はてなキーワード: 創作とは
私が初めて創作らしいことに手を付けたのは、物語を作ることではなく何かしらのテーマにキャラを当てはめることだった。
https://note.com/euphoniumg59/n/n8cb90fceb072
元々お酒好きと言うこともあって、それぞれのキャラにカクテルを選ぶという遊びは今メインとしているジャンル……文アル以前からやっていた。文アルで選んだ時の画像のまとめを出そうとして、主にTwitterに上げていたせいで凍結した今では見られないという事実にたった今気づいたので、今度どこかでまとめなおそうと思う。
文豪混酒紹介譚
https://www.pixiv.net/novel/series/1067167
そんな遊びを始めたのは2017年。始めた頃はほぼ壁打ちで、一人で細々とあげ続けていた。そんなある日、重治に選んだカクテルについて、とあるフォロワーさんがこんなことを教えてくれた。
「ミモザの花は、もともと女性労働者を象徴する花。女性の同志にも寄り添っていた彼によく合う」
選んだカクテルは「バックス・フィズ」、イギリス発祥のシャンパンのオレンジジュース割りで、タンブラーグラスに氷を入れてその中で混ぜて作る。これを氷無しでシャンパングラスで作ると「ミモザ」というカクテルになるのと合わせて、プロレタリア文学の3人の共通テーマとして挙げていた「簡単に作れるもの」に「花でいることもできるのにその道を選ばなかった」辺りからイメージして選んだのだけれど、当時はミモザ自体にそんな意味があったのかと驚いたのを覚えている。その後も新作を上げるたびに反応をくださって、好きと言ってくださって、特に啄木で選んだ「ブラッドアンドサンド」では一節のショート・ショートを頂いた。あれから私も小説を、物語を書くようになって、微々たるものではあるが作品も積みあがってきた。見せられればと思っていた矢先に、その人はいつのまにか、何も言わずに、いなくなってしまわれた。
Twitterでしか繋がりが無い以上、あの人が今どうしているのかは分からない。何の前触れもなくつぶやかなくなってしまわれたので、元気にしていればそれでいいけれどもしかしたらそうじゃない可能性だってある。人との別れは突然でいくつになったって慣れることは無い。私も小説を書くようになったんですよと伝えたくても、伝える術が無いことに棘が刺さるような思いがする。今の私にできるのは、気が向いたときにでも世界に向けて作品を上げ続けることぐらいだ。万が一でも、目に止まればいいのにと願いながら。
ミモザの日が来ると思い出す。
どんな強敵にも弱点があるってのは創作の基本だけど、部長から上の人達ってアルハラパワハラヤニハラセクハラがひどいことを除けば弱点らしい弱点もないし、それさえも訴えにくいギリギリのラインを攻める術も熟知しているので手が付けられない。無敵だよ、あの人種。
やる気のない創作だな
なんていうかVTuberとリアルコスプレは別次元の話だから混ぜないで欲しいんだよな
そいつがブスかどうかとかコスプレの出来がどうかって話は置いておいて、俺はネットの中で平和な世界を楽しんでいるのでリアルを押しつけないでほしい
Aさん「障害者は一生引きこもっていろ。外にでてくるな」
Aさんの創作に対して、B氏の感想「シュールなとこがあったけど面白かった」。という言葉にAさんがバカにされたと腹を立てたのがきっかけだった。
正直言ってSNSだけ見てるとAさんの方がだいぶ障害が重い人だ。
怒るような言葉で無い言葉に「自分をバカにした」と相手を攻撃する。ブロックしたその後もB氏への誹謗中傷を書いてはその記事が規約で引っかかって消されるとかそういうレベルだ。
B氏は言い返さず穏便にすませた。
そんなAさんが長いこと付き合ってるC君とのデートの記事を書いていた。
なんか虚しくなちゃったよ。
楽しくランチができて、Aさんの分までお金を出そうとしてくれる相手がいること。
新潮文庫の芥川龍之介『地獄変・偸盗』を読んで表題のようなことを思ったのでちょっと書いてみる
どうやら偉い学者のようだが、「何言ってんだこいつ」と思えるところがある
この人によると収録されている『六の宮の姫君』は出典元の今昔物語集と筋はほぼ同じで、あとは若干の創作が付け加えられているだけだそうだ
芥川龍之介が話の筋を重要視してないのは素人の自分でも知っている
この人は「わずかに潤色をほどこしているにすぎない」と芥川の創作部分を評価してないようだが、
出典元と読み比べてみると、むしろ筋以外はほとんどが芥川の創作で、描写される景色や人物の言葉は今昔物語集には存在しない
芥川が生み出したところに目を向けず、筋だけを取り上げて大したことない作品に貶めるとは、こういうのが文学研究なのかと、いったい何をしているのかと思う
『六の宮の姫君』は芥川が自殺する5年前に書かれた作品だが、自分には作中の死にゆく姫君の言葉は将来の芥川の自死を予感させるもののように読めた
こんな素人ぽい分かりやすい読みを超えた、専門家らしいもっと深く鋭い解説を読みたかったが、それともこれこそが専門家らしい読み方なのだろうか