げるための脚色であってもだ。しかし、その脚色が何度も流れると、そういう意識が植え付けられるだろう。そこまでいくには多くの時間が必要であろう。しかし、そうなるともう遅い。
賢人がどんなに日本の事実を叫んでも、その声というのは一部の人にしか届かない。また、そんな声が一般に届いたとしても、韓流推しの御用賢人が一声で覆されることも大いに可能性としてある。
私が書いたこの内容は、本当に日本国民がどうしようもないバカであったときの未来予想だ。韓流推しに勢いよく流された場合の話だ。この記事を書いたのは、愛国心のためではない。我々の苦労の末、いまの日本がある。君らの親、祖両親、その先の親族。そんな人たちの苦労の積み重ねで、いまの我々がいるのだ。そんな苦労をねじ曲げられたり、無かったことにされるのはバカげていると思わないか。積み重ねたものが全て良いものかというと、それは違うだろう。日本にも残念な歴史がある。しかし、それを顧みたから、いまの我々がいるのだ。
韓国の偽剣道などが話題になった時期もあったが、あれは結局、我々の先人達が苦労して編み出した精神や技術を踏みにじるものなのだ。他の分野でもそういうったことは許されないだろう。苦労の末に得た独自の富を「あっ、それ私達が先に見つけてたんだよね」と嘘をつかれ持って行かれるようなものだ。そうやって日本の富を削り取り、自分たちのものにしていく。
今一度、テレビ局として、我々としての「公共性」を考えるべきではないだろうか。
そんだけの話。円高もそれに拍車をかけている。
昼間の再放送の枠が全部韓流になったなとか、通販ばっかだなと個人的に思うことはある。
しかし、通販番組がこれだけ多いのは裏に何か巨大な組織がいるのだろうか。
高田社長は実は悪の枢軸で、裏で何かつながりがあるのだろうか。
ない。コンテンツを生み出す能力がないなかで、安いコンテンツで枠を埋めれるものがそれだからにすぎない。
ある程度の品質のコンテンツが物価の安い国から出てくればこうなることは必然だった。
文化集団的に言えば、かつてだったらビジュアル系のファンになっただろう少女がボーカロイドに吸収されているように
かつてであればビルボード洋楽、ジャニーズに憧れるようなファン層がK-POPに引き寄せられている。
ビジネス的に回っているのだから、それを止めさせたいのならば法的に海外の文化輸入を規制するしかないだろう。
もちろん、そんなことをすれば、海外で評価される日本文化のダブルスタンダードが批判されるだろう。
あるいは、自前で韓国モノより高い視聴率を持つ番組を恒常的に制作する能力を作りなおすしかない。
今回の高岡蒼甫の件は、ビジネスで世界が回っていることを知らず
通販番組が多いのにはその裏に何か組織が浸食しているという構図を信じこんでしまったような、哀れな若者の例だろうと思う。
まあ彼ももう29歳なんだけど。
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【追記】
人権擁護法案やら特攻隊の手紙やら日本が侵略されるやら自らを特攻隊や三島由紀夫に投影したりと、あまりにも典型的なパターンばかり。
この国のことを考えようと彼は繰り返すが、そのソース元を検証しようとする姿勢が全く見えない。
あまりにも分かりやすい世界の理解の図式を知って、愛国心の名の下に気持ちよくなっている。
この「韓流が多いのは通販番組が多いのと一緒」というのも一方では真実で、また一方ではそれだけでは説明がつかないのと同様に
世界は複雑で一つの図式で理解なんて出来ない。その世界の図式を理解している、真実を知っていると語る奴は疑った方がいい。
彼は法的、経済的、文化的解決策を示さず、実態を知ろう、ここは日本だ、この国を愛しているを繰り返すばかり。
彼のような影響力のある俳優がこういうことをおおっぴらに語ってナショナリズムを喚起することに嫌悪感と危険さとむなしさを感じる。
俳優としての彼が個人的に好きだっただけに、非常に残念だ。
でも、そもそも「世界に通用する日本人選手を育成したい」とか、
「日本代表を国際大会で優勝させたい」とか、「おらが街にもプロサッカークラブが欲しい」とかの、
Jリーグもなでしこリーグも存在してないし、代表強化するモチベーションなんかないと思うんだ。
選手個人が努力すればいいんだったら、最初から海外クラブに行けばいいし、
観戦する方も海外の試合観てたほうがよほどレベルが高い試合を見られるわけで。
http://anond.hatelabo.jp/20110718161048
どっかで見たんだけど「日本優勝おめでとう!」って日本人が言うのはおかしいらしい。
これが諸外国なら「我々の勝利だ!」ってなるらしいんだけど、
いかんせん日本って言う国はナショナリズムにアレルギーがある。
だから、こういう堂々とニッポンコールができる機会がうれしいのかもね。
まぁ方向性は違っても、震災報道で「涙が出ました」とか言ってる奴見て同じこと思うし、
日和見でその場の感想を「全体は今こう思ってる」みたいに勘違いしてる国民は案外多いと思う。
にわかサッカーファンもそうだし、にわか防災意識(キリッ)みたいな。
女子のバスケみたいに、みんなで同じ球ワーって追いかけてポジショニングがないみたいな。
それぞれが普段から自分の努力に誇りを持って、しっかり守っていればこうは思わないのかも。
どこでこうなったのかなぁ。