はてなキーワード: 超古代文明とは
「そんなバカな」「そんなことになるわけないだろ」と思う人が多数だろうけど。こういう言いがかりをちょっと思いつけば、自分が気に入らない人間をいくらでも犯罪者に仕立て上げることが可能になるという点が、極めて危険なんだろうなと想像するわけで。
それはそれとして話は変わるけど。
以前、安倍総理(当時)が、こうのとりのゆりかごに難色を示すコメントをした、ちょうどその翌日。東京都のとある公園のゴミ箱に、赤ん坊の死体が捨てられていたというニュースが流れたことがあった。…これが、今の現状で、この現状をもっと意識すべきだと思う。
現実には実在していない青少年のアレコレに気を回してる暇があったら、今、たしかに実在している子供達の「命」を守ることに、社会的リソースを僅かでも注力すべきではないか。それでなくても、ついこないだ、餓死した男児のニュースが流れたばかりではないか。
死んだ赤ん坊や、餓死した男児の墓の前で、「私達はお前なんかより、漫画やアニメの中の子供達を守ることに力を入れるからね」と宣言するかのような、そんな社会であってはいけないだろう。社会的リソースは無限ではないのだから、優先順位を決めて割り振っていく必要がある。まずは子供達の「命」を守ることに使えるリソースを注ぐべき。実在していない子供 ―― 実際には被害者が存在していない事例のために、割けるリソース・余裕なんか欠片もないだろうと思う。
まず、確実に読みやすくはないだろう。
視点は固定されていないだろうし、あちこちの描写に齟齬があるだろう。
構成なんて無いに等しいだろう。
内容は完全な創作ではない、おそらく自身の体験談的なものになるだろう。
体験談ではあるが、あちこちに誇張が含まれるだろう。
・・・これはまさしくケータイ小説の特徴ではないか?
あるいはこうだ。
あなたは超古代文明人である。
あるとき、いままで何も無かった場所に、新たな文明が発生していることに気づいた。
それは、自分たちの文明と比べると、笑ってしまうほど原始的な文明である。
あなたはどうする?
その原始文明が「より良い発展」をするように「矯正」するか?
それとも何も介入せず文明の発達を見守るか?
何百年ものあいだに研鑽されてきた現代文学と比べれば、笑ってしまうような出来だろう。
しかし、それを簡単に潰してしまっていいのだろうか?
あるいは、「正しい文法」とやらを教えて「矯正」してやることが、本当に正しいのか?
ほうっておけばいいのだ。
いずれケータイ文学は、現代文学とは違った発展を遂げるかもしれない。
どっちにしたって誰も困らないだろう。
ほうっておけばいいじゃないか。