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はてなキーワード: 中世社会とは

2023-04-29

anond:20230429074532

信長革命者ではなかったというのは、歴史見方によるところが大きい。

一般には、信長封建的中世社会を打破し、

近代的な国家を目指した革命家として評価されてきた。

しかし、近年の研究では、信長政策中世社会の延長線上にあり、革新性は低いという見方が主流である

 

信長は、自らの権力を強化するために、室町幕府寺社勢力対立したが、それは中世的な権力闘争の一環であり、社会制度思想に対する批判改革を行ったわけではない。

また、信長が推進した「天下布武」や「天下統一」も、中世的な観念に基づくものである

信長は、「天下」(五畿内)を支配することを目指したが、「日本国」全体を統一することを考えていなかった。

信長は、「天皇」や「将軍」という中世的な権威依拠しようとしたが、「国王」や「皇帝」という近代的な権威を自ら名乗ろうとしなかった 。

 

したがって、信長革命者ではなく、中世社会の最終段階における戦国大名であると言える。

信長が行ったことは、中世社会の変動や混乱に対応するための適応であり、近代社会への移行を意図したものではなかった 。

2021-06-27

権力者軍人は口は勇ましくても医療研究の成果が欲しいわけだ

若者怪我経験すらない人が多数派の国ならそうなるだろうね

リアル弱肉強食中世社会にすら医師がいて研究者がいる

患者を多く見ないと医師能力を維持できないと学者に言われたら勇ましいはずの将軍予算を認めるわけだw

anond:20210627035952

2020-02-16

古今伝授ウイルス

思うところあって中屋敷均『ウイルスは生きている』を再読。走り読みなので細部までは目が行き届いていないが、これを読んだ時に受け取った熱を思い出した。2016年3月初版発行からそう経たぬうちに読んだと思うが、今は随分ここから遠くに来た気がする。本書が今の自分とは縁遠いものという意味ではなく、寧ろ逆にずっと俺の心を捉えて離さなかった。自分世界認識に深く影響を与えた(与えている)ので、もっとずっと昔から自分の中にあったように感じていたが、たった4年前のことなのか。

思うところが何かを明確に言語化するのは難しいが、

古今伝授を真に理解するためには、それが中世社会特質と深く関わっていることを考えなければならない(古今伝授和歌という縦糸だけで説明しようとするからダメなんだ。中世という横糸を忘れている)。中世は壮大なコジツケの体系が構築された時代神仏習合本地垂迹説・卜部神道中世日本紀等々…の奇妙奇天烈世界観!古今伝授もその一環として見るべきではないか。コジツケと言われればそうだけど、それはその時代の人々にとってとても必要なコジツケだったのだ、という。もし積極的な意義を見出すのならその方向から説明しなければならないのだ。(古今伝授を受けた天皇を中心に優れた歌人が輩出された、だから歌学教育として意味があったとかバカか。優れた和歌とは何かという定義評価軸じたいが古今伝授支配圏内形成されるのだから、優れてるかどうかを論じること自体ナンセンス。)

古今伝授古今伝授になっていく過程、つまり古今集という単なる書物が、あるいは勅撰集編纂という律令制国家の一事業が、その枠を超えた何か大きな・尊い民族文化の精髄のように認識されていくそ過程において、付与された様々な言説――三木三鳥だの八雲神詠だの人麻呂がなんちゃらかんちゃら、後世から荒唐無稽とさんざ罵倒されることになるこれらの言説は、あたか胎盤形成におけるシンシチン(syncytin)のような役割果たしていた、と考えることはできないのか。異物を異物と感じさせない、捏造捏造と感じさせない仕掛け。それは、倫理的断罪とか文化価値の優劣の俎上に乗せるのはふさわしくなく、その仕掛けを通じて何が実現されたか、その何かはその仕掛けを用いずには実現され得なかったのか、をこそ見るべきではないのか。

本来ウイルスもつ能力自己の一部として、機能として取り込む。生物自己の維持に必要機能の一部を外部環境依存する。ポータブル外部環境としての細胞生命と非生命境界は我々が思っているほど明確に線引きできるようなものではない。我々の生命定義は、あまりにも我々が日常的に馴れ親しんだもの見方に、「個人」という概念にひきずられてやしないか・・・というのが本書の示唆するものの最も深い所だ。

契沖や子規の批判は分かる。俺も一個人としては古今伝授(に代表されるもったいぶったコジツケ家)はバカジャネーノと思う。が同時に、それは文化・知・個人といったものについてこっちの定義/概念押し付けてるだけじゃないの?とも思う。

根拠がない、合理的でない、和歌質的向上につながっていない、という。では何故根拠がなければならないのか?合理的でなければならないのか?なぜ質を向上させなければならないのか?

これらの批判は、文化とは何か、個人とは何かについての定義をすでに前提にしていて、その立場から加えられている(反論する側(古今伝授擁護する側)にもその立場から反論するやつがいからどうしようもない)。まず始めに個人がある、歌は個人気持ちを詠むものだ、しかるにコレコレの御方に入門しなければ和歌は詠めないのだとはけしからんしかもその御方の教えたるやひたすらややこしい制約ばかり、かつ透明性のかけらもない、おまけにそう教える根拠はどこにあるかと探してみれば無い、要はこいつがでっち上げた妄説じゃねえか、それで偉ぶったり金巻き上げたりするなんて悪どい奴らだ・・・、こういう自他の区別、新旧の区別、真偽の判別をつけずにはいられない、ある意味病的な正義感いかにも科学合理性に偏っている。

しかし、それとは全く異なる評価軸があって、古今伝授は(中世の壮大なコジツケ志向は)その軸からみればもっとずっと整合的に理解できるはずだ。

本書の示唆する構造は、外来文化自家薬籠中の物にする日本文化性質(漢字仏教等々)、中世の遺制としての近世身分制(身分的周縁論)、象徴天皇制(近代国民国家の中の「伝統」)などに比較してみると実に都合がいい。

本来異質な要素を自己の維持に不可欠な一部として取り込み、その「元異質たち」も含めた全体として再生産されていく。あるいは新しい政権が成立する際に、それ以前からあったが途絶えかかっていた慣習を改めて制度化し流用する。取り込まれた方は同一性が失われ単なる機能に解消されてしまことなく、細胞異変があれば細胞生物独立した生物としての振る舞いを取り戻すこともあり得る(少なくともあり得ると見なされる。226事件を想起せよ)。天皇機関説ならぬ天皇ミトコンドリア説。

文化じたいが多かれ少なかれこういう性質を持っているのだが、特に日本はその傾向が顕著というか、世界中に普遍的にみられる文化現象の一例というだけでは説明のつかない点が多い。(なぜ先端技術の粋を凝らした構造物を建てる前に、土地の霊を鎮めるための宗教儀礼をやるのか?なぜ参加者は誰もその宗教信者でないのか?わけがからない。)こういう部分を説明するうえで本書の示唆する構造は役に立つ。その応用系として、古今伝授についても似たようなことが云えるのではないか

2019-07-01

なろうで中世社会が多いのは

家父長制がマイルドヤンキーな読者層にとって受け入れやすいからだろう

2018-08-04

IT企業における女性中世社会の塩みたいなもんだから

塩がどっか行ったら困るだろお前ら。

2018-06-27

anond:20180627094336

フェミが怒ってるのは

社会中世なこと」じゃなくて

自分中世社会貴族じゃないこと」だから

2018-04-29

中世社会チートの嵐!

私達、読者の自尊心を満たすためにTUEEEEします!

たとえ、それがガバガバ展開であっても

なろう読者は一歩も引かないぜ!

つの日かこのチート

飽きられてしまう日まで

わたくしたちはTUEEEEしつづけます

それが なろう異世界転生なのです!

パ・パ・パ パパパ パパー

2018-03-21

星刻の竜騎士を今更見た(ネガ評価

典型的な当時のラノベ作品ってことで、それ以上でもそれ以下でもない作品なんだが・・・

典型的ラノベの嫌な部分が濃縮されてる感じだな。


力のあるやつが、嫌な評判と演出を背負って登場し、主人公もしくはヒロインウエメセで酷いことをする。

態度も悪辣で、笑い事では済まない事態を撒き散らす。

物語は結果として、嫌な奴が一つもダメージを負うことなく、なんらかの成長要素を主人公ヒロイン見出し、メデタシメデタシ。

そこに、「実は愛があった」「成長の仕込み」などの後付情報を、ちょこっとだけ添付して、登場人物たちが納得してしま手打ち

辱めを受けたり、怖い思いをしたり、それこそ物理被害にあってる人もいるのに、なんのフォローもなし。

それが作中では、「懐の深い人物」などと評価される。


酷いときには、その場その場で最善を尽くしている登場人物を、一方的価値観で全体が見えていないなどと断罪する。

知らない所で神の手(作者)により勝手に作り出された被害で、だ。

安ぽく成長演出するためだけのギミック

こういうの絶対に、「成長が描かれていない」とか、「主人公が最強すぎ」とか、クソ下らねぇ事をしたり顔で語るバカものせいだよな。


問題は、一方的他人断罪する人間が、その資格を見いだせないほど適当に描かれてるのに、作中の人間がそれを受け入れてしまうところ。

描くだけ逆効果だと思うんだけれど、編集も作者も、なんも思わんのかね。

描くなら描くで、きっちりと人格者として、被害にあった奴へ誠心誠意の弁済させろよ。

そうしなければ、そいつはただ暴虐なだけのクソ野郎じゃないかよ。


こういう演出に出くわすたびに、続けてみたり読んだりする気力が失われるんだ。

見なきゃ良いって?

ご尤も。

これを読んだり見たりするくらいなら、まだしも異世界スマホ見てるほうがマシ。

大人が成長を導く物語ってさ、描くやつがそれなりの社会経験ないと、描けないんじゃないかな。

だったらいっそ、レベルマックス現代日本価値観で、遅れた中世社会断罪して悦に入る異世界転生ものでも書いててくれないかな。

 
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