風評被害(ふうひょうひがい)とは、災害、事故及び不適切又は虚偽の報道などの結果、生産物の品質やサービスの低下を懸念して消費が減退し、本来は直接関係のないほかの業者・従事者までが損害を受けること。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E8%A9%95%E8%A2%AB%E5%AE%B3
今回は、(ゆるゆるの)暫定基準値を超えたわけだけど、これも風評被害になるの?
こういうのは有害というんじゃないの?
孔子様は言っておった
「地位が足りない地位が足りない」なんて心配をするのではなく
自分の地位に実力が足りてるか、つまり
「実力が足りない実力が足りない」という心配をすべきだと
「面白さ」でよいだろうけど
その道をずーっと行くと非モテタイムズみたいな惨めな嫌われ者になる
あの集団に面白い人は1人もいないだろ?
努力する方向間違えたんだ
センスも元々ないとは言え
俺結構ウェブに関わってきたんだよ人一倍ね
人気エントリーを中心にふわふわ
んで今年でもう17になってしまう
~
いや違う
せいぜい2ちゃんねるで例えばなんか痛い奴を演じてレスを集めるぐらいかな
なんていうか本物じゃない
本物の知じゃない
そんな俺でもある程度は反応がもらえるバカと暇人ばかりだからねここは
しかしなるべく多くの人にすげーって こいつはおもしれー奴だ 重要人物だって思われるような自分でありたいし
そういった評価が妥当であるためにそれに相当する事を為したいといったところ
~
>その道をずーっと行くと非モテタイムズみたいな惨めな嫌われ者になる
ああ、惨めで嫌われてたって見てもらえるなら
嘲笑の対象であれ気にかけてもらえるなら
ってことはなんだかんだで愛されてるってことになるんじゃないの?"関心"はあるんだから
そのためならとにかく何かをしでかしてやる
そういう発想をもった人間がやりやすいようにはなったよねウェブによって
しかし例えば嫌われるような|反社会的な何かでさえレベルっつうか話題性っつうかニュースバリューとか文学性とか
まあ気分は芸能人だな
ああところで知名度の威力はスゴイ
能力もありなおかつ知名度、、発言力という武器まで兼ね備えた彼らに誰が勝てる?俺TUEEEEEいい加減にして欲しい 何がアルファブロガーだ
あ~とにかく無能はいやだ何をほざこうと惨めで残念しかし有能なら少々アレなこといってても 「でも~だよ」|「こんな奴でも~」みたいな文脈が生成されるから面白そう
とりあえずこういう役はもうやめたい
性的に欲望されることが喜びでないのであれば、「欲望されないようにする」ことは容易だよね?
性的に魅力がない人を魅力あるように見せることよりも、魅力ある人を魅力ないように見せるほうがずっと簡単。
http://anond.hatelabo.jp/20110327205322
http://anond.hatelabo.jp/20110327231247
http://anond.hatelabo.jp/20110328212128
http://anond.hatelabo.jp/20110424231756
お勤めご苦労様です。
恋愛にいいも悪いもあるか!つう人もいるとは思うんだけど、その恋愛が終わった時に、「いい男(女)だったなあ」と思ったら、それはそれは幸せな恋愛だったんじゃあなかろうか、と思うわけです。
もちろん成就すればそりゃあもう最高でしょうよ。
集団疎開、心の痛み抱えて 残る住民、わだかまりも(3月27日)
佐々木センさん(87)は、避難所の出入り口付近で寝泊まりしていた。寒さに震える日々。「これ以上ここにいたら体がもたない」と疎開を決めた。それでも「生まれ育った土地と家を離れるのは正直つらいし、自分だけ行くのは申し訳ない。また戻りたい」。
午後0時50分、大槌町の県立大槌高校からもバスが出た。同町の理容師、小国加奈子さん(38)は、12歳と7歳の子どもと一緒にバスに乗り込んだ。「この町に残りたい、行きたくないというのが本音。でも、家も仕事も学校も何もない。母子家庭がこの状態の町に残るのはきつい」
一方、残る側も複雑な思いだ。「今の仲間を捨てて、旅館なんかに行けないよ」。300人を超える被災者が身を寄せる釜石市の避難所の責任者はつぶやいた。
旅館に移る人から「家に戻って(津波で流れ込んだ泥などを)掃除する際には、またこの避難所に泊めて下さい」とも言われたが、納得できないという。「我々を捨てて出て行って、都合のいいときだけ泊めてくれなんて」。この避難所から疎開した人はほとんどいなかった。
県の現場担当者は「気兼ねや不安から移動を言い出せない人が多い」とみる。「避難所の中には、自治組織が『出て行ったヤツは、戻ってこないでくれ』と明確にしているところもある」という。
http://anond.hatelabo.jp/20060926075118
初出はこれっぽい。
正確な条件、現象は下記。どっちかというとユーザ操作の問題で、これをバグとよぶのはかわいそうだ。
1. 日記を書く
2. 確認する
4. アクセス先にリファラとしてhttp://anond.hatelabo.jp/UserID/editが記録される
単にリンク元を記録しているだけならそこの管理者にしかばれないけど,はてなダイアリーみたいに公開されてると全員にばればれw
けれども私にできることは少ない。目下のところお金を送ることと、考えることしかない。お金は送った。けっこう懐が痛いほど送った。だから、あれこれ考えることを、どうか許してほしい。
考えているのは、こんなことだ。
「私たちは後の世代のために、M9.0に耐える準備をするべきなのか?」
今回の災害は1000年に一度、あるいは数百年に一度の規模だと言われる。おそらく私たちが生きているうちにもう一度遭遇するかしないかのレベルの災害だと思う。
私たちはおそらく、復興と言えるものを成し遂げることが「できてしまう」だろう。がれきを片付けて家や道路や鉄道を作り直す。それだけだ。みせかけの復興だ。けれども復興は復興だ。「やった。復興した。我々は自然災害に打ち勝ったのだ」と、そう言って災害のことを忘れてしまうことができるだろう。
私たちが天国に行ったあと、きっと津波がまた来るだろう。家や道路や鉄道が砕かれるだろう。原子力発電所から放射性物質が流れてくるだろう。大勢の人が亡くなるだろう。経済が止まり、職を失う人も大勢でるだろう。今回と同規模以上の悲惨なことが起きるだろう。
なんていうことだ。私たちが東京電力に吐いている言葉が、実はブーメランだったのだ。きっと私たちの身体を天国で切り裂くだろう。
残念なことだが、このままずるずると時計の針が進んでしまえば、きっとそうなると思う。それがいやなら、私たちはやり方を変えなくてはならない。
放射線の危険はいやというほどもう知ってしまった。だからすべての原子力発電所を閉鎖しなければならない。放射線の害からもう完全にさようなら、をしなければならない。安定した電力供給のため東西周波数の統一も必要だ。代替エネルギーの開発だって必要だ。安くて良い代わりのモノは今のところ存在しないが、それでも原子力とは手を切らなければいけない。
あの巨大な防波堤でも太刀打ちできなかったのだ。コンクリートで津波を防ぐのは無理と知ったのだ。もう海岸沿いの低地への居住は許されてはならない。
自治体の庁舎がつぶれることは、もうあってはならない。道路網も鉄道網も、より一層強い耐震強化が必要だ。
津波に砕かれた持ち家の住宅ローンを払いつづけなければならない人たちがいる。地震保険なしに住宅を建ててはいけない、という法律が必要だったのだ。ガソリンスタンドから油が消えた。非常時には一般車への給油を規制する、という法律が必要だったのだ。孤立した集落が問題になった。だから人の集まるところに必ず衛星携帯電話を置かなくてはならない、という法律が必要だったのだ。あの日、被災地も東京も通信が麻痺した。あの日のレベルに耐えるための準備が必要だったのだ。いくつもいくつもある。
それらすべての課題を克服しなければ、真の復興と呼べない。少なくとも私は、真の復興と呼びたくない。
だが、そのためには、私たちの財布からそれなりのお金を出さなければならない。金持ちから金をむしり取るだけでは済まないだろうし、薄く広い増税どころでは済む話でもなさそうだ。次の世代のことを思えば国債の発行は論外だ。厚く広い増税が必要だろう。電気料金が上がるだろう。物価が上がるだろう。当然の帰結として、生活は苦しくなるだろう。かなりの苦しいものになるだろう。リーマン・ショックがさざ波に見えるほどの不景気がやってくるだろう。
お金だけの闘いじゃない。強い政治家を育てなくてはならない。スキャンダルを狙うだけの野党も、ばら撒きしかできない与党も役にはたたないのだと、いやほど知ってしまったのだから。私たちは強い政治家が育つ文化を作らなくてはならない。もうスキャンダルに喜んではならない。ばら撒きにだまされてはならない。パフォーマンスに踊らされてはいけない。ウチの地域のために仕事をしてくれる、という人を選んではいけない。茶々を入れるだけのメディアを切り捨てなければいけない。私たちは、政治家の責任は我々の責任だという事実を受け入れなければならない。政治家の決断は我々の決断だという事実を受け入れなければならない。そうしなければ強い政治家は育たない。育てなければ、私たちは何も成し遂げられない。
残された放射性物質の管理のために、原子力技術者を育て続けなくてはならない。しかも、これから何十年、何百年と続けなくてはならない。消えゆく技術のエンジニアになるほど寂しい人生はない。けれども私たちは、若い優秀な人材を差し出しつづけなければならない。人身御供のように。
なによりも、生まれた街にもう住めないという苦しみを、被災地の(とりわけ海岸沿いの)人々に強いなければならない。
でも、後の世代がM9.0に耐えるためには仕方がない。
もちろん、すべてをやるべきかどうかは議論の余地があると思う。でも、それはまず私たちが
「私たちは後の世代のために、M9.0に耐える準備をするべきなのか?」
これに対して Yes あるいは No かを、決めなければならない。
Yes とも No ともつかぬまま進んではいけない。では、どうやって決めるか? 選挙だ。幸運なことに私たちは選挙というシステムを持っている。これしかない。今この手段を使わずにどうするというのか?
そして Yes が選ばれて欲しい、と強く願っている。それも、私たちにかなり辛い義務を強いる Yes であってほしいと思う。私は、真の復興のために人生を捧げたいのだ。
何故なのでしょう。
ちょっとやそっとの可愛さじゃあ効かずに
かろうじてでもテレビに出るようになったらマシなほうだけど
抜きん出る可愛さがあったとしても
それでもどうせすぐ飽きられる。
微妙なタレントやアイドルをずっと支えてくれるファンに一般人はいない。
成功…というのはつまり女優なんだろうか。
そんなの何人居るんだろう。
アイドルとして抜群に可愛くてもそこから足を置き換えるのに失敗して
ローカルテレビの変な番組に出たり廃業したりしてる人もうじゃうじゃいる。
かなり上手く行っても舞台女優。
可愛い女の子はチヤホヤされつつ可愛さ以外で生きてもいけるのに。
テンションを上げて忙しく生きていけることかな?