はてなキーワード: てっぺんとは
月刊『致知』の2005年12月号に掲載されたいた「縁を生かす」をいうある先生と生徒のお話がある。
ネット上に全文が掲載されている。
↓
http://www.chichi.co.jp/enwoikasu.html
※これも教わった話とあるので本当の大元はわかりませんけどね…。
これが『致知』に掲載されたのが2005年11月頃、どのタイミングでwebにアップされたかは不明ではあるが、ここからブログ・facebookへ転載され、多くの人の目に触れている。
自分が確認できた限り、ブログで一番初めに掲載したのは、有限会社てっぺんの大島啓介さんのブログ
↓
http://ameblo.jp/k-teppen/entry-10388082855.html
本来の「縁を生かす」ではなく、「招待状」というタイトルに変更されている。
そして、クリスマスの午後に関するエピソードがごっそりなくなっている。
私が初めて目にしたのもこのバージョンであった。大島さんのブログではなく、2chのまとめ記事ではあったが。
そして、今、facebookへとまたまた転載され、多くの人に感動を与えている。
今回、転載したのは、どっかの会社の取締役らしいですが、先の社長も含め“引用元を記載する”ことができないんですかね?
今現在、作:facebookの転載者となって多くの人のブログへと再び転載されている。
この転載者さん、現時点で6000を超えるシェアを集め、多くの友達を集めていますが、どのくらいの人が“転載”されたものであることに気づいているのかな?
人より言葉やパンクチュエーションを無駄に(というのもそこには大した美学や整合性もないから)気にするたちであるとは自覚している。
「死」という言葉の重さ云々と今更ここで滔々と述べても誰の為にもならないと思うのでそこは省略するが, です。
「死ねばいい」という言葉は彼女達にとってきっとジャングルジムのてっぺんの様な誇らしいものなのであろう。
最初は「嫌い」「気持ち悪い」という言葉だったのがどんどん高いところへ憧れていき
「死ねばいい」と飛び降りる瞬間その言葉の持つ危うさ,スリルを楽しんでいるのだろうか。
死ぬという言葉を否定しているわけではない。例えば「 」に描かれる死はまさに的確に人の死への恐怖や好奇心を描写していると思うし,その他私たちにとって乗り越えられない(そして乗り越えられないことが好ましいであろう)死について興味深い考察を残した作品は沢山ある
http://anond.hatelabo.jp/20110925204621 のブコメを見てたら、女性版も欲しいという声があったので考えてみる。
まずは鏡を買う。
次に美容院に行く。
・大きくてスタッフが多い
・トリートメントに力を入れている
・ネイルメニューがある
このへんを満たしていればまず外れはないでしょう。小さなお店は当たり外れがあるので初心者には危険です。
予約の電話をする時に、髪型の相談をしたい旨伝えるのを忘れずに。
美容院では、女らしく大人っぽい髪型にしたいと伝えましょう。個性的な流行りの最先端のお洒落なヘアーは駄目です。ロングかセミロングで。
癖毛の場合は無理に生かそうとせず、縮毛矯正しちゃうといいと思うな。お金はかかるけど、印象は劇的に変わるので必要経費だと思って割り切りましょう。
髪をブローしてのばしたり、くるくる巻く技術がない事も正直に伝えましょう。
手間いらずな髪型にしてくれるし、簡単な事なら美容師さんが教えてくれます。美容師さんは綺麗になりたい女性には親切なので怖がらないで!
眉カットもお願いしちゃうと良いでしょう。眉が変わると女は変わります。
段々書くのが面倒になってきました。
お化粧は参考書が必要です。雑誌のメイクページよりも「初めてのお化粧」「メイクの基本」的なムック本が丁寧に書かれていていいかと思います。
スキンケア用品は安くていいものを揃えたいので、基本はちふれで揃えましょう。
化粧水、美容液、乳液、洗顔フォーム、化粧落とし。全てちふれで十分です。
ここまで書いたら眠くなりました。
実際的なメイクの話とファッションの話は後日、時間を見つけて書きます。
おやすみなさい。
書き手の方に迷惑かかるといけないから(たぶん何らか意図があって開業してないと思うので)リンクは貼らないよ。
「どや、俺の引退記者会見。100点満点やったろ。解説したるわ。
まずは相手に恩義があったということの強調や。
恩義のある人だから無下にはできんかった。人として当たり前のことやないか。
俺、「人として」「心」「感謝」各2回言ったわ、前半で。これ視聴者の気持ちをつかむ豆知識な。
ヤクザとつきおうとるのが悪い言われることは知ってんねん。だからバレんよう気ィつけてやってきたんやから。
ほんまにどっから漏れたんかな。ま、俺の足引っ張りたい奴はぎょうさんおるから、それは今はおいとこ。
でな、最初に「正直に話します」言うたからって、「内心はバレたらやヤバいと思ってました」とか素直に言うてみ、「ヤバいと思ってやっとったんか!」て大バッシングに決まっとる。
自分で悪いと思てることはせん紳助、義理人情に厚くて芸能界の「ルール」に疎い不器用な紳助、や。どや。
ここで視聴者の半分はもう俺に同情的やろ。な?
次に、すぐ引退を決意したいうのが大事なとこや。
こうゆうことは長引かしたらいかん、スパッといかな格好悪いで。グ
ズグズすればするほどボロが‥‥噂が噂呼んで週刊誌があることないこと書き立てるんよ。それがほんま鬱陶しいねん。
こんなことで何度も頭下げて神妙な顔して芸能界で生かしといてもらうのは、てっぺん取った俺のプライドにかかわるねん。
噂が出た、紳助またやらかしたか謹慎かなと一部で思われてるうちに、さくっと潔く引退やて。どや、男らしいやろ。
つまりこうゆうことや。F1の超人気レーサーがやね、スピード違反で捕まったとするわ。世間の顰蹙は買うかもしれんけど、法的には罰金程度で済むわな。それを本人「もう免許証返還します」ゆうたようなもんや。
世間も振り上げた拳の降ろしどころがないわ。みんな大慌てやで。スポンサーもな。
お前らこんなつまらんことで、不世出のスター潰したんやで?でっかい魚逃したんやで?損したのはこっちやないで、お前らやで?ええんか?てなもんや。
まあレギュラー少ななってから辞めるよりはましかもしれんとは思ったな。落ち目でこうなってみ、惨めやでー。
俺は金があるからええけどな。
自分がここで辞めな後輩達にしめしがつかん、若い人に過ちを犯させないために自分が手本を示す、ちゅうこっちゃ。
どや。先輩の鑑やろ。
不祥事があっても何だかんだ有耶無耶にする政治家と比べてみい、紳助偉いやっちゃいうことになるやんか。な?
吉本のイメージを落とさんために人身御供になってくれはった紳助さんゆうことで、吉本の若手らも俺に一生頭が上がらんわ。
で、こんなに紳助を追い込んだんはやっぱり週刊誌かと視聴者が思い始めたところで、チクッと批判するんよ。
どんな嘘八百書かれても我慢してきました言うてな。
でも明日から一般人なので嘘書かれたら告訴します、言うとけば、紳助もずいぶん悔しい思いしたんだろなぁとますます同情票集まるわ。
嘘ばっか書くえげつないマスコミのせいで、引退を決意せざるを得なくなった大物芸人島田紳助。
悪いのは週刊誌や。こっちは被害者や。ワイドショー見てみ。もうなんとなくそういう扱いになっとるわ。
あ、批判し過ぎはあかんで。チラッと言うだけ。でも俺「告訴」2回言うたでな。大事なことなので2回言いました。そんだけで効果絶大や。
後半も、自分で自分に一番重い罰を与えるという、俺の道徳観念の強さを強調したやろ。
今までいろいろトラブル書かれてきたけど、これで帳消しやな。これで週刊誌が俺を叩いたら悪者は完全に週刊誌や。
周囲のみんなに引退を引き止められたが曲げんかったゆう話もええやろ。
ここは泣くとこや。さあさあ貰い泣きしてええで。
ダウンタウンの松本、上岡龍太郎、上地雄輔、孫正義、武田鉄矢、さんま。あと嫁と娘な。
つまりヤンキー上がりの俺がやな、先輩スターや仲間や家族の支えとファンの励ましがあって、やっとここまで上り詰めたんやと。まあ俺の才能やけどな。
そういう、レギュラー6つも持ってる天才大物芸人がつまらんことで足掬われて人気の頂点で引退という、ほんまにほんまに残念な話やねんこれは。
そんで「世の中の役に立ちたい」でシメな。
やっぱしええ人なんやなぁ紳助は、と。
最後は「切腹のかいしゃくをしてくださってありがとうございました」。
サムライやなぁ紳助は、と。これで飯ドンブリ10杯はいけるやろ。どや」
参考URL
都会の港にいた
馬車があって、これに乗るの? でもここ海だよって尋ねたら
馬も泳げるんだよって誰かが言った
馬がどぼんと海に飛び込んでゆったり泳ぎだしたのを見て
へえ、本当に泳げるんだと感心してたら
じゃあ、花火を見に行こうかって言われた
いつの間にか馬は水陸両用の荷台を引っ張ってて
半分まだ夕暮れで半分はもう夜になった海の上を静かに滑り出してた
チャポチャポ水の音がして、ようやく動いているのに気付く
馬車(って呼ぶのかな)は、空が明るく光っている方へ向かっていて
なんでもう日も暮れるのにこんなに明るいんだろうって思ったら、虹が掛かってた
ああきれいな虹だなあと思って見上げると
てっぺんの方の形がなんだか崩れて、もやがかかったような光と影
不思議な虹だなあと呟くと、あれはオーロラだよと誰かが教えてくれた
これは絶対見逃したくないだろうから早く妻に知らせないとと、妻の携帯に電話をかけた
そのとき、夕焼けで明るい場所だけが野外映画館のスクリーンみたく浮き上がって見えた
オーロラの淡い光に向かって、鮮やかな赤いラインが描かれていて、
その先に目をやると人工衛星が飛んでいた
http://d.hatena.ne.jp/shi3z/20110211/1297413860
電通を叩くのって嫉妬(主に年収とか学歴による)だよなあとは思っていたけど、これ見て確信したわ。電通ってすげー。
でも、そこに入るのは同じ年度生の淀みをすべて捨て切ったかのようなエリート中のエリート。たとえそこで誰もがエキサイトするプロジェクトが進んでいようとエリート以外にはおよびでないんだわ。
あー嫉妬だ嫉妬だ。いーなー。住む次元が違うんだなー。格差実感するわ。「お前のやりたい事やれ。それが一番だ」なんて幻想だろばーか。
カスにはカスなりのモノしか回ってこないんだ。人生を真剣に楽しみたいならてっぺんのぼんなきゃいかんよなー。山の頂上には鮮度がいい上質な情報が湯水のように流れてんだろうなあ。山の中腹辺りでてっぺん見ないで楽しむてっぺんから降ってきた味のしねえランチなんてごまかしでしかないじゃないか。何がおれたちすげーことやってるだばーか。そんなの思い込みだくそったれ。
あーこれが市立小中私立高(ただし田舎)からなんとか日大にすべりこんだ俺の限界なんだなー。
さーてオナニーでもするか。ツマンネー人生だよったく。トーダイってすげー。
ていうかさあ、はてな界隈で目立つ人ってだいたい高学歴なのになんで謙遜してんのお前ら。上トロでも食べ飽きてツマだけ食いたいってか。もっと自慢しろっつーの。それでも嫉妬するがな。まあ要は何やってもムカツクんだよお前らは。
もっと学歴差別してくれーーーーーーーー!俺はあいつらのようにはなれないけどあいつらのようになりたいんだあああああああああああああああ!
おおむね正しいかと思ったけど、作品の評価ができない者が大勢ではない。
賞が打算で授与されるのは否定しないけど、節穴の意見と打算だけで芸術作品の評価が決まるわけではない。
なんだかいろいろ見えすぎてて、すかして物事を見てしまって逆に本質が見えてないな。
俺から言われても、プwって思うだけなんだろうけど。
知り合いに研究者がいて? 姉が医者で? 弟が弁護士で? 芸術家と話し合ってことがあって? それで何をわかったの?
言葉をかわしただけでもうその世界がわかった気になってるのは増田じゃないですか。
ああ、それ知ってる知ってる、で表面だけで終わらせて、何も真剣に考えてこなかったのが丸見えじゃないか。
芸術なんて金持ちの権威のためにしかなくてそもそも存在し得ないかのような言い方だぞ。
現代の作家の評価を現代にするのがおかしいって意見もナンセンス極まりない。
他者の意見がないと物事の良し悪しを評価できないって論理がひどいし、普遍性が芸術で最重要の要素ではないし、カウンターカルチャーのレベルが低いとするのもナンセンス。
最初は、そうねそうねと思って読んでたけど、やっぱり増田さんも全然わかってないわ。
クリエイティビティが作家論ととられてしまっていたのなら失礼。
言いたかったのはその作品が存在することとなった作品内にあるモチベーションで、完全に作者は死んでいて構わない。(今生きてる死んでるって意味じゃもちろんないよ)
高橋源一郎も言ってるけどね。
間違いないわ。
すかして達観してるやつがわかるわけがない。
動かしてる仕事のてっぺんにいるからわかりやすいからそう言っただけ。
ジャンプ掲載時にチラチラ読んでいたんだけど、ちゃんと読んではいなかった。
今回、古本で一気に全巻買って読んでみた。
で、思うことをつらつら書いてみる。
たいして沢山漫画読んでないから、素人さんの意見でしかありません。
気に入ったところ
明らかに途中からバトル漫画になっちゃった、ドラゴンボールとか幽遊白書とかに比べると無理がなく続けられてるような気がする。
気に入らないところ
掲載時に読まなかったのもこれが原因だった。
ハンタなんかが理詰めで勝のに比べると、なんか物足りない。
ナミとウソップが覇気つかってもゲンナリするけど、使えなくちゃ戦闘中はやることなくなっちゃいそうだ。
こいつ何時の間に移動したの?って感じになる。
たとえば17巻で城のの海賊旗が折れたあと、地面にいるルフィが次に出てきたコマではもう塔のてっぺんにいて、海賊旗持ってる。とか。
ルフィがジャンプする小さなカットでもあれば飛んだんだなってわかるとおもうんだけど、それがないから「あれ、いつからここにいるの?」って感じになる。
ところどころそういうシーンがあって、度になんか物語かな意識が切れる。
スラムダンクとか、ドラゴンボールではそういう違和感て感じた記憶がない。
その他気になったところ(作品外)
電子書籍で探したんだけど、でてないんだよね?これ。
今、大量の単行本をどこに置くんだよコレって悩んでる。
正直言っちゃうと、全巻もってても、違法サイトに全巻分の画像が上がってたら欲しくなる。
さらに50巻以上続くとなると今後は新刊を必ず買うから、違法サイトで画像落とす権利をくださいって思う。
できれば単行本すでに持ってる巻の電子データ版をタダでくれ、と言いたい。
場所を取るの確実の長期連載漫画を一から揃えるのは本の形式をとってる限り敷居が高い。
だって置く場所ないもん。
そしたら中古で買うよりもちょっと高かろうが僕は電子書籍版を買うと思う。
その生物のくびきから逃れて文明社会築くのに、生命の根幹からもともとはずれていた雄が中心になった時代があった。
(文明は、生命の自然からはずれることで、初めて発達した。当然もともと生命の中心から阻害されていた男性だからこそ、それを推進できた)
その時には、文明的でない要素としては、暴力による支配ってのが、結構大事だった。
文明的なものとしては、物事を属性によって、ツリー形式の分類に当てはめていくのが、世界観の基準になっていた。
(ツリーの上にあるモノが、下にあるモノを支配しているという世界観。ツリーのてっぺんは神様。神様の下には人間。人間の下には、非人間要素に近い自然物とされたもの、すなわち生命の根幹に関わる女や未開人が、その下に自然界があてはめられた)
で、そのあともっぺん文明に革命が起きて、貨幣経済が発達した。
そうなると、本能レベルの敬意やら恐怖やらに囚われた、支配・被支配関係は、ずっとフレキシブルに機能する貨幣に取り替えられた。
これによって、個人主義社会が始まり、人間を属性で分け、支配のツリー構造を作る思想も、役に立たなくなった。
ツリーがほどけた後は、ばらばらの個人が、平等な平面の上にちりばめられ、個々の人々は金の流れで繋がっている、という世界観になった。
金は支配構造よりもフレキシブルなので、ツリー構造ではなく、メッシュ構造で、あらゆる個人との間に流れた。
支配のための分類に意味が無くなったために、人を人種やオスメスで区別する必要もなくなった。
同性愛・未婚・なんでもあっていいことになった。それがその個人に適した生き方なら、と。
ただ、いつの時代も、新しい感覚について行けない人がどうしてもいる。
権威や本能による統率が必要だと感じる人、個人の自由に心苦しめられている人。
あらゆる個性が認められる中で、「個性を認めたくない」という個性を持つ彼らは抑圧されている。
その抑圧が、ネットに吹き出しているんだろうのかもしれない。
権威のツリーに全てを組み込む世界観を持っているから、そういう人は、自分に当てはまるだけのことも、俺はこう感じるもの、私はこう感じるもの、ではなく、男はこう感じるもの、女はこう感じるもの、と主語が大きくなる。
絶対普遍の真理が世界を支配していると世界を認識しているから、真理はこうだ、現実はこうだ、という言葉を使うことも多い。
(ツリー形式の世界観では、ケースバイケースを本質的に理解しづらい。ケースによって異なる事例は「それはたまたまの例外だ」と思うか、ねつ造だと考える)
のではないかな、という、余り根拠のない予想。
競争に勝ち残った精子が卵子と結合する権利を持つのと同様に、競争に勝ち残ったオスがメスと結合する権利を有するのである。
人間における競争は、もちろんどれだけ稼いでいるか、どれだけ影響力があるか、どれだけてっぺんに登ったかということに注目がいくし、それは身長であったり、学歴だったり、専門的な(卑俗でない)知識の量だったりする。
その競争に勝ち抜いたエリートDNA(生物的に、というわけではない)のオスが、メスに金銭を提供するのだ。カマキリが体を提供するように、一部の深海魚が精子を送り込む機関に自らなり下がるように。
オスはメスに食われることに快楽を見出す。あるオスは金銭を提供する代わりにメスの肉体を積極的に求めるが、またあるオスは金銭の提供をして、かつ女性に責められることに魅力を見出す。どちらにせよ、オスはメスに食われているのだ。
性欲で虜にされたオスは何の疑いもなくメスに経済資源を提供し、メスはそれを蓄える。これは自然の摂理で、真理である。
では、最近のオスはなぜメスを求めないか(二次元三次元の話ではない)
まず、今のオスは、メスに提供するだけの稼ぎがない。だから基本的にメスもオスには見向きもしない。より稼いでいる「オジサマ」に魅力を見出す。当然ながら今のメスは自分で蓄えることができるので、それ未満の稼ぎであるオスは競争敗北の劣等DNAであること(生物的に、というわけではない)は疑いもない。そして現代ではそういうオスばかりなのだ。
つまり、今の日本のオスは弱い。果てしなく弱い。これなら他国のオスと異国間交雑したほうがまだ幸せになれるだろう。
ではなぜオスが弱くなったか。これはひとえに競争力がはぐくまれなかった、現代教育の弊害としか言いようがない。
たかが一個の精子の人生を重視するあまり、競争力が衰え、多くの弊害が生まれているのである。
考えてみてほしい。精子が卵子に向かって競争を勝ち上がっていくのに、わざわざ負けるようなスピードで走ったり、挙句膣の外にでようと動いているなど、欠陥もはなはだしいだろう。これが現代のオスである。
企業もそれを認めるような体制に変わりつつあり、非常に憂慮すべき時代となった。
では、競争力を上げるためにはどうすればいいだろうか。
ミクロでは、個別の目標をクリアする、マクロではメスと結合するという目標をクリアするために力を蓄えさせねばならない。
ミクロとしては全国民にお受験の義務付けと学歴による徹底した序列化が望まれる。その個別の目標を達成していくことで優性DNAを選別していき、それを上から順にメスとあてがわすのである。当然ながら、競争敗北者は、競争に勝ちあがったもののために一生を尽くすのである。社会全体のため、ではない。一部の勝ち上がったもののために、だ。
すべてを自然淘汰の白日下に晒すことで、オスは強くなり、メスの望むオスも生まれるだろう。
それを怠るならば、ともども滅びても文句は言えまい。
昼飯にオムライスを作った。俺と姉の二人分。
ふと思いついて妹のオムライスの卵の表面にケチャップでハートマークを書いた。
さらに爪楊枝とチラシの切れ端で「LOVE」と記したお子様ランチの旗っぽいのを作成した。
LOVEのOを赤く塗りつぶし、旗の中央に来るようにしてあるので、パッと見は日本国国旗のようだ。
LとVとEをやや薄くしてあるので、近づけないとLOVEという単語に見えないのがポイントだ。
「ご飯だよー」と呼ぶと妹が台所にやってきて、自分の席に座って、いただきまーすと言って、
スプーンで食べ始めようとした所で止まった。オムライスを凝視している。気づくのが遅い。
姉が俺をじっと見ているのを感じたが、俺は無視して自分のオムライスを食べる。
タマネギを大きめに切ったのでなかなか歯ごたえがあるが、タマネギの味がちょっと自己主張しすぎかなぁと、少し反省。
ちらりと姉の方を見ると、ようやく手を動かし、オムライスのてっぺんに突き刺さった旗を抜いて、
目の前にもってきて、観察し始めた。
そしてLOVEに気づいた。
姉の顔はケチャップのように真っ赤になった・・・と言いたいところだが、ほんのりと頬が染まっただけだった。
爪楊枝をもって、旗をいろんな角度から眺めている。
まぁこのしょうもない企みそこそこ成功だろう、と思ったところで姉が席を立った。
冷蔵庫からケチャップを取り出すと、なぜか俺の方にやってきた。
座っている俺を見下ろすと、おもむろにケチャップの蓋を開いて、中身をオムライスにぶちまけ始めた。
何してんの!?と驚愕している間に姉は事を終えて、冷蔵庫にケチャップを仕舞い、自分の席に戻った。
あーあ、こんなにしちゃって。これじゃケチャップの味しかしないだろうがーと、
姉の幼稚な仕返しに呆れていると、姉がかけたケチャップに形があるのに気づいた。
「バカ」と書いてあった。
姉の方を見た。
姉は「バーカ」と言ってオムライスを食べ始めた。
口で言うなら、ケチャップをかける必要ないだろうに。
それから食事を終えて、姉は自分の部屋に戻り、俺は後片付けをする。
使った食器を洗い、テーブルを拭いて、細かいものをゴミ箱に捨てていると、ふと気づいた。
そういえば、あの旗はどこにいったんだ?
役に立つとか立たないとかではないっつーか。。
まーでもどうでもいいか。。。
君は元の記事みても合理的な感じの人よね。
こうだからこうだ。っと組み立てをしてるものね。
俺もそうだった。今もそうだけど。
多分だけどね、世の男は子どもに対して、もともとそこまで興味が無いと思うのよね。
どうしても子どもが欲しいってあんまり聞かないし。
俺も当然そうだった。ただ嫁が欲しいと言うしさすがにそろそろか?
という所で作ったわけ。それだけ。
生まれてみても、いまいち実感無し。
「へー・・・、この子が俺の子なのか。。すげーなぁ」くらいなもの。
意識が変わったのは笑い出したころかな?
・・・可愛い。
そこからは一気に考えが変わっていった。
ただただ可愛い。なんなんだこの生き物はって感じ。
子どもと何かを天秤にかける?
金銭的にどうだ?遊ぶ時間がどうだ?
そんな物と比べるようなものじゃない。
ただただこっちは無償で愛し続けるわけ。そうしたくなってしまう。
なんか知らんが、プライオリティのてっぺんにあの子はいきなり鎮座した。
本能なのかな?良くわからんが自分にとってはそれでしか説明できん。
もちろんイラつくこともある。でもあっちが笑うとそれだけでKO。
まったく理不尽極まりない。
子育ては人生の第2ステージなんだと思った。生活も意識もがらりと変化したから。
生まれる前は想像出来なかったよ。
なるほど、人の親になるとはこういう事なんだとわかった。
んで第3ステージは孫が出来た時なんだろうというのもわかった。
異常に幸せそうで他の親孝行なんぞ馬鹿馬鹿しくてやってられん。
というよりむしろ、孫の顔見せる以上の親孝行は存在しないとすら思う。
小さな嬉しかったことを書き出したら書ききれん。
長くなったし、こんな所で終わる。
憂鬱な気分の朝にこんな記事を目にしてしまい、私の中の全てがこの意見は誤りだと言い、しかし私は自分のアカウントが他人に「自殺を考えている者」と見なされることがとても受け入れられないので、Anonymous Coward として発言させてください。
私の主張とその論拠を三行でまとめるとこうなります。
彼の主張を私が一言でまとめるとこうなります。
私は、この主張には言葉の不足と論理の飛躍があると考えましたので、私が下線部で補足をします。
私は、私が行った上記補足は自然かつ妥当だと主張します。以降の議論は上記の補足付き主張を元に行います。
さて、上記3.の下線部は「人はいつでも合理的な判断ができる」という考えを前提にしていることと思います。しかし、自殺を考えるほど追い詰められた人が、合理的な判断ができるとは思えません。つまり、彼のいわゆる「自殺=悪」主張は、自殺者を減らす上で何ら効果がありません。
私の話をさせて下さい。私は20代中盤の男性です。私は小学生のころから現在に至るまで、動機の差異や程度の強さはあれ、散発的に「死にたい」という思いにかられ続けてきました。一番程度が強かったのは大学生の頃に男女・友人・学校問題が程よくミックスされた問題に直面した時です。相談相手は誰もいませんでした。寝床から起き上がる気力はなく、言葉を発することも億劫になり、飲まず食わずで一週間ほど、目が覚めているときはずっと頭のてっぺんに「もう死のう」という考えがこびりついていました。両親もさすがにこの様子は異常だと思っていたでしょうが、私に何を言っても私が言葉を発しなかったので、その理由はさっぱり分からなかったことでしょう。それでも両親は私に「自殺は悪いことだ」「自殺したら天国に行けない」と説得しました。しかし私の頭には「悪いことでも地獄行きでもいいよ辛いしもう死にたい」という考えしか浮かんできませんでした。寝床からは机上のペン立ての中にあるカッターナイフやハサミがやけに目に付きました。ある日、意を決して起き上がり、ペン立てのカッターナイフを右手に取って左手首にかけて右手に力を入れようとしたら、本家にいる母が離れで起き上がった私にガラス越しで気づき、きっと悪い予感がしたのでしょう、ものすごい勢いで私の部屋に飛び入って来て、私の手からカッターナイフを取り上げました。左手首には痕がうっすら付いただけで血は出ていませんでした。母は泣きながら私を抱きしめて「あんたが死んだら私も後を追いかける」と言い、それに私も泣きながら「でも死にたい、母さんにだったら殺されてもいい」と言葉で返したことをよく覚えています。
だらだらと書いてしまいましたが、ここでは両親から私に対して「自殺は悪いことだ」「自殺したら天国に行けない」「あんたが死んだら私も後を追いかける」という三つの説得が行われています。それぞれを類型化すれば、善悪による説得、宗教的な説得、まさに身をていした説得といったところでしょうか。そして、私の返答は上記の通りです。前者ふたつについては、善悪という価値観や宗教的価値観が私に対して全く通用していないのが分かっていただけると思います。後者に至っては、私の返答は支離滅裂です。「死にたい」という考えが頭にこびりついて、正常な思考ができていないことが分かります。
さて、彼が言うように「自殺した人を『みんな』が悪だと見な」したとしましょう。それでも、当時の私は「俺は悪い人でもいいよ辛いしもう死にたい」と返したことでしょう。繰り返しになりますが、「死にたい」という考えが頭にこびりついた状態の人間に正常な思考ができるわけがなく、当然、善悪といった価値観も通用するわけがありません。
彼が私に対して「正常な思考ができないのはあなただけだ」と反論することはないでしょう。なぜならば、それは彼自身によって「私はあなたのような自殺者を減らせない」と主張し、自身の主張を否定するのと同じことになるのですから。あとは印象論になってしまうが、日々報道される自殺ニュースの中には、傍目には「そんな理由で死ななくてもいいのに」と感じられるものが多い(と多くの方は思っていただけると私は信じています)ので、正常な思考ができないのが私だけでないという主張は、私はそれほど筋が悪いとは思いません。彼ら・彼女ら、あるいはその周囲には「そんな理由でも死ななければいけなかった原因があった」のです。
以下、彼がなぜ「自殺した人を『みんな』が悪だと見なすことによって、自殺する人が減る。」と主張するに至った理由を考えて見たいと思います。
ところで、ライフリンクの「自殺者統計 http://www.lifelink.or.jp/hp/statistics.html」にある「(5)自殺の原因・動機」を見ると、それが家庭問題、健康問題、経済・生活問題、勤務問題、男女問題、学校問題と、多岐に渡ることが分かります。さらに同「自殺実態白書2008 http://www.lifelink.or.jp/hp/whitepaper.html」の「〔PDF〕第一章 自殺の危機経路 http://www.lifelink.or.jp/hp/Library/whitepaper2_1.pdf」を見れば、上記の諸問題はさらに細分化していることが分かります。
ここから、自殺の原因・動機は多様であることが分かります。そして、自殺の原因・動機が多種多様であるならば、全ての自殺に対して効果のある「銀の弾丸」は存在しないことも明らかです。個々の自殺事例か、広くても自殺の原因・動機の類型毎に対処を考えて、実行に移さざるを得ないでしょう。
彼は「自殺した人を十把一絡げに『みんな』が悪と見なすことによって、自殺する人が減る」と主張しています。控えめに言っても、自殺した人を悪と見なすことに何の留保も設けていないので「十把一絡げに」と読み取れます。主張の前半「~十把一絡げに」からは、彼が個々の自殺事例に目を向けていないことが読み取れます。そして、そのような対処が実効性を持たないことは、前段の私の主張から明らかです。つまり、彼は自殺問題について――少なくとも自殺の原因・動機は多様であるということについて――理解がないということが読み取れます。「理解がない」という言葉が不適切であれば「理解しようとしない」「想像力が足りない」と置き換えても構いません。彼の主張は、この無理解・想像力不足によるものでしょう。
加えて言えば、彼は「自殺に追い込んだ人や環境が悪いこともすごくわかるし、その対象を解決することも1つ大事だと思う。」と述べていますが、自殺の原因・動機が多様であることに対しては何も述べていません。また、彼はスカイプ経由の自殺相談者に対して「いつも」同じように答えていることを述べています。これらのことからも、彼は自殺の原因・動機が多様であることに対して理解がないということが読み取れます。
ここまでなら「彼の主張では自殺者を減らせない」「彼は自殺問題に対して理解がない・想像力が足りない」とだけ言ってまだ許せます。
問題は主張の後半「『みんな』が~」を加えた主張全体です。上の段で述べた実効性のない対処を「『みんな』が思う」ことを良しとするのは、自殺者が減らせるかどうかはどうでもよく、自殺者に対して「『みんな』もそう思っているから」と安心して「悪」というレッテルを貼れることを良しとしていることに他なりません。
ここにおいて、既に自殺者は全く省みられていません。ただ、彼(および彼の主張に賛同する者たち)の精神的安定のためだけに、自殺者は「悪」という慰み者として利用されようとしているだけです。よりシンプルに「彼は自殺者を食い物にしたいだけである」と言ってもいいでしょう。
私は、こんな考えを持った彼に、軽々しく自殺問題について言及して欲しくありません。
仮に、彼が本当に自殺者を減らしたいと思っているのであれば、彼には自殺問題をよく知っていただき、自殺者に対する想像力を働かせて、「誰か」がではなく「誰」が自殺しようとしたら自分はどうするかを徹底的に考えて、その行為は本当に「誰」を救えるのかということを徹底的に自問自答した上で、自殺問題について言及あるいは行動していただきたいと思います。
はてなで人気記事になってるけど、これをブクマして手放しで褒めてるような男は全員、
セックスがどうしようもなく下手な奴だから気を付けた方がいい。
ある意味あの記事のブクマは、下手なセックスをする男のブラックリストとして有効だ。
http://d.hatena.ne.jp/adgt/20100228/1267318780
こんなの、セックスの基本中の基本しか書いてないし、間違ってることも多い。
セックスは、スキンシップに対する相手の反応を観察して、それに応えて行くことの繰り返し。
会話と同じ、相手とのキャッチボールだってこと。
こんな最低限のことすらわからずに、出来てない奴がこんなにいるんだなあ。
そもそも、加藤鷹の書いてることも間違いが多い。
【感じている時の女性の身体変化】
* 胸での浅い呼吸が、複式の深い呼吸へ変わる
* お腹がひくひくと動く
* 首筋に力が入って筋張ってくる
* 体温があがり、汗ばんでくる
* 男性の体のどこかをつかむ、引き寄せる、まさぐる
これらは、演技を見抜く方法も含めて考えると、全然正しくない。
特に以下の2つなんて、痛いときにも同じ行動をするから、全然参考にならない。
* 男性の体のどこかをつかむ、引き寄せる、まさぐる
* 首筋に力が入って筋張ってくる
セックスで誤解が生じる一番の原因は、女性が痛いのを我慢している様子と、感じている様子が良く似ていること。
痛がってるのに気づかず、むしろ感じていると誤解して、猛烈にピストン運動してしまう男は本当に多いようだ。
痛みが限界に近くなると、いったフリをして、女性は長かった苦役から解放される。
その様子を見て、自分はテクニシャンだと信じている男がどれだけ多いか。
演技できない絶対的な指標を参考にする他ない。
* 体温があがり、汗ばんでくる
という指標は、その意味では一番信用出来る。
多くの女性は、中でちゃんといくと、その直後に全身がしっとりと汗ばむ。
汗の量に個人差はあるものの、演技が出来ないので、これはかなり信用出来るバロメーター。
もちろん、暑い部屋で騎乗位で動きまくったりしてかいた汗とは区別しなきゃいけない。
あと、汗ばんでても体温が低いときは、痛さを我慢している時の冷や汗だったりするので注意。
あとは、加藤鷹氏は書いていないが、
* 子宮が動き、下がって来て、膣の中が風船のように膨らむ
というのも、ひとつのバロメーターになるのだが、この辺の動きも個人差があってわかりにくい。
少し感じ始めたぐらいで子宮がグリグリ動く子もいれば、深くいってもちょっとしか動かない子もいる。
でも子宮が膣の中で動くのは感じている合図だし、演技ができない点なので覚えておくといい。
話しは変わるが、女性の「いった演技」は、セックス最大のタブーだと思う。
独りよがりのピストン運動の苦しさを避けるためや、彼氏に嫌われたくないために、仕方なくやってしまう女性も多いと思うが、
これを一度やってしまうと癖になってしまう上に、彼氏がどんどん間違った方向に誘導されていく。
女性が演技セックスから脱出するためには、「なんか、最近身体の調子が悪いのかもしれない。セックスが前より気持ち良くないの」
などと言って、今までのセックスを一度リセットするところから始めてみるといいのではないだろうか。
次に、加藤鷹氏がしてる以下の部分も問題が多い。
基本的な姿勢
* 人間の頭のてっぺんから、足先まで、すべてのパーツに貴重な情報がつまっている。
「相手の女性に合わせたセックスをする」と言っておきながら、なぜ
「セックスにおける男性の力の配分は、前戯(5):挿入(2):後戯(3)、腰の振りも2割程度のちからで十分」
なんて言うマニュアルみたいな配分を持ち出すのか???
どんな配分がいいのかなんて、相手の女性によって全部違うはずなのに……。
まあ、挿入ばっかりしたがる下手な男に、前戯と後戯の大切さを説くためってことなら、わからないでもないが。
挿入がちゃんと感じられる女性なら、もちろん前戯をしっかりした後で、挿入の配分を多くするのも大事だと思う。
前戯について
* マッサージをする。「凝ってるね、どうしたの?」「くすぐったかったら言ってね、もっとくすぐるから」など会話をしながら、マッサージを楽しむ。
* 女性が安心してセックスができる状況を男性がつくることも重要。
* やさしくハグをして、抱かれることに慣れることができるようにする
* 子どもの頃のことなどをさりげなく聞いてあげる。「兄弟はいるの?」「実家はどこなの?」「小さい時はどんな子供のだったの?」
* 髪をなでる
ここは笑うところだ。
4番目など、前戯をしながら「兄弟はいるの?」「実家はどこなの?」って、どこの馬鹿だ?
これは、相手のことを良く知らないままの、ゆきずりのセックスを想定してるとしか思えない。
この一点だけを見ても、幸せなセックスをするためのノウハウとは思えない。
ただひとつ言うと、子供の頃の話を聞くのは、後戯にまわした方がいいと個人的には思う。
良いセックスで男女が身も心も開放した後の状態は、子供のころの無邪気な気持ちによく似ている。
だからリラックスした状態で腕枕しながら話すネタとしては、子供時代の話しはうってつけだ。
それ以外の4つの要素は、当たり前すぎて別になんの発見もないだろう。
今まで、セックスの前にハグをしたり、髪をなでたことが無い男がいたらビックリする。
さんざんツッコミを入れて来たが、この記事も悪いところばかりではない。
その他の方法
* 男性がその時感じたあるがままの気持ちを口に出す
* 見つめあいながらセックスをする
これらはありがちではあるが、お互いにコミュニケーションをしながら快感を高めて行くうえで
とても有効なので、やったことがなければ是非やってみた方がいい。
大好きな相手とのずっと見つめ合いながらのセックスは、驚くほどの興奮と快感をもたらすだろう。
そして、以下の部分はこの記事で最も価値がある部分だ。
男性は試行錯誤を繰り返す
私が最も感心したのは加藤鷹のセックスについての以下の方法でした。
優しい言葉や、高圧的な言葉、いじわる、性器・胸への愛撫、指先・背中の接触、など色々な関わりを試して、女性が反応したところを繰り返していく。そして、10個種をまいてダメなら、50、100と、たくさん種をまき試行錯誤を繰り返すというもの。
これが無意識に出来るかどうかは、もはや仕事が出来るか否かと同じレベルなんじゃないかと思う。
色々な触り方を考え、試して、反応を見て、触り方の改善をして行く。
要は「PDCAサイクルを回す」という奴だ。
この考え方は本当に大事なので、絶対に忘れないようにしたい。
HOW TO系の記事でテクニックばかりを必死に覚えるような男は、相手の反応や顔が見えていない証拠だ。
どうすれば気持ちいいかの答えはすべて、彼女の反応の中にある。
感じる場所も、感じ方のバロメーターも、人それぞれ違うのだから、触り方をマニュアル化することに意味はない。
もちろん共通の部分も多々あるから、それがわかってる人は、始めてセックスしてから正解を見つけ出すまでの時間が早いのも確かだ。
だが、相手の気持ちいい場所、触り方、角度、強さ、速さなどを、ひとつづつ見極めながら、じっくり覚えて行くことをサボってはいけない。
そして、その学習を邪魔しないためにも、彼女の方は感じていない時に演技をしてはいけない。
ただ、演技を全部やめろというわけではない。
いい所を触ってくれた時や、感じている時に、大げさに伝える演技は、むしろした方がいい。
嘘はついちゃダメだけど、大げさに伝えるのはOKってこと。
とにかく、相手とのコミュニケーションを忘れずに、みんな頑張ってね。
※追記
願くば、この記事のような女の子が一人でも救われますように。
『吾妻ひでお「けいおん観た。空虚だ。何もない。作る方も観る方もそんなに現実イヤか?」:アルファルファモザイク』
http://alfalfa.livedoor.biz/archives/51518538.html
吾妻ひでおとアニメ「けいおん」に熱中するような人たちとは相容れないところがある。アニメや漫画(あるいは映画、音楽、文学など)作品に求めるものが違うのだ。いったい吾妻ひでおのような人種は漫画などの作品に何を求めるのか?そのあたりの事を作家のカフカが実に的確に表現している文章がある。
僕は、およそ自分を咬んだり、刺したりするような本だけを、読むべきではないかと思っている。僕たちの読んでいる本が、頭蓋のてっぺんに拳の一撃を加えて僕たちを目覚ませる事がないとしたら、それではなんのために僕たちは本を読むのか?君の書いているように、僕たちを幸福にするためにか?いやはや、本がなかったら、僕たちはかえってそれこそ幸福になるのではないか、そして僕たちを幸福にするような本は、いざとなれば自分で書けるのではないか。しかし僕たちが必要とするのは、僕たちをひどく痛めつける不幸のように、僕たちが自分よりも愛していた人の死のように、すべての人間から引き離されて森のなかに追放されたときのように、そして自殺のように、僕たちに作用するような本である。本は、僕たちの内部の凍結した海を砕く斧でなければならない。そう僕は思う。
吾妻ひでおの作品を読んだことがある方はご存知だと思うが、一見かわいい女の子がたくさん登場し、時には夢うつつのような世界が描かれる彼の作品は、実はあまり登場人物に感情移入をしたり作品の世界に安易に浸って気持ちよく癒されるような種類のものではない。徹底的に情緒を排し、醒めた意識によって構築された作品なのである。そして彼は基本的には、熱心なSF者らしく、今まで見たことのないような世界を作品によって作り出してやるという気概をもって創作に取り組むようなタイプの作家である。
あえて乱暴に言うと萌えアニメに感動しているのは単に(吾妻が指摘するように)フェティシズムと情緒に浸っているにすぎない。子犬が死んだら泣く式の条件反射だ。韓流ドラマに興奮するおばちゃんと一緒だ。傷つかない、ゆるふわな世界で気持ちよくなりたいだけだ。作る方にも読む方にも冒険を強要する吾妻ひでお(やカフカ)のような人種がやっている試みとは別の世界なのであり、萌えを求める人たちにとって、そのような冒険などは作品に必要ない要素なのだ。
吾妻ひでお「でも俺は描く前にもうひとつ考えるよ。マンガとは何かと。」
とりみき 「と言いますと。」
吾妻ひでお「マンガはこれでいいんだろうかということを1時間ぐらい考えて、それで明日締切りだからとりあえず描き始めるわけ。」
とりみき 「自分のマンガはこれでいいんだろうかということですか、それとも……。」
吾妻ひでお「マンガという表現がこれでいいんだろうか、まだ何かやれることがあるんじゃないか、というのを。」
『失踪するなら家のローンが終わってから』より※2
※1フランツ・カフカ著・吉田仙太郎訳(1981)『決定版カフカ全集第9巻・手紙 1902-1924』新潮社(P.25〜)
その親父がよりにもよって
ハゲた頭のてっぺんに皮膚病をこさえ
あかーくなったハゲ頭のてっぺんを
薬でテカテカさせていて
あまりに気の毒だったので
「おとーさん、皮膚病のときとか怪我の時には薬塗ったあとラップを貼るといいよ」
と教えてあげたのだが
その時、あまり具体的に脳内ビジュアルを作らないようにしたのはいうまでもない
ところがそのあと母親が
「馬鹿だねお前、お父さんの頭にラップ貼ったとこ考えてみなさいよ」
などと余計かつ全ての禿頭人を敵に回すようなことをいったおかげで
一瞬にして爆笑をこらえなければならない羽目になった
とりあえず 父に謝ったほうがいいのか それともなかったことにするか 謝るならどうしたらいいんだろう。