はてなキーワード: ブラックバスとは
今も指摘される“密放流”、10年に一度の漁業権切り替え──「ぜんぜん終わってない」ブラックバス問題
https://news.yahoo.co.jp/articles/6fe43862b7fbba7cc22587186e57c69c7ab05ba4
正直に言えば、
バザー目線、というか俺目線になってしまうけどやっぱり政治家を擁立できない主義主張は滅びがちだなぁという点
大体の企業や団体は、自分達有利に働けるようにそう言った議員を応援するいわゆるロビー活動ってやつを行ってるし
釣り業界でもそういうのはあるんだろうけど、そこにバス釣りが入ってなかったり入りづらかったりすることを考えると
それをバス釣り業界全体でもしっかり行っていったほうがいいかなって
確かにブラックバスは日本の在来種にとって大きな悪影響を及ぼすかも知れない、というかしてるんだけど
だからと言って""俺""の趣味が奪われていい理由になどならないわけで(馬鹿みたいな理由だけど大事なことなんよ)
今必要なのはブラックバスとの終わらない駆除合戦より在来種を増やし、保護する施設を増やしていくことだと思うんだよね
別にバザーたって在来種のことをぞんざいに扱ってるわけじゃないんだよね知らないだけで、でもブラックバス問題でもよく知らないけど排除の方向に考えてる人だっている
特にメディアで取り上げられるとどうしても「バザー死すべし慈悲はない」っていう意見で盛り上がっちゃうんだよね(ぶっちゃけインタビューに答えてる人とか書いてる人も真面目にやってるんだろうけど、受け取り手が怒りをエンタメにしてる感がすごい)
一時期のブームから衰退したとはいえ、今でもバス釣りは若い人を中心に一定の人気があるわけで
性格の悪さ→謎の確信に満ちた絶対的人格破綻は貧乏人には身につかない
能力の高さ→親ガチャ成功で無数のレールに乗れる相手に貧乏人は勝てない
能力の低さ→貧乏に生まれついても淘汰されない弱さには下限があるが金持ちの家だと生まれつき植物人間でも生き延びれる
経験の貧弱さ→全てから引き離され完全に飼われて過ごすのにも親の財力や権力が必要
時間の豊富さ→効率の良い教育により幼少期の段階から有利で社会人になったら親の金でニートも可能
時間の切実さ→親に決められたスケジュールにより拘束された人生を送るパターンは貧乏人には縁遠い
存在の近さ→経験と時間の豊富さにより「同じ体験をしている」を多くの相手に発動可能
うん……駄目だわ……
「金持ちが貧乏人のふりをしてた!騙された!俺は貧乏だと思って応援してたのに!」みたいな話題が続いてる気がするのでふと思考実験をしてみたがもう無理だな。
ブラックバスの放流された池で既存の魚類が天下を取ることはねえわ。
全部食われちまったよ
『何者かになりたかった自分が経てきた趣味一覧』(anond:20210614025554)がめちゃくちゃ刺さってしまい、しんどいお気持ちを供養したくなったためこの文章を書いている。おそらく十番煎じくらいだろう。気づいたらとても長くなってしまったが読む価値はまったくないことをあらかじめお断りしておく。
ある日突然父親が買ってきたのを触らせてもらっただけなので、自ら強い興味を示したわけではないが一応リストに加えておく。典型的なFコードで挫折した組である。
今でも不意に「弾けたらいいのにな」というお気持ちが襲ってくるがこの時の経験のおかげで衝動買いに至らずに済んでいる。ちなみに父親もすぐ飽きた。
その昔ドラムマニア(初代)という音ゲーを始めたことがきっかけで本物のドラムにも興味を持った。マイスティックはそんなに高価でなかったしゲームにも利用できたためあっさり購入した。
ドラムのできる友人としばらくスタジオに通ったがそこまで本腰が入ることはなく音ゲーから気持ちが離れるとともに練習へのモチベーションも薄れていった。
先ほどと同様、ふと「叩けるようになりたい」という感情がむくむく湧いてくることがあるため、家にはスティックと小さいカホンだけ存在している。いつか代々木公園でピクニックに行って友達と酒飲みながら何かしらを演奏したいとか考えながらしかし練習はしない!
ピアノにも憧れた。高校生の時バイトして貯めたお金で電子ピアノ(YAMAHA P-250)を突然購入し両親を驚かせた。それと同時に地元の島村楽器のジャズピアノクラスに通った。序盤の単調な訓練にモチベーションを継続できず、おそらく半年くらいで挫折したと思う。
その電子ピアノはなかなかに高額だったため、その後一人暮らし⇒同棲⇒結婚とライフステージが変わっても処分することができず(いつか時間ができたら再挑戦、みたいな気持ちもある)今も手元に置いてある。妻がピアノを弾けることがP-250君にとっての唯一の救いであろう。
音ゲー(BEMANI)で色々なジャンルの音楽(クラブ系に寄っているが)に触れる中で音楽への関心が高まっていった。さらに当時はBMSという自分で作った曲をBeatmania形式で遊べるようにする二次創作・同人的なアクティビティも一部界隈で盛り上がっていたため、それが自分も作曲できるようになりたいという思いを強化した。
典型的な形から入るタイプでギアにもこだわった自分は、当時おそらく最新だったDTM用音源モジュールYAMAHA MU1000を手に入れるも、独学では進め方がまったくもってわからず、文鎮と化すのにそう時間はかからなかった。
上と関連するが都内に音楽理論を学ぶ塾みたいなところを見つけて大学生時代に通っていた。歌が好きだったため音感を良くしたいという考えもあった。
説明はとてもわかりやすいし、どうすれば上達するかという道筋もきちんと見せてくれるところだったが、理解することと身につけることとの間には大きなが隔たりがあり、大学やアルバイトとの両立も当時の自分には難しかったため、志半ばで解約するに至った。
小学生の頃、グランダー武蔵という漫画を読んで主人公と同じギアを買った。
ブラックバスがいるという県内の沼に一度行ったが根がかりばかり起こすしまったく釣れないためすぐに飽きた。
またまた父親が唐突にレンズセットを買ってきて一緒に使わせてもらったのがきっかけでハマった。当時はCanon EOS Kiss Digitalが10万円台になりデジタル一眼レフが一般人にも手が届きやすくなった最初のころだった。それでもまださほど普及していなかったため、大学でカメラを向けると「おぉ、本格的なやつだ!」と周りの注目を浴びた。それに気をよくし、いつでもどこでもカメラを構えていたらいつの間にか金田一少年の佐木のようなポジションになっていた。それでも役割が与えられた気がして楽しかった。センスはまるでなかったが基本的なしくみや構図は身につけたので何も知らない人から見たら上手だと言ってもらえた。お金もなかったので安い単焦点だけは買ったがさほどレンズ沼にはハマることはなかった。
やがてスマホのカメラの性能が上がってきたこと、SNSの台頭ですぐにシェアできることが重要になっていったことなどから、スマホカメラにシフトしていった。余談だが初代GoProも輸入して買ったが大して使わずに人にあげた。
後述する筋トレとほぼ同時期に始めた。理由は筋肉がついていく中で、強くなる技術も身につけたいと思ったのと、なんとなくカッコよかったから。三十路を過ぎてここまでくるとさすがに自分の性格は把握しており、そう長くは続かないだろうと一年だけと決めて始めた。
基本的なフォームを覚えて生徒同士でミットの打ち合いをするのは楽しかったがスパーリングになると打たれるのも打つのも怖くて、一年限定にしておいてよかった、と思った。
書きながら自分のダメさ加減にさらにしんどくなっている。なお、趣味ではないが公務員試験と公認会計士試験と税理士試験と米国公認会計士試験も課金しながら挫折した。「才能のない怠け者」というトラバ見ておっしゃる通りですごめんなさいって泣いちゃった。
楽器系は序盤の基礎中の基礎みたいなところでモチベーションを保てなくなってしまっていた。スモールステップ大事!最近は「初心者が100日継続した結果」みたいな動画をよく見てる。
資格試験も授業聞いて分かった気になるものの実際に問題に取り組むと全然解けない。反復練習大事!
あとは「選択と集中」も苦手だ。いろんなことに興味が出てしまい、できもしないくせに同時進行しようとしてしまう。二兎追うものは一兎も得ず!
関係ないかもしれないけど何か一つのことを突き詰めるスペシャリストよりは、いろんなことを器用にできるマルチな芸達者に憧れがち。 DonDokoDonのぐっさんとか。
もう一つ、他の増田も指摘してたことだけど、一緒に頑張る仲間を作ろうとしなかったのも挫折が多い原因だと思った。どうしても人知れず練習していつの間にかできるようになっていたいという気持ちが出てしまっていた。寂しがり屋のくせになんでそん時だけ一匹狼しぐさきめるんだバカものが。
これを書きながら思い出したが昔は歌手になりたいと思っていたのだった。年を重ねていく中で自然と諦めがついて忘れていた。ボイストレーニングに通っていた時期もあり、人前で歌うとそれなりに褒めてもらえるくらいにはなった。カラオケは安いしどこにでもあるため、いつでも気軽に楽しめる大切な趣味のひとつになっている。
ずっと痩せ型だったのに、ある時雑誌Tarzanの脱げるカラダ特集の表紙の読者モデルを見て筋トレに目覚めた。正しいフォームを教えてくれる先生が近くにいたり、通いやすい場所にジムがあったりと環境が整っていたため、初心者の状態からベンチプレスで自分の体重と同じ重さを挙げられるようになるまではあっという間に成長した。今は訳あってジムには通えていないが家で自重トレーニングを続けている。
趣味と言えるか微妙だが細く長く興味を持てている分野。昔は毎月ファッション誌買ってブランドやセレクトショップも行ってたけど今はほとんどユニクロや無印。オシャレと言われるより洗練されてると言われたい。その願望は達成できていると感じる。
最近はレーザー脱毛をした。こういうのの良いところは課金さえすれば努力なしで昨日とは違う自分になれるところだ。そんなに歯並び悪いわけではないが次は歯列矯正をしたいと考えている。
そのころに、市内に住んでる人が滋賀をバカにしてるというのは、ぜんぜん風説ではなかったことを知った。
びっくりしたのが、当時のバイト先の正社員の人が滋賀ナンバーを「ゲジナンやしな。きもいわ」と言っていたこと。
「滋」の字のつくりのところがゲジゲジしていて気持ち悪いので「ゲジナン」と呼び、蔑むそうだ。
彼女の滋賀への悪口はこれにとどまらなかったが、ナンバープレートの漢字の一部がゲジゲジしてて気持ち悪いって、
土地をこきおろすなんかの根拠になるとは思えないので、なかでもこれが一番理不尽に感じた。
ぜんぜん関係ないけど彼女は巨人ファンで、乳輪が大きい人を滋賀と同じくらいバカにしていて、キムタクの遺伝子を残したがっていた。
元気かな…
のちの夫になる人間ともこの頃出会っていたが、彼も滋賀の悪口をたまに言っていた。
ブルーギルとかピラティアとかの外来生物は、滋賀県民が給食で食べて責任もって駆除すればいいと、バカにした感じで。
その数年後、滋賀のどこかの小学校が、琵琶湖のブラックバスを食育の一環で給食で食べたという旨をネットニュースで読んで、
ひょうたんからこまっていうか、うそから出たまことっていうか、厭味から出たイノベーション? っていうか、なんか複雑な気持ちになった。
ふたりとも、土地や地域については異常なこだわりや誇りがあるっぽくて、バイト先正社員の人は、京都・大阪・神戸以外は「関西」じゃないと言ってた。
そもそも、「関西」っていうのが果たしてブランドなのか謎…なのはおいといて、じゃあ奈良とか、それこそ滋賀とか、その他のところはなんなんですか、ってきいたら「近畿」とのこと。
なるほど。
京都の学生は全国から集まるので、友だちは他県から来た子ばかりだった。
学生の時出会って、親しく口をきくようになった京都市内在住の人はこのふたりくらいだから、出会った二人が二人とも同じようなこと言ってるのにはそれなりのインパクトがあった。
あと一人、向日市の人と友だちになったけど、向日の彼女がそんなことを言う場面には一度も出会わなかった。
ふしぎなのは、そんなことを言うバイト先の正社員の人とも夫とも、さほど付き合いづらさを感じなかったということだ。
バイト先正社員の人も、滋賀の件はともかく、仕事はとても丁寧に教えてくれたし、一緒に仕事する上でなにか理不尽と思うようなこともなかった。
ふたりとも、普段、底意地悪いな~とか腹に一物あるな~と感じることはなく、むしろ特定の地域を無根拠にバカにしていることを隠さず、
堂々と口にしている様は「底意地が悪く本音を隠す」という態度とは正反対に思えていた。
(乳輪が大きい人をバカにしてるとか、そうそう他人に言わなさそうなことまで教えてくれたし…。)
そう言いつつも、他県をナチュラルかつ無根拠にバカにしている人に、ただ学生生活を送るだけで出会ってしまう場所に永住するのは、
その実態を部分的であっても知っていて、その上で自分で決めたとはいえ不安…。
だから、学生生活以外で、他の地域から越して継続的に住んでる人がどんな感じで周囲と付き合い、すごしてるのかにはすごく興味がある。
もしそんな人が読んでたら、どんな感じですか?
ちなみにふたりとも洛外の人たちで、バイト先の人にいたっては桂に住んでいた。
京都ヒエラルキー階層的にはトップであろう「洛中」から大きく外れていても、そんな調子だ。
洛中出身の知人はいないので、そこら辺の人たちの感覚はよくわからない。
洛外の人間でこの調子なら、さらに苛烈なことを思ってそうだなという気もするし、まったく違うなにかがあるのかもしれないが、わからない。
夫は、滋賀をばかにしている(※というか、京都市内である伏見竹田もばかにしている。あのへんは京都じゃないらしい。)割に、
京都が嫌いでいつかは出て行きたいとも常々言っており、なかなか複雑なんだなと傍から見ていて思う次第。
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どうでもいい追記
ブコメ笑ってしまった。本当に間接的なところでどうしようもないんだが、私自身は滋賀好きです。いちばん好きなのは竹生島。