はてなキーワード: パチスロ依存症とは
私が何でハマってしまったのかっていうと、成人したときに暇つぶしに両親が連れて行ったから。
親の金だし、当たった時の他人の羨ましそうな顔。積んだ箱を見に来る人。
その時にビギナーズラックで1000円が10万に化けた上に、親が5万くれるって言うんだもんね。
なんでやってしまうかって言うと、短時間で儲けることも可能ということと、
何も持っていない自分からしたら「すごい存在」と褒められたような気がして
ただ、一時期やめたんだけどね。仕事のストレスが増えたら頭からっぽにしたくて復活してしまった。
もうやめられないところまで来てるかもしれない。
「ほかにやらなければいけないことがある」と思っても、やりたくなきゃパチンコとかに逃げるし
逃げ続けてる人生だよ。
もうダメだね。
結局あれから抜け出すのににっちもさっちも行かない中、年上の医師の友人と話していた。
その折、近所のショッピングモールの喫茶店が相次いで禁煙になり、吸える場所が無くなったという話から発展した。
「そうや、お前、車どうや?」
都市部に住んでいる自分にとっては損するだけだと思っていたが、スロで金を溶かすよりかはよっぽど経済的だった。
何より、今やっているフリーの仕事しかり、バンドしかり、機材車を自前で持てるのは大きい。
新車を買うわけじゃないし、それも軽と狙いは定めてる。
走行距離は差し置いて、まずは一台、そこに向けて照準を定めると考え方が変わった。
まずはやっていこう。
今日は出勤日だったが傾眠と頭痛に悩まされながらタクシーを配車して、会社についたら15時過ぎ(12時定時)。
定時は19時上がり。でも今日はちょっと違って21時過ぎぐらいまで残っていた。
休んでいた分、やることはあったし、なにより帰りたくなかったのが一番にあった。
会社帰る際に「(会社の)新スタジオ寄ってく?」と話になり、先輩社員2人についていき見学。
現場には出れないにしてもとりあえずシステムがどうなってるかを実地で確認。
帰ってみたら終バスで、これを書いている時点で0時を回っている。
ディレクターにチェック入れてもらってその後音入れ。
それを考えると「あれ、これ長く働いたほうがよくね?」とか思い始めてる。
…朝早く目が覚める割にきっつい。
ジャグラー20thバージョン、角台350G付近で捨てられてるのを発見。
店の状況的にカドが強そうな印象だったため腰を掛ける。
1000円目、数ゲーム回したところでGOGOランプが点灯、REG。
しかし全ノマレをくらって財布の中身の最後の2000円目に突入、そして131G、BIG。
その後はあれよあれよという間に当たり続け、流してみたら841枚。
本来なら財布だけ買って帰ろうと思っていた僕は「この際全部使ってやる」と靴と鞄も買った。
財布は3万円ほどのALZUNIの長財布。
機材を持ち運ぶ際にも使えそうな大きさだったので重宝しそうだ。
財布はカードで2回払い。
鞄と靴は現金一括、カードでも良かったが、お金の重みを実感するために手持ちの現金で払った。
いい買い物が出来た。
今までの負け分含めればもっといいものが買えたのかと思うと、ゾッとした。
匿名でしかかけないここでもらったアドバイスが無ければ、きっと買わなかっただろうと思う。
お金の重みを感じた。
1000円をサンドに入れるのがどれだけあっけないことかと思った。
コインチェックの買収にマネックスが乗り出したということで仮想通貨界隈は賑わった。
この時にちょっと短期売買チャレンジしてみようかと思い、やってみたら+1000円。
今1mona=384円辺りなので400円の壁を突破すれば一気に上がると見てる。
現物取引でも種銭が1万円程度あればドキドキする分には事足りる。
狙った指値に到達するかどうかのせめぎ合い、指値変更のタイミング、損切りのボーダーはどこに設定するか。
FXみたいな感じではあるが、僕の場合は現物取引なので1万円以上の損はまずしない。
それも下手な取引をしなければかなりの間遊べる。
それに、BTCはもう高止まりしたけどもモナコインはワンチャンスもう一度上を狙える通貨。
1万円でかなり遊べるのがわかった。
子供の頃からピアノを習っていて、いつの間にか作曲をするようになっていた。
高校に入ってからはPCを使った作曲に勤しむようになり、ひょんなことから音大に行くことになった。
みんな入れないだろうという空気感の中、入れてしまったのはなんとも言えない気持ちだった。
いろいろな職業を転々とし、今は制作会社でサウンドクリエイターと映像エディターを兼務するまでになった。
しかしだ、今まで楽しかったはずのことが全くプライベートで楽しめなくなっていたのだった。
鍵盤を触れば仕事のことが頭に浮かび、ライブDVDを見ればカメラワークのほうに集中してしまいライブ自体を楽しめない。
いつしか好きなことが嫌いになっていた。
昨日今日で2万円ほどぶっ飛んだ。
2万あったら何が出来ただろうか。
いや、何も思いつかない。
誰かと会うのも億劫になった。
今戻る気はあるかと言われれば「むしろ脱退したい」ぐらいの気持ちである。
カメラ、映像制作、演奏、作曲、自分の取り柄が全て仕事になった以上、境界線が無くなる。
結果、残ったのがパチスロだった。
そんなわけで今日も手帳を買いに行くはずがパチ屋にいってこの時間になっていた。
辞めたい、でも逃げ場がない。
私には、パチスロに行く癖がある。そして多くの場合、大勝ちするか口座の中がすっからかんになるまで打ってしまう。財布の中ではない。口座の中だ。
行く時は毎回予算を決めてから行く。今日は3万円、といった具合に。しかし予算分をつぎ込んでも当たらなかったりすると、意地になってしまって当たるまで打ってしまう。お金は新しくおろしてくるのだ。
そしてコインを2000枚(金額にして4万)近くつぎ込んでなんとか当たりを引いたりしても、出てくるコインは大抵500枚以下。だから、もっとコインが出るまでと思ってまたコインをつぎ込んでしまう。そして手元の500枚がなくなったらまた現金をつぎ込み始めて、結局すっからかんなのである。
正直、苦しい。
何が一番苦しいかって、「もしかしたら当たるかも」と思って予算以上を追加投資していくのが苦しい。負けを認めて帰ることができない。自分を馬鹿だと思っているのに、現金をつぎ込む手が止まらない。その醜い自分を見つめている時間が何より苦しい。
しかし、それでも私はギャンブル依存症ではないと思っていた。パチスロにいかない時期はあるのだ。半年くらいとか。だから大丈夫だと思っていたが、でもそんなに長いことパチスロに行ってなかったのに新台が出たりするとフラッとパチ屋に寄ってしまって、予算よりも散財してしまう。
打っている時は当然普通の精神状態ではない。そもそも、脳がおかしい。パチスロを打っていると頭の中に何かがじわーっと滲む感覚がする。いや、正確には頭の中がじわっとしてくるとパチスロに行きたくなってしまう。
このじわっとした感覚はしばらくパチスロから離れていると起こらなくなるのだけれど、でも、新台が出たからといって台に座ってしばらくすると、また頭が滲み始める。そうすると、パチスロに行く引き金として機能し始める。
支離滅裂なことを言っている、とお思いだろう。だが、私にとっては事実だ。
自分ごとき、ギャンブル依存症ではないと思おうとしていた。ギャンブルで借金をし続けている人や、家庭が壊れた人と比べて、自分はまだそこまで破滅的ではないから大丈夫と。
けれども、今自分がいる道は、そうした破滅へとつながっている。自分も決して例外ではない。そう気付いた。
いや、本当は気づいていた。でも、自分だけは違うと思っていた。しかし、当たろうと当たるまいとお金がなくなるまで打ち続ける自分を見て、ダメだと認めなければと思った。
自分はお金のために打っているのか?違う。お金が欲しいなら最初からパチスロなどやらなければ済むだけの話だ。
では、演出を楽しむために打っているのか?違う。もしそうなら最高レートの20スロにこだわる理由はない。2スロやゲーセンで済ませてしまえばいい。
パチスロから何か得たいものはあるのか?思い当たらない。ただ、お金をつぎ込み台を回してお金がなくなるのを待っているだけのように思う。
そう、何もない。パチスロに行って何も得られるものはない。それなのに行くのはおかしい。
そう認めなければ何も始まらないと思った。そして依存症であるなら、自分の努力だけで何とかなるとは思わないほうがいい。
というわけで、行政の保健所でパチスロ依存症の相談を受け付けていると知って早速連絡を取った。病院も自助グループもどこがいいのかわからないから、まずここから始めよう。そう思った。電話の向こうの他人に、自分がパチスロ依存だと思う、と告白するのはだいぶ勇気が必要だった。けれども、話したら何か憑き物が取れたような気がした。
面談はまだしばらく先だからそれまでは自分で頑張らなくちゃいけないけど、本当に自分がパチスロ依存だと認めるに至ったのだ。だから、これからは何かが違うと思いたい。