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はてなキーワード: 飛行機とは

2012-02-09

http://anond.hatelabo.jp/20120209020923

そもそも「クレカはかっこいい」なんて価値観に釣られるのは頭の悪い若年層だけ。

そんな層の人数も購買力たかが知れている。



大勢の人間を釣るなら実利で釣るしか無いんだよ。

アメリカクレカ大国なのは治安上多額の現金を持ち歩くのが危険

100ドル札は偽札が多くて信頼されず事実上普及している高額紙幣20ドルしかいからだ。

電子マネーの話なら、日本成功しているのは首都圏suica沖縄Edyだけど

首都圏suica電車に乗るのにいちいち切符買わなくて済むと言う実利故だし

沖縄EdyANAマイルが溜まる(飛行機に乗らないと他県に出られない為マイル価値が高い)と言う実利故だ。

「かっこいいから」なんてくだらない理由ではない。

2012-02-04

とりかえしのつかぬ世界

二度と返らぬ宇宙

永遠に流れ去りゆく夢

新宿ネオンサインに包まれて

冬の夜の酒場

酒を酌み交わした友人達

何一つない闇の夜空を飛ぶ飛行機

いつまでも続く地下鉄の揺れの中のように

なまあたたかい夜のバンコック空港

永遠に過ぎ去りゆく夢

とりかえしのつかぬ

二度ととりかえしのつかぬ夢

浦添の夏の闇の中に

咲き狂う菜の花

闇の中に浮かぶサトウキビ

そして時を忘れた愛欲の時

すずめ達がさえずり飛びかう夜明

幼き日に住んだ家から

夕方の空に立つイチョウの大樹

すずめ達がさえずり飛びかう夕方

吉祥寺の古ぼけたアパート

小さな幸福と哀しみの彼女との日々

二度と返らぬ日々

蚊取り線香の匂う小さな部屋

日に日に暑さを増す夏の夜ふけ

二度と返らぬ人間達の日々

懐かしい人間達の日々

過去も 

現在

未来

決して捉えることのできぬ人間達の夢

いとしさに気も遠くなる人間達の夢

気の遠くなった私は

限りなく広がる虚空に溶け込む

かつてしたたか酒に酔った私は

上石神井の静かな夜道を歩いていた

今、したたか酒に酔った私は

二度ととりかえすすべもない夢を

夢見つづけている

この今も又

二度ととりかえしのつかぬ夢であれば

今、したたか酒に酔った私は

夢を見続ける

過去心不可得/雨宮第二

2012-01-31

初めてインドっていうかケーララ州へ旅立つ人へのアドバイス

http://samuraibp.com/column/first-india-trip

この記事を見て、去年の2月に3週間ほどインド南部のケーララ州+インド最南端のカニャクマリを回ったことを思いだしました。そのことをかきます

たぶんリンク先の記事は、インド北部のメジャーどころを念頭に置いて書かれてるんだろうと思います自分10年前にデリーやバラナシを巡りましたが、その時は確かにこんな感じでした(IT化は全然してなかったけど)。でも、同じインドでも場所によって結構空気が違うんですよねえ。リンク先の記事はコンパクトなのにツボをおさえていて良い記事だと思いますが、地方を巡った経験からの、ちょっと異なるアドバイスを敢えて書かせていただきますよ。どっかしら観光地として日本ではマイナー感漂うケーララを推すべく。

オートリキシャ、サイクルリキシャ、人力リキシャ、タクシー

何故かケーララ州ではぼったくりが(あまり)ありませんでした。全般的に、デリーやバラナシの人たちと比べてギラギラしたがめつさが希薄しかも、どうやらリキシャ運転手同士で客引きルールが設定されているらしく、長距離バススタンドや駅といった場所では日本のようにリキシャが客の順番待ちをしていました。僕が間違って列の後ろの方の運転手に話しかけると「俺の順番じゃないから先頭に行ってくれ」と言われました。信じられますか。インドでですよ。3週間滞在しましたが、金のことでもめたことはほぼありませんでした。

(ここからは推測。ケーララはインドで唯一共産党政権とってる州でして、そのせいか妙に皆の団結力が強いそうです。リキシャの運転手たちも、全員で示し合わせてストをしたりしてるそうで。上記の話もその土地柄の一環なのかもしれません。彼らに直接聞いたわけではないですが)

(あと、田舎に行けば行くほど、観光客向けの商売人からギラギラさが薄れる気がしますね)

市街ローカルバス

ムンバイコーチンではよく見かけましたし利用もしました。

でもこの町では、バス結構難易度が高かったです。なんせ、バスの路線番号表示がアラビア数字じゃなくて現地語なんですよ。読めねえ。安いし、車窓が高いので町の見物にもってこいなんですけど、目当ての路線を探すのに手間取る可能性があります。あと当然車内アナウンスはないので、おりたい場所に近づいたら結構必死で町並みを観察していないといけません。もし自信が無ければ隣に座ってるおいちゃんに教えてもらうか、諦めてリキシャるかするといいと思います

鉄道

ケーララは長距離バス網が異様に発展しているので使いませんでした。

ちなみに鉄道はほぼ予約必須なんですが、最近ネット経由で予約ができるそうです。わざわざ駅に行って朝から窓口に並ぶ必要がない。すばらしい。はずなんですが、なぜか自分クレカ(viewスイカ)は使えませんでした…。使えるカードと使えないカードがあるみたいなので、渡航前に実際に予約サイトに行って、使えるかどうか実験しておくといいとおもいます。予約の件は日本人から教えてもらったので、日本クレカが全部ダメってわけでもないんでしょうけど。

長距離バス

公営バスがちょう整備されてます。ケーララを旅するためのメイン交通機関です。まちがいない。

うっかりデメリットの説明の方に力が入ってしまいましたが、便利だったのは間違いないです。ケーララは鉄道の本数が少ない土地なので、うまくバスを使いこなしていただきたいところです。

余談ですが、公営バスは全部、黄色と赤の共産党カラーで統一されてます。窓から見える風景には、鎚と鎌のあのマークがよく落書きされてるので、共産趣味の人は楽しめるはずです。

国内飛行機

前述の僕のクレカは、こちらのオンライン予約ではなぜか通りました。べんり。

携帯

SIMロック外したあいぽんと現地で買ったSIMカードとの組み合わせ最強です。foursquare普通にチェックインできます。でも、何故か、SIMカードを売ってくれる店と売ってくれない店がありましたね。コーチンなどの都会では、店はたくさんあるけど何故か売ってもらえず、地方都市のクミリーでようやく買えました。

噂によると、外国人SIMカードを買うためには、パスポートと、住所の確認が本当は必要で、住所がないバックパッカーは売ってもらいにくい、とのことです。とはいえ僕の英語力に問題があった可能性も大なので、本当かどうかはわかりませんが……。もし携帯を現地調達するなら、パスポートの写しと滞在ホテルの住所を持って行った方が吉かも。

ちなみに日本SIMカード海外ローミングを使っても通信はできます。当然一日1000円以上の高価な通信料がかかりますが、極めてお手軽なので、なんかあったら使えます

あ、それと、あいぽんコンセント形状さえなんとかすれば変圧器なしで充電できます

現地人とのおつきあい

子供の物売りやコジキは、引き際を知らないので大人より扱いに疲れます

他の旅人とのおつきあい

ケーララは日本人ぜんぜんおらんかったですよ。多分地球の歩き方で割かれてるページ数が少ないからだと思います。クミリーの動物保護区でトレッキングに参加したら「おれのツアーに参加した日本人はお前が始めてだ」と言われました。そのあとサファリツアーに参加したんですが、欧米人リア充カップルの群れに混じって、ぼっちジープに乗るのは辛いものがありました。ケーララは風光明媚だし商売人がギラギラしてなくてゆっくり過ごせるので、もっと日本でもメジャーになってもらいたいものですよ。

2012-01-04

私の全て ⑦再出発

それからは、退職引越しの準備に追われた。

7月の頭には、彼と一緒に念願のメルボルン旅行に行く予定だった。

メルボルンに住んでいたことのある彼から話をよく聞いていて、ずっと行きたいと思っていた。


部屋探しもし始めた。ただ、なかなか気に入る部屋が見つからなかった。

私は新しい会社の寮に入ろうか悩んでいたが、彼が

「俺が少し家賃負担するから、一緒に住む部屋を借りよう」という提案をしてくれた。

彼の態度や発言から、本当は結婚する気なんてないんだろうな、、と思い始めていた私は、

その言葉を聞いて安心したし、純粋に嬉しかった。


でも、私が一人で一緒に住む部屋を探しに行っている間に、彼は元カノと会っていた。

彼は、私には気付かれていないと思い込んでいたが、私は気付いていた。

別れたなんて言ってたけど、本当は別れていないのかもしれないな、と思った。

でも、元カノのところに戻る事が彼の幸せなら私はそれを応援したいと思っていたし、

そうならそうとはっきり言って欲しかった。でも、会っていた事を問い詰めても、彼は会ってないとしか言わなかった。


元彼がこの世からいなくなってちょうど2年の日、私は彼と一緒に家具家電を見に行った。

から結婚する相手と一緒に家具や食器を見に行く事は憧れていた。

でも、その日は全くそんな楽しい気持ちにはならなかった。


彼の態度は、どう考えても結婚しようと思っているようには見えなかった。

勢いで結婚しようなんて言ってしまって、後悔してるんだろうなぁ。と思った。

元カノのところに戻りたいんだろうなぁと思った。


この人と一緒にいるわけにはいかない。決断は早い方がいいと思った。


そして私は、「あの部屋は契約しないことにした」というメールを送った。

旅行は一人で行く事にした。ずっと行きたかった場所だし、英語が通じる国なら一人旅でも不安はない。

その事だけ伝えようと思っていたら、彼から電話がかかってきた。

出るつもりはなかったのに、間違ってボタンを押して通話状態になってしまった。

切るわけにもいかず、仕方なく話す事にした。

私は友達にすら戻る気はないと告げたが彼は食い下がり、とりあえず旅行は一緒に行こうと言った。

最初最後旅行だと思って、仕方なく一緒に行く事にした。


ベトナムを経由し念願のメルボルンに着いた日。

はしゃぎすぎてそれが最初最後旅行である事も忘れていた。

さて寝ようかという時になって、彼が「やっぱり嫁においでよー」と言った。

まさかそんな事言われるなんて、思ってもみなかった。

色んな感情が溢れて、大泣きした。彼の前で泣いたのはそれが初めてだった。

本当は、彼とずっと一緒にいたいと思っていた。彼のことを思って、身を引くつもりだった。

でも、結局できず、二度目のプロポーズをOKした。


それから数日は、幸せだった。でも、長くは続かなかった。

ある時、物珍しさから彼のスマホをいじっていて、偶然発着信履歴を見てしまった。

ほとんど全てが、私以外の女の名前だった。彼は一人ひとりそれが誰であるか説明し始めたが、

ただ一人、全く説明をしない名前があった。それが元カノだった。

発着信履歴の8割がその名前だった。彼からも何回も電話をかけていた。

やっぱり、戻りたいんだろうなー。と、改めて思った。


日本に帰って来た日の夕方に、新居の鍵をもらう予定だった。

でも、部屋を契約したことを後悔していた。

鍵をもらった後、彼と一緒に家具を見に行ったが、全く楽しい気分にはなれなかった。


から身を引かないといけない、そう思っているのに、どうしても決断できなかった。


旅行から帰った週の金曜日富士通での最終出勤日を迎えた。

使っていたPCの中のデータを全て消して、返さないといけない。

仕事の合間に同期達とやりとりしたメールを見返した。

私が彼に送ったメールは、2460通にもなった。単純計算で、1日2~3通。

コンパイル中とか、残業中の息抜きとか、飛行機の待ち時間とか、そういう暇つぶしの他愛ないやりとりが、

つの間にかそんな数になっていた。そのやりとりに、どれだけ救われたかからない。


元彼とやりとりしたメッセンジャーログもでてきた。

全て消す事で、けじめをつけようと思った。


次の日は引越しだったので、帰宅後は荷造りをした。

痩せてサイズが合わなくなり、全く着る事もなくしまったままだった服が大量に出てきた。

その服を着て彼に会った時の記憶が蘇ってきた。全部ゴミ袋に突っ込んだ。

捨てる事で、全部終わりにできると思っていた。

私の全て ④逃避

それからの私は仕事に没頭した。

から晩まで病院サーバ室でサーバ構築作業。

サーバ室は携帯電波が届きにくく、最低限の仕事上の連絡以外は誰とも連絡を取らなかった。


ただただ、作業に集中した。何も考えず。

病院と家との往復。帰宅したら、疲れて眠るだけだった。食べることすら忘れていた。


彼の事を忘れたいわけではもちろんなかった。

でも彼の事を思い出すと、どうしても後悔の底に落ちて這い上がってこれなかった。


不思議と、泣く事はあまりなかった。


そんな生活を2ヶ月続けて、私の心は壊れそうになっていた。

仲の良い友達ともほとんど連絡を取らなくなっていた。

「例の彼とはどうなったの?」」と聞かれるのが怖かったから。


壊れていたのは心だけではなく、体もだった。


1年前に普通に着ていたはずの服が、ぶかぶかで着られなくなっていた。

5年間使っていた金属バンド腕時計も、コマを詰めなければいけない程になっていた。

会う人会う人に「痩せたね」と言われ、そのうち「大丈夫?」と心配されるようになっていた。


自分では気付いていなかったけれど私の体重は急激に落ち、

1年前の健康診断から比較すると、10キロ近く痩せていた。

着られる服は全くなく、買いに行ってもサイズが合わないような状態だった。


もう、限界だった。

仕事に没頭する事で彼の事を考えないようにしていたはずなのに、

仕事に集中できず、彼の事ばかり考えるようになっていた。


それまで私は、夏休みを1週間取る以外で長期休暇を取ったことは一度もなかった。

そんなに仕事が好きだったわけではないけれど、

盆・暮れ・GWが書き入れ時の医療SEは、簡単に長期休暇は取れなかった。

それに自分仕事には責任を持ちたかったので、あえて休暇を願い出ることもしなかった。

そんな私が、初めての長期休暇を上司に申し出た。


激務が数ヶ月続いていたこともあり、休暇はあっさり認められた。

期間は2週間。SEになってから3年弱で初めての長期休暇。

少し心と体を休めようと思った。


私のスケジュールが突然「休暇」になった事を心配した別の部の同期から電話がかかってきた。

大丈夫だよー。ちょっと忙しくて疲れたから休んでる。すぐ戻るよ」

そう言ってごまかした。本当の事が言えるわけもなかった。


SEになってから3年弱で初めての長期休暇。


当時私がいた部は、元々希望していた配属先とは違っていたし

仕事内容自体も、どうしても好きにはなれなかった。

プログラミングができない、サーバの知識もない、そもそも大学文系の私に

SEなんて務まるわけもなかった。

配属されて初めてのプロジェクトでは、仕事がきつすぎて毎日泣いていた。

何かうまくいかないことがある度に、辞めたい辞めたいばかり言っていた。

実際、その年の頭には、転職活動を始めようとしていた。


そんな私に、彼がこんな事を言ったことがあった。


舞ちゃんがいつも頑張ってるの知ってるよ。

どんなに夜遅くなっても、自分仕事責任持って最後まできっちりやってること知ってるから

研修終わってから事務所戻ってきて仕事してたりとかさ。

そういうのちゃんと見てるから、辛いのは分かるけど、でも簡単に辞めればいいなんて言えないよ。


彼にそう言われてから、私は辞めたいと言わなくなっていた。

彼は仕事ができる人だった。だから彼に少しでも追いつきたくて必死勉強して、プログラミングアレルギーも克服した。


今の私を彼が見たらどう思うかな…。


そして私は、当初の予定を1週間延ばしたものの、3週間で職場に復帰した。


復帰後は、少しでも負担の少ない仕事を、という上司のはからいで、

同じ部内で別のグループに移って、全く違う仕事をすることになった。


残業は減ったけれど、上司や先輩がよく食事に誘ってくれた。

(というか無理矢理食べさせようとしたんだろうが)

結局帰宅するのは夜遅い時間だった。


そんな時、福岡に行かなければならない仕事が入った。

でも、彼とよく会っていた福岡にはどうしても行きたくなかった。

福岡だけでなく、彼と一緒に行った場所を私は避けるようになっていた。


ただ、九州支社はその年の5月に別の場所にできた新しいビル移転していて、

彼とよく会った古いビル九州支社はすでになくなっていた。


仕方なくそ仕事を受け、日帰りで福岡に行った。


仕事を終え、福岡空港羽田行きの飛行機を待つ時間

いつもなら、空港内にある有名なクロワッサン屋でクロワッサンを買う。

彼に「美味しいから一度買ってみなよ」と言われて買ってからお気に入りだった。

そして搭乗口で搭乗開始までメール電話をする。


もう、クロワッサンを買う気ににもならない。

メール電話をする相手もいない。

仕方なく、売店でお土産を買って時間を潰して搭乗時間を待った。


彼と初めて会ったのも、福岡での定例会だった。

距離が縮まるきっかけになったのも、福岡出張だった。

羽田福岡行きの飛行機を待っていたら、偶然同じ便で福岡に向かおうとしていた彼に会ったこともある。


博多駅から九州支社に向かう途中の道、彼と電話しながら歩いたこと。

九州支社の裏にある公園で話したこと。


色んな事を思い出しすぎて潰れそうだった。


結局その日は、ほとんど眠ることもできず朝になった。

翌日は土曜日で、午後から横浜に行く用があったものの、他にする事がなかった。


ふと、ある男友達の事を思い出した。

その人は会社の同期ではあるものの、職種が違うため仕事での関わりが全くなく、勤務地も違っていた。

それでも入社してすぐの研修で同じクラスになって仲良くなってから

定期的に二人で飲みに行っていた。彼と付き合っていた時も月1程度で会っていた。

私にとっては完全に「友達」で、恋愛対象として見たことは一度もなかったし、

それは相手も同じで、私を女として見ることはなかった。

から、二人で会っても大丈夫だと思っていたし、彼に対して、悪いことをしている気持ちには当然ならなかった。


その友達に彼のことは話した事は一度もなかったし、

私の色恋沙汰について何か聞いてくることもほとんどなかった。


ちょうどいいや…。


さすがに当日に連絡しても空いてないだろうなー、と思いつつ、メールをした。


福岡出張行ってお土産あるんだけど、いる?

いるー!

いつあいてる?お菓子から賞味期限があるんだけど。

今日あいてるよー。


その日は横浜で待ち合わせをし、東急ハンズで買い物をして、飲みに行った。


それからの週末はしょっちゅう旅行に行き、家にいることはほとんどなかった。

北海道名古屋沖縄京都。。。


そして、旅行お土産だとか色々理由をつけて、その男友達と頻繁に飲みに行った。

ただ、時間を埋めてくれる人が欲しかった。

色々深く聞いてこないその友達が、一番都合がよかった。

そしてその人と一緒にいると、不思議と気持ちが落ちついた。


その年の年末は、女友達イタリアに行った。

前年の年末は、彼がリーダーをしていた病院正月システム本稼動があり、彼は当然仕事をしていて、一緒にいられなかった。

来年は一緒にいられたらいいね、と言っていた。だから日本にいる事すら嫌だった。


そうやって、現実から目を逸らすことで、どうにか自分を保っていた。

現実を受け入れた瞬間、私自身が壊れてしまいそうだった。


F1が好きだった彼と私は、いつも月曜日F1の話をしていた。

F1放送を見ると彼の事を思い出し、また後悔の螺旋に落ちて

這い上がれなくなるので、私は見るのをやめた。

二人とも読書が好きだったので、会うとよく読んでいる本の話をした。

仕事が早く終わった時はいつも本屋に行って本を買っていたのに、本屋に近づくことすらできなくなっていた。


今はどうにか読書をすることはできるようになったものの、F1はどうしても見ることができない。

私の全て ①出会い

彼と知り合ったのは、2007年の秋だった。

当時病院システムを作るSEをしていた私は、福岡で行われたとある大学病院プロジェクト飲み会で、初めて彼と会った。


第一印象は、「かっこいいなぁ…」だった。

からといって積極的に話しかけるわけでもなく、「ちょっとイケメンプロジェクトメンバー」の彼とは、

その後2ヵ月半の間、特に関わりを持つことはなかった。


彼に関して私が知っている事は、岡山の子会社から本社に出向してきていることと、

岡山病院リーダーをしていることぐらいだった。


から知った事だけれど、彼は東京に来ていた時に私を見ていて、「あのスタイル良い子、誰?」と

私の同期に聞いていたらしい。それを知った私は、「気になったのは、見た目だけ!?」と少々膨れたが、

彼が私を見ていてくれたことが、ちょっとだけ嬉しくもあった。


そして2ヵ月半後。2008年2月

当時、SEは全員、専用のインスタントメッセンジャーを使っていた。

そのメッセンジャーには、その時の気分や居場所などを書き込める機能があり、その日私は

明日福岡だー。新幹線で行こうかなぁー」と書いていた。

今でこそ普通に乗れるようになったものの、当時私は大の飛行機嫌いだった。


眠気と戦いながら仕事をしていると、突然メッセージの画面がポップアップした。


明日福岡なの?


信者名前は、「Takahiro Inoue」

名前を見ても、一瞬誰だか分からなかった。

数秒考えて、それがあの「ちょっとイケメン」だという事を思い出した。


あー、井上さん、お久し振りですー。

ひさしぶりー。

明日福岡なの?

そうなんですよー。井上さん今日はどこにいるんですか?

今?後ろにいるよー。

えっ!?ええっっ!?!?

嘘。今キョロキョロしたでしょ。

ちょwwだましたんですかー!ひどー!

あはは。ごめんごめん。今日岡山だよ。


そんなやりとりが最初だった。


その後、夜遅くまで残業をしていると、彼からメッセージが送られてくるようになった。

仕事の話だったり、会社の人の話だったり、プライベートの話だったり。

仕事の合間のそのやりとりのおかげで、嫌だった遅い時間までの残業も、苦にならなくなっていた。

そんなやりとりを続けて1ヵ月半たったある日。


今度の金曜日、そっち行くよー。


というメッセージが飛んできた。

そして、そのノリで二人で飲みに行くことになってしまった。


正直、憂鬱だった。

元々人見知りする私は、メッセンジャーで会話はしているものの一度しか会ったことのない人、

しかも6つも年上の男性と二人で飲みに行くなんて、考えられないことだった。


会話、続かないだろうなー。

まぁ、2時間ぐらい耐えれば大丈夫。。。


そう言い聞かせて、終わらなかった仕事を翌週の自分に丸投げし、会社を出て、待ち合わせ場所に向かった。

実は、4ヶ月前に一度会っただけの人の顔を覚えている自信もなかった。

でも、待ち合わせ場所で私を見つけた彼は、本当にうれしそうな顔でにこっと笑って、私に駆け寄ってきた。


夜の7時に待ち合わせをしていた。途中で店を変え、結局お開きになったのは朝の4時だった。

会話が続かないどころか、会話が途切れなくて9時間も話し続けた。


それから彼が東京に来る頻度も増え、仕事が終わる時間を合わせて、同僚にはバレないように

二人で飲みに行った。

そして、私が出張岡山に行った事がきっかけで、付き合うようになった。


東京岡山遠距離恋愛だった割に、お互い出張が多かったので、平日は頻繁に会うことができた。

だいたい東京か、プロジェクト定例会が行われる福岡で会っていた。


とは言ってもお互い仕事が忙しく、仕事が終わってから会おうとすると既に深夜になっていることもあった。

特に彼の方は、頻繁に徹夜しなければいけない程の激務だった。

それでも彼は、必ず時間を作って会おうとしてくれた。会えない時でも、必ず電話をくれた。

私は電話が嫌いで、用件だけ話してすぐ切ってしまうことがほとんどだったし、それまで付き合っていた恋人とも、

長電話をすることはほとんどなかった。でも彼となら何時間でも話すことができた。


彼はとても穏やかな性格で、彼と一緒にいると、普段忙しすぎて殺伐としていた心が安らいだ。

SEとして2年目、一人で仕事を任されることも増え、自分の知識のなさと

プレッシャーとでイライラする私を、優しく包み込んでくれた。

2012-01-01

父が祖父の葬儀の出席を断られた。

2011年12月31日、僕の父方の祖父、父の父が亡くなったと田舎から連絡が入った。

葬儀は三が日が明けた4日になるそうだ。父の田舎の風習で、先に火葬を行うとのことで、火葬を3日、葬儀を4日に行う予定だ。



父は長男なので、当然喪主となるべきところなのだが、数年前に脳卒中をしており、言葉と体が不自由だ。

近しい親戚がいるので、その親戚が喪主をすることになる。本来は長男である父がすることであるのはわかっているのだが、

挨拶が満足にできない、歩くのも立ち上がるのにも時間がかかる父が、喪主のような忙しい役目は果たせない。

親戚が喪主を務めることには誰も反対しなかった。大晦日の時点で、祖母もそれを了承していた。



我が家田舎から離れているので、2日には現地入りができるように移動手段・ホテルの手配をした。

ここでも本来ならすぐにでも駆けつけなくてはいけないのだが、31日はまだ帰省ラッシュであり、新幹線飛行機も取ることができなかった。



ここからが問題なのだが、1日年が明けた頃に親戚から連絡があり、父は出席をしないように、と母が言われたのだ。

田舎では、脳卒中のような病気で障害をもつと、狐に憑かれたとか、祟られたと思われるというのである

父が脳卒中をして体が不自由なことも祖父母は近所に話をしていなかったそうだ。



そんな馬鹿な話があるだろうか。

実の息子である父が、障害を持っているからといって、葬儀に参加できない理由になるだろうか。

そりゃあアメリカだって創造論や神の存在を一般市民が信じているのだから日本の片田舎の住人が狐の祟りを恐れていても不思議じゃない。

しかし、親の死目に立ち会えなかった父が葬儀に出れない理由にはならないだろう。



無理解ゆえの憤りを、これほど覚えたことはない。



もちろん親戚や祖母も、父には来て欲しい気持ちがあるのだ。それは分かっている。

からこそ、世間の目のために葬儀に出席できないというのは、やりきれないのだ。

父は言葉不自由からか、葬儀に連れて行かないことを告げても何も言わない。

おそらく田舎の考え方が分かっているのだろう。しかし、葬儀に出たくないはずがない。

普通の家庭なら、親の葬儀にはなんとしても参加したいはずなのだ。どうかしている。



明日から、僕は葬儀に出席しに父の田舎へ行く。

長男不在のまま、長男の息子として出席する。おそらく何かしらの役目を果たすこととなるだろう。

きっと会ったこともないような祖父の知り合いなどに、父は病気で来れない、とか嘘をつくだろう。

そう言うように、という説明を親戚なりから受けるのだろう。

どのような顔をして親戚や祖母に会えばいいのか、まったく分からない。



教育とか宗教とか、原因を挙げて批判したって虚しいだけなのだ



まとまらない気持ちを誰かに話したくて、でも誰にも話せなくて、増田に綴る。

2011-12-30

[][]深夜のメンテナンス作業で眠くて眠くて、ユーザーの伝票明細テーブルを間違ってTRUNCATEした。

[コピぺの出典]から[コピペ誕生の瞬間]へカテゴリーを変更した。

178 名前WBC監督(東京都)[] 投稿日:2008/09/14(日) 22:30:48.60 ID:mNrtA2B90

深夜のメンテナンス作業で眠くて眠くて、ユーザーの伝票明細テーブルを間違ってTRUNCATEした。

ROLLBACKも効かない。

あせってArcserve開いてテーブルを戻そうとする・・・ログウィンドウを見ると、

バックアップバッチは数ヶ月前から停止したままだった。

頭が真っ白になった。

IDCを出て深夜の自席に戻って、机の中の大事ものをかきあつめてかばんに詰めた。

社員証を課長の机の上に置き、会社を出て、アパートに戻る。

保険証パスポート、前の年に死んだ愛犬の写真を持ち、始発にあわせて家を出る。

携帯が鳴り始める。何度も何度も何度も。空港につくころには着信が100回を超えた。

電池を抜き、俺は北海道行きの飛行機に乗った。

逃げるなら、なんとなく北、というイメージがあった。

それから3年無為な生活をし、ほとぼりが冷めたころ、北海道の小さな

ソフトウェア開発会社就職した。

経験を買われて、すぐにプロマネになる。

そして、孫請けながら大きなプロジェクトに参加することになり、

キックオフミーティングのために東京へ。

発注元とともに汐留会議に参加する。

・・・会議室には、俺が逃げ出した会社部長と、課長がいた・・・

ふたりとも、会議あいだずっと、顔を真っ赤にして俺を睨んでいた・・・

こみあげてくる胃痛嘔吐感に耐え、会議が終わると同時に俺は会議室から逃げ出した・・・

それが、先週の金曜日のこと・・・死にたい・・・

http://unkar.org/r/news/1221357460/178

2011-12-18

真珠湾攻撃から70年。10年前の映画を観て不謹慎にも快哉を叫んだ。

去る12月7日真珠湾攻撃から70周年。

10年前に公開された真珠湾攻撃映画を思いついたように観て、

不謹慎にも痛快でたまらなかった。



第二次大戦前、世界有色人種ほとんどすべてが白人植民地支配下で自立と尊厳を奪われている中で、

白人が優れているか有色人種差別されても仕方が無いという当時の世界の「常識」を覆した、

記念すべき大事件だったのだ。



白人専売特許と信じられていた近代科学技術を駆使して武装した飛行機アジア人が操縦し、

戦艦を撃沈し、軍事施設を木端微塵に爆破し、白人を爆撃して蹴り散らしている。

当時どれだけの有色人種がこの光景を目の当たりにして、快哉を叫び希望勇気を持っただろうか。

この映画アメリカ国威発揚のために製作されたものであるが、

皮肉なことにも、世界規模で消費されるハリウッド映画であるだけに、

アジア人白人をこてんぱにする映像世界に放ったという点で、別の意味で衝撃的な映画と位置づけられたことだろう。


そして奇しくもこの数ヵ月後イスラム過激派によるテロが発生し、

真珠湾攻撃になぞらえられた。



軍事的には真珠湾攻撃は失敗だった。

実際はルーズベルトの謀略に嵌められただけと言えるし、

主要な戦艦軍事施設を破壊することもできなかった。

負けることは最初からわかっていたのだから、鉄則を守っていなかったという点で愚策ではあったのだろうと思う。


しかし、有色人種近代科学技術を使って白人に対抗したという点で、

この事件は、宿命であったと言えよう。

先人たちの勇敢さに感謝しなければならない。

2011-12-13

http://anond.hatelabo.jp/20111213181427

情報ネットがあれば十分だもんね。

どっちかっていうと海外国内もだけど)旅行醍醐味トラブルにある気がする。

飛行機が遅れて空港で一泊とか、オーバーブックでビジネスクラスにのれたり、

ホテルに着いたら予約がないといわれたり、迷子になったり、

現地であやしい土産屋につれていかれて生命に支障がない程度でぼったくられたり、

何かと面白いので、機会があったら実際に行ってみることをおすすめする。

2011-12-07

ヤングエグゼクティブ 略して ヤンエグって言葉流行った。

当時はエリートと同義だろうと思っていたが、若くて管理職になったという意味

管理職エリートという定義から来ていたんだと今思う。

非管理職で高給取りといえば、飛行機パイロットさん(管理職場合もあるが)を思い浮かべるけど、あれはヤンエグでは無かったんだ。

2011-11-21

http://anond.hatelabo.jp/20111121111820

いやだから・・・

ぶっちゃけ飛行機危険」と判断してる人を、飛行機に乗せる算段の話と同じだぞ?

実際に居るんだからな、飛行機は絶対に使わないって人。

そういう人は、時間使ってでも電車や車で行動するし、それを基準に物事を考える。

海外とか論外なんだぜ。

そういう人に「妥協を強いる」のがどういう事か、想像できてないだろ。

飛行機安全だと納得させられなければ、ものすごい負荷をその個人に背負わせることになるんだよ。

「家族」だったら普通、説得が出来なければ飛行機旅行は諦めるだろ。

それを、「家族から妥協してもらえる」って、その程度の事象ならそもそも問題にならねぇよ。

http://anond.hatelabo.jp/20111121105409

むしろ「放射線被害なんかない」と信じている人よりも、「放射線被害はあるんじゃないかと思うけど、経済リスク等を考慮して、放射線被害リスクを受け入れる」という人のほうが多いんじゃね?

そりゃ、そういう人は「多い」だろうが、それは「飛行機に乗る」のと一緒で、実態としての被害は無いと判断したんだろ。

今程度の線量なら、タバコの方がよっぽど危険だよ。

火山地帯に住んでる人の方が、全然放射線浴びてる。

2011-11-18

http://anond.hatelabo.jp/20111118175007

どんどん訳わかんなくなってるよ。


車はとてもリスキーな乗り物で、それなりの確率で人が死んでる。

でも、人は車を使うでしょ?

死亡事故確率とか、自分の運転技術とか、安全性とか、なんらか「自分が正しいと思う情報」で判断して、折り合いを付けるんだよ。

飛行機に乗るのもそう。

このリスクは許容して良いって「判断」するんだ。

ここで、相手が未だ「危険」だと思ってるものを、「妥協」と言う言葉で「押し付ける」のは、相手の正義を折ってる。

相手が「納得して」妥協したのなら、それは相手の正義に干渉して変化させてる。(許容できるリスクだと「納得」したのならね)


「相手に納得してもらう」とかさらっと書いてるが、一体全体、何のこと言ってるんだか。

相手の中の正義が変わってないのに、「妥協点」とやらで押し付けられる方が、よほど遺恨を残すだろ。

2011-11-15

レインマンになった嫁と暮らす

レインマン」って映画がある。

トム・クルーズが若い頃、たしかトップガンの次の次ぐらいに出た作品で、アカデミー賞を取っている。

   △△△

主人公のチャーリー(トム)は、父の遺産相続問題をきっかけに、自分物心つく前から施設に入ってて存在すら知らなかった兄のレイモンド(ダスティン・ホフマン)と再会して、施設から無理やり連れ出してはみたものの、自閉症レイモンドが次々にやらかす奇行にすっかり参ってしまう。飛行機で移動しようと空港に行けば、「ABC航空はダメ19xx年x月x日どこどこで墜落○○人死亡。DEF航空?ノー!19xx年x月x日○○人死亡……」と百科事典のように正確な記憶力を見せて暴れ回る。

大丈夫だって飛行機はそう簡単には落ちないよ」

弟がいくら確率を持ち出して説得しても兄のパニックはおさまらない。

根負けしたチャーリーが数千キロもの行程を運転して行こうと高速に乗れば、今度はハイエイ死亡事故統計を口走って「いやだー!死ぬー!」と絶叫するレイモンド。

「どうすりゃいいんだよ!」とキレたチャーリーは、名前のない田舎道ばかりを走って西をめざすことに。野原の真ん中のうらぶれた安宿で熱いバスにでもつかろうと湯の栓をひねると、「ダメーーー!そんなことしたら赤ちゃんが!」とまたしても半狂乱に。

   △△△

映画だと、レイモンドのこの熱い湯船トラウマきっかけにして幼かった兄弟の心の触れ合いの記憶が少しずつ呼び戻され、そこからしみじみと感動的なラストに向かって物語が動いていくのだけれど、別にここでなつかし映画語りがしたかったわけじゃない。

書きたかったのは、あの日以来、俺の嫁レインマンになってしまったってことだ。

たぶん俺の嫁だけじゃない。日本中で、いや、遠く韓国中国欧州にも、突然たくさんのレインマンが生まれてしまったんだ。

   △△△

大丈夫だよ、この説明を見てみなよ」

「そうは言うけど、実際言われてるような事態にはなってないじゃん」

等々、いくら条理をつくして話し合ってもダメなのだ。

嫁は怖いのだ。

安心より、怖いという気持を選んだのだ。

から科学的にマユツバだと言われようと、自分原始的な恐怖心にフィットするものばかりに注目し、耳を傾ける。そして言う。

「ほら、ご覧なさいよ!みんなそう言ってる」

嫁がブックマークしているサイトやフォローしているツイッターの発信者名を見て、俺は失神しそうになった。

俺のTLでは、「○ン○○」だの「○ル○」だのと認定されている名前がきら星のごとく並んでいる。そう、微生物コロニーを作るみたいに、彼らはお互いに引かれ合って堅固なオピニオン集団を形成しているのだ。

嫁が俺じゃなくて○○○○や○o○の行進についていく。

マジかよ。

勘弁してくれ。

   △△△

映画チャーリーレイモンドのような取っ組み合いにはならなかったけど、来る日も来る日も絶望的な言い争いが続いた。

わが家の食卓からはいくつかの食品が完全に姿を消し、子供給食牛乳にかえて水筒を持参するようになった。俺自身の親兄弟との関係もぎくしゃくしている。嫁が何か新しい心配の種を仕入れてくるたび、子供に新しい命令/禁止を下すたび、俺と嫁は決着のつかない論争を繰り返した。

「何が子供にとって一番有害なのか/危険なのか」をめぐって。

「もう離婚しかあるまい」と覚悟したことも数え切れない。

   △△△

でも。

俺には嫁を放り出すことはできなかった。

「愛してるから」かと聞かれても、正直うなずけない。

そんなきれいごとにしがみついていられるには、醜悪なものを見過ぎてしまった。

でも、俺がここで見切ったら、嫁には行くところがない。

子供は俺一人でもなんとかなる自信はあるが、子供は俺のことも嫁のことも愛している。

もちろん、俺も嫁も、それぞれの人として限られた能力の限りを尽くして子供を愛している。

   △△△

四捨五入すればもう五十になろうっていうこの年で、いきなりレインマンと暮らす羽目になるとか、誰に想像できただろう。

ここで「考えや感じ方が違いすぎて落としどころさえ見つからない相手」をレインマンと呼ぶ俺には、全方向からうごうたる非難が浴びせられるだろう。

嫁のコロニーからは「人をバカにするな!」と言われるだろうし、

俺のTLで気を吐いている闘士たちからは「ダスティン・ホフマンのようなほのぼのキャラに喩えるなどぬるいわ!」と批判されるだろう。

そしてなにより、現実自閉症の人々と生活し、関わっている人たちからは、「偏見もいいところのとんだ愚か者」と指弾を受けるに違いない。この文章は、何の関係もないそれらの人々を引き合いに出す意図で書かれたものではないが、だからといって失礼が帳消しになるわけではない。そういった方々には心からお詫びしたい。

   △△△

ただ。

映画の前半で「何やってんだよ!」ってキレまくって、少しでも兄に普通の行動を取らせようと無駄努力にきゅうきゅうとしていたチャーリーが、レイモンドの目に映っている世界を、レイモンドの視点から理解して、彼に共感はできないものの、たった一人の肉親としてずっとそばにいようとするようになっていく過程を思った時、そこにはこれまでの俺の文字通りハゲになりそうな苦しみに、なんというか一条の光を投げかけてくれるヒントが潜んでいるんじゃないかって思ったのだ。

レインマン奇行を迷惑がって、施設に追いやってしまうことも一つの道だけど、

そうはできない家族にとって、できることはなんだろう。

チャーリーは、自ら悩み苦しみながら、レイモンドへの愛を見つけて再生できた。

俺はまだ、嫁への愛を見つけ出していない。

   △△△

うちのレインマンは、雨の日を極端に恐れている。

雨が降ると、家族全員に外出を禁止する。

雨じゃなくて、嫁に降り込められたうちの中で、俺はダスティン・ホフマンの顔をしたどこかのラスボスに祈りを捧げる。

――なあ、レインマン

――ここに来て、歌ってくれよ。

――心に火傷を負った俺たちみんなのために。

2011-11-13

http://anond.hatelabo.jp/20111113215423

エイミング

狙うときは分かるけど、じゃあ撃つ時はどうすんの?

端末をブンブン振り回したりするの?もしくは「バキューン!」ってマイクに叫んだりするの?

ハンドル操作もジャイロでおk

ブレーキとかアクセルはどうすんの?

端末の加速検知機能使ってその辺を走り回ったりするの?

飛行機系の操作も、多分全てがそういう方面に置き換わっていくだろう。

飛行機のコックピットって操縦桿以外一切何もないの?

http://anond.hatelabo.jp/20111113214711

今のスマフォでのナウなコントロール方法は「ジャイロ/加速度センサによる操作」だ。レースゲームとかFPSではこれが結構マッチして、普通にキー操作するより何段か上の操作性を提供している。

ジャイロなどによる操作では、端末自身を傾けることによって操作するので、指が画面を邪魔しない。エイミングハンドル操作もジャイロでおk

飛行機系の操作も、多分全てがそういう方面に置き換わっていくだろう。(端末を動かしたくないという方向けに、大抵はオプションで切り替えできる用に設計されてる。角度とか)

これはコンソールには出来ない操作方法だ。使ってみると結構はまるぞ。まあ、Wiiにも似たようなのは沢山あるけど。

2011-11-09

姉の彼氏写真


実家に泊まりに行ったら、姉(39・独身・顔は並)の本棚彼氏旅行に行った時の写真を大量に貼ったアルバムがあり、それを見て色々と衝撃を受けた。

姉に10歳年下の彼氏がいることは知っていたが、それを写真という形ではっきり見てしまうと何とも言えない気持ちになる。

姉の彼氏特にイケメンとかではないが普通の感じの良さそうな人だった。

旅行写真は、どう見てもビジネスクラス飛行機の内部、私でも名前を知っている超有名レストランでのディナー、南欧と思われるステキな町並みの中ではしゃぐ様子、などが写っている。

有名店のディナーで、姉はドレスアップし、黄金色シャンパンを片手に微笑んでいる。

「これ、俺の彼女」と言われて写真を見せられたら、お世辞でなら「わー、美人だね」と言ってもいいレベルだ。

私は絶望した。

姉は子供の頃から私を苛めた。私をさんざんこき使ったが、「ありがとう」一言もなく、逆に私の頼んだことはビデオの録画すらやってくれなかった。

モラハラ」について調べていたら、姉にされたことがそのまんま書いてあって妙に納得したものだ。

その悪魔のような姉が彼氏ラブラブ旅行(しかも高級)をしている。

あの悪魔女も、彼氏にとってはきっと優しくて可愛い素敵な女性なのだろう。

姉は成績が悪く、家から少し遠い底辺高(そこにしか入れなかった為)を卒業後、地味な短大に入り、卒業就職したが転職し、猛勉強して今の仕事についた。

姉の職業は知識が必要とされる専門職で、収入はかなり良いらしい。

一方、私は地元トップクラスの高校に進学したものの成績は常にビリ近く、Fラン大学卒業後は就職に失敗、今は派遣社員で食いつないでいる。唯一の贅沢は週に一度のスタバ趣味ネトゲ。底辺ワーキングプアだ。もちろん彼氏なんていない。

子供の頃は、姉に苛められても心のどこかで勉強のできない姉を見下すことができた。

でも今の私には何もない。金も彼氏未来もない。

姉の顔は見たくもないが、不幸を願ってはいないので、彼氏とは仲良くやってほしいと思う。

2011-10-04

母が自殺した

9月30日、母が死んだ。酔っぱらって衝動的に自殺したっぽい。

部屋は綺麗だった。昔からきれい好きだし。一軒目は何処で飲んだのか未だに不明。部屋にも酒は無かった。

とある出禁の店に泥酔状態で行って追い返されて、警察保護されて深夜の2時頃に自宅に返された。その3時間後に海で見つかった。

その日の朝9時頃地元警察から電話がかかってきた。最初は前の日に話をした地元友達かと思った。俺の会社で働いていて色々な人から金を借りて逃げたからだ。半年ぶりに連絡がついてそしてそれを凄く怒った。金のことも怒った。本当に自分もびっくりする位怒ったのでびっくりして警察に駆け込んだのかと思って電話を出た。

海で遺体で上がりました、と警察。頭が真っ白になるってこの事だったんだ。

電話を切って結構ボーとしてた。月末で仕事もまあまあ忙しかった。

近所の公園をふらふらしながら離婚した親父とか、母の弟とかに電話した。人嫌いで親戚・友達づきあい殆ど無かったから連絡はこれで事足りる。

ボーっとしすぎってチケットを取ったのは夕方だった。すぐに電話すればすぐに帰れたのにボーっとしてしまった。

母とはずっと疎遠だった。ヒステリックで酒乱で本当に嫌だった。

帰ったのは17の時に上京して友達事故った20歳くらいの時、じいちゃんが死んだ22歳くらいの時、あとは半年くらい前。

半年前に帰った理由は説教するためだった。

近所の習い事先生に酔っ払って「俺君を返せ!隠してるんだろ!」と。

更に飲み屋で俺の同級生に金を借りて飲んだ事も聞いた。

酔ったら俺に電話してくるのもやめて欲しかった。当たり前のように100回以上は電話が鳴った。留守電もいっぱいになった。

鍵を開けて入っていくと久しぶり過ぎてびっくりした後に大泣きして土下座して謝っていた。痩せていて、老けていた。

部屋を見てみると綺麗にはしているがカップラーメンばかり。薬も色々な種類の薬(うつ、糖尿、痔、等)を飲んでいる。

これはやばいなと思った。

ホテル厨房で働いていたから飯はめちゃくちゃ旨い。なのに何でカップ麺ばかり食っているのかと軽く怒った。

んで東京に住むか、と誘った。でもずーっと住んでいるこの地が良いらしい。

素面の時ならいつでも電話しろと言った。素面でもこの何年かは話が通じなかった。

内容としては、

・金はあるのか?

・何でそんなに高いマンションに住んでるのか?

やくざになったのか?

・誰を頼って東京に行ったのか?

等。

母の中では金持ちヤクザらしい。儲かったってヤクザなんてやらないのに。

なので一度でも俺の会社を見て欲しかった。色々とやっていてひとつひとつ見せながら説明したかった。

そこで2時間位で家を後にした。

そんな事が前にあって、飛行機に乗って帰り、警察空港に迎えに来ていた。

母の死体警察署にある。当然見ることになる。隣には一緒に来てくれた彼女がいるけど、ずっと緊張、というか過呼吸になりそうな感じだった。なったことはないけど。

上記に書いた時系列を説明してもらい、発見地点など地図に書いてもらった。

母と対面した時には冷たくなっていた。冷蔵してるし当たり前かと考えていた。

1分ほど見つめて、後にした。司法解剖に行くことになった。事件性の有無を調べるためだ。

でも俺はそんなものは無いと思ってるし今でもそう思っている。それは間違いない。

地元の街中の殆どの店を出禁になり、飲む所がない。1件だけあってそこによく行っていたようだ。葬式にもいきなりそこのママが来てくれた。

俺も明日明後日くらいに謝罪に回ろうと思ってる。

その後隣町の実家に帰った。ひどく部屋は綺麗だ。いつも通り。

彼女が台所を見て言った。歯磨きに俺が小学生の頃に作った焼き物の湯のみを使っていた。そこでその日初めて泣き崩れてしまった。前の日にも彼女の胸で泣いた。泣き顔は5年のうちで初めて見せた。

家中探してもやっぱり酒を飲んだ形跡はない。やっぱり何処かで飲んだんだ。未だに判明してないけど。

とても自殺した人の家とは思えないくらいに綺麗で、色々と行き届いていた。生活感もあった。

ふと思った。冷蔵庫を閉めた後に。ちゃんと色々買って自炊している。言うことを聞いている。カップ麺は一個もない。

携帯電話を見た。全く何も入ってない。俺の携帯電話をしてみた。鳴らない。通話ができません、と。

他の携帯にかけてみた。鳴った。どうしようもない気持ちになった。

母は俺に迷惑をかけまいと俺に電話できないように設定していた。

でも10日前くらいに公衆電話から電話があった。病院からかけていると。

何で携帯からかけて来ないのか不思議だったけど、特には聞かなかった。これで謎は氷解した。

その電話の時もやはり話題は誰を頼って東京に行ったのか。前までは素面でも話が通じなかったけど、多分今回の電話電話する理由が欲しかったんだと思う。ちゃんとそこは説明している。

それが最後電話になった。もっと話しておけば良かったと眩暈がするくらい後悔してる。

というか、親孝行をもっとしたかった。これは一生後悔し続ける。

日本中の殆どの人が、世界中の人かもしれない。日常的に言っている「親孝行は生きているうちにしておけ」と。

何でそんなことが、そんな簡単でいつでもできることが俺には出来なかったのか。

いつかは思う存分孝行しようとしていた。というかその時期だった。

ある程度東京でも成功し、月収も1000万を超えた。なんでもできるはずなのに。なんでだろう。そればっかり考える。

ビジネス成功して、親孝行は失敗する。親孝行のほうがはるかに簡単でいつでもできるのに。

俺の存在意義を疑う。何の為に生まれてきたのか。

小さい頃から毎日喧嘩してきた。

小学生になる前にはママママと呼んでいつもおやすみキスを求めていた。

小学校低学年になったら取っ組み合いの喧嘩をするようになった。習い事も初めて色々な賞を取って喜んでいた。

小学校中学年は他の習い事も始めた。その習い事世界大会ベスト3に入るまでになった。本当に誇りだっただろう。

小学校高学年は両方の習い事でグングン伸びて全国をかけめぐっていた。これは中学校も続く。ママと呼ぶのが恥ずかしくて母さんと言うようになった。

中学1年になって初めて喧嘩に勝った。蹴りがみぞおちに入って唸ってうずくまってしまった。これからは手加減しないとまずいと感じた。

中学2年は包丁を投げられて必死でかわした。この頃からお前というようになった。毎日夜遅くまで友達の家で遊んだり泊まり歩いたりが始まった。

中学3年は同上。もっとひどくなっていった。

高校1年制は不良友達のたまり場になった。6畳の部屋に10人はざらだった。彼女もできて家には殆ど帰らなかった。

高校2年制は停学3,4回目で首になった。もうこの頃はほぼ帰らなかった。母が知っている友達の所にいるといきなりやってきて窓を全力で開けて叫び始めるからだ。

溺愛されていた。でもその愛情表現の仕方が本当に常識とかけ離れていた。俺もわかりつつも心から嫌いになっていった。

17歳の時に求人誌を取り寄せて片道の飛行機代で上京した。本当につらい毎日だった。

家の引き出しを見てみるとその頃に振り込んでもらった振込用紙が出てきた。勝手に出ていったくせに。俺に関連するものはどんなものでも綺麗にとって置いていた。

アルバム学校通知表習い事の全国のおみやげインテリア、載った新聞の切り抜き等。

彼女も溺愛しているのは簡単にわかると言っていた。友達達も溺愛しているのは言うまでもないと。

俺の為だけに生きていた。99%。それ以上かも知れない。

生活保護を6年ほど受けていた。俺は生活保護手紙みたいなものを受け取ったが関わりたくないので面倒見切れませんと返信した。

引き出しには通帳が入っていた。

6年間で120万程度貯めていた。実際使えるお金は6万程度なのに。光熱費とか食費とか色々あるのに。その中から月に15000円以上も貯めていた。

よく見てみると、大きい買い物はテレビだけだった。チラシも、領収書も入っていた。俺に言ってくれればそんなものすぐに、もっと大きい、もっといいものを買ってあげるのに。

もっとよく見てみると、服も、布団も、何も新しいものがない。全部見たことがあるものばかり。

何を楽しみに生きてきたのか。

涙が止まらない。

今日の朝、いらないものは全部捨てた。捨てるのを迷うものばかりだ。

全部持って帰りたい。

このまま部屋を借りるかどうか迷う。

全部このまま残したい。

今もまだ考えている。

形見と呼べるものは少ない。

遺体発見された時も小銭入れと、部屋の鍵とタバコだけだ。今乾かしている。

母子家庭一生懸命育ててくれた。

取っ組み合いの喧嘩をして父親替わりもしてくれた。

全ては俺が最後まで素直になれなかったのが原因だ。

東京に来いといったが完全に命令口調でいった。

久しぶりに会ったからと肩でも揉んでやればよかった。

東京に来て生活するよりも、そのほうが嬉しかたかも知れない。

わざわざ電話する理由まで作って電話をしてきたんだし。

今、遺体の前で号泣しながら書いてる。

会社人間には言ってない。下手な気を使わせたくない。俺も気を使われたくない。

1年間は何も言わないつもりだ。

1年後、俺は人生初のボランティアをしようと思う。

うつアル中で親の事を好きだけど素直になれなくて、でも何かしてあげたい人の為に。

もう俺みたいな一生後悔するような事は誰にもさせたくない。

今日さっきまでお通夜だった。母だけの知り合いは一人だけ。上記の唯一飲みにいける店のママだ。

そこでも喧嘩して出禁になりかけたらしい。でも素面に戻って飲む所がないと泣きついてきたらしい。

大人たちが帰って、地元の友人10人程度で飲んだ。こんなに皆が集まるのは高校生以来だ。腹を抱えて笑った。ずっと皆で笑ってた。母もそのほうが喜ぶだろう。

明日火葬だ。本当に肉体もこの世からいなくなってしまう。

このまま保存できるならずっと保存したい。ずっと一緒にいたい。俺が死ぬまで一緒にいたい。

でもそんな事は叶わないから焼く。

生き返るなら全財産出しても借金してもいい。そんな気持ちになったのは初めてだ。その為に人生を賭けてもいい。

本当に母が好きだった。なのに優しい言葉をかけたのは記憶がない。

どれだけ母は俺の優しい言葉を望んだだろうか。

別れた父もお通夜も来なかった。母の弟は遠くで死ねばいいのにといった。完全に回りの鼻つまみものだった。

俺もそういう気持ちだったはずだった。なのに何でこんなに愛おしくなるんだろう。

金を稼ぎたかった。だから親は後回しにした。でも本当にいい暮らしをさせてやりたかたからなのに。

増田はいつも見ていた。でも俺が書くとは思わなかった。たまにホッテントリで見るくらいなのに。

でも何処かに吐き出したかった。今の気持ちも忘れたくなかった。だからこの場を借りる。

【追記】

本日火葬を無事終えました。本当にありがとうございました。お骨ってあんなにもろくなるものなんですね。

結構発覚したことがあったのでメモ

・第2発見者が親友のお父さん(漁師

・引き上げてくれたのが親友のお父さん(消防士

・爺ちゃんが亡くなって10年近く経つんだけど、亡くなってからずっと行っていなかったお参りに今年は2回も行っている。

・今年の7月からこの3ヶ月で泥酔で4回も保護されている。

・今年の7月親友のお母さん(母の同級生でもある)に素面電話して、出なかったので役所で働いている旦那さんにまで電話をしている。同級生と久しぶりに話したかったのか?

とか色々。

何らかの予感があったのかも知れない。

月収に対するネガティブコメント→こんなにあるとは。本当の事なので何とも言えません。

生活保護に対するネガティブコメント→概ね同意です。今回の残っていたお金ボランティア活動に使おうと思っています

2011-09-27

「そうしたいからそうなるまでそうするだけ」

友人は何をやってもうまくいく。

「うまくいく」基準は曖昧だけど、ここでは「彼が望んだ最低ラインの結果」ということにする。

たぶん皆さんの周りにも一人や二人いると思う。人生なんでもうまくいく人。

自分の友人もその一人。


自分は友人と付き合いが長いが、友人はたぶん挫折したことがない。

学生時代帰宅部だったが、スポーツは何をやらせてもその部活に入ってる人並みにはやれる。例えば柔道全国大会に行っている人にも普通に一本背負いで勝ったり。

難関高校、難関大学も簡単に入る。

就職も「大きさとかどうでもいいけど適当に受けてみた」と言っていたが恐らく現在世界トップ10ぐらいのアメリカの人気企業入社した。

一般人ながら極度の面食いで、狙った獲物は逃さない。それがアイドルであろうと飛行機内で出会った客室乗務員であろうと。彼女に1回フラれたことはあった。「私じゃあなた釣り合えない」と。

桁違いの資産暮らし、それでも中身は変わらないか自分は友人と未だに付き合っているのだろう。

でも、競争させたなら周りにいるような大概の人には負けない。そして望みを当たり前のように叶えていく。

しかしどう見てもごくごく普通の男だ。IQがすごいわけでもない。中肉中背。育ちは中流家庭。元々イケメンでもない。性格は正直悪い。極度のめんどくさがりやだし。



では何故友人は何でもうまくいくのか。

長い間友人を観察してきてわかったことがある。

それは「当たり前のことを当たり前にやる」ということだ。

例えば学校テストで友人は自分が知る限り100点しか獲ったことがない。

友人に何故100点を獲れるか聞くと決まって「テスト範囲を暗記して当日答え書けばいいだけじゃん」と返された。でもそんなのきついよ、と言うと「獲れるまで暗記すりゃいいじゃん」と返された。

友人はこういう思考なのだ。

柔道の授業前は体育の教科書を読み基本を確認してそれを実践でやるだけ。受験テストと同様。就職は必要なスキルを習得してその他いろいろ調べて臨むだけ。

恋愛は、自分を最大限にカッコ良く見せる方法実践し、アプローチ方法を考え実践、近づいたらどう落ちるか考えて実践

友人曰く「世の中ほとんどのことはうまくいく方法がわかってるからそれを実践するだけ」とのこと。困難なら「そのレベルまで自分を持っていけばいいだけ」と言う。

人はこれを「努力」と言うんだろう。しかし友人は努力なんて意識が全くない。

「そうしたいからそうなるまでそうするだけ」とは自分人生で1番心に響いた友人の言葉の一つだ。

それともう一つ。「俺からすりゃみんなが失敗したとか挫折したとか言ってんのがうざい。だって明らかに方法おかしいし、そのレベルに達してないし、うまくいきたいと本当に思ってんのか。」と。

何だろう。恐ろしく論理的というか。しかし、論理的なら恐らく友人はいろいろ成し遂げられなかっただろう。論理的なら「不可能だ」って思うような展開を覆してきてるから

ただ、自分からすると友人にもっと向上心があればな、と思う。絶対に余力を残している。その余力を使い切ったところを見てみたい気持ちはあるが・・。



友人は不可能はないと思っている上で当たり前のことを当たり前にやっている。かなり厄介な人物だ。

自分はいつも「そうしたいからそうなるまでそうするだけ」という言葉を頭に置いている。

1番シンプル成功への道だと思うから

しかし、友人が今の自分を見たら

「なんでお前MBA目指してんのに匿名日記なんて書いてんの?それなんかMBA目指す上で役立つ?」と真顔で言ってくるだろう。

まぁそう言ってきたら「気分転換代わりなるからいろいろ書いてんだよ。」とでも言おうか。

そんなこと言ってる間にも友人は「当たり前のこと」をしてるから自分は友人に追いつけないんだけど・・。

2011-09-23

なんで言うねん

ある日、飛行機内にて。

機長

「機長の○○です本日は○○航空○○便をご利用頂きありがとうございます

 当機は順調に飛行を続けておりまして、予定どおり、○時○○分に○○空港に着陸の予定です

 現地の天気は晴れ。気温は32度です。なお当機が墜落する可能性は2万分の1で御座います

 ちなみにビンゴゲームで最短でビンゴする確率は30万分の1、ならびに

 ポーカーロイヤルストレートフラッシュが出る確率は65万分の1ですので予めご了承ください。

 機内は全席禁煙となっております、みなさまのご理解とご協力をお願いいたします。

 それでは今しばらく空の旅をお楽しみください。」

男4人組

「いやぁ一、一列に座れて良かったなー!ポーカーでもするかー!」

「えー、おれポーカー苦手なんやけど」

「あっ!ロイヤルストレートフラッシュや!」

「まじかよー!」

修学旅行生たち

はい、では今からビンゴ大会を始めまーす、当たった人はホテルプレゼントありまーす」

はい4」

はい2」

はい0」

はい8」

リーチ!」

「えー、もうかよ?!」

はい3ー!」

先生ー!揃いましたー!」



政府衛星が落ちておりまして、21兆分の1で人に当たりますが、ご安心ください。」

2011-09-17

今日のOmegle和訳

お題:

ものすごい美少女に変身したら人生は楽しくなると思いますか?

名無し2:思わない

名無し2:自殺する

名無し1:ああ、それがベストだな

名無し2:おい、やらないか?(はあと

名無し1:いいよ

名無し1:でも

名無し1:あんたの性別が分からないw

名無し2:男。そっちは?

名無し1:同じ

名無し2:ほら完璧じゃないか

名無し1:ああ

名無し2:住んでるのはUSだよね?

名無し1:ちがうw

名無し2:щ(゚Д゚щ)

名無し1:そっちは o.o

名無し2:ええと……じゃあどこに住んでるの?UK?

名無し1:オランダ。そっちは?

名無し2:ヴァージニア州

名無し1:ああ

名無し1:やるって話はなくなりそうだな

名無し2:щ(゚Д゚щ) Noooooooooooo!

名無し2:何のために飛行機があんのよ!

名無し2:こっちに来ればいいだろ。年齢は?

名無し1:19

名無し1:そっちは? ;D

名無し2:おなじw

名無し1:ソウルメイトじゃん

名無し1:いや待てよ

名無し2:(はあと

名無し2:え?なんで違うの?

名無し1:いやなんか

名無し1:まあいいか

名無し2:いいんだよ

名無し1:で、来ないの ;D

名無し2:高すぎる x.x

名無し1:ああ

名無し1:じゃあ別の手段はないか

名無し2:割り勘はどうよ。5分5分で。それなら行けるよ(はあと

名無し1:ああ

名無し2:それか中間地点で会うとか。UKあたり。

名無し1:大して違わないけどw

名無し1:でもあんたがどれくらいアツいか分かってないんだよな :o

名無し2:ブサいくらいアツい。そっちは?

名無し1:え

名無し1:質問読んでるか

名無し2:どれくらいアツいか

名無し2:読んだよ

名無し1:説明して

名無し2:ブサイクなくらいアツい。どこが分かんないの?

名無し1:ああそういうことかw

名無し1:火傷

名無し2:火傷?

名無し1:アツい→火→皮膚こげる→火傷→ブサ

名無し1:xD

名無し2:ワラ

名無し1:俺はふつうだと思う

名無し1:ちょっと腹が出てるけど

名無し1:それ以外はふつう

名無し2:うん、じゃあ大丈夫w

名無し1:ビデオチャットする? xD

名無し2:щ(゚Д゚щ)

名無し1:その顔文字好きだね

名無し2:おうよ

名無し2:卓球のやつも好き

名無し1:w

名無し2: (」゚ペ)」p° ━┳┻┳━ q(´∇`)

名無し1:xD

名無し1:SUGEE

名無し2:じゃあソウルメイトよ、ビデオチャットをしようではないか楽しいよ。

名無し1:まじかよ

名無し1:ホモ

名無し1さんが退出しました>

顔文字原文ママ

2011-09-10

http://anond.hatelabo.jp/20110910120604

女の人の依存症ってどれくらいのものなんだろう

例えば自分毎日コーヒー一杯飲まないと絶対に会社に行けないんだけど

(飲んだら遅刻するとわかってても飲む、流石に飛行機時間に間に合わないとかなら飲まないけど)


どんなもんなんでしょう?

2011-09-08

猫の感じ

http://anond.hatelabo.jp/20110908093243を可能な限り段落を再現してエキサイト先生翻訳して頂きました!



長い間、私は暗箱にいます

私が箱の外部で聞いた誰かのコメントによれば、劇薬を含んでいる小さなボトルは、この箱に位置します。ボトルは完全に密閉されますが、ハンマーボトルの近くに配置します。また、彼らは、ハンマーがある時に倒れるだろうと言いました。

いつになるかは「ある時間です?私は知りません。このまさに瞬間に?あるいは遠い将来?恐らく、それは既に来ました(私はそれに関して考えたくありません)。誰もハンマーに影響することができません。独立事象として、それは、見込みで50%倒れるでしょう。見込みはちょうど50%です。ひょっとしたら、ボトルは壊されるかもしれないしあるいはだろう。自分に関して、死者、あるいは、生きている。

私は言わなければなりません、状況はどれくらい恐ろしいですか。

私は、猛烈な憤慨を持たないようにはすることができません。私の人生(私のための最も重要な問題)は、私から完全に離れており、単純な図、FIFTY PERCENTに単独で依存します!あまりに恐ろしい。

さらに、私は、それは完全に不合理であると思います(そして)。私は、ちょうど50%で見込みを維持する多くの方法で束縛されます

視覚。箱は、任意の光から完全に保護されます。それは、ボトル装置を見つけるおよび破壊することから私を回避するためにあります。完全な暗さ。私は完全な暗さにいます。したがって、今、私は、自分アウトラインさえ見ることができません。恐らく、それは奇妙に思えます。暗さは私に私の体自体の存在について疑問を抱かせます

聴覚の知覚。恐らく、私が上に言及した理由から、完全な遮音は使用されます。私は、私自身の音声さえ聞くことができません。私はメカニズムを知りません。まず第1に、私は、何も見ることができないとともに、どのようにそれを調査することができますか。したがって、これは恐らく推測だけです、私の鼓膜はこの箱の中の包囲の前に破損されました、あるいは、ある特別の資料は箱の壁に使用されます

とにかく、光と音の保護であまりによい暗箱では、ちょうど用語が示すように、私の視覚的・聴覚の知覚は死んでいます

たかも一層の確認が必要かのように、私を極度に圧迫する巨大な疲労は私のための別の拘束物です。それらは努力から私を回避するために私にある種類の筋弛緩剤を与えたように見えます。私が同じ姿勢から変わることができないとともに、私の触覚はほとんど麻痺しています

光はありません。音はありません。匂いと味は信頼性が低い。触覚は不調にあります。私は操り人形に似ています。すべての五感は私のコントロールが不足しています。あまり残酷です。完全な拘束物。それらが睡眠薬を与えていた場合、私は望みます。私は、外傷のない苦悩にいると思います。私の生活(私の存在(自体))は完全に無視されます。そのような屈辱は私の正気を維持します。そのような屈辱けができます

自分の生および死をコントロールする権利は完全に奪われます。私はそのような状況を嫌います。私の生活の連続性の中核決定要素は完全に依存します、で、単独で、で、純粋な見込み。誰からでも完全に遠方に、意志があります。私は再びそれを嫌います。私はそれを嫌います!

なぜ私は、そのような箱で囲まれなければなりませんか。そのような途方もない箱では、なぜ私は、そのような完全な拘束物を備えた、生命不安および死にいなければなりませんか。

不合理です残酷です

私は孤独です。私は、中身がなく、水平に感じていますか。すすり泣かないようにすることが困難です?番号私の孤独はるかに深い。私は空間の海でいます。私は一人です。完全に孤独です。孤児として、私はこの無限の暗さに向けられました。私は絶対零度の中で震動しています

この箱に展望はありません。暗さだけがここにあります。私はボトルハンマーを感じることができません。私は壁、底および天井をまた感じることができません。それらはそこにあるに違いありません。しかし、私の五感がすべて奪われます。何もないように、私は感じます。それらのものがいくつかの意味を持っている一方。

正直に話して、私は、箱にいるかどうかそれほど分かりません。私は、私の姿が存在すると確信します。私は考えています。私は空想しています。それは証拠である、私の独自性を示すこと、呼ばれる、自我あるいは意識、あるいは心、固体ですしかし、独自性はありますか、本当に箱で囲まれる?それが別のスペースで浮かんでいることはありえますか。私はそのような疑問を除去することができません。

恐らく、私がここでであるものは、宇宙に結局浮かんでいるか、あるいはマリアナ海溝の底に横になっています。あるいは恐らくキラウエア火山の穴から下降して行くこと。

私には、箱(私を囲んで)がどのようにか知る方法がありません。私の感覚はすべて死んでいます。私は、ここに、箱の内部があるかどうか判断することができません。

私は、本当に生きているように、それに加えて、確かではありません。私には、そんな単純なものを確認する方法がありません。恐らく、50%の見込みは私を越えて既に通過しました。恐らく、私は既に死んでいます。私はまだ、恐らく生きています。浅くて、筋弛緩剤を注入された、呼吸する、弱い心臓の鼓動。あるいはそれらのすべての停止(単に去る肉大型丸薬)。

私は私自身の身体をコントロールする任意の能力を奪われます。誰が私の心が重大な活動を継続する身体に存在すると言うことができますか。五感は完全な暗さで毒されました。それらは感覚器として機能することができません。私は、真実を知る見込みがありません。恐らく、どんな推測も一人で作り上げられます。私を包む状況および自分独自性は恐らくプログラムされた回転プレーのコンポーネントです

私の存在に関して、私は振る舞いを決定することができません。私は、それを認めることを嫌いますしかし、私は変動の最中です

私は、誰かが私を見つけることができたらと思います。私は、誰かが箱を開くことができ私がいかがか言うことができた、らと思い、私がどういう人か決めることができました。私の内側にそうするのに十分な力はありません。私ができるのは孤独の中で震動し続けることです

もし神ならば、私は言うことができるでしょう「そこにさせる、軽い。」私は、それが不可能なことを知っていますしかし、私は、私がそのように言うことができたならばどれくらい素晴らしいだろうか思わざるをえません。

私自身の自由意志!それは、自分を取り巻くすべての変動を固定することができました!

同時に、切望は影を生産します。箱が開かれるなら、私は見つかり観察されましょう。その結果、私の姿は決定されるでしょう。実を言えば、私は決定を心配しているという事実から視線をそらすことができません。

一人で生きているか死んでいるかどうか判断することができませんが、私は死を恐れています。残念ながら、私は死者として決定します。私は受理することができません。まだ、私は感じることができません。私は特定の現象として死を想像することができません。恐らく、そのため、私は死を恐れています

いいえ、それは私に制限されるべきではありません。高潔なキング。致命的な殺害者。規則的な人々。すべての同じ。恐らく、悪い疾病の年上の人々あるいは患者は、十分に真実の死に近いある想像を持つことができました。しかし、それでも、死の特定の経験を知ることができません。

結局、死は圧倒する重要性を備えた最終仕向地です時間意識は絶対的な不可逆性を持っています。死にはさらに変更することができない完全無欠さがあります。それが儀式の通過点あるいは顕著な印象的な出来事でも。

私自身、ここの私の心はそうです、そのときは消えられるだろう、どれ、私がいかがかが決定されます。それらが生ぬるい水(私はその中で温度を感じることができない)から奪う場合、私は、大気に身をさらさないようにはすることができません。

私はそのような不可逆変化を恐れています。それは死の決定に制限されていません。さらに、非常に心配しているので、私は生きていて決定されます

自分現在存在は、無限ポイント上に立っている小さく小さな幻覚に似ています。それほど大きくない。それほど小さくない。それほど長くない。それほど短くない。拡張はありません。収縮はありません。ユニークな単一のポイントで立っていること。それは数学上正確です。私は、自分同一性に関する混乱があるそのようなポイントでとどまるゴーストのようなものです

ポイントは同時(ある位置で既存でない)に座標の飛行機ですべての位置で存在します。ある出来事が生じれば、その瞬間においては、それは、すべての地空(あたかも私の招待がバスから降りるかのように、出来事がその中で生じた)中の単一のポイントに私を集中させるでしょう。関係なしで。ポイントと私がものだったとしても。

幻覚(それはそのようなポイントでとどまった)は、等しい程度に対して、実際で霧のように消されているの可能性を持っています

さて、私はすべての配当通過時間の中で既存です。そして、私はすべての自然を持っています。同時に、私は孤独からそれを受けています、私はすべての自然から離れています。私は、誰かが私を見つけることができることを望みます。同時に、私は非常に心配しています、私はどこにいてそれ、私はその瞬間にいかがでしょうか。

私は原因と結果の法則から解放されました。私は常に永久に決定しません。

2011-09-02

童貞力の暴走人類の繁栄へ導く

2009年童貞力がとんでもない方向に暴走するやつらばっかりだったな。

http://anond.hatelabo.jp/20090221185555

http://anond.hatelabo.jp/20091018173611

http://anond.hatelabo.jp/20090607215838

http://anond.hatelabo.jp/20091005121858


童貞力の暴走こそが世界を前進させる原動力なのに、最近非モテときたらなにもかも諦めやがって…

敢えて言おう。

人類史上、6割の発明は「モテいから」という動機で生まれている。残り3割は「金儲けしたいから」一割は戦争で「勝ちたいから」

テレビパソコンも、自動車飛行機も、農業も火の利用も、全ては「モテたかたから」から生まれた発明だ!

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