はてなキーワード: けもフレとは
突然ですが、けものフレンズのアニメから外れる事になりました。ざっくりカドカワさん方面よりのお達しみたいです。すみません、僕もとても残念です
— たつき/irodori (@irodori7) 2017年9月25日
けものフレンズをだしにしているようで悪いんだけど、降板の話を聞いて
これについては議論すべき点がいくつかあるだろうがそれについては割愛。
今回問題にしたいのはこの後、KADOKAWAが過程を支配しようとしたらどうなるかと言うことである。
大塚の言葉は角川歴彦(KADOKAWAの一番偉い人)が生み出したメディアミックスを説明する中で
と言う。
さらに上記に書いたKADOKAWAが描く未来が現実になると作者という特権、存在自体が消え失せ、(一次、二次創作含めた)コンテンツ全てをKADOKAWAが管理するようになるとも言う。
今回の降板はこのコンテンツ全てをKADOKAWAが支配したいと言う意思が具現化したものではないだろうか。
インタビューによればアニメ版けものフレンズはそのほとんどをたつき監督が制作し、「たつき監督ありがとう」などファンの声でもたつき監督という存在は大きい。
しかしこうした感謝の気持ちはたつき監督と言う存在を特権化してしまい、KADOKAWAが考えるインフラの形成を阻害してしまう。
(結果的とはいえ)作者という特権的存在を抹消することを望むKADOKAWAにとって、たつき監督はインフラの外へ排除すべき存在だったのではないだろうか。
トレンドにカドカワ?って思ったらそういう事…
関係者が並列に多過ぎて、代表して事情を説明出来る大人が居ない予感。それにしても一体誰にどんな得があるのか?いちクリエイターとしても気になるところ。更なるビジネススケールを狙った「個」から「組織」への進化だとするとその副作用は大きいね…
— 志倉千代丸 (@chiyomaru5pb) 2017年9月25日
クリエイターにとって「利益」vs「自身の創造性」というせめぎ合いは昔から存在するモノだった。
しかし、今回の大塚が指摘したような「コンテンツの流れ」vs「作者としてのおのれと言う存在」にも目を向けなければ副作用を解決することはできないだろう。
何も無いところから、けもフレを作りだす才能はたつき監督でなければ無理だった。
適当に、桜美 かつし監督辺りに 同じテイストで作ってと頼めば、同じようなものが出来上がる。
…とカドカワは考えた。
たつき監督が続投したとしても2期が1期のフィーバーを上回ることは不可能だろう。
そしていつものように手のひらを返され「考えてみれば1期も大したことなかった」と評価されてしまう未来は確定していた。
しかしこれで2期以降が失敗したとしても「もしたつきが続投していれば・・・」という理由が用意され、けものフレンズは真に伝説のアニメとして後世に名を残せることになるのだ。
どんべえの例のページでギンギツネの学名が Vulpes vulpes てなってて
http://www.donbei.jp/kemono-friends/
あれ?と思って
けもフレ図鑑の方見たら Vulpes vulpes fulvus
http://kemono-friends.jp/zoo/page/2/
fulvus は茶褐色とか言う意味だし、これって Vulpes vulpes のシノニムだよね?
そもそもギンギツネはアカギツネの黒色化型だから亜種にもならないよね?
なのにギンギツネをことさら Vulpes vulpes fulvus とする理由は何?Wikipedia にも ギンギツネ(Vulpes vulpes fulvus)てあるけど別にこれってどいういうこと?
ギンギツネは亜種なの?どんべえのページとけもフレ図鑑やWikipedia 分類学上別の立場なの?亜種だとしても fulvus は普通ギンじゃなくて、アカかキイロにならない?
ジャニーズとか目当てに来てる一般人に奇異の目で見られるだけ。
それで得するのはテレビ局だけ。