2017年09月26日の日記

2017-09-26

隣の家の旦那が外で嫁から暴行を受けている

かれこれ一時間、隣の家の旦那が嫁から殴る蹴るの暴行を受けている。

死ね死ねよ!」

と言いながら棒のような撓るようなもので叩かれる音、

「痛い、痛い、ごめんなさい」

という旦那の声。

蹴る時の音はものすごい鈍い重い音。

ドスっっていう音。

痛々しい。

心理カウンセリング

大学にある心理カウンセリングに通っている。通っているといっても、別に希死念慮があったり、人との喋り方がわからなかったりするわけじゃない。

しろ逆で、自分がなにをしたいのか、どうやって他人と付き合っていけばいいのかわからない。

周りの人がなにを考えているのか、それが正しいのか間違っているのかはわからないけど、わかってしまう。たぶんこれまで特にトラブルになっていないから、その大半は多かれ少なかれ当たっているのだと思う。

そんなにかわいくないのに思いっきり盛ってくる子、そんなにかっこよくないのに一生懸命おしゃれする子。すごいと思う。理解できないけど。どうしてそんなに自信を持って生きられるの。自分でも嫌な奴だなって思うけど、頭の片隅からそんな考えが離れない。

その嫌な見方を他の人も持っていると思っちゃう基準自分から、きっとみんな自分と同じくらい物事を考えているわけじゃないって言われるけど。他の人にどう思われてるんだろ、そう考えると日本は生きづらい。自分と違う国籍、年齢の人に囲まれた時はそんな感じしなかったのに、似た年齢の人が多いとこだと歩くのが怖い、すれ違うのが怖い。

飲み会の場でなにも考えずに騒げる子、いいなあ。どうしてそんなになにも考えないでいられるの。周りの反応とか、怖くないの。

すぐ異性にアタックできる子、付き合ってる子をフっちゃう子、なんでそんなことが簡単にできるの。自分が傷ついたり、他の人が傷ついたりするのが怖くないの。

どうでもいいやつはどうなったっていいと思う。大学にいる人たちの半分くらい消えて欲しいと思ってる。だってなんで大学にいるのかわかんないんだもん。それでも身近にいる人は気になってしまう。完璧に振舞おうとしちゃう

カウンセラーにそんなことを話したら、そんな人は稀だと言われた。そうなのかもね。いっつも何か考えて、失敗しないように動く人、そんなにいないらしい。でもその方が絶対いいと思う。なんでこうなったのかわからない。

最近ちょっとお面をかぶって生きている気がする。磨耗するけど。

きっと自分世間大学生から見てもマイノリティなんだってことはわかってる。なんでマジョリティになれなかったんだろ。お酒飲んで連れ込んで、そんな大学生になれる道だってあったのに。

でもやっぱりいっこだけ不思議。騒いでる大学生、偉そうに語る社会人、頭の固い老人、なんで自分を疑わないの?疑ってよ。

吐き出したいものはたくさんある。それへの反応も見たい。承認欲求もきっとある。なんでも思ったら言及してくれるとたぶん嬉しい。

<追記>

言及ありがとう、返信できなくてごめん。

結局どうしたいの?という問い、尤もである。全部世の中が自分の思い通りに動いて欲しいのかもしれない。どうなりたいの?という問いを立てると、やっぱり困ってしまう。うまく世間に適合する能力がないことからくる妬みなのかな。

共感反論もありがたい。匿名だと変に気を遣われないから嬉しい。ブックマークコメントもよければ書いてくれると喜ぶ。正直、自分が思っていた以上のコメントを頂けた、ありがたく拝読する。

ひとつ、これは反省した。他人をどこかで見下している感情は間違いなくあったと思う。自分正当性もっと疑わないといけない。山月記の李徴みたいという指摘は実に的を射ている。幼児的な全能感を捨てられない。

他人から結果だけで評価をされていたかはわからないけど、自分自分のことを結果だけで評価してきた気がするし、そうじゃない評価をしようとしてもどうしていいかからない。もう少し年齢を重ねればきっと変わるんだろうけど、それにすら抗ってしまいそうで怖い。

青二才がまだブログ書いてたのに驚いた

3年ぶりぐらいにそういえばはてな青二才ってどうしてるのかと思って検索したらまだブログ書いてた。

はてブのどこにも出てこないからもう消えたのかと思ってたよ。

ちょっと読んでみたらあの独特の粘着的な文体となぞの上から目線は健在で「すげえな、驚くほど何も変わってない」と思い

僕はそっとブラウザを閉じた。

プロブロガー目指す人のイタさ

プロブロガー目指してブログ始める人って、平凡で目立たない自分必死個性付け・キャラ付けするじゃん。

高校で目立たない子が変人アピールしてクラスメイトの関心惹こうとしてるの見てるみたいで、とっても痛々しいの。笑

姫がつく名前を笑う人が子のつく名前をほめちぎってるのを見たら

微妙気持ちになる

元々皇室しか許されなかった子のつく名前一般解放されて庶民が使いまくり流行

庶民が姫様気取りかと眉をひそめる人もいたとか聞くと意味的にはめちゃくちゃ近いのではと思うのだが

♪おいしいおにくだな●やま

(共食いソング

まだ火曜日

ぎっくり腰なるものに初めてなった、動きたくねえな!、!!!!!!

anond:20170926223722

本当に申し訳ないが、安定してるアピールは響かない

なら、お一人でどうぞってなる

これじゃスペックシートだ

もっと、人となりがわかるプロフィールが欲しい

anond:20170926224317

うおおおし行くぞ〜ッ

ドッかん!

ズッかん!!

魔神銃ーーーッ!!!

anond:20170926223722

趣味は?

誰に似てるってよく言われますか?

anond:20170926223722

結婚相手に求めてないところの数字ばっかり書かれても困るなぁって感じ

anond:20170926223722

一人でやっていけそうなんで、俺はいらないですね

anond:20170926223722

堅実そうなのに婚活スタートがこれだけ遅れた理由は何?

婚約してたのに自殺された

そんなことがあったら婚約申し込んだ側はやっぱりショックだろうか

anond:20170926222644

信者誘導でなく単なる天然だったんならとっくにツイートは削除されてるよ。もうどん言い訳不可能

「はにゃ」って「はにゃーん」のパクリでしょ

美少女音楽ってけいおんパクリでしょ。

ピースって香取慎吾がやってた人にやさしくってドラマパクリでしょ。

懺悔パロディってとらドラパクリでしょ?

パクリパクリパクリだけで構成されてるとかレッド・ツェッペリンかよ。

anond:20170926220337

信者誘導云々は事実じゃなくてお前による評価解釈であることくらいわかろうな

https://anond.hatelabo.jp/20170924221757

世帯持ち、特に子がいる場合は、会社近くに住めるならそれに越したことはない。カミさんはたらく場所にもよるが。

独身場合は、趣味豊富なら、会社近くでもよい。そうでない場合会社と家の往復になりがちだからおすすめできない。

ゲームって金出してまでやるものかな?

フリゲとかSTEAMの週末無料で十分な気がするんだよね。

基本無料ネットゲームで無課金のまま楽しめるものいくらでもあるし。

ソシャゲだって面白いのは無課金リソース管理して楽しめる序盤だけで、課金し始めたらゲームバランス崩壊してただの損するだけなパチンコになるとしか思えない。

ゲーム業界の過当競争が進みすぎていつの間にか金出してゲームやる理由話題を共有することぐらいしか思いつかなくなってきてる。

けものフレンズという神話KADOKAWAによる神殺し

けものフレンズTVアニメ版は、神話構造を持った物語であった。

フレンズ達はヒトの叡智の残滓によって暮らしており、同時に世界ジャパリパーク)は危機さらされている。

そこにかばんちゃんという救世主が現れ、迷えるフレンズたちを救済していく。

すなわちフレンズ達は現世で苦しむ人々のメタファーであり、ヒトは神のメタファーなのだ

11話でセルリアンに取り込まれ復活するのは、

まさに一度ゴルゴダの丘で槍に貫かれ死んだイエスが復活した物語代表されるような再生物語であり、

「ヒトのフレンズ」だったかばんちゃんが取り込まれ元の「ヒト」に戻る、つまり神に成る物語に他ならない。

また、アライさんはカバンちゃんがした覚えのない「かばんさんの発言」を述べるが、

それもまるで弟子に寄って口伝され象徴化されていったキリストブッダを思い起こさせる。

神に生み出され、神に見捨てられた人々が、神から与えられた救世主によって救済され、新たな神を得る。

それがけものフレンズ物語だ。

そしてこれは、アニメの外の現実においてもそうだった。

アニメを含むオタク業界は、神を失っていた。

製作委員会によるメディアミックス一般的になり、二次創作によって誰もが創作者たる時代

宮﨑駿のような「作家」が「作品」を作るといった考え方は古いものになり、

企業」が「コンテンツ」を育成するという時代

その時代においては、1つのコンテンツには複数クリエイターがいるのが当たり前。

さながら「君はアニメフレンズなんだね!」「君は小説フレンズなんだね!」と言った具合で、

誰がそのコンテンツを生み出したのかよく分からないというそんな世界だ。

そして長らくエポックメイキング作品が生まれず、

ガンダムだとかエヴァだとか、ポケモンだとかプリキュアだとか、十年二十年前のコンテンツが未だに続いている世界

これはまさにヒトの遺物によって、フレンズ達が誰に導かれるでもなく暮らしている当初のジャパリパークのものである

しかし去年はそんな気分を吹き飛ばすように、次々と作家性の強い作品がヒットを生み出した。

新海誠君の名は。庵野秀明シン・ゴジラ片渕須直この世界の片隅に

どれもメディアミックス的な商業展開に頼らず、一人の作家依存しながらも、

同時に多くの人が参加することもまた許容する懐の深さがある作品で、

大きな広がりと作家の神性を両立しうる、新世界の訪れを感じさせる作品ばかりだった。

けものフレンズアニメ版も、その1つだったのだ。

たつきという神が君臨しながら、企業によるメディアミックスも、ファン二次創作共存しうる、新たな時代作品だ。

だが、ここに来てのKADOKAWAによるたつき降板

これはつまりKADOKAWAによる神殺しに他ならない。

フレンズたちを救い、身を捧げて戦ったかばんちゃんを殺した黒セルリアンが如き所業

なぜそんなことをしたのかはわからない。

だが少なくとも、たつき監督がいなくても他のクリエイターがやればいい、という考えを持っているのは確かである

しかし、人々はたつきを、神を求めている。既にそういう時代なのだ

確かにたつきけものフレンズというコンテンツ創造したわけでなかった。

アプリを作ったフレンズ」や「コミカライズ担当フレンズ」のごとく、

「一作目のアニメ担当したフレンズ」にしか過ぎなかったのだ。ヒトのフレンズしかなかったカバンちゃんの様に。

だが、たつきは多くの人を楽しませた。多くのフレンズの悩みに答えたかばんちゃんの様に。

からたつきは、人々の嘆きに応えて復活するはずだ。一度セルリアンに取り込まれたかばんちゃんの様に。

そしてその時、たつきは本当の神になるのだ。かばんちゃんの様に!

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