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はてなキーワード: ベーシック・インカムとは

2011-08-15

誰も死なせないために、ネガコメ論争について考えることをやめない。

ネガティブなことは言ってはいけないのか」論争に終止符を打ちたい

http://anond.hatelabo.jp/20110813021554を書いたものです




たくさんのコメントブックマークありがとうございます

もうちょっと書きたいことがあるので書きます




コメントトラックバックの様子を見ていた。

ぼくらはけっこう慎重なもんで、

「○○についてどう思う?」という問いかけを目にすると

「ああい場合もあるし、こういう場合もあるんじゃないか

という考え方に持っていこうとする。




じっさいそれは素晴らしいことだとおもう。

なにか大きな疑問があって、それに対して必ず正解があると考えることのほうが危険なのかもしれない。

もっと優しく、賢く、謙虚になろうと思ったら、自分勝手に結論をゴリ押ししないで

あまねく人と可能な限りとことん話し合うほうがいいのかもしれない。

そういうのをなんて言う?構造主義的?

現在属している共同体文化価値観に従って決定することを避けられないから、

ぼくたちはとんでもない誤りを犯している可能性が常にある。

慎重に慎重を重ねても、結論を出すのに「慎重になりすぎる」ということはないのかもしれない。




しかし、ぼくはもう待てない。

そうこうしてるあいだに誰かが死んでいるかもしれないから。




間違った部分を一つ一つ改善することなしに(長期的な)幸せなどあるものか。

というコメントを頂いた。


ぼくは長期的な幸せを望む。


間違った部分とは何か、という疑問についてはもっと考える余地があるかもしれないが、

ぼくたちはおそらくみんながみんな、

なるべく誤魔化しや、

その場しのぎでない、

恒久的、

永続的な幸せを望んでいると思う。




しかしたら、前回の増田で例に挙げた、世界の多様性を示す例(ニューギニアアフリカの話)は

「間違った部分」なのかもしれない。根絶すべき人間の悪性なのかもしれない。




よく考えてみてほしい。




ナチスユダヤ人大量虐殺は「世界の多様性」と言ってしまっていいのだろうか?

9.11の同時多発テロは他人が介入すべきでない文化なのだろうか?




こういう例は枚挙にいとまがない。

うーん。そういうことにYESと言える人はあまりいないような気がする。

基本的人権というシールが、いつからか(先進国の人が考える)全ての人にへばりつくようになった。

このシール大事にする人は、生きていい人と死んでいい人という区別があるのは認められないと言って、

テロジェノサイドを非難するような気がする。




慎重に慎重を重ねてものを言うなら、

「人を殺してはいけない」という価値観ですら狭い考え方でしかいかもしれないし、

それにもし、第二次世界大戦連合国側が負けていたなら、

「人を殺してもいいじゃん」という価値観が(先進国で)普通になっていたかもしれない。

そうじゃなくなったのは、人間の理性が悪を打ち破ったからではなくて、たまたまだという気がする。




奇しくも今日終戦記念日であるらしい。

ぼくは戦争のことなんてなにも知らないけど(体験してないのに知っていると言ってしまうのはウソである気がしてる)

戦争はいけない」という価値観を受容して(強制されて)生きている。

そんなぼくが「戦争してもいい」という価値観を持つ人のことを理解できるわけがない。

理解できると言ってしまうのはウソな気がする。




からぼくはいまの環境価値観に則って問題を考えてみよう。

戦争のことを知らないぼくが、戦争はいいとか悪いとか言っても説得力がないが、

少なくともぼくらは、大量虐殺はいけないと言ってもいい。テロはいけないと言ってもいい。

そう考えることしかできないと思う。




さて、間違った部分とはなにか?

ネガティブな発言を減らしていくということは、

間違った部分を正していく行為なのかもしれない。

それが長期的な幸せを作っていくのかもしれない。




ぼくが言いたいのは、

ネガティブな発言をしてはいけない」という社会的合意が先鋭化されて、

ネガティブな発言をやめられない人は生きていてはいけない」という主張に変わり、

実際に人が死んでいるかもしれないということだ。




もう一度言うが、ぼくは長期的な幸せを望む。

ネガティブな発言をみんながやめられるということが

少なくともぼくらの共同体では正しいことならば、そうする方が望ましい。

ハッタリの幸せはいらない。

しかし、短期的にはその考え方のせいで人が死んでいるかもしれないということならば

話は別だ。




ぼくらは結局わかりにくいやり方で人を殺しているとおもう。

いちばん救われるべきだった弱いあの人を、ぼくらみんなが団結して殺した。

死因は自殺で、直接手を下したのはその人自身だったとしてもだ。




それはちょっと考え方が突飛すぎるだろうか?

考え過ぎだろうか?自意識過剰だろうか?

そうであるならばそれが一番いい。

ぼくひとりが間違っているのなら、それでいい。

殺されている人はいないのだから




自己責任が重視される社会

がんばらなければいけない社会

他人を傷つけるくらいなら自分を責める人がいて

自分が傷つくくらいなら他人を責める人もいる。

かなりの人が閉塞感を覚えているのだけど、その社会を選んだ(選ばされた)のはぼくらである

民主主義によって、多数決でこの社会が選ばれた。少数派を殺そうという選択だ。




最近はもう少数派と呼べるほど無視できる数ではなくなっている。

弱い人が、

虐げられた人が、

ネガティブな発言をやめられない人がどんどんどんどん増えている。

その問題を優しくて、賢くて、謙虚な人たちがどうすればいいかとうんうん考え込んでいる。

はてな民」たちはそういう人たちだと思っている。ありがたい。




しかし、あーでもないこーでもないと選択を先延ばしにしている間にも

世界は止まることがない。



つねに何かが選択されて、何かが切り捨てられていく。

切り捨てられていく中に弱い人達が含まれている。



もう待てない。

ぼくは、こんなふうに話し合っていくことが、

いつか世の中全体を変えるだろうと思っていた。

弱者を救済するための装置として、ベーシック・インカムに期待していた。



もう待てない。




長期的な幸せもいいが、まずは人を殺さないでほしい。

がんばって死ぬくらいなら、がんばらないで生きてほしい。

地面をはいつくばって生きるしかない人にとどめを刺さないでほしい。

ぼくらは死ぬために生まれたとでもいうのか?




蛇足かもしれないけど、

資本主義社会というのは、言ってみれば個人の自由を最大限尊重する社会だ。(その代わり平等ではない)

逆に人の自由を最大限奪ってしまものは「死」だ。

なにしろ死体になってしまうと、自分ではなにもできなくなるからね。

まあ、だから個人の自由を認める気があるなら、

資本主義を持続させようとするなら、一番避けるべきは誰かを殺すことじゃないかと思う。




それで、ぼくは「ネガティブな発言をやめろ」という言い方は誰かを殺すかもしれないと思うし、

解決するためには慎重に考えて、こうやって話し合っていくことが長期的な幸せにつながるのかもしれないけど、

考えれば考えるほどその間に人が死んでいってるかもしれないと思っているのだ。




まず「殺さない」ということだけでも、先になんとか決定できないだろうか。

ぼくは非道い人間である

ネガティブ発言を許せない誰かが狂ってでも、殺すことはやめようと言っているのだから

その人はもしかしたら有能で、社会をより良くしてくれる救世主かもしれないが、

それでも誰かが死ぬことよりはマシだと思っているのだ。



理由は単純で、ネガティブ発言を許せない人よりも、

ネガティブ発言をやめられない人のほうがすぐ死んでしまいそうな「気がする」から

(どちらの側であっても心に余裕がないのかもしれないけど)。

ぼくは常に一番「死」に近そうな人の味方でありたい。

強い人は強い人で楽しんでくれたらいい。




ていうか、ぼくが殺されたくないからこんなこと書くんやけどね。

クズ人間であっても、最低限生きていることくらいは許してほしい。

すいません。言い方を変えます

ぼくを殺さないでください。




上から目線で「あーしろこーしろ」と言いたくない。

ほんとは殺さないことが人のあるべき姿かどうかなんて、ぼくにもよくわからない。

このままのペースで世界の人が増え続ければ、間違いなくエネルギーや食糧が枯渇するから

あんまり人は増えないほうがいいという説を読んだことがある。

死んでいく人が増えることはいいことなのかもしれない?

でもぼくは死にたくない。これ以上誰かが死ぬのも見たくない。




一番死に近い人にとって、生きながらえるための最後命綱が、

ネガティブ発言」に込められているかもしれないと思ったのだ。それを奪わないでほしい。

もっと前向きな解決法があったらいいなーと思うけど、



「こんなふうにしてみようよ☆(ゝω・)v」


と言われて、

自然に従えるほどぼくは素直じゃない。リア充怖い。

ぼくに必要なのは、一緒に泣いてくれる誰かだ。

後ろ向きなままでは前向きな方法は毒にさえなる。

まずは、死にそうな人を心穏やかにすることが先じゃないのかな。それも死ぬ前に。




ダメだ…支離滅裂ですいません。

これはちょっとさすがに自分でも意味がわからない。書けば書くほど冗長なだけになる。

http://d.hatena.ne.jp/yukkun1986/20110811/1313037111

ぼくのブログですが、よかったら補足程度に読んでください。

2011-06-21

BI論者に質問したいんだけど、いいかな。

ベーシック・インカム精神そのものには、私は反対の立場じゃないんだけど、どうしようもなく疑問なんで答えて欲しい。



BIの導入に伴う問題点として、税収の絶対量についてはこの際論じない。それ言えばキリがないので。「国債自己引き受けで余裕さ、地球の自転が止まらないように輪転機も永劫を輪廻するのさ」という前提を置いておく。お予算の問題は、無いものとしての議論。

その上で、まぁBIを導入したとする。日本人口一億2000万人×10万(仮にね)×12ヶ月のカネがマーケットに流れていく。すると、まぁ需要は喚起されるよね、間違いなく。みんながどんどんお金を使い、市場マネーで潤いこの世の楽園となる・・・んだろうか?

疑問は二点ある。

一点目は「喚起された需要が果たして国内に向かうのか?」ということ。我々の消費生活は、多くの場合輸入に依存している。中国産製品、例えば100均ショップにある小物類のお値段は、つめ切り一つにしても国内生産ものの四分の一とかそんなものだ。現時点でも、高品質・高価格帯を除けば国内生産品はほとんど壊滅に近い惨状にあると言っていいと思う。これは、皆さんが周囲を見渡せば容易に理解されることだ。メイドインジャパンチェア増田を嗜むブルジョワ御仁がどれだけいるか

すると、国内マーケット供給されたマネーは個人の消費性向の問題として、国内を潤わせることなく海外へと流出していくのではないかインドの綿製品が流れ込んだイギリス状態になる気がするのは私だけかな。

例えば、日本銀行最近になって通称「成長基盤オペ」と呼ばれる金融政策を打ち出している。これは、銀行にどれだけカネを供給してもマーケットに出て行かないことに業を煮やした白川さんが、「じゃあピンポイントヒモつきのカネをブチこんでやるよ!」という、局所療法に出たわけだ。これは、理解しやすい。しかし、それに対して全く逆の効果を持つのがBIではないか

確かに、総量緩和による政策は果てしないマネー預金に積もらせただけで、観念バベルの塔を築く以外にはほとんどなんの効力ももたらさなかった。しかしまた、同様にグローバル化世界において民衆にカネをばらまくことは、海に向かって魚を放流すること以上の意味を持ちえるのだろうか。もちろん、マグロ近海を泳ぐようになるならいい。しかし、そのイワシは大方が真っ直ぐ中国に向かってしまうのではないか


もちろん、魚を囲う「網」になり得る可能性は存在する。マネー総量の爆発的な増加による円安傾向、並びに通貨価値の下落(これを、通貨信認の毀損と呼ぶことも出来るが、それはめんどくさい議論になるので後述。また、「バーナンキ背理法は間違っている」という可能性も排除する。)これが天然の関税として作用する可能性はないか

円の価値が思いっきり落ちて1ドル150円になったとする。確かに輸出産業は活況を呈するだろう。しかしその一方、我々の消費傾向が国内回帰する可能性はあるか?私は難しいと思う。仮に、中国産製品の値段が二倍になったところで、それでも我々はメイドインチャイナ椅子に座り、メイドインチャイナのつめ切りを使うのではないか

この段階で、議論はフィフティ・フィフティだ。どっちに転がる可能性もある。輸出と輸入は美しいバランスを保ち、冷戦構造のような調和ある対立を得るかもしれない。しかし、BIの性質そのものメイドインチャイナを強力に後押しする可能性を考慮して欲しい。というのも、こういうことだ。労働価値というのは、A・スミスの慧眼が予見したとおり通常市場における神の見えざる手で決定付けられている。それに対して、半ばマルクス的な色合いを持つ「最低賃金」や「基本的人権」の観念、ひいては労働法規がその下限を決定付ける。翻ってこのBIの制度、これはかなり強力に労働単価を引き上げる効果を持つのではないか

平たく言えばこういうことだ。働かなくても食える世界で、時給640円で働く労働者存在し得るか?ということ。これは、人間の性質に関わる議論なので、ソヴィエト連邦国家運営がうまくいくかどうかと同じくらい「やってみないとわからない」。しかし、偉大なるレーニンやサン・シモンに敬意を払った上のこととしても、私は多分ダメだろうと思う。いや、ダメだろ?BIには、鎖国、ないしは強力な関税政策が必要になる。

そして、更なる恐怖がBIには待っている。これが疑問の二点目だ。それは、わが国の根本的性質に深く関わっている。

それは、わが国は「カロリーベースですら食料が自給出来るか微妙」ということ。そして、更に絶望的なるもう一点。「資源がありません」ということ。円高になればなっただけ、輸入コストは増大する。これに更に追い討ちをかけたのが先日の震災だ。原子力抜きで、エネルギーの自給が果たして出来るのか?1ドル150円になれば単純計算ガソリンリットル300円くらいだろうか。さて、果たしてこれはどうなる?

企業家にとっては恐ろしい未来が待っている。労働単価は高止まりし、原料費は高騰する。こうなると、「円建てで取引するのがそもそも間違ってんじゃないか」という思考に陥る可能性すらある。折角需要が喚起され、天然の関税障壁に守られたかに思えた国内生産品も価格競争力を持つことが全く出来ない。

そして追加的な怖さはこれだ。確かに、私もバーナンキ背理法は間違っていないだろう、と思う。確かに、マネーの総量が経済に影響を「与えない」と仮定するなら、世界はすぐに楽園になるだろう。なるほど、どこかで必ず飽和点は訪れ、円高は終わりを告げる。問題は、緩やかに落ちるかキリモミ落下して地面に突き刺さるか、だ。確かに円は高い、しかしわが国の財務状況は決して明るい未来を指し示してるとは言えない。つまるところ、通貨バブル国債バブル(私は現在の状況をそう認識しているが、これには異論があるかもしれない。むしろ、通貨の絶対価値とはスイスフランによって計測されるべきである、という考え方に対しては一理を認めるしかない)が大爆発するリスクはどうだろうか。BI,とはベーシックインカムである。それは、やはりベーシックインカムと呼びえるだけのキャッシュフローでなければいけない。しかし、それだけのマネー市場に放った結果について、我々は誰も知りえない。バーナンキ背理法は「リフレ政策の効力を約束した」わけではない。むしろ、「長期的に人は必ず死ぬ」といったニュアンスに近い。老衰で死ぬか、腹下しで死ぬか、爆散して骨も残らないか、誰にもわからない。

以上の観点から、私はBI制度が成功するとは思えない。

しかし、これは端的に私の知識不足、ないしは知能・理性の絶望的不足に根ざしている可能性も否定できない。

私は、BIの精神性を否定しない。むしろ高く評価するし、すばらしいと思う。ここがウクライナだったり、あるいはアルゼンチンであるなら、是非にもやるべきだと思う。また、日本産油国であればもっといい。しかし、そうではない。

ベーシックインカム論者の反論を求む。

あ、ごめん。労働単価の高止まりの根拠として、「BIは高税率が回避できない」ってのがあった。多少働いても、まぁかなり少なめに見積もっても半分は税金で持ってかれる。厳密に計算したわけじゃないけど、「どんなに少なくても」それくらいは要る。労働意欲の喚起はかなり難しいだろうと思うよ。

2011-05-09

http://anond.hatelabo.jp/20110509084515

これは次にベーシック・インカム負の所得税などのような政策で同じ展開になると断言する。

2011-04-14

http://anond.hatelabo.jp/20110414104843


まあ努力したい人が厳しい努力するのは自由だと思うんだけど、その努力の果実を得るのが既得権益者だと考えるともにょるわー。

もともとの再分配のシステムを考えれば、分配の前段階として既得権益層に回ること、そして既得権益を拡大することは必須。

それを悪戸断じた時から弱者への分配は放棄された。国民弱者の分配のために強者になる道を捨て、みんなで貧しくなろうという選択をしたのだ。そしてその選択こそが民主党への政権交代である。そして民主党政権を握る側に回った結果どうなったかはご覧のとおり。野党時代の彼らは「弱者である。そしてその支持者を救うべく強者になりこそすれ、結局は彼らをダシにした

なんで競争させられること自体に違和感を感じないんだろう。

現状のシステムを考えれば競争はさせられるものではなくするもの。生きることは糧を得ること(賃金投資。すなわち金)であり、金を得ることは生きることでありすなわち競争の源泉。

生きるために競争をするのであり、競争せずして老いて死ねるだけの糧があればそのような徒労は誰もしない。

力無き者がそれをせずに済むというのが、いわゆるベーシック・インカムであるが、これはあくまで国内においての話であり、国外との競争はなくならないし国内においても強者同士の競争はなくならない。そしてここで求められる強者とは正に先に述べた「分配するために既得権益となる弱者を救う側に立てる強者」であり、それがどういう結末を迎えるかに関しては政権交代前後民主党を見れば明らかである

強くなければ人を助けることなどできないし、強くなることは人に頼らず生きることができるということ。これは両立するがエゴスムある人はみな後者になるし、前者を想定してる弱者が如何にお花畑であるかは言わずもがな。

突き詰めればこの世は弱肉強食というのは真実であるし、結局自己責任で、生きたきゃ強くなりなさい、というのが答えになる。他人を助けるのはそれ以降でいいし弱者を助ける義務もない。だから弱者から死んでいくのも極端に言えば報いだな、と切り捨てるのもそれはそれで結構。

とにかく、「競争させられること自体に違和感」を持ちたければ持てばいいけど、そこからは何も産まれないし何も変わらない。少なくともこの世では競争の放棄と生への諦めは同義。

2011-02-06

http://anond.hatelabo.jp/20110206153324

ベーシック・インカムを導入の賛成」と「弱者死ね」の関連がよく分からん

死ね」が比喩的表現なら分からなくもないが、「ベーシック・インカムを導入」したら、弱者生物としては生き続けるのではないか

ベーシック・インカムを導入すべきたった1つの理由

  1. 弱者は淘汰されるべきだから

というか、今の社会保障費じゃ共倒れなので、とりあえず年収300万以下の人間は死んでいいよ。
病弱な人も邪魔ブラック企業邪魔ニート邪魔
こいつらみんな死んでくれ。

2010-12-16

ベーシック・インカム

http://nikonikositaine.blog49.fc2.com/blog-entry-1654.html

自民党政権定額給付金民主党政権になってから子ども手当て。

これもある種のベーシック・インカムの考え方ですよね。

子ども手当てって、べつに子どもを持っている家がお金持ちでなくてもそうでなくても一律でしょ。

ちょっとこの考え方に近いということですよね。

これからこのベーシック・インカムをどうすべきかってことがニュースに出てきますので、

ベーシック・インカムっていったら、このことなんだと思い出してください」


http://coffee-eclair.at.webry.info/201012/article_13.html

そしてベーシックインカム子ども手当ては類似するものではありますが、

麻生政権下で行った定額給付金は全く意味合いの異なるもので、あれは景気刺激策であるにも拘わらず、

子ども手当てと定額給付金ベーシックインカムと同じ類のものだ』と暴論。全く酷過ぎる。

短く編集すると暴論になる例だよな・・・

2010-10-23

http://anond.hatelabo.jp/20101023140225

明らかに生活保護狙いで、働く意思がないやつってのが大量に出てるわけじゃない

大量?人口比でどれくらい?

そういうやつらを生かしておく意味ってあるのかなと

生きるのに意味が必要なのか?

働く意思もなく、ただ国に頼って暮らすだけのやつ

働く意思問わずに、働かないと喰ってけませんがね。ちなみに俺は労働してるけど、意思としては働きたくないな。

北海道あたりの広大な土地が余ってるところで、世田谷区ぐらいの土地に施設建てて、生活保護者は一時的にそこで暮らす

なるほど。新たに被差別地域を作るわけですか。

ついでに、親が世話出来なくなった(←ここポイント

つまり、仮にそういう施設があったとして、親の資産が余りある場合には入所を認めない、と。

人命尊重からはかけ離れるけど、そうでもしないと甘ったれた国はどうにもならんでしょ

甘ったれた国をどうにかするために甘ったれた(とされている)人をどうにかするのかー。へー。

つまり、日本人においては、人権よりも尊重されなければならないものがあるから、人権生存権などは無視しても構わない、と。

そういうの真剣に考える政党できたら、絶対応援するんだけどなぁ

新党日本

まあ、アンタみたいな脳内超人ベーシック・インカム需要はないだろうけども。

2010-10-10

http://anond.hatelabo.jp/20101010110453

だからベーシック・インカムには反対なんだよ。

こういう甘え者をのさばらせるのは社会にとって良くない。

2010-10-07

無能が生きていいだなんて時代は永劫来ない

ベーシック・インカム結構。負の所得税結構。

しかしそれはきっちり日本に納税している国民にだけ給付されるべきで、働きたくない、働かない、ような弱者や無能には給付は疎か、より徴税すべきである。

http://anond.hatelabo.jp/20101007145129

こういうのを見るたび、発想力のない奴が大学に増えたな、と実感する。

とっとと死ねよ。弱者にやさしい世の中なんて糞食らえだ。努力もしない癖にその程度、努力してもその程度、どちらにせよ救いようがない。救うのは金の無駄

こいつのような思考をする奴がいる限りベーシック・インカム(笑)だとか、負の所得税(笑)だとかには常に反対し続ける。

生活保護も職歴ありが前提、かつハロワに毎日顔を出すような措置を作らないとだめだな。

誰もお前を助けない。お前が不幸で飯がうまい

頼むから死んでくれ。死ねばお前以外みんなが幸せになる。

2010-07-04

アンチ社畜の皆さん、良い休日を過ごしていらっしゃいますか?

僕はネット上では社畜に否定的な態度、日本雇用環境は是正されるべき、ベーシック・インカムの早期導入、表現の自由を守るために断固戦う!などなど、ネットに媚びた言動ばかり取っています。

でも僕のリアル社畜こそ日本社会の礎を支える崇高な仕事という信念で働いてる、飲み会では一気飲みするし、させるし、ベーシック・インカムはできればいいけどねーぐらいの冷めた態度で、日本雇用環境は素晴らしい!新卒フィルター、無能な既卒の排除、経験者はどこへでも行っちゃいなYO!という思想を掲げております。

あ、表現の自由規制されるべきね、もちろん。

でもネットの言動を見てると「ネット啓蒙することで日本は良くなる」と本気で思っているbotさんがたくさんいるんだよね。

で、その人達に向けて書く増田なんだけどね。

  1. 君たちががんばって啓蒙したところで実現まで半世紀はかかるでしょ。何でそんなに必死なの?僕みたいに社畜になりきって経験積んで行った方が無難じゃないかなあ。ベーシック・インカムなんて、それこそ今訴えている世代は恩恵に預かれないと思うんだけど、何が君たちをそこまで突き動かすの?
  2. 表現規制だってそう。ここで自由とか言っちゃってるのは子供を持ったこともないクソガキだと思うんだよね。親になれば無尽蔵に湧いてくる「エゴ自由」に殺意を覚えるものだけど。
  3. 就職大変だよねえ。でもそこで選ばれるってのは君や社会にとっては栄誉なことなんだよ。君の人生は正しいという他者からの評価でもある。もっと誇りなさい。逆に就職も進路も決まらずにフリーターニートになってしまう一部の大学生は恥だね。死ねって言われても文句言えないよね。事実なんだもん。

まあ、体制批判は子供に許された特権ではあるけど、大の大人がそんな愚かしいこと、まさかしてないよね。まさかね。

それじゃあみなさん、ごきげんよう。よい休日を。

2010-07-02

社会はこうあるべきだ!と言いながら、社会が変わるのをただ待つだけで何もしないなら

 何も変わらない。

ですよねー

日本雇用労働環境は是正されるべきだ(キリッ」

ベーシック・インカム(笑)は資本主義(キリッ」

表現の自由を棄損する悪法(爆笑)拡散お願いします(キリッ」

2010-06-26

共働きは古い

昔は共働き子供放置という問題があったけど、最近女性は働きたくないでござるという人がかなり多い。

世間では働きたくない=ニートというのは最低のクズ扱いで、働かざるものは食うべからずという認識がある。

しかし、これからの時代は働かない人はどんどん優遇されて良いと思う。

なぜなら、働かない人はそれだけ経済活動を緩やかにし、地球環境に優しい人間なのだから。

これまでの常識からすると、ニートというのは働かないくせに好き勝手遊んだり食ったりする社会害虫という認識があったが、実際この認識には隠れた前提がある。

それはニート社会の主流ではないということである。

逆に、ニートが主流になったら、逆に世間の害虫であるどころか、ニート救世主になる。

そういう観点から考案され、近年注目されているのが、ベーシック・インカムという概念である。

ニートが好き勝手遊んで資源を食いつぶすという常識はもはや古い。逆なのだ。

ニートが主流になったら、社会全体がエコになるので、ニートが好き勝手しようが資源を食いつぶすことはない。

このコペルニクス的転回こそが、昨今の政治問題根本的に解決すると信じてやまない。

2010-06-08

http://anond.hatelabo.jp/20100608204055

ベーシック・インカムなんて絵にも描けない餅。

そんなものに群がるほどの経済力しかないなら、自分人生に見切をつけたまえ。

下手に死期を先延ばしにして、満足するのかい?

2010-05-11

日本人口問題に直面して取らなければならないだろう対策

現状、日本自殺者3万人を超えるキチガイ国家です。これから経済が衰退する可能性が十分見込める日本において、一人当たりの所得が低下するわけで、当然人口減少に拍車がかかるでしょう。

そこで、今後政府人口問題に直面した時にとりうる対策をピックアップします。

  1. 自殺者は基本的に無視する(現在

自殺者がどれだけ増えようと、人口が多いならばこれほど都合の良い反応はないでしょう。

政府としては「自殺対策委員会」という適当ハコモノでも設置して、無駄会議時間と経費を行使しましょう。

やってると思わせれば、バカは騙せますからね。

  1. 自殺はマズイ!保護せよ!(現在+今後のパターンA)

自殺者が多いのは国家イメージとして非常にマイナス

なので自殺者自体は減らそう、という動き。

死にたい人に無理やり衣食住を提供し、死ぬための時間を奪って自殺者数を減らします。

  1. 自殺はマズイ!保障しないと!でも死にたいなら死んでもいいよ!(今後のパターンB)

パターンAは場合によると「人権」について問題になり、結局対外的にマイナスになる可能性が有ります。

なので、死にたい人は死ねいいんじゃないか。でも、望まない死は限りなく少なくしよう、と動く可能性も有ります

つまり、ベーシック・インカムですね。

死にそうな人生の負担をある程度軽減してソフトランディングさせることで、被害を最小限に留めます。出費はかさみますが。

導入自体も自殺対策の他にも見込める点があるので、選挙での争点になる可能性は今後、十分見込めるでしょう。

  1. いや、寧ろ国が積極的に人口を減らすべきだろ(過激+社会主義+実現可能性ほぼゼロ

いやいや、甘える奴なんてのは国家邪魔なんだから、無職ニートなど相対的に貧困である下から2割をばっさり切り落として

スリムアップしようぜ、という国家主導ののリストラ

国家が動かすにはあまりに無謀だが、一部国民にはなかなかウケの良さそうな案ではある。

2010-05-05

http://anond.hatelabo.jp/20100505180507

個人に支給するのがベーシック・インカム

世帯に支給する負の所得税とごっちゃごちゃ。

ほんとにそこが違いなの?

誰かが提唱したモデルがたまたまそうだったのではなくて?

2010-04-30

格差は広がってしかるべきだけど、弱者を救済する気にはなれない。

格差は広げるべきだし、寧ろ硬直化させてリトライ不可能にすべきだ。

だけど、そこで生まれた弱者を救済する必要はないと思う。

つまり、下層の人間はいろいろ入れ替わってもいいということ。

だから俺は社会保障なんて無くなればいいと思ってるし、ましてや負の所得税だのベーシック・インカムなんてのはお断りだ。

弱者がおめおめと生きのびてきた結果が今の日本だ。

死ぬべき奴は死んでしまえ。手を差し伸べてもいいが、奴隷のごとくこき使え。そして情け容赦なく捨ててしまえ。

2010-04-14

名文

「この息苦しい社会のなかで、完全な形でのベーシック・インカムなどすぐには実現しそうもないかもしれないが、それでもベーシック・インカムについて議論することに今ここでの解放感があるとすれば、それは将来に起こりうることへの希望だけではなく、この新しい所得保障について語ることが、今は社会から否定されている生き方の肯定につながる部分があるからだろう」



ベーシック・インカム入門』(「はじめに」より)

http://bit.ly/cOHGME

2010-04-07

学校貧乏人をほしがる制度

学校貧乏人をほしがる制度


本題だけど、僕はTwitter安倍元首相教育バウチャー制学校選択制

を押してたのを思い出したってつぶやいてたんだけど、

教育バウチャーについてのおもしろい提案が紹介されてたよ。

つまりは、こういうこと↓



学校を選ぶ権利低所得の人にだけ増やそう

→そしたら学校貧乏教育を受けられない人を集めようとする



貧乏な家に産まれたっていうだけで教育を受けられないというケースを減らせそうで良いと思うよね。

確かにそうで、日本でも教育の問題は大切だと思う。

でもこの話には落とし穴っていうか疑問点があって、それこそBI(ベーシック・インカム)

根底の部分でつながるんだけど、税金をどうやって課税するかっていう話と似ている。

こういう類の「低所得者貧乏人)」を優遇する措置をとると、賃金を得ようというインセンティブが弱まる、

つまり、貧乏人でいたほうが得だと思って働く気がなくなるんだね。

これは例えば、夫が正社員で奥さんがパートをしてる場合の、奥さんのことだね(社会保険に加入しなくて良いように労働時間調整したり、年収130万円未満に抑えたりするよね)。

(まあここではややこしいから「賃金を得る」=「働く」っていうことにしてるよ。BIとかは、大きな目で(マクロ的に)見ると、必ずしももう皆がみんな働かなくてもいい社会になったんじゃないかっていうことになってるよね)



だから、貧乏な人を学校が集めようとする制度をがんばってつくるよりは、

貧乏人が貧困から抜け出すような構造をつくるほうが根本的な解決になると思うんだ。

つまり、BIだよね!


ほかにも今日介護コモデティ化に関するエントリー読んで気になったんだけど、長いからまた今度ね。



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デモグラント」ってググったらそいいうこと言ってるサイトがでてきたんだ。

なんでググったかというと、今日そのBIの新書ベーシック・インカム入門 (光文社新書)』を読んでて、

昔は日本ではBIが「デモグラント」とも呼ばれてたって知ったからググったんだ。

そしたら上でも書いたけど今日Twitterでつぶやいた教育バウチャーについての話があって驚いたんだ。



今、 BIの話題がけっこうでるようになったよね

テレビでもやりだしたって痛いニュースで知ったんだけど、まあ反応は最初はみんな一緒だね、共産主義だとかさ)。

ちなみにレビュー洋書は『Motivation, Agency, and Public Policy』(Julian Le Grand)

っていってGoogle ブックスにもあったよ。

アマゾンでも2000円くらいでThe New Egalitarianismっていう書名で売ってたよ。

2010-04-04

http://anond.hatelabo.jp/20100404163317

ベーシック・インカム(BI)の議論で大事なのは財源をどうするかじゃなくて、

BI導入後の日本がどうなっていくかっていうほうが絶対大事な論点だと思います。

くそうですね。

ただ、財源の確保の方法が、BI導入後の日本がどうなるかということと密接に関わっているとも思います。

http://anond.hatelabo.jp/20100404031856

【補足】

財源について主張しといてなんだけど、

ベーシック・インカム(BI)の議論で大事なのは財源をどうするかじゃなくて、

BI導入後の日本がどうなっていくかっていうほうが絶対大事な論点だと思います。

http://anond.hatelabo.jp/20100404100658

まあ、抜け道があるから助かるって人がたくさんいるから、この国の制度は、簡単には変わらないと思うがね。

抜け道利益を得てる人の票とカネが政治を動かしてるからね。

殆どのひとが、この日本を良くするため、あるいは危機から脱するために何かしているのか? というとしていないんじゃないか。

ベーシック・インカム推進論者って今のところネットでぶつぶつ言ってるだけだからなー

ベーシック・インカム実施マニフェストにすることで、票とカネが集まることを政党に思い知らせないといけない。

そのためのハックがあるんじゃないかなー それを知りたいw

http://anond.hatelabo.jp/20100404093544

日本保険制度は素晴らしい仕組みだと思うと同時に、抜け道だらけだな、と思った。

まぁそうなんだよね。

ベーシック・インカム推進派の多くが消費税を中心に据えたいっていうのも、一つはこの抜け道だらけの複雑な制度を単純化したいという意図があります。

逆に言えば、不公平な税制の解消のため消費税中心にすると出てくる逆進性の問題を、ベーシック・インカム、あるいは負の所得税で解消すると言ってもいい。

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