いやいや、そりゃあ結婚して子供産ませてる時点でおかしいでしょ。
専業主婦が社会に参画してるなんて思ってる人殆どいないだろ。むしろ社会の寄生虫扱いで。
働いていても会社の寄生虫扱いだけど、どうせ同じ寄生虫扱いなら会社に寄生した方が
金貰えるし育児は保育園に丸投げ出来て家事の手抜きも許されるしで得だわな。
なるほど!近所のスーパーの近くにあるのなら、交通費も少なくてすむし、すてきですね。
(独学である程度できるのでは?的な意見の持ち主だったんですけど、
つい最近、自分の包丁の持ち方がおかしいことに気づけたんですよ。それで、この指の同じ所を怪我するのかあ~と。)
どこでもそうなんだよな。
行きたい業種にもよるんだろうけど、まずは個人でなにか作ってみよう。
Androidアプリでも、iOSアプリでも、Webサービスでもいい。なにか作って世に出そう。
それが実績になるから。
作った過程をブログに書いて、知り合いにちょっとブクマ・拡散してもらえばそれなりの人の目に触れる。
ひょっとしたらホッテントリにはいるかもしれない。いろんな人の目に触れればいろいろ教えてもらえるかもしれない。
人脈だって広がるかもね
大企業は無理かもしれないけど、作ったもの次第で話を聞いてくれる企業はあるよ。
とかそんな人、どこも取るわけないから
そもそも出産前まで働き続ければ100万どころでない金が入る事くらい元増田も結婚相手も分かってるだろうけど
それを捨ててでも元増田が仕事辞めることの方が、元増田にとっても結婚相手にとっても優先されるべき事なんだろ。
だったら仕方ないじゃん。
「迷惑がられたりしない」と「欲しがる」じゃ全然違うわけだが。
「迷惑がりはしない」ってなら聞くけど、積極的に「欲しがる」ってのはブラック以外では聞かない。
そんなの事前に条件すり合わせるし。場合によっては短時間勤務に切り替えたりするしさ。
その会社・部署で初めての育休復帰者とかだと周りが慣れてなくて辛いかもだけど、少なくとも表立ってはそんな迷惑がられたりしないよ。
"元居た部署に戻って辞めてくれりゃいいのにという同僚の目線の中で働くか、ママ用閑職部署に放り込まれるか、どっちかでは。"
会社によって差があり過ぎるだろうけど、そんな扱いは見たことないな~。
「あんな奴復帰しなくていいよ」
って言われてた人もいたけど、それは育休復帰とは関係ない話だしね。
育休後の女ってやれ子供の病気やら何やらでまともに働けないのがデフォだから
それでも欲しいくらい常に人が足りないブラックでもない限り、欲しがる部署なんてまず無いと思ってたけど。
大抵は普通に元居た部署に戻って辞めてくれりゃいいのにという同僚の目線の中で働くか、ママ用閑職部署に放り込まれるか、どっちかでは。
http://www.j-cast.com/2015/01/16225475.html
http://b.hatena.ne.jp/entry/www.j-cast.com/2015/01/16225475.html
名門幼稚園から大学までストレートなどと言うおぼっちゃまお嬢様は
そもそも他人に雇われなければならない立場になんてならない(親からして経営者とかだろうし不労収入多そうだしそれ継ぐんじゃね)
ってイメージだったけどそうでもないんか
増田だから書いてるだけで面と向かってそうしろとは言わないな。
やっぱ復職ってなったとき、人事系の人間的にはめんどくせーけど、だいたいの場合欲しがる部署があるからそうは問題にならない。
何だかんだで復職率って全国平均くらいに落ち着くから、労基に何か言われたことないよ。
そもそもそんなこと一々言われないよ。
造詣の使用法について。誰も広辞苑なりにあたっていないのに真面目に頭が痛くなった。
『検索しても言及されてない』って、君が知らないだけで、世の中にはネットで言及されてない言葉のほうが多いと思うぞ。
『goo辞書によると』じゃねえよwwww
そうなのか知らなかった
失業保険も就職する気全くなくても貰ってる人はゴマンといるけど、他人に堂々とそれを言える人は少ないよね
あとやっぱり復職すると言い出した時に会社側に拒否する術がないってのは会社にとってリスクでは
育休消化後にやっぱり退職しまーすと言われるリスクよりは低いんだろうけどさ
あと育休後の復帰率が低いと労基とかに何か言われたりしないの?
恩恵受けられてるかなぁ。それほど実感がない。
祖父(国鉄に勤めてた)はよく勤めていた頃の話をするけど、基本自慢話しかしないからつまらない。
「今日、久しぶりに家に帰れるんだ」とかつお丸々一匹を手土産に持って電車から降りてきた男性がいたが、
夜中、泥酔した様子のその男がやってきて、ちくしょうだのなんだの叫びながらかつおを線路に投げ捨てていって困った、って話はちょっとおもしろかった。
こないだ祖父がパソコン叩いてるのを覗いたら『二等兵物語』っていうタイトルで祖父自身を主人公にした自伝だか物語だか書いてた。
自画自賛の嵐だった。腹立つ。
5時にラジオが入り、NHKの特別番組が流れはじめて目を覚ました。うつらうつらしながら、いくつかの投稿を聞く。家で息子とホームステイのオーストラリア人の青年を亡くした人。二階に寝ていた2人は三階の梁の下敷きになったらしい。建材とベッドの間に挟まれて、ベッドをパタパタと叩く音がしていたという。投稿したお父さんにはどうにもできず、仕方がないので、その息子をそこにおいたまま、近所の家の救出を手伝っていたとのこと。これで、一人分だ。ホームステイの青年の話は出なかった。娘さんは無事で今2人の子供をなしている、という報告も添えられていた。ホームステイの青年はどういう人生を送ってきていたのか、娘さんは震災の後どう生きられたのか。この投稿をされているご本人は。想像を絶する。のんきに生きている自分のような人間とは別の「壮絶な」人生を送られたのだろうな、と心を閉じそうになる。
そこで思い直した。あぁしかし、この手紙はわたしの帳面と同じようなものではないか。布団の中でうつぶせになって寝る前に置いたモレスキンの場所を確かめる。父が亡くなって少し経つが、葬儀を終えたとき、様々な情報や感情がバラバラにわいてきて、これはどこかに拾っておかなければいけない、と思って、新しい帳面を出して、書き始めたのだった。2日前の葬儀のこと、今日の市役所への届け出のこと、父が死ぬ直前のこと、3つ上なのに容色いまだ衰えぬ従姉妹に久しぶりに会って俺脳内掲示板に「従姉妹が美人すぎる件」スレが久しぶりに上がったこと…思いついたものから採集するつもりで、白紙のページに、文やタイムラインや絵で書いた。
「充分に書く」「気が済むまで書く」ことなど最初から放棄していたから、どれも簡単なものだが、そのとき感じたいくつかの微妙な感情を拾うことができた。起きたことのなかに「ここは泣くポイントなのではないか?」という箇所を見つけて、そこをつつくようにエモく書きながら涙ぐむ(複数の時間をまたぐような表現をすると人間は簡単に泣く)こともあった。
わたしは、「はてな匿名ダイアリー」で改行たっぷりに書かれるような自己憐憫の文章が大嫌い(掲示板みたいに対話してる奴はもっと嫌い)なので、書きながら感情に埋没してしまわないように、帳面の構成自体も、書き始めは右のページから書いて左を空けておき、左は後から書き入れることにした。いくつかの声のパッチワークのような使い方をするのが自然に思えた。思春期の若者みたいに、自分が書いたエモいことで盛り上がってさらに書いて、それで方向性が絞られてそこに内面のことしか書けなくなって、じき熱がひいたら内面ほじくるのに飽きて、あとには5ページくらい書いた帳面が残る…みたいなのは、さすがに嫌だ。
極度に飽きっぽい自分の性格もある。深く突っ込まなくていいから、続けることを優先しなくてはならない。日常の時間と並行させながら、父の死やその周辺の時間を記録再生しなくてはいけない。そう思った。だから、いろいろ書いた、とは言っても、それぞれは、思い出しメモに毛が生えた程度のものを、日常の思いつきや飯のおかずメモに交えて、頁のあちこちに、ちょこちょこと書いていったにすぎない。
それでも、自分がウジウジしたことを文字にしたこと、そしてそこを読み返してメソメソできるということが、驚きであった。げぇ、そんなことするんだ、俺が。(あと、仏壇に手を合わせたとき、父に向かって何か言ったりすることがあるのも、われながら驚きだ。)
しかしそれは、やらずにはいられなかったことだ。ラジオで読まれる便りを聞きながら、これはわたしの帳面と同じだ、と思ったのはそういうことだった。死んだ人の人生がどうだったのか、残された人の人生がどれほど壮絶だったのか、知ることは難しい。壮絶ったって20年ずっと1秒も絶え間なく死者を背負ってきたわけではないだろうし、投稿されている文章だって20年かけて整理された心が書いたものなのだ。取捨選択も誇張も忘却もあるだろう。簡単に言えば、死者のことを思い続けるのは難しいことだ。わたしの帳面につまらない落書きや関係ないことが書き入れられ、ページが進むごとに書き物の性質も変わっていってしまうように。しかし、ページをめくって過去をたどると、今でもちょっとは、感情が動かされる。それはわたしに起きたことで、そのことが私を少し変えてしまった、それは確かなことだ。このエモいメモは、ことの一部しか見ていないし誇張ではあるだろうが、ともかくも、わたしはこれを書かずにはいられなかった。