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はてなキーワード: 2000本安打とは

2023-11-14

人間万事塞翁が馬

ある元野球選手プロ野球人生

 ドラフト5位で某地方球団入団

球団黄金時代を築き、中心メンバーに。

監督が退任し、球団は低迷。

黄金期の監督GMとして戻ってきて、高年俸理由放出

東京の人気球団に移籍

球団監督暴力団問題で辞任

→新監督就任コーチ就任を乞われ、引退(2000本安打まで88本を残して達成できず)

→(中略)日本代表監督就任

最初所属した球団をクビになったのは不幸だったが、結果的に、人気球団に移籍したことでその後に繋がったし。

不祥事の割を食って2000本安打を達成できずに引退したのも不幸だったが、それによってコーチとしての経験を積めて、結局は日本代表監督

…何があるかわからん

2023-07-11

長嶋一茂のすごさを知ってほしい

ゲレーロJr.がホームランダービーで優勝していてふと思ったこと。


長嶋一茂はすっかり「バカ息子」キャラが定着してテレビタレントして大成功し、野球選手としてはダメだったことをイジられているけど、実はスター選手の息子でもっとプロ野球で実績を残した人物であることを忘れてる。


成績は7年で通算161安打本塁打18本だけど、これを超えている元スター選手の息子は一人もいない。嘘だと思ったら、2000本安打や元本塁打王の息子でプロ野球選手活躍した選手を挙げてみればいい。プロになった選手で思い浮かぶのは野村克則(8年66安打4本)くらいで、他の息子たちは比べられるようになるはるか手前で野球をやめている。一茂は「二世」の世界では圧倒的にナンバーワンの実績の持ち主なのだ


メジャーではボンズ、グリフィー、フィルダーなど二代続けてスター選手なんて、当たり前のようにゴロゴロいるのに、日本スター選手二世ほとんどいないのはなぜだろうか。

2021-12-14

anond:20211214115802

ベテラン プロ野球選手で、130号だか300号ホームランだか

2000本安打まであと一本で

代打要員になってしまった人がいたよね。

怪我が多かった石井浩郎だっけ?

広沢とかその辺の人。

あるいは内川の2000本かもしれん


試合試合フロント地元花屋花束を注文して球場に持ってこさせたとか。

2021-08-30

自分ライオンズ栗山巧

ライオンズを知ったのは新聞屋内野自由席のタダ券。

秋津の乗り換えは分からなかった。

蓋のあるスタジアムなんてと珍しいものを見る目だった。

初めて観に行ったら松坂燃えてた。

でも試合は勝った。

もう一度行ったら西口が好投してた。

勝ったら花火バックスクリーンで爆発してた。

何度目かに行ったら名前インボイスが付いていた。

選手佐藤友亮とか貝塚とか、何故かは分からないが覚えて帰った。

今思えば若手として出始めていたのだろうが、全く記憶にない。

それが、あったかも知れない栗山との出会い

それからしばらく浦和レッズばかり見ていて、野球から離れていた時期があった。

さすがに少しだけ日本シリーズ記憶はある気がするが、暴れ回る片岡絶対に打ちそうなナカジくらいだろうか、はっきり覚えているのは。

派手な髪の軍団の中の一人で、片岡の後ろで地味な仕事をこなす人。

それが、栗山に抱いた最初の印象。

チームは大型連敗をして、ナベQ監督コメントも息詰まっているのをスポーツニュースで見た。

昔タダ券で見た姿通りの、ずっと強いイメージであったからなのか、未だに当時の気持ち理解不能だが、その時にこのチームは気にかけないといけない、あわよくば応援してやらないといけない気がするなどという奇妙な気分になり、ファンである自覚を初めて持った。

いからと久々の観戦で外野席に乗り込み、応援の楽しさも知った。

栗山がやたらと出塁する選手であることもこの時初めて理解した。

俄然、野球を見るのが楽しくなった。

それが、10年少し前くらいの記憶

その日、デッドボールを受けて吠えていた栗山の状況を、ラジオを通して聴いていた気がする。

後日、多少の同様を隠せない秋山栗山のいない状況について語っていたことで、ライオンズ大黒柱栗山であることを初めて痛感した。

悔しいような、歯痒いような気持ちで残りのシーズンを見ていたのははっきりと覚えている。

それが、栗山をかけがえのない存在として捉え始めた記憶

初めて行った南郷の春季キャンプでは、選手にとってはキツい練習だろうが、ファンは無邪気にサインを貰いに駆けずり回っていた。

見事にそのファンの一員と化していた自分に、練習後の夕方、帰りのバスを待たせてまで、嫌な顔一つせずサインに応じてくれたのが、栗山だった。

初めて外野席に踏み込んだ時に持ち込んだフラッグに書いてもらったサインで、何らかの魂が入った気がした。もちろん、今も手元にある。

それから蓋を開けてみると、大雑把で惜しい、常にもう一つが遠いシーズンが二度、三度と来た。

来た上に、一人、また一人と応援していたはずの選手が居なくなった。

居なくなっただけならまだしも、一部は常の敵として、同リーグで牙を剥いて襲いかかってきた。

応援団にすら、残留したメヒアを評して「 こんなチーム に残ってくれた物好き」と言われるほどの状況で、日々先の見えないトンネルに居るような、耐え難い息苦しさを感じていた。

そんなシーズンを終えたタイミングで、栗山FAタイミングが来た。

日々の彼の言動を見るたびに、多分残ってはくれるんじゃないかしかしこんなチームだから‥と思っていた時に、あの言葉が降ってきた。

───「FA権を持っているだけで、ファンの方が『もしかしたら』と、思うかもしれない。その選択肢を断つことが、『これからライオンズ野球をやりたい』という思いの、最高の意思表示になるのかなと思いました」

こうだ。

自分の、いやファン全員の心の声を聞いた上で、これ以上はない答えを返してくれたに違いないと、彼は我々と喜怒哀楽を共にしてくれる唯一無二の存在なのだと、一言一句を噛み締めながらそう確信した。

これが、栗山巧を本当に好きになった理由

監督の納得感のある指揮で理に敵った強さを手に入れ、10年振りのVの文字を見た夕べ、

ようやく胸のつかえが取れたような、じっくりと喜びを味わうような表情、コメントをしていた栗山を見て、こちらの優勝の実感もようやく湧いてきたような気がした。

ただ、CS突破日本一忘れ物が二つも作ってしまったが。これはまた、彼がユニフォームを着ている内に再び共に分かち合える喜びが残っていると考えることにしたい。

もうプロ20年目。

同期の中村と同じく、最前線で戦っている姿は記憶にある選手では半ば西口領域差し掛かっており、驚異的ではあるが

さすがに毎試合守備につくことはなくなった、全盛期の打力とも言えないかもしれない。

しかし、だからこそ、彼は目の前の打席に集中し、己の今出せる力を振り絞り、懸命なプレーを見せてくれている。

ひたすらに気の遠くなるような努力を惜しまず、倦まず、ただただ「やらなきゃダメなのよ」といった感じで積み重ねている。

そうしたものの結果が、

球団上前未踏の「生え抜き2000本安打」という偉業にあと一歩という形で、いよいよ実を結ぼうとしている。

自分は、いや埼玉西武ライオンズファンは、その課程を一丸となって応援し、

達成のあかつきには惜しみなく祝福し、喜びを共に分かち合うだろう。

栗山選手、我々はあなたと共にありたい。

あなたがそうしてくれたように。

全力で、全身全霊で、応援しています

進め、今こそ2000本へ!

2016-03-05

落合博満は毎打席ホームランを狙っていた

落合博満プロ通算500本安打・1000本安打・1500本安打2000本安打という節目の安打が全てホームランであることは有名であるが、落合くそれは偶然ではないという。

まり狙ってホームランを打ったわけだが、節目の打席以外でも毎打席ホームラン狙いが基本前提だったために、節目の打席でホームランを狙って打つことが造作なかったと語っている。


イチローホームランを狙えば打てる能力があることを他の選手ファンから評価されており、節目の打席ではホームランを狙うことが多いとされる。

通算本塁打の割に先頭打者本塁打や1試合複数本塁打が多いことに加えて、年間200本目のヒットがホームランの年があることや、プロ通算1000本安打ホームランだったことなから狙えばホームランを打てる能力があることと、何らかの節目の時にはホームランを狙うことが多いことが指摘できる。

(確か1994年の200本目の安打日本通算500安打目の打球ももう少しでホームランという打球だったから狙っていたかもしれない)

しかし、同時にそのような節目を迎えた時にはスランプが少ない選手代表であるイチロー不振に陥ることが多いが、ホームランを狙っていた影響があると思われる。プロ通算1000安打の直前も不振で、久々のヒットとなるプロ通算1000安打目がホームランだった。

だが、落合はそのような節目を迎えた時に特別不振には陥ってはいなかったように思うし、本人もそう語っていた気がする。

(2000本安打の前に6打席ノーヒットというのがあったが、6打席くらいは大したものではないだろう)

それも毎打席ホームランを狙うのが基本前提だったかなのだろう。


ところで、サッカーにおいて日本人FWはゴールを狙える場面で変にもたつくことが多いとよく指摘される。

シュートを打てる場面でパスしてしまったり、キープしてる内にタイミングを逃してしまう、お馴染みの動作である

その特有のもたつきが無かった日本人の一人がキングカズこと三浦知良と言われる。彼と並んでゴンこと中山雅史もその一人だろう。

日本代表代名詞決定力不足となったのも、思えばカズゴン日本代表から遠ざかってからのことのように思う。


2000年代以降各種メディア日本代表決定力不足が当然の如く囁かれるようになっていたが、その時にJリーグの歴代選手の1試合あたりの平均シュート数を比較した記事があった。

それによると確か上位は殆ど南米系の外国人選手で、日本人で上位に食い込んでいたのはカズゴンだけだった。

シュート数におけるゴールの決定率でいえば日本人FWはむしろ高い方なのにシュート数が少ないためにゴールが生まれにくいことを指摘する記事で、シュートを多く打てるカズゴンは凄いというようなことを書いていたと思う。


カズは実際、「FWシュートを99回外しても、平然と100回目を蹴る精神構造でないとやっていけない」と言っていたが、

カズゴン南米FWシュートが狙える時はとにもかくにも狙ってシュートを打つことが基本前提としてあるためにシュートを打つことへの変な躊躇や恐怖がない。だからシュートチャンスで変なもたつきを出さずにシュートを打てるのだろう。

2014-09-30

松井稼頭央とか井口資仁とか

メジャー帰りのベテランが、未だに日本のチームでレギュラー張っているのが好きだ。

野球やチームのあり方に関して、経験豊富ベテランがチームにいる。その益は計り知れない。

彼らが2000本安打を経てもなお成績を積み重ねる姿が好きだ。

日本人メジャー進出は、それ自体もエキサイティング事象だ。

しかし実は彼らが帰ってきてその経験を活かして日本活躍し、若手に影響を与える事態こそが、メジャー日本人が進出したことの最大の恩恵ではないだろうか。

2013-04-08

アイーン」「ラミ茶」「ゲッツ」など、様々なパフォーマンスで人気のラミちゃんこと、アレックス・ラミレス選手横浜DeNAベイスターズ)が昨日の試合2000本安打を達成した。

外国人選手として初めての偉業であり、1695試合での達成は史上2番目の最速記録(1位は打撃の神様川上哲治の1646試合)だ。ラミレスは他にも「9年連続150安打」(日本記録)、「右打者外国人初の200本安打」、「史上初となる3球団ヤクルト巨人横浜)での月間MVP受賞」など、これまで数多くの記録を打ち立てている。なぜラミレス日本成功したのか? その秘訣を自身の著書過去のインタビューなどを振り返りながら探ってみたい

2000本安打達成。ラミレスの成功は準備力だった

2012-12-27

日本プロ野球レジェンド

なんJ PRIDE : 歴代プロ野球レジェンドベスト10選ぶとしたら http://blog.livedoor.jp/rock1963roll/archives/3650792.html

この手の記事は定期的に立っては基準がわからずにいろいろ意見が出て結論が出ない。まあ、それがこの手の記事の醍醐味でもあるんだけど、俺個人としては「この人がいなかったら日本プロ野球史は語れない」という観点で考えてみた。さほど詳しい訳ではないので、突っ込みどころありまくりだろうけど、そう言うのがあったら教えてちょ。

1. 長嶋茂雄
日本野球アマ野球が中心だった頃に大活躍して人気を博し、そのままジャイアンツ入団することで日本野球の中心をアマからプロへと動かした、正にミスタープロ野球。天覧試合などでの勝負強さは日本野球人気を決定付けた。
2. 王貞治
不滅の868本塁打を打ち立てた、真のホームラン王。日本だけでなく世界から尊敬を集める。国民栄誉賞はこの人のために作られた。
3. 川上哲治
赤バット異名で知られる、日本最初2000本安打達成者。監督としては巨人軍V9を達成し、日本での巨人人気を不動のものにした。全国に巨人ファンがいるのはこの人のおかげ。
4. 野村克也
選手監督としての実績もさることながら、「ノムラスコープ」の確立など、日本野球理論化に貢献した。今の捕手ゲームメーカーとしての地位はこの人によって作られた。
5. 金田正一
日本唯一の400勝投手名球会設立者。いろいろ意見はあるものの、球界ご意見番であることに変わりはない。
6. 張本勲
日本野球界としては唯一の3000本安打達成者(イチローは日米通算)。指導者経験はないものの、金田と同じく球界ご意見番
7. 福本豊
通算1065盗塁、シーズン106盗塁の不滅の盗塁魔。彼の足を止めるためにクイック投法が開発された。
8. 落合博満
天才的な大打者である一方、選手待遇改善を声高に訴え、日本人選手としては最初年俸一億円を獲得した。中日監督としても好成績をあげ、全権を把握するやり方は、監督にあり方に一石を投じた。落合野球は今後日本野球界にどういう影響をもたらすだろうか。
9. 野茂英雄
投手としての実績もさることながら、独自の行動力でメジャーリーグへの道を切り開いた。今の日本人選手が「メジャー行きたい」と言えるのはこの人のおかげ。野茂の前に道はない、野茂のあとに道が出来る。
10. イチロー
王の確立したホームランという野球の華を安打でも達成できることを証明した。日本のシーズン200安打最初の達成者、7年連続首位打者という不滅の記録保持者。メジャーリーグでも怪物的な記録を出し続ける、日本世界最高の安打製造機。正に生けるレジェンド
番外 板東英二
高校野球中日でも十分な活躍をした後、バラエティタレントとして大成日本野球選手タレント化に貢献。視聴率30%男。
根本陸夫
選手としてはからっきしダメだったが、フロントに取り入って暗躍、広島西武ダイエー(当時)の体制を作り上げた。有力選手獲得のために100億の金を動かしたと言われる、日本プロ野球の影の大立者。

2012-10-12

名球会候補

とりあえず

A・ラミレスDeNA通算2000本安打まで、あと7本
中村紀洋(DeNA日米通算2000本安打まで、あと27本
 通算2000本安打まで、あと 32本
谷繁元信中日 通算2000本安打まで、あと31本
谷佳知巨人通算2000本安打まで、あと86

2000本安打への道より

 
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