はてなキーワード: セクシュアリティとは
例えばこれに対するブコメもそう。
http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20110806200518
正直さ、はてな界隈で見られる「反性差別」は、昭和臭すぎて気持ち悪いんだよ。中国嫁日記の『嫁』に過剰反応とか、いつの時代だ。
「どうせオタクは処女厨でセックス目的で、メンヘラ女子なんかと仲良くなるのは「下心」があるからでしょ?オタクが性欲丸出しのオタコンテンツ見るのも、そういった性差別的視点があるから(笑)」
とか、馬鹿じゃねーの?頭湧いてるだろ。
「お前たちは自分では気づいていないのかもしれないが、思考の根底が差別的だから~云々」みたいな、どや顔シングルピース発言よく出来るよな!
事あるごとに、とある作品や、言葉遣いの中から、男尊女卑、家父長制、セクマイへの差別、ミソジニー・・・を見出して、批判する人たち・・・
でもな、『そういった発想』ができる事自体に、昭和の残滓を感じる。
昭和臭い。昭和。バブル。車でドライブして女の子ナンパしてセックスセックス!!なバブル臭!!!
なんで、男が女の子と仲良くするときはセックスしたい下心が当たり前で、もし隠しているとしても無意識はそうなってる、オタコンテンツを楽しむ際のオタクにしても同様、故にオタクは差別性を自覚して、反省すべき!猛省すべき!!自制すべき!!!なんですか??
いや、昭和の時代遅れ共が『自分の無意識』を『他人の無意識』に投影して「あいつらの正体見破った!!」なんて、ドヤ顔シングルピースしてるだけだろ?
昭和の時代遅れ共が持ってる『自分の無意識』が、『女の子と喋るときはセックスしたいの下心丸出し、ポルノはレイプもの大好き!!』なだけでしょ?
自分らがそういうゲスだから、逆に、ジェンダーとセクシュアリティをお勉強して、正義の味方になっちゃっただけでしょ?(笑)違います????
自分らがただのゲスでクズで、正義の味方のフリしてネットバトルで人権とポリティカル・コレクトネスを盾に、他人を罵倒するのが大大大大大大好きなゲロ以下のゴミだから、PC正しいのが大好きなんでしょ?
誰かに勝利したいのが本懐で、本当は差別とかどうでもいいんでしょ?
ねえ、そうでしょ?違いますかにゃ?違うかにゃ??にゃ~~?正しいですよにゃー
こいつら、絶対リアルの飲み会とかじゃ昭和のセクハラオヤジ丸出しのセクハラネタ言いまくってると思うわ。
んで、ネットじゃ正義ヅラして中国嫁の差別性が~とか言ってるの(←ありがちでしょこれw
匿名以外じゃ表に出さないが、女の子と仲良くしたい(いや男でもいいんだけど)のは単に甘えたいからだし、甘えたいのはセックスしたいからじゃなくて寂しいから。
陵辱ものエロゲ(触手が好き)をよくやるのは、女の子をレイプしたいからじゃなくて、アヘ顔ダブルピースの女の子の快感が気持ちよさそうで俺も体感したいから!!!(エネマグラ
こういう感情、わかります?わからない?わかんねーなら黙ってろよ、20世紀の規範に囚われたアホの正義の味方の啓蒙主義者共が。
いまだに通例行事のごとく男尊女卑、家父長制、セクマイ差別、ミソジニー・・・と唱えた所で、ここは2011年ですよ。わかりませんか。
お前らがテレビと紙で三次元のポルノを見ていた子供時代に、俺はモニタでポルノを見ていたわけ。初恋愛がネット上の時代なわけ。知り合い20人いれば1人は女装してるの。はてなのインテリ気取りがボーイズラブのゲイに対する差別性とまで語っていて爆笑したけど、BLは男も読んでるの。もはや感覚が何もかも違うの。
昭和共の『敵の無意識ほじくり返し戦法』で『どや顔シングルピース』が通用するのは『全く同じ思考体系を持ったお前の同世代』だけだろっての。古いわばーか。
そろそろお脳のアップデートをして下さりませんかね??
二次元のポルノ見て『どや顔シングルピース』で『やや、この作品の根底に流れる性差別性は・・・許せませんぞ~~~(どかーん!)』とか、笑ろてしまうからやめろや。
そこですね。「セクシュアリティはプライバシーの一部だから、プライバシーの一部として機能した場合は、表現の自由を規制できる」という論の立て方を一瞬考えたんです。
多分わいせつロジックを使ってセクシュアリティで表現の自由を規制したい人たちは、エロくない静謐な生活を守りたいという意味でプライバシーを守ろうとしているんだろう。
という風に見ているんだけど、もちろん子供の教育によい悪い、犯罪のきっかけになるならない、という要素もあるんだろうな。教育や防犯で表現の自由を規制するのはものすげー筋が悪すぎるけど。特に防犯なんか完全に国家の警察力の都合だ。
んっとねー、俺の考えていたのは、「わいせつであれば表現の自由は規制されてよい、なぜならわいせつとはこれこれこういうもので表現の自由より保障されるべきだ」という論を立てられないか、ということだった。
俺の見た論はことごとく「なぜならわいせつとはこれこれこういうもので表現の自由より保障されるべきだ」を説明しなかった。「そんなの当たり前じゃん」で済ませてきた。そのたびに俺は「それじゃ馬鹿じゃん」と思ってきた。
フィーリングとしてはそういいたくなる気持ちは(言語化できないレベルで)分からなくはないが、理論化できないと、立法のレベルではともかく、法学と司法のレベルでは駄目だろう、と。
セクシュアリティを思想・良心の自由にしていいのか迷うが、たとえ他者に働きかける類の能力であっても、それが外面化しない限り、やはり思想・良心の自由の発展系と言うべきか。ならそれでいいです。
プライバシーはねー、構造主義の立場からは「そんな私秘的領域なんてものは実存主義臭すぎる」と言えるのかも知れないけど、やっぱ今も古典的/積極的プライバシー論とか、まだ考えるに値すると思うのよね。
名誉毀損がプライバシーかというと、他人からの評判という概念も入ってくるから違うけど、そっちでも当たってみるか。
ありがとうね。少し頭の方向性が定まった。
別に論文を書くというわけでは全くないのだけど、プライバシー(自分の領域)とセクシュアリティ(性・性欲・性癖)の関係を描いた学術書って何かないですか。
表現の自由に関して、セクシュアリティでどうやって表現の自由を破ることができるかいろいろ考えていたんだけど、柳美里の『石に泳ぐ魚』裁判でプライバシーが表現の自由を破れることを思い出して、「あっ、しばしばいわれることだけど、セクシュアリティがプライバシーに含まれるとかだったら、セクシュアリティによって表現の自由を破ることも可能じゃね?」と今考えているところなのです。
ということで、「セクシュアリティがプライバシーに含まれる」ということを何か説明している学者や学術書を求めています。
何かバタイユとかレヴィナスとかフェミニズムとかがそういうの扱ってそうだけど、何かいいのないでしょうか。
ググっても上野千鶴子の説とその批判が出てきたり、ホモセクシュアリティの話が出てきたりして、クエリの投げ方がよくないんだろうな。
別におかしくないよ。
人間の性的欲求にはさまざまなバリエーションがあり、それは多様性なので。
[asexual.jp(T)] > [Aセクシャルについて]
http://www.asexual.jp/info.php
ここにセクシュアリティのバリエーションがいろいろと載っているが、
要するに「恋愛感情無し(あるいは薄い)ヘテロセクシュアル」なんでしょ。
マイノリティということにはなっているけれど、
こういう人はけっこういるよ。
っていうか、自分も3年前までそうだったもの。
「定常的に彼女がいてほしい」は今でもないし。
ただ、3年前に「特定の個人と恋愛」はしたので、
★ 電脳ポトラッチ: 「セックスしたい」は「好意」ではない。
http://noraneko.s70.xrea.com/mt/archives/2010/0517001413.php
http://b.hatena.ne.jp/entry/noraneko.s70.xrea.com/mt/archives/2010/0517001413.php
Naruhodius gender 2010/05/19
ttmet いじめられっ子が学校でDQNに、「お前ボコるとスッキリすんだよなー」といってストレス解消代わりに度々ボコられたり、「焼きそばパン買ってこいよ」と言われたり、執拗に構われてもそれは好意ではないって話だな。 2010/05/19
narwhal あとで読む, 心理 2010/05/19
basicchannel メタブ山脈, 麓にて ...。 2010/05/18
sige1 ジェンダー, コミュニケーション 欲情する≠好意である自分には大変しっくり来る話。/「人格を尊重」って聞くと途端に難しく感じてしまうが、要は相手の立場に沿った「気遣い」や「思いやり」を忘れなければいいのよねー……? 2010/05/18
sarabanda 非モテ, ジェンダー 「性欲」と「好意」が同義でないのと同じように、「恋人が欲しい」(=恋愛至上主義や恋愛圧力の中で「多数派」「一般人」「空気の読める人」として振舞いたい)は性欲とは異なるし、まして「好意」とは全く別物。 2010/05/17
AmanoJack gender, sexuality, 非モテ 相手が「異性か同性か」よりも「男か女か」のほうが大きい気がする/「セックスしたい」と1)男が男に言われる、2)男が女に言われる、3)女が男に言われる、4)女が女に言われる/2と3、1と4よりも1と3、2と4のほうが近い気が。 2010/05/17
PAGZIN 2010/05/17
godfrey 男女, 心理, 性 ごもっとも。性欲は好意ではない。ここから好きな人とはセックスしたくない、恋人になりたくない、という結論になる奴も。「片思いだけが恋なのだ」試験管での繁殖方法が一般的になれば性欲無くす薬も普及するかね。 2010/05/17
rAdio まあ、異性と接しないのが一番ではあるな。そのために、性別分離社会を実現しないといけない。あるいは人類ごと滅びるか。 2010/05/17
Paris713 蛇足部分が本当に蛇足であるがセックスのリスクはほぼ同感/しかし実際に「機能だけ」を求めてる男性ってそんなに多いかな?/性的対象としての評価をポジティブに受け取る女性=ヤリマンでもない。実際にするしないは別 2010/05/17
key_motar 書いた バイキン扱いは妊娠可能性への恐れ?/ 結局、性欲と愛情を抱き合せたいのかたくないのか。性欲に言い訳は必要か?/ 最近ようやくオナホが正しく生身は間違いという感覚を生得してきた。解放は近いか?http://j.mp/aOgdAk 2010/05/17
rinsenan 殺伐とした世界なんだなあ/ホントにおれは今日本に生きてるんだか心配になってくる 2010/05/17
hal9009 まぁ繋がってないとすればそもそも異性愛とか同性愛とか無意味な概念ということにはなるんだけどねw 2010/05/17
ohnosakiko 常に「セックスしたい=人権無視」ではないと思うが、女性の方がリスクが多い点には同意。女は男の性欲の中に直感的に支配欲を嗅ぎ取る。ただ女性の「人格を尊重してほしい」にはセフレは厭だという欲求もありそう。 2010/05/17
simplemind 「セクシーだね」は好意か侮辱かリスクか/性的魅力と人間的魅力は別。性的関心と人格への好意も別。両方求めるのが傲慢って事はないが、両方揃えないと侮辱って訳でもないと思う。 2010/05/17
minazuki6 2010/05/17
NATSU2007 セルクマ, ジェンダー, セックス, 男女, コミュニケーション ちょ、amazonの自動アフィが「スローセックス 男の持続力コントロール法」って…。これそんなエントリじゃない違うんだ(汗) 2010/05/17 29
ttmet とかく男は「好きじゃない人間との性行為は暴力にしかすぎず、性的目線は恐怖にしかすぎない」という過半数の女性にとっての認識らしいものが理解できない節があるんです。あまり怒らず諭してやってください。 2010/05/20
Naruhodius 2010/05/19
sige1 ジェンダー, コミュニケーション, 本文から外れる 「話すのも遊ぶのも男とのがいいけど、セックスしたいから彼女欲しい」って台詞を思い出した/異性を友達に出来るか?という話と何だか似てる/性の対象をフェティシズム的にしか認識できない事を開き直れるのは何故か 2010/05/19
sarabanda 非モテ, ジェンダー, メタブ 性欲や「男のプライド」が先行する女性観は唾棄すべきものであるが、「人格的尊重」という言葉がマチズモや男社会に都合よく解釈されるおそれはある。ある種の男がいう「女に対する真の優しさ」みたいなもの。 2010/05/19
key_motar id:hatesenID 伝統的日本文化においては、相手に権利主張をぶつけることこそ「人を人とも思わない」所業として忌まれる。クレームは義務の指摘という形でなされる。(山本七平) 2010/05/18
basicchannel メタブ山脈 ...。 2010/05/18
hatesenID もぐってひとりごと でも「じゃあ貴方の人格とはどんなもので、どう尊重してほしいの?」って訊くと沈黙したり「そんなのわからない、そっちが決めて、従うから!」とか、尊重のしようがないモノを押しつけてくる人も多かったり(経験上 2010/05/18
simplemind 女「性的対象に見られた→でも人として尊重されてない→体だけが目的→てことはああなってこうなって→傷つけられそうで危険だから怖い」/男「性的対象に見られた→オレに性的な魅力がある→わーい」 2010/05/18
ohnosakiko id:yotayotaahiru そこまで考えないんじゃないでしょうか(どっちかというと「他の人とセックスしないで」を含意していた。それも「複数とつきあいつつ人格を尊重できる」けど感情的には受け入れられないことが多いかと 2010/05/18
illiteracy-read 2010/05/18
AmanoJack "好意でなくても拒絶ではないから"いや、拒絶とも両立しうると思いますよ、多分。 2010/05/18
yotayotaahiru コミュニケーション, セックス, セクシュアリティ, ジェンダー id:ohnosakikoさん、"女性の「人格を尊重してほしい」にはセフレは厭だという欲求もありそう。"←恋愛とは別軸での「人格を尊重する」かつ性関係アリの友人関係もあると思うのですが、それはこの「セフレ」に含まれますか 2010/05/18
frivolousman 異常空間 なんじゃこりゃ「性的対象として見る」ことと「好意」「悪意」の境目は曖昧で不可分だろうに(つか関係性で明確な好意だけ求めるってどんだけ?)/中二腐女子と萌えオタの個室ビニールハウスが「はてな」なのねえ 2010/05/18
NATSU2007 メタブ, セルクマ 性的対象として扱われる事に嫌悪を示すと「お前に価値を見出してやったのに」とキレる男がいる。女が喜ぶべき"好意"(の一種)と思ってるのだろう。そんな人に限って「男はやりたいだけ」と言いたがるのは矛盾してるが 2010/05/17
rinsenan 社会, コミュニケーション もう十何年もセックスと無縁な生活を送ってると、セックスを介在したコミュニケーションをとってる人たちについて想像力が働かなくなっちゃったな/別世界かしら 2010/05/17
minazuki6 2010/05/17
hal9009 セックスしたいは「女が求める」好意ではないって話だよな。↓性犯罪はそういうカンチガイとは関係ないんじゃなかったっけ?w。まぁ個人的には残念ながら全く関係ないとは思ってないが 2010/05/17
godfrey メタブ 自分の好意が自分にとって一番信用ならないものの一つである理由は、この辺にありそうだなー、と思ったけど、それも今さらな話か。↑自分の要求を相手が求めてるものに勝手に変換するのは性犯罪者的思考、という話。 2010/05/17
rAdio Notice いつもの。でも、テンプレではなさげ。扉の向こうで何かが起こる! 2010/05/17
key_motar 不幸を競争することでしか、サバルタンの声は形成されないんじゃないかと。不幸競争が抑制されることにより主流派がもっとも利益を得る。主流派のおこぼれに庇護される(=別の抑圧に立脚)ことは尊重されるべきか。 2010/05/20
simplemind 引用元は「モテ/非モテ」の話で「女は恋愛強者」とか「不幸競争」は非モテ女性への抑圧になるので避けてる。このエントリは「男はセックス強者(加害者)/女はセックス弱者(被害者)」になってるのが微妙なところ 2010/05/19
basicchannel メタブ山脈 ...。 2010/05/18
hatesenID もぐってひとりごと やっぱ男女どちらにも云える事という気が。誰もがみな自意識という名の海で溺れてるのに、もがく手がたまたま近くの人にぶつかったのを「暴力を受けた!」「だから仕返しされても当然!」と延々言い合っているような 2010/05/18
Paris713 確かに"好意""悪意"の境目は曖昧。引用された記事から「悪意」は微塵も感じなかったが、この記事からは、悪意を感じた。少し決め付け過ぎではないか?という感想。 2010/05/18
illiteracy-read 2010/05/18
NATSU2007 メタブ id:frivolousman "好意""悪意"の境目は曖昧なのに"好意"と勘違いしてる男が多いので困るって話だが。恋愛関係で好意だけ求めちゃいけないってどんだけ悪意に満ちた恋愛をしてるんだか想像もつきませんな(笑) 2010/05/18
godfrey メタブ カンチガイ…というか、カンチガイと認識すら出来ず、正当化する心理状態がマズイって散々言われてたけどね。関係ない、と言ってたのが誰かは知らんけど。 2010/05/17
simplemind 「モノ扱い」されてるのに身勝手で暴力的な「要求」を受け入れちゃうのが恋愛の業であって、「そんな関係は嫌だ」と思うのは当然だけど、「リスク」云々で片付く話でもないような 2010/05/19
hatesenID コール返信 id:key_motar そうか、やはりそういう”文化”なのですね…orz/id:NATSU2007 片付けられたくないと仰っても(リスク云々を踏まえても)結局はそこに帰する話かと。過去に男女両方ともとおつきあいした経験からの印象>メタへ 2010/05/19
Paris713 「そういう女性は単にリスクを顧みずセックスしているだけの話」避妊とか防犯にも気を付けて、ちゃんとリスクを考えて主体的にセックスしてる女性もいますよ? 「リスク考えてないだけ」ってちょっと失礼では? 2010/05/19
basicchannel メタブ山脈, キャンプ地 ...。 2010/05/18
NATSU2007 メタブ id:Paris713どこがどう決め付けすぎなのか具体的に。悪意はありますよ。人間をモノ扱いしてそれが悪意だとも思ってない人には/id:hatesenID自意識の問題で片付けられたくないからリスク問題という切り口を提示したんだけど。 2010/05/18
simplemind DQNとのSEXが女性にとって危険なのもDQN回避に「人として尊重」を基準にするのもごもっとも。ただ女として最低限の要求とか書くと「お姫様願望」に見えるのかも。女は傷つき易いから大事に扱ってという「要求」と紙一重 2010/05/19
NATSU2007 メタブ id:Paris713「避妊や性病防止に非協力的かつ身勝手・暴力的なSEXをするDQN」とのSEXは自分1人でどうやったってリスクがつきまといますよ。SEXは2人でするものだから。リスクをリスクと考えない女性もいますがね。 2010/05/19
hatesenID コール返信 ですが。そして男性の暴力性は目に見えやすいし法で規制もできるぶん対処のしようもありますが、女性はとことん「話が通じない」場合も多いので、個人的には女性の方が正直いまだにちと怖いです……(汗 >メタ 2010/05/19
cham_a そういや昔は酷い目にあったと苦労自慢しつつDQN亭主をいかにコントロールして来たかを語り「今時の人は我慢が足らない」と説教したがる人っているなあ/コントロール出来ても相手が人間扱いしない点はまず変わらない 2010/05/20
simplemind 「人として尊重した恋愛前提の性欲=好意」と「性欲だけ=差別や暴力」の2つに分けたくなるのは分かる。でも本当は(理想は)「人として尊重」が前提なら色んな性関係があっていいってことじゃないのかな 2010/05/19
NATSU2007 メタブ id:hatesenID"女性は人をモノとして見ない"等と言ってないのですが。女性から受けるセクハラ・パワハラもありますよ当然。レイヤーが違うだけ/"女性はとことん「話が通じない"←私は貴方のこういう偏見の方が気になります 2010/05/19
Paris713 男は暴力的なSEXをするDQNしか存在しない訳ではないし、上手く選び分けたり、DQNすらコントロール出来る女性も居ますけどね。いずれにしろ「顧みずにしてるだけ」ではない女性も居ますよ。 2010/05/19
hatesenID コール返信 尤もこのあたりはとても簡単には語りきれることではないので機会がありましたらいずれ…今回はここらでご容赦ください/人をモノ扱いして悪意とも思ってない人間は女性にも沢山いる…という話になるのかも 2010/05/19
cham_a メタブ 性的欲望しか持ってない相手であっても最低限「断る事もある」意志を持った、体や感情が傷付く人間だと認める程度の「尊重」は出来るかと思うんだが/いわゆるDQNはそれをやらないやる意志がない 2010/05/20
simplemind ↓それには同意。でもね、ナツさんは今回「DQN男は怖い」って書いたわけだから「女も怖い」って返しは的外れな批判だと感じるだろうなとは思うよ。感想を書いちゃダメって事は全然ないんだけどね 2010/05/19
hatesenID もぐってひとりごと 女性に偏見なんて持ちたくないですよう私も女なんだし…ちゃんと"場合も"って云ってるのにな(汗/通じ無い割合・悪質さ・暴力性において男女とも差はないしレイヤーではなく速効・遅効の違いだと思うんだけどなー… 2010/05/19
cham_a メタブ 例えばバイブとして使った相手が「役に立たなかった時」その感情が傷つかないように振る舞うくらいはするとかその程度の/→そういう時ケーベツの目線で見られる事に耐えられるんだろか。「バイブでいい」人は 2010/05/20
PAGZIN リスク保有という選択をする人は外から見るとリスクを考えていないように見える、という問題。これが自己責任論とつながってしまうとセカンドレイプに…。 2010/05/19
Paris713 リスクを考えて対策を取りつつしてる=「顧みずにしてる」訳ではない、という事でリスクがないなんて言ってませんが?それが決めつけではありませんか? 2010/05/19
NATSU2007 id:Paris713"暴力的なSEXをするDQNしか存在しない訳ではない"当然。"上手く選び分け"してるならDQNとSEXしない人。"DQNすらコントロール"しようとしてもSEXが一方的な物でない以上完璧などない=リスクはある。何が言いたいのだか 2010/05/19
Paris713 多数の男性と主体的にセックスする人の中にも、避妊も相手の選定も注意深く行う人がいるというお話ですけど。DQNをコントロールは一例ですけどDQNだって教育次第でDQNじゃなくなる事もありますよ。 2010/05/19
NATSU2007 メタブ id:Paris713妊娠する体と力の弱さ。この絶対的リスクを抱えて「DQNをコントロールすればいい」と考えてるのなら結局リスクを顧みてないって事。SEXが共同作業である事も理解してない。その上での選択であるという事実。 2010/05/19
hatesenID そもそもなぜDQNという気質が生まれるのかにも目を向けて欲しいような…DQNってコトバは好きじゃないし非モテ等含めての問題だけど/リスクとは”自ら覚悟して負うもの”か”無理強いに押しつけられる”ものなのか… 2010/05/20
simplemind 交通整理 ナツさんは「リスクはどんな女性にも平等」という現実認識から「リスクを顧みてないだけ」と書いてる/Paris713さんの指摘は「その書き方だとある種の女性を倫理的に批判してるように読める」って事 2010/05/20
Paris713 確かにズレが。記事ではリスク対策している女性も「顧みないだけ」と決めつけているのか?と言う感想を持ちました。ナツさんが引用元に悪意を感じたように、私もナツさんの書き方に悪意を感じました。感じ方の違いで 2010/05/20
NATSU2007 メタブ id:Paris713話がズレてる。相手を選択してリスクの少ない男性(多数)とSEXするならリスクヘッジできてる。それを行わない人の話しかしてない。記事参照。/"教育"完了前のリスクは?成功しなかった場合のリスクは? 2010/05/19
hatesenID ブコメ感想 ああまさしく「通じない場合」が発生している…(苦笑) 2010/05/22
basicchannel メタブ山脈, 頂なのか!? 2010/05/22
imo758 何が起こっているのやら 2010/05/21
illiteracy-read 2010/05/21
Paris713 ?今回問題になってるのは「女性」では?まあそう感じたものは仕方ないですけどね。お好きなように感じて下さい。物事を決め付けるのは世界を狭くするので、私はあまりしたくないですが。 2010/05/20
NATSU2007 メタブ リスクよりもSEXや恋愛を優先する生き方もある。その事には価値判断してない。/id:Paris713私は貴方に悪意を感じる。私の事を"根拠なき男叩きをする酷い奴"と決め付けてますよね。その先入観では話が伝わらないのは当然。 2010/05/20
NATSU2007 メタブ id:hatesenID それは本記事のテーマじゃないので。貴方がそれを問題視するならその切り口で独自にエントリ立てればいいと思う。/でDQNを生んだ原因を特定したら、その原因を生んだ背景にも目を向けろ…と延々ループ。 2010/05/20
http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/Paris713/20100520%23bookmark-21674689
simplemind これが噂に聞く村長メソッドか。初めて見れてちょっと嬉しい(笑 2010/05/21
kanose トムとジェリー 「つーかわたしに絡んでも有名になれないと思うよ。わたしが有名じゃないから」というよくわからん決めつけを思い出した http://d.hatena.ne.jp/masudami/20091216/1260945962 2010/05/21
NATSU2007 メタブ id:Paris713 貴方も相当決めつけが激しい人だと思いますが。無自覚なんですね。それとも他人の"決めつけコメント"に便乗するのは"決めつけ"でも"悪意"でもないという自分ルールかな。→http://bit.ly/bZQCUu http://bit.ly/aZSKf3 2010/05/21
simplemind 「貴方の行動は把握してますよ」というリンクツッコミが村長メソッドかと思ってた/ちょっと軽くやったら本物が出てきたから「悪魔召喚みたいだな」と思った(笑) 2010/05/22
NATSU2007 メタブ, はてな村 「決め付けしている両者のうち片方の決め付けだけを論う」、「長々と口論している両者のうち片方だけを粘着認定」等の"決め付け行為"で揉め事を自分の好ましい状況に誘導するマッチポンプの事?<id:kanose=村長メソッド 2010/05/21
ttp://d.hatena.ne.jp/tenkyoin/20100306#p2
オタク文化が抑圧や言い訳の産物だっていう側面が、クールジャパン的な文脈では無視されがちなのがちょっと気になる。
アメリカってのはhentai dubbing(Google検索すれば出てきます)なんかをやるような国だ。向こうの変態ってのはなんちゃって変態じゃなくて、自己暗示なのか本物さんなのかは分からないけど、本音と建前を使い分けないガチばっかりだと思う。
日本のhentai表現の横溢さは、ピラミッドの上側の「本物さん」を支える、膨大な「言い訳層」「ルサンチマン層」「なんちゃってロリコン」「にわか」がいるおかげなんじゃないか、とも思うんだよね。
ダーガーは現実と虚構を区別しない人だったと思うし、アーティストのMr.って人も現実と虚構を区別しない人だったように見受けられる。
だけども日本のオタクってむしろ、宇野常寛がしばしば揶揄するように、本当はバイト先のお姉さんと付き合いたいけどフィクションに対してはロリコンを擬態する、みたいな人たちが一定層いるわけで、ただそれが、言い訳やルサンチマンの産物だからいかんのかというと、そうはいってもその半分だってやっぱりある種の嗜好だと思うし、そういう人たちが文化の市場を底上げしていると思うんだよね。
ともかく、アメリカにいると
1)個々人には本当のセクシュアリティがある
2)個々人は自分の本当のセクシュアリティを見出さなくてはならない
3)本当のセクシュアリティは一貫したものであり、キャラ売りや空気読みによって使い分けられてはならない
みたいなイデオロギーが強すぎて息苦しいね。 そしてさらには、
4)個々人は自分の『本当のセクシュアリティ』をエクスプリシットに自己主張しなくてはならない
という強制力まで働いたりするので、よけいに質が悪い。
『本当のセクシュアリティ』なんて定義できるわけねーだろ、半分はキャラ売りと空気読み、それか防衛機制だよ、って言いたくなるけどね。「本物さん」はいつの時代も少数派なんじゃないかなあ。と、思ってしまうのである。西洋人のセクシュアリティ論を読んだり聞いたりしていると。
読んでみて、一瞬、ちょっと自分に近いタイプの方なのかな、と思いましたけど、
どうも私よりも、かなり生理的にきてるらしいので、ちょっと違うかもしれませんね。
*
というか、私はそもそも男ですけれど。
どちらかというと、私は、そのほかの方が分析してらっしゃるような
「自己愛強すぎ」+「自己観察強すぎ」タイプかもしれません(たぶんだけど)。
で、まあ、キモメンでもなんでもなかったけれど、
<恋愛してしまう自分>なるものが意味不明というか、ワケワカランというか。
告白とかされても全部、断ってました。
別に、童貞であることに対するコンプレックスとかもなかったので「モテたい」というのは特になかったですれど、
まあ、「なぜ、ヒトは恋愛とか、そんなにしたいとか思うかな?全くワケがわからないとまではいわないけれど、いいって言われてもなぁ…困る。」
とかしか思ってませんでした。(今でも、けっこうそういう感覚は強い)
家族やら周囲からはいい年になっても、そういう噂の一つもなかったので、
それでも、いちおう、数年前に、
幾重もの意味で「この人だったらいいかな」と思える人に出会えて、つきあい始めたました。
…と思ったのも束の間、
相手が<恋愛>に求めるものと、こちらのテンションの低さがスレ違って結局わかれました。
つきあい始めた瞬間は、一時的に<恋愛している自分>を反省的に感じすぎることもなく大丈夫だったんですけどね…。
数ヶ月したら、もう無理で、「ユーはテンションが低すぎるヨ!」とのことで…
別に「恋愛している自分が、生理的に気持ち悪い」とまでは言わないけれど、
なんか、自分が、自分でないものの演技をしているような違和感がありまくりで。
<恋人>であることを前提にしたコミュニケーションとかとれませんもの。
友達の一種、以上の何かはむり。
そして、「そのコミュニケーションでオールOK」と口では言ってくれることがあったとしても、
実質的には「もうちょっと努力してくれないと、厳しい。寂しい」というのが先方にあったようで…。
どうも、難しい。
*
去年からまた別の人と付き合いはじめましたけれど、
やっぱ、まだ<恋愛>感が違いすぎるというか、
クリスマスイベントとか、バレンタインイベントとかにベタにはまってしまえる自己像は獲得できないので、またわかれるかも。
一応、いまの相手は、こっちが<恋愛>に求めるテンションがすごく低いことを理解してくれてはいます。
それは、まあ救いと言えば救い。
そうは言っても、「おつきあいをしている」ということの意味が、
相手にとってはすごく薄く感じられている雰囲気なので、
こちら側が、ある種の「努力」をしないと、長期的には難しめなのかな、と。
まあ、人間としては好きな人ではありますし、「努力」が不可能な範囲だとも思わないので
可能な範囲で努力はしてますけれど、努力をするためのインセンティヴは
「せっかく好いてくれている人に、ひどい傷つけ方とかをしたくないから」
という以上のものが無くてですね…。これはけっこう困りもの(主に自分が問題)…。
この状態で保ち続けられれば、このまま続くかもわかりませんが、
ちょっと今、自信がありません。
*
…なんか、元増田さんへの応答というか、ほとんど一方的に私の話ですけれど、
次に別れたら可能な限り独り身でいようかと思っております。
相手を傷つけるようなことさえしないで済むのであれば、独り身でいることにそれほど強い問題は感じていません。
まあ、自分もある種のセクシュアル・マイノリティだとは思っています。
同性愛でも幼児性愛でも非性愛でもないので、どういう名付け方がされるべきかは、ナゾですけれど。
一応、異性愛者として性行為をすること自体は嫌いではありませんし、できますから、
その意味では「ふつうに異性愛者」ですけれど、「ふつうの恋愛」はまず不可能ですね。
「むり」、としか言いようがないし、特に、そのことを病気だとも、問題だとも捉えていません。
平均的なセクシュアリティの方との折り合いがちょっと付きにくいだけで、
恋愛を強制するような文脈の、無神経な会話に混ぜられると、
イラっとすることは少なからずありますが、
ちょっと我慢すればいいだけのことなので、我慢をしています。
関係の濃い人には、
やんわりと自分のわけのわからないセクシュアリティをカミングアウトするようなことはしていますが、
そこまで周囲の拒否反応強くないですしね。
ただ、元増田さんと同じく思い起こしてみれば小学生ぐらいの頃まではけっこうオマセさんで、
元増田さんと決定的に違っているため、特に参考にならないのは、
もっとつまらない、本当に生理的なものです。
客観視したくてしているわけではなく、私ももっと感情に流されたりのめりこみたい。
と、まあ、こういうほどのことは無いのですよね。残念ながら。
自分で自分に異物感ぐらいまでは覚えるのですけれど、吐き気を催すようなことはないです。
「なんか、変だけど、そのうち慣れるかも」ぐらいの感じ。
慣れれば、慣れたで問題なくなる確率もけっこう高いですし、
付き合ってみて、多少は慣れてきたのも事実としてはあるので、
「単に、機会にめぐまれなかったのが、長引いてこじれただけの人」かもしれず、
自分でもよくわかりませんが、なるようになればいい、ぐらいの感じです。
うーん、まあ、参考になるかどうかわかりませんけれど、
単に人を好きになれない問題は、
「好きになるとか、それはそれで素晴らしいかもしれないけど、自分にはまあ、別に、どうでも…」
以上でも以下でもない、と思っている人間がいる、ということでご参考になれば。
あと、一つだけ、どうでもいいひっかかり方をしたのが、
という記述ですが、これはまたちょっと違うかも知れないと思いました
ラブプラスとかの盛り上がりにしてもそうですが、
「××ちゃんを好きだとか言ってしまう、自分ってどうよ?おれは、つきすすむぜ!(笑)」みたいなネタ感覚とが入り交じっているように思います。
人によっては、どちらかというと、後者の「ネタ」感の強さと「萌えの表明」が入りまじっているように感じられます。
もちろん、「ベタに二次元にのめり込んでいる人」もいるのだとは思いますが、
「××子を好きだと言ってしまうオレ」自体をネタにして楽しんでる感覚と表裏一体じゃなきゃ、あれだけ沢山カミングアウトはできないだろうな、と思います。
少なくとも「××子萌え」をカミングアウトしている人の大半は、そういう人かなぁ、と。
特にモテない人が自虐的にカミングアウトするのは、それはそれでけっこう楽しそうなコミュニケーションだと思いますし。
長くなりましたが、こんなところで。ご参考まで。
横だけど、実在のゲイと関連付けることを目的としてないから無罪、ていうのは本当にアリなのかな。
悪気がなかったら何してもいいってもんじゃないというのが社会通念じゃないっけ。
自分では知らなかったからそんなつもりはなかったけれど、差別的表現にあたることなんてたくさんあるだろ。
そしてそういうのは知った時点で配慮するっていうのが成熟した社会のあり方とされてるんじゃないっけ。
ゲイの人でBLを見て嫌な気持ちになる人がいるってのは充分理解できるよ。
ネタとして消費されてもびくともしないほど市民権を得ているものじゃなくて(異性愛はこっち)、もともと多数の偏見に晒されているものだからこそ、それもただの偏見の一種にしか見えないという面はあると思う。
そう見えるという自覚があるからこそBL愛好者はそれを「後ろめたいもの」として扱って世間の目から隠れてきたのではなかったか。
ちょっと考えてみる。
日々の生活の中で異性愛者は:
(あるいははてなにおいて戦線が拡大し収束不能になる過程の記録。)
悪いのは誰? - ある無人島漂流の物語 - タケルンバ卿日記
ま、これだけみんなが何かしら引っかかっているということは、それだけ良問ということなんだろうな。エクセレンツ。
@_temaki_ あ、そこか。あれは違うんだよ。話を聞いた女の子(研修した子)がそう言ってたんだよ。「感情論でおしたんだけど、ダメでしたー」って。俺が感情論って判断したわけじゃなす。
@Yoi ああ、あるでしょうね。実際、その研修時、論理的な回答をした男性に女性陣はd nbkだったそうですw
※dnbk=どんびき、らしい。
@yoppa0516 そうそう。俺もそう思ってたの。こういう喧々諤々できる設問がいいのにね。価値観がバラバラだから、思考実験にいいのに。なかなかおもしろいリアクションだと思った。これは新発見。
@Yoi 思考実験とはいえ、身に置き換えて考えやすいからこそ、痛みを伴うのかもしれませんね。想像上の世界とか、思考や論理ではなくて、自分の身に置き換えて考えやすいのかも。
@Yoi そうですね。共通の答えを導くプロセスの学習と、ほどほどの妥協の必要性とか。そういう社会性を身に着けるのに適しているかと思います。
@_temaki_ そうなんだけど、それを会社の研修という強制参加の場でどうよって反発はようわかる。わかるが、それは俺のせいじゃないw 第一、俺が講師か研修担当者なら、この論題選ばんよ。
@threelz つか、研修受けた人の話聞く限り、そういう研修なんよ。まとまらないことを学ぶ研修というか。あるいは強引にまとめることで、まとめたかに見えて、実はバラバラになる体験をしたりとか。
※以下流れを大づかみにつかむための説明文なので、詳細は本文を参照してくださいです。
論理的思考と説得の技術を試す機会だ、という考え方は『それはそれでひとつの考え方なのでしょう。』としながら
『女性の感情論を、ムリヤリ数の力と、論理で押し切ったようですな。』という卿の発言を批判。
会社の行った研修に対しても『低俗な心理テストもどき』として短く批判。
『「関係を迫った男が許せない」、「関係を持つことを条件に、船を直すだなんてヒドイ!」という極めて当たり前の道徳を、平気で「女性の感情論」と切って捨てることの出来る非道さを見るだけでも、このバカが如何に拙劣な人間性しか持ち合わせていないことは即座に理解できよう。』
「川を渡る女」の改編であると指摘。
『まあ、こういうしょうもないディスカッションって新人研修でやるところあるよな。俺が最初にこの業界で潜り込んだ会社でもやってた。正直アホらしかったがな。』
『ちなみに研修のときの回答は、「ただ、Lさんが金槌持ってSかBの後頭部ぶっ叩いて気絶させて有り金と船パクって渡っちまったら万事すべて解決するだけの話じゃね?」と。研修担当の産業カウンセラーから「あなたはめちゃくちゃ反社会的で歪んでる。」と言われたけどね。アホらしくて付き合う気にもなれない。』
『そもそもさ、このくだりもかなり偏見が入ってるわけで。元々、その女性たちの意見を「感情論」と片付ける発想と、「金出せばやらせてくれるからいーじゃねーか」というのを論理と考える発想ってさ。それこそ以前炎上した原因そのまんまの話なわけで』
価値観を問題にするのであれば一つの結論を出せるはずがないので、ディスカッションの意味がよくわからない、という批判。
卿のtwitterでの発言に対し批判に対し傍観者になるべきでないと批判。
(後に卿は該当の発言は仕事に対するものだったと弁明。)
id:takerunba これだけブコメがついて、誰一人、個人的な仕事についての発言という可能性を考えない件について。何でもかんでもブログのことについて発言してると思ったら大間違いあるよ。
このテーマでGDをセットした企業を『題材提示の時点で既に性差別が存在している』として批判。
『もし欧米の企業で同じ研修が行われたら、担当責任者の首が飛ぶ問題になりかねません』日本企業の性差別へのデリカシーのなさ等を批判。
「無人島」は「「川を渡る女」の『「性的な局面においてその人の大事にするものがわかる」という認識に基づく改変です』と指摘。
『その発想が新入社員研修において持ち出されることがセクシャルハラスメントでないなら、セクシャルハラスメントという概念が何であるかさっぱりわからない。』と批判
『そう。この設問は、それそのものが理不尽なんだろう。』としながら一連の流れが面白いという反応。
『この話では誰が悪いという結論はどうでもよくて、その過程の反応にこそ価値がある。』としている。
話の論点は『「答えの出ない理不尽な状況下に、個人とビジネスどちらを優先するか?」』にあるのではないかという考察。
GDの議題に対する個人的回答。
問題文を読み変え再設定することで上手く切り抜ける方法を提示。
その後、『こういった鬱展開に揺らがないためにはどうすればいいのか?』という問題に対し、独特の考え方が続く。
『そしてもちろん僕は僕自身の宗教を打ち立てる道を選んだ。大学一年の春のことである。』
『僕の宗教に神はなく、ただ僕と僕以外がいるのみである。世界に不幸があるのはつまるところ僕が世界を救わなかったからだ。』
twitterでのy_arimとのやり取り提示しながら卿の意図の推測と卿への批判。
『ビジネスの場、それも一企業の内部では、多くの場合で前提状況そのものを問うことは禁じられている。
いや、禁じられてなどいないかのようになってるけど、誰も歓迎はしない』として
この議題は差別的なジェンダー規範を内面化させものではないかのではないかとして批判。
『それにしてもid:takerunbaさんは少し叩かれすぎだと思います。』卿を条件付き擁護。
研修がアウトソーシングされそこで企業の日常業務では到底ありえないような行為が公然と行われるケースが多くあることを指摘。企業の研修が「聖域」となり、パワーハラスメントの場になってしまうケースが少なくないことを指摘。
卿は厄介な問題だという認識を欠いたまま首を突っ込んでしまったのかもしれないとコメント。
『あの課題の設定された目的(どの価値観を重視するかという話)とはかなり離れたところで、ふと哲学的な疑問が沸きました。選択の余地があるのと無いのと人間はどっちが幸せなんだろうという話。』
セクシュアリティにからまない別の設問を提示した上で、正答の無い問題を考えること自体は良いことなのではないか、という視点を提示。
※戦線が拡大しすぎてこれ以上追うのはむりぽ。
興味がある人は元エントリのはてブ>「このエントリを含むエントリ」で確認してください。現時点で32コある。
あとはキーワード無人島ではてブ検索とか。エントリについてるタグで飛ぶとか。
派生エントリにはトラバ売ってるけど元エントリにトラバ打ってないエントリも多い。
>id:Midas 面白そうなのでエントリ書いてここのブクマで告知してもらえればまとめに追記しますよ。
>id:matcho226 あまり考えてなかったので反省した。まとめエントリがほしかったけどなかったので書いてみた。
http://anond.hatelabo.jp/20081223010218
まとめると、前提として、「幼児性愛者と、幼児性愛行為による加害者は全く別物」というごく当然の常識を置いた上で、
a.合意形成した場合の、合意主体間の非対称性の問題と、
c.他のセクシュアリティよりも、性犯罪に至る実質的な危険性が高い
の問題の3つの要因から、ロリコンは他のセクシュアリティとは区別されるべきである。という話な。
性行為そのものに同性愛全般や、異性愛全般よりも、当事者間に非対称性が発生する可能性が高く、それが問題となりうる可能性が高い、というのはその通りだと思う。
ただまあ、ロリコン一般ってもけっこう含意がひろいからある程度、グラデーションなのよね、そこは。
性行為については「被害者」「加害者」のくっきりとした色分けが難しい場合があるからなぁ
a1.相手が性行為について十分な知識と判断能力を持ち、かつ行為を行った相手に対して一定以上の性的欲望を抱いていており、合意した子の場合。(これはOKではないか、と)
a2.相手が性行為について十分な知識と判断能力を持つが、行為を行った相手に対して合意をしていない相手の場合。(これは大人のレイプと同じ扱い)
a3.相手が性行為がどういうことであるのか、理解が中途半端な場合。(いちばん微妙)
a4.相手が性行為の意味を理解していない場合。ただし、被性行為に対して被害者感情を抱かず、実質的な被害(妊娠など)がまったく起こらない子の場合。(これも扱いが微妙)
a5.相手が性行為の意味を理解しておらず、かつ、被性行為に対して被害者感情を抱く、あるいは実質的な被害(妊娠など)が起こる子の場合(これはわかりやすくアウト)
現行の社会通念や、法律との衝突さえなければ、「a1」に関してはOKだと思うけどね。
「a3」「a4」はめんどくさいけど、まあ、グレーだから、黒ということにしたほうがラクなので、1と2の間で、白と黒の境界線を引くのがいいかなぁ。
「現行の法秩序に反する」からダメ、という議論については以下のような反論がありうる。
「現行の社会通念にはまったく反しない(むしろ推奨される)が、現行の法秩序には残念ながら反する」行為があった場合、それは法秩序のほうの変更が要請されると思われ。「法的にまずいから、まずいんだ」式の議論は、個人の利得を考えた上での行動基準としては妥当だと思う。だが、一般論としてそれを言ってしまうと、いかなる悪法もそれが法である以上、それに背く全ての議論がだめだと言うことになってしまうのできまずい。よって、「法に反するから」はそれ単体では責めを追うべき十分な理由とは言えない。
同様に「社会通念に反する」からダメという議論については以下のような反論がありうる。
現行の社会通念に反するとしても、様々なことを鑑みると、社会通念からするとよくないことになってしまうが、社会通念から外れた考え方をしたほうが、意外とみんながみんな幸せになれる解決法に近いもの、というのがある。よって、社会通念に反するから、ということだけでは十分な理由とは言えない。
ただ、もちろん。「十分な理由」ではないだけで、「一定程度、説得的な理由」だとは認められるべきではある。考慮されるべき指摘ではあるが、それで議論をすべて終了させてしまえるほどに強い理由ではない。
まあ、そのことを確認した上で
[a]で確認したグラデーションは、どうやって認定するのか、という問題がある。たとえば、
b1.年齢
b3.周囲の大人10名程度
b6.一般的な知能検定
などが考えられる。いずれか一つかの認定基準だけでは、不完全だと考えられる場合が多い。
(例えば、IQ160で性知識豊富な15歳の女の子が、1年以上悩む期間を与えられた上、あきらかな自発的合意の上で行為に至ったと認められる場合に、子の親が被害届けを出したとき)
現行は、「1:年齢」の基準が適用されているが、
あたりまえだが、年齢という基準だけでは、「a1」「a2」に類する事例も含んでしまうので、現在の法システムはかなり不完全ではある。なので、「ほんとにまずいロリコン」と「別に実質的にたいして問題がないと考えられるロリコン」とがかなりおおざっぱに放り込まれている。よって、「ロリコンは悪いのか」といったとき「ロリコン全般」の問題が迷路に迷い込んでしまう。「現行の法的基準上、問題になってしまう」ということではおそらく、議論が難しい。
わからん。
c1. じゅうぶんに妥当と認められる程度において小児への性的「犯罪」を犯した者の人数 ÷ 一定の小児性愛志向を有する者の全て
c2.じゅうぶんに妥当と認められる程度において同性愛への性的「犯罪」を犯した者の人数 ÷ 一定の同性愛志向を有する者の全て
c3.じゅうぶんに妥当と認められる程度において異性愛への性的「犯罪」を犯した者の人数 ÷ 一定の異性愛志向を有する者の全て
c4.じゅうぶんに妥当と認められる程度において両性愛への性的「犯罪」を犯した者の人数 ÷ 一定の両性愛志向を有する者の全て
c5....じゅうぶんに妥当と認められる程度においてその他の性的「犯罪」を犯した者の人数 ÷ 一定のその他の性的志向を有する者の全て
の割合を比べた場合に、c1が、c2,c3,c4,c5...と比べて有意に高いと言えるのかどうかを調査した研究があればそれに従う。
しかし、グーグル・スカラーでさらっと論文検索してみても、この問題をきちんと正面から調べてるっぽい研究みつからず。
確かに、理屈的に言えば、13歳以下のロリコンの人とかは、13歳以下と行為に直接に及ぶというのが最大の性欲求達成行動にはなる。
しかし、チャイルドポルノ、ロリコン向けエロマンガ等による代理的機能がどの程度でかいかも、わからず。結論:わからない。
よって、たぶん、現在までのところ、「ロリコンが異常で犯罪に及ぶ率が明らかに高いセクシュアリティである」は出ていないと思われる。
あるいは、たとえ、ロリコンが他のセクシュアリティよりも、多少危険だったとしても、
「酔っぱらって、レイプしちゃうオヤジ」とかの危険率を上回るかどうかとかいう議論に応じて、議論にはかなりグラデーションが出るはず。
ということで全体の結論:
改めて議論をまとめると次のようになる、
1.深刻な小児性愛者の一部が、他のセクシュアリティの持ち主よりも、当事者の合意を得ない性行為を行ってしまう可能性はある。だが、そうでない可能性ももちろんある。
2.現在の小児性愛者犯罪を認定する法的基準がじゅうぶんに妥当であるとは言えない可能性がある。
3.小児性愛者は、他のセクシュアリティの持ち主よりも危険であると推測される理由は存在するが、実証的に示しうる根拠はない。
つまり、
小児性愛者が、他のセクシュアリティの持ち主よりも危険である可能性はありうる。
だが、ほんとうに危険かどうかはさっぱりわからないので、それは可能性の議論にすぎない。
小児性愛者を犯罪予備軍として扱うのに十分妥当と言いうるだけの根拠はない。
よって、
小児性愛者を犯罪予備軍として扱うのは早計であるばかりでなく、セクシュアルマイノリティへの妥当ではない社会的差別や抑圧として働く可能性がある。
少なくとも現時点では、小児性愛者全般を、深刻な犯罪を犯す可能性が高い人々だと考えるのは積極的には認められるべきではない。
はあると思う。
ロリコンの人全体が非難されるべきではないけれども、
1.レイプやセクハラが防止されるべきなのと同じ理由で、その運動は妥当な運動である
2.しかも、レイプやセクハラよりも、被害を受ける側がより一方的に無力な被害者となりうる可能性は高い。
なので、レイプやセクハラよりも重点的に行われるに足る理由がある
しかし、
3.子供を性犯罪から守る運動が、小児性愛者を抑圧する形で展開された場合、それは過剰な社会的差別や抑圧として働く可能性がある。
子供を性犯罪から守る運動が、小児性愛者への攻撃として行われているのはなんともなぁ。
この記事では、ロリコン、ペドフィリア、小児性愛者といった用語をあまり厳密に区分して使っていません。すみません。
fromはてブ
「家庭内DVみたいなものとして、ロリコンが問題になりやすい」点も要考慮とのことです。
これは、統計とかで出してくるのが難しいからなぁ…
ただ、これも「ロリコンをセクシュアリティとして禁止すること」によって積極的に解決ができるタイプの問題というよりは、「非公共圏(親密圏)における暴力の解決」という枠組みで処理したほうがいいように思われる。セクシュアリティそのものを抑圧しても、問題が目に見えなくなるだけで被害は増えると思うので。
非公共的な空間における暴力発生メカニズムについては、最近まで積ん読して放置しておいた内藤朝雄の『いじめの社会理論:その生態学的秩序の生成と解体』は評判通りけっこうおもしろかった。でも、どういった介入が効果的か云々って話はむずかしいよなぁ。そこから先は専門家の領域になるんだろうなあ。ただ、「専門家」においても、ロリコンを、セクシュアルマイノリティとして認めるよりも先に、「犯罪者予備軍」的な先入観から入る人が多いから、なんかあんま会話にならない場合とか多いよね。この領域こそ、まさしくフーコー的な話の出番っつーか、いや、まあ専門でやってる人たちはおそらくそこのディスコミュニケーション状況とかにとっくにげんなりしたままはや数年とかっていうような世界なのだろうけれど。漏れも、知り合いの福祉関係の仕事やってる人にロリコン擁護的と受け取られる発言するたびに、白い目で見られるものなぁ。
あと、人に教えてもらったがこのページも問題提起的ですた
http://www7.plala.or.jp/vitamin/p/sub01.htm (昔懐かしの、トップページでいきなり音楽がながれるページなので要注意)
→続き的なエントリを書いたよ。
「ロリコン」の論点整理2
個人的には、社会の流動化、自由度の上昇が一定以上まで来れば、恋愛に対するバックラッシュが急激に増加する可能性があると読んでいるだけど、これも前に書いた通り昔から恋愛と戦争にはルールがない、と言われるほどマニュアル化とは縁のない行為を型に填めることが出来るかどうかは疑問というか、実際には無理でしょ。ジェンダー論やセクシュアリティ論が不毛な循環を繰り返しやすいのも同じ理由だよな。
ただ、こうした問題の焦点を「恋愛」という抽象的な概念ではなくて「交際」という具体的な行為に置き換えれば、少しはマニュアル化可能というか、教則っぽく「見せる」事は出来るんじゃないか、というのが最近の私が興味を抱いているテーマだ。つまり、恋愛と戦争が同質なのであれば、「戦闘マニュアル」が作れるのと同じ理屈で「交際マニュアル」が作れるんじゃないかと考えた次第。
実際のところ、恋愛マニュアルというか交際マニュアルというのはどの程度有効なのだろう。
非モテ向け恋愛指南で「初心者は素直にマニュアルに従っておけ。脱マニュアルは上級者がやること」という意見を見かけたが、
確かに一理あると思う。しかし、非モテや恋愛初心者が形式的にマニュアルどおりに行動しても失敗に終わる可能性が高いだろうし、
おたくが言うところの「一般人」が、「おたく」を気持ちわるく思う理由を考えてみた。
「おたく」の定義はおたく本人達によって常々論議されているが、ここではあくまでも一般人の視点からのステレオタイプ、いわばメディアの描くおたく像を差す。はてなダイアリー/キーワードの「オタク」における「4」の項目
4. 元々ロリコン漫画誌から発せられた造語の為、本来は(性的表現も含む)コアな漫画・アニメマニア(特に男性)を指す蔑称。
おたくの不快な点として、外見的な特徴の特殊さが良く上げられるが、必ずしも非ファッショナブル性が気持ち悪さに繋がらるとは限らない。ただし、非ファッショナブルであることは、自らの性的魅力をアピールする意志に欠けており、恋愛への消極さを暗示しているとも言える。
二次元コンプレックスは性的嗜好だ。性的嗜好は多かれ少なかれ誰しもが持っている傾向で、「胸が大きい」「背が高い」と言った、ちょっとした外見的な好みの類いから、一般的に異常な趣味と思われる変態性欲まで幅が広い。二次元コンプレックスは万人が簡単に理解し得る趣味ではないので、性的倒錯の一種と言えるだろう。
変態性欲や性的倒錯を自覚する者は、その趣味を公の場では隠す。それは日陰者としての卑屈な心理ではなく、時と場を選ぶことで社会的バランスを保っているのだ。しかし、おたくはその性的倒錯を体現しているような印象を受ける(それが故にKYと思われる傾向もある)。自分がどんなオカズでマスターベーションするのが好きなのか、「一般人」はそうそう公表しない。それに対し、おたくは陰湿どころか、自分のセクシュアリティに非常にオープンである。創作力のあるおたくは、自分の妄想/ズリネタを図案化し、「コミケ」や「ネット」など、誰もがアクセス可能な「公の場」で堂々と発表する。創作出来ないおたくは、ヌケる作品を購買し、嬉々として公表する。
この性的倒錯の革命的とも言える開けっぴろげさが、一般人を困惑させ、気持ち悪がらせるのでは無いか。おたくは現実の恋愛からドロップアウトしているのに、異常に性欲が強い生き物なのか、と。ヘテロセクシャルの人間が、同性愛者に対して差別感を抱くのは、(生物学的に)異常なセクシュアリティな部分をクローズアップして見てしまうからだろう。正常とは言えない二次元コンプレックスを堂々と晒す「おたく」は、「一般人」から見れば同性愛者同様「クィア」すなわち、「セクシュアル・マイノリティ」である。
「一般人」のおたく差別はホモ・フォビアと同じメンタリティーで行われているのではないか。
ちなみに「一般人」というレッテルは、「一般人」を差別化する側が作った認識で、「一般人」は自分たちが「一般人」であるという自覚は全く無い。
「自分は(本当に)三次元との恋愛に興味がない」とのオタク(非モテ)の主張に対し、「そのような態度は酸っぱい葡萄である」という宇野の批判。そしてオタク側の主張を支持し、宇野を否定する東。
・両者の主張の根拠
宇野「本当に恋愛に興味がない人間はわざわざ「自分がいかに恋愛に興味がないか」をブログ等に書かない。その行為こそが満たされない恋愛至上主義の発露である。二次元よりも三次元を好むなんてのは、本当に限られている。周りにもそういう奴がいっぱいいた。」
東「『酸っぱい葡萄』は存在しない、いるのなら実名で挙げてみろ、ほら挙げられないだろ。しかもそれはかなり古い主張である。現代を生きるオタク達はもはや三次元より二次元に萌えるようになった」
・オタクたち(というか東読者)の反応
「『酸っぱい葡萄』とか存在しねーしw。『酸っぱい葡萄』に陥ってる奴の名前も挙げれてねーしw。宇野は見えない敵が好きだなw。あずまんサイコー!!」
・「酸っぱい葡萄」の証明法
無理。うそ発見器にでもかけるしかない。
宇野は「酸っぱい葡萄」を証明できないし、やっぱり、東の勝ち?
いや、逆に考えてみよう。
無理。こちらもうそ発見器にでもかけるしかない。
どちらも「実はあのときは見栄張ってたけど??」などと、あとから認め、事後的な証明しに至ることしかかできない。なので、「『酸っぱい葡萄』は存在しない。現に君は『酸っぱい葡萄』に陥っている人の名前をここに挙げられない」と言う理屈で、『酸っぱい葡萄』の不在を指摘しても、それは意味を持たない。もちろんこれと同様に、「自分は本当に三次元との恋愛に興味がない」の不在を指摘することもできない。
三次元に興味がない人は一般的に考えてまだまだマイナーセクシュアリティであるし、異性にモテない、相手にされないからと言って「恋愛に興味がない」と主張するのは思春期によくある行動でもある。なので、普通の人からは「それって酸っぱい葡萄でしょ?」と言われてしまう。
それが本当に「酸っぱい葡萄」であるのか、それは「自分は『酸っぱい葡萄ではない』」と言っている側にしか分からない。
だから、宇野の「『酸っぱい葡萄』に陥っている人はいるだろうから、この問いかけはやめない。もちろん、そうでない人もいるとは思うけど、その場合はスルーすればいいし、該当しているな、と気づいた人は努力して改善して行けばいい。そして、そのときにそのような場が確立できるよう社会設計したい」という態度は健全である。
結論:どちらの立場も存在する。だがどちらもそもそも証明不可能であるので、「それは証明できない」からといってそれが間違っている、と結論付けるのは性急。
日本は中世か、というタイトルにしたのは、またもやあちこちで「魔女狩り」が始まりかけているからである。契機となったのは宮崎某による幼女殺人事件である。まずここで「おたく族」がやりだまにあげられた。「おたく族」とは少女マンガやアニメの総称である。年に何度か開かれるコミックマーケットのようなものに行って、先鋭化したマニア向けの同人誌などを買いあさる。情報交換などするときに「おたくの場合さあ・・・」といった口調でしゃべるので「おたく族」と呼ばれる。宮崎はこの「おたく族」だったのか、部屋の中に多数のアニメビデオや専門誌を置いていた。こうしたアニメやコミックの中ではロリコンものやパロディポルノに需要が多い。人気番組のキャラクターを使ってエッチなことをさせる。同人誌の多くははっきりと性器を描いた、完全なポルノである。ロリコンものにしても、現実の少女を使うとたいへんな事になるが、アニメやコミックですれば問題はさしあたって起こらない。そういう世界では、たとえば8歳の少女とセックスメカノイドとの激しいセックスが描かれていたりする。僕もそうしたコミック誌やアニメを見たが、これは確かに立つ。おたく族の青年が、もはや現実の女性にセクシュアリティを感じなくなる、というのも分かる気がする。ところで、おたく族を現実逃避だの男性性の欠如だの気味悪いだの小太り色白だのと陰口をたたくのは勝手である。そうした陰口は吐いた本人の品性の貧しさをあらわすだけで、実際に論陣を張れば、シャープで理知的なおたく族の前ではひとたまりも無いだろう。おたく族というのは実際、一本のアニメをより理解する為にフィリップ・k・ディックから南方熊楠までまで読んでしまうような、そういう人種だからである。ところがここに至って、宮崎某がおたく族であったという事実が、世のおたく族嫌いを有頂天にさせているようだ。「宮崎=おたく族」であっても、この場合逆もまた真なりとはならない。正しくは「宮崎=おたく族のうち一人」である。しかし、魔女狩りをする群集には理も否もありはしない。現実にあるロリコンアニメをつきつけては、どうだどうだと迫る。「おまえも、こんなことしてみたいといっつも思ってるんだろうが、えっ!?」
もちろん彼らはそう思っている。思って思って自分と戦った結果、道義的責任のないアニメの世界に安住場所を見つけたのである。
二次元の世界しか欲望の対象を持たない彼らは、およそこの現実の世界では一番犯罪を起こしにくい人種なのだ。嘘だと思うなら、この世の中からロリコンアニメをすべて撤収してしまうといい。その場合、幼女姦が増えるかを統計的に見れば分かるはずだ。その場合、幼女姦が増えたとして、その責任は誰がどうとるのか。同じことがホラーに対しても言える。宮崎の事件を契機にしてスプラッター・ホラーへの抑圧が始まっている。これはやはり宮崎の部屋に「ギニー・ピッグ」のシリーズが置いてあったことに端を発している。「ギニー・ピッグ」は僕自身は最初の一本目と、シリーズ中の「ピーターの悪魔の女医さん」というのを見た。ピーターの方は大笑いのブラックコメディ集である。一本目の方は監禁した女の子をなぶり殺しにする過程をビデオに収めた、という設定で、アメリカに実際ある「殺人ビデオ」の雰囲気を出そうと苦労している。スタッフは苦労しただろうが、見ているこっちはうそ寒くて鼻で笑うしかないような作品だ。
しかし、世の中で事件が起きると必ずこの手の反動が起きる。「ギニーピッグ」をかばうわけでも何でもないが、犯罪が起きるとマスコミはその犯罪の尻をどこかに持っていってつじつまを合わせたくなるようだ。知能犯罪が起きれば犯人の本棚からその手口のもととなった推理小説を探す。その結果、著者がコメントを求められて、「私の小説が動機となったのなら、残念なことだ」と述べたりする。
この場合「動機」は小説ではない。「金ほしさ」である。僕がもしこの作家の立場に立たされたらはっきりとこう反論する。
「犯人の反抗に対して私の作品が与えた因果関係を、誘導尋問によらず自白させてほしい。その上でそれが犯人の自分の犯行に対する他への責任転嫁ではという、なんらかの証明をしてほしい。加えて、犯人がもし私の作品に接していなければ犯行に至らなかったどうか。なぜ私の作品に接した多数の人間の中で、”犯人以外の”大多数は犯行に至らなかったのか。それを説明してほしい」
ロリコンものの場合も、一般のポルノの場合も、スプラッタホラーの場合も同じことである。何らかの表現行為に起因して犯罪が起こるというのは空論だ。すべての表現、たとえそれが芸術的に無価値な、便所の落書きのようなものであったとしても許容されなければならない。ただし、見たくない人は見ずにすむという「自由」の上においてだが。そういう意味ではスイッチを押せばどんな画像が出てくるか分からないテレビなどのメディアは、この条件を満たせない。しかし、映画やビデオや出版物はそうではない。パブリックなメディアとパーソナルなメディアを混同されては困る。その上に、異常者の犯罪と表現メディアを対にして考えては困る。そして、もっともっと困るのは、犯罪者とその家族をいっしょくたにして考えられることだろう。それこそ中世の「一連托生」の考え方なのだが、マスコミはそうした前近代的なことを平気でやってのける。今回の宮崎の事件にしても、僕は某誌の「誰も書かなかった真実」なるレポートをみて驚いた。
そこには宮崎のおじいさんの代にわたって家庭内のことが掘り起こしてあったのだ。おじいさんに愛人がいて夫婦仲が悪かっただの、お父さんの性格が「お調子物」だの、etc。そうした家庭環境が犯行の遠因になっていたかのような書き方だが、それはレポーターの大義名分に過ぎない。本質的にはこうした家人のことというのは「ご近所のヒソヒソ話」であって、オフィシャルに出されるものではない。犯罪者の家人だからこそさわってはいけない。殺された子供の親同様、この人たちもいやされようの犠牲者であるからだ。それをじいさんの女関係までさかのぼって掘り返すとはどういう神経なのかと思う。こんな事件のせいで、おたく族もホラーファンも犯人の親族も大迷惑をこうむってるわけだが、少なくともこうしたことだけは宮崎一人のせいではない。人間の中の魔女狩りの古い記憶、「はらい」や「みそぎ」の感覚、ならびに窃視願望がこうした見当違いの弾圧を起こさせるのだ。「時の勢い」というのは恐ろしいものだから一度はずみのついたこうした力は加速度持っていくことも考えられる。ホラーもアニメも誰かさんの総チェックを受けるようなことにになるかもしれない。
人間とはどうしてこう干渉や規制が好きな動物なのだろう。人の楽しみはほうっておけばいい。禁止しても放置しても、犯罪は起こるのだ。
概要はhttp://wiki.livedoor.jp/tasogare100/d/FrontPageで
とりあえずここから先は
「株式会社アーツビジョン代表取締役兼株式会社アイムエンタープライズ代表取締役にして日本芸能マネージメント事業者協会副理事長(除名済み)松田咲實(まつだ さくみ)氏が2007年4月4日、前年12月にオーディション受講者の16歳の少女に、面接合格をちらつかせわいせつな行為を行ったとされる容疑によって逮捕され、5月28日書類送検された。(※5月30日に引責辞任)」
を事実として扱う。これに付随した一連の枕営業疑惑は一ヶ月たった今でも確固とした情報源をもたない、あくまで「疑惑」として扱う。その是非も善悪の所在もここからは言及しない。2chやらで聞かれる噂や自称関係者によってもたらされた情報はどれほど真実味があっても、全て妄想の域を出ないものとして扱う。
5/28日にこの事件が騒がれてすぐに声オタ(女性声優ファンの男性オタク)が考えたのが、「もしやアーツ・アイム所属の声優は枕営業を行っているのか?」だったと思う。日を増すごとに狂乱じみた様子で追っかけて、ラジオ・ブログで言及があれば非難・罵倒しまくりで、お祭り騒ぎで枕投げオフなんてのもあった。
とにかく松田咲實逮捕の直後に声オタの多くは「16才少女に対する猥褻行為」に義憤するよりも、「所属声優の枕営業の有無」を心配したことは間違いないと思う。
この思考の流れはどこから来たのか?それは近代的マッチョイズムからだと思う。
現在、女性のセクシュアリティの変貌により「素人女」と「玄人女」の違いが希薄になりつつあるとフェミニスト研究家は声高に言っているけど、声オタが望んでいるのは間違いなく『「素人女」である女性声優』だったのだと思う。そこで一連の事件にまつわる疑惑が起こり、その希望が崩壊する危機を恐れたんじゃないか。
そもそも日本人は歴史的に見ると性と愛はそこまで密着していなかった。恋愛結婚なんてごく少数で、普通は社会的な立場を確保し、生活するために結婚(とそれに伴う性行為)をした。しかし近代化の中で欧米から「ロマンチックラブ」を輸入して、性行為は恋愛の果てに至るべきだという「性と愛が一致すること(ロマンチックラブよりいたる性交)」を望むようになり、「性と愛の分離(愛の介在しない性交。体を売る行為)は汚らわしいこと」であるという倫理観が生まれ、今なお根付いている。それも特に女性に対して男性が抑圧を行っていたというのが、風俗産業の発展をみれば明らかで、男は外で遊び、女は家で待つという思想である。それは女性自身も無自覚に守っていたルールだったのだが、女性の社会進出によって薄れつつあると言われているが、それはまた別の話。
元来オタクという人種の多くは「現実から趣味領域への逃避者」という起源を持つわけで、そんな中自分の大事な空間にまで都合の悪い現実が侵食することを猛烈に嫌う。つまりある意味、オタクは「嫌な現実」と「好ましい妄想」の境界が誰よりもしっかりできる。逆説的にオタクは現実から逃避しておきながら「嫌な現実」を十分に認識していると。嫌な現実というのは先ほど述べた男性中心的な倫理観に基づいて判断・選別しているわけで、オタクはその煽りを誰よりも受けているのだと思う。
つまり声オタは「好ましい妄想」領域に存在する声優(いわば2.5次元的な存在)が「嫌な現実」(性と愛の分離した存在)に転化することを思想的マッチョである故に認めたくなかった。。
ここでフェミニズムに偏った言説を披露する気はない。ただ事件直後に見られた「声優の○○は松田の肉便器でしたwww声オタ涙目www」「○○ちゃんを信じてたのに裏切られた!」みたいな下らんやり取りを見直して欲しい。「別に処女だと思ってたわけじゃないし。」なんていう発言も似たようなもんだと思う。要するに処女だと思い込むような「どどどどど童貞ちゃうわ」みたいな感じでしょう。一瞬でも無意識に枕営業についての嫌悪感を抱いた理由を自問してはどうだろうか。