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はてなキーワード: 行政活動とは

2023-09-27

行政活動ネット報告で知ることができるが、総務省ジャニーズがいる大手メディアではほぼ報じられんね

暇空茜などの住民監査請求は、調査結果についてちゃん判断が入る

フリー記者等の行政文書調査調査事実は残る

弁護士国賠訴訟はあまり公開されないが、裁判所判断はあるはず

法務資料展示室みたいな番組ないの?

2023-02-09

よそ者に対する反応って都会人も同じでしょ

福井県池田町移住者に対する七か条「都会風ふかすな」「品定めされてる自覚を」に批判が集まってるけど、

今回は都会に住んでる人間が「される側」だから反発してるだけで、

都会に住んでる連中だって自分らがよそ者・異質な者を受け入れる側になれば同じ反応してるでしょ。

外国人とか、刑務所から出所者とかさ。

老人ホーム幼稚園ですら、都内反対運動があったやん。

 

よく話題にあがる「不審者情報だって別に違法行為をした犯罪者じゃない。(それなら捕まってる)

「我々が普通ならしない異質な行動をする怪しい奴がいる!不安からみなに知らせるぞ」 

ていうシステムじゃん。

池田町へのブコメで「プライバシー侵害人権侵害だ」がスター集めてトップブコメになってるけど、不審者情報で「怪しい奴」とレッテル貼って、公共機関警察)が行政活動としてマスコミネット使ってその行動や性別推定年齢や外見特徴を広く知らしめるって、住民同士の口伝以上のプライバシー侵害人権侵害じゃん。

でもあれが批判されず許されてるのは、「日々の暮らし(これまでの繰り返し)を守りたい、安心感を得たい」という防衛反応で、それ村人が移住者に対する村八分の反応となにが違うの?

 

ブクマカもつい昨日に不審者情報という名の村八分に喜々としてのっかって「我々の常識に沿わない怪しい奴への不安」を煽り立てて排除を進めよとしてたじゃん。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.uhb.jp/news/single.html?id=33459

「我々の常識に沿わない都会者への不安感、異物感」で排除しようとする田舎村八分となにが違う?

赤の他人ダジャレをいうおじさん」と「集落機能維持するための側溝掃除に参加しない都会者」への異物感、排除したがる気持、まったく同じに見えるよ。

なんなら後者のほうが実生活かかってるだけまだ拒絶感が理解できる。

 

あいつら田舎者だから。我々都会人は違う」なんてお高くとまってんじゃないよ。

お前らも「不安感」で「安心感」を得るため異物を排除したがる同じ穴の貉だと自覚しろ

2022-12-21

Colabo・東京都契約公法上の契約について

Colaboと東京都との契約が「公法上の契約」とのことで、その取扱いについて話題になっている。

東京都に予定価格算定に関する資料の開示請求をした所、公法上の契約のため当該資料存在しないとのことであった。

https://note.com/opp406/n/nd2618e696693

また、先行したまとめもあるが、

公法上の契約」の含意をググった範囲解説する

https://anond.hatelabo.jp/20221221090611

もう少し詳しく見ていこうと思う。

結論を先にいうと、

Colaboと東京都契約公法上の契約に該当する可能性は極めて低く、また、仮に該当したとしても予定価格を算出しない根拠不明であり、東京都には説明する責任がある

と考えている。

公法私法とは

一般に、法律公法私法区分される。

どのように区分されるのか。

国や公共団体市町村がその典型)の内部や相互間の関係規律するルール、および、それらと私人との関係規律するルールが《公法》であり、私人相互間の関係規律するルールが《私法である

リーガルイシス民法入門(第3版)(道垣内弘人)】

具体的にいうと、公法に該当するものとして、刑法民事訴訟法刑事訴訟法国家行政組織法などがあり、私法に該当するものとして、民法商法会社法などがある。

ただし、公法区分されている法律にも私人間について規定した部分があったり、私法区分された法律にも国家について規定した部分があるなど、法律単位で明確に区分できるものではないので、概念的なもの理解してほしい。

公法私法二元論公法私法一元論

公法私法はそれぞれ別の法体系として捉えるべきかどうか、という議論がある。現在の通説は一元論(というより区分意味がない)であり、判例・実務も一元論寄り(あえて区分しない)と理解されている。

解釈技術的に見る限り、今日公法私法二元論を取って取れないことはないにしても、その場合一元論に対比しての独自意味は余り無く、従って、どうしても二元論固執しなければならない、という理由もまた無い、というのが実態

行政法Ⅰ(第4版改訂版)(藤田宙靖)】

行政意思の実現方法

公法上の契約に入る前に、行政庁がその活動を行うにあたって、どのような形式があるのか見ていこう。

行政行為

一般的に、私人間の法律関係権利義務関係を作るもの契約である

では、行政私人との関係ではどうだろうか。

契約という手段を用いることもある(後述)が、そのほかに行政行為」という概念がある。法律上の用語ではなく、講学上の用語であるが、便利なのでこれを用い、具体例を挙げて説明する。

行政行為の種類(例)

・下命(…しなさい):租税賦課

禁止(…するな):営業停止

許可(…して良い):営業許可

免除(…しなくて良い):予防接種免除

その他、特許道路占有許可)、認可(公共料金の値上げ)等

行政行為にはこのような種類があるが、それ自体は余り重要ではない。重要なことは、行政行為とは私人に多大な影響を与えるものであり、法的な根拠が強く求められる(行政の好き勝手は許されない)ということだ。

行政行為権力行為象徴としてとらえられ、その限りにおいて行政権についての法の拘束を問題とする法律による行政原理を中心とする行政法の諸原理が直接妥当する。

行政法Ⅰ(第4版)(塩野宏)】

例えばあらゆる行政活動につき妥当する「法律の優位の原則」は言うまでもなく、「法律留保原則」に至っては、そもそもそれ自体行政行為を中心とする個別具体的な行政活動をめぐって展開されて来た

行政法Ⅰ(第4版改訂版)(藤田宙靖)】

ざっくり言うと、「法律による行政原理」とは、行政法律に従って活動しなければならない、という大原則(例外あり)のことであり、この原理から導かれる「法律の優位の原則」とは行政法律違反してはならないということで、簡単理解できると思う。

また、法律に反しなければ行政は何をしても良いわけではない。そこで登場するのが「法律留保原則である。これは、「行政活動を行うには法律の授権を必要とする」という考え方だ。ただ、これはすべての行政活動妥当するとは考えられておらず、例えば純粋な私経済作用(例えば文房具を購入するなど)については妥当しないと考えられている。

行政指導

行政行為に法的な根拠必要なことは理解できた。

しかし、我が国における一般的な行政慣行として、行政行為に至る前に、行政指導というものが行われている。具体的にいうと、役所に「こんなことできませんかね?」と質問した際に「それじゃちょっと難しいっすね。ここをこうしてもらえるならできまっせ」と回答して貰ったり、役所から、「建物が壊れそうで、このままだと行政処分をせざるを得ないから、今のうちに危険を除去しといてね」と指導されたりするやつだ。

これは行政行為処分)ではなく、単なる事実上指導であるので、基本的には法的な根拠不要であるし、訴訟対象にもならないと考えられてきた(例えば行政指導を信じた私人不利益を被った場合行政庁に責任はないと解されてきた)。

行政行為には法的根拠必要で、手続き守らなければならず、訴訟対象にもなるということで、面倒くさい行政行為ではなく、行政指導活用してきたということだ。

しかし、あまりに便利で幅広に使いすぎたせいもあり、一定手続きの整備や訴訟対象とすることは必要だ、と解されているのが現在である

行政指導には何らの法的拘束力も無いという基本的な考え方からして、行政指導に対する私人の信頼の保護ということが、行政法学上重要問題とは考えられなかったような時期はもう終わった、ということだけは明らかとなった

行政法Ⅰ(第4版改訂版)(藤田宙靖)】

行政手続法】

第三十二条 行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、いやしくも当該行政機関の任務又は所掌事務範囲を逸脱してはならないこと及び行政指導の内容があくまでも相手方任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意しなければならない。

2 行政指導に携わる者は、その相手方行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはならない。

第三十五条 行政指導に携わる者は、その相手方に対して、当該行政指導趣旨及び内容並びに責任者を明確に示さなければならない。

2 行政指導に携わる者は、当該行政指導をする際に、行政機関が許認可等をする権限又は許認可等に基づく処分をする権限行使し得る旨を示すときは、その相手方に対して、次に掲げる事項を示さなければならない。

一 当該権限行使し得る根拠となる法令条項

二 前号の条項規定する要件

三 当該権限行使が前号の要件に適合する理由

(略)

第三十六条の二 法令違反する行為是正を求める行政指導(その根拠となる規定法律に置かれているものに限る。)の相手方は、当該行政指導が当該法律規定する要件に適合しないと思料するときは、当該行政指導をした行政機関に対し、その旨を申し出て、当該行政指導の中止その他必要措置をとることを求めることができる。ただし、当該行政指導がその相手方について弁明その他意見陳述のための手続を経てされたものであるときは、この限りでない。

(略)

まとめ

行政行為行政指導を見てきたが、大まかな考え方として、「行政フリーハンドは認めない」方向で議論が進んでいる点が重要である

行政上の契約公法上の契約

行政意思の実現は、これまで見てきた行政行為行政指導以外に、契約という形式を用いることがある。例えば、住民水道局との給水契約官公庁舎の建築契約消耗品売買契約等々、幅広く存在している。

そして、これらの範疇に含まれない、公法上の契約というもの存在する、と議論されてきた経緯がある。

しかし、先ほど見てきたように、そもそも公法私法二元論自体疑義があり、公法契約にも疑義が呈されているのが現状である

いわば狭義の行政契約すなわち公法契約公法上の契約)という行為類型存在する、という主張が、伝統的になされて来た。

(略)

特に公法契約」というカテゴリー解釈論上設定する意味は極めて薄い、と言わざるを得ないことになる。このような事情にあるために、現在わが国では、公法契約なるもの存在可能自体否定しないにしても、現実には極めて例外的にしかその例を認めない見解が、多数であると言ってよい。

行政法Ⅰ(第4版改訂版)(藤田宙靖)】

そこで、これら行政の行う契約をひっくるめて、行政契約行政上の契約)として議論されることが多くなっている。

いずれにしても、大きな議論の流れとして、契約であるから行政庁は好き勝手して良い、という方向では議論はされておらず、行政行為行政指導で見たように行政庁の自由裁量を認めない方向で議論が進んでいることは間違いない(もちろん契約内容にもよるが)。

したがって、行政契約であることをもって、契約主体行政庁と契約相手)が自由裁量を得る、というのは誤りであると言える。

特に公法契約存在するとした場合行政庁と私人自由意思に任せることが原則の通常の契約よりも行政庁の裁量の幅が狭くなることはあれ広くなることは考えにくい。

この方法には、私人との合意があったことを理由に、行政主体が好き勝手なことをなし得る、という危険が内在することをも意味する。先に見たように、現行法上、行政主体の結ぶ契約について、様々な制約が付されているのは、まさに、このような危険を防ぐためである

行政法Ⅰ(第4版改訂版)(藤田宙靖)】

今回のColaboと東京都契約

Colaboと東京都契約は、「東京都若年被害女性支援事業委託仕様書」に基づいてなされた一般的な委託契約請負契約か準委任契約かは結論に影響しない。)であり、公法契約という概念が出てくる余地はない。

従来の行政法学では、行政上の契約公法に属する「公法契約」と私法に属する「私法契約」とに二分し、前者のみを行政法学の対象としてきた。そして、「公法契約論」においては、報償契約公用負担契約などを念頭において、こうした公法契約を締結するには法律根拠必要とされるかとか、いかなる要件のもとに締結が可能かといった問題公法契約の許容性と可能性)を主に議論してきた。

行政法要論(全訂第3版)(原田尚彦)】

また、仮に公法契約であったとしても、競争入札において、予定価格を定めなくて良いという特別法がない以上、一般法(地方自治法)の規定適用されるものである

したがって、東京都の「公法上の契約のため当該資料存在しない」という説明は、①公法上の契約とは考えられないこと、②仮に公法上の契約だとしても予定価格の算定は必要なこと、と二重の意味で誤っていると思われる。

(予定価格の算定をしなくて良いのであれば、地方自治法第234条3項が適用されない法的根拠説明必要だ。)

第二百三十四条 売買、貸借、請負その他の契約は、一般競争入札指名競争入札随意契約又はせり売りの方法により締結するものとする。

2(略)

3 普通地方公共団体は、一般競争入札又は指名競争入札(以下この条において「競争入札」という。)に付する場合においては、政令の定めるところにより、契約目的に応じ、予定価格制限範囲内で最高又は最低の価格もつて申込みをした者を契約相手方とするものとする。ただし、普通地方公共団体支出の原因となる契約については、政令の定めるところにより、予定価格制限範囲内の価格もつて申込みをした者のうち最低の価格もつて申込みをした者以外の者を契約相手方とすることができる。

東京都若年被害女性支援事業競争入札なのか

法律上、競争入札では予定価格を算定することとされている。

すなわち、競争入札でなければ予定価格を算定する必要はない、ということだ。

では、東京都若年被害女性支援事業競争入札で行われたのだろうか。実は、この公募関係ウェブページが全部削除されているのである

かろうじて、平成30年度は公募が行われたらしきことが見て取れる。

[都]平成30年東京都若年被害女性支援モデル事業の一部を実施する事業者を公募しま

http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kodomo/jakunenjosei/jakunenjosei.html

https://www.tcsw.tvac.or.jp/php/contents/mailmagazine.php?key=617

だが、リンク先を見てもらえばわかるようにすでにリンク切れであり、ウェブ魚拓ウェブアーカイブさえ見つけることができなかった。そして、平成31年度~令和4年度までは公募が行われた形跡すら見つけられない。

通常、こういった公募手続きについては終わった後も消すことは余りないように思うのだが、何故見つけられないのだろうか。(見つけた方はぜひ御提示ください)

予定価格とは

不意に予定価格と出てきて、何のことかわからない方もおられると思う。

予定価格とは、ざっくりというと契約金額落札金額)の上限だ。

不思議なところであるが、例えば議会予算が1000万円と認められた事業について、入札を行う際には予定価格は950万円くらいになったりする(なので980万円で入札しても落札することはできない。)。

予定価格の算定方法公表されてないが、一般的には業務ごとに一定割合を乗ずることによって算出している(例えば役務労働力)の提供であれば予算額の95%等)。

(ここではそういうものだとご理解ください。詳しくするとまた長くなるので)

最後

ここに書いてきたことは、「東京都が、都とColaboの契約公法上の契約ととらえており、また、予定価格を定めていない」という情報が正しかった場合です。

個人的には何かの間違いだったと思い

2022-10-21

法治国家と遵法義務

 この問題は何度も世に出てきていると思うが、法治国家のことを勘違いしている人がけっこういる。

表現の自由界隈からも「法律を超えたら表現の自由はない」ってのが無邪気に言われまくってるけどさ、じゃあ、「本日から漫画を描いてはいけない」って法律ができた瞬間、漫画を描く表現の自由はなくなるの?逆なんだよ。表現の自由が先にあって、それを侵さな範囲規制が許されるだけ。

https://twitter.com/jikapan/status/1582716271023398912

これに対して

自由侵害する法律が作られたら法の手続きに基づいて侵害されないように法改正をするのが法治国家自由行使なのだ

気に入らない法律は従わないではただのアウトローしかないのだ。

https://twitter.com/serast_km/status/1583274143444652032

のほか、同様の趣旨ツイート複数見られる。

 法治国家原理は、法律法規創造力の原則国民権利を新たに制限し、義務を課す法規範は国民代表議会のみが作ることができ、行政立法してはならない※)、法律の優位の原則行政活動は議会制定法に反してはならない)、法律留保原則国民権利を新たに制限し、義務を課す行政活動は、法律によって授権されていなければならない)から成り立つ。これらのどこにも、自由侵害する法律が作られたら、法改正を待つべきであり、あえて規制に逆らうべきではない、という議論は含まれない。

※これは行政に関する原理であるというのがミソで、私人同士で新たな義務を課すのは、原則として自由である。たとえば、100万円を借りるという金銭消費貸借契約を結べば、あなたはカネを返す義務を課されることになる。それに先だって国民代表議会の授権規範必要であるというのは馬鹿げている。しかし、原則自由からこそ、社会における事実上の力関係によって一方的立場が弱い契約を結ばされるということが起きる。そこで、契約自由制限する法律が制定されたり(例えば借地借家法を思い浮かべよ)、裁判所判例法理によって調整が図られることがある。

 二番目のツイートは、法治国家を(古代中国法治国家伝統もあって)遵法義務問題と取り違えているだけで、些末な揚げ足取りではないかと思われるかもしれない。しかし、遵法義務問題として考えてもおかしい。もちろん、国法は自らに従わない者に対して制裁の仕組みを用意することが多い。刑法にせよ、行政上の何らかの義務履行確保の手法にしても。刑罰という結果を避けるために従った方がベターであるというプラクティカル議論としては意味があるだろう(事実としての強制秩序の問題)。しかし、それと服従義務とを混同するべきではない。たいていの法学者は、不正な法に対して服従する義務はないと考えているのではないか(例:ラートブルフ「法律による不法法律を超える法」)。ラズなんかは、それを超えて、一般論としては国法への服従義務などない、と言っているようだ。

 

 ただ、これは難しい問題で、誰が不正かどうかを判断するのかという問題がある。万人が自らに都合の悪い法を不正である判断すれば、アナーキーとなり、宗教戦争の再来である※。しかし、実定法にただただ服従するべしと言えば、ナチスの法にも服従する義務があるのか(事実として強制されるからやむなく従うのではなく)と言われてしまう。結局、個々の法規範に則して個別的判断する他あるまい。上記ツイートでいえば、一般論として漫画という出版様式禁止無視たからといってアナーキーに陥ると考えるのは馬鹿げているであろう。


 現代違憲審査制は、こういった正義実定法ジレンマをなるべく起こさないようにするためにある。憲法人権という形で示された一般的正義原則に照らして裁判官実定法審査し、不正な法と認定した法規範の適用拒否するという仕組みが我々の社会には導入されている。ただ、裁判官の目をすり抜けてどうしようもない実定法が作られることがないとは言えない。立法者と裁判官にさしあたって頼らずに正邪を判断する視点を持つことは、自由民主的社会市民であり続けるために必要なことである・・・自分の頭で考えた結果、おかし結論に到達する人もいるかもしれないのが頭の痛いところだが、それが自由であるということである

 悪法といえども国法に従う義務があり、悪法をただすには法改正に賭けるべきという態度は、肉屋を支持する豚と言われてもやむを得ない※。

※ひょっとすると熱烈なホッブズ主義者なのかもしれないが、ホッブズ主義者なら、本当に当該禁止によってアナーキーが避けられるのかをもうちょっと真面目に検討するのではないか

参考文献

長谷部恭男『法とは何か[増補新版]』河出書房新社2015年

おまけ:

表現の自由』は憲法保証されているので、

それに反する法律は作れません。

意味のない仮定です。

https://twitter.com/MIKITO_777/status/1582999065138036736

 こうした見解に対する批判は本文中にも書いた通りだが、この人の中では、薬事法(古い名前だ)の薬局距離制限規定が作られたことはなかったのだろう。薬事法は、自分に関連する分野ではないのか(薬剤師ではないから、違うかな・・・)。

2022-10-20

anond:20221020172754

勝手追記する。

国の活動合憲か否かは、最高裁判所が決する。

憲法自身がそれを定めている。

第八十一条 最高裁判所は、一切の法律命令規則又は処分憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である

なので、最高裁憲法判断を行った以上は、不当判決だと言おうが違憲だと言おうが、それはあなた意見ですよね、ということになる。

もちろん最高裁判所国民審査を通じて国民民主的統制を受けることになっているが、それ以上の干渉を受けることが許されるわけはない。

こうした当たり前の原則からすると、護憲を掲げていながら裁判では連戦戦敗し、にも関わらず実力で行政活動妨害しているあの人々は、本質的に反憲法なのだとおもう。

2022-09-20

電通マンの人へ

私は国家公務員ですが、あの記事を見て衝撃を受けました

というのも、公務員自分所属する母体をよくするために働きますが、元電通マンの方は、自治体が抱える問題コミットしておらず、「自分にとって都合の悪い部分」を「自治体短所」と混同して、嘆いていたからです。自治体のために提言されているものは、なに一つ見えませんでした。

この記事を、真庭市の人々や、真庭市長が見たらどういう気持ちになるんだろうと思いました。

採用面接で、何と言ったら、この人は受かったんだろうと疑問でなりませんでした。

私は今まで3県での業務経験し、市町村指導する立場にある時もあったため、首長とご挨拶させていただく機会を多く頂きました。そこで感じたことは、各市町村において、首長によって、行政の重心が様々ということです。国家公務員の我々と地方公務員レーゾンデートルの在り方を比べることはできないと思いました。なので、同じ公務員からといって、もっともらしいことはいえないと思います

とはいえ共通していることは「市民(国民)が何を求めていて、それをより多くの人が享受できる喜びに変えていくか、悲しみを取り去るか」ということだと考えます

上記のように考えていた私にとって、彼の意見はおおよそ理解できるものではありませんでした。

彼にとって現時点で問題であることが、行政に何ひとつ結びついていなかったからです。

かに公務員民間企業からすれば、物事の進み具合の歯痒さったらありません。まあ、全て法令、先例に根拠がなければ行政活動を行えないからです。国民の皆様から預かった税金を使う以上、明確な根拠のない行政活動はできないのです。

公務員体質というものはあると思います

私も当庁に長らく続く悪き風習を変えようとしたときの、柔らかな逆風は今でも忘れられません。

しかし、確実に仕事をこなして信用を得て、コンセンサスを得ていけば、本当に必要改革なら、通すことができます

この摂理は官民問わないのではないでしょうか。

求められる役割を果たすことが、第一歩だと考えます

それが本人にとって苦痛なのであれば、公務員としてではなく、別のかたちでアプローチした方がいいのかもしれません。

2021-09-10

anond:20210910093822

まあ、「女性であれば誰でもいいわけではない!」みたいなのはちょい言葉足らずだとは思うけどね。(具体的に誰がそれを言っていたのか知らないけど。)

女性議員数を増やすという目標自体は、基本的には「女性であれば誰でもいい」んだよな。

ただそれは「女性でさえあれば何を言っても批判しない」という意味ではないし、増田の言う通り「何を言っても支持する」という意味でもない。

「支持する人・支持しない人、合わせて多様な女性議員が議席を獲得すること」を求めることと、単純に「支持する人が議席を獲得すること」を求めることは両立するわな。


でも戸定梨香が行政活動から排除されたことには怒りを覚えますアバターによってジェンダー身体表現を行う人々に対する明確なヘイトであり、差別です。

 
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