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2012-02-08

http://anond.hatelabo.jp/20120208021537

いるいるwww俺の周りにも何人かい

何かにめちゃくちゃ秀でた人ってある面ではビックリするほど不器用だったりすることが多い気がする

天才のことは凡人には理解できないんだろうなと思うことにしてる

2012-01-30

先日、とあるプロジェクトに短期間関わったのだが、その時一緒に働いた仲間に恋をしてしまった。


彼はおせじにもイケメン…って感じではなく、どちらかといえば落ち着きもなくフニャフニャしゃべるような不器用で情けないタイプ


だけど仕事に取り組む姿勢はとてもマジメで私の出すどんな無理難題に対しても、うへぇー…なんていいつつも、文句も言わずガッツリしっかりこなしてくれた。

時々、私の手落ちで徹夜作業になってしまった事もあったが、翌朝になって私に会うとボロボロの髪の毛を手でかき混ぜながら、

例のフニャーとした声で

「あの機能、できあがりましたよぉー…」

なんて、ニコリと笑って言ったことなどいまも忘れられない。


そんな彼の様子を毎日見ているうちに、私の胸は高まりときどき彼の事を思い出すだけで心臓の鼓動が早くなることにいつしか気づいた。


これは…やはり、恋なのだろうか?


担当したプロジェクトは彼を始めとした仲間の活躍で結局つつがなく終わり、チームも解散。


いまでは、彼と時々会うぐらいの関係に戻ったが私は彼に会う度、胸が熱くなるのを感じ、別れるとき、とても寂しい気持ちになる。


こんな苦しい感情、すっかり忘れてしまったがいったい何時ぶりだろう?


この想いを抱き続けるぐらいならいっそのこと玉砕覚悟で彼に告白してしまいたい。


しかし、私は妻子ある身。


もし彼が告白を受け入れてしまったなら、私が少しずつ大切に築いていった家族の絆崩壊することは間違いない。


かといって、こんな想いにとらわれる事は苦しすぎる…


ああ。私はどうすれば。


もしできるなら、普通女の子と恋に落ちたかった…

2012-01-28

年不相応な人生

体年齢精神年齢は、よく分けて比較される。

そして双方が車の両輪の如く、ほぼ一致していることが理想的なロールモデルと言われるようだ。


ちなみに自分は、精神年齢が非常に幼いとつくづく思う。

大雑把に言って、肉体年齢の2/3くらい。

その幼さ故、正直かなり行き詰まりを感じている。


振り返れば、小学校高学年の時点で戦隊物やドラえもん卒業していなかったし、中学生になってもコロコロコミックがプッシュするビックリマンシールに興味があったし、高校はファンタジーラノベアニラジモータースポーツにハマり、大学テレ東アニメ声優プレステゲームに耽った。

20代はその延長で真面目系クズ社畜としてヘタレ仕事しつつ深夜アニメを毎週チェックし、一方で今更服や髪型に凝り出す。30になったくらいかアニメそのものほとんど見なくなりニコ動シフトした。


そして30代半ばの今。

肉体的には美容院アンチエイジングスカルプを施し、徹夜ができなくなり、下腹部の膨らみを恐れる状態なのに、見た目的には大変幼いのか、現役の大学生とかから確率院生に間違われる。仕事では年下から「ずいぶん若いのが来たなあ・・・」と思われたこともあった。

流石にアニメにはどっぷり浸かってないけど、それでもけいおん!まどマギやISやあの花面白いと思ってしまった。

そんな調子なのでもちろん未婚だけど、いい加減落ち着きたい。「一人は寂しい」と思ったときは手遅れだろうし。


要するに自分は、小学校低学年でドラえもん戦隊物を卒業し、高学年をコロコロファミコンで過ごし、中学高校でジャンプサッカープロ野球を楽しみ、大学でトレンディドラマ()とミリオンセラーJ-POP()をハシゴしつつコンパバイトに明け暮れ、20代後半で結婚して、今は子供が2人いて仕事では役職持ちみたいな、自分の世代にとってごく一般的な道からは、全く外れた人生を歩んできたわけだ。


お陰で、若い人とはそれなりに気が合うものの、周囲の数少ない同年代はいつまで経ってもスムーズコミュニケーションを取れないどころか、年を追うごとに相手は大人・自分子供という精神成熟度の差を実感するようになるばかり。

ましてや年上の人からは完全に舐められ、軽く見られている。そりゃ年齢の割には不器用だし甘ったれだし色々迂闊だし「こいつは本当にいつまでもガキなんだよなあ。もう少し大人になれよ・・・」と思われるのも無理は無い。


多分、肉体年齢精神年齢乖離はこれからどんどん酷くなる一方だろう。精神の成長速度が肉体のそれより著しく遅いのは、これまでの自分歴史で明らかだからだ。

まり、このまま行けば30歳の心を持つ45歳、40歳の心を持つ60歳、50歳の心を持つ75歳という具合に年を取り・・・もはやホラーだが、ほぼ確定の路線と思われる。

正直言って怖い。

こんなはずじゃなかったのに・・・


そうは言っても、これまでもこれからも、他の人と交流しながら年を重ねていくしかないのだが、問題は交流する相手だ。

一体、どういう人達と付き合っていけばいいのか、皆目見当もつかない。

子供じみている自分と、付き合う相手の人生が、お互い少しでも良い方向に変わる可能性のある交流ってなんだろう。


人生の折り返し地点まであと数歩に迫り、悄然とする自分がいる。

2012-01-25

http://anond.hatelabo.jp/20120125204544

それ脳内出血かもしれないよ

口が不器用になって食べ物が刺さったり口の中噛んだりするのは

程度が激しかったり繰り返しあったりするなら脳内出血を疑った方がいい

2012-01-13

http://anond.hatelabo.jp/20120113203506

友達に誰かの悪口を言われたら、その悪口を言われてる人の良い面を無理矢理にでも見つけ出して誉めるようにしてる。

「その人と付き合っていくのはストレスで大変だろうけど、その人は行動が不器用なだけで本当は違う真意があったのかもしれない。あまりネガティブに考え込まずに前向きに考えよう。」って感じで。

そうしてると、友達が誰かによって被害を被って本当に迷惑しているような時は相談してきてくれるけど、話の種として他人の陰口を楽しむような人は自然と離れていくようになるよ。

他責的であることは歪んだ自責の裏返しである

他責的であるということは、歪んだ自責の裏返しなのではないか


私自身にもその傾向があるが、何事も他人の責任にする人がいる。


から見れば迷惑この上ない人だが、実はその人の心の奥底では、自分自身を強く責めている何かがあるのではないか。そして、その何かが必要以上に自分を責めてしまうので、心のバランスを取るために、その負のエネルギーを内部で処理できずに、外に向かって吐き出しているのではないかと感じる。


私が何故そのようなことを思いついたかというと、今日たまたまNHK教育テレビ自閉症家族ドキュメンタリーを観たからだ。

障碍を持つ家族がいるために、色々と振り回される。そして、誰も責める相手はいない。そのような状況の中で、不器用な人は上手く処理できず、「上手くいかないのは自分が悪いのではないか」と思いつめてしまう。自分の中に負の感情を溜め込んでしまい、負のスパイラルに落ち込んでいるようにも感じられた。


私自身も両親が障害者だったこともあり、ドキュメンタリーに出てきた家族の気持ちは少しわかる。

私も両親に対する怒りを感じることがあっても、「障害者から仕方が無い」ということでどこか自分の中に押さえ込んでしまう癖がついていたように思う。

そのために、それが歪んだ形で外に向かうこともあった。

現在は両親は亡くなり、そのときの気持ちを客観的に見ることが出来るようになりつつはある)


器用な人であれば、上手くそ理不尽さを乗り越えられるかもしれないが、コツをつかめない自分のような人はどんどん不満を心の奥に溜め込んでしまう。


からこそ、他責的であるというのは一つのシグナルだと思うのだ。

そういう人が職場身の回りに現れたら、まずその人自身が自分自身を見つめなおすように促す工夫が必要だ。

下手をすれば、その人は一生中二病的な状況から抜け出せず、一生を棒に振ってしまうかもしれない。

取り留めの無い文章ですまぬ。

2012-01-11

http://anond.hatelabo.jp/20120111110643

高2の長女をヤリ捨てする高3の先輩

父の不倫、母の自殺、次々受けるストレスに苦しむ長女。

そんな長女を、部活の先輩が相談に乗るふりをしながら口説き落とし、呼び出して繰り返しセックスした後、

長女から依存が面倒になってくると、今度は別の後輩を口説きはじめた。

裏切られたことを知った長女は先輩に別れを告げるが、はたから見れば"身体目当てのヤリチンにヤリ捨てられた"でしかない。

まず重大な事実誤認が。

長女と先輩は母親のこと以前から付き合っているという設定です。

母親の死の真相にショックを受けた彼女相談に来て泣いている肩をそっと抱いて・・・というのは

不誠実と言われればそれまでかもしれないが、そこまで非難されることでもないと思います

そもそも長女の側にも、父親へのあてつけのために男に抱かれたいふしがあったわけだし。


長女はかなりのウザキャラで、父親を嫌悪し家から追い出すのはわかりますが、弟妹にも父親に会うことを禁じたわりには

世話をするわけでもなく、自分は面倒な家から逃げて男に走って朝帰り、弟妹と喧嘩をしては怒鳴り散らすありさま。

メンヘラ度合いも進行していき、先輩に一方的に悩みをぶつけたり、体目当てじゃないよねと問い詰めたり

うんざりした先輩が、じゃあそっちは俺の話を聞いてくれたことあるのかよというと、私のこと嫌いにならないでと泣き

最終的に駆け落ちを言いだして先輩をどんびきさせます


先輩が女をとっかえひっかえするヤリチンかのような言われようですが、実際は部室で彼女最近ヤバイという愚痴を後輩にしていたら

「じゃああたしと付き合っちゃいます?」という悪魔のささやきをうけてその気になっちゃっただけです。しかも長女乱入により未遂。

長女に目撃されて開き直れるほどワルでもなく、後日弁解に行き、精神の安定を取り戻した長女から

私は現実を忘れるために先輩に依存してただけでしたと、正式に別れを切り出されます

よくもわるくも普通の気の弱い高校生という感じで、エキセントリックな登場人物が多いこのドラマでは1、2を争う普通の人だと思います


ミタにヤらせてと命令する中学生長男

長女同様、家庭内不和からストレスを受ける長男

苛立ちをバスケ部の後輩たちにぶつけ、キャプテンとしての人望は失墜。ユニフォームゴミ箱に捨てて非行に走り出す。

そして更につのった苛立ちを、ミタにヤらせてと命令してぶつける。

ミタの脱衣の途中で現場を長女に見つかり、強く非難される。

これはあくまで命令を何事もなく完璧にこなすミタが癪にさわり、何か無茶な命令をということで行われたものであって

本当に服を脱ぎだした時のキョドりっぷりからみても本気でヤる気などまったくなかったのは明らかな描写だと思います

のちにミタが自分本心をわかってくれたことに感動して泣き、部員全員の前で謝ってバスケ部に戻ろうとするなど

これ以上なく素直でいい子に描かれてると思います

力の誇示のために女をヤリ捨てる父の同僚

"父"との不倫職場でバレてしまい、四面楚歌の状態で出勤する女性を、

父のライバル的な存在の同僚が弱みにつけこんで口説き落とし、肉体関係に持ち込む。

その同僚は出世のため常務の娘との縁談をまとめており、その女性の相手をまともにする気など全く無かった。

要するに"父"への当て付けのために抱いてみただけであった。

女性会社を辞め、有名企業社員からビラ配りのバイトに落ちぶれる

こいつはわかりやすい悪者で、常務の娘が本当に好きだった元恋人結婚式に乗り込まれ花嫁強奪されるという

わかりやすい天罰を受けます。追いかけて転ぶ時の転びっぷりは一見の価値あり。

セリフもいちいち過剰で非常に漫画チックなキャラですので、あまり男性嫌悪とつなげて考える人はいないんじゃないでしょうか。

どうでもいいけど、不倫女役の野波麻帆エロ薄幸オーラがすさまじいので、あの境遇もさもありなんという感じで余り同情できません。

おのれの弱さを直視できず怒鳴り散らしてばかりの母方の祖父

娘、義理の息子、孫など、相手を問わずすぐに怒鳴り散らして威圧し、嫌われている祖父。

死んだ母の妹にあたる叔母のことも絶えず怒鳴り散らしていたため、

叔母はいつでも笑顔だが、常に人の様子伺いをして媚びまわり、ネガティブ感情を一切発露できない人間に育ってしまった。

頑固で分からず屋で怒ってばかりだけど、実は不器用なだけで愛情にあふれてて、一度たがが外れると急速にデレ化する。

まさにステレオタイプ中のステレオタイプ、THE頑固親父です。

これが駄目なら日本お話の多くはどうなってしまうのか。

ミタにつきまとって肉体関係を迫り、ミタの家族を殺した弟

ミタの母と義父(ミタ実母の再婚相手)との間に出来た種違いの弟はミタに執着していた。

弟だけでなく、義父からも肉欲を抱かれていた。

ミタは愛する男性結婚して息子をもうけ、幸せ暮らしをしていたが、弟から執拗に肉体関係を迫られるようになる。

それを拒絶したことで弟は逆上し、家に火をつけてミタの夫と息子を焼き殺し、自殺してしまう。

ミタの両親とミタの夫の両親は息子を失って嘆き悲しみ、全てはミタが悪いのだと責める。

ミタの笑顔が男を誘うから不幸を招くのだと刷り込まれ、ミタは感情を失った。

回想シーンすらなく、ミタのセリフの中にしか登場しない弟。

焦点は一生笑うなといった夫の母親と罪の意識を感じ笑うことを捨てたミタであって

弟の存在はすごく希薄です。話の都合上、原因を作るために登場させた感ありありで

ほとんどの視聴者にとって感情移入の対象になってないと思います

2012-01-09

いつもの増田不器用人間好き

人との関係の持ち方や、思考が硬直化してストレスとか抱え込んでる人間エントリ大好きだよな、お前ら

「~~こういうことで困ってるんです もう疲れた」みたいな趣旨エントリあると

「~~こうすればいいよorこう考えればいいのに」とか言う

傲慢なの?何なの?

少しでも上に立ちたいの?

最初発言者功労者だな

何百人の人間自尊心を満たせるんだから

その代わりに、見当違いの上から目線の役にも立たない助言を受けなきゃいけないけどね

お疲れ様だよほんと

2011-12-19

出生以来、こんな自分にも初めての恋人ができ3ヶ月。未だよくわから試行錯誤の日々が続いてる。

だが特に最近は、付き合い始めてからずっと心身共にお近づきになれない状況が続いてることにヤキモキしている。

色恋に全く出会わない人生を長く続けたことで染み付いたキモイ童貞思考のお陰で、性的行為イチャイチャまでは行かなくとも(究極的理想ではあるが)、身を寄せ合ってアハハウフフするような関係を想像してた。ただ実際は違った(この童貞思考にツッコミ所があるのはわかってる)。

バッタリ会っても、メールでも、数少ないデートでも、特に人前では素っ気ない態度を毎回とられる。目線をあわせてくれることも少ない。厳密には、意図的に意識しないように努めが隠しきれていない素っ気なさ、か。超奥手な自分勇気を振り絞って、手を奪った時も、そこはかとなくそんな感じだった。

以降、身体的な距離を縮めることは「あー嫌なんだろうな」と思って躊躇してしまうようになった。同様に心的距離も縮められない。だからこの3ヶ月、一般的な彼氏彼女のような「振る舞い」をしたことは、手を握った一度を除くと、カミからシモまで、ない。

独りよがりではあるが、それが個人的には凄いさびしいし、物足りないし、嫌われてるんじゃないかと何度も思う。

そもそも相手は(自分もだが)結構な奥手志向から、思い切った一歩を踏み出せないというのはある。ちなみに彼女は大人しく、真面目で、性に関する知識が全くない箱入りで、恋愛に疎く、だいぶ鈍感な、まさに現代日本にこんな人がいるなんて…という感じの女性

この間二人で飲んだ時、酒の勢いに任せて本音をぶつけてみた。そしたら珍しく酒に酔った彼女が「確かに…だけど(「好き」と言いたかったらしいが、恥ずかしいらしくゴマカシてた)、『彼氏』と認識できない。悪い意味じゃなく、『友達の延長』のような感じ。増田全然悪くない、全部私の性格の問題。ゴメンね」と言っていた。

それを聞いた時、先の童貞思考をもった自分は、ドゴォッとぶん殴られた気がした。この高裁関係でも自分は「彼氏」ではなく「友達の延長」なんだ…じゃあこの関係は形式的なものなのか…なんで付き合ってんだ…と、自分が相手に抱く感情とのギャップにショックだった。自分も、いやむしろ自分には、至らない所がたくさんある。こんな不器用でどうしようもない人間告白してくれたことに、形容できないくらい感謝してる。だからこそ大切に、一生懸命尽くしたいと強く思う。しかしそんな自分の想いが一方的に空回りしてる感じなのかな…と正直落胆した。

その数日後には「自分増田の期待に応えられない彼女であることはわかってる、申し訳なく思う」というメールもきた。

まり彼女は、(たぶん)嫌ってはいないようだが、自身の性格(推測するに己の羞恥心?)によって心身的距離は縮められないようだ。

つい最近クリスマスの予定をメールで話し合った。彼女は「クリスマスって何やるかわからない。いつものように『普通』じゃダメなのかな…」という内容を送ってきた。ここから、ああやっぱり先の童貞思考は未来永劫叶わないんだ、完全に叶わなくとも心身的にアハハウフフするのは難しく、ましてやこの子性的行為なんて雲の上の上の上の…と確信した。

逆に考えてみれば確かに彼氏彼女の関係における一つの形ではあるだろう、が、やはりここは童貞本能的にヤキモキせずにはいられない。

もうなんだろう。自分彼女を好きだし、関係を続けていきたいけど、一方で多少冷めてないかと言われればウソになる。「まあ色んなカタチがあるよね、付き合いが浅いし時間をかけて一緒に解決していけば」という理性と「あー!もっと寄り添って過ごしたい!一般的な彼氏彼女のように振舞いたい!チュッチュチュッチュ!」という本能のこのディレンマをどうすればいいのか。

煽り耐性のない自分には、手厳しく向けられるコメントが怖いからこんな記事は書き控えていたが、でもやっぱり吐きどころがなくてモヤモヤしっぱなしなゆえ吐いてみた。もうどうにでもな~れ

2011-12-15

http://anond.hatelabo.jp/20111215121221

内科医ってのは内科スペシャリストであって「外科が出来ないから仕方なく内科やってる」訳じゃない。

夢を壊すようで悪いけど、「手先が不器用でとても外科なんかやれない」ってんで内科を選ぶとか、

人間こころを扱うなんてとてもとても、自分みたいなのんきものには荷が重い」っつって外科になったとか、ザラですよ。

仕方なかろうとなんだろうと、やれりゃいんだよ、やれりゃ。逆に言えば、やれないのはしょうがないのよ。



で、本題の

「出来る仕事」ったって、別にその仕事が人一倍出来てその仕事能力だけで雇用から必要とされる訳ではないのなら

「その『元増田が出来る仕事』も、他の仕事も出来る」人間が優先されるのが普通だ。

なのに「他の人間と比べて少ない仕事しか出来なくても他の人間より優先して雇う」のであればそれは「配慮」だろう。

ですけども。

「他の仕事」ができるとかできないとかは話がズレてる。それは関係ない。優先して雇うとかの話に転がらない。

元増田の話では「何が出来るの?それ絶対出来るの?」でつまづいてるから

2011-12-04

http://anond.hatelabo.jp/20111204121102

え?何かおかしいこと言ったか

お前は童貞捨てたい、かつ真剣結婚したい

不器用から出会いとか作れないしそのための手段は結婚相談所とかに限られそうだ

→でも30過ぎの金目当て劣化婆しか登録してない

→25くらいの子が登録してたら楽して若妻ゲットで美味いのにな~、ってなとこだろ?

http://anond.hatelabo.jp/20111204114317

結局さ、

女は25くらいか婚活機関に登録してくれれば不器用なボクでも手軽にそれなりの女漁りにいけるのに、ってことじゃん?

なんかあさましいんだよな、言ってることが。

2011-11-26

武器がない、ということ。

前々から不思議に思っていたことがあって、それに対する自分なりの答えが出た気がするので書いてみる。



よく学校先生とか部活の先輩とかが、

「これだけは誰にも負けないぞ、というもの自分の中に作れ。それが自信になり、お前を支えてくれるだろう」

「なんでもいい、自分だけの武器を持て。それをとことん伸ばせば将来直面する困難にも打ち勝つことができるんだ」

かいう訓示をたれてくることがあった。

多分これを読んでる人たちも、ホームルームだの卒業式だので一回ぐらいはそんなこと言われたことがあるんじゃないかと思う(なかったらごめん)。

俺はというと、それはもう何度も何度も聞いてきた。

かい表現は違うけど、人生の後輩へのメッセージなんて場になると、なぜかみんな上に書いたようなこと言うんだよ。

で、一緒に聞いている同級生も同級生で、うんうん、て頷いてたりして分かったような顔をしてたりする。

あれがさ、俺物凄く不思議だったんだよ。



その「誰にも負けないぞ」っていう特技とか、「自分だけの武器」とかいもの、皆本当にあるの?誰にでも見つかるの?

俺さ、そういうの一切ないんだよ。全く思いつかないんだよ。

学校勉強はわりと真面目にやってきたほうだからぶっちゃけ平均より上だと思うが、それでも自分より頭のキレる奴なんて山ほどいるし、

運動も走りはまあまあ速いけどそこまでじゃないし、球技全般下手糞だし、筋力だって十人並みだと思う。

ルックだってこれと言った特徴のない薄い顔面、しゃべりだって特に人を笑わせるのが得意なわけでもないし、人見知りだから交友関係も広くない。

知識や経験の量もごく普通、手先は基本的に不器用お酒はどちらかというと弱い、チンコだって特にでかくない。

もう、さっぱり自分の中に飛び抜けた特徴とか特技とかが見当たらないんだよ。



そんな疑問を抱きながらもまあ大学院まで出て、なんだかんだで一応希望の職種に就くことができた。

ただ、そこでも仕事に役立つスキルとかも覚えるものの、そんなのは同業者が大体やってることだから自分だけの武器には当然ならない。

周りを見渡したら見渡したで、自分より遥かに技術や知識が豊富な人がわんさかいる。

コミュニケーション能力を生かしてあちこちから良い仕事を取ってくる同僚もいるし。かたや俺は相変わらずの人見知りで世界もあんまり広がらない。

要するに、社会人になったというのに未だに「誰にも負けないぞ」というものも見つからないし、「自分だけの武器」も持てていない。



もし先生や先輩の言うとおりだとしたら、俺はこのままじゃやってけないわけだよ。

自分の今持ってるのはこれだ、っていうのが特にいから、自分がいる立ち位置がそもそもあやふやなんだよね。

今にもがらがらと崩れ落ちそうで、そうでなくても他人に足元をすくわれそうな、そんな危ないところに立っている。そんなイメージ

とにかく自信がなくて、劣等感ばかりあって、毎日いろいろと不安で。

先生や先輩は武器があって成功できていいよな。俺はそんなのない平凡な人間なんだよ。そういう奴の気持ちなんかきっと分かんないんだろうな。

そんなふうに心のなかでくさったりもした。



でも最近、あるきっかけでふと思ったんだ。

立ち位置があやふや、自信の源になるような礎がない。

そんな状態に自分があると認識してるからこそ、俺は今の仕事必死になれてるのかなって。

何だかんだ言っても、俺はやりたかった職業に就けているわけだし、この仕事が好きで、辞めたくないと思っている。

そして今自分は決定的な武器を持っていないから、心の拠り所がない。頼れるものがない。

かと言ってぼんやりしていたらぽろっと脱落しそうだから、今の位置に留まるためにはがむしゃらになるしかない。

自分には何もないからこそ、これを続けるためには、他の奴に負けないためには、もう死に物狂いでやる必要があるんだ。



ある種、ハングリー精神に近いものがあるかもしれない。

今思うと、学生の頃からこれまでも、わりとそんな気持ちでやってきてた気がするんだ。意識してなかっただけで。

その気持ちのおかげで今こうしてちゃんと働けてるんだと、ようやく気がついた。

きっと、何か安心して頼れる独自の武器みたいなものを持っていたら、ここまで頑張れていたかどうか分からないな、とさえ思う。

ああ、俺はこういう戦い方なんだな、ってすとんと腑に落ちた。



まあ、そこに思い当たったからといって、急に今までできなかったことができるようになるわけでもないし、

仕事を続けられる自信を取り戻せたわけでもないんだが、劣等感に打ちのめされ続けた自分精神が、ちょっとは楽になれた。

自分不安定な足場にいることを嘆くより、その事実をまんま受け入れて機動力に変えていきゃいいんだ、って思えるようになった。

それからはもう、上のようにくさったりはしてない。

先生も先輩も知らなかったことを、今自分は知ってる。





俺が誰かの先生になったり、後輩にアドバイスするような機会があったりしたら、こう言おうと思っているんだ。

誰にも負けない特技や自分だけの武器を見つけたなら、それを伸ばせばいい。

でも、そういったものを持っていないからといって、落ち込んだり無理して作ろうとしたりすることはない。

そういう奴にはそういう奴なりの戦い方がちゃーんとあるんだ、って。

2011-11-24

普通の女子大生がなぜ、Google+で「日本一」になったのか - nanapi Web

真性引き篭もり: 普通の女子大生は、Google+で「日本一」になんかなっちゃいない。



他の記事もひと通り読んだので長くなるが思ったことを。

久々に様々な意見が読めて、数年前までのはてなのようで楽しかたから、感謝として。




「わたし、写真が大好きだと思われてるんですが、嫌いですね。撮るのも、撮られるのも」



写真が嫌いで、SNSも苦手だという坂口さん。それでもGoogle+に写真をアップし続けているのは、「就活のため」だ。



大学3年生になり、就職活動を始めたが、「就活でしゃべれることがないんです。好きなこととか、何もなくて。何も好きじゃないし、何もできないから、流行ってることとか、これから“来そう”なことをやろうと。目標に向かって努力した経験や、自己PRが求められた時、なにか印象に残ることが言えたら」。

「恐怖感」という言葉で感じ取り、理解した者もいたことだろうと思う。自分になにもないような気がして焦燥感に焼かれるような時期のことを覚えている者なら。


彼女は賢い女性だ。自己分析も、目標設定の仕方も。早稲田という学歴を手にしたのはなんら不思議なことではないと思う。「意志が弱い」のに「恐怖感」で毎日朝3時50分に起床できる。これだけでも「普通」じゃない。褒められていい。好きでもなく、むしろ嫌いなことのため。けれど、将来に向けて役立つものを作るため。長所で点を稼ぐことでは行けない場所彼女はいるのだろう。弱点を克服してこそ立つことができる場所に。


そして、就活を目前に控えても彼女はその方法論を用いて不器用に「これから“来そう”なこと」を選んだのかもしれないと感じた。この選択に自尊感情の低さを読み取ったとしても、病的と謗るのはどうだろう?彼女自分自分人生に果敢に向かい合っている。安易に楽を選ぶような人ではないようだ。きっと彼女のいる場所では自分と同程度に出来がいいだけでは評価されないのだろう。だからこその課題解決と弱点克服。お前は何者だ。その問いにも、その答えにもおそらく彼女は気がついている。


彼女は結果を出した。Google+Instagramということを差し引いても称えられていいのではないだろうか。確かにそれは誰にもできそうな話だ。お手軽で浅薄にも思える。パソコンiPhoneがあればできる。インターネットは「自分だって」という幻想をもたらすツールだ。ユーザが少ないから、顔が綺麗だったから、学歴があったからということは自分も思った。嗚呼、またカモネギか、と。けれど、そういう一面もあったとしても彼女努力は称えられていい。それがどんなやり方であろうとも自らに欠けているものを獲得しようとしている者の痛ましい努力を。壊れたiPhoneに感じるものはないだろうか?もしかしたら、壊れていたのは彼女だったのかもしれないとさえ自分には思えた。


事実、元記事にはこうも書いてある。


「1日1枚はInstagramに上げないと、というノルマに対する恐怖感で起きています写真を1枚逃したら、私は何もない元の自分に戻っちゃう」

何もないわけがない。そんなに綺麗じゃないか。そんなに有名な大学にいるじゃないかGoogle+で一位じゃないか


ここで大事なのは彼女にとって”は「何もない」ということだ。Google+を取ったら、彼女のいる環境では普通(以下含め)に埋没する。その恐怖感たるや如何ばかりだろうと考える。自分自分だろなどと励まされても、“彼女には”そうじゃない。それに「何も好きじゃないし、何もできない」ということは本当に苦しいことだ。それだけ頭が良ければなんて言ってはいけない。彼女以外の者が自分のいる場所から考え言葉を発するのなら、彼女だってそうしていい。なによりも、なにもないという自分との対峙大学生らしくまっとうな悩みではないだろうか?むしろそこに一度撓んで伸びようとする魂を感じはしないだろうか?


なにもない自分と向かい合うのは力のいる作業だ。彼女はい奈落と向き合っているところなのかもしれない。それはこれから時間をかけてやっていくことになる作業だろう。途中で転職結婚出産という転機にだって出会うことだろう。そしてそのたび自問自答しつつ、誠実にひとつずつ向き合っていくように感じた。そう信じたい。


「気持ち悪い」と思っていた一眼レフカメラも、最近は欲しくなってきた。「iPhoneカメラには限界がある。誰かに伝えたいと思うような美しい景色が思うように撮れない時は、ちゃんといいカメラで撮りたいなと」

「気持ち悪いと思っていた一眼レフカメラ」「誰かに伝えたいと思うような」この言葉も印象的だ。


関心や興味は良いものとされがちだが、あまりに強い関心というものは異様に映る。強すぎる情熱を持って自分には興味のないことを続けている者を見かけたとき、つい引いてしまったことはないだろうか。それに、物事への関心が薄い者はネットでは目立たない。彼や彼女の発する情報はあまり役に立たないからだ。そもそもネットに現れないことの方が多いのだろう。語ることがないから。伝えたいことがないから。なぜそんなことをする必要があるのかわからない。ネットと接してきた時間が長い者と彼女のような伝えることのないタイプは互いに異形の者。でも、彼女ネットを選んだ。


何かを伝えたいと思うようなことがなかった女子大生インターネットで「伝えたい」方向に気持ちが動いた。この先「やっぱりカメラは気持ち悪い」と思うことになっても、ここに自発性や意欲の萌芽を読み取ることはできないだろうか?


彼女は「好き」を獲得し忘れてしまったのか、どこかに置き忘れてしまったのだろう。だからこそ傾向と対策を練り、「型」の反復から入って習得しなければならなかった。そして、恐ろしいまでの勤勉さで、本来は好きというだけで心理的報酬が発生する行為を、他者からの称賛という報酬自分の中に意欲として還元し定着させつつある。このことがいつか他者からの称賛という報酬がなくても行為自体が報酬をもたらすようなものとして彼女の中に育っていくといいと願う。考えてみて欲しい。多くのひとはもう記憶もないような幼い頃に獲得したか、考えずとも手にしているもの彼女は二十歳を超えてから獲得しようとしているのだ。野暮なことは言わず、讃え見守りたいと思う。もしよかったらあなたボタンを押し、気が向けばなにかコメントするだけの簡単なお仕事をしてみてはどうだろうか。翼を広げ飛翔する彼女を目にすることができるかもしれない。それはインターネットから翔び立つことかもしれないけれど。






※ここから蛇足


岡田有花という方を自分はよく知らない。しかし、この取材はきっと彼女も困ったのではないかと感じた。岡田氏は「写真大好き」な女子大生出会うはずではなかったのだろうか?意外な言葉に戸惑ったのは彼女も同じだったのではないか?確かに記事の内容はありがち。わかりやすい良い話にしたかったのだろう。しかし、穿った見方をすればこの方は自分ネットで付与された(と思しき)物語坂口さんにも着せようとしているような気がしてならない。「普通女子大生」なんて表現彼女京大でなければ出て来なかった言葉ではないのか。また、彼女は一度自らに問うてみるといいと思う。自分が向けられた男性から視点内面化していないかどうかを。こうすればネットでは受ける視点男性目線からものであるのなら、あざといパッケージは文章を安くする。


そしてこのありがちな文章に対してのカウンターである普通女子大生は、Google+で「日本一」になんかなっちゃいない。』があまりに凄すぎた。素晴らしすぎた。誰もが薄々感づいていて言葉にしなかったことを暴いてしまった。それぞれの方がそれぞれの部分に喝采を贈ったのであろうが、自分は次の部分だった。


3年以上前からブログを書いている女性を、思い出せるだけ思い出してみてほしい。全員ぶさいくである。1人の美女もいない。美しさの欠片も無い。顔も醜い。心も醜い。そういう人達ばかりである。不平不満とくだらない馴れ合いをはき出して、だらだらいきている醜い人ばかりである。1人として美女はいない。もちろんの事、美男もいない。美しさは消えるのであるインターネットから消えるのである時間と共に消えるのである。美しい者は、インターネットを捨て、廃棄し、跡を濁さず消えて行くのであるインターネットという地獄では、醜い者だけが生き残るのだ。そういう風に出来ているのだ。

すべてとは言わないがそう思う。自分にとってこの「美しさ」に儚さや弱さも含みたい。多分、ある種の脆弱さという美しさを持った彼や彼女たちはインターネットからも弾かれる。長くネット表現を置くことができる者は強者であると言ってもいいと自分は思う。


から思い出して欲しい。「ワンチャンあるかも」ということがどれだけ美しい者たちを潰してきたかを。


女性に「クン」とつける中高年男性向け雑誌のように「タン」などと語尾につけてキャラ化し、持ち上げるだけ持ち上げてコンテンツとして消費し、そして次の対象へと関心を移す。そのとき、賢く、美しく、センスのあり、慎ましやかな者を選んでいたのは他ならぬ「ワンチャンあるかも」という者ではなかったのだろうか?そういう者たちが結局美しい者を淘汰していってしまう。残るのはマシュマロの中に鉛が入ったような女性だけである。「私の名ならば女。それ以上でも以下でもない」と賢い女なら気づく。そして鎧を身につけるか、鉛を飲むか、逃げるかしていく。また、当然の如く逆もある。どちらかだけが捕食者とは限らない。女というだけで入れ喰いならフォトショ覚えるくらい安いものだ。これを楽しめるのもまた人間としてのある種の強さとこじつけてもいいのかもしれない。


男の敵も女の敵もお互いとは限らない。いつの間にやら話の流れは新旧ネットの流れになっているらしいがそれも含めて自分が感じ取ることをどんなゲームにしてもいいし、そんなものはないと木で鼻をくくったように言ってもいい。それが自分の考えだと感じるならそこから行くしかない。そして、それが違うからこそ人と出会うのは面白い




最後に、個人的にはネットで多数と繋がりたくはないと考えていることについて。


Twitterが普及してからある種の文章をあまり見かけなくなったように感じている。エッジの効いた、ヒリヒリするような、血の滴るような文章を。嫌だったひともいるのだろうが、自分はああしたごりごりとした長文が読みたくてネットを見始めたクチだから大変残念だ。その一因はネガコメとかあの辺もあったんだろうなと思う一方で、ブログならば見えない読者を一人失うだけだったのがTwitterと連動させたことで明確に誰から拒否され関係が切れたのかがわかるからではないのかとも考えていた。それが罰のようなものとして認識されているのではないだろうかと。人間関係の煩わしさがネットに持ち込まれることで混沌表現情報は薄まっていく。ネット現実と重ねていく流れがあるのならば空気を読むのは当然のことだ。日常の罪をネット告白することの意味に気づかない者たちが晒される見せしめのショーも連日開催中だ。自宅、職場学校まで晒される。あまりリスキー。お利口でいい子になっていくのは必然だろう。誰かが自分に関心を向けてくれたときのあの興奮を一度でも味わったことがある者ならば。好かれたい、愛されたい、褒められたい、繋がりたいと願うのならば。


旧世代と誰かを括って責任押し付けるのは簡単だ。若いってそういうことだ。けど次はお前の番だ、お若いの。この流れの先に待っているのがパノプティコンでも向かい囚人に片目を瞑ってみせようじゃないか

2011-11-23

http://anond.hatelabo.jp/20111121165116

非モテを改めて定義したいけど、

自分なんかが愛されるはずがない」

という思念に囚われてしまってる状態なんだよね。

スペック時代失恋やその他の要因で、恋愛に関するかなり基礎になる所がぶっ壊れてる。

童貞をこじらせるというのもこのこと。

例えば、一人の女性を好きになる。

付き合い始める。

でも、思うんだ。

自分なんかが愛されているはずがない」

と。

どんなにスペック改善しても、やっぱり自分を好きになれないし、彼女の愛(本当にあったかどうか疑わしいが)は非モテに届かない。

カネ目当てなんじゃないかと思うし、他の男性がみなハゲデブばかりになってるせいなんじゃないかと思う。

そこに、「さかのぼり嫉妬」というものが加わる。

歌人エッセイスト穂村弘はこの「さかのぼり嫉妬」を人間感情の中で最も不毛ものと評してる。

頭ではわかっている。

過去があって今がある。

どんな過去があろうと、その過去が今の彼女を形作った。

彼女を愛するということは、彼女過去も受け入れることなのだ。

…だが出来ない!

意思に反して、彼女過去恋人嫉妬する。

あいつより僕を好きなことを証明しろ!

君が人生で一番キレイな時期を捧げた相手より、僕のことが好きだっていうなら、じゃあなにを捧げてくれるんだ?

と、心のなかで叫ぶ。もちろん声には出さない。

もし、声に出して聞いたなら、彼女は、前の恋人に捧げたものなんかよりも大きなものを捧げるつもりだと言うだろう。

このあとの人生、つまり結婚」と言うんだ。

冗談じゃない!

喜びよりも、重圧と負担のしかかるじゃないか

責任と失敗から逃げ続け、不器用と要領の悪さをペーパー試験の点数の良さでなんとか逃げきってきた僕に、結婚だと!

僕が欲しいのは、一方的に愛されたいのだ。無限愛されたいのだ。

僕の歳では、そろそろ結婚視野に入れない恋愛というのは不可能になりつつある。

楽しいだけの恋愛は、10代まで」

と言われたことがある。

恋人に求めるもの完璧過ぎるのはわかってる。

自分自身が不完全すぎるのに。

というよりは、僕は大人になりきれてない。

他人よりちょっとくらい年収があっても、体力があっても、大切ななにかが欠けているんだ。

2011-11-20

ダメダメダメ

臨床実習中。


果てしない量の諸々を同時並行でそこそこの責任と重圧のもとにやらなければいけない。

正直ついていけない。今までの怠け癖がたたって知識はない。不器用技術もない。集中力もない。提出しなくちゃいけない書類は山積み。

やんなければいけないことすべてにちょっとずつ手を出して、無理そうでとりあえず後回しして、貯めていく。

患者様との会話もおぼつかない。そんな不安そうな顔しないでくれ。もっと焦ってしまう。


友人関係もくそみたいなもんで、同期との情報の共有もうまくいってない。

なんで同期は簡単にこなしてるんだろう。俺はそんなに馬鹿なのか。


この道にむいてないことは十分にわかったよ。でもだからと言ってどうすればいいんだ。

今更他の道に進むなんて周りも俺のカスみたいなプライドも許さない。というか何をしても駄目だろう、こんな感じでは。


現実に目を背けビールを飲む。もう少ししたらマイスリーを飲む。何もかも忘れて寝るのが一番の楽しみだ。

たまに目が黄色い。

ハハッ。

http://anond.hatelabo.jp/20111119082328

僕自身ははがないをこんな風な目で見た事が無かったので、斬新な切り口で面白い文章だなと思った。

なのでちょっとこの文章いじくって遊んじゃおうかなって思います

長文を垂れ流しているだけで、特に建設的な意見は無いよ。

アニメがつまらないというか不愉快な出来なので仕方なく文庫を手にとって読んでますが、面白いすなぁこれ。強烈にグロテスク

これ村上春樹好きな人特に初期)には受け入れがたい作品じゃないかと思うわ。村上春樹小説に不純物を混ぜ混ぜ込んだゲテモノ食い料理しか見えない。

ここまで言っておいて、

ちなみに私は村上春樹が大嫌いなので、こういう作品は大好きですよ。

こんなフォロー入れちゃうのは、叩かれるのが怖いからかな?

何が面白いって普通の話と逆の方向に進んでいってるってところがいい。

たいていの物語は、未熟な登場人物が、イベントとか試練を越えて成長し、

青春卒業して大人への一歩を登り始めるあたりで、男坂のように打ち切られるという話ばかりなのに、

はがないときたら、初期状態が一番キャラの完成度が高い状態

って言ってるけれど。

視野狭窄」で「自分だけの世界」に籠もってるなんて、キャラとして未熟もいいとこじゃない?

そういう風に自分の殻に籠もってた奴が、色んな人との触れ合いで心開いていく。なんて、世にごまんとあるストーリーだし。

そうすると、これは別に逆の方法に何か進んでないよね?

むしろ、順行してるよね。

不完全な印象があるキャラってこだかとよぞらくらいで、後はもうそのまんまでいいんじゃね?って思う。

この一文で思ったんだけど。

要するにこの人が言いたいのは

初期のキャラ設定が好きだったのに、話進むにつれて段々キャラが変わって行ったのが嫌ってだけの話じゃないの?

別の話から持ってくると、人間強度が高いというやつですか?

その台詞言った人って、その後友人どころか彼女まで作ったって話ですぜ、親分。

己の信念に従って、求めるものを理解し、理想像をすでに見出している。

仮に現実で友だちを作ってもそれの劣化バージョンしかならない。

隣人部存在意義、全否定だね。

初登場で「あたしも友達がほしいのよ!」と叫んだのは君の好きな初期状態の星奈だよ。

現実なんざトモプラスに劣るし

星奈がギャルゲにハマったのって、隣人部に入ってからだよね。この人のいう初期状態ってどこから、どこまで?

っていうか、現実友達なんかギャルゲ以下って思ってるんなら、さっさと退部して家に籠もってゲームしてるだろ、星奈の場合

トモちゃんに劣るし

タカ」がいるじゃん。わざわざ、その為に隣人部作った様なもんだし。っていうかここでは夜空も例外じゃないんだね。

BLより萌えないし

せめて「発明」にしようぜ、理科ってそこまで腐女子キャラでもないし。

っていうか理科も、隣人部行きたくないなら、それこそ理科室に籠もってるだろうよ。

あにきの方が格好良いし

幸村はこれ一切ぶれてないぞ。最初からずっと。

眷属もいない

そう言えば、クラスメートには姫って呼ばれてたね。

っていうか夜空についてはトモちゃんを引き合いに出したのに、小鷹については触れないんだね。

まらない事この上ない。

それは「君が見てて」って話じゃないの?

視野狭窄と言われようと何と言われようと、自分だけで世界を閉鎖系として完成させることができるなら、

今の状態こそが一番幸せじゃない?ね、みーくん。

そうだね、他人に何と言われようと、自分幸せだと思う事をするのが重要だと思うよ、逆に言うなら、自分が思う幸せの形を押し付けちゃいけないよね、まーちゃん

あえていえば、隣人部も結成時点がもっと理想的な状態だ。

この人のいう、隣人部の結成時点ってどこだろうね?

夜空&小鷹コンビの時? 星奈が入った時? 小鳩が入るまで?

最も贅沢な生き方とは則ち、正直に生きることである

お前がそう思うんならそうなんだろうよ、おま(ry

現実においては己の正直は誰かを傷つけ、誰かに嫌われ、誰かに潰される。それが世の中のルール

嘘ついたって、傷つけるし、嫌われるし、潰されるけどね。

むしろそっちの方がよりルールとして広く活用されてるよね。

嘘をつかないという生き方は、あまりに難易度が高い。

だけれども、その正直を許しあう、ただそれだけの関係。

全然、許し合ってないよね。ガチでぶつかりあってるよね。

特に夜空と星奈。


コミュニケーション?なにそれおいしいの?

twitter自分が好きなことしゃべるツールであって、賛同以外のリプライは求めてないんですけど?

そんな感じの人が一人なら良いけど、二人いるからねぇ……。

結果、一方の意見にもう一方がガンガン反対するっていう。ええ、あの二人ですよ。

そういう所で、ついでに恋愛とかセックスもさせていただけると嬉しいですねぇ。

あの状況下で誰にも手を出さない小鷹はある意味凄いよね。

いね、実にいいね。時よ止まれ、今の俺が一番美しいって感じだね。

うん、だからさ。それは単に君がキャラの初期設定が好きだったってだけの話じゃないの?

これを読んだ人は他にこんなものを読んでますの欄に「完全自殺マニュアル」「自殺サークル」「20歳の手記」が並んでても驚かないね

これってブーメラン? もしかして君の本棚にある本を挙げたのかな?

ちなみに僕はどれも読んだ事無いよ。

はやく最終巻だけ読んでこの吐き気から解放されたい。(褒め言葉です。私はこの手の吐き気が大好き)

叩かれないように予防線張りまくりの君の文章も、読んでて吐き気がするよ。

もちろん褒め言葉さ!

1つだけカップルが成立してこのぬるま湯地獄から脱出して幸せになった後、

残りのみんなは笑顔自殺するという光景しかかばないけどな。

小鷹とカップルになりそうなのは、夜空、星奈、理科、幸村の四人だけど。

どれも自殺しそうなタマじゃないよね。

夜空とか、嬉々として二人の仲を裂きに行きそうだし。

星奈は、なんだかんだですぐに立ち直りそうだし。

理科は、セクハラの対象が二人になるだけだと思うし。

幸村は、けなげに小鷹の舎弟続けそうだよね。

まぁ僕の勝手想像だけどね。

個人的にはこだかさんと夜空以外は、無理に友達なんかつくろうとせずに、

己の道を突き進んでる方がずっと幸せだったんじゃないか?って思う。

自分世界に籠もる幸せは容認できるのに、皆と馴れ合っていく幸せは容認できないんだね。

結局この人もタイトル詐欺に引っ掛かった一人なんじゃないだろうか。

友達いなくても孤高に生きているキャラを期待して読んだら、最初の方はそれっぽいキャラ設定だったけど、結局馴れ合いみたいな感じで仲良くなっちゃって、なんだかんだ仲良しグループになったのが気に食わなかったとか?

作品だけじゃなくて、読者にまで毒吐いてるあたり、相当苛ついたんだろうね。

んでまぁ、そんな馴れ合い状態への嫌悪感を、叩かれないようにオブラートに包んで出来たのがこの文章。

僕の読解力だと、そんな感じにしか読み取れなかった。

ただ、僕は隣人部馴れ合いの集団じゃないと思うけどね。

夜空と星奈はガチでぶつかりあってるし、っていうかあれが馴れ合いだったら凄いわ。

小鳩とマリアもだね、こっちは見ててほほえましいけど。

理科は、小鷹に分かりやすいくらい分かりやすくアピールしている。

幸村の献身も本人は至って本気そのものだろう。

小鷹だって隣人部部員となぁなぁでの付き合いはしていない。

確かに、友人を作る事を目的にした部活で、具体的に友達を作る為に何かする訳でもなく。(小鷹はちょこちょこ頑張ってるけど)

実際には予行演習と称して、部員どうしで遊びに行きまくってるのに、

「もう俺らって友達じゃないの?」って所に触れてない辺りは馴れ合い臭いけどね。

だけど、友達作れない不器用な連中の、そんな馴れ合いは、少なくとも僕は見てて不快じゃない。

それをグロテスクと評したこの人は、きっと一切の馴れ合いを許せない孤高の人なのだろう。

いね! 尊敬しちゃうや!!

要するに何が言いたいかと言うと、

次は堕落論とか白痴エッセンスラノベ化しないか舞台敗戦間際の仮想日本で、オタク活動にいそしむ4人のキリーロフね>作者様

この人が、いつかこういうラノベを書いてくれる日を楽しみに待ってます

はがないがそうだとは僕は全く思わないけど、吐き気がするようなグロテスクな作品は僕も好きです

2011-11-11

アメリカ人相手に、あの人は仕事熱心だよと伝えたい時

ある人がいか仕事熱心かということを伝えたい場面があるとする。

そんな時、日本人同士や中国人相手であれば、

「あの人は何時から何時まで仕事をしているんだよ」という言い回しですぐ伝わるのに、アメリカ人にはあまり伝わらない。

何時に出社して何時に帰るか、勤務時間や勤務日をどう割り振るかという話は、

そもそもそういう評価基準を持ち合わせてないかのようで、労働時間自慢な表現意味を見いだせない様子だ。

労働時間で「今日仕事したなあ」と感じられる自分は、当初勘違いをしてしまっていた。

周りが5時に帰るのを見て、5時に終わるのが当たり前だと考えるようになってた。

結構時間が経って気付いたのだけど、こちらの人はそういった価値観で行動してはいなくて、

5時に帰るのも真夜中までオフィスにいるのもさほど違いはないんだな。

5時に帰る人が真夜中まで働く同僚を不器用なやつと見下げることもなければ、長い休みを取る同僚をさぼっていると見なすこともない。

相手は相手の信念に基づいているし、俺には俺のペースや感性にあったリズムがある。

そこを理解しているから、バラエティに富んだワークスタイル自然社会に受け容れられる。

その裁量自由度があるから、ソサエティとしてアメリカを眺めると層の厚みを感じさせる。

アメリカ人相手に、誰かをハードワーカーだと伝えたいなら、

その人の業績やどんな仕事をやり遂げたのかを話すと、伝わったなという手応えを得やすい実感だ。

自由な生き方が許される場所で、自分もまた自由な考え方を手に入れたつもりでいるのに、

たまにそういった社会を目の当たりにして「5時に帰る」ことに衝撃を受け、

ワークスタイル自由度時間裁量自由度表現してしまう取り上げ方をしてしまう。

ある意味とても日本人だよなと、我ながら可笑しく思えることがある。

2011-11-07

要領の良い人間死ね

長年の疑問なのだが、〝要領が良い〟というのはほめ言葉なんだろうか?

自分はそうは思わない。

言外に、(あんたはずる賢くて美味しいとこだけ食ってるんだろ?汚いくずめ)という意味合いを感じる。

例外として、仕事をまとめるのがうまいとか、スキルに対して使われる場合はほめ言葉になるのかもしれない。

人間性に対して使われる場合は、あまり良い印象を抱かないのだが・・・



要領が良い人間に、悩みとかあるんだろうか?デメリットなんてあるんだろうか?




私の話になるが、自分は昔から不器用で、愛想がなくて、顔立ちが怖いので、色んな誤解を受けてきた。

人間嫌いだとか、性格が悪いとか。

中身は凄く人間好きで、話すことが大好きだから、深く知り合った人間はその誤解を解いてくれるのだが。

ガキの頃から、そういう対人関係の面で損をしてきた成果、性格がくずなのに上っ面だけが良い人間がもてはやされて、性格がいいと評された挙句、人望があるのが悔しくてたまらなかった。

まあただの嫉妬なんだけども。しか私怨


本当に要領が良い人間は、要領がいいと悟られないという意見を某掲示板で呼んだが、あれは嘘だと思う。

立ち回りがうまい人間が、どんなにそれを隠そうとしたって無駄

私にはすぐ分かるのだ。

長年培ってきた〝世渡り上手な人間死ねレーダー〟にひっかかるから

別名、〝何で私だけこんな思いしなくちゃならないんだ嫉妬レーダー〟とも言うが。


人嫌いと誤解されないように努力したら?要領が良くなるように努力したら?という声がどこからともなく聞こえてくるのだが

友人からアドバイスを聞いたりして、ちょっとはいろいろと試してきたつもりだ。

初対面ではやっぱり顔が怖いという部分が大きいらしい。(声をかけるのに躊躇うそうで)

ちなみに、立ち回りの下手さの工場にいたっては、誰も指摘してくれなかった。

どこをどう直していいのかさっぱりである


対人関係がへたくそなのは一人っ子であったのと、ちょっと精神的におかし母親の元に育ったのも大きいと思う。

幼いころは、母親のことで頭がいっぱいだった。

周りは親以外の世界を広げていく時期に、私は健全自尊心も育たず、友達という新しい世界にも目を向けられず、母親の顔色ばかり伺い怯えて、一人空想の世界に逃げ込んでいたので、対人スキルがどーのこーのというレベルではなかったのだろう。


母親キチガイは言っていたので、人付き合いがうまく言っているはずがなく、親の行動から対人関係について学ぶこともなかった。

父親もこれまた〝要領が悪い〟という言葉を具現化したような人で、人生のそんをその一身に受けていたような人間だったので、

から学んだことと言えば〝要領が悪いと社会に出てから死ぬほどつらい目にあうんだ〟という教訓と恐怖ぐらいなものだった。



まあ全てを親のせいにするわけでもないし、終わってしまったことだから、今更どうのこうの言うつもりもないが。



本当に思う、要領のいい人間デメリットなんてあるんだろうか?

誰に対しても当たり障りなく、自分に損が回ってこないように接しているから、真の友人が出来にくい、とか?

そうだったらざまあ。



まあ、何が言いたいかという、要領のいい人間死ねって話。


後は、幼いころより父親から学んでいた〝要領が悪いと社会に出てから死ぬほどつらい目にあうんだ〟という恐怖が消えない。

彼のような目にはあいたくない、だけど要領が良くなることも出来ない。どうしよう。

これに負けたら、ただでさえ自尊心低くて四苦八苦しているというのに、自殺まで追い込まれてしまうそうな気がする。

今のところ、もっぱらの恐怖はこれについてと就職についてだ。

2011-10-30

王様のブランチに出てた三浦しをんをみて。

10月29日の放送にて。

成功している人には全く興味がなく、不器用な人に興味がある」

という趣旨の事を発言していた。

ああ~自分もそうだな、と思った。

身近にもいるんだけど、何をやってもそこそこ上手くいく人。

世渡り上手とでも言うのでしょうか。

正直見てると腹立たしい。

まぁ、嫉妬心なのはわかっているんだけど…。

なにか世の中の不平等さを感じてしまう。

生まれた場所で殆どその人の人生は決まっているんじゃないかと思う。

さいころに両親共なくした家で育った自分

常にそのコンプレックスがあった。

周囲で、理由は様々だけど「大変だ~なんや~かんや~」って

話を聞いても、「どうせ最期には親がなんとかするんだろ?親がなんとかしなくても

頼れば助けてくれるんだろ?」って心のどこかで思ってる。

甘えてんじゃねーよと。一人になってみろやksg。

こんなくそみそな自分だけどとりあえず、仕事だけは頑張ろうと思った。

真面目にやってた。

そしたら今度は、業績悪化だかなんだつって、クビ切られた。

おい、おれは誰にも頼る人もいねーんだよ。

40手前だよまともな仕事があるかっつーの。

ホームレスも考えてた。

機会があれば死にたかった。

で、失業保険がまもなく切れるという所でなんとか仕事が決まった。

一応希望してた職種で。

でも手放しで喜ぶ気持ちになれない。

どうせまた、頑張っても頑張っても、報われないんだと

思ってしまっている。

そこに来て今度のTPPだ。

なんかもうね。

早く死なせてくれよ。

どうして自分はこういうシナリオに生まれたんだと怒っても

怒る相手がいない。

「なんとかなるって」と、あっけらかんと言う人間が恨めしい。

自分と同じ状況になっても、それが言えるか?と言い返してやりたい。

ほんとにクソみそだなおれは。

早く地球滅亡しろよksg。

2011-10-18

http://anond.hatelabo.jp/20111017024535

元増田です。たくさんの共感や、罵声、叱咤激励を受け、

はて、どう応えたらいいものやら、と一晩考えておりました。

現実にある問題に直面しており、その根本となっている「自己肯定感」の乏しさについて書きました。

具体的な問題について語るつもりはありません。特定されたくないですしww

ここ数ヶ月、ほぼ初対面の方に「自信なさそうだね」と言われることが数回あったので、

頭の片隅にずっと、考えるべき命題としてありました。私が感じる「生きづらさ」の原因でもあります

私は、自分のことをメンヘラだとか、境界例だとかの、診断基準にちっとも満たないと思います

ただ、現在凹んでいる自分を支えてくれている大きな柱が、恋人であることに気付き、

依存してしまったら彼に申し訳ないし、不健全な関係になってしまうなあ、と気をつけようとしています

「冴えない」と書いたのは、「うちの愚妻が…」といった風な謙遜の意味です。今の恋人は、私にとって大切な尊敬できる人です

ただ、今までの恋愛遍歴は、人に自慢できるようなものではありませんでした。依存共依存はろくなもんじゃないです

恋人がいる、友人がいる、という状況を以って、はてな民の皆様からは反感を買っているようです

予想はしていましたが、嘘を書くつもりもないので、正直に書きました。

でも、程度問題に還元されたくはありません。最も苦しみ、弱い立場に置かれた人にしか、発言権はないのでしょうか。

私には私の感じる、固有の困難さがあります。分かち合える人、そうでない人、様々にいて当然だと思います

恋人、友人、家族趣味世界…様々な他者からOKをもらえたとしても、

自分自分にOKを出してあげる、その穴だけは埋めがたい人もいるのです

リア充」というのは、世間で認められたある種の「望ましさ」です価値観ひとつです

そういう価値観に染まらないぞ、と断言できる自分のことは好きです

誰かのご指摘の通り、そういう自分恍惚とすることもあります

ただし、対人関係構築の不器用から、すべてのコミュニティでうまくやっていけてるわけではありません。

自分への理想も要求水準も、すごく高いです世間価値や、自分への要求をすべて満たせない自分にも苛立ちます。自信が持てません。

これらは、「表面」⇔「深層」といった関係ではありません。それこそ分裂しちゃうよ。

からすると、すべて私を構成する面です。私は、アイデンティティを多面体として捉えています

好きな面も、嫌いな面もあります。もっと、好きな面を増やしていけたらいいのにな、というくらいの話です

SNS臆面もなく、恋人とのイチャイチャ写真うpできるくらい、自信の皮が厚ければ

さぞかし生きやすいだろうな、と思います。そうなりたい、というわけではありません。そんなん恥ずかしいしww


秋の夜長に、ちょっとキャッチーに書きすぎたことを反省しつつ、

現実に起こっている問題に対処することでしか自己肯定感は復活しないぞ!と、自分を戒めたいと思います

「持つ者と、持たざる者」なんてキャッチーに書いたけど、ホントは多かれ少なかれ、みんな持ってるんだと思います

自己肯定感ゼロの人は、それこそ死に至る病なので、死んでしまうか、その寸前かと思います

私にも、自己肯定感が高い時期もあれば、低い時期もあります。今はどん底ですが。

「きっと何者にもなれない」私の人生で、自己プライドと、どう折り合いをつけていくか、正念です

それと、皆さんが私について書いてくださったことは、あくまで「仮説」です

エビデンスもなしに、私という人間を100%理解したつもりになってる方、断定的な口調で物を言う方、

自分の理解できる範疇・型に当てはめてくる方・・・には苦言をいいたい気分にもなりました。

最後に、極端な人のみが、悩みを持っているわけではありません。

たとえそれが重大な生死に関わる悩みでなくとも、人それぞれが感じる苦悩を糾弾することは誰にも出来ないと思います

程度に関わらず、自分の苦しさや生きづらさと向き合い、試行錯誤しているんじゃないでしょうか、誰しも。

2011-10-12

もしドラ」読んだ。順番逆だけど「小説の読み方」も参考にできたので面白く読めた。

感想一言で言うと「第一章は素晴らしい」かな。まだ読んでない人も第一章だけは読むといいと思う。



追記:

いろいろ書いたけど、結論としては「ヒカルの碁オマージュ」でいいような気がしてきた。

1章で主人公の人格を描き、2~7章でマネジメントを描き、最後に対決の場を用意する。

こういう時は、どちらを優先させるべきか、という主従関係を考えさせる。

マネジメント」をドラッカーQBのような人格存在ではなく、主人公が一方的にアクセスする存在にしたのは

あくまで最後まで「マネジメント」が常に上位で、主人公はそこから学ぶ存在であるとするためだろう、と。

1章以外があんまり面白くなかったのは、主人公がまったく動いてないからだと思う。

そう考えると「ヒカルの碁」形式はすでに多数存在するけれど、

ヒット作の基礎としてもっと研究されてもいいかもしれないなー。

ただ、この系統の作品ってよほど上手にやらないとコケてるのが現実

ジャンプの「クロガネ」や「鏡の国の有栖川」に期待してます




まず別作品に対する感想引用する。

このマンガは、戦争という、誰が描いたのかしれない、とてつもなく大きく理不尽物語に巻き込まれた人物の、「あれは一体なんだったのか」という理不尽を徹底して問うているものだと思います。 そのために、膨大な書籍読破し、引用し、言葉の限りをつくして、主人公はその理不尽さに対峙するのです。これは作者の大西が戦中言いたかったことのすべてを、「これは一体何であるのか」という世間への問いを、主人公に代弁させているのではと思います


しかしそれは、どんなに言葉を尽くしても語り尽くせるものではなく、それがいったい「何」であるかなど、断定することはできません。多くの死者と悲劇を産み出したものが「何」であるかを説明などできないのですしかしその「説明することのできなさ」、そして「何」であるのかを誰も知らぬままにただ抑圧されてきた者たちの鬱屈、そういったものが描かれているのではないでしょうか。

私が戦争体験がないのと同様、漫画化したのぶえのぶひさにも、戦争体験はありません。それでいて、軍生活の細部までもを絵で表現するという「無謀」に挑戦するのは、抑圧された者の語り得ぬ言葉鬱屈さを彼も抱えていて、語りたい、言葉が欲しいという、ただ一つの情熱ではないかと思います戦争はたくさんの人から言葉を奪いました。そして今も、たくさんの人が自分のリアリティについて、語る術を持たず、沈黙を強いられています。そういった人々が何かを語らんとしたとき、それはダムの決壊のような勢いを持って、言葉の放流となって私たちの前に現れます。 私たちはそれにとまどい、それが「何」であるのかを理解できません。言葉はあまりに複雑で、あまりに多すぎるからです。そして、その言葉の放流を前にしたとき、私たちは「閉口」するのです。主人公の東堂に論破される人々のように。

そして、語っている本人ですら、もはやそれが「何」であるのかなど、分かってはいないのかもしれません。ただ、その語り得ぬ「何」かを、その「説明することのできなさ」を、他者に言葉を尽くして「説明している」のだと思います。オマエはこれを知っているのか、知っているなら語ってみよ、説明してみよ、と迫るのです。そして誰も説明できずに、言葉を飲み込むしかないのです。 これだけの言葉を尽くしても、決して説明しえない理不尽があり、これだけの言葉を用いて25年かけても昇華されない痛みと悲しみと怒りがある。極力まで押さえた表現からにじみ出てくるもののすごさに、私はただただ、言葉を失って、圧倒されたのでした。

これは大西巨人の「神聖喜劇」という作品のコミック版に対する感想

もしドラ」は方向性としてはこれと同じであると思う。




第一章は素晴らしい 作者が書こうとしたことが詰まっている

作者が最も描きたかったのは回心的な体験の部分であろう。主人公が立ち上がる部分。

まり冒頭に当たる一章の部分。ここの描写は良いと思う。




(1)人生に支えを持たなかったり鬱屈をかかえた主人公が

(2)・宗教的な救い、

世界理不尽と戦うための武器や、

自分の居場所、方向性

それから人生師匠を得ることによって

(3)言葉に出来ない感覚を得ること。人生意味を見出すこと


おそらく、作者自身がそれを体験し、誰かに伝えたいという強い思いから、この作品は書かれたのだと思う。







その意味で、彼が「もしドラ」の後に「小説の読み方」の本を書いたのも、彼の中ではつながっていると思われる。

というより、「もしドラ」と「小説の読み方」では全く同じことを言っている。「***との出会い人生をすくう」ということだ。

彼が今後別の話を書くとしても、おそらくこういう「師匠との出会い」「良い本の出会い」がテーマになるのではないか


世界理不尽に対して言葉に出来ない鬱屈を抱え込み、

そこから解放されること(抗うこと)をを欲してやまない、それでいてその望みを自覚できないほど自らを抑圧している主人公が、

ある言葉との出会いきっかけを手に入れ、人生が救われる、という過程、いや瞬間。それを描ければきっかけはなんでも良いのである

実際、ラノベでも中二病小説でも、似たようなテーマは手を変え品を変え書かれている。



ただ、この作品は他のものと少し違うところがある。

「生まれ変わりたい」という主人公の思いとその実現がまっすぐ、なんのひねりもなく寄り道もなくそのまんまベタに書かれているということだ。

そこに一切の照れもなければ、言い訳もない。ラノベありがちなちゃごちゃした設定も全くない。

高校野球部活というありきたりの舞台で、今時一般的には口にだすのも恥ずかしいとされるようなまっすぐな思いだけを描いてる。

読んでるこちらが気恥ずかしくなるほどのストレートど真ん中な感じは、なんだかすこし懐かしささえ覚える。

話の筋書きや細かい描写などはツッコミどころ満載だが、むしろその不器用さが「青少年の主張かくあるべし」という感じで好ましい。

この正直小説と読んでいいのか迷うくらい本当に「まっすぐ」な部分は珍しいと思うので、食わず嫌いせずにぜひ読んで欲しいと思う。



なぜ人が宗教を求めるのか、知識を求めるのか、物語を求めるのか。

そういう根本的な部分についての彼の思いを語ろうとしている点ですごくよかった。本編があとがき、みたいな何かを感じた。



マネジメント」は主題ではないどころか代替可能な存在である

この作品で重要存在としてとりあげられるのは「マネジメント」についてだが、

別にこの作品は主人公が読む本が「マネジメント」でなくても代替が可能である

実際には、普通日本高校生にとって、マネジメント代替物になりそうなもの現実的には少ないと思うが、

それでも「マネジメントでなくてはいけない必然性」はない。

この作品の主人公にとってほんとうに重要なのは、作中で多数引用されている中の、ある一節の文章だけである

その一節が、主人公の中にある価値体系を肯定し、主人公の人生希望となる・・・この部分の描写が全てである

故に、この作品はマネジメントが中心にはない。マネジメントのなんたるかを描こうとした作品ではない。

ただ、このあたり、一章で提示された最重要な部分と、マネジメントの説明の混線が2章以降に見られるような気がする。





第二章以降ェ・・・

正直に言わせてもらうと、最終章以外は読まなくても良いと思う。

一章とまるでテンションが違う。

必要がないとまでは言わないが、もうちょっと何とかならなかったのだろうか。



なぜすばらしい一章から、こんなふうに続いてしまうんだろうか、よく理解出来ない。

下手なエロマンガとかだと、最初出会い部分とエンディング以外は

登場ん人物の人格とか細かいことはいいかエロだけやってりゃいい、みたいな展開になることがよくあることなんだが割とそれに似ている。

2011-10-08

父のオヤジギャクへの対応に失敗した話

私は現在大学受験勉強中だ。

直行き詰まっている。

私なりに努力はしているのだが、目標に到達するのが困難な状況だ。






さて、そんな私に対して今日父はこう言った。

ニュースを見るたび思うけれど、お前の今の状況はギリシャみたいだね。

 お前は今破綻一歩手前の危機的な状況にある。

 頭は何とかしないといけないと思ってるけど身体がうまく動かない。

 それに対してドイツフランスといった私達も

 助けてやろうとは思うけれど、やはり身体がいうことを聞いてくれない。

 場合によってはEUから切り離してしまおうということになるかもしれない。

 という感じなんだけど、どうだ。ぴったりだろ(ドヤァ」




父は、そうとうこの例えが気に入ったようだった。

私にこの例えを思いついたことを褒めてほしそうに期待を込めてこちらを見ていた。

ドラクエモンスタープレイヤーに向けて送る視線とはこういうものだろうか。






私はどう反応していいのか困った。

譬え話というのは、相手がわかってないことをわかりやすく説明するために使うのだと思っていた。

しかし、父にとっては、自分認識を相手に婉曲的に伝えるためにあるようだ。

まり、父は私が自分の現状を把握できていないで怠けていると思っているわけだ。

父はうまく例えたつもりのようでご満悦だが、どうだろう。

まず聞き手である私にとって何一つ役に立つ情報が増えていない。

あえていば、現状認識スレ違いがある、ということくらいか

いずれにせよ、同意することもうなづくことも難しい。

もう一つ。あまり愉快でもない。

父の言葉には意識してか無意識にか脅しが含まれている。

いざとなったら援助を打ち切るぞ、と言われてハハハと笑う方が、私には不謹慎に思える。







さて、父は普段、家族お笑い番組をみているとき

面白くないのに笑えというあの空気が嫌いだ」と言って

家族をしらけさせることに定評がある人間だ。

悪く言えば空気が読めない人であるが、

良く言えば自分意見を主張をすることに意義を感じている人かもしれない。






などと考えたのかどうか分からないが、私はつい言ってしまった。




「それ、うまくないよ」




父はすでに半笑い状態で私の反応を待っていた。

父が普段嫌悪しているお笑いの「ノリ」を無意識に期待していたのだろう。それはわかっている。

少なくとも、軽口程度に考えていて、マジレスが返ってくるとは考えてなかったはずだ。

どういう反応が来ても笑って流す程度のつもりだったのだと思う。




から




「へあ?」





と予想外の反応に対して間抜けな声が漏れる。





この時点で私は「ああ、しまった失敗した」と思ったが一度口に出してしまうと

引けなくなってしまうのが私の良くないところだ。




「例えている現状の認識意見の相違があるようだし、あまり愉快な話でもないよね」




とたたみかけるように父の発言を「評価」する。




父もようやく子供が予想外の反応を返したことに気づいたようだ。




「いやまて、これは譬え話であってだな」




「だから、そういうことは少なくとも本人に向かっては言わないで欲しいな」




言うべきことを言った私は、父の反応を待たずに頭が冷静になり始める。

そこで重要なことを思い出す。




父は身分に対してこだわりがある。

自分意見を持つことを歓迎する」のは自分の対等のものに対してだけなのだ。

父の例えを用いてギリシアで例えるなら、父は市民権を持つが、私はただの奴隷なのである

故に、意見の是非を問わず下の人間が自分に対してものをいうのを許さないのだ。

まして、自分意見奴隷が否定するなどあってはいけないことなのである





そして、そんなことは今までの繰り返しでわかっていたはずだった。

しかし私はまた懲りずに失敗してしまったようだ。

父の認識はともかくとして、私が学習能力のない愚か者であることは私自身認めざるを得ない。

どうも、私は冷静に考えていたつもりだったが、実際は

父の発言が非常につまらない上に、してやったという顔をしていることに

思いの外不快感を感じていたようだ。

あるいは、なんだかんだいって、家族という幻想から父に対して甘えがあったのかもしれない。





案の定父は半笑いの顔がいきなりこわばらせ、怒りの表情を浮かべている。

私も非常にまずいことをしでかしたという思いから硬直している。





そのあとは、小一時間ほど父の演説会だった。

いかに父が自分の為を思ってあれやこれやと口を出しているのか。

いかに私が現状を認識できていない甘えた根性の持ち主であるか。

いかに私が低い身分で、誰かに対して意見を述べる権利などないゴミクズ同様の存在であるか。

いかに私のその態度が思い上がっていて、その態度が社会で通用せず私の未来台無しにするか

を、硬直し続けている私に丁寧に噛み砕くように説明してくれるのだった。

最後に、いかに父の時間が貴重であるかについて語り、

それを無知蒙昧な私を指導するために費やしたことに対して感謝を求めることもいつもどおり。

そして、それに私が従うのもいつもどおり。

お互いが、たくさんの時間を使って、すでにわかっていることを確認し、

しかもお互いに気分が悪くなるという、誰得時間を何回繰り返せば気が済むのだろう。

この無駄時間はすべて私の軽率な発言から生じたのだ。本当に私は愚かだと思う。




私は今度こそ今回の失敗をしないように反省したい。

得られた教訓はなんだろう。

「会話は楽しくなくてはいけない。そのためには自分感情や思考などささいなことである

「他人の発言を評価し、まして否定するなどは相手の感情を害する最たるものである

「汝己の身の程を知れ。己の権利と義務を知れ。己の権利にないことをせず義務のみをなせ」

というところだろうか。




ならば、私はこれから二度と、少なくとも父との会話で、

自分感情や思考を優先して彼の感情を害するような発言をするまい。

彼はただ息子と楽しい会話?をしたいだけなのだ。

いや違う、会話を求めているわけではなく、彼はただ息子に向かって父親として語りたいのだ。

その希望を砕く権利は私にはない。それどころか、私には父の要望に答える義務があるのだ。




おそらく父は、受験勉強中にこういう記事を書いていたりするので、

まじめに勉強していないと思っているのだろう。

そうではない。私は学びが遅いためこうやって時間をかけて学ぶ必要があるのだ。

また、理解力が低いくせに、理解できずにモヤモヤしたものを抱えていると

他のことに手がつかないくらい不器用なのだ。





個人的には今回の振り返りに酔って受験勉強よりもずっと有意義な学びを得られたと思っている。

モヤモヤしていた感情もすっきりした。さあ今から勉強をがんばろう。





<お詫び>オチネタもないです。ごめんなさい。よく私は他人から「考え無し」と言われるけれども、あまりにそう言われるので、こんな私でも少しの会話の中でもいろいろと思考の揺れ動きがあるんだぞ、ということを自分自身で確認しておきたかった。ただそれだけのオナニー文章です。時制もおかしいけれど増田なので許してね。

うん、私も色々考えてるよね。考えてるだけでろくでもないけど。

2011-10-06

http://anond.hatelabo.jp/20111006183702

一時服やら言動やら、なんか取り繕ってみたけど、不器用で駄目なんだわ俺。

多分、俺が解ってないだけで、女からするとダークでダメ男オーラ出してるんだろうな。輪から離れてくのが解るんだw

2011-09-27

あの花は気持ち悪かった

それは、オタク童貞的なこじらせた身勝手恋愛感・世界観を全面肯定している様に感じたから。


あの花に出てくるキャラクターはどれも魅力的だし、青春群雄劇的な展開で流れる様に話を進める様とか、秘密基地とかの誰もが懐かしさを感じるファクターを入れてきたりとか、OP&EDテーマの曲は物語と凄くマッチしてたし、メンマは最終的には成仏してしまう事を物語前半から定時して、安易なハッピーエンドが無い事を示唆しながら、与えられたシチュエーションではベストと思える終わり方を提示していたと思う。

見ていて面白かったし、感動もしたけど、何でかラストは入り込めなかった。

それは、最後、みんなが独白するシーンが小舞台みたいな急展開で、そこで感情移入が少し途切れてしまったせいかな?とも思っていたのだけど、物語が終わってから色々考える内にそれだけじゃないなー、と言えてきた。

まだ考えがまとまりきってはいないので、チラ裏だけど、書いてみようと思う。


あの花を凄くザクッとまとめると、以下の様になると思う。

みんながメンマの死を負い目をきっかけにトラウマを抱え、疎遠になってしまう。

それを、メンマ黄泉帰りをきっかけにトラウマを解消し、関係性を再構築する、と言う物語

もちろん、他の要素もいっぱいあるけど、話を分かりやすくする上でそう言う仮定の下に話を進めたい。


各々が抱えたトラウマを、ストーリーを通して、徐々に視聴者に提示するなんてのは非常に上手だった。

このストーリー過程で、ポケモンを探したり、花火を上げたり、めんまのためにメンバーは色々行動を起こす。

ただ、めんま以外の超平和バスターズの面々は、極論をすれば、常に"めんまのため"より"自分のため"が上に来ていたと言う描写になっている。

しかも、それをメンバー同士で隠しているから、いつまで立っても昔の様に信頼感を築けない。

結局、それではダメだと言うのに気付いたのが最終話で、自分をさらけ出す独白につながる。

で、メンマ告白をして受け止めて貰う。

で、意味大円団

ただ、この独白の段と言うのがちょっと納得いかなくて、この時のみんなの行動って、結局、"めんまのため"に何かした訳じゃなくて、"自分のため"なんだと思う。

懺悔って、相手のためを思ってする事じゃない。

こう考えていくと、"自分よりメンマのためを思って行動した"と言う描写が最後まで描かれていない事に気付いて、驚愕してしまった。


これ、何かで見た事あるって考えたら、ヲタクとか童貞こじらせた人の恋愛感・世界観に似てるなーと思った。

具体的には問題を解決するのに、"自分努力する"と、"自分努力を無条件に受け止めてくれる人がいる"の二つの要素で解決が付く、っていう価値観みたいなの


例えば、恋愛をする際に自己承認欲求が強すぎて、自分コンプレックスを全て相手にさらけ出して、それを全て受け止めてくれる、みたいなのが恋愛だと夢を見てしまう。

付き合いたてとかちょっと仲良くなっただけなのに、コンプレックス丸出しの痛い長文メールなんかを送った事無いだろうか?

僕は良くそういった事をやって、ある時は相手が上手くスルーしてくれたし、ある時はそれをきっかけに疎遠になったりもした。

付き合いたてとか、そもそもそこまでの信頼感が無い時にコンプレックスを剥き出しにされるのは、相手に取って負担も大きいし、そもそもそれを受け止める義理も無い。

それを受け止めてくれるのが"好き"って事でしょう?って言うのは恋愛幻想を抱き過ぎだと思う。

もちろん、恋愛に限らず、人との関係性の中で自分を全くさらけ出さないのなんてのはつまらないけど、それは相手と重ねた時とか相手を大事にする事で、信頼感を築いて、それを担保に少しづつ自分を出していく事じゃないかと思う。

もちろん、所謂リア充と言われる共感力が人並みに働く人はこう言うのを無意識に行えるんだけど、ヲタク童貞恋愛を拗らせた人はこれが全く出来ない。

相手のために何が出来るのか?これを言ったら迷惑だろうかと言う視点リアルさが欠けてるし、欠けてる事にも気づけていない。


あの花に戻って考えた時、幼少期を一緒に過ごした仲であると言う点でメンマとみんなの信頼感の描写がある訳だけど、これは与えられた物であって、努力とか工夫をして築き上げた物じゃないよね。

あの花の話は超平和バスターズの繋がりがメインであるけれども、それを得るための他者への気遣いだとか努力とかが全く無くて、努力した点って言うのは偽りの無い自分をそのままさらけだす努力、っていう自分のための内向きの努力しか描かれていない。

じんたんの"人の事を常に考えて行動して、自分を抑圧してしまう"キャラクターに付いての描写も、実は殆ど無かったと思う。

勿論、幼少期のじんたんはリーダー格で、先頭に立ってみんなを引っ張ったり、みんなの面倒を見たりしていたんだと思う。

ただ、これらはたまたま何かのきっかけでリーダー的な立場に立った人が、みんなが望むリーダー的行動を何となく取ってたに過ぎず、やっぱり努力や工夫をして得た物じゃない。。

これは、立場を失った高校生じんたんが結局、他者のために何も出来ないし、自分の抱えている問題(不登校)すら解決出来てない事より明らかだと思う。

敢えて挙げるなら、あなるがラブホに行った疑惑の時にじんたんが立ち上がったシーンはそうだけど、何というかあれは主人公補正みたいな、まぁ主人公だったら、あぁするよね、と言うのが大きくて、アレだけで、じんたんが仲間のために努力している、と言う描写だとするのはちょっと無理があると思う。


何か色々散漫になってしまったので、繰り返すと、結局、自分トラウマを包み隠さず独白する(自分の枠の中だけで他者を意識せず努力する)→トラウマを受け止めてくれて大円団、と言うのがイマイチだと思うのだ。

努力が常に内向きにしか向かって無くてお手軽・身勝手過ぎるし、受け止めてくれる他者への視点が欠如している。

エンディングでじんたんが高校に通う描写が出てくるけど、これだって結局、不登校と言う自分の問題を解決したにしか過ぎない。

彼らが、自分自身のためだけで無くて他人のために何か生み出した事と言えば、メンマ家のトラウマ花火によって解消した事だろうか?あれは動機はどうあれ評価出来ると思うけど。

もちろん、主人公達は高校生なのだから、他者への視点不器用しかるべきなんだと思うけど、視聴者のオッサン達が感動しちゃうなら、もうちょっと考えた方が良いんじゃないかな?と思った物で。


逆に言えば、最初からメンマトラウマを受け止めてくれたら、メンバー努力する描写が無いから、花火を上げる段になっても自分トラウマを表に出せない→それじゃ解決にならない→やっぱり自分に正直にならなきゃいけない、と1段、下の状態からみんなをstartさせる事で、超平和バスターズの面々の努力表現している点は上手いなーと思った。。

けど、それは目くらましで、結局、努力が内向きにしか過ぎないと思うんだよね。

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