はてなキーワード: 週刊ジャンプとは
http://anond.hatelabo.jp/20110424063737
筋を古いモノから流用し、装飾や人々を今の時代に合わせ、最後の結末に自分たちのメッセージを盛り込む。
これだけでも十分面白いモノが出きるのに。
「守破離」の全部が大事なのに、今のアニメは「守」だけ「破」だけ「離」だけみたいに、個別の実装しかないものが多い気がする。
QBやその周辺の出来事に象徴される「社会の現実性/残酷性」という「破」
魔法少女の枠組みを乗り越え賛否の分かれる結末とメッセージを提示しきった「離」
「魔法少女」っていう小さな視野で見ても、かなり綺麗に守破離してる。もちろん違う角度から見たときにも様々な守破離があるのがまどまぎの魅力。
多分あなたがまどマギがオモシロイと思った理由は、あなたの解釈戦略にすっとなじむ形だったからだと思う。
たとえばこういう感じ。
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20110211/p1
でもさ、その守破離(序破Q)のやり過ぎによって、破るべき守を使い果たしてしまったわけじゃないですか。
その後どうやってあらたにスタンダードを創り上げていくかの模索が今面白いところなのだ。
それが守破離がないから残念っていうのは、あまりにも保守的な姿勢だな、と思う。
アニメを単品で見て評価すると言うこと自体、アニメの楽しみ方としてどうかと思う。
ラノベもそうだけれど、こういうのはその時々の時代である程度群れを見て、なにが起こってるのかを楽しむのが筋であって、
その中から時々、群れを代表するような作品や、10年選手ものの異端児が登場するわけじゃないですか。
で、その作品と同時代の礎の作品を比較したりするのって、なんだか青色ダイオードの特許問題くらい不毛だと思うわけね。
守破離をきっちりさせた作品が作れるってことはそれだけ時代が煮詰まってこないと難しいわけで。
常にそれだけを求めるのは贅沢病とか教養病だと思う。
ジブリや千年女王のように時代性無視して君臨する作品を除いては、単品で論じることにそれほど意味があると思わんけどな。
あなたが古い作品に対して行なっている楽しみ方を、あなた自身が現代の作品にも活かせとか強制するつもりはないんだけど、
古い作品でそれができるように、新しい作品でもそれがリアルタイムでできてる人がいるわけですよ。
けどその1割弱を探すためだけにアニメの世界に飛び込めば、まさに「渡る世間は萌えばかり」、あるいは「前門の厨二アニメ、後門の監督が厨二の自称芸術unkoアニメ」ばかりじゃん!
アニメの作り手にしても、ちょっと成功して有名になるとすぐ芸術気取りしたり宮崎駿の後継者気取りしてばっかじゃん!
そんな中途半端なことをするくらいなら、いっそワーグナーみたく「アニメはただの芸術じゃない。神聖な祭事だ!」ぐらい突き抜けつつ「よろしい!私に投資する権利をやろう!」的なノリで資金調達&製造とかやれるだけの実力と人間としてゲスな気概を持って挑めよ!
特に'00年代は酷かったよ!観客の声を聞かずに監督が見たいアニメか、大向うの観客の声しか聞いていないアニメばっかだったよ!
「そもそも今客席にいない人を、どうやって小屋に来てもらうか」を考えている人なんて皆無だったよ!
だから、こういう指摘は資本主義の犬とか、教養主義の人間が、数百年単位の流れを毎年要求するようなウンコだと思うわけ。
週刊ジャンプを毎日連載して、毎日クライマックスで、毎日バトル展開を入れてくれ、みたいな要求するのって、恥ずかしく無いですか?
古い作品のメタ要素、関連情報は確かに作品を面白くしてくれるが そこにこだわり過ぎるとバロック方面に偏るか、焼畑農業しかないと思うんだ。
作品の解釈戦略はいくつかバリエーションがあったほうがいいと思う。
あと、時間に余裕があるなら、最初はこういう「作品解釈エンジン」を休ませてできるだけ何も考えずに見るのが良いと思うよ。
あなたは多分ちょっと、アニメの経験が少ない割に、頭でっかちというか固定的にになりすぎだと思う。
力抜けよ。そうすればあなたの狭い穴にもアレとかコレとか挿入できるとおもうぞ。
雑誌が崩壊の一途を辿っているのは、一つはインターネットというメディアに押されて現代人のライフスタイルの中で存在できる場所を失っているから、というのはもちろん大きな原因の一つだろう。だけど、あまりにも多様化するニーズに追われて雑誌自体が細分化し過ぎて行ったのも雑誌を自ら崩壊させた原因の一つだと言うことができる。
マンガ雑誌を例にとると、『少年週刊ジャンプ』は今やオジサンとなってしまった世代の絶対的な存在であった。週刊少年ジャンプこそが『ジャンプ』であり、今でこそ月曜日になってしまったジャンプの発売日は、以前は火曜日だったのだ。火曜日はブルーマンデーを乗り越えた少年たちへのご褒美であり、ジャンプを読まない火曜日なんてそれは火曜日ではなかった。そのくらいの存在感をジャンプは示していたのだ。だがいつの日かジャンプはいくつかの成年誌へと派生し、分裂し、細分化されて行った。マンガ家は多くの活躍の場所を得て、『ジャンプ』でマンガを描く必然性は無くなった。多くのマンガ家は色んな場所へ分散して行った。宇宙が膨張していくように、多くの生物が進化して細分化されるように『ジャンプ』は多様化し、細分化して行った。それは時代が求め、消費者が求めた変化なのかもしれない。だがいつの間にか、『ジャンプ』は細分化された事で力を失って行った。毛利元就の三本の矢が一本になるように、多様性がもたらしたものは脆弱性であった。
携帯電話も同様だ。いつの間にか細分化、多様化のスピードについていけず、脱落している現代人が多くなっている。時代の最先端の製品について行っている者は極僅かだ。早すぎる進化によって、ユーザーの分布はロングテールになりつつある。8メガピクセルのカメラ付き携帯をCMで見かけるが、そこにはカメラ付き携帯が初めて出た頃のインパクトも需要も無い。今までと同じような開発費、広告費をかける意味合いはあるのか。これ以上の多様化がユーザーと業界を幸せにするのか。考えるべき岐路に来ているのではないだろうか。
現在求められているものを例えるならば、Web3.0ではない。Web1.5だ。
細分化、多様化によりユーザーを置いてけぼりにするのではなく、ユーザーに遍く受け入れられるインターフェイスやデザインが重要だ。そして、何よりも資源の選択と集中こそが重要だ。今までと同じような散漫な多様化、細分化を追い求める業界に未来は無い。あらゆる資源は枯渇するだろう。宿命のように、選択と集中を迫られる。それは、三本の矢を一本にまとめるように、進化の過程を逆に辿るように、ロングテールを圧縮するように。
http://soulwarden.exblog.jp/6469132/
ニセモノの良心 テレビ局はアニメのお金の中抜きをしているか?
のコメント欄に興味深い記述があった。
端的に言えば、2,30年前の水準と比べて10分の1くらいしか商品価値がなくなってるのに、下手に(迂闊に)昔と比べて高水準のコンテンツ出してるから、馬鹿は絶対錯覚してるんですよ。アニメは発展してるって。
そんなわけネーだろと。
20年前の10分の1の商品価値しかないものに20年前と同じくらいの水準の資金提供してるんだから、現場が博打感覚になるのが当たり前だろ、っていうか。上っ面の数字だけ見て流行ってると錯覚してる馬鹿は死んでください。
週刊ジャンプやマガジンなんかの少年週刊雑誌全般が、今どの程度の売り上げなんだか分かってる? って感じ。最盛期('80年代??'90年代初頭)の3分の1くらいしか無いんですけど。
市場が一極寡占化してるから、一部を除いて全部ダメが普通なんですけど。
アニメの大元になる漫画ですらそういう状況なのに、なんでアニメが流行るんだ。そんなわけネーだろ。常識的に言って。
(中略)スマップの兄ちゃんが「僕たち毎日アニメ見てます」ってテレビで連呼しても絶対増えないくらいアニメ離れが進んでるんだっつうの。
そういう状況で派手に豪華にストイックにやっても、ホントに自分の首絞めてるだけなんだよ。そこが分からない限り、何やっても無駄よ。
そもそも市場規模が大きくなってないんだから派手にも豪華にもする必要はまったくないのに勝手にやって進歩だ前進だって喜んで、いざ気が付いたら自分(オ・タ・ク)ら以外誰も見てないの。アニメは。元々そういうもんだし、これからもずっとそういうもの。
一般家庭の一般的な心理として、どんな内容のものが出るかよりも、家族揃って見られないものが、一番嫌われるんだよ。みんなで食卓囲んでるときにひとりだけテレビ観てたらダメなの。だから、ゴールデンタイムのアニメだって人気は全然無いの。実際のところ。何を放映するかの問題じゃなくて、そもそもその時間帯に流すな馬鹿と思われてると。そういうレベル。ゲームでも、高性能のPS3より家族で遊べるwiiのほうが人気でしょうが。それにしたって、ご飯時になってもやり続けたら取り上げられるよ。世の中そんなもんでしょ。普通に。
そういうレベルで(それでいいよと諦めて)ガチッと安定しない限り、発展だ進歩だと偉そう言っても、絶対に通用しないの。しよう・させようと思うなら自分らが「30分視聴で拝観料1万円出す」くらいの覚悟で見てろと言うに。
タダで好きなだけ見て文句垂れて現場が貧しければ「誰かが銭盗んでる」とか、どんだけ自己中なんだって笑われてお仕舞いですよ。そんなもん。世間知らずもいいとこ。
趣味でアニメ作って勝手に流してるわけじゃなくて仕事でやってそれで生きてる人が居るんだから、そもそもタダで見ること自体が不遜の極みだっつう。スポンサー頼みでいいじゃな??い、なんて甘いこと言ってられるのは昔の話で、人気無いからスポンサーが撤退しましたなんつう事態になって、自分らで制作費から何から面倒見れないんだったら、そんなもんに何の意味も無いんですっての。
>「30分視聴で拝観料1万円出す」
↑(冗談ではあるけど)冗談じゃなく、本気でこのくらいまで性根据えてからモノ言えよって感じなんですけど。
タダで見られること自体、どんだけ有り難いんだよって話だわ。それをわざわざ横取りするネット界隈が、正味どんだけ嫌われてるか考えてみろっつうに。
これだけ引用してしまうと、本文の方を相当長く書かないと「正規の引用」にならないので大変だが、
一連の議論において本質的な部分だと思うので、敢えて長く引いた。
アニメ雑誌は買わないし声優のラジオも聞かないし、アニメのDVDは『エヴァ』と『時かけ』と『トップをねらえ』しか買ってないし、
9年前に見られた環境にあったのに今時『カウボーイビバップ』初めて見て「すげー面白い」って思ってる程度の人間だ。
何より『宇宙戦艦ヤマト』も『機動戦士ガンダム』もまだ全話通しては見てない。
その程度の人間だから冷たく言い放つけど、アニメ業界なんて滅ぼしてしまえば?
ぼくもご多分に漏れず頭が悪いから、「テレビまんが」から独立し、あたかもアニメが高尚な表現の可能なメディアだと思いこみ、
おもちゃ屋の宣伝から独立し、彼らから半ば金だまし取るようにして『王立宇宙軍』作っちゃったり、OVAで『パトレイバー』を
売ったり、おもちゃ屋のスポンサー無しに『エヴァ』を放送したりして、ハイクオリティなアニメが当たり前のように空から
降ってくるのを、ある意味当然だと思ってたわけだ。
そういう人間が多くいたから、アニメ業界の方も引き時が分からずに、分不相応なハイクオリティなアニメを作ってたわけだ。
結局第二次大戦の時やバブルの時と同じで、攻勢点の限界を全然見極められなかったわけだね、またしても。
要するにもう誰もアニメなんて見てないんだし必要ともされていないんだから、アニメなんて作り続ける必要ないよね。
少子化の時代に見合った規模でおもちゃ屋からスポンサード受けられるごく一部のアニメをロークオリティで作り、
それと、既に巨匠と言われている人たちがこれからアニメ作るための環境だけ残して、後は総撤収すればいいんだよ。
だって、アニメーターとしての待遇上げる事に成功したって、結局韓国中国への流出が加速するだけなんだし、アニメーターとしての
稼ぎより、バイトで稼いだ方が儲かるでしょ?
どうしてもアニメを作りたいなら、それこそ自分でアニメ作ってニコニコに投稿すれば、神と崇められるだろうし、プライドは満足させられるんじゃない?
もちろんそうなれば、業界に入る事自体が著しく困難になる。
本当に描きたい人は、必死に言葉覚えて、韓国中国に渡ってそっちのアニメ制作下請けに雇われる道もあるだろうけど。
そうして後継者不足になり、日本のアニメ文化絶滅の危機となれば、もしかしたら国が「保護文化財」として
金を出してくれるようになるかもしれない。
出してくれないかもしれないけど、どうせならそうやって国に保護させた方が、かえってアニメの保護のためには
いいかもしれないと思うよ。
国家に保護されない文化なんて、ある意味大したこと無いわけで。
アニメ業界についての批判が集まっていますが、お笑い芸人なんかも売れるまでは相当悲惨な生活ですし、深夜アニメより安い制作費のバラエティーなんて、ざらにあります。そっちは批判しないのかな?
アニメ業界が苦しいのは、もともとパイが大きくないからなんです。
http://blog.radionikkei.jp/star/index.php?ID=54
一般家庭で食べているお豆腐、油揚げ、納豆、などで6000億円、外食などすべてふくめますと1兆円市場、また卸の市場は3500億円から4000億円と言われています。
豆腐業界の人がリッチだという話は聞いたことがありませんが...
アニメってそんなに儲かるんですかね?
こんな零細産業を分不相応に見せかけてるんだもん、そりゃバブルも弾けるでしょ。
一回潰しましょうよこんなん。