はてなキーワード: 文化資本とは
東京と地方のどっちが住みやすいとか、文化資本がどうとか言われても、まったくピンとこない。
自分にとっては、東京はゴミ溜めであり、故郷は雪に埋もれた死体だった。
そんな俺が今、どういうわけか、20歳も年下の彼女と結婚している。このこと自体が信じられない。俺の人生において、こんなに若い人間と一緒にいることなんて想像もしていなかった。
彼女、名は美里と言う。都会育ちの美里は、デジタルネイティブ世代で、SNSの使い方が俺とはまるで違う。俺がスマホの使い方に四苦八苦している間に、彼女はインスタで新しいカフェを探し出し、サクッと予約まで済ませてしまう。俺はそれを見て、正直感心することもあれば、呆れてしまうこともある。
「ねぇ、これ見て!また新しいフォロワーが増えたよ!」と美里が嬉しそうにスマホを見せてくるたびに、俺は一瞬、彼女の世界についていけないと感じる。そんな時は、世代間のギャップを痛感せざるを得ない。彼女はどんどん前に進んでいるのに、俺はまるで止まったままのような気がする。
そんなある日、俺たちは彼女の実家に招かれた。彼女の両親は、初めて会った時から俺たちの年の差について心配しているのが明らかだった。食事の席で、彼女の父親が静かに言った。「美里を幸せにできるのか?」その問いかけに、俺は一瞬言葉を失ったが、「もちろんです」と答えた。
しかし、心の中では自信がなかった。俺と美里の関係が、この世代間のギャップを乗り越えられるのかどうか。それでも、彼女の明るい笑顔と、彼女が俺に対して見せる無邪気な信頼が、俺に少しの勇気を与えてくれる。
ある晩、俺は彼女に尋ねた。「美里、本当にこのままでいいのか?俺たちの年の差、時々不安になるんだ。」すると彼女は笑って、「そんなこと気にしないで。私たち、いいチームじゃない」と言った。その言葉に、俺は救われた気がした。
そして、俺たちは互いに歩み寄る努力を始めた。美里は俺の好きな古い映画を一緒に観て、俺は彼女が教えてくれる最新のトレンドに耳を傾けた。俺たちの間には確かに世代の壁があったが、それを超えるための橋を一つ一つ架けていくことに決めた。
ある日、美里が言った。「あなたといると、なんだか落ち着くの。今までの人生とは全然違うけど、それがすごく新鮮で好き。」その言葉を聞いて、俺は少し照れくさくなりながらも、心の底から嬉しかった。
それからも、俺たちの生活は続いていった。彼女が新しいアプリを教えてくれたり、俺が彼女に昔の音楽を聞かせたり。世代間のギャップは完全には消えなかったが、それを補うための工夫と努力を重ねていくうちに、俺たちの絆は確かに強くなっていった。
最終的に、俺たちは互いの違いを尊重し、補い合うことで、より良い関係を築くことができた。そして、そんな日々が続く中で、俺はふと気づいた。東京がゴミ溜めだとか、故郷が死体だとか感じていた俺の心に、少しずつ温かい光が差し込んできていることに。
それは、美里との結婚がもたらした変化だった。俺たちの世代間のギャップを乗り越える過程で、俺自身も変わっていった。そして、そんな俺たちの未来に対して、今は少しずつ希望を持つことができるようになったのだ。
ハッピーエンド?そうかもしれない。俺たちはまだ道半ばかもしれないけれど、少なくとも今は、互いに寄り添い、支え合いながら歩んでいく決意がある。それだけで、十分だと思う。
美術館とかそういうのじゃない文化資本の話してもスルーされるんだよね。
東京をdisりたい人たちはdisりやすいロジックを求めるからスルーするし、東京側でもアホはマジで美術館くらいしか思いつかないしなので、エコーチェンバー的に分かりやすいロジックだけが増幅される効果がある。
文化資本って、学歴とか、スポーツや楽器の習い事をしてたとか、古典の教養があるとか、食事のマナーがあるとか、味がわかるとか、TPOに応じた服装ができるとか、社交的にふるまえるとかいろいろあると思うんだ。
文化資本についての議論で「美術館やコンサートに行けるから~」みたいなわかりやすい例しかでてこないと、この人たち文化資本が豊かなの?って感じになる。
この話って元は田舎の人が東京の人はいいよね有利だよねって言ったところから始まってると思うんだけど、なんで東京民が東京は文化資本が厚いと主張したみたいな話になってんの?
横だけど
東京人が文化資本=美術館と言ったか言わないかではなくて「東京の文化資本と言えば美術館ではなく○○」みたいな話にならないとずっと平行線だし結局文化資本=美術館から変わらない
東京は家が狭いから家の中に文化がないて言われて、東京の連中がでも家から出ればいくらでも美術館あるもんと言い返したのが最初だろ。
増田でそんな話が出る遥か昔、10年20年前からずっと「文化資本=美術館」という前提で意味わからん論争が繰り返されてるんだよ。
私は門外漢なので、見当違いなレスになるかもしれませんが、つまり「文化資本は個人のものである」と言うことですよね。
私は、文化資本をより多くの人が持っていると、相対的にその地域においては個々の活動が活性化すると考えています。
そうした活動がある種のネットワークを形成し、その地域において、局所的にさらなる文化を創り出し、活動及びネットワークが拡大・ 複合化することによって「その都市全体における文化 ・制度の変容をもたらす可能性がある」という解釈もできると感じております。
その点については、いかがでしょうか。
https://anond.hatelabo.jp/20240530065636
はてな民がこれ毎回完全に間違えてるのを訂正しても一向に直らないんだけどさ
今どきのはてな民はブルデューも読まないとかマウント取るつもりはないけど、ググればわかることですよね?AIに聞くのでもいいけどさ
Objectified:楽器、絵画、本など、物理的な実体があるもの。物理的な資本
Institutionalized:学歴などシステムが担保するもの。制度化された資本
Embodied:能力、センス、言葉の使い方など、ハビトゥス。身体化された資本
だが結局どれもそれが最終的に「個人」に紐づいて継承され再生産され格差を生み出しっていうところが一番の論点なわけ。
「東京」vs「地方」みたいなまとめブログのネタみたいな糞みたいな解像度の話を何回やっても意味も価値もない。
東京の世界ランクなんかよりまず気にするべきはお前の世界ランクだ。
いや本気で学術的にやれば多少は意味はあるかもしれんが、お前らが目の前のレスバに食いつくのは
自分の置かれている現状から目をそらすために使ってるに過ぎないからしょうもない。
実際に東京/地方で実際にお前やお前の子供は何にアクセス可能で何を継承して何を保有していて何の能力を身につけたい/身につけさせたいのか?
そんな話はしたくない?
文化資本になるかどうかはともかく、海外のバンドとかは超大手でもないかぎり平日の東京のライブハウス(+大阪があるかないか)でしか演奏してくれないから単純に羨ましいよ、クラブの質や数も違うしね
東京人は美術館の話なんてしてないのに、外野が勝手に「文化資本文化資本っつって美術館があるくらいでイキってんじゃねえ」とかいう感じで文化資本の話を美術館の話に置き換えてるだけだよ。
文化資本とは関係ない話かもしれないけど、東京って別に治安よくないでしょ。
パパ活とかホストとかぼったくり、家出、ホームレス、ブラック企業、カスハラとか「犯罪とまではいかないけど治安悪いと感じる要素」まで含めて考えたら、日本でワーストといってもいいくらいじゃないか。
私は上京組だ。地元は市内にライブハウスが2軒あるくらいの地方都市。
高校までを地元で、大学を別の地方都市で過ごし、就職で上京してきた。
私は予定がないとひたすらゴロゴロしてしまうタチなので普段はなるべく予定を詰め込んでいるのだが、その日は何もなかったので昼まで寝てご飯を食べてそのままダラダラしていたのだ。
ふと「ライブに行きたい」と思い立ち、ライブハウスのサイトを回ってみた。
東京には星の数ほどのライブハウスがあり、週末にはほぼ全てのライブハウスで何らかのライブが行われている。
何軒かのサイトを巡ると、ちょうどその日に私の好きなバンドのライブがあることを知った。
私はその場でライブの予約をし、電車に乗ってライブハウスに向かった。
ライブハウスに向かう道中、私は心から「ああ、これが東京か」と感じた。
ふと思い立った1時間後には好きなバンドのライブが見られる。常にどこかで数え切れないほどの人たちがライブをしている。
私の知っている地方都市ではそんなことはない。
ハコはせいぜい1~2軒、そこそこ名の知れたバンドでも回ってくるのは年に1回あればいいほう。それを何ヶ月も前から予約し行くものなのだ。
その気になれば毎週でも自分の好きな様々なバンドを見ることができる。というか、見ていた。
と言っても専門的な知識なんて何もなく、ターンテーブルの再生と切り替えとちょっとした調整くらいしか知らない。
知識をつけて本気でやる気もないし、集客を頑張るつもりもない。
音楽繋がりで会った友だち数人と企画して、身内を30人くらい集めて遊ぶ。そんな感じだ。
「ちょっと声をかければ数十人の趣味仲間が集まり、場を共有して楽しむことができる」
そこで一緒に遊んでいた友だちはイベント企画にハマり、ちょっとしたインディーズバンドを呼んで外部集客含め100人くらいのイベントをやるようになった。
こんなことができるんだな、と思った。
わからないなりに「綺麗だな」とか「すごいな」と思うことはある。
それよりは博物館や科学技術館みたいなところのほうが楽しいな。
どうやら私は物事の仕組みや分類みたいなもののほうが好きらしい。
あ、でも文化庁メディア芸術祭はとても楽しかった。終わっちゃったのが寂しいな。似たようなイベントってどこかでやっていたりするんだろうか。
そういう「自分は何が好きか」というのも、行ってみなければわからないみたいなところがあるよね。
なので、行ける機会がある人は知らないものにもどんどん触れてみるといいと思う。