はてなキーワード: シンセとは
テクノ・ハウス・トランス・エレクトロ・エレクトロニカ・アンビエント・ビッグビート・ポストロックと電子音楽も、今となってはジャズやロック並みに広範囲なジャンルになった。ただ、他のジャンルに比べると定義が結構曖昧で、結構誤用されていることが多い。ジャンル論争はあまり意味も意義もないけど、チラ裏的に定義してみる。
ちなみに書いている人は元テクノ少年のテクノ中年のシロウトなので、もっと詳しい人で「違う、そうじゃない」と思った人は、トラックバックなんかいただけるとありがたい。
電子音楽全てを包括する呼び方。ヘヴィ・メタルやパンクやオルタナティブを包括するのがロック、フリージャズやスウィングジャズやハードバップを包括するのがジャズなように、エレクトロニカもアンビエントもトランスも全部「テクノ」に含まれる、音楽の大ジャンルの一つである。
よくある批判(?)として「中田ヤスタカはテクノじゃない」「小室哲哉はテクノじゃない」と言われるが、あれも立派なテクノ(嫌いな人も多いだろうけど)。石野卓球は昔タモリの番組で、ユーロビートは日本独自のテクノだと解説していた。現代的な意味で「テクノ」として扱われるのは、ホアン・アトキンスやデリック・メイ、ケビン・サンダースの創設した「デトロイトテクノ」からの派生したもののみとする意見もあるが、そうなるとややこしくなるのと、世の中で「テクノ」と呼ばれているものが排除されてしまうので、あまりこの定義は意味が無いと思う。
デトロイトテクノと同じ時期にシカゴで生まれたダンスミュージック。リズムマシンとシンセを使い、フロアでかけるという意味ではデトロイトテクノと同じだが、キャッチーなメロディやピアノ音が特徴。ダフト・パンクやここ数年の中田ヤスタカ。テクノの下位ジャンルとして扱うか、一つの独立ジャンルとして扱うかは人によって異なる。
上記に上げたようにホアン・アトキンス、デリック・メイ、ケビン・サンダースがデトロイトで創設したジャンル。トランスに比べるとメロディラインが曖昧で、ストリングスやパッドを多用している。基本的にヴォーカルはない。テクノというと「白人・ヨーロッパ」のイメージを持つ人がいるが、元々デトロイトの黒人が始めた音楽である。
ハウスとテクノの混合…と言うとややこしいが、うねるようなシンセパッドの旋律と4つ打ちと叙情的なメロディアラインが特徴。100%踊るための音楽。時期や地域によって更に細分化された下位ジャンルがある。日本ではチャラいイメージがある。
音楽のいちジャンルと言うよりも音楽の一手法。同じ旋律をパターン化し繰り返す、音の動きを最小限に絞ったもの。久石譲のsummerとか坂本龍一の戦場のメリークリスマスなんかがそう。
これもテクノのいちジャンルと言うよりも、音楽の一手法と捉えたほうが良い。直訳すると「環境音楽」でカフェやサロン、美術館でかかっているような音楽。或いはクラブでチルアウト(落ち着かせる)させるための音楽。静かで緩やか。ブライアン・イーノ、細野晴臣、初期のエイフェックス・ツインなど。イージーリスニングと混同される場合もあるが、イージーリスニングと違い明確なメロディラインが無いのも特徴。
ハウスやデトロイトテクノよりもやや後に発生したジャンル。ハウス+テクノ+ファンクという形で成立。ポップでキャッチーなメロディで賑やかな感じ。
たった2文字加わるだけで全然違うジャンル。どちらかと言うとデトロイトテクノやアンビエントからの派生ジャンル。キャッチーなメロディラインがなく、音数が少なくシンプルな感じ。ヴォーカルがなくポップな部分が無いので初心者にはやや難解。アンビエントと違いビートはある。踊れない曲も多い。ただ、アメリカでは日本で言う「テクノ」的な扱いとなっている。
ロック+ヒップホップ+テクノ(ドラムンベースも加わる)。ドラムの代わりにリズムマシンを使い、ベースの代わりにシンセベースを使い、テクノっぽくてヴォーカルがある、踊れるようにしたロックと思えば良い。日本ではデジタルロックと呼ばれる(最近じゃ呼ばないか)。ケミカル・ブラザーズやアンダーワールドやプロディジーなんかがこれ。ロックの一ジャンルにするか、テクノの一ジャンルにするか人によって分かれる。
ブレイクビーツを170BPM前後の高速で繰り替えずリズムパターンに、低いベース音を合わせた音楽。トランス・ハウスなどがバスドラ4つ打ち(ドン・ドン・ドン・ドンと単純なリズム)にたいして、複雑なリズムパターンが特徴。
テクノ歌謡、シンセポップとも呼ぶ。電子楽器を使ったポップミュージック。キャッチーなメロディラインとヴォーカル。1980年代の小中学生や流行ったように、ポップで親しみやすいことが重要。そういう意味ではエレクトロに割と近い。YMO、クラフトワーク。Perfume。現在の「テクノ」とは違うとされるが、石野卓球やケン・イシイ、デリック・メイなんかは影響を公言している。
これこそ未だによく分からんジャンル。ポストロックのポストはポストモダンのポストと考えると分かりやすい。
こうして見ると、「踊れる」「踊れない」と、「分かりやすい」「難しい」の軸で分布図が作れる。
踊れる ↑ ドラムンベース | トランス ユーロビート デトロイトテクノ ハウス | エレクトロ ドリルンベース | |ビッグビート 難解←ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー→平易 | エレクトロニカ | テクノポップ アンビエント| | | | テクノ歌謡 ポストロック ↓ 踊れない
あとこのジャンルのミュージシャンは他ジャンルからの影響を受けやすかったり、時期によってまるっきり違うタイプの曲を作ったりするので、「○◯はビッグビートで、◯◯はハウスで…」といったものがない。
というわけで、電子音楽のサブジャンルの再定義をするつもりで、ジャンルで聴くのは無意味という結論に達してしまった。ジャンルと言うよりも手法といったほうが正しいのかもしれない。
余談だけど音楽ジャンル以上に、リスナーのイメージのほうが日本では大きいような気がする。
ハウス:オシャレ
トランス:チャラい
こんな感じ。
id:miruna じゃあお前が書けよ。この一言に尽きる。最初から『もっと詳しい人で「違う、そうじゃない」と思った人は、トラックバックなんかいただけるとありがたい。』って書いてるんだから、たった100字のブコメで評論家ごっこしてんじゃねえよ。ジャンルを問わずこういうクソヲタクがその分野を滅ぼす。
id:temtan ごめん、おれハードコアとか苦手とかなんだ。頼むから網羅したのを書いてくれないか?
id:yukibarashi 冨田勲以前とかまで遡るには俺の知識が足りなさすぎる。どちらかと言うと現代音楽史の領域に入ってしまう。
さすがにこれは略したいんだが…
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「けいおん」に影響されたのか、サクラ楽器のベース初心者13点セットってやつが17,000円だったので買ってみた。
ニコ道とかでティッシュ姫とかはやっていた頃からベース始めてみようとは思っていたんだが、Fenderとかなかなか買う勇気がなく、今まで躊躇していたんだが、とりあえず弾き方を覚える・音を出すことから始めるにはこのくらいでもいいかなと思って買ってみた。
でもさぁ、いろいろなサイトで買ったら後悔するとかって書かれていて、今更ながらへこんでる。
たしかに実質本体価格が1万くらいだといい音なんて出ないとは思うけど、シンセ始める前にポータートーンから入ったけど、それはそれで練習するには丁度よかって後悔はしていない。弾き方になれたら、次は8万~くらいの普通のベースを買ってみよう思っているし。
安い初心者セット買った人って、実際使っていてどうなの?
http://anond.hatelabo.jp/20090312233645
俺は、シンセ等機械のみで構成されている音楽を否定するものでは全くない。むしろ好きと言っても良い。ゲームの音楽で言えば、ダライアスの曲は全部好きだし、バブルシステムの起動時の曲には何度も癒されたし、Beepのソノシートを一時期大切にとっておいた位だ(年がばれそうだ)。他のインストでも、様々な実験的な音楽もよく聴いたし、一時はノイズミュージックにまで興味を持っていた程だ。
ここだ。
バブルシステムの数ある曲のなかでバブルシステム起動時の曲が好きとかいう奴は大抵ヌルオタで、
ゲーム音楽のことを心底好きでいろんな音楽をわかってそうな奴はそういうことは言わないので、
「なんだこいつもヌルいのか」
と思い、あと、実験的な曲が好きだといいつつバブルシステムの曲をなぜ…という違和感もあって、
放置していた。
では俺が何を問題にしているかと言うと、音楽そのもの以外の部分で初音ミクのCDを売ろうとしている(と俺が感じた)こと、そして実際に売れてしまっていることだ。ここを詳しく説明したい。
これは確かにそう思う。
メルトはニコニコで何度か聴いたことがあるが数多ある初音ミク曲の中でそれほどずば抜けたものでもないし、
一般に売られてる楽曲と比べて凄くいいというわけでもないと俺は思った。
多分そのへんの認識では元増田の人と俺とで認識は一致しているはずで、だから
「こんなどうでもいい曲が初音ミクだという理由だけで売れているのは納得できない」
と、最初からそう書いてくれれば多分ここまで反対意見ばかりになることも、反響を得ることもなかったんだろうなと思う。
そして、売れてるのは仕方ないと思うけど評価が高いのなら俺はあまり納得できない。
ネットでの評判を見ると、楽曲が良いから買っているという人もいたが、そんなに楽曲が良いなら、良いボーカルを合わせれば、もっと良い音楽に仕上がるはずだ。あの声が音楽性を高めているとは、申し訳ないが俺にはどうしても思えない。
そしてアマチュアならともかく、メジャーレーベルと契約している時点で、歌い手が見つからないという状況は、俺には想像できない。
でも、この「人間のボーカルと合わせてCD化しろ」という意見は間違ってると思う。
楽曲がいまいちな出来だからこそ初音ミクのVoのまま売り出さないとダメなんだ。
あれを人間が歌ったやつを出したらそのへんの曲に埋もれて終わってしまうじゃないか。
初音ミクを使うために曲を書き起こした連中が本気で調整した初音ミクの音声と、
そんな曲のためにあてがわれて仕事のために歌ったボーカルと、
歴史に残しておく価値の高いのはどちらか。俺は前者だと思うから今回のはこれでいいんじゃないかと思うけど。
いい釣堀があると聞いて。お、なんだなんだ、俺も乗っかっちゃおうかな。そんな軽い気持ちだったのがまずかった。
なぜ書いちまったんだ、くそッ。
出来ないっッ。
そんなことは無理。絶対的に不可能。
存在するものを否定することは出来ない。
しかし、諦めるな!その前提が間違ってる。つまり、、、
人によって奏でられるもの。
しかし、この俺の会心の一手はいとも簡単に崩される。
そもそも初音ミクとは、クリプトンから発売されてる、人の声をシミュレートした音楽ソフト。人ではない。音楽ソフト。
人ではないからといって存在を否定?なんという人の傲慢。
初音ミク使いは「マスター」とか言われるらしいな。
つまり、マスターではない。家具だ。おまえら、初音ミクの家具なんだよぉおおおおおっっっうつうつつつつ!!!!げらげら。
こんなの音楽じゃなくて、ファンタジー。あなたが悔し涙を以下略じゃねーよ馬鹿野郎ーー。
駄目だぜ。ああ、全然駄目だぜ。初音ミクを認めない。俺が初音ミクを否定しきってやるっっ!!!!111
まずは状況の整理だ。そう、冷静に。クールになれ増田。(この話、二次創作としてどうなの?とか疑問に思うなっ。思ったら負けだぜ。)
これが事実。これが前提。そして、
「「初音ミクの否定」」これが俺の勝利条件。だから、初音ミクは黒。
初音ミクは黒でなければならない。ということなのだ。
「 初音ミクは完全に黒 」これを証明するためには、なんとかのカラス。なんだっけ?レンペル?ヘンペル?うろ覚えだ。この考え方を用いてみる。
これは、「初音ミクは黒。ゆえにそれ以外は白。」初音ミク以外のものを白だと証明できればいい。
しかし、初音ミク以外の潔白を証明することなど不可能に近い。
音楽ソフト、および音楽機材。これがどれだけ膨大な数あるのかわからない。これでは、なんとかのカラスで本当に初音ミクを追い詰めることが出来るのだろうか。
そう、相手は初音ミク。「ボーカロイド」なのだ。だから、これを逆手に取る。
『『ボーカロイド以外に歌詞を歌わせる音楽ソフト/機材は存在しないっっ!!!』』
ボーカロイド/初音ミクが黒である理由。それは「ボーカロイドは歌を歌う音楽ソフトである」シンプルにいえばそれに尽きる。ボーカロイドだけが明らかに違う。他にはない。そこがクロ。遠目から見ても他はシロ。だから、ボカロ以外みんな潔白。故に、ボーカロイド及び初音ミクは有罪。真っ黒。
なんという屁理屈。さあ、この屁理屈にどう返してくれるんだ??初音ミクよ!!!1
しかし、魔女はがっかりした表情を浮べ不適に笑う。
「がっかりだぜェエえええ、増田ァァァアああッッ!!!!!!!この程度で否定だと???笑わせる。いつのまにかチャートがボカロに席巻されても文句はいえねえなぁぁァアあああ!!!11げらげら」
初音ミクは音声をシミュレートする音楽ソフトだ。音声とはつまり「生音」。生音をシミュレートする機材など掃いて捨てるほど存在する。例えば、ピアノやストリングスをシミュレートするシンセなどだ。
増田の論理なら、このような「生音」をシミュレートする機材は白、潔白なのである。
しかし、初音ミクも「生音」をシミュレートする機材なのである。
ということは、「生音をシミュレートする機材は白」潔白、まったくもってシロなのである。
「その理屈はねーだろ。部分的にそうだというだけだ。犯罪者が、本当は心の優しい人だからって犯罪者には変わりねーぜッ」
このツッコミにも反論できる。
ボーカロイドはこれまでのシンセ技術の集積によって成り立ってる。
ボカロ技術の否定は「ボカロ以外」のほかの技術をも否定しかねない。
歌う技術でさえそれまでの機材で出来なかったわけではないのだ。ていうか、「歌」の定義は?これまで否定したら「音楽」そのものの否定だぜ?くっくっくっく。
誰も、初音ミクを否定することは出来ない。
増田の負けだ。
……負け。そう負けだ。すべてを受け入れろ。跪き、ネギにキスをしろ。翌朝、「ネギ臭い」と学校や会社で言われても「俺……、初音ミクの家具だから……」と言え。知っているか?初音ミクはネギしか食べない。けけけけけッッげらげら。
〈 沈黙 〉
……へっ、言ってくれるぜ。でもなぁ、まだ駄目だ駄目だ。ああ、全然駄目だぜ。まだまだだ。俺は初音ミクを否定する。自分でもわかってんだろ?初音ミク。俺を追い詰めれば追い詰めるほど、自分の首をも絞めていることに。
「初音ミク」がどこにいるか、わかってきたぜ。
909、808はテクノの名機といわれるドラムマシーンである。
このマシン、名機と言われる以前は格安で投売りされていたそうである。それはなぜか。もともとこのマシンは生ドラムをシミュレートしたものだった。しかし、今では楽曲制作の定番音色であるこれらのサウンドも、かつては、「生音」に程遠く、アクの強い食えないものと認識されていた。なのでプロのミュージシャンから「使えない」とレッテルを貼られたのだった。
それがなぜ、名機と呼ばれるまでに至ったのか。
それは、格安で売られていたから。それをデトロイトの黒人たちが買ったから。彼らが「使えない」機材に魂を入れたから。
つまり、そうなのだ。
『『機材の問題じゃない。魂の問題だっっッあ!!!!111』』
まったく根本的なことを見落としていた。機材がどうだとか2次元キャラがどうだなんて関係ないことだった。音楽がどこにあるのか。音楽とはなんなのか。音楽とは魂のこと。人の魂からしか発することのできない表現。それがつまり音楽なんだっっッツツあ!!!!!!11111
単なる薄っぺらい二次元キャラである初音ミクに音楽は作ることが出来ない。「初音ミク使い」が「初音ミク」に使われてるだとっ??まったくの詭弁、屁理屈だぜ。
『『音楽は人にしか作れないっっ!!!!1』』
音楽は人が作る。ボーカロイドはメーカーが作る。「初音ミク」自体にも中の「人」がいる。それに人が魂を込める。道具に魂を込めるんだっ!
単なる「絵」単なる「二次元」の初音ミクは音楽と何も関係ない。だから「初音ミク」は存在しないっっッツ!!!「初音ミク」に魂はない。
「……くっくっくっく、さすがは人気ブロガーだな。増田っぁぁァあアアア。“ミクに魂はない”だと??くっくっくっくっくっく……ミクに使われる家具無勢がっ。
そもそも前提を間違えてるだろ?初音ミクといえばニコニコ動画。動画なんだよ。動画。
いっくら音楽に魂込めたところでそんな細かいことは誰も聴いてないんだよ!!音楽なんてBGMだろっ。バックグラウンド・ミュージックだろッ。動画の中でミクが踊れば、音楽なんて誰も聴いてねぇんだよッッ!!!!!!1111」
……へへっ、必死になってきやがった。形勢逆転ってとこだぜ。
あともう一息。後もう一手で「初音ミク」を否定することが出来るぜ。
でもどうやって・・・・・・
『『音楽に魂が宿っていることを証明できたら勝てる!!!』』
また屁理屈だぜ。ボーカロイドだって使いようによっては魂を込められるかもしれない。それでは「初音ミクの否定」は出来ない。……いや、待てよ。初音ミクは音楽ソフトなんだ。そこに魂はない。そこに魂を入れてやるんだ。人の魂。人の個性。愛。それが二次元のキャラクターを打ち破り、それを証明できるのならば……。
毒を喰らわば皿まで?……しかし、それって、、、
「くっくっく、わかるぞ。お前の言いたいことはァ、増田ァッ。お前、“増田”だよなァぁぁ。そんな勇気がどこにあるんだぁぁぁッツああ???!!!1そんな勇気があったところで自滅だぜッ!!!無謀と書いて勇気???馬ッ鹿じゃねーのーーぎゃはははははははははっはははっはははっはげらげらげら」
“要は勇気”か。魔女さまにはこのくらいしかカードが残ってないらしいぜ。あと一息、ゴールは見えてる。しかし、行く手を阻む地雷原。そんな心境。引き返すことも出来る。また哀れな増田が無茶しやがって、それだけで済むんだ。
手元のカードは残り一枚。これを切るべきか切らざるべきか。
仮に切るとして、勝っても負けても「初音ミク」との戦いの中だけで済めばいい。しかし、このカードを切るということはそれだけじゃ済まない。リスクが大きい。あまりにも大きい。
なぁ増田。初音ミクを否定したいんだろ?初音ミクを否定するにはどうしたらいいと思う?「初音ミク」を否定するには増田じゃ無理だ。このエントリーが100ブクマ集めても不可能。絶対的に不可能。だから、増田であるこの身を捨て、このカードを切らなくては「初音ミクを否定」することができない。
『『初音ミク、及びボーカロイドの意味を変えてやるしかない』』
意味を捻じ曲げる。そのために人柱が必要だ。つまり、目には目を、毒には毒を、ボカロにはボカロを。その為の最後のカード。それがこれだッ!!!
『『増田がボ
…………何コノ茶番?そもそものそもそもがオカシイのだ。読み返さずともわかることだろう。論理矛盾。否、文章がヘタすぎて意味が通らない。ツマラナイ。長文グダグダ。カギ括弧を思わせぶりに使っているが、用法があまりにも不規則。さしづめ、この増田が「酔っ払って書いてたら盛り上がっちゃいました」の類であろう。
初音ミクのものと思わしきセリフがあるが、これに元ネタらしきものがあるということも不自然だ。パクリきれてもいない。そもそも、初音ミクって何か特定の喋り方なんてのはあるのだろうか。恐らく、ない。あったとしても、誰かが勝手に決めることだし、勝手に決めていいのだ。
初音ミクは存在しない。故に、初音ミクを勝手に決めてもいいのだ。
初音ミクの存在を証明できなくても、その存在を否定する事もまたできない。悪魔の証明というやつだ。
どこにいるかもわからないものは、否定もできない。
否定できたとしても、それは誰かの初音ミクを否定したにすぎない。
ならば、一体どうやったら増田たちは初音ミクを否定することが出来るのだろうか。
恐らく、否定は出来まい。(増田に書くというだけでは尚更ダメだろう。)
可能性として、「ボーカロイドよりも面白いもの」を提示してみるというのがある。でもこれって「ボーカロイドよりすごい技術」なのか「ボーカロイド以外の選択肢」なのか、どれにしても初音ミクがなくなるわけでもないし、否定にはならない。
だったらもっと柔軟に考えよう。「否定はできない」というなら、「否定しなくてもいい」というところまでズラしてあげれば……。
これは「新しい/古い」論法。これまでの「初音ミク」は古い、ということにしてやればいい。ボーカロイドの意味を変えてやる。こちら側から初音ミクの意味を規定してやればいい。
……ああ、なんだ、むちゃくちゃ長文になってきたなぁ。だりー。やっと結論だ。こんな結論でいいのか増田?書き始めた当初と違うぞ。これは単なる思考実験だ。相撲取りと水泳選手が戦うことはできない。プロレスラーが話し合いだけで決着つけたらつまらない。なら、せめて同じリング、同じルールで戦い、相手を否定してやればいい。
例えば、ボカロ曲って(ほんとは俺よくわかってないんだけど)、実験的なのは流行らないんだっけ?だったら「実験的じゃなかったらボカロ曲じゃない」とかの既成事実を作るための教育をしていけばいい。その為には実際に作って示すが早い。
ということを考えたのだが、ああ、書けばかくほどにグダグダ。これ書くだけじゃ説得力がない。やはり行動で示すが早いのか。他になんかないかな、と思い手元をみると……たまたま、自作のボカロ楽曲が…あ、った……けど、何?「これをうpっていうのをオチにしろ」と悪魔の囁き。いやいやないない。実験的でもないです。そもそもうpとかしたことないです。「でも増田でグダグダ言ってもショーガナイジャン。実際にやってみればオチになるんだよ。」いやありえないです。音質最悪です。「カウンター・ボカロ曲だと思って作ってたじゃん」恥さらしです。初音ミクでもないです。フリーソフトっす。「ボカロ曲なんて作るの簡単。100ブクマで曲をうpしますと書け」いやいや、売名とか言われるっすよー『『だから増田でやってるんだろーがッ!!』』
……こんなオチでいいのかよ。何なんだよ。なんでこんなの書いちまったんだよ。クソッ。はたして、こんな文章を上げることで初音ミクを否定することができるんだろうか。いや、できまい。これを読んだあなた。どうか真相を暴いてください。それだけが私の望みです(てか長文過ぎて誰も読んでないだろうけどな)。
キャラクターとして年齢、体格と得意なキー・テンポ・ジャンル以外特に性格設定などが存在していないはずのボーカロイド。
挙句ロイツマMADのパロディから派生した「ミクの持ち物=ネギ」がクリプトン側も認めているのか半ば公式化し、ユーザ側からは新ボーカロイドが発表されるたび持ち物論争(笑)が持ちあがる。
ソフトシンセ=楽器としてのボーカロイドはともかく、性格付けした上で偶像化するような風潮は理解に苦しむところはあるし、巡音ルカの発売前にさんざ持ち物論争していたのは「まだデモ曲すら発表されてないのに…」と半ば呆れ気味に眺めていたけれども。
最終的にボカロと肉声、どっちが絶対的に優れてるとは言い切れないかな。
過剰な持ち上げ方には疑問があるけど。
そして性格設定やら持ち物論争なんてのは、擬人化萌えに近いものを感じる。
(個人的には過度の人間味を持たせない、過度に神格化?されていないほうが、持ち味を生かすという面で好ましくはある。)
肉声には肉声の良さがある。
(機械的に正確すぎずぶれのある方が心地よく感じることも多い。)
だからカヴァー曲に関して「人間よりも上手い!」「原曲よりいい!」という(ある種の狂信者的な)意見は原曲が好きな側から見てかなりガッカリするんだよなあ。
じゃあ単なる矩形波とか波形メモリとかFM音源を聞いて感動してCD買ったりしてた俺たちは馬鹿だったわけ?
何であれがいいという人の気持ちがわからないの?
誰だってあれ聞いて機械だって言うのは一瞬で分かる。だからなんなの?
素直に綺麗な音だったら感動するしそうじゃなかったらダメってことだろう?
グラディウスの未使用曲も、
ダライアスの最終ボスのメロディも、
ソーサリアンのオープニングとかエンディング2も、
どれも素晴らしい音であり、それは感動に値するものだったし今でもまだしみじみ聴ける良さがあるんだ。
でも単なる矩形波なんだ。もう僕は矩形波が適切な周波数ずれで重なってて適切なエンベロープで鳴るだけで綺麗な音だと認識してしまうんだ。
同じ矩形波でもアミダーとかスクランブルとかで鳴ってた奴とか
PC-6001で最初に「シンセサイザ搭載」とか言って嬉しがってplay文で鳴らしていた音なんて
当時の音楽家からすれば馬鹿にすんなというより「これは音楽じゃない」レベルだっただろう。
でもその音とダライアスの最終ボスのメイン音はほぼ同じ音源のはずなんだ。
最初はクソだと思っていた音が、どこかで感動を与えてくれるものに変質する可能性があるんだ。
当然あのときにも「生楽器とかとは比べ物にならないね」とかそういう変なことを言う奴は居たけど、
そもそも違うものなんだから比べようがないだろう。
要するに今彼らが初音ミクを気に入らないのは、単純に彼らの聴いたことのある初音ミクのボーカルがいまいち綺麗でないからなのであり、機械の声かどうかなんて関係ないのではないかと思うのだ。
つまり人間の感性がおかしくなってたら、それはおかしいって言って
その流れを止める人間が必要なんだよ。
というわけで既にみんなおかしくなってて機械の音を平気で聴けるようになっちゃってるんで、流れを止める必要があるというのなら初音ミクが出てくるより前にやっておくべきことだったんだ。もう遅いんだよ。
そういう意味で買ってくれないじゃないのか?
楽器屋がダメになってピアノ売りつける変なピアノ講師が増えたらしいよ。
尊敬してたのに、舶来の高いピアノ売りつけようとするから変だなって思ったら
相当な販売報奨金がかかっているのが判明したとか。
オルガン教室とかさ、結局は楽器を売りたいだけの教室多いからな。
それに電子ピアノより、正直、キーボードの方が効果対費用いいよね。
ここにのってるような10マン以下の買うんだったら、
http://kakaku.com/gakki/digital-piano/
http://kakaku.com/gakki/synthesizer/
バイエルンでも食ってたほうがいいや。
不思議なんだけど、なんでPerfumeを叩こうという人は小難しいこと書くんだろうね。
元増田の書いている内容って別に何も難しくないでしょ。
テクノロジカルな表現手法に対する嫌悪感を示しているだけの話。
この種の感情というのは特に珍しくない。昔からシンセ嫌いな人間とかもいるしね。
ただPerfumeの音楽クオリティが低いのはそこに原因があるわけではないんだ。
実は今の音楽業界では程度の差はあれ、誰も彼もがテクノロジカルな編集過程を経ている。
一見アコースティックなサウンドにナチュラルな歌声がのせられていたとしても、
さまざまな処理が施されている。
音程はAutotuneとかMelodyneで修正され、声が前に出るようにEQやコンプでコントロールされていたりする。
また空間的な広がりを醸成するためにリバーブやディレイなどで綿密にコントロールされていたりする。
音量だってサビは若干大きめになるよう持ち上がっていたりするくらいだ。
だからPerfumeというのは単にテクノロジカルな度合いが高いだけなのだ。
Perfumeがショボいのは、むしろトラックを作っている中田ヤスタカの表現の幅の薄さに由来する。
毎度同じようなコード進行にその上に載せられたワンパターンなメロディワーク。
リズムは大概ハウスのリズムだし実に引き出しの少なさを露呈してしまっている。
これはプロデューサーとしては致命的である。
小室哲哉やつんくが中田ヤスタカより一枚上手だったのは彼ら自身だけで完結しないからだ。
中田は全て自分で作ってしまう。したがって中田の脳内を出ないのだ。
だからいつでも新しいアイデアを投入することができるのだ。
アイデアさえあれば、後はアイデアを形にしてくれる人間に投げさえすればよい。
中田は違う。自分で表現可能な範囲内でしかアイデアを持つことが許されないわけだ。
もちろん彼が今後別の人間に投げるようになれば別だが。
こういうことはこれまで誰も突っ込んでこなかったが、
認識しておいたほうがよい事柄であるのでこの機会に明記しておく。
まあ、どのくらいの数のちょいケルオタがそういう彼女をゲットできるかは別にして、
「オタではまったくないんだが、しかしちょいケルの童貞臭さを肯定的に黙認してくれて、
その上で全く知らないちょいケルの世界とはなんなのか、ちょっとだけ好奇心持ってる」
ような、ヲタの都合のいい妄想の中に出てきそうな彼女に、アニメのことを紹介するために
見せるべき10本を選んでみたいのだけれど。
(要は「the most relaxing feel」「iamge」の正反対版だな。彼女にアニメを布教するのではなく
相互のコミュニケーションの入口として)
あくまで「入口」なので、時間的に過大な負担を伴うイベント、「芸能山城組ケチャまつり」「Sound Horizon Live Tour - 領土拡大遠征」などの参加は避けたい。
あと、いくらちょいケル的に基礎といっても古びを感じすぎるものは避けたい。
ちょいケル好きが『JVC WORLD SOUNDS』もちょいケルだ!と言っても、それはちょっとさすがになあ、と思う。
そういう感じ。
彼女の設定は
ちょいケル知識はいわゆる「テレビまんがから流れてくる劇伴」を除けば、菅野よう子程度は聞いている
サブカル度も低いが、頭はけっこう良い
という条件で。
まあ、いきなりここかよとも思うけれど、「Enya以前」を濃縮しきっていて、「Enya以後」を決定づけたという点では
ただ、ここで「Enyaの姉がClannadというアイリッシュ・トラッドグループに参加して……」と言ってしまうと、「エロゲーオタ超キモイ!」と彼女との関係が崩れるかも。
この多重録音過多な作品について、どれだけさらりと、嫌味にならず濃すぎず、それでいて必要最小限の癒しポイントを彼女に
伝えられるかということは、オタ側の「真のコミュニケーション能力(ニューエイジ臭くなりがちなちょいケル暗黒部をできるだけスルーするという意味合いにおいて)」の試験としてはいいタスクだろうと思う。
アレって典型的な「オタクが考える一般人に受け入れられそうなヒーリングミュージック(そうオタクが思い込んでいるだけ。実際は全然受け入れられない)」そのもの
という意見には半分賛成・半分反対なのだけれど、それを彼女にぶつけて確かめてみるには
一番よさそうな素材なんじゃないのかな。
「ちょいケルオタとしてはこの二つは“音楽”としていいと思うんだけど、率直に言ってどう?」って。
ある種のちょいケルオタが持ってる自然への憧憬と、エリック・ムーケとミシェル・サンチェーズのオタ的なサンプリングへのこだわりを
彼女に紹介するという意味ではいいなと思うのと、それに加えていかにもDeep Forestな
の二要素をはじめとして、オタ好きのする要素を音楽にちりばめているのが、紹介してみたい理由。
たぶんこれを見た彼女は「Hallucinogenだよね」と言ってくれるかもしれないが、そこが狙いといえば狙い。
この系譜の作品がその後続いていないこと、このアルバムに収録されていた「Divine Moments Of Truth」がFlash作品となって大人気になったこと、
アメリカなら亜流が大量に発生して、それが日本に輸入されてもおかしくはなさそうなのに、
ちょいケル界隈でこういうのがつくられないこと、なんかを非オタ彼女と話してみたいかな、という妄想的願望。
「やっぱりちょいケルはアニメによく収録されているよね」という話になったときに、そこで選ぶのは「地球少女アルジュナ」
でもいいのだけれど、そこでこっちを選んだのは、この作品にかける原の思いが好きだから。
ガムラン使いてーと言ってAKIRAで先につかわれくそー!と思ってもアルバムに収録されている「逃走」で使っちゃうっていう所が、どうしても俺の心をつかんでしまうのは、
その「捨てる」ということへの諦めきれなさがいかにもオタ的だなあと思えてしまうから。
クゥの長さを俺自身は冗長とは思わないし、もう削れないだろうとは思うけれど、一方でこれが
宮崎アニメの久石譲だったらきっちり自分の音楽の枠内にしあげてしまうだろうとも思う。
なのに、若草恵に頭下げて東南アジアの楽器を取り入れた劇伴を作らせてしまう、というあたり、どうしても
「自分の物語を形作ってきたものが捨てられないオタク」としては、たとえ原がそういうキャラでなかったとしても、
親近感を禁じ得ない。作品自体の高評価と合わせて、そんなことを彼女に話してみたい。
今のちょいケル若年層で生のそのままのブルガリアン・ヴォイスを見たことのある人はそんなにいないと思うのだけれど、だから紹介してみたい。
菅野よう子よりも前の段階で、ちょいケルの哲学とか女性ヴォイス技法とかはこの作品で頂点に達していたとも言えて、
こういうクオリティの作品が民俗音楽として大昔にかかっていたんだよ、というのは、
別に俺自身がなんらそこに貢献してなくとも、なんとなくちょいケル好きとしては不思議に誇らしいし、
いわゆる「Zone of the Enders Beyond the Bounds - Theme from Anubis」でしかブルガリアン・ヴォイスを知らない彼女には見せてあげたいなと思う。
KOKIAの「声」あるいは「歌詞づくり」をオタとして教えたい、というお節介焼きから見せる、ということではなくて。
「終わらない祭を毎日生きる」的な感覚がちょいケルオタには共通してあるのかなということを感じていて、
だからこそテイルズ オブ イノセンスの主題歌はKOKIAや姫神以外ではあり得なかったとも思う。
「祝祭化した日常を生きる」というちょいケルオタの感覚が今日さらに強まっているとするなら、その「ちょいケルオタの気分」の
源はKOKIAなどの女性ヴォイスにあったんじゃないか、という、そんな理屈はかけらも口にせずに、
単純に楽しんでもらえるかどうかを見てみたい。
これは地雷だよなあ。彼女がカネダーテツオーと騒ぎ出すか否か、そこのスリルを味わってみたいなあ。
こういうむき出しのエスニックミュージックをこういうかたちでアニメ劇伴音楽化して、それが非オタに受け入れられるか
ナカマーハシルーを誘発するか、というのを見てみたい。
サンホラとかルルティアくせーハルヒのキャラソンとかあればゲラゲラ笑いながら聞きてーなぁ。
「駄目だこの増田は。俺がちゃんとしたリストを作ってやる」というのは大歓迎。
こういう試みそのものに関する意見も聞けたら嬉しい。