はてなキーワード: 肥料とは
・8世紀前半には北海道沿岸まで遠征
・その後は安倍氏による支配下で、中央政権から遠いので影響も及ばず半独立国家的統治。(※)
※東北地方が半ば独立していくという姿は、古代大和朝廷の中央集権国家の一角が崩れたことを意味し、これがモデルケースとなって日本は小さな国の集合体へと変貌していく。日本は明治維新まで、中央集権による統一国家とは言えない。(江戸時代も、あくまで連邦国家である)
→明治維新は政治体制的には「大昔の古代集権国家に再び日本を戻そうという復古運動」であり、決して新しい近代国家をつくろうという思想ではない
・長い間安倍家のもと安定していたが、1052年末法思想のあたりから政局が不安定化し、貴族の摂関政治の衰え、武士の台頭にあわせて朝廷に反発を始める(cf 939年 平将門の乱)
・1051年~ 前九年の役。源頼義および出羽清原氏により安倍家滅亡。出羽清原氏が奥羽の覇者に。
・1083年~ 後三年の役。清平家のお家争いで清衡が勝利し、奥州藤原家として奥州を統治することになる。
・1185年~ 奥州合戦。鎌倉幕府により奥州藤原家滅亡。東北を蝦夷と呼ぶ時代は終わり、このあとは安東氏による統治。安東氏は拠点を津軽に置き、奥羽と北海道南端の蝦夷地を支配する。北海道が蝦夷と呼ばれ始める。
・1325年~ 蝦夷大乱。お家争いが幕府への反乱につながるが和睦。
・14世紀後半~
・若狭出身の武士武田信広が、陸奥の守護南部氏・安東氏との争いを経由して北海道に上陸。
侵略され、搾取され、屈従し、たまりかねて反乱を起こしては弾圧される。
ひたすらこの5つの繰り返し。
それでも何とかアイヌ側の忍耐によりそれなりに共存してきたが我慢の限界!
・1591年 南部に大反乱。豊臣秀吉の命で徳川家康を総大将とする討伐軍。蠣崎家も参戦。
その間アイヌの生活水準も上昇し、集落もまとまるようになった。
各部族をまとめる大酋長も現れ、独立国家らしきものが5つもできた。
・100年あまりの日本人との交易を経て、アイヌの生活水準は向上したが
同時に自給自足でなくなり松前藩との交易がないと生きていけなくなった。
苦境に陥った松前藩は
アイヌはまたも敗北し、絶対服従を誓わされるが、理不尽な交易レートは引き下げられた。
松前商人は利益を追求してアイヌを低賃金でこきつかい、奴隷扱い。
・そのままアイヌの悲劇が黙殺されたままおよそ100年ほど経過。
・地引き網漁の発達により、肥料用の鰯が大量に取れるようになり、
・田沼意次の命で、幕府からの調査団が蝦夷地に踏み込んでくる。
今はいろいろなしがらみでがんじがらめなのかもしれないけど、あきらかに戦前までのお米は富の源泉だったと思う。
たとえば、金沢に行ってびっくりしたのは、「北国銀行は前田家の出資によってできた銀行です」と銀行の窓に貼られたポスターに書かれていた。お米がもたらした富は姿を変えて、現代に生き続けていることもあると思った。
ところを変えて、越後の国には、豪農と呼ばれた大地主がたくさんいた。あたり一体見渡す限りの土地の所有者で毎年ありあまるほどの米がとれた。
米を現金に換える手段がなかったときは、品質が落ちる前に使い切らなくてはならなかっただろうが、米を現金に換える手段ができてからは、無尽蔵に富が沸いてきたのだろう。豪農は銀行の出資者だったり、明治期に勃興した産業の出資者だったりする。
しかしながら、通貨に換えられる価値が毎年増えていくということは、中央銀行にしてみれば、ある意味コントロールしにくい不確定要素だったのではないだろうか。
戦前の地主が農地解放で解体されたあとは、米から得られる富を肥料や農機具や土地改良の費用とバランスするようにして、新たな富が生まれにくく調整されているような気がしてならない。
読みづらいですが、以下のような計算をしてくださってる方もいます。来年は今年よりはいくぶん放射線量は下がることは物理的に確実です。
次に、コメの吸収率(移行係数のことでしょうか?)が0.1という数字が見えましたが、常識的に考えて10%ものセシウムを吸着するのであれば、土壌の除染手段として使うことを考えて良いレベルだと思います。
移行係数が実際のところどれぐらいなのか、諸説あるかと思いますが、比較的農業従事者さんよりと思われる「日本土壌肥料学会」の値が以下のページより見れます(「表1」をクリックしてください)。
http://jssspn.jp/info/secretariat/cs.html
高めに出ているデータでも 0.003 つまり0.3%です。仮に10000Bq/kg に対して300Bq/kgです。これをどう判断するかは各人にお任せですが、この程度ならば(私も含めて)やむをえないと考える人もいるでしょう。価格競争力の問題についてはおっしゃる通りと思いますが‥‥‥。
漁業は知らないが、農業は今や労働集約産業ではなく知識集約産業だって聞いたことがある。
全国各地の農民と情報を交換して、品種改良だとか農薬だとか肥料だとかいろんな情報を貰ったり譲ったりして
品質向上に努めているからこそ世界中で欲しがるジャパンブランドが確立されたって。震災後はともかく。
一方で情報機器に触れることもない、昔ながらの農民も結構いるんだけど、
相対的に非効率・消費者視点に立てない(労働集約型だからとても忙しくて儲からなくて客のニーズに応えられない)
農民になってしまい、農業全体からも「どうしたもんか」と頭の痛い問題だとか。
農業が暇だとは言わないが、結果に結びつかない“忙しい”は、社会的なお荷物なんだよな。
自分が食えればいいとか黙ってれば趣味なんだなで切り捨てられるけど、補助だの援助だの言われたら
酪農だって牛に牧草食わせる時代が終了して飼料を食わせる時代になってから、
ちょっと違う。
身体には、血液(マネー)の流れ以外に、食事(外貨)が必要。植物のように自分の中で自給自足出来れば、いらないんだけど、
日本は動物と同じように、必要な栄養(石油や燐・種子)を輸入しているから、これらがないと栄養失調で死んでしまう。
どんなに血液の量を増やしても、血液の中を流れる栄養素がなければ、血液が増えても意味が無い。それこそ、水みたいな黄色血が流れて死んでしまう。
輸出 =運動・狩り
マネーの流通量が増える>高血圧>脳みその血管破裂して脳溢血で死亡
マネーの流通量が減る>血液が詰まりやすくなる>血液詰って脳梗塞で死亡。
マネーを無理やり増やす > 栄養素が一定だと血が薄くなる > 栄養素が足りない血ばかりになって死亡
健康で運動を良くしている発展途上国のほうが 狩りが上手くてたくさん獲物を取っていく。
日本はメタボで動きが鈍いから、獲物と取られちゃって、狩りができない。
狩りをしている人たちが、獲物を村に持って帰れないから、村の中で武器作ったり、服を作ったりしている人たちも食事ができなくて弱っていってるのが現状
農民さんたちも、米以外の野菜とかは、タネや肥料をとなり村と交換しているので、となり村に行って交換できる武器や服がないと、やっぱり弱っちゃう。
これが、今の日本。
近頃、山に関する問題の解決に、狼を輸入するとかどんぐりを撒くのがダメだとか聞くけど、そんな馬鹿げた事にお金使わずに、間伐・枝打ち・下草柴刈り等々、お山のお仕事にお金出してくれればいいのになぁと思っている。
でもまぁ、仕分けられちゃってるくらいだから、実現は無理かな。
何が山に関する問題の原因になってるかというと、山が痩せちゃってる事なんだよね。
先ほど挙げた作業を行うと、まず山の地面に光があたるようになる、これを下草や柴が取り込み、それをまた刈ることで土に戻す。
この一連の作業を続けることで、土にエネルギーを蓄えることが出来る。
日本の山の周辺の人たちは、この作業をずっと続けていた。
山に住む生き物達も、この恩恵を受け、それに頼った生態系を作り上げていた。
ところが現代の山は、痩せた木が好き放題みっちりと生え、足元は低木や笹が茂って地面に光なんかあたらない。
土のエネルギーは昔ほどありはしないだろう。
痩せた木々の生える森、病気にすぐに負けて次々と枯れてしまう木がそれを物語っているんじゃないだろうか?
土にエネルギーが十分に蓄えられていると、ちょっとくらい日照りが続いたって、雨が多くたって、植物がその影響を受け止めてくれる。
だけど今の状況じゃ、日照りが続いたり寒かったり雨が長かったりすると、植物が耐え切れなくてとたんに影響が出る。
例えば、ヤマノイモは低木のあまり生えない山道の側や道路沿いに多く生えている。
養分が少なく土の流れやすい場所だが、そんな所でしか彼らは成長に必要な日光を得ることが出来ない。
だからちょっと雨が多いと土と一緒に流されてしまうのだ。
山に光さえ入ってくればヤマノイモはもっと他の場所で育つことが出来るはずだ。
知らない人のために言っておくと、ヤマノイモの地下茎やツルにつくムカゴは食用である。当然野生動物のエサとなる。
山の仕事を止めた結果、起こっている事をもうひとつ紹介してみよう。
昔を知っている人達なら夏に山に来ればすぐにわかる筈だが、カブトムシが小型化してるのだ。
皆さんの記憶の中では、蜜場を独占してスズメバチやカナブンを追い払っている姿があるだろう。
今の彼らはスズメバチに追い立てられて逃げてしまうのだ。スズメバチよりも小さい事が多いだから当然なのだが、なんとも情けない。
しかし、小さくならねば彼らは生きていけないからしょうがないのだ。
間隔の詰まった木々の生える森では大きな体では飛び難い、幼虫のえさとなる腐葉土を肥料として作る農家の人は居ないし、足元の低木に邪魔されて落ち葉があまり積もらない土では幼虫は大きくなれない。
カブトムシは里の人々に頼って大きくなり繁栄した動物だったのだ。
言われなくては気がつかない人も多いだろうが、カブトムシの幼虫はイノシシを初めとする雑食動物の蛋白源のひとつである。
晩秋までに10cm程度の大きさに成長して冬眠するため、重要なエサなのだ。
無論、こんな例で山に関する問題のすべてを説明しているわけじゃないけれど、間伐・枝打ち・下草柴刈り等々、お山のお仕事は問題の解決に役立ってくれるのです。
農法の進化の過程を見ていると、紀元前から続く農業が肥料との戦いであったことに気づく。
ヨーロッパの原始的な農法として二圃制というのがある。
冬に小麦を育てるのだが、その後はなんと一年間放っておき、休耕地にする。
これは別に農家が怠慢だとかではなく、そうしないと小麦が育つ地力が回復しないからだ。
次に北ヨーロッパに農耕文明が伝わってしばらくすると、三圃制というのがでてくる。
二圃制に加えて夏に大麦を育て、大麦→小麦→休耕のローテーションにする。
これは当時としてはかなり便利だったらしく、長く続けられた。
ところで、別にそんな面倒なことをせんでも成り立つ非常に便利な農法が古代にもあった。
氾濫を利用する方法だ。
メソポタミア文明やエジプト文明、その他いろいろの文明の発祥地ではこれが非常に便利に使われていた。
土が枯れたら雑草に癒して貰うのではなく、川に流してもらい、新しい土を持ってきてもらうのだ。
そうすれば毎年なんの憂いもなく農業に励める。
現在では大河の氾濫など、人間に害があるばかりでダムでも作って治水してしまうものだが、化学肥料がなかった時代は氾濫は農業にとって非常に重要であった。
大気中に腐るほど存在している窒素も、窒素酸化物などの形で地面に入らなければ植物が利用できない。
日本では古来、カミナリのことを稲妻と呼んだ。雲中で大放電現象が起きることで空気が灼かれ、窒素酸化物ができそれが雨に乗って地上に落ちる。無論、稲妻と最初に呼び始めた人たちはそんな現象は知らぬだろうが、その関係性は知っていたのだろう。
大豆などが有名だが、大豆も肥料として利用されていた。日本では満州で大豆を大規模栽培し、油などを取った絞りカスを日本に輸入して肥料にしたりしていた。
化学肥料がいくらでも手に入る現在では、行われていないが、日本の田圃では収穫後の田圃にレンゲソウ(マメ科)を植えた。
幻想的な風景だが、昔は田圃に一面のレンゲソウが咲いていることが日常風景であった。(その蓮華は枯れる前に花ごと地面に巻き込んで肥料にした)
ヨーロッパで農業革命と言われるノーフォーク農法(輪栽式農業)では、クローバーを栽培した。
クローバーもマメ科であり、この時やっと人間が「肥料を作る」という現象が発生した。
これまではずっと「肥料はどこかから持ってくるもの」だったのだ。(たぶんこの辺の意識の違いが近代、近世あたりの歴史認識に重要になってくるんだろう)
ノーフォーク農法は大麦小麦クローバーの他に、あまり地力を必要としないカブを育て、そのカブを家畜に食わせることによって家畜を年中飼育することができた。
クローバーと家畜の糞でようやく、紀元前から続いてきた慢性的な肥料不足は改善されるようになったのだ。
1. 仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない。
2. 仕事とは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。
3. 大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。
4. 難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
5. 取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……。
6. 周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
7. 計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
8. 自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。
9. 頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
就職できない学生は3分面接すれば充分に分かります。特徴を挙げると、大人しい、
社会人として考え方が子どもっぽい、読書経験がなく柔軟な思考力が欠如している、
スポーツ経験ゼロ、恋愛経験ゼロ、声が小さい、このような要素が必ずあるものです。
もちろん基礎学力は必要ですが、スポーツ経験と恋愛経験というものは意外に
仕事の出来不出来にかかわってくることが多いようです。会社組織において
仕事のできる人は異性にもてています。告白、口説きなどの一連の恋愛のプロセスは、
社会に出てから商談事などで要求される交渉力と似通っており、
大学卒業時点でもろくに恋愛経験がない学生は使えないと言っても差し支えないでしょう。
一方でそのような学生は「お人よし」なケースが多く、毅然とした態度で接することが
できないおっとりしたのんびり屋さんです。ほかにも道はあるでしょうが、企業組織内では
いちはやく淘汰される対象です。この厳しいご時世、大人しい秀才よりも
多少生意気で猛々しい学生をほしがる企業が増えています。スポーツ経験がある学生は、
集団行動や人間関係面で長けている場合が多く、非常に有利でしょう。ほかに要求される
のは、読書経験です。IT化に伴い、書物をじっくり読む機会は減っていますが、
読書で得られたものは必ず生きてきます。インターネットでは、今のところ
思ったより知識や思考の柔軟性は身に付かないようです。私が出会った企業人の懐の深さは
皆さんは、スポーツ、読書、恋愛などを通して学生生活をエンジョイしてください。
これらのことは時間のとれる大学時代にしかできないことです。また気の合う仲間だけでなく、
色々な人と出会って話しをするくせをつけましょう。大学時代を楽しめた学生の多くは
希望の会社に就職しています。学生時代に築いた人脈は、確実に良質な肥料となるでしょう。
学生が思っているほど、学歴は関係ありません。学習歴、実力が問われる時代が到来しています。
大人しく青白い秀才は、百害あって一利ない、排除すべき対象だということを銘記しておいてください
小飼弾すごいな、まがりなりにも数学や物理学に造詣が深けりゃあ、
「そのときにはなんの役に立つか、本人にも誰にもわからなかった」が、
現代科学技術文明に多大な功績がある数学理論や物理理論なんか両手に余るほどあるのもわかると思うんだがなぁ。
「かつてはそれでもよかったが、今はそんな時代ではない」というのなら、
「自己満足のための研究なんか自費でやればいい」理論も「そんな時代ではない」と言えるんだし。
それと、説明責任と奇麗事を言っているだけで、実態は「絶対権力者である仕分け人が万能感を味わうための肥料」
であることにまったく触れようともしないってのはいったい見識なんだろこの人。
ttp://hideyoshi.2ch.net/test/read.cgi/dqnplus/1268209499/l50
大麻を禁止したのは昭和23年アメリカの政策によるもので、それまで
日本はずっと大麻を栽培してきて、服作ったり薬にしたりの貴重な農産物
大麻にはタバコやお酒ほどの習慣性はないし、なにより依存性の高い
今言われている理由は色々あるけれど、大麻がオールマイティな植物で、
肥料もいらず生育も早くたいていの土地で育ち、紙、布、薬など用途多彩で
エコな植物。大麻の種は高品質なたんぱく質。石油、化学繊維、製薬、色んな
そして、もう一つ、日本の神性を奪うこともその理由であったのかなと
思います。大麻というのは天照大神の化身とされていて、天照大神の御札の
農家は円安で輸入する肥料飼料が高くなっても海外の農家は肥料飼料も人件費も高くなるので相対的に売れやすくなる。逆に円高なら日本の農家だけ売れにくくなる。
日本は外貨建て債務抱えてるわけじゃないから通貨価値を下落したからといって信用問題にはならないし、通貨危機で暴落してから輸出を増やした国はたくさんある。特に輸出産業は相手が受け取るのは商品であって円じゃない。
他の先進国では通貨量増やして為替レート落としてるけど、別に投資家が怒ってるわけでもない。
あと最近は公共事業も減って談合も摘発されまくり競争入札ばかりになってるので談合万歳ってわけでもないし、派遣会社は利益率も低く最近は赤字続出で儲かるビジネスともいえない。
通貨量は為替レートに影響するし、当然ビジネスのやりやすさにも影響する。良好なビジネスでも景気の影響はあるので景気をよくしておいたほうがいいことに変わりはない。不況でも儲かる企業があるだろうけど、公共なら儲かる企業も儲かる額ももっと増える。