俺は病気して新卒で就職できなかったけど彼らからすれば恵まれた世代で甘えとか言われる
自分の経験値が無いことを何故か自慢気に、私は感じたことが無いから実は存在しないんでしょなんて語る姿は滑稽。逃げずに他人と人間関係を築くところから始めましょうね
虚しくならなければね。
ウチの娘は高校生なんだけど、兼ねてからの夢をまだ諦めてない。
大学に行かずに。
Youtuberとして生計を立てるためのスキルを本気で模索してるみたい。
娘の夢に水を差したりしたくない。
女性性を売り物にするな、なんて言えない。
いや、言っていいのか? 何もわからない。
男女不平等な苦しみを味わって欲しくないけど、男と同じようには価値を評価されない環境があって、そこで生きて行く以上は仕方ないんじゃないか、と思う。
でも、誰もが屈服してると男女不平等な理不尽さ・不幸さは固定されたままだし…。
でもでも女性たちの未来よりも、娘本人が望むやり方を優先してほしい。
私が親にそうされた時は本気でイヤだったのに。
まず立ち上がる
顔を洗う
部屋の中の散らかっているものを、心頭滅却してそれが何かとか考えずに部屋の中の一点に積み上げる
袋を持ってきていらないものを捨てつつ、分類していく
片付く
ナデナデしてやんなよ。
Wikiを見たら氷河期世代って2回あるんだね、自分の辛かった就活は2011年〜2012年(つまり11卒)だから第二世代にあたる気がする。
朧気な記憶と辛酸を舐めた感覚だけがトラウマ的に残っているから、忘れ去る前にだれかに知って欲しいと思って書き残す。
2011年はすでに「リクナビ 」「マイナビ」が発達していて、基本的に会社説明会はここからエントリーする形式だった。合同会社説明会も国際展示場で何度も開かれていて、そこに行って説明会を聞くか、エントリーして説明会のご案内がもらえればそこに行く形だった。
就活全体としては、説明会→ES→SPI/適正テスト→面接(グループディスカッション、一次面接、二次面接〜中略〜最終(五次)面接)→内々定のような流れ。説明会に行くのは必須。
何回も説明会に行って、何回も大学の支援センターでESで直してもらっても大体は書類で落ち続けているうちに、3月、3.11が起きた。
行こうとしていたNY行きの卒業旅行の3日前で、戸惑いながらキャンセルの連絡したら、向こうの代理店の日本人の方が、すごく丁寧かつ心配そうに良きに計らってくれて、問題なくキャンセルできて「あぁすごいことが起きたんだもんな」とぼんやりと思ったのを覚えている。
それからクソ暑い真夏もリクルートスーツを着続けた、暑くて辛くて惨めで、死にたくなったのを覚えている。同卒の学生は顔が良い人や、コミュ力の高い人から卒業前に内定を勝ち取っていったのを見ながら、自分に絶望しつつ頑張っていた。「お祈りメール」を読む日々のなかで、唯一お断りとともに自社製品を送ってくれたカゴメのことは今でも好きだ。戦略だとしても唯一優しくしてくれた企業だったので、喜んで掌の上で踊りたい。それくらい会社という社会からの拒絶感に病んでいっていた。内々定を3月にもらった友人が4月に内定取り消しを受けていた。内定取消し、圧迫面接、問題とされていたけど普通に起きていた時代だった。今みたいにSNSが発達していなかったから、個人で晒しあげる手段も空気もなく、不当だと感じつつ割と泣き寝入りしていた気がする。
就職したのは東京の小さなIT企業だった、25歳〜30歳の先輩はおらず、30歳以降の先輩は高卒しかいなくて、雰囲気が全然違って「なんだここは」と戸惑っていたのを覚えている。10卒の若干イケメンの先輩は明治卒だった。そんな時代だった。大田区の工場みたいな作業場で作ったものを、お客さんに届けるルートセールスを数年やった。客先からセクハラを受けて(手を舐められる、胸を突かれる、接待で連絡先を聞かれた後に帰宅時に付き合ってほしいとメールが来る)(今でも恨んでいるぞ中◯製◯)営業からはずしてもらったけど、セクハラもサービス残業(20-50h)も仕方ないよね、って時代だった。むしろ会社としては優しい方だったと思う。
会社が傾いてきて人員整理を始めたから波に乗って辞めた。半年アルバイトをしつつ就活した。運良くバイト先で社員登用されて希望の業界に転職できた。なんでかそこで人事を数年やったんだけど、12卒だけ圧倒的に「性格が良く仕事もできる子」が多くて、しみじみと氷河期を実感した。あの子達も時代が違えばもっと大手の待遇の良い会社に採用される人材だっただろうに…自分より不遇だな…となんだか時代の悲しさを思った。採用に関わった数年は、卒業年度によって応募してくる人達が全然変わることをすごく実感した。
こうやって書いてて思うけど、第一次氷河期の人たちの方がしんどそうだな、と思う。私達の頃は就活って大変なんでしょ?って認識があったし、就活自体過酷だったけど、悲惨さレベルが比較的マシ?なのかもしれない、母数も違うし。あと私みたいに20代のうちにキャリアを立て直せる可能性があった時代だった、私が25くらいから「第二新卒」って言葉で若手採用が行われて転職できるチャンスがあった。
ここ7-8年で「セクハラパワハラは悪!」「サービス残業なんてありえない!」「働き方改革!」「育休!」なんて風に怒涛のような労働のあり方が変わったよね。自分の世代が無理なく育休が取れ始めた世代なのかな。これでも今の新卒とは見える景色が全然違うんだろうな、私のときはこんな感じだった。良ければ他の世代の話も聞きたい。
実家帰った時、弟が彼女できたって見せてくれた。ホーム画面もその子だった
なんとなく言える気がして、自分にも彼女が出来たことを報告した。家族の誰にも言えてなかったけど。
姉に彼女が出来たってことを知っても弟は「おれも男の子かっこいーとか思うことあるし」って軽く返してくれた。
弟の彼女、見る目ある。すぐふざけるし、あんまりまじめじゃないけど、人のことを気遣えるいいやつなんだ。まだ高校生だし、心配なことはたくさんあるけど、なかよくしてね。
いや、ほんこれ
表裏だろ、とおもって、10年前に水道橋の西口にあったラーメン屋を思い出した。
辛いラーメンの上にでかい唐揚げが載ってて600円だったか。金がなかったから贅沢だったんだけど、仕事終わりに寄ってガツガツ食ったなー
金もあるし、胃腸も弱ってしまって、もう俺はあのラーメンをあのテンションで食べられないんだなぁと思って感傷的になった。
思い出させてくれてありがとう。