はてなキーワード: ゲームプログラマとは
blogを読むときに必要なのは"どうしてだろう?"って考えること。blogを読んで何か納得するのは正しい読み方じゃない。
当該ブログは、部分的に正しいし、部分的に間違っている。特に昔話とコンピュータアーキテクチャの類には多くの異常な主張があるので(意図的かも知れない)、それを探して検証してみるのはとても勉強になると思う。
現場に関する話は、うーん、それほど悲観しないで欲しい。
ただここを読んだ若い人があまりアポロン的になってもいけないので一応警鐘。偉大な先人の多くはゲームを作るために生まれてきた訳じゃないことにもっと関心を持って欲しい。人間を形作るのはゲームづくりだけ?違うよね。
http://blog.livedoor.jp/woopy_doo-game/archives/50938887.html
アドレスレジスタが16bitしか無い様なハードウェアしか存在していませんでしたから(ファミコン、PCエンジン、みんなそうです。メガドラは違いますが)、増加するリソースへの対応が必須でありました。あのアーキテクチャは当時も我々プログラマが提言したのです。
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呑み会に行ってもハード屋とプログラマは喧嘩ばかりでしたが、バンクアーキテクチャは我々が勝ち取ったものです。事実上無限のメモリ空間を手に入れましたからね。
メモリバンクはゲーム機固有の仕組みじゃない。というわけで、ゲームプログラマが提案したのは多分ゲームシステムにメモリバンク(バンクメモリ? Bank switching?)を導入させたこと、と、読むことにする。
でも、ファミコンを含めた初期のゲーム機、それこそAtari2600でもメモリバンクは実現されていた。これはアーキテクチャがそのように作られていたからではなく、小規模のハードウェア追加でこの仕組みは実現できるからだ。ハードウェアはカートリッジ側に内蔵されていた。ファミコンの音楽に詳しい人ならVRCとかFME、いわゆるマッパーといったチップが内蔵されていたことを知っているだろう。
これらのハードウェアの追加をプログラマが提言したというのは言い過ぎと言える。技術自体は既にあり、採用するのは非常に自然な流れだった。ハードウェアの技術者であっても反対しないだろう。32bitの(アドレスバスを持つ)CPUを導入するのに比べれば、メモリバンクのためのハードウェアはずっと容易に採用できる。
直接的なコピーは彼らにも防げていない。彼らが売っているのはマルチプレイ用のアカウントと考える方がすっきりする。MMORPGと同様に、コピーできないゲーム体験を売るという点では一定の成功を収めている。
何もブラックボックスがないDRMは機能しない。Steamでいえばブラックボックスはゲームサーバであり、PS3とかXbox360で言えばハードウェアそのものがブラックボックスになっている。
ゲームが作りたい。
着ている服のポケットにライターが入っていたことをふと思い出して、それを取り出してとりあえず火を点けてみたように、ほんの小さな、しかし確かな、そういう情熱が出てきた。
そんな風に思ったのは、かつて自分がゲーム好きであったからだろう。ゲーム好きが高じてゲームクリエイターを志望した人は、ゲーム開発者の7割がたであると推測している。
でも、(プロの)ゲーム開発者になって、一体どんなゲームを作りたいの?というと、答えが上手く出せない。
「自分はこんなゲームをやりたいんだ!」と形にする、自分の中にある世界を表現する道具としてのゲーム、そういうのは売ることを考えずに同人で作るのが主流になっているようだけど、それは何か違う。好きなゲーム・ジャンルは確かに持っているけど、自分は受け手として満足をしてしまうほうなので、それにインスパイアされて似たようなゲームでアウトプットをするなら、他人には素直に自分の好きなゲームを紹介したほうがいいように思える。そっちのほうが完成度が高い。ただのゲームマニアに本当に面白いゲームは作れないというのが持論で、自分も一介のただのゲームマニアに過ぎない。
(個人的には、ゲームの企画書にシステムそっちのけて世界観やストーリーをびっしり書くという輩が未だにいるという話が信じられないのだが、これはFFやDQその他RPGに影響されたからなのだろうか)
ここ最近、任天堂が推進している「新しい遊びを作る」という運動には共感しているのだけど、自分はそこに一助などできそうにない。「体重を量るだけで楽しい」「楽器の演奏は難しいから簡単にできるようにしよう」「パラパラ漫画をみんなに紹介できる場を作ろう」という発想は自分の頭のどこをひねり出しても出てきそうには無い。一時期はファミリーベーシックみたいな感じで「専用のプログラム言語でキャラを動かして寸劇みたいなのが出来たらクリエイティブで面白いのではないか」とか考えてたけど、具体性は出せなかったし、夢物語だろう。
プログラマ、デザイナー、音楽など、専用のスキルは全く持っていないし素養もない。企画力もないように思う。あるのは半端なゲームの知識だけ。
(最近だとアンサイクロペディア、昔からも言われている話だけど「ゲームの専門学校生はレベルが低い」、どうなのだろうか)
プロデューサーというのだろうか、商品としてゲームを売り込みたいのでもない。企画の失敗、スケジュールの問題、商売という制約によって仕方なくクソゲーを作ってしまうことにも恐怖を覚える。
こんな感じでゲームを作りたいという割にはゲームで何をしたいのか今ひとつ解せてない。自分は子供の頃に「ゲームプログラマになりたい」とホザいていたけれど、結局プログラムに手を出すことはなかったし、自己分析をしてみて、ゲームを作る能力には欠けた適性ある人材ではないように思う。
ゲーム販売店に並べられたソフト、ゲーセンに並べられた大型筐体やビデオゲーム・・・そのラインナップに自分は何か貢献できないだろうか。昔ほどゲームが好きでもなくなったけれど、今はそう思っている。
ゲームを作るためには、具体的に何をすればいいのだろう?
コンシューマーゲーム業界より。
自分も30代前半。職業プログラマになって10年程度。上記のように前例があるので、10年後も大丈夫だと思ってる。
もちろん、何もせずに大丈夫だとは思ってないよ。それは他の職種も同じだけど。
さておき、その会社はブラックなのか?昇進しない(肩書きがか?)と給料上がらないって酷いね。
管理職への昇進でなくても、メインをはるプログラマとかはそれなりに貰うだろう。
あと、ゲームプログラマはつぶしが利かないって?そんなバカな。
ゲームプログラマだけどなにか質問ある? 働くモノニュース : 人生VIP職人ブログwww
同業として気になったので。
ゲームプログラマという職種は新しいものなので、この職業の人間が年を取ってどうなるかという先例がない。うちの会社のプログラマは最年長でも40いってない。それより上は元プログラマで管理職になっていたり、サポート部でネットワーク管理や機材の調達をやってるのが数名いるだけ。業界全体を探せば、俺が子供の頃ゲームプログラマだった人達がそれなりに存在するはずなのだが、今はどこで何をやっているのか、会社を興したような有名人を除くと、とんと話を聞く機会がない。
ゲームプログラマとして10年経って35歳を過ぎたが、更に10年後は自分が何をやっているかのビジョンが持てない。俺も職場の仲間も10歳年を取っているだけで同じことをやっているのだろうか。今後新しい技術を持った若い人が入ってくると思われる中、自分達は家庭を持ったり体力が衰えたりして仕事や勉強に割ける時間は減っていき、第一線に踏み止まることが難しくなる。転職するにしてもゲームプログラマは技術的につぶしが効かないので、他の業界には行けない。市場が縮小し業績が悪化している上に上の人間が定年でいなくならないので、管理職への昇進も可能性がほとんどない。経済に疎いので、自分で起業するような知識は全くない。
他のゲームプログラマと話す機会があったら是非聞いてみたい。10年後にあなたは何をやっている予定ですか?と。ちなみに俺は、仕事は嫌いではないのでこのままでもいいんだけど、昇進しない限り給料が上がらない仕組みなので、10年後もこの安月給(手取り22万)かと考えると、このままではいけない絶望感に襲われる。俺も含めゲームプログラマは、ゲームが好きだからと将来のことをあまり考えずに業界に入り、仕事をしている人が多いように思う。それとも他の職業もそんなもんなんだろうか。
http://anond.hatelabo.jp/20070711000654
自分の体験を元に、ゲームプログラマ版を作ってみた。
レベル0の人はゲームを遊ぶのが好きですが、それがどのようにして作られているのかは知りません。プログラミングという行為を知るのはちょっと先になりますが、素質はあります。
レベル1の人は簡単なプログラミング言語を覚えます。言語ではなく、RPGツクールなどのツールの場合もあります。自分の興味に従っているので吸収が早く、下手に授業でかじっただけの人よりは出来ますが、それゆえ誇大な妄想を抱きがちです。
レベル2の人はC言語が業界の標準であることを知り、手を出します。最も一般的なのは、DirectX+VCの組み合わせです。このレベルには、いきなりライブラリを作ろうとして挫折する人と、素直にDXライブラリやLunaなどのライブラリを使う人と、他の人が作ったものを使ってみたあと自分で作り出す人の3種類のレベルがいます。また、ポインタやアセンブリ言語に無駄にあこがれを抱くのもこの時期です。
レベル3の人はオブジェクト指向やデザインテンプレートにハマります。このレベルの人は言語オタクになりかけますが、そこで踏みとどまってゲームを作るという当初の目的を思い出す人と、そのまま向こうに行ってしまう人がいます。ここでは前者を取り扱いますが、向こうに行ってしまった人は、別のレベル4に派生します。
レベル4の人は、ゲームプログラミングに重要なのは言語ではなく環境だということに気づきます。生産性を高めるはずのコードを書くのに無駄な時間を費やすのに飽きてきているため、本来のゲーム作りに集中することができます。この時期に良い仲間に巡り会えると、1本のゲームを完成させることができますが、世の中そうそう甘くはないのでレベル5へ進みます。
レベル5の人は、ゲームに必要なのはプログラムだけではなく、絵や音楽も重要な要素であるということを思い出します。ここで仲間探しに精を出し始めるか、それとも全部自分でやろうとするかに分岐します。後者の場合、最初は独学で勉強してさっさと作れるようになろうと思いますが、才能のなさに絶望を味わうことになるでしょう。前者の場合、レベル7に飛びます。
レベル6の人はゲーム作りに関わることなら何でも自分一人でできるようになっています。そのため、これ以上成長を必要とされません。このレベルのまま量産体制に入るとすさまじい生産性を発揮します。しかし、このレベルまで達する人は学習意欲が高すぎるので、もう学ぶべき事は何もないと思うと別の分野に行ってしまう可能性があります。
このままでいいんだろうか・・・?
レベル7の人はどの業界でも同じです。人を使う立場、あるいは人に教える立場につきますが、プログラマとは別の能力が必要とされるため、適性のない人がレベル7になると、自分の存在意義に疑問を抱くようになります。
ちょっと、これ作ってみない?
実際には就職や転職のタイミング、周囲に仲間がどれだけいるかといった外的要素が深く関わってきます。ここで挙げたのはそういった外的要因を排除して考えた・・・というわけでは特になく、自分の経験を元にしたらこんな感じになった、というだけです。