「課金の何が楽しいの? 課金総額400万円以上の保育士に話を聞いた」というブログを見ました。
人のお金の使い道をとやかくいうのもどうかと思いますし、ゲームへの課金以外の話にもなりますが
お金は有限、自分の満足を満たすために使い続けてはキリがありません。
深く入り込んだら抜け出せなくなります。酒、ギャンブル、異性等々いつ自分も沼に落ちるか分かりません。
100万、次は200万、次は・・欲望は果てしないです。
なのに「子供作らないの?」なんて質問すんなよーーーーーアーーーーーーーーめんどーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
本音は「いらないから作る予定ないっす☆」なのに、絶賛育児中のイキイキママの前で子供は私の人生に不要でーーすなんて言えるわけないよねーーーーーーーーーーーーーー
仕方なくアチャーみたいな顔しながら「欲しいんっすけど、なかなかね…てへへ」なんて心にもない事言って、「大丈夫そのうちできるよ〜♪あ、これ食べるといいよ〜♪」とか続く会話に白目で相槌打つストレス!!!!!!!!!!!
多分一部の人は「正直に言えばいいでしょ」って言うんだろうけど、それで1ミリも気分害さないと言えるのか???言えないよね???そもそも質問が悪い。
てか職場で子供の話NGにしてほしい。無理やり接待強制されてる時点でこれはハラスメント。ベビハラ?もーなんでもええわ。とにかく黙って仕事してくれ。
平成にく年いいにくの日だったのか。
本当に心の底から大好きな人がいて、でも好きすぎてその人のせいで落ち込んだり傷ついたりすることが物凄く多い。
今日はちょっと口論になった、冷たくされた気がする、あのときああ言えば良かったな………みたいな、本当悩みとか全部元を辿ればその人に帰結するってくらいその人で頭の中がいっぱいで。
でもその反面、目が合ったとか、誉めてくれたとか、肩がぶつかったとか、そんな些細すぎることでこれ以上ないってくらい幸せな気持ちにもなるし、それこそその人だけが生き甲斐だなって思う。
好きにならなければこんなに苦しい思いすることもなかったんだろうけど、好きになったおかげで毎日楽しいなって人生で初めて思えるし、なんなの?普通恋ってこんなに辛いものなの?
大人になったらもっと、幸せなとこだけ切り取ったみたいに、上手に人を好きになれるのかな。それとも好きな人くらいでこんなに気持ちが振り回されたりしなくなるのかなー。
俺の妻と同じこと言ってる。
「奥さん」て言ってる上司さんがいましたよ。学校の先生も「奥さん」て言ってたなぁ。
旦那って言ってる人もいるけれど。どうなんでしょー。みんな何て呼ばれててよばれたいんだろ。
ちょっと違うかもだけど、前にいた会社で新規に求人出したらその中に元ドワンゴ社員がいた。
自分はたまたまその時に採用人事に携わってて、上層部は「よく知られている(らしい)企業だし」「うちにもこういった人材が来るのは名誉なこと」みたいな話してたけど自分は経歴とか写真のいかにもオタク的な顔を見てこれは地雷じゃないかなとうすうす感じてた。
結局面接での態度があまりにも悪くて落とされたけど、元ドワンゴってこんななんだってその時思った。
好意的に解釈するとそういうちょっとやばめのやつだから退職してうちみたいな弱小の求人に応募するのかもとか思えるけど、それにしてもあまりにもアレだったのでちょっと。
ラブレターズの西岡中学校のネタってラーメンズの帝王閣ホテル応援歌のネタが下敷きになってるのね
アッシュアンドディの芸人がラーメンズのネタ知らないわけないもんね
別にパクリだーとかいうつもりはないんだけど(日の目を見てないものを引き上げてやるのはどんどんやるべきだと思うし)
今さらだけどあーここ繋がってたんだーってびっくりしちゃって。
キリがないループに入った、意識すればするほどその意識は強くなる。
あれでもないこれでもないとずっと永遠にループすることは可能だ。
それなら本当はあたりじゃないけど信じ込んで90歳まで生きて
信じ込みで本当は当たりじゃなかったけど結果オーライか。
もっといったら90歳まで生きてるか、4か。
経営陣オールチェンジぐらいの失態をしてるのに、なぜチェンジしないのか。
あの川上さんは一回退いてもらうしかない。リーダーシップが無い。
あと、悲しいなと思ったのは、
動画の画質とかっていう基本的な部分の改善は「出来ない」のだなと強く確信したこと。
このどうしようもない状況でバタつかせながら沈んでいく状態を見なきゃいけないっていうのが一番つらい。
もう画質や追い出しを何とかしてくれっていう意見なんて山ほど見てるはずなのに、
彼らがそれに着手できない状態に陥ってる状態なんて本当に悲しいです。
出来るのにしないなら腹ただしいけど、
出来なくてしないなら悲しいのです。
結論:
世の中には「スキルが低いのに新しいもの好きなエンジニア」というのが一定数いて、彼らがそのとき流行っている技術を使って場当たり的につくるプログラムは得てして最悪の代物となる。彼ら自身にも問題があると思うが、彼らに好き勝手に作らせるマネジメントの問題でもあると思う。
ニコニコ動画の新バージョンが批判に晒されているのを見て、おそらくドワンゴの現場には「スキルが低いのに新しいもの好きなエンジニア」がたくさんいて、彼らを野放しにした結果、保守性が悪く手を着けられないシステムになってしまったんじゃないかなと感じた。
ドワンゴはなぜか技術力があるとかエンジニアのレベルが高いとかいうイメージを持たれることがあるらしいが、実態としてはエンジニアの水準は低いと聞く。高スキルな少数のエンジニアと、そうでない大多数という感じで極端らしい。そういう現場で大多数のほうに好き勝手にやらせると大変なことになる。
それ以外はいったい何だろう。血と肉と骨
死ぬのはずっと先。
天国から神様のLong distance callがあったらその時に。
それまでは頑張って生きましょー😊
その時、その場、そこでの自分の立ち位置含めて正解を選べることが心地よいこともある。
それを繰り返して年をとれば渋い大人になれるだろうと思っていた。
当意即妙な返しができないと馬鹿にしたり、馬鹿にされるのは当たり前だなんて思ったこともある。
考えてたよ。ずれた答えしかできない人は下の階層の人間なんだろうなんてね。
完璧な人を求めていた。
でも完璧なことは少し視点を上げてみると不完全だったと気づくことがある。
完成度の高い人がいるとコミュニティとしては幼稚なことが多い。
例えば大きな会社なんかでは仕事において属人性を排除することことがよいと言われるように
健全な組織を維持したければ特定の人に組織を左右させてはいけないことが知られている。
人に頼ってそれを前提としていると周りも歪んでくるんだ。
純朴で未発達な人の集まり、田舎のコミュニティとかを改めて見ると新鮮に思うことがある。
退屈なほど似通ったものの集まりが、鈍く、濁った印象を持っていたものが、
さらに大きな集団の一部として見ると時に鋭く尖り、時に偏っていて、時にグロテスクなまでに鮮やかな印象を与えることもある。
洗練された組織に粗削りや愚鈍な要素を持った人や集団が放り込まれた時に意外に状況が面白くなったりして。
まだまだ未知は残っているんだね。