308 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/04/04(木) 14:18:05.26 ID:zjfkX6Ok
知り合いにすごい才色兼備の女性がいて(そしてけっこう常識的で冗談も好きな感じの良い人)
飲み会で「男の子と女の子どっちが良いんですか?」って聞いたら
その旦那さんは「知能が高くて優しい」という基準で選んだらしい。
ここまでならちょっとは違和感ありつつも幸せな妊婦さんのお話~って感じで聞けたけど、
どうやらスレタイの診断を受けたらしい。
そこまで徹底してると、本当に知能が高くて~って子を育てたいんだろうけど、
発達障害持ちだった場合、本当にどうするんだろう?子どもを愛せるのかな?
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6250972.html
こういうのを見ると「発達障害」が差別の烙印でしかない事が分かる。
単に欠点のある大人だったら子供を産んでも子供は教育次第でよくなるという希望も持てるけれど
その後、「退職する→転職しようにも求職活動も鬱でできなくなる→人生詰む」のループに陥るときついからね。失業保険もらえるならもらっとこう。
身体も知能も問題ないがコミュ力に難のある、いわゆる「発達障害」に対する差別に限って言うなら
昔は差別というほどの差別はなかったというのは事実じゃないのか?(ソース自分の子供時代)
昔は「優れた存在」と認識されていたからこそ、いわゆる発達障害の大人は現状とのギャップに苦しむんだ
今は逆に身体障害に対してはバリアフリーの浸透もあるし「差別してはいけません」というコンセンサスが取れてるので差別は減った、それは確かだと思う。
日本はアジア系外国人に対する差別が酷いというけれど到底そうは思えない
今まで色んな職場で中国人タイ人フィリピン人ベトナム人などを見て来たけれど
仕事がいい加減だったり遅刻が多かったり空気読めなかったりする人がかなり多いんだけど
一方日本人の自分は常に笑顔で完璧な気遣いをして顧客に奉仕する事を求められる
ずっと好きだった人がいた。
青春の、一番甘酸っぱい頃の話。もう十年以上も昔のことだ。
私の好きな人は「せんせい」だった。それも若くもなければ渋くもない、どこにでもいそうなオジサンだった。それでもあの頃は好きで好きで仕方がなかった。別に同級生の多くと同じように「お付き合い」をしてそういう仲になりたい訳じゃなかった。そもそも「そういう仲」という考え自体があの頃の私にはなかった。毎日のように「せんせい」の授業を受けて、廊下で少し姿を見られたらそれでよかったのだ。一言でも話せた日は嬉しくて仕方がなかったし、これらのことを何となく目標にして毎日を過ごしていた。「せんせい」を見つめながら過ごす毎日は、とてもきらきらしていた。
このように書くと、年頃の女の子の年上男性への淡い片思いあるいは憧れとして、すてきな思い出にでもなりそうなものである。
ところで、その頃の私は家庭がやや複雑な状況になっていたために学校にいる方が好きで、学校で13時間近くを過ごすこともあるような生徒だった。当時は「それくらい学校が大好き」と思い込んでいたが、卒業して数年してから、あれは一種の逃避だったのだと気づいた。「せんせい」への恋もその一つだったのだろう、と。当時から自分の好意が「せんせい」の迷惑にしかならないことは自覚していたし、告白はおろか好意が伝わるような行動は何もしなかったから、全て私の心の内の問題でしかないのだけれど、そう気づいてからは「せんせい」のことを一方的にすてきな思い出として処理することができなくなった。「せんせい」のことを利用していただけだったのだと思うと、とてもじゃないけれどきれいな思い出になんて分類できなかった。私の恋は恋でもなんでもなかったのだ。別にそこから「私は恋愛できない人間なんです」だとかいった発想には至らないが、それでも恋にも満たなかったあの恋を思い出すと、成就しなかった恋愛のもつ痛みとはまた違う、ごちゃごちゃした家庭環境から逃げ出すために自分なりに必死だったあの頃の自分の痛々しさを今更ながら感じてしまって辛いのだ。
話は変わるが、この時期になるといつも思い出すことがある。受験を間近に控えた頃、少しでも家から離れていたいからと朝の6時半という恐ろしく迷惑な時間に登校する私のために、毎朝他に誰もいない教室のストーブの火をつけてくださった「せんせい」の背中である。私と「せんせい」しかいない教室で、いろんな話をした気がする。どれも他愛もない話だったけれど、家族以外の大人とする他愛のない話はどれも楽しくて、幸福な時間だった。何も話をしない日もあったけれど、当時少しでも親に負担をかけないようにといっぱいいっぱいだった私は「せんせい」の背中を見るだけで何だか安心できたものだった。思えばあの冬、あのストーブの火に私の体と心はどれほどあたためてもらっていたのだろう。私は無事に第一志望の大学に合格して、新しい生活を送りはじめ、私のことを好きだと言ってくれる人が現れた。あんなに私の全てだった「せんせい」は、あっという間に私の中からいなくなった。ちょうど同じ頃に、私は自分の気持ちを利用していたことに気がついたのである。
今回はてな匿名ダイアリーに投稿したのは、「せんせい」への思いと感謝をまとめたかったからである。今まで「せんせい」の思い出を誰かに聞いてもらったことはない。考えてみれば、そもそも当時から十年以上も「せんせい」への思いも誰かに話したことはなかったのだ。誰にも聞いてもらえなくていいからどこかに吐き出してしまいたくて、ここを選んだのである。
甘酸っぱい私の青春は恋とは呼べない痛々しい思い出で埋められてしまったけれど、それでも当時の私を支えてくれたあのストーブのあたたかさだけは本物で、いつまでもそっと胸にしまっておきたい思い出である。
ええ、ご察しの通り揚げ足取り以外の何物でも有りませぬ。
上げ足取りにも突っかかってしまうようではまだまだですな。(まあ、上げ足取りしか食いつかない様な益田を書くこと事態がクソですが。)
刊行中の「天冥の標」、めちゃくちゃスケールのデカい人類年代記です。「導きの星」の5倍くらい(感覚)。巻ごとに世紀がかわる仕様ですから壮大。これがねえ、ガワを見るとすげえおもしろそうだし、実際おもしろいっちゃーおもしろいですけど………なんかこう「あともう一歩欲しいなー」感がこびりついて離れない。こんなにも壮大な作品舞台なのに、壮大なスケールで描かれた書割のように見える瞬間があって、この感じはいったいなんだろなーってずっと疑問に思ってました。
連接小惑星に人工重力を発生させてその上に首都がある宇宙国家とか、地球上のあらゆる生物を生きたままサンプル保管している巨大宇宙船とか、宇宙空間でも死なない種族がつくった脅威の軍艦とか……あんまこう、実感として想起されない。へーって思うくらい。イゼルローンの難攻不落な印象であるとか、地球とはあまりにも異質な惑星フェアリィの土壌とか、そういう圧倒的生々しさ、存在感に欠けているのが「天冥の標」における大きな泣き所であるように感じます。
いまのところ出色は4巻。SFにおける未踏の地へのアチーブメントが本当にすごい。このテの設定はむしろエロゲーで使い古されたシチュなんですが、そんなエロゲ設定を本家SF作家がSFにしてしまったのが面白い。本当に素晴らしい仕事だと感じました。シリーズ全体の印象でもこの巻は群を抜いています。おそらく圧倒的にキャラクター小説しているせいなんだと思います。キャラクターが動くことによって舞台装置が説明され、読者の目線もまたそちらのほうに向かうというのがうまく働いているように見受けられました。
イゼルローンの存在感とは、巧拙さまざまな将官が攻略をこころみては散ってゆく描写に基づいてますし、惑星フェアリィの不気味さも、謎空間にとらわれ苦悶する深井中尉や、超理不尽に片腕をうしなう従軍記者といったキャラクタの立ちふるまいによります。キャラクタの存在は、キャラクタ小説以上にSFでこそ必要不可欠であると感じます。
こうしてみると、「天冥の標」が慢性的に欠いている要素とは、銀英におけるヤンやラインハルト、雪風における深井零やブッカー少佐、すなわち「読者が感情移入してくれる魅力的なキャラクタ」ではないかと思うのです。ノルルスカインは味わい深い造形だが脇役すぎる。クロニクルの辛い所でしょうねー……。魅力的なキャラが動きまわって舞台に彩りが添えられることが少ないせいか、どうにも世界観が書割的に見えてしまう。ほぼ名前が出ただけの黒色中国やサンタクルス・クリオーリョ、イスラム巡礼艦隊などの勢力に至ってはまず何者なのかもよくわからんし、7巻にてアインが喪失を嘆いているシーン、本来ならものすごいカタルシスが生まれるはずなのに、感情移入がないのでそんなにパッとしなかった。まあ意味は分かるけど…っていう。うーん。
ところで小川一水作品の暫定第一位はまずまちがいなく「時砂の王」だと思います。遠未来と弥生時代がリンクしてゆく物語で、著者いわく「もともと中編にする予定だったのが長編サイズになった」という話。全体的にすっきりした流れでムダがまるでない。よくある舞台設定なんですけども、Oも卑弥呼もものすごい心に残っていて、俺大好きです。「あと一歩」感なんてまるで無くて、すべてが完璧に見える。次点は「老ヴォールの惑星」かなー。中編。やはり余分な要素をこそぎ落としたシャープさがあります。どうも小川一水がもっとも面白くなる文章量って、中編くらいじゃね? って気がしてなりません。
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よく知らないけどいまどき珍しくないんじゃ
それが自然なのになんで動揺する?
>>今もずっと忘れられないこと。
=今までずっと好きでした。
「自分に好意を持っているなら軽く襲っちゃおう」
と考える男が存在することを想定できない時点で
オツムの弱さが幼稚園児並。