はてなキーワード: ググレカスとは
パーソナライズド検索というらしい。グーグルで過去に検索した言葉や、検索結果からどのサイトをクリックしたかといった情報から、個々人に合った検索結果を表示しているのだとか。たとえシークレットモードを使ったとしても、ipアドレス等から割り出した位置情報が利用されて、地域ごとに異なる結果を表示しているようだ。
試しに広告プレビューツールを使って「港区」の検索結果を東京・名古屋・大阪で比べてみると
東京 | 約 362,000,000 件 (0.46 秒) |
名古屋 | 約 345,000,000 件 (0.44 秒) |
大阪 | 約 360,000,000 件 (0.51 秒) |
名古屋からネットに接続してグーグルで検索すると1,500万件も得られる結果が少ないことが分かる。つまり、ネットへアクセスする地域や過去のネットでの行動などによっては、いくらググっても我々が得られるであろうと想定する情報が得られない人がいる可能性があるということ。
余談だが、増田で検索結果の件数をアップしてる人いるけど、がんばれば「検索ワード」と「件数」から住んでいる場所が推測できそう。
いつもこの回答をする。
質問が漠然としていて、「~~がわからないんですけどどうなっているんですかねー」
って言う風に聞いてくる。
どうしてもはじめから、もしくは概要だけを答えることになってしまって、
回答すると
「それは~」っていつも言われる。
すげーイラっとする。
わからないところだけを聞けよ。
何様?
っていうかググレカスって言いたい。こういうやつほんと消えてほしい。
会社の机の引き出しに事あるごとに足打ち付けてガッタンガッタン騒音撒き散らしてたアイツ今頃どうしてるかな?
弟のまとめサイトの記事を海外現地で取材して作るって言ってたけど、ごめん、何言ってるかわかんなかったわ。
それより20日前に唐突に会社辞めるって言いだしたから引き継ぎのほうが心配で頭いっぱいだったんだ、ごめんな。
会社の歓迎会を「行く意味ありません」って当日言い出した50くらいのおばちゃん元気かな?
うん、なら話が持ち上がった時に断ろうね。
それに引き継ぎ工程表の4割も引き継げてないってことは残り6割を周りの人に分配してるわけだから、今後の為に親睦深めた方がよくないかな。
ビジネスだから淡々と調整するだけだけど、割り切れない部分もあるしさ。
WEB業界に数十年いてまさか中学生よりエクセル使えないとは思わないじゃない?
どこまで出来るか聞かないと仕事振れないから、私情抜きで話し合ってるだけなので泣かないでください。
責めてませんから。
俺が辞めた後にググレカス、マニュアルミロボケな内容の電話を頻繁にしてくるのも止めましょう。
いい加減にしろって言ったあと電話こなくなったけど、重要な業務用ソフトぶっ壊して1カ月で辞めたって聞いた時は悪いことしたなって思った、元会社に。
週末の書店。
プログラミングコーナーに行くと、いつもうんざりした気分になる。
何故ってこんなに入門書が溢れかえっているのに、何一つとして入門者向けの本が無いからだ。
日本の書籍小売の総本山、神保町は三省堂書店の棚の端から端まで見た所で、ビギナー向けの本などありはしない。
なぜなら、入門書を謳っている本のコードはほとんどが動かないコードだからだ。
入門書だと言うのに、ページを割くべきところに文章やイラストを割かない本が多すぎる。
例えばポインタ、コンストラクタ、インスタンス、カプセル化…それぞれの概念。
イラストの入門書だってそうだ。「入門」と書いてあるからといって、開いてみればデッサンや形のとり方を教える本などありはしない。
そう、日本の入門書とは「元々デキる人がリメディアルとして持っておく本」のことであり、「ビギナー向けのウェルカム本」ではないのである。
だからといって、誰もがpythonの専門家になる胎教を受けて産まれるわけではないし、誰もが10代で写真と見まごうスケッチを描けるわけではない。
では、その「デキる人」は誰に教わったのか?やはりデキる人たちや、海外の入門書を車座になって読んで学習したのである。
しかし、その「始祖・デキる人」がヒーローの時代とは、今とは複雑度合いも、求められるものも違う。
今は学生であっても、ある程度の高度な成果(ここでは、ネットで発表したものがネットニュースでバズった経験や、学会で評価された経験のこと)があって始めて企業の受験票でしかない。
なぜ入門者向けの本がないのか?
習うより慣れろ。仕事は見て盗め。教えられるのを待っているな。・・・
自分より出来ないやつに教えるのが大嫌いなのだ。(入門書の著者ですらそうなのだ!)
上にあるように、ある程度デキる人でないと、その手の会社には認められない。
だからといって、大学教育で手ほどきを受けられるわけではない。これもある程度デキる人向けなのだ。
では、書籍で自助努力を、となっても、文頭にあるように、入門書向けの本など無く。
では、デキる人はどこにいる?これもやはり雲の上の大学にしかいない・・・
今はネットがある?これも難しい。
知恵袋や、teratailであっても、初心者に与えられる答えは「ググレカス」のみ。
では、ネットにジャストな回答があるか?といえば・・・ない。基本的には公式リファレンスのコピーや、動かないコードしかない。
デキる人は、デキない人の気持がわからない。何がわからないのかわからない。
だからあいつらがわからないのは、あいつらが勉強不足だから、と考える。
わからないのは、あいつらの自己責任だ。だから初心者は嫌なんだ。となる。
適性を測っている、という見方もある。
しかし、適性というものは基本的にやらなければわからないもので、やる前の教育から放棄しているのは適性を測るというより、
日本人の初心者軽視、というか教育軽視は今に始まったことではない。
「失敗の本質」でもそれは指摘されている。ということは戦時から既に教育嫌いなのだ。
職場でもそう。教えられるのを待っているな、と言っておいて、いざ聞きに行けば「常識でわかるだろ」「ネットで調べて」「リファレンスマニュアル調べて」
学校でもそうだ。
授業の勉強も予習が前提。では授業ではより高度な話をするのか?しない。教師我流の演習である。
演習するだけならば、家や図書館で黒本や赤本を解いていたほうがマシじゃないか!
学校教育ですらこうだ。