これ結構わかる気がする。
性教育が始まるのはだいたい第二次性徴期からだけど、もうその頃からモテるモテないの差はある。
自分勝手なエゴもあれば薄汚い打算もあって、それで成り立ってる部分もある。
なのに、「あなたの体は大切で等しく価値がありますよ」とかタテマエだけぶつけられても、
それでもやっぱり思うのは、性教育というのは次世代のためにあるものだということだ。
子供が生まれなければあんなものはただのゲスい趣味なんだから。
例え副産物でも子供が生まれてくる以上、彼らに負の感情は引き継ぐべきではない。
流行したと思ったら早速他人への悪口を言うのに使われだしていてうんざりする。
ブクマにもあったけど「君はバイトに過度の期待をするフレンズなんだね!」とか
Twitterでも「遅刻してもなんとも思わないフレンズなんだね、すごーい」とか言ってる人居たけど(なお遅刻したのは自分ではないぞ念のため)
吸ってる人いるのに禁煙にしてるとか大嘘ついて保険料とってるって詐欺だよね、完全な。
こないだ大学病院の外でスクラブ着た若い男の人が吸ってたけど、この寒空の下でそこまでしてタバコ吸いたいのかって呆れた
後警備員とかね。
副流煙までいかなくても、あなた方の臭いでこっちの健康が害されるってなぜ分からないの?
「副流煙で非喫煙者の健康に害を及ぼすからやめろ」というのは理解できるにしても、
副流煙が出ないiqosを「臭いからやめろ」というのは全く理解できない。
「臭いからやめろ」というのであれば、ニンニクを食った奴は人前に出てくるなという話にもなる。
「自分は社会の被害者ではなく加害者である」って自覚をしっかり持つ方がよほどうまくいくぞ。
世の中の人間は別に好き好んで発達障害を同僚にしたわけじゃないんだから、
発達障害者の個人的なこだわりよりも仕事を円滑に進めることを優先してくれ。
やれって言われたことに個人的な思い込みで条件を勝手に追加して、
全然違うことをやってきたことに怒られるぐらいで不服そうな顔をしないでくれ。
そうじゃないよ! 性や生殖に伴うエゴとか動物的・本能的な部分と、授かった命の尊さは別問題である、という具合でうまいこと折り合いをつけてほしいってことです。うまく説明できないけど…
正しい性教育の在り方みたいなのは全然わかんないけど、「君の誕生はお父さんとお母さんのエゴの結果ではあるけれど、すくすくと成長する君を私たちが愛しいと思っているのは本当だ」みたいな感じだったら納得感があるかな…? どうだろう?
思春期がキレてると思って読んでほしい(17歳・恋愛経験なし)。
人間の生殖ってほんとは理性より情動本位だし、人としての尊厳より動物的本能の上に成り立つものでしょ。性は一方ではコンテンツ化・商品化された浅ましい娯楽で、他方では「愛する人のことが欲しい/満たされたい」という愛欲、情欲、独占欲…?(いい感じの語彙がない)的なエゴの結果じゃん。
性自体が本来そういう性質のものなのに、建前上・教育上だけ変に神聖化して尊いことみたいに扱うのは欺瞞だと思う。自分と異性の身体を大事にしなさい、なぜなら性は高潔で特別なものだから~~とか教えられても綺麗ごと言われてる感がハンパないし、小学校のとき廊下に貼ってあった人権週間のポスターくらい心に響かない。本心じゃない言葉を子どもに呑ませるのは大人としてすごく不誠実な態度だ。
性教育についてググったら「どう教えたらいいかわからない」「できれば専門家に任せたい」って書いてる親がたくさんいた。我が子に対して胸張って性を語れないのって、本心では性に対して後ろめたさを抱いている証拠じゃないかと思う。子をつくる行為が人として自然かつ尊いことであって何も恥ずかしくないんだってきちんと確信していれば、君はこうして生まれてきたんだよってちゃんと自分の言葉で話ができるはずだよね? そのへん自分のなかでちゃんと整理がつくより先に子どもをつくるのはどうなのかと思ってしまう。
という前提で喋る、恐らくマイノリティではない人を見掛けるともにょる。
自分はアセクシャルでノンポリ。というか政治的な雰囲気を纏う全ての事柄を嫌悪しているので
一緒に居酒屋とかご飯食べに行ったりすると、吸った煙草を吐くときに上むいて「フゥゥゥゥゥ〜〜〜〜〜〜ッ」って。
あれなんなの?いや、意味ねーし。普通に煙こっちに落ちてきてんだけど。
横向いたりするやつもいるけど。
こないだ行った居酒屋で、隣の席の客が、同席者に気を遣ってか横(我々の席の方)に煙吐いてて
あと最近見かけるのが「アイコスだから迷惑かけない」ってドヤ顔で言うやつ。
いや、普通にくせーんだよ。
むしろ慣れ(てしまっ)た煙の臭いとは違う、なんか変な独特な臭いがして逆に気持ち悪いわ。
そもそも、煙草は嗜好品だろうが。なんで趣味で吸ってるやつらの権利を保障しなければならないのか。
煙草が病気の治療薬なのならわかるよ。それで病気が治るんならまだ納得できる。
なんでそんなやつらのために公共のスペースを使って喫煙所を設けてんだ?
こういう主張をすると反論を受けるのであらかじめ想定質問と回答を記載しておく。
これはまあ割ともっともな意見だとも思う。リスクがある場所に自ら行っているのだから。
自分も喫煙者と一緒に食事をしたり、喫煙OKの居酒屋に行ったりするときは覚悟している。
また、居酒屋側としても、喫煙者に迎合してビジネスをしているのだとも理解している。
まあ帰って来て服に煙の臭いがついてるとそれで萎えはするけどな。コートとか、なかなか洗えないから困るんだよ。
どちらかというと上述のような、気遣いふうのことをするのが理解できない。
堂々と吸えよ。なあ。悪いと思う気持ちがあるならそもそも人の前で吸うんじゃねえよ。
この意見がエスカレートして「喫煙者と絡むな」とか極論言ってくる人間もいるが、
社会生活をしている以上無理だろそれは。滅茶苦茶なこと言うなよ。
特にオフィスワークをしている人間はもっと気を遣え。近くに座られると臭いんだよ。
「アイコスだから」じゃねーんだよ。喫煙所行ってる時点で煙身にまとって帰って来てんだよ。
だいたい非喫煙者って言葉自体なんなんだよ。なんで普通の人間が逆に非って否定されてんだよ。
こっちが悪いみてーじゃねえか。
いや、ニコチンが切れてストレスになって、それを満たしてるだけだろ。依存してるだけじゃねーか。
後者の意見を言うような人はちゃんとしていることもあるが、それでも煙草臭がしないということはなく
〜〜〜〜〜〜
さて、ここまで煽り口調で書いて来てしまったのだが、自分には根源的に
「嗜好品である煙草を趣味で吸っている人間の権利がなぜここまで保障されており、喫煙者はそれをさも当然かのごとく主張してくるのか」
という疑問があり、どうしてもそれが知りたかったのだ。
意見がたくさん集まったらいいなと思う気持ちもり、多少煽り気味で書きました。すんません。
「なぜ権利が保障されているのか」は利権とかも絡んでるんだろうけど
その権利を当然のごとく振り回してくる喫煙者にはほとほと嫌気がさす。
喫煙者のみなさんはどうお考えなのですか?