はてなキーワード: マスターグレードとは
タイトルで言いたいこと大体書いちゃったんだけど。
新人研修の講師やってて、会社の新人に課題の回答聞くシチュエーションになったんだ。
その時、なんか魔が差したんだろうな。「ファイナルアンサー?」ってボケがのどまで出かかったんだよ。
声になる寸前で理性が動いて、「その回答で本当にいい?」って普通の質問ができて事なきを得たんだけど、息を吐くようにオヤジギャグをかまそうとした自分に思わずドキッとしてしまったのだ。
今年の新人って、21世紀生まれも混ざってるわけよ。そこに20世紀のバラエティ番組のネタを振ったとして失笑だったらまだいい方で、大半の子は意味が分からなくてポカーンと固まってしまうんじゃないだろうか?
繰り返しになるが、そんな想像力が働かないまま昔のボケをかまそうとした自分が、知らず知らずのうちにおっさん化していることに気づいた瞬間はマジで焦ったね。
本当にぎりぎりで踏みとどまれてよかった。自制心が効かずに本当に「ファイナルアンサー?」ってボケをかましてたら、会社の新人全員から正真正銘のマスターグレードパーフェクトおっさん認定されててアウトだっただろう。
おっかない、おっかない。これを教訓にこれから気を付けよう。
自分も画像以外の「解像度」を最初に聞いたのはガンプラ界隈の記事だったな。モデルグラフィックス関連、ガンダム・センチネルの単行本(30年以上前)で読んだかも。MS ERA(これも30年以上前)かも
40年近く前、模型雑誌でディテールをどう入れるのかという分脈で「解像度」という言葉が使われてて、俺はそこで知った
(このディテールは実物のなになにを元にして理にかなっているので間が寂しいからとりあえずつけましたより全然解像度が高い工作です、とか)
以下に2015年以前の使用例。模型というのはスケールモデルがそうであるようにまず「実物」があって、それを落とし込んで模型とする。その際にどのディテールを残すべきかという取捨選択を迫られる。解像度が低いカメラで撮った写真の細部が低密度に見えるように、模型でも情報量の多寡を「解像度」という。ガンプラはもとになる「実物」がないわけだが、だからこそ却って解像度が議論になりやすい。「1stガンダムの映像ではカメラの解像度が低かったから写ってないけど、実は解像度の高いカメラでザクを撮るとこういうディテールが入ってるんですよ」みたいな
until:2016-01-01 "解像度" ガンプラ OR プラモ OR プラモデル - Twitter検索 / Twitter
「こいつ!装甲の隙間を狙ってんのか!」
このカットちょっと微妙で、グシオンのアニメ稿では前腕には「隙間」がないのだけど、解像度を上げたプラモデルではちょうどここにパネルラインがある。なので「開眼して継ぎ目のないところまで斬れるようになった」のか
ガルパンを何回も観に行く人は、1回映画我慢してタミヤの戦車プラモ組んで(色塗りは無しでもいい)、それからまた映画館に行ってみるのオススメ。戦車の解像度が上がって見えると思う。
ガンプラEXPOに展示されてた作品は毎度凄いなぁと思う一方でこのくらいサイズを大きくして情報量増やして解像度あげないとコンテスト的にはダメなんだなぁと少し肩を落とす そんな中ですーぱーギャン子は異彩放ってたw
「エッジを出して!」「ディティールの密度を上げて!」と解像度高くする方向のガンプラ制作が主流のように思えるけど、少しだらしなくも見えるMIAの作風も実は嫌いじゃないです。
戦闘機なんかのスケール物も作ってたけど、ガンプラを筆頭とした架空兵器の方が設定や自分なりの解釈をいかに落とし込むか、20m弱あるものとしていかに解像度を上げるかって作業が楽しいんだよね
ガンプラとかのデカールとかもむやみやたらに貼るよりキットの「解像度」をイメージするようになったなあ。1/144スケールならおそらくクレーンで作業する人が読むであろうコーションに限定して貼るようにしてる。所属章は宇宙で母艦から見るサイズの奴、とか。
ウチのレオパルド、ちまちまと解像度上げる作業をしております。
プラモデル臭さを無くすのを念頭に、形状変更やディテールの追加ってところですかね(⌒‐⌒)
悩みながらなのでなかなか進まない(^-^;
希望したK0の1/12化はコレジャナイ…プラモ好きからしたら残念解像度。でもこれ手にして物足らない人がバイクプラモに触れるきっかけになればいいな。 → 1/12完成品バイクシリーズ「Honda CB750FOUR」発売
解像度が凄いです!
せっかくここまで来たので
と質問をしてきました
「センス」
「技術」
「オラザク」
「読者投稿」
がキーワードでした
ほんと年々プラモデルキットの解像度が上がって、さくっと作るのが難しくなってきてしまっている。輸入キット作ったあと、タミヤのキット組むとこんなパーツ少なくて大丈夫?!って思うけど、精密感はそんなに変わらない不思議。
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追記:ガンダム・センチネル別冊をザッと読み返したみたけど「情報量」「正解」という言及の仕方にとどまっていた
腕です。上腕のコブに有る平面は、スラスター(?)の様な解釈になりました。露骨にノズルを追加するのでは無く、普段は閉じていて、遠目には平面にも見えるのかな?なんてカンジでしょうか。設定画を否定する程にはイジらない、奥ゆかしさが良いですね。(解像度を上げるってヤツですか?)
具体的な情報をできるかぎり少なくして、そのかわりに鉄道模型、庭園鉄道の楽しさを抽出しよう、という気持ちがそもそもありました。模型や工作を続ける動機がそこにあると思いますし、また、そういった形のないものは、専門誌などの技術的資料には表れないものだからです。『ミニチュア庭園鉄道』の本を作るときにも、写真を小さくして、そういった具体的な情報の解像度を落としました。本HPでも、このポリシィが基本にあります。
昨年で発売25周年を迎えたが最近、「ガンプラ」に対する市場ニーズが明らかに変化してきていると川口さんは語る。
「昔はTVのブラウン管を通して見た“解像度の低い”ガンダムをガンプラで、いかに精密に表現できるかというのがガンプラの楽しみ方のメインストリームでしたが、最近は『キャラクターグッズの1アイテム』としてガンプラを購入される方が確実に増えてきています。
浪費癖は、ローマ皇帝カリギュラを筆頭に歴史を掘ればザクザク出て来る悪癖ではあるもののだよ。
溶かし尽くす感じではない。
で、絶対的な基準としての「浪費」ってのはすんごく少ないと思うのよ。
イーロン・マスクが使う適正な交通費と、栃木の一般的な男子中学生の使う適正な交通費は違うよな。
でも、中学生でもプロ選手がハイヤー雇って会場まで移動したって、浪費とは言うまい。
「その財政で」「オマエの立場で」「それは浪費だ」という3段オチのハズ。
で、そっから考えると、浪費家を見分けるのにサイゼリヤに行こうってのは、まずワードが悪い。
サイゼリヤが浪費って視点がまず無い。外食とかなんという浪費!みたいな。
5000円のランチだけどこりゃトンデモなくお得だ!みたいなフレンチもあるわけで。
だからこれは「価値観が合うか見分けるのにサイゼリヤに行く」じゃなきゃイカンわけだ。
そうすると、「ん?サイゼリヤがオレの価値観なの?」みたいな疑問がでてくるだろ。
マクドナルドがスンゲー好きなのに、相手がポテトを親の敵みたいに憎んでたら、
そりゃちょっと話し合いが必要な気がする。お互い歩み寄ろう的な。
奢るだのワリカンだのデートの行き先は一緒に決めるだの相手を試すだのとは全く別次元で、
まず大前提として「金銭面の価値観が合うかどうか知りたい」という欲求があるのであれば、
それは「相手が浪費家かどうか確認する」とは違うもんだよな、という話。
二郎ラーメン連れてくんでもゴア映画観るんでも夏フェス行くんでもオンナジだと思うわけよ。
なんじ試すことなかれという話でもない。
オノレの価値観と、カレシカノジョの価値観、果たして近いだろうか遠いだろうか。
そういう話じゃないのかい?というな。
鼻息荒くBlu-ray BOXを買う算段たててるなら、まずソレを相手に聞くところじゃないのかい?という。
良いんだよマスターグレードのΖガンダム積んだって。捨てられたくないだろソレ。
Nintendo switch買うんだって、人によっちゃずいぶんな浪費に見えるわけで。
「オレには無駄遣いに見えるカネの使い方が無いかチェックしたい」って
ずいぶんと高いところから身勝手な査定すすめてんなって思われるから炎上したんだと思うワケよ。
価値観の違いを「相手の金遣い」だけ確認して「ヨシヨシ慎ましやか」とか考えてると
「貴方のそのNゲージって、いっぱい買ってて浪費よね?」って言われて面食らったりするのよ。
「オレの金遣い的にカノジョとのデートでメシを食うのはサイゼリヤだけど、どう?」って主張に見えると
浪費家かどうかとは全く無関係に、自らのスタンスを相手に投げかけているように見えると思うなあ。